カテゴリー「生活・レジャー」の161件の記事

2009年6月 8日 (月)

夕刊連載小説『親子三代、犬一匹』252回で完了

朝日新聞夕刊に連載されていた 藤野千夜:作、風忍:え のほのぼのとした家族小説が今日最終回を迎えた。

取り立てて劇的な筋書きもなく、比較的平凡な家庭(著者がモデル?)の日常風景を描写した小説だったので、我が家では私だけが結構楽しんでいたのだが、妻は途中で読むのをやめ、子ども達は読んでいなかった。

中高一貫の名門男子学校を受験する少年、マルチーズ?の犬を「猫可愛がり」する高校生の姉、絵本(童話?)作家の母、その亡夫の母と亡夫の弟が一家。

そこに少年の初恋や、中学受験、義理の弟と義理の姉の若い頃?からの微妙な関係などなど、そこそこ興味をそそられる設定がからみ、さらにそこに一家の中心は自分だと思い込んでいるような小型犬が君臨し、姉がそれを溺愛するという図がいつも伴ってくる。

少年、少女向けでもなく、かといってペット小説でもなく、ファミリー小説とでも言うジャンルに強いて入るものだろうか。

犬の病気とか、突発的な出来事とか、劇的なストーリーにいつ転換するのかという少々サスペンスのような雰囲気も漂ったが、トビ丸という愛犬がすやすやと「寝たふり」をする描写であっさりと終わってしまった。

p.s. 朝刊の小説は、例の『徒然王子』の後で、正統的な時代小説『麗しき花実』(乙川優三郎:作、中一弥:画、村田篤美:題字)が既に111回を迎えている。酒井抱一と同時代の女流の蒔絵師理野という女性の蒔絵への傾倒を、おそらく専門的な知識を基に、当時の蒔絵界、絵画界の様子などを交えながら、綿密に描いた時代物で、毎日楽しみに読んでいる。

さかい‐ほういつ(さかゐハウイツ)【酒井抱一】 江戸後期の画家。本名、忠因(ただなお)。姫路藩主酒井忠似(ただざね)の弟として江戸に生まれた。仏門に入ったが、すぐに隠退し、江戸根岸に雨華庵をいとなみ、書画俳諧に風流三昧の生活を送った。絵は、狩野派、沈南蘋(しんなんぴん)派、浮世絵などを学んだが、のち、光琳に傾倒し、独自の画風を開いた。代表作「夏秋草図屏風」。(一七六一~一八二八)Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

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2009年6月 7日 (日)

一日順延された春季運動会を応援に出かけて日に焼けた

予定では、6月6日(土)開催予定だった次男の小学校の運動会だが、あいにくの金曜日からの降雨で今日日曜日に順延された。仮に日曜日がだめなら、平日の明日月曜日、火曜日・・・ということでとにかくこの時期に運動会が行われることになっていたが、金土とはうってかわった朝からの快晴に恵まれて無事運動会が挙行された。

最近、近隣の小学校では春の時期に運動会が行われることが多くなっているが、これも小学生の中学受験の影響だという話もあるようだ。新入生の1年生にとっては練習期間が短くて大変だろうとは思うのだが。

今日は、快晴なのはよかったのだが、夏至の直前の最も太陽の力の強い時期にあたり、気温も急上昇して、父兄も日陰の場所に席を確保できた人たちは何とか日焼けを免れたが、そうでない人たちやもちろん児童、先生たちは猛烈な日差しに肌を真っ赤にしていた人が多かった。熱中症も心配されたが、どうやらそのような症状が出た人は、知る限りではなかったようだ。

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校庭には、メタセコイヤが学校のシンボルとして植えられているが、そのほかに桜も既に大木になっているものがあり、今日はちょうどその木陰に助けられた。この写真は、ちょうど陣取った場所からみたところ鮮やかな若葉紅葉になっている木があり、8年間この学校の運動会には通い続けたが初めて気がついたもので、大変美しい見物だった。

先日、生意気なことを書いた「五月晴れ」だが、今日は旧暦の5月15日になるそうなので、一応古来からの「皐月晴れ」の範疇に入るのだろう。まだ梅雨入りはしてはいないが、爽快な新暦の五月の晴れとは違い、夏至の南中高度の高さの日差しは、ここ数日、「ミニ氷河期」で相変わらず注目を集めているようだが、太陽黒点が現われず、太陽活動が不活発になっている(その影響が実際に顕著に現われるのは数年後か?)といいながら、日焼けの強さに、太陽の偉大さを改めてかみ締めた(とは大袈裟か?)。

ところで、最近、医薬品のネット通販の規制が話題になっているが、それかあらぬか、海外の医薬品販売業者だろうか、いわゆる医薬品の(といっても普通のものではないが)スパムトラックバックが増えている。トラックバックは一応いったん保留にして、私が公開してもいいと判断したものだけを公開しているので、実害はあまりないのだが、それでもトラックバックのサイト規制をして、迷惑トラックバックとしてCOCOLOGに報告兼削除をするのは結構手間がかかる。インターネットの伝道者のような梅田望夫氏が、日本のネットの現状を憂えて、それに対する批判も相当多いようだ。それとは別の次元の問題ではあるが、ネットを流れるメールやこのようなトラックバックの相当な割合がいわゆる「スパム」だという調査もあるという。いわゆる「色と欲」をターゲットにした引っ掛けが「スパム」だと思っているが、結局人間は本能的な部分からは逃れられない宿命にあるのかも知れないし、またそれがなければ、逆にこのような急激な技術の進展もないのかも知れないなどと、考えた。

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2009年5月29日 (金)

珍百景とか県民ショーとか 都道府県ネタの番組が結構面白い

ひみつの県民ショーという番組があるが、意外にも子ども達が面白がってみるのに驚いている。今は、関東住まいだが、家族みんなの生まれ故郷は信州なので、つい長野県が題材になると身を乗り出してみる傾向がある。

その中で、長野県民(の一部しか知らない)地元の食べ物というような題材で、これまでに(現在ではお土産として知られるようになった)「おやき」という焼き饅頭、蒸し饅頭の具に味噌煮のまるナスが入っていたり、切干大根の煮物が入っていたり、野沢菜の煮付けが入っていたり、もちろんあんこもはいっていたりの、郷土食の典型の何でもありの具が入っている、現代ではお八つのような食べ物なのだが、それを食べたゲストの秋竹城と西川きよしが、その懐かしい味わいに若い日の苦労を思い出して思わず涙を流したりするという意外なシーンがあった。

また、それこそ私の実家の地域ではまったく日常的過ぎて不思議にも思わなかった「花豆」という大きい豆の甘煮を豆として混ぜ込んだ赤飯が長野県の軽井沢町近辺で伝統的に食べられているのが紹介されたとき、出場者の多くが驚いたのが印象に残ったりした。(ちょうど数日後、テレビを見たわけではないようだが、実家から花豆入りの赤飯が送られてきたのだが)。もちろん小粒の小豆入りのあまり甘くない赤飯も普通に食べるのだが、家庭で母親が手作りする場合には、甘い花豆入りの赤飯を普通に食べていたので、それが全国的に珍しいものだとは思わなかった。

毎週必ず見ているわけではないので、見逃しも多いのだが、島根県の松江市あたりの家庭の湯のみ茶碗が非常に小ぶりで、ほとんどお猪口ほどの大きさだったのには驚いた。松江では、例の不昧公(松平治郷 はるさと、江戸後期の大名。出雲国松江藩主)に何でも結び付けたがるのか、それとも正しい歴史的な事実なのかは知らないが、煎茶道の教えからそのような小ぶりな茶碗を使うのだという。

それ以外には、山梨県の富士吉田のうどん(これは、美味しんぼでも紹介された)も取り上げられ、ゲストたちに大好評だった。

日本は狭いが、風俗習慣的には現代でも様々な相違が見られて面白いものだと思う。


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2009年5月24日 (日)

古典的なテレビゲームを楽しんでいる

以前、任天堂のWiiというゲーム機のことを記事に書いたことがあるが、現在も主に子ども達が使って楽しんでいる。ただ、ゲームソフトウェアで購入したのは、「初めてのWii」、「Wii Sports」、「Wii fit」、「みんなの常識力テレビ」といったもので、次第に飽き始めているのは確かだ。

一方で、インターネットにつないでいることもあり、様々なチャンネルサービスが追加され、それらも楽しんでいる。「投票チャンネル」や「似顔絵チャンネル」だとか、最近では「Wiiの間」という少し変わったサービスも始った。茶の間に自分達で作った家族のキャラクターが集合して寛いでおり、そこにいろいろな来客が訪れ、新しい情報をもたらすというようなもので、何社かの企業がスポンサーになっていて運用されているらしい。中には、5分番組で、テレビマン・ユニオン制作のものだとか、優れものも含まれていて興味深い。ただ、これがどのように発展するのか。Video On Demand のような形になるのだろうか?

Wii 本体も、次々にOSのアップデートが行われ、今度はSDメモリーに様々な本体側の情報をコピーやバックアップできるようにもなったりした。今、もしかしたら世界で最も利益率の高い企業の一つかも知れない任天堂だが、確かにそれだけの動きはしているようだ。

過日、次男が、友人宅で(2年ほど前は品薄だったWiiだが、今では彼の友人宅の多くが持っているという)Wiiで「スーパーマリオブラザーズ」を遊ばしてもらったが、面白かったと言っていた。

このWiiは、Wiiポイントという有料ソフトウェア購入用のプリペイドカードシステムがあり、店舗でカードを購入し、そのIDNo.を登録することで、そのポイントに見合ったソフトがダウンロード購入できるようになっている。その購入方法で、その友人宅ではインストールしたものだろうと思い、ためしに1000ポイント購入してやってみたところ、以外に簡単にダウンロードして直ぐに楽しめるようになった。

もう20年以上前にファミリーコンピューターで遊んだことのあるソフトで、自分としても懐かしく、Wiiのスタンダードなソフトよりも最近はこちらで遊ぶことが多くなった。まったくの先祖がえり的な遊び方だが、長男も古いソフトでも面白いねと言っているので、やはりその年代の子どもの心を捉える魅力があるのだろう。(とは言え、このようなゲームはなぜか男子が好む割合が圧倒的で、女子で好きな子の割合は格段に低いようだ。この辺りに先天的か後天的かは別にして男女差が現象として確認できるのは面白い)。

もう500ポイント余ったので、アーケードゲームとして私が学生時代にハマったことのある「ゼビウス」もリストにあったので、ダウンロードしてみた。処理能力の低いファミコン用に移植されたものなので、アーケードゲームにあったイラストの美麗さは相当チープなものになってしまっていたのが残念だったが、それでも操作性やルールはまったく同じで、単純なシューティングゲームながら結構子ども達もハマっているのが面白い。

この土日も、まだ新型インフルエンザの流行の動向がはっきりしないこともあり、不要不急の外出はなるべく避けて、このように巣ごもりで過ごしてしまった。

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2009年5月 5日 (火)

修善寺 日帰り旅行

家族内でこの連休中に一日くらいは遠出しようという大雑把な意見統一ができていたのだが、「1000円高速道路乗り放題」による渋滞と、新幹線往復費用の出費の問題もあり恒例の帰省を今回はパスしたので(実家の父母達には少し寂しい思いをさせてしまった)、なかなかスタートダッシュが切れずに、ダラダラと過ごし(とは言え、子ども達は宿題をこの3日間で終わらせたのだが)せっかくの5/2-5/4の好天を棒に振ってしまっていた。

そこで、天気が崩れるという予報が出ていたが、いつも乗っている長野新幹線ではなく、東海道新幹線で西の方に行ってみたいという子ども達からの以前からの要望も考慮して、熱海、三島、静岡あたりを候補にして比べてみたが、三島まで行き、そこから足を伸ばして修善寺まで行ってみようかということになった。

【新横浜駅発 東海道新幹線300系こだま】

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天気がよければ修善寺のサイクルセンターやラフォーレなどに出かけてもと思ったし、三島市内をレンタサイクルで回るのもいいかと思ったのだが、結局伊豆箱根鉄道の修善寺駅に着く頃には雨が降り出し、「修禅寺」を中心とした修善寺温泉界隈を散策しようということにした。

伊豆箱根鉄道は今回初めて乗車(三島-修善寺 片道大人500円)したのだが、鎌倉幕府の執権・連署を務めた北条氏の地元であり、源頼朝が配流された現在の伊豆の国市(韮山、伊豆長岡)あたりの風景は、伊豆の脊梁山脈が東を阻んでいるとは言え、狩野川の沖積平野が平らかに広がっており、水利もよく、山国のイメージのある伊豆だが、水田耕作が古代から盛んだっただろうということが窺がわれる土地柄で興味深かった。

【伊豆箱根鉄道三島駅 修善寺行き】

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韮山といえば、江川太郎左衛門による日本発の反射炉と「反射的」に出てくるのは、小学校時代に清水静岡沼津を修学旅行で訪れたことがあるためで、景色はまったく覚えていなかったが、数十年経っても印象的な記憶というのは忘れないものだ。今年の国民文化祭は静岡県が当番らしく、この江川太郎左衛門英龍を主人公にしたオペラを上演するらしく、ポスターが貼られていた。

途中、車窓から見る「城山」という岩山の眺めも面白く、のんびりとした列車の旅はあっという間に過ぎ、結構繁華な終点駅の修善寺に到着した。

修善寺駅前は、伊豆の各方面に出発するバスターミナルになっており、10本ほどの路線が出ているようだった。修善寺温泉駅(バス停名)行きのバスに乗り、水量豊かな狩野川支流の桂川沿いを10分ほど揺られると修善寺温泉の中心部に着く。(バス料金は整理券制で、210円)。目の前に立派な旅館があり、菊屋という名前だった。後で調べると、これが夏目漱石の『修善寺の大患』で知られる旅館で、相当由緒のある旅館のようだが、最近リニューアルされたようで新しい高級旅館の趣で、さすがに高級そうなクルマやハイヤーが留まっていた。

ところで、土地全体の地名は修善寺だが、寺の名前は修禅寺、ということに今回初めて気がついた。

修禅寺は、さすがに鎌倉時代以前に開かれたという古刹だけあり、雨ながら連休ということもあり人出も多かったが、森閑とした雰囲気のある寺だった。

手水から湯気が出ているのでもしやと思ったら、温泉が龍の口から吐き出されていた。湯どころである諏訪の諏訪大社下社でも手水に温泉が使われているところがあるが、さすがに名湯、修善寺というところだろう。

【手水の龍】

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修禅寺は、元々は真言宗の寺院として開基されたというが、現在は禅宗の寺ということだ。この地は、鎌倉幕府初代将軍源頼朝の長男で二代将軍の頼家が謀殺されたことで知られる地であるが、頼朝の弟の一人で、末弟の義経とともに、義仲追討、平家追討で活躍した源範頼の墓もあることが今回の小旅行で知ることができた。

【修禅寺本堂より小雨の新緑を見る】

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修禅寺を出るとすぐに桂川が流れており、川原の中にある伊豆最古の温泉とされる独鈷の湯という温泉(実際には入れないらしいが)は、水害防止のための移転工事中だった。

朱塗りの橋を渡ると、近年共同浴場として開湯された筥湯(はこゆ)という公衆浴場がある。予めここに入浴する予定だったので、バスタオルなども持ってきており、入浴料350円を払って入湯した。まだ新しいこともあり、自然光を屋根から取り込む設計にもなっていて内部は明るく、湯も当たりが優しく、久しぶりの温泉ということもあり、大変リラックスできた。長野の地元の温泉は、草津の裏山ということもあり、卵が腐ったと称される硫化水素臭が漂うことが多いのだが、ここは無色無臭の温泉らしく至極清潔な雰囲気だった。慌しい日帰り旅ではなく、緑と水の豊富なこのような場所で数日のんびりできればいいだろうと思わせるような場所だった。

【筥湯の望楼】

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【筥湯の望楼から見た修禅寺】

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お湯にゆったりとつかったら、ちょうど昼時になったので、パンフレットで食事どころを探したが、蕎麦の店が多く、子ども達が蕎麦をあまり好まないもので、いかにもひなびた温泉街には必ずあるようなラーメン・やきとりと書かれた食堂「ひろちゃん」に入って手打ちラーメンなどで昼食にした。店内には著名人の色紙なども飾ってあり、東京ジャイアンツ時代の松井選手55番のサインなどもあった。オフか自主トレの時にでも立ち寄ったのだろうか?素朴なスープの結構美味しい手打ちラーメンだった。

雨が少し小降りになってきたので、その店の裏手の山側にある源頼家の墓に詣でた。その手前に、指月殿という「伊豆最古の木造建築」とされる仏殿があり、内部には相当古い時代の釈迦如来像と金剛力士像が安置されていたが、どのようないわれか建物も仏像もあまり修理を受けていないようで、どんどん朽ちているようだった。その奥に頼家の墓と言われる五輪塔とそれを江戸時代の僧侶が改めて祀った頼家公の墓という碑が雨にぬれてひっそりとたたずんでいた。頼家の母の実家である北条氏、鎌倉武士団の意に添わない二代目ゆえの悲劇で若くして命を奪われた悲しみが今でも漂っているかのような空模様だった。

昼食前に入浴した筥湯は、近年作られたものだが、その工事中に古い時代の湯殿のものと思われる遺跡が発掘されたらしく、一説には頼家が入浴したものではなかったかと言われているらしい。 私が愛読している『半七捕物帳』の作者岡本綺堂の戯曲(新歌舞伎)『修禅寺物語』は、この頼家と面作り夜叉王を主人公としたものとのことで、まだ戯曲にも舞台にも接したことはないが、興味がある作品の一つだ。(青空文庫で読むことができることが分かった。)

帰路、三島に近づくと雨が本降りとなり、三島大社や楽寿園、梅花藻の里などの湧水の町めぐりをしたかったのだが諦めて、少し時間も早かったので在来線の東海道線で帰宅した。丹那トンネルは、新幹線ではあっという間だったが、在来線では非常に長く感じられた。

あっさりとした小旅行だったが、家でゴロゴロしているのと違い、少し気分がリフレッシュできた。ごろごろは身体は休めることができるが、適度なストレッチをしないとかえって疲労感が残るそうなので、その意味でも外出は正解だった。

備考:三島駅は、JR東海に属し、我が家の最寄駅はJR東日本に属する。現在、東海でもTOICAというカードを使っており、SUICAやICOCAも使えるとなっていたので、三島駅でうっかりSUICAで入場したところ、最寄駅の改札で出場できませんとなってしまい、駅員に聞いたらJR東海と東日本をまたいでの利用はまだできないということで、駅員のマニュアル操作で料金引き落としをしてもらうことになってしまった。三島駅で普通に乗車券を買えばよかったのだった。今後は注意したいものだ。

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2009年4月13日 (月)

『阿修羅展』 東京国立博物館 2009/04/12(日)

Asura_kofukuji ガンダーラに端を発した仏像であるが、白鳳天平彫刻の傑作の多くは、その仏師、技法などなど中国、朝鮮を経由して伝来したためか、優美繊細さを極めたその美意識は現代人にも共感できるように思う。今回興福寺の国宝館からもったいなくも大挙して移されてきた写実的な釈迦十大弟子は当然のこととしても、異形な古代インドの神々が起源である八部衆の神々が何と美しく、また愛らしく、たおやかであることか。

ことに展覧会の名称にまで祭り上げられた『阿修羅像』は、特別展示として周囲360度からの観覧(つまり左右の二面の顔も背中も)が可能であるようにもったいなくも展示されており、ものすごい人込みではあったが、その人込みの中でも見る価値は十分にあった。

高校時代には、別に日本浪漫派をきどったわけではなかったが、和辻哲郎『古寺巡礼』、亀井勝一郎『大和古寺風物詩』、入江泰吉の写真集に相当入れ込んで、高校の京都奈良への修学旅行では、修学旅行的に青春している同級生を尻目に、日本古美術の粋を極めようとしていたような意気込みがあったように今から思えば思い出す。梅原猛『隠された十字架』などにも挑戦した。

この一時的な熱狂が過ぎてから、大学生時代にはほとんどそちらには興味がなくなっていたが、就職してから思い立って1月の当時の成人の日の連休に夜行列車で京都へ出て、室生から西ノ京、斑鳩、そして興福寺、東大寺、新薬師寺、春日大社界隈、冬枯れながら小春のような陽気の中、人気の少ない古都をのんびりと巡る一人旅で、改めて白鳳天平の仏達にじっくりと向き合うときを得たのだった。このときも、修学旅行以来の今回の興福寺の仏像たちや、三月堂の日光月光菩薩などもみることができたが、団体旅行には適さない東大寺戒壇院では、あの見事な四天王像の見学者が私一人だったり、新薬師寺の十二神将も、本当にこんな時空を一人占めしていいのだろうかととまどうような気持ちでじっくりと守護神たちに向き合うことができたのだった。

さて、今回の展示は、興福寺の西金堂の再建への勧進のようなものも兼ねているのか、その関係の展示もあった。そこで展示されている鎌倉の快慶による四天王像になると、荒々しく誇張された躍動感のようなものが「復活」しているように感じた。来迎崇拝の後、鎌倉、関東武士団の男性的な美意識は、アズマビトたちのかもし出したものかも知れず、そのルーツは古くは縄文につながるものがあるのかもしれないなどと、同じ平成館の縄文から古墳の名品群を見ながら思いついたのだった。

なお、阿修羅といえば、女流漫画家の萩尾望都が少年誌(チャンピオン)で連載して有名になった光瀬龍原作の非常に難解な「百億の昼と千億の夜」でのトリックスター的な役回りが非常に印象的だ。

ちなみに、四天王、八部衆、十二神将は、当然のことではあるが、東西南北を象徴し、四の倍数になっている。

⇒ 興福寺の八部衆

阿修羅、五部浄、沙羯羅(さから)、鳩槃荼(くばんだ)、乾闥婆(けんだつば)、迦楼羅(かるら)、緊那羅(きんなら)、畢婆迦羅(ひばから) ということで、大辞典とは少々異動がある。

⇒ 興福寺の十大弟子(6体)

富楼那(ふるな)、迦旃延(かせんえん)、羅羅(らごら)、舎利弗(しゃりほつ)、目連(もくけんれん)、須菩提(すぼだい)。

参考:小学館 国語大辞典より

してんのう(‥ワウ)【四天王】(「してんおう」の連声)
Ⅰ 仏語。須弥山(しゅみせん)の中腹にある四天王の主で、東方の持国天、西方の広目天、南方の増長天、北方の多聞(たもん)天または毘沙門天のそれぞれを主宰する王の総称。八部衆を支配して帝釈天に仕え、仏法と仏法に帰依する人々を守護する。仏像彫刻の場合は、須弥壇の四すみに配され、甲冑をつけ、武器をとり、足下に邪鬼を踏む姿につくられる。四大天王。 

 ⇒ 東西南北 じぞうこうた

◇はちぶしゅう【八部衆】
仏語。仏法守護の八体一組の釈迦の眷属。天・竜・夜叉・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩  羅伽(まごらか)の称。天竜八部。


◇じゅうに‐じんしょう(ジフニジンシャウ)【十二神将】 仏語。仏法を守り、薬師経を読む者を守護する一二の大将。宮毘羅(くびら)大将(本地は弥勒で子神)・伐折羅(ばさら)大将(本地は弥陀で丑神)・迷企羅(めきら)大将(本地は勢至で寅神)・安底羅大将(本地は観音で卯神)・    羅(あにら)大将(本地は如意輪で辰神)・珊底羅大将(本地は虚空蔵で巳神)・因陀羅(いんだら)大将(本地は地蔵で午神)・波夷羅(はいら)大将(本地は文殊で未神)・摩虎羅(まこら)大将(本地は大威徳で申神)・真達羅(しんだら)大将(本地は普賢で酉神)・招杜羅(しょうとら)大将(本地は大日で戌神)・毘羯羅(びから)大将(本地は釈迦で亥神)。この内、宮毘羅大将は金比羅(こんぴら)神で、寅童子(とらどうじ)はその化身という。十二神。

◇じゅうだいでし(ジフ‥)【十大弟子】
釈迦の一〇人のすぐれた弟子。智慧第一の舎利弗(しゃりほつ)、神通第一の目連(もくけんれん)、頭陀(ずだ)第一の摩訶迦葉(まかかしょう)、天眼第一の阿那律(あなりつ)、解空第一の須菩提(しゅぼだい)、論義第一の迦旃延(かせんねん)、持律第一の優婆離(うばり)、密行第一の羅羅(らごら)、多聞第一の阿難(あなん)、説法第一の富楼那(ふるな)の一〇人。十弟子。

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2009年4月 6日 (月)

月影を遮る蝙蝠夕桜

帰路、春宵一刻値千金を味わうべく、電車では所要時間9分の距離を歩きて帰宅。

日の本有数のBODの値にて名の高き河岸の遊歩道なれど臭気はなく、人通り少なきたそがれ時、行きかう人の姿も定かならず。月中天に昇り、冷たき川風満開の桜の並木のこずえを揺らす。

かはたれ時は逢う魔が時とも、蝙蝠の一片二片、目の前を飛び交い、月影に照らされし満開の桜を遮らんとすなり。肌寒き宵なれど既に羽虫の類の飛び初めしにやあらん。蝙蝠はそを捕食するなり。歩める時の間は90分。常世とは別の時を過ごせる心地せり。

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2009年2月15日 (日)

スノーヴァ新横浜と三ツ池公園

今週、長男が学校のスキー合宿に初めて参加するので、その予行演習として、鶴見区にあるスノーヴァ新横浜という屋内スキー場に行ってきた。2階の見学スペースから観たゲレンデの眺め。画面中央上方に、スノーボーダーがジャンプしているように、現在はスキーよりも90%以上の入場者はスノーボーダーだった。
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フルレンタル(スキー、ストック、ブーツ、ウェア上下、グローブ)だと平日大人4,500円、18歳以下3,500円で、土日には5,000円、4,000円という比較的高額になる。これで2時間ほどの滑走が可能。ただし初回利用時に年間会費として大人も18歳以下も一人1,000円の会員登録料が必要となる。ということで、今日はスキーのヴェテランの妻が長男をコーチし、私と次男はこの室内ゲレンデの近くにある桜の名所として知られる三ツ池公園を散策した。

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 三ツ池公園は、2、3年前に花見に訪れたことがあり、それ以来の散策だった。昨日の夏日に近いような2月としては記録的な24度Cという高温のためか、上の池周辺に数本ある寒桜が満開になっていて驚いた。ちょうど、今朝のテレビ番組で、昨日の高温の特集の一例として千葉の勝浦の河津桜が一ヶ月も早く開花したというのをやっていたので、ここもそうかと思ったのだが、木に掛けられた札によると「カンヒザクラ群 寒桜」という種類とのことだった。

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入り口に近い下の池では、キンクロハジロが沢山羽を休めており、ホシハジロ(頭が茶色の鳥)が数羽物怖じせずに交じっていた。

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2009年2月 7日 (土)

iTunes で取り込めないCD 1985年製 RCA トスカニーニ/NBC響の第九

これまでもトラックの一部でPCが読み取りに苦労してダンマリ状態になることはあったが、このCDは冒頭からまったく読み取りができなかった。また、改めてCDの盤面をクリーニングしてiTunesで通常のCDとして聴こうとしても駄目だった。これまでも比較的古いCDの一部で取り込み不能が発生していたので、それと関係があるのかも知れない。それと同時期に買ったメンゲルベルク/ACOによる第九(Philips)はきちんと取り込めたのだが。なんらかの方法を考えてみたい。

浅田真央選手は、カナダ、バンクーバーのオリンピック本番で使われるリンクでの四大陸選手権で、最終的にFSではトップの得点をマークしたが、総合では3位だったようだ。1位はキム・ヨナ選手、2位がロシェット選手。本番で使われるとは言え、現在はアイスホッケー用で、フィギュアスケートの国際規格よりも縦の長さが短いというのだからカナダのスケート連盟もお粗末な運営だと思う。リンクの隅々まで使う選手が不利になるのが見え見えだったので、今回日本選手は怪我をしなかっただけ儲けものと思った方がよいかも知れない。明日の男子も気をつけてもらいたい。この後は、いよいよアメリカでの世界選手権だ。

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2009年2月 6日 (金)

iTunes での取り込み 途中経過 と ヴァイオリニストの勢力図の変化?

このところ、毎日、夕食後PCに向かい、机に積み上げているCDをiTunesで読み込ませることを楽しんでいる。コレクションが整理されるていくというのが面白いというのもあるし、自動的にダウンロードされるCDのトラック名の情報をチェックして誤りを正して、送り返すというのも面白い。今晩現在での累積リッピングのデータは、「3657曲、13.1日」と表示された。曲というのは要するにCDのトラック数なので、多くのトラックが切ってある楽曲、たとえば、「ゴルトベルク変奏曲」などはこれ一曲だけで、冒頭とダカーポアリアと30の変奏で32曲ということになってしまう(グールドの初期盤のゴルトベルクは、全体が1トラックで、細かくindexが挿入されているのだが)し、交響曲、ソナタなどの多楽章曲は、1曲で数トラックとなり、オペラでは二桁のトラック数になってしまうので、曲数というのはまったくあてにならない。

単純に1CD 1時間の収録時間とした場合には、13.1日は314.4時間になるので、ようやく300枚強を読み込んだことになる。

昨晩は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲などをまとめてハードディスクに記録したのだが、今晩はブラームスのヴァイオリン協奏曲を取り込んだ。

今はあまり名前を聞く事が少なくなったアイザック・スターンのCD(ソニーのThe Great Collection収録)も、バレンボイムとのベートーヴェン、メータとのブラームスを取り込んだのだが、ブラームスの方はHMVでも録音年データが見つからず、ネット情報で1978年録音らしいとあったので、とりあえずそのようにデータ入力しておいた。大御所としてよきにつけ悪しきにつけ絶大な権力を奮ったヴァイオリニストだったようで、録音はほとんどがソニー (CBS)に膨大に残されているが、今改めて聴いてみると、音色にも技術にもそれほど陶酔的な魅力を持って迫っては来ない。現代のヴァイオリニストは、五嶋みどり、ヒラリー・ハーン、アンネ・ゾフィー・ムターなど総じて技術も高いのは当たり前で、音も研ぎ澄まされたように美しくなっているように感じるが、一方では主流のガラミアン、ドロシー・ディレイ門下は似たような音色、解釈、テクニックと言われて没個性的だとも言う人もいる。ヴァイオリンというクラシック音楽では常に主役を演じる楽器だが、かつて大御所だったスターンやパールマン、ズーカーマンなどの影が薄いのは、どのような変化なのか、興味がある。

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2009年1月31日 (土)

スピードスケート 長野高専3年 山中大地選手

先日の岐阜の恵那で開かれた高校総体(インターハイ)で、1000m, 1500mの2冠に輝き、1/31の国民体育大会(国体)でも少年男子1500mを制して2連覇を飾った長野県の山中大地選手。

昨日の朝日新聞の夕刊のスポーツ欄に、囲み記事で結構大きく取り上げられていた。長野県川上村出身で、川上中学校時代には、全国中学校大会で4位に入賞した実績があるが、スケートの盛んな地元の佐久長聖高校や、野沢北、野沢南、小海、臼田などには進学せずに、「先生の奨めで何となく、長野市の国立長野工業高等専門学校(いわゆる長野高専)に進学」して、たった一人のスケート部員として大会に出場し、見事3年生の今年は、全日本ジュニアでの総合優勝インターハイ1000m と 1500mの2冠を成し遂げたことが、署名記事で載っていて驚いた。

早速、昨夕実家に電話をしたら、父が電話口に出て、「今年は負け知らずで頑張っているんだ。普段は、長野市の長野オリンピックの舞台となったMウェーブなどで、信州大学に結構強い学生たちがいるんで一緒に練習をしているそうだが、親元を離れて一人暮らしなんだからな」と、驚き喜んでいた。

部員が一人?しかいない高専のスケート部ということで、身近にどのような指導者がいるものかは聞いていないが、普通監督やコーチなどがトレーニングメニューやメンタル面でのサポートをする年代だと思うが、父の話ではどうやらいわゆる強豪校の監督やコーチのような存在はいないようで、ほとんど自力でここまでの成績を上げているらしく、もしそれが本当ならこのことが非常に驚きだと思う。(もし素晴らしい指導者が身近におられるならば、これを読まれて気を悪くされてはいけないので、断定は避けたいが。)

新聞は、情報工学を専攻している高専生としてのユニークさを取り上げ、「計算力」の勝利のようなことを書いていた。それも否定はできないだろうが、それよりも部員がわずか(一人?)な環境でのトレーニングこそ、驚異だと感じる。

この選手は、実は、私の母方の親戚にあたる。一昨年あたりに、中学の時には活躍したのだが、スケート部のない高専に進学したというような話を聞き、その後どうしたかと気にかかっていた(昨年の国体での優勝は聞いたような気もするのだが)ところ、昨日の新聞記事を読んで、思わず実家に確認の電話をして、選手の祖父母の家へお祝いを伝えてくれるように頼んだところだった。

すると、今日の午前中には、実家の母から電話があり、今度は国体1500mでも優勝したとの連絡が、選手の父から選手の祖父母の家に入ったというではないか!国体は、明日の2/1までリレーなどの競技があるようで、滞在や移動も大変だと思うが、頑張って欲しい。(5000mは振るわなかったようだが、500m*4の2000mリレーでは北海道、群馬に続く3位に入った。)

2月下旬には、ポーランド ザコパネで開催される世界ジュニア・スピードスケート選手権への出場も決まっている。

 20 - 22 Feb, 2009  World Junior Speed Skating Championships Zakopane, Poland

親戚の欲目ではなく、稀に見る大器だと思うが、これからの進路には迷うところだとも思う。ただ、米国の名スケーターのエリック・ハイデンなど、医学の勉強を続けながらオリンピックやW杯で活躍した選手もいるので、頑張って文武両道を達成してもらいたいというのが勝手な願いだ。本人にとっても、両親や家族にとっても大変なことではあるが、陰ながら応援したい。

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2009年1月 4日 (日)

年末から年始に掛けての身近な山々の様子

Pc270680真白き富士の嶺(2008年末) 自宅より 13倍ズーム
 

Pc270684大山の山頂部(2008年末) 自宅より 13倍ズーム

Pc270681 大山(左)と富士山(右)の山頂部(2008年末) 自宅より 1倍


P1010023新春の浅間山 帰省先より 3倍ズーム


P1030767新春の上信国境の山の樹氷 帰省先より 7-13倍ズーム


P1030770

 戸隠山 西岳の新雪 帰省先より 13倍ズーム


7倍-13倍望遠を駆使?して、雪山を撮影して見ました。クリックで拡大します。

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2008年12月29日 (月)

ようやく年賀状を作成・投函とNHK教育テレビ放送停止

暦の関係で今年の冬休みは長い。12/27と12/28が土日になったため、12/26(金)が仕事納で、一般の企業も12/27(土)から冬休みを取るところが多いようだ。また、1月も4日が日曜日になるため、12/27から1/4までの連休は9連休にもなる。そんなわけで、帰省をするにしてもどうもピリッとせずに、ダラダラと過ごしてしまっている。(世界で、新暦の年末年始にこのような休みを国民の多くが取るのは、日本だけだ。中国文化圏のアジア諸国は、旧正月の前後に長期の連休を取るところが多いし、欧米はクリスマス前後は休みだが、正月は2日から出勤だ。)

面倒くさいが、既にインクジェット写真用の年賀葉書を100枚ほど買ってあったため、それでもと、今日は午前中から年賀状に取り掛かった。子ども達、妻、そして私の年賀状を「宛名職人」で作成し、同じく宛名職人に登録済の住所録を少しいじってプリントアウトするだけなので、やり始めれば数時間で終わってしまう作業なのだが、今年もついつい後回しになってしまった。11時ごろに、裏面のデザイン、使う写真などを決め始めて、家族分4種類印刷。それから表面(住所面)の印刷を始め、終了したのは4時ごろ。まあまあの出来栄えの年賀状が完成した。本来は25日までに投函すれば元旦に配達されるというのだが、北海道や東北地方の知人には三が日までに届くだろうか。

さて、今日は、何とNHK教育テレビが放送時間を短縮するという「暴挙」に出た。午前中の放送は停止で、0:30 から21:30まで放送し、21:30から翌朝5:00まで放送停止ということ。この一日、放送を停止することで、普段の日と比べてCO2を約9.4トン削減したことになると新聞のテレビ欄に書かれていたが、それならば深夜、早朝の放送を今よりも減らすことも考えるべきだし、BSアナログもBSデジタルもさらに視聴者が少ない時間帯には停めるべきではないのか?教育テレビを停めるという愚挙には開いた口がふさがらない。それでもって、CO2削減を声高に唱えるというのは、本気で視聴料の支払いを考え直すべきときに来たのかも知れないとも思う。

かつて、石油ショック時代に、深夜放送がNHKも民間放送も停止した時代があったが、今回のNHKの独りよがりの放送停止は、何のコンセンサスも得ていないのではあるまいか?

調べたところ、ホームページで意見を募っていた。どうしようもない。

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2008年12月12日 (金)

フィギュアスケート グランプリファイナル ショートプログラム 浅田僅差の2位

韓国 高陽市で今日開催されたフィギュアスケートのグランプリファイナルの第1日目、ショートプログラムでは、今シーズンのグランプリシリーズの上位6名の男女が参加して演技が行われた。

男子は、日本の小塚崇彦(こづかたかひこ)選手が、エースの高橋、復活した織田が出場できない穴を大きく埋めて、ショートプログラムをほぼノーミスで滑り、第1位で明日のフリースケーティングを迎えることになった。今シーズンは、アメリカンカップで1位、フランスカップで2位と昨年から大幅にステップアップして、世界の第一線の選手にランクインしている。この選手も、愛知県の出身とのことで、男女ともに愛知県が生んだフィギュアスケートの一流選手の数は特筆される。

さて、注目の女王対決、浅田真央とキム・ヨナのショートプログラムの演技では、素人目にはわかりにくい点数で、最終滑走のキム・ヨナがトップに立ち、僅差で浅田が2位になった。

最近ショートを苦手としてきた浅田だが、この夜の演技は、ほぼノーミス(三回転、三回転が少し回転不足だったらしい)で、ノーミスの演技者だけが持つ観客が思わず息を呑むような集中した演技を見せ、最後はライヴァルのキム・ヨナの母国開催とは言え、観客からは思わずため息が漏れるほどの素晴らしい出来だった。少し気になったのは、スパイラル・シークエンスに移動するときに片足を上げる際に少しぎごちなさが感じられた程度。ジャンプは三本とも上出来で、ステップはキム・ヨナを凌駕していたと思う。『月の光』の音楽とコスチュームの淡い紫色と水色の中間色、そしてスケーティングが相俟って見事なものだったと思う。

キム・ヨナの演技は、最初の三回転三回転は素晴らしく、これはまたも完璧な演技で浅田を大幅にリードしてしまうかと思ったが、さすがのキム・ヨナも母国開催でのプレッシャーがあったものか、次のルッツ(?)が一回転になってしまい、その後もそのミスを引きずった雰囲気で、シークエンスなどもいつもの安定感がそがれていたように感じた。それでも終盤の多彩な高速スピンの威力は素晴らしく、サン・サーンスの不気味な『死の舞踏』を用いてゴシックホラー的な黒い衣装を身にまとったキム・ヨナのスケートもやはりすばらしかった。

ただ、採点の基準は非常に細かく、素人には分からないミスや加点要素もあるのだと思うが、明らかな一回転ジャンプというミスのあったキム・ヨナが、ほぼ完璧な浅田をわずか0.5点程度でも上回ったのは解せないところだった。二人とも65点台という高得点だが、キムは芸術点で上回ってわずかにリードしたというところだったようだ。芸術点は、非常に主観的な要素の強いもので、細部の洗練さや技の切れなどの積み上げ的な部分ではキム・ヨナがわずかに上回るだろうが、全体的な印象という面では、ほぼ完璧な演技を見せてプログラム全体を滑りきった浅田の方に加点があってもよいのではないかと思う。まあ、ここは難しいところで、細部の積み上げの部分をおろそかにすると、全体の印象だけで点数が決まってしまうという大雑把な採点にもなるだろうから。

ただ、ISUの公式スコアを見ると芸術点と呼ばれるProgram Component Scoreを構成する5つの要素すべてで、キムが浅田を少しだけ上回っているというのは、解せない。

中野友加里は自己ベストの62.08点で3位。ロマンチックなショスタコーヴィチの『ロマンス』が印象に残った。直前の練習では素晴らしいジャンプを決めていた安藤美姫だったが、一番滑走ということもあり緊張したのかスピードが少し不足するような印象で、ジャンプで転倒してしまうなど55.44点で5位と出遅れた。イタリアのコストナー、カナダのロシェットは、集中力に欠けたのか振るわなかった。

明日のフリーでは、小塚の快挙、浅田とキム・ヨナの頂上対決が楽しみだ。

追記:2008/12/13 14:23 

今回の採点については、日韓のナショナリズム絡みでも相当問題視されるなどスポーツ界を越えた問題になっているようで、偏向採点かどうか調べているところ、2008年12月13日 新採点システムの落とし穴?コンビネーションジャンプにかかるGOEの不思議(blog EVERGREEN) という専門的で冷静な記事を見つけた。

これはこの採点システムについてときおり指摘されていたように思うがが、難しい技に挑戦して不完全になるよりも、より低いレベルの技を確実に決めた方が得点が高くなるということ非常に詳しく説明した記事で大変参考になった。

器械体操競技、新体操や飛び込み、シンクロナイズドスイミングなども技術の高さと正確さ、美しさが採点要素になっている点でこのフィギュアスケートと共通性があるが、今回の浅田の不完全だとは言え3回転3回転と、キムのスッポヌケの1回転ルッツでこのような得点の矛盾が生じるのは、それらの競技との比較でも不合理すぎるように思える。

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2008年11月25日 (火)

2007年のBeaujolais を 2008年解禁日の翌日に飲む

このブログでも2005年、2006年はボジョレ(ボージョレ、ボジョレー、ボージョレー)・ヌーヴォーを飲んだことを書いたが、2007年は記録がない。昨年は飲まなかったのかも知れないし、記憶がはっきりしないが、塩尻か甲州の新酒を飲んだような気もする。

Pb250517_3 今年は不景気で先行きが不安なこともあり、2000円を越えるボージョレ・ヌーヴォーの値段を見て高いなと思い、11月20日の木曜日は購入しなかった。

それでも多少後ろ髪を引かれる思いでいたところ、翌日11/21の金曜日に某スーパーマーケットの酒類売り場に、ヌーヴォーではないボージョレが珍しく陳列されていて、Beaujolais Nouveau としては有名な Georges Dubœuf の2007年ものがVillageが1400円ほど、普通のが1000円弱で売られていた(ラベルを見たらサントリーの輸入)。

ボジョレーのヌーヴォーではないのというのは初めてだが、安い方を試しに購入して飲んでみた。

フランスワインを飲むときは、ボルドーの方が多いが、ブルゴーニュらしい爽やかな風味が感じられた。ただ、これでもやはり普通のボルドーに比べると高い感じがした。

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2008年11月24日 (月)

都電荒川線に乗る

11月23日(日)勤労感謝の日、子ども達と都電荒川線に乗りに出かけた。

始点から終点までを乗ろうと、早稲田駅を目指した。東西線の早稲田駅を降り、都電の早稲田駅に向かう途中、早稲田大学の本部キャンパスがあり、少しキャンパス内を散策した。

推薦入試が早くも始まっており、特に女子高校生と父兄の姿を多く見かけた。構内のイチョウは銀杏を多く落としており、子ども達に言わせると異臭が漂うほどだった。木の根元には、天日干しすれば食べられそうな銀杏が大量に残っていたが、学生や教員は拾うこともないのだろうか?

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都電荒川線は、都内に唯一残ったいわゆる路面電車路線で、新宿区早稲田から豊島区、北区などを経由して荒川区の三ノ輪橋に至る生活路線。料金定額のバスと同じで、一区間でも全区間でも大人160円、こども80円。

早稲田駅
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車内の路線図
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江戸時代からの桜の名所、飛鳥山公園付近。ここは明治時代には渋沢栄一の大邸宅だったこともあるようで、渋沢庭園や記念館が残っていた。
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都電荒川車庫 これらは現役車両だが、隣に古い車両が保存展示されている小公園があった。
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終点 三ノ輪橋駅 の降車場 
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三ノ輪橋は界隈は下町の風情だった。駅そばのアーケード街で美味そうな肉まんを売っていたので熱々のを購入(220円)。後で調べると安井屋という佃煮屋さんだったらしい。横浜中華街のぶたマン500円に比べるとリーズナブルだが美味かった。また、常磐線のガード近くにあった手焼き煎餅の店桜せんべいでお土産を購入。これも帰宅後食したら美味かった。

帰路日比谷線の三ノ輪橋駅に向かう途中、狭い歩道を老若男女が自転車で我が物顔で疾走するのには危険を感じた。のんびりした下町のイメージが崩れて少し残念だった。

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2008年11月16日 (日)

横浜市電保存館

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横浜の磯子区にある市電保存館に行ってきた。この2ヶ月ほどあまり体調がすぐれず、土日の遠出もしていなかったのだが、ようやく調子が戻りつつあるので、小雨模様の天気だったが、クルマで行ってきた。

大人100円、小中生50円。

左はNゲージ用のジオラマ。Nゲージの動力車を有料で走らせることもできる。


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横浜市の鉄道関係の立体地図。

光っている線は横浜線。


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HOゲージのジオラマ。横浜市電も古い街並みを走る。


Pb160413_3 吉村コレクションの鉄道模型が多数展示されている。


Pb160409_2 ありし日の市電の系統図。横浜市南部を縦横に走っている。最近また市電のようなLRT(Light Rail Transit)が見直され、欧州諸国の都市では未だに現役。国内でも広島などでは相当数が走行しているようだ。


P.S. アクセスログを見てみたところ、tenki.jpからのアクセスがあったようで、何かと思って辿っていったところ、日本気象協会の神奈川県の「みんなの気持ち」というページがブログのRSSを自動収集しているようで、そこにリンクが張られていたのだった。地名と天気がキーワードなのだろうか?「横浜 磯子区」「小雨模様」

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2008年11月15日 (土)

久しぶりにズーラシア 新デジカメの試し撮り

2008年2月12日 (火) ツシマヤマネコをナマで見る でズーラシアを訪れて以来久しぶりに動物達を見に行ってきた。

この間、中国から貸与されていたキンシコウが上海動物園にとうとう返却されたり、平面の大駐車場だった第一駐車場がなんだか狭苦しい二階建ての立体駐車場になったり、とうとう来年の春チンパンジー舎と森がオープンする計画になったりしていたようだった。

また、今回は先日購入したコンパクトデジカメの試し撮りも兼ねていた。

画像サイズは少し小さめに設定したのだが、このブログでは1枚あたり1M以上のサイズは投稿不可能とのことで、「縮小専用。」という画像サイズ簡易変換のフリーソフトでサイズを落とす作業が必要になってしまった。これまでは最高画質でも1.3Mだったので、通常では600Kほどの画像だけだったのだが、今回は少し画質を落とすくらでは1Mを簡単に越えてしまうのだ。

「縮小専用。」を通すとEXIF情報が出なくなってしまいつまらないが、今回撮影したいくつかの写真をアップしてコメントをつけてみる。

まずは、最大望遠7倍にデジタルズーム(画質を落とさずにトリミングで拡大するファインズーム)を掛けないもの。さすがにこれまでの3倍とは違いインドゾウの目の表情まで撮ることができた。

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次に最大望遠7倍にファインズーム1.78倍を掛けたもので約13倍。カンムリシロムク。前面のケージの格子がうまくぼけてくれて被写体の鳥にオートフォーカスがうまく合ってくれた。

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スマトラトラの睡眠風景。最大望遠7倍にファインズーム1.78倍を掛けたもので約13倍。

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ドゥクラングール。これはカンムリシロムクのときとは違って被写体にうまくピントが合わなかった。こういうときにマニュアルフォーカスがあればと思う。

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これは別のドゥクラングール。こちらはカンムリシロムクの時のように少しぼけてくれた。

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次は高速連射9コマ/秒で撮影した中の一枚。フンボルトペンギン達はみんな水に入り活発に泳いでいた。22枚連写。

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光学ズーム7倍のホッキョクグマとファインズームを掛けた(13倍)ときの差。

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アカカンガルーたち。広角寄りと13倍。

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ハッチに似た「おじさんカンガルー」のユーモラスな寝姿(13倍)

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この群れの中には須坂市動物園のおじさんカンガルー"ハッチ"とクララとの娘のキララがいたらしい。このズーラシアに貰われてきているとの情報がアマゾンセンターに貼り出されていた。

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動きのチョコマカしたアナグマを高速連写で撮った一枚。25枚連写。

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13倍のニホンザルのオス。この時期オサルのお顔もお尻も見事なほどの赤い色だ。

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先日読んだ鐸木『デジカメに1000万画素』はそれなりに面白かったが、批判の的である最新型の1000万画素のデジカメでも素人としてはそれなりに撮影ができるので、そう落胆したものではないと思った。画質や分解能も大事だが、日常に使うカメラとしては電池のもちが気になった。高速連写で100枚近い枚数を撮影し、全部170枚程度撮影したところ、フル充電(約5時間かかる)の電池がほぼ終わってしまった。後知恵だったが、カタログ記載の通り、オリンパスのこの機種は、電池面では相当弱いようだ。キヤノンあたりは、充電2時間で300枚程度の撮影可能となっている。次に買うときはこの項目は要チェックだ。

また、PC HP のnx6120はカードスロットから多くのメモリーを読み込めるが、どうもマイクロSDが読めないようなので、ドライバのアップデートがあるかどうかを見たところ、アップデートされていたのでインストールしてみたら、読み込みできるようになった。

ところで、今日の朝刊で、日本のお家芸であるデジタルカメラのグローバル市場での売れ行きが相当落ちていて、値段も暴落しており、キヤノンもソニーもオリンパスも利益が減少しているという経済記事が出ていた。技術の革新の反面の値崩れ減少というのが、現在の電気・デジタル機器の最大の問題だと思う。まとものコストダウンをやっていても、国際的に不安定な為替、労働コストの大小によって、まったく儲けが出なくなってしまうという構図はどうも釈然としない。世界がまったく同一水準の労働コストにならなければ、その意味で公正な競争というのは成り立たないのだろうとは思う。

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2008年11月 5日 (水)

デジカメを7年ぶりに買う またオリンパス

Pb0400712001年春に中国に2週間ほど出張したときに、成田空港のカメラ店で購入した愛機 OLYMPUS CAMEDIA D-460 ZOOM。
既に7年以上使用しているが、多少動きが鈍くなってきたところはあるが、相当の酷使にも耐えていまだに現役を続けている。

スペックは、最高1.3Megapixel といういまや携帯電話の付属カメラよりも劣る画素数ながら、結構色のバランスとピントのシャープさがあるようで、たまたま手ごろだと思って買ったものだが、なかなか気に入っているものだ。

Pb040080 今はほとんど使われなくなったフラッシュメモリーの形式、スマートメディアがこのカメラの記憶素子で、画素数が小さい分この64MBでも1280*960で約350KBの写真が150枚ほど撮れることになる。ただ、このカメラを購入したころは、ノートPCのハードディスクサイズがたった1.3GBしかなくて、プレインストールされているソフトを相当アンインストールしても空き容量が不足して、画像データをあまり保存できなかったことや、それよりも、パソコンにスマートメディアを読み込ませるのに、3.5インチフロッピーディスク型のアダプターが必要で、64MB程度の画像でもHDDに書き込むのに膨大な時間が掛かったこともあり、このスマートメディアを10枚以上購入して、整理したいたこともあった。

その後、現在のPCを購入して、スマートメディアなどが読めるマルチスロットから、以前のノートPCでは考えられないほど手軽に画像を読み出し、書き込みできるようになり、スマートメディアは一枚あれば充分になってしまっていた。

D-460だが、オリンパスの以前の機種(フィルムカメラの時代もオリンパスを愛用し、このスライド型のレンズケースシリーズを使っていた)によく使われていたスライド型のレンズケースの動きが最近鈍くなり、時にはレンズが出てこない(レンズケースが電源スイッチになっている)ことも起きるようになり、妻が子どもの学校の広報誌の写真撮影を頼まれたりしたこともあって、これでは少し不安だということで、7年ぶりにデジカメを買うことにした。

職場最寄の大型電器店に、帰路足を運び、展示されている実物をいろいろ触ってみたが、どれも一長一短。さすがに値段の高いものはそれなりの使い勝手のよさがあり、また廉価なものはどこかでコストをカットしているために、近くにあるより高価なものに比べると見劣りがするというように結構迷ってしまった。大手メーカーの美麗なカタログをもらってきて見比べても最新機能の紹介が主で、その機能自体どこまで実際に使えるものかは、試してみなければ分からず、結局は店頭での印象で選ぶことにした。(デジタル一眼レフは、妻の弟がペンタックスのK20Dという高級機を購入しており、夏休みに少し触ってみた。こういうのを使ってみると、やはり欲しいものの一つではあるが今回は家庭用を優先にして諦めた。)

店頭で最も欲しいと思わせたのは、RICOHのR10という機種で、広角28mmから望遠200mm(光学7.1倍ズーム)の能力を持ち、適度な大きさでホールド感もよく、欲しいと思ったが、実売4万円を越す店頭価格だったので、諦めた。コンパクトデジカメで光学7倍はなかなか凄くて、以前なら手ぶれのために使いこなせなかった高倍率も最近の手ぶれ補正能力のアップにより、手持ちでも結構使えるようになっており、探したところ、OLYMPUSの最新機種μ1060が目に付いた(PANASONIC のキミマロズーム 10倍もあったが、少し値段が高かった)。当初店頭価格で3万円を越えており、3万円が上限と思っていたので、ネットの代引きによる廉価購入も考えたが、アフターサービスも考えて近所の量販店を覗いてみたところ、いきなり11月に入って大幅値引きをしており、おまけもついて、3万円未満で購入できた。

Pb040001 これが、フィギュアの浅田姉妹がイメージガールを務めているオリンパスμシリーズの現在の最新機種になる。

D-460に比べると、厚さは1/2、幅は2/3、逆に液晶サイズは縦横とも2倍になる。この7年間のディジタル機材の小型化、ディスプレーの大型化がよく分かるようになっている。

まだ、本格的に撮影をしていないが、フルオートからシーン別最適撮影、少しマニュアル的な露出調整やISO感度調整などのモードが切り替えできるようになっている。少し撮影してみて気になるのが、女性のハンドバッグの中にでも入るようなコンパクトさのため、男性には少し軽く小さすぎるのかホールド感に乏しく、手ぶれ補正が入っていても少しブレ気味になるような気がする。これは慣れの問題かもしれない。また、画素数が10.0Megapixel ということで、画素数競争に追従しているせいか、逆に小さい画像にした場合の「見た目の解像度」が落ちているように感じられる。1Megapixel に落として撮影してもあまり変わらないので、無理な高解像度のせいではないかも知れないが。

なお、今更ながらだが、当然のごとく プリンタの PictBridge 対応なので付属のUSBコードとプリンタをつなげば、カメラの液晶モニターでの操作により簡単に写真印刷ができるのはさすがだし、おなじくPCにつなげば、外部ディスクとして認識され、画像のPCへの取り込みもいちいちフラッシュメモリーを抜かなくてもできるのはこれまた便利だ。(ちなみに、オリンパスは、xD-ピクチャーカードの推進メーカーだが、専用アダプタによってmicroSDも選択でき、今我が家のには2GBのmicroSDが入っている。)

なお、あまり液晶モニターが大きくて綺麗なもので、専用の保護シートを本日購入して貼り付けた。

p.s. 2,3ヶ月前から画像整理ソフトとしては、googleの無料Picasa2を使っている。プリンタ付属のHPディレクタ, Irfanview, Adobe Photoshop Album Mini などを使ってみたが、レタッチや印刷には少し不満があるが、アルバムとしての整理能力は格段に優れているようだ。

購入後の後知恵だが、朝日新聞土曜版で連載が終わった鐸木氏のデジカメのキモで印象深かった満月の撮影での高画素数デジカメが必ずしも解像度が高くないという情報を思い出した。これに反して結局高画素数で解像度のあまり高くないものを買ってしまったようだ。映像の受光部の大きさが解像度を決めるようで、オリンパスのこの機種はその意味では受光部が小さい部類のものだったようだ。これは失敗だった。 

μ1060のCCDサイズ:1/2.33型

比較的メーカーよりと思われるサイトでもこのような記事が読めた。 高画素=高画質は間違い? 撮像素子のサイズに注目するコンデジ選び コンパクトデジタルカメラ 2008/06/25 00:12

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2008年10月19日 (日)

長男の中学校の体育祭

長男の通っている中学校の体育祭が行われた。

金曜日からどうも頭痛がして微熱があったのだが、妻も同じらしく、昨日土曜日は今日の体育祭の参観に備えて、準備に出かけた長男を除いて大事をとって安静にしていた。軽い風邪だったようで、今朝は少しだるいながらも妻は早起きして弁当作りをして、長男を送り出し、その後少し経ってから、会場まで出かけた。

午前中は晴れ間が覗いたが、次第に風が強くなってきて、曇り空になったが、まずまずの体育祭日和で、なかなか趣向を凝らした競技などもあり、楽しませてもらった。

2000年から使い続けてきたMiniDVC用のSonyのハンディカムが、6月の次男の運動会の時にどうも故障したらしく、ようやく9月になって修理に出したところ、ヘッドドラムが擦れて故障したとの連絡があり、見積もりだと2万円強とのことだった。現在、DVC用のヴィデオカメラは、まだ需要があるようで、4万円から5万円ほどの低価格機がキャノンやビクター、ソニーなどから発売されているが、機能的には相当絞ったもので、液晶画面も小さく、次善の策としてはこれらの購入も考えたが、修理をすることにして、2週間ほどで無事に修理を終えてもどってきた。今日はそのカメラが活躍してくれた。ヘッドが新しくなったためか、映像も綺麗に写る。

8ミリビデオとこのminiDVCビデオで撮影したテープは相当の本数にのぼり、PCへのディジタル取り込みも試みたが、相当根気が必要でいまだまともに取り込めていないのが現状だ。専用デッキも8ミリとDVCでは規格が違うし、それぞれ購入するのも馬鹿らしい。再生機やテープの劣化も考えると早くディジタル化したいのだが、何かいい方法はないものか?

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2008年9月23日 (火)

JR東日本 横浜線 開業100周年

最寄の鉄道、JR東日本 横浜線が 2008年9月23日の今日がちょうど開業100周年ということで、小机駅という横浜国際競技場(日産スタジアム)の最寄駅としてイベント時以外は乗降客も比較的少ない駅で、100周年開業イベントが開催され、子ども達と見物に行ってきた。

メインイベントは、特別列車の運行と、列車の展示、開放で、相当の数の鉄道ファンが訪れていた。

元々は、南信州(伊那、諏訪地方)や甲州の生糸を八王子経由で横浜に運ぶルート(いわゆる絹の道、シルクロード)が江戸時代末期からあり、その交通の便を改善するために私鉄として開設されたものだったようだ。1908年と言えば、明治時代末でもあり、この鉄道の開設はどの程度の効果を上げたものだろうか?

現在は、横浜市北部、東京都町田市、相模原市、八王子市といったベッドタウンを結び、そこに交差する数多くの会社線(私鉄 京王、小田急、東急、横浜市営地下鉄)などを利用する通勤、通学客が利用する郊外線で、単位客の乗車距離が短いことにより、JR東日本管内では比較的収益率が高い路線ということだが、使用されている電車は往時から相当旧型のものが多く、現在も205系の20年選手が走っている。

小机駅前の秋祭りも協賛?

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横浜線 205系電車(最後尾) @新横浜
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イベント列車 横濱線100周年号 485系「やまなみ」(東神奈川~八王子往復)@新横浜
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イベント列車横濱ものがたり号 485系「いろどり」(松本~東神奈川往復) @小机

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2008年9月21日 (日)

『美味しんぼ第102巻 究極と至高の行方』(小学館BC1890 \524)

『ビッグコミックスピリッツ』が創刊されたのが、私が大学生の頃で、当初隔週発売だったこのコミック雑誌をやはり当時世の中に普及し始めた下宿の近所のコンビニエンスストアで買って読むのも一つの楽しみだった。どんな作品が連載されていたかはおぼろげな記憶になってしまったが、結構斬新な作品が多かったように思う。その後週刊化され、『めぞん一刻』のようなヒット作も生まれたが、中ではこの『美味しんぼ』がこれまで何と102巻を数える大長編として連載されてきたとコミック雑誌ということになるのだろうか?

最近は、まったく漫画雑誌も買わなくなったが、一時期はビッグコミック、そのオリジナル、スピリッツ、モーニングなど、子どもが生まれてからもしばらくは毎週買ってきて読んだものだった。

さて、この単行本だが、8月にブックオフで購入していたのだが、先日昼食を買いに出たコンビニの棚にビニールでくるまれて数冊並べられていたので、また新刊が出たのかと勘違いして買ったもので、中を開いてみたところ、先月廉価で買ったものだったので、少なからず衝撃を受けた。

この長い連載の中で、日本の食文化、グルメ文化について相当啓蒙的な役割を果たした著作であることは言を俟たないだろうが、ストーリー的には海原、山岡父子の相克の解決がずっと通奏低音のようになり続いていたもので、これが何とかこの第102巻で成し遂げられたことになった。究極と至高の最後の対決ということで、どれほど凄い料理、食材が出てくるのかと期待させたが、肩透かしを食らわすようなものだったし、父子の相克も、山岡の言ってみれば強度のマザー・コンプレックスと、海原の獅子は子を千尋の谷に落とす厳格で頑な姿勢との対立が続く、それほど共感の得られる図式ともいえず、どうもカタルシスの得られるような大団円とはならなかったようだ。

今後も、「日本全県味めぐり」という企画で、47都道府県を巡る企画が続くようだが、これまで青森、宮城、山梨、富山、大阪、高知、大分、長崎と取り上げられてきた内容については、同じ地方自治体内でも「おらが料理」もあるし、調理法も多岐にわたるので、結構無理やりのまとめになっていることが感じられる。最後の対決では、えてして総花的になり、その地方の食事の焦点がぼやけているようにも思う。たとえば、南北に長く、盆地ごとの独立性の高い信州などはどのように扱われるのか。相当力を入れて取材をしていることは確かだろうが、相当の取りこぼしもあるだろうし、またあまりにも欲張れば作品としてもまとまらなくなる。以前、鯉料理がこの『美味しんぼ』で取り上げられたことがあったが、その料理法も食材の生かし方も、鯉食が盛んな私の故郷のものとは違い違和感が残ったことを思い出すので、余計危惧が多い。

とはいえ、この料理、食材漫画が面白いことは確かで、このように文句をつけながら、単行本が発売されればつい買ってしまうだろう。

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2008年9月20日 (土)

松岡圭祐『ミッキーマウスの憂鬱』(新潮文庫 ま-34-1) \438

一昨年、昨年とディズニーリゾートで結構楽しんできた。その折、アメリカのディズニー本社と日本のオリエンタルランドとの綱引き、埋立地と漁業権利権というビジネス上のシビアな話や、ディズニーランドには蚊がいない、VIP用の秘密クラブの存在、地下トンネルなどなどの都市伝説的な話が耳に入ってきて、この日本最大、世界有数のテーマパークについて、いろいろな意味で興味を持っていた。

先日、通勤電車の新潮文庫の中吊り広告で、この『ミッキーマウスの憂鬱』が文庫本としての新刊発売を目に留め、先日帰宅時に本屋で新刊(初版平成20年9月1日発行)で購入してきた。それまでこの作家の本を読んだことはなかった。全部で268ページなのと、文体が軽妙で会話体が多いので、あっけなく読み終えてしまった。

帯の惹句「バックステージへようこそ」「史上初!ディズニーランド 青春小説!」「読めば、ディズニーランドが100倍楽しくなる!さあ、あなたも登場人物たちと一緒に、夢と魔法の国の裏舞台で働こう。」そのものの内容で、ちょうど今、ディズニーランドのアルバイト(キャストと呼ぶ)の募集広告も列車内に大きく張り出されているので、なんだか大きなキャンペーンの一環かと疑ってしまうほどのタイミングだ。(ただ、初出は平成17年3月に新潮社刊行ということ。その時にも話題にはなったのだろうか?)

華やかな表舞台の裏舞台を見せるという覗き見的な欲望を満たし、適度にサスペンス要素を絡め、爽やかで勧善懲悪的なハッピーエンドなので、もし自分が若いフリーターで、これを読めばディズニーランドの裏方で働きたくなるだろうなと、思ったほど。その意味ではよくできた小説かもしれない。

ただ、少しネタバレ的な難点を言えば、重要なアイテムの防水性が問題だ。豪雨にさらされるような屋外に置かれていれば、たとえ水に漬かることがなくても、内部には相当水がしみこみ、その「物」は使い物にならなくなってしまっているのではなかろうか? ネットでこの点を検索してみたが、疑問を呈しているものは見つかっていない。私の深読みのしすぎなのだろうか?

とはいえ、「夢と魔法の国、笑顔と清潔な国」が人間の力でどのように支えられているのかということを認識することは悪いことではない。

著作権問題にしてもこの世界で最も有名なミッキー・マウスというキャラクターのコピーライトを延長するために、50年、75年と延長するようにグローバルスタンダードと称して騒動を起こしていることや、ブッシュ大統領の弟がディズニーワールドのあるフロリダ州の知事であることなど、また小泉時代の日本がアメリカの家来として振舞っていたことなど、結構辛らつな批評も小説中で書かれており、その辺りの方がストーリーよりも面白かったりもした。

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2008年9月 1日 (月)

『ポニョ』と『トトロ』のテーマ音楽の出だしが同じ!? などなど

昨夕、NHKTVの総合放送で、久石譲の武道館コンサートの抜粋が放送され、途中から家族で見た。マーラーの千人の交響曲を越える規模のオーケストラと合唱団やバンダのことが新聞記事に出ていたが、あれだけの大空間にしては、録音が巧かったのか、結構遅延などもなく、まあまあのアンサンブルで演奏されていて驚いた。

ところで、これを聴きながら、次男が現在ヒット中の『崖の上のポニョ』の主題歌の冒頭「ポーニョ、ポニョ、ポニョ」の最初の三音が、『隣のトトロ』の冒頭『(となりの)トットロ』のトットロの三音と同じ?ことを発見した(?)。言われてみれば、三音だけの類似性だけれど、結構面白い発見だと思った。「真っ赤かの」というポニョの歌に続いて「トットロ、トットロ」とつなげると、シュールな味わいになる!? こどもが呆れていた。

音楽探偵アマデウスは、昨夜はショパンの前奏曲集がテーマでビデオ録画したが、その前の週の『新世界から』も未だ見ていない。

8月初めには『のだめカンタービレ』#21が発売され、妻が買ってきたのを読んだが、展開が波乱味を帯びてきた。のだめの選択は、少し唐突過ぎるかも知れない。

今日から9月で、学校も始まり、通勤・通学電車の激込みがまた始まった。夏の疲れも出てきているので、結構しんどい。

帰路、今年できた駅ビルの8階にある本屋を覗いたところ、以前から欲しかった中公新書の『バルトーク』がようやく書棚に並んでいて、777円を出して購入してきた。冒頭を読んでみたが、野心作でもあるようで、面白そうだ。

土曜日は、ようやく引越し荷物で不急のものの荷開きを始め、CDを引っ張り出して棚に並べたが、作曲家別に分類するのもとりあえず面倒なので、ランダムに並べて行ったところ、あれ、こんなCDあったけ?というようなものが何枚も出てきて結構面白かった。普段整理整頓をしておくと、検索には便利だが、印象が固まってしまうようで、たまにはランダムアクセスできるようにするのも結構面白いかも知れない。

土曜日には、妻が借りてきたディズニー映画『魔法にかけられて』を見た。ディズニーが自らをパロディー化していて、結構シニカルな楽しみ方もできる映画だった。

『ルートヴィヒ2世』の単行本は未だ読み終えていない。ジブリ絡みでは、『ハウルの動く城』の原作(2巻)を長男が図書館から借りてきて熱心に読んでいたので、本屋から買ってきてやったのだが、最近読み始めたらこれまた面白い。イギリスの現代作家のディアナ・ウィン・ジョーンズという人の作品。映画も相当原作を下敷きにしているのがよく分かる。

CDも新品、中古とも結構買ってきた。パガニーニの「カンパネッラ」が聴きたかったので、アッカルドとデュトアの第1番と第2番のカップリングのもの。ミケランジェリのドビュッシー『前奏曲集』第1巻。R.ゼルキンのモーツァルトの協奏曲20、21、23、27。コンツェルトハウス四重奏団のハイドンの『雲雀』、PJBEの『星条旗よ永遠なれ』、ショルティ/CSO『大地の歌』など。

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2008年8月24日 (日)

北京オリンピックもとうとう閉会

8月8日(八八は、五五、七七、九九と同じく中国では伝統的に縁起のよい日なのだという)に開会(実質的には8月6日からサッカー予選などが始まっていた)した北京オリンピックも今日8月24日に閉会を迎える。

19世紀以来欧米、日本に頭を押さえつけられてきた眠れる大国中国が、国威発揚のため、日本、韓国に続いてアジアで三回目に開催した夏季オリンピックゲームで、大会期間中に憂慮されていたテロ行為などはこれまでのところ報道されておらず、何とか成功裡に終了しそうだ。

開催前、チベット自治区で起こった暴動への強行的な鎮圧により、特に欧米諸国での聖火リレーへの反対行動がエスカレートして、フランス大統領サルコジによる開会式への参加取りやめ発言などもあり、中国のナショナリズムが爆発して、フランスボイコット、世界各地での中国人留学生などによる聖火リレー擁護の動きなどがあったが、四川省の大地震への国際的な救護活動によりそれらの抗議行動擁護運動が沈静化し、8月のオリンピックを迎えることになった。また、台湾問題も今回のBeijing/Peking/北京オリンピックには余り影響がなかったようだった。

当初心配された北京の大気汚染やテロ活動による妨害は、中国の国威を掛けた対策や大規模な警備により押さえ込まれたようで、時差一時間の日本ではオリンピック競技をリアルタイムで楽しむことができた。

競技の中で最も手に汗を握ったのは、ソフトボール女子の金メダル獲得までの準決勝、三位決定戦、決勝の三試合だった。何といっても上野由岐子投手の三連投完投が特筆される。そのほかでは、やはり前人未到の北島康介選手の100m,200mの連覇だろう。その他の多くの日本選手も健闘したが、期待されていた女子マラソンの野口みずき選手の出場辞退は残念だったし、谷亮子選手の準決勝敗退の銅メダルも微妙な判定による結果だけに、日本での選手選考方法も含めて心残りだった。

野球の「星野ジャパン」とかいう監督の所有物のような名づけ方はマスコミによるもののようだが、韓国の金メダルに比べて、キューバ、アメリカにも負け続けの4位は、前評判倒れで非常に疑問の残るものだった。決してベストメンバーではないことは素人にも明らかな人選で、選手起用や投手交代のタイミングなども疑問が残った。(素人が軽々しく批判するようなことではないかも知れないが)。

結果的には中国が金メダル数でトップをアメリカから奪い、開催国と大国の面目を世界に施したことになったが、このオリンピックが中国と世界にもたらしたものは何だったのかを考えると決して安穏としてはいられないように思う。

日本、韓国がオリンピック開催後、世界の経済大国の仲間入りしたのと同じ状況には、今の中国はなく、既に世界の工場としての中国なくして世界経済は成り立たないが、その低廉な労働力もこのオリンピックを前に高騰しており、自前の技術を多く持たない中国の経済がどうなるかは非常に憂慮されるように思う。

一般には、中国は2010年の上海万博までに改革開放政策を続けると見られているが、今回は共産党一党独裁主導の管理主義が全面的に見え、民間レベルでの経済交流、貿易取引の自由でソフトな雰囲気とは相当趣きがことなったようにも感じたため、この超大国の動向が今後の世界の動向を左右することは抗いがたい潮流だろう。

オリンピック開催の政治的な空白を狙ったようなロシアのグルジア侵攻は、未だにロシア軍の撤兵に至らず、南オセチアに関係の深いロシアの人気指揮者ゲルギエフは、ロシア指示、グルジア非難のコンサートをサンクト・ペテルブルグで開催したと伝えられている。(開会式でのピアニスト ラン・ランの登場も意外だったが。)

また、中国の冷凍餃子中毒事件も、中国国内でも中毒事件が発生していることを中国政府が認めているのに、日本政府がサミット成功のために情報操作をしていたことも明るみになったが、このあたりの対応に今後の日中関係の様子が見え隠れしているようだ。

4年に一度の世界のお祭りである夏季オリンピックは、次回2012年はロンドンで開催される(何とロンドンでは3回目の開催になる)。その4年後の2016年オリンピックには、東京、シカゴ、リオデジャネイロ、マドリードが立候補している。4年に1度の閏年の年に開かれる2週間程度のスポーツとスポーツビジネス、マスメディアの祭典、オリンピック。「より高く、より速く、より強く」を求める飽くなき人間の衝動。4年後も、8年後は、このオリンピックがどう変貌し、それを見る自分もどのような状態でこれを見ていることだろうか。

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2008年8月18日 (月)

ようやくネット再接続して帰省のあれこれ

あわただしい真夏の引越しを何とか無事に終えることができたので、それまで帰省するかどうか迷っていて列車の指定席も取っていなかったこともあり、クルマで帰省することにした。ガソリン代が高騰しており高速道路の渋滞が比較的少ないというニュースにも後押しされた。

13日に圏央道経由で関越、上信越道で帰省したが、あきる野から鶴ヶ島JCTまでは快適。そこから寄居のPAまでは軽い渋滞だったが、その先はまたスイスイだったので、確かにこれまでよりも渋滞が少なくなってはいるようだ。ただ、我が家の場合、ガソリン代と高速道路代をあわせても、新幹線での大人一人分の往復とそれほど変わらないほどなので、逆にいつもの帰省よりも相当安くあがったほどで、新幹線が混雑して道路が空いているというのは逆に不思議だった。新幹線の方が安全で時間も掛からないこともあることはわかるが、我が家のコンパクトカーの燃費がこのような長距離高速走行をすれば、家族全員を乗せて荷物を大量に載せても楽に15km/l を越えることもあり、ガソリン代と列車代を多くの人はどのように考えているのだろうかと不思議だ。

信州も非常に蒸し暑く驚いた。到着した日などは、南関東よりもクーラーがない分だけ暑いほどだった。父によれば、ここ数年は、例年よりも最高気温が2℃ほど高いという。標高1000mを越える母の実家に新盆のお参りに行って来たが、そこでさえ日差しが強烈で、最高気温は28℃ほどだったようだが、経験のない暑さだった。

そこから見える八ヶ岳の東斜面の森林にこれまで記憶がないほど崩落が多いのが驚いたが、その要因の一つとして、父母によるとニホンジカが増えすぎて草地や森林を食い荒らしてしまっているのが挙げられるようだ。一時期は絶滅が心配されたニホンジカだが、狩猟法の改訂により?狩猟頭数が減ったこともその増加の要因になっているのだという。信州アルプスのお花畑も鹿の食害で消滅が懸念されているほどだという。

四泊五日の短い夏休みだったが、信州の東と北をクルマで走り回り、迎え盆、盆踊り、迎え盆などの伝統行事にも参加でき、また高原の湖や森林で寛ぐなど、夏休みらしい夏休みを過ごすことができた。

音楽面では、長男が祖父(私の父)の蔵書の「大音楽家の肖像と生涯」という昭和30年代の音楽之友社版のハードカバーをもらってきて読み始めたが、非常に多くの音楽家の伝記がコンパクトにまとめられており、改めて読んでみると結構面白そうだ。LPは聴けず、クルマでの行きかえりにジュリーニ/CSOと、リヒテルのソフィアライブで『展覧会の絵』を聴けたくらいだった。

北京オリンピックは、それなりに盛り上がっているが、開会式の足型の花火の映像や、50民族の子どもたちのほとんどが漢族だったこと、少女の歌声が吹き替えだったことなどいくつかの誤魔化しが指摘されている。中国として国威発揚の巨大イベントだろうが、判定の絡む競技など日本への必要以上に酷な判定(サッカー、谷亮子、体操男子など)が見られるなど、少々鼻白むことも多かった。しかし、実力が左右する競泳では、北島康介の前人未踏の平泳ぎ100m, 200mの2連覇は見事だった。

北京オリンピック開催中なのに、ロシアがグルジアに侵攻した事件は、現在のUSAが唯一の超大国である世界情勢への影響が今後大きいだろう。

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2008年8月16日 (土)

戸隠奥社からの戸隠山

戸隠奥社からの戸隠山

参道の杉並木を登り詰め奥社から眺めた岩峰群(携帯電話での写真。moblogでの投稿)。

8月16日、妻の実家の送り盆のお墓参りの後、戸隠神社の奥社を家族で10年ぶりほどに訪れた。入り口から奥社まで約2km。お盆の最終日だけあり、観光客が多い。随神門の手前までは天然林の雑木林、その奥は巨大な杉並木が続き、最後の300mほどはちょっとした登りになっている。結構汗をたらしながら、奥社にお参りし、入り口の茶店で買い求めたお焼きと蕎麦饅頭をお昼替わりに食べ、笹舟を作りながら入り口に戻った。高原の涼気と湿気が肺に心地よく、鼻風邪も治ってしまったほどだった。

追記:デジカメで撮影した写真

せせらぎに咲いていた白い花

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相生の松ではないが根元の部分がつながった杉が多い。これは三本がつながったもの

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携帯電話カメラでも撮ったのと同じ戸隠山の稜線に雲が湧いている図

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笹薮にいたヤチネズミ?

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2008年8月 4日 (月)

『崖の上のポニョ』は父親に複雑な印象を与える

昨日、日曜日に近所の大型ショッピング施設 ららぽーと横浜の TOHOシネマに宮崎駿監督作品のアニメーション『崖の上のポニョ』を見に行ってきた。公開が確か夏休みが始まった7月19日(土)だったので、既に2週間ほど経過したが、9:30からの上映という結構早い回で、このシネコンでは2スクリーン併行で上映しているにも関らず、200席ほどの8割方が埋まっているという盛況ぶりだった。若い青年の観客もいたが、小学生低学年以下の子ども連の家族が多かった。

我が家は、家族そろって宮崎アニメのファンなので、今回の映画を鑑賞するのも既定の路線だったが、なかなか時間の折り合いがつかず、ようやくこの夏最高の猛暑が予想される日だったが、少し早起きして見に行こうということで話がまとまった。

ららぽーとに開店時刻10:00前に行ったのは妻も初めてで、駐車場をうっかり映画館に一番近い階の5階を選んでしまったのだが、この時間の入り口は一階の正面玄関しかなく、やむを得ず一階にエレベーターで降り、従業員通路のような小道を歩いて正面に回り、そこからエレベーターで映画館に入った。既に前売り券は買ってあったが、予約を申し込むと4人並びの席は前寄り中央と、後ろ寄りの右隅しかないということで、前寄りの中央を選択。これまで我が家は、ワーナーマイカルで主に見ていて、TOHOは初めてだったが、未だ新しいこともあるのだろうが、ワーナーに比べて落ち着いてシックな雰囲気だった。

さて、肝心の『ポニョ』だが、事前にあえてストーリー情報にできるだけ触れずに見ようということで、プログラムは子どものリクエストで買いはしたが上映前には開かずに、予告編15分ほどを我慢して、始まりを待った。

ネタばれになるので、詳しくは書かないが、最近の宮崎アニメの中では秀作だと思った。単純明快なストーリーで、主人公の男の子と同じ年代の小学校入学前の幼児でも楽しめるだろうし、若者も子どもを持つ親も、恐らく老人も楽しめるものだと思う。様々なモチーフが散りばめられているのも少し知的興味をくすぐる。パンフレットには詳しく書かれているのだが、登場人物の人名が有名な小説やオペラからの借用だったり、BGMが完全に有名なクラシック音楽を引用もしくは借用であったり、主題歌の冒頭も有名なシャンソン(歌曲)の冒頭を引用したりなどしていると感じる部分が多々あった。妻は、その元になった楽劇の結末からみて、この物語が映画での結末の後は、ハッピーエンドにはならないかも知れないという懸念を語っていた。

このアニメーションが、アンデルセンの『人魚姫』の宮崎版であることはつとに知られていたが、それに加えて重要な登場人物として、フランスの著名なSFの父とも言われる作家の、よほど通ではなければ見過ごすような脇役がこの物語の重要登場人物になっているのもパンフレットで後から知ったが面白い。そして、この人物こそが、父親というもののレーゾン・デートルを喪失したような、子どもを愛し真剣なのに哀れで滑稽で不気味なキャラクターとして描かれている。ここが複雑な印象をもった理由だ。この映画は、「母への讃歌」であり、母なる海、海なる母、強い気丈な母、嬰児を育てる母、そしてかつて母であった老人ホームの老婆たちが生き生きと描かれているのとは対象的で、娘達に背かれる哀れな父親に(我が家には娘はいないが)妙に感情移入をしてしまった。気丈な母の夫は、働き者のしっかり者ではあるが、妻と子を家に残して、ほとんど家から離れてせざるを得ない仕事についており、ここでも父の影が薄い。

宮崎作品の多くは、けなげで気丈な少女が主人公を務めてきて、一種のフェミニズムの作品群とも言えるのだが、この映画の主人公は、表面的には少年とポニョであっても、母達の物語かも知れないと思った。

『千と千尋の神隠し』の後、『ハウルの動く城』、息子が監督した『ゲド戦記』と、ストーリーテリング的に少し混乱気味だったが、今回の作品はストーリーは枝葉がなくて簡明率直だし、人物造形も、その父親像への虐げ的な扱いを除いては納得できるものだったり、さらに最近では当然のごとく多用されているコンピュータ・グラフィックをまったく使わず手書きのみで作ったという荒業を尽くして、それが作品に手造りの暖かみを与えるという計算が巧く効いているようで、見終えた後もすがすがしい。(恐らく、同じ海中を舞台にした作品では、ディズニー&ピクサーの"ファインディング・ニモ"のCGの出来がよかったので、それも意識していたのかも知れないと、後から思いついた。)

声優陣ははまり役ばかりでまったく難点がなかった。1時間半、本当に途中で眠くなることもなく、複雑な印象を残しはしたが、(子どもと前回見に行ったドラえもんでは寝てしまったので、子どもに突っ込まれてしまった)、家族ともども見入ってしまった作品だった。

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2008年7月21日 (月)

初めて鉄道博物館を訪れた

2007年10月14日の開館から間もない10月29日(月曜日)に、我が家の妻と子ども達は小学校の振り替え休日ということでさいたま市の「鉄道博物館」を訪れたが、大混雑状態で、展示物も満足に見終えることなく、帰宅を余儀なくされて残念がっていた。しかし、その後も大混雑の情報ばかり伝わってくるので、敬遠していたのだが、ようやくこのところ落ち着いてきたという噂が耳に入るようになってきた。

今日は、その趣旨もよく分からない「海の日」という休日で、三連休の最終日でもあり、昨日から「明日の分の宿題を終わらせておけば、明日早起きして、父ちゃんがテツハクに連れて行ってやるぞ」と号令を掛けたところ、宿題はいやだがテツハクの魅力に負けて何とか二日分をこなし、今朝5時起床、6時発という我が家にしては珍しい朝駆け的な行動を取り、何とテツハクの入場待ちのゲートに8時過ぎには到着した。10時開館だし、三連休の三日目なのでと思っていたのが的中し、我々の前には10人ほどの来場者が並んでいるだけだった。前に並んだ親切な人が地面に敷く新聞を分けてくれたので、持参した小説や漫画を読みながら開館を待っていると、それでも次第に列は後ろに伸びて行き、9時半ごろには目算で1000人近くは並んだのではなかろうか。

9時半には博物館外の屋根のかかったエントランスのような場所に行列が誘導され、そこで30分待機、入場時の注意を聞いたりしながら過ごし、10時に警備 員が静かにお入りくださいと誘導しながら入場が始まった。SLのシミュレーターは無理だったが、ミニ電車の運転体験のチケットは何とか確保でき、10時半の回からこういうことが大好きな次男の運転で乗車を楽しむことができた。

ミニ運転列車勢ぞろい。ブレーキ、マスコンの2ハンドルと、1ハンドルの2種類が用意されている。

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また、駅弁を取り揃えた弁当も10時半から売り出しとのことで、すかさず入手して、11時過ぎには昼食を済ませ、列車デザインの体験コーナーなどの予約を済ませてから、広大なヒストリーゾーンの展示を見始めた。

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列車デザイン 長男の作品
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2階からのヒストリーゾーンの情景

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総括的に感想を書いてみると、秋葉原(万世橋)の交通博物館は狭かったが入場料も廉価で歴史と伝統の趣があった。この鉄道博物館は、最新鋭のシミュレーターやミニ運転トレインなどの設備、広大な敷地に列車の実物展示が数多いという素晴らしさはあるが、入場料が高く、やはり都心から交通の便が悪いというか、神奈川県民としては少し交通費がかさんでしまうのが難点かも知れない。

また、案の定、「交通博物館」が「鉄道博物館」という名称に限定されたことにより、交通史全体見渡す視点が欠けてしまったように感じた。それに鉄道でもJR東日本が主体ということなのだろう、以前の交通博物館には展示されていた将来への展望としてのリニアモーターカーの実験模型などの施設もなくなっていたのは、JR東海との関係があるのだろうか、少々寂しいものがあった。

鉄道マニア的には、充実度が上がったという評価もあるようだが、博物館の姿としては、少々視野が狭まったという辛口の評もあるかも知れない。

それでも、子ども達は、10時から15時過ぎまでほとんど疲れも知らずにところ狭しと歩き回っており、前回の見残しの無念さはすっかり晴れたようで、その意味では引率冥利に尽きる感じだ。また、「早起きは三文の得」をようやく実感させてやることができたことも教育効果の一つしてあげてもいいだろうか。

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2008年7月10日 (木)

シチューの人参とエラーCD

今晩の夕飯は、次男の好物のクリームシチューだった(いわゆる家庭用のルーを使ったものだが)。実家の家庭菜園から玉ねぎの出来がよかったということで大量に玉ねぎが送られてきて、それを沢山入れたシシューだったのだが、妻が人参がないことを忘れており、人参を入れずにシチューを作った。

食卓に出されたときには、彩りに乏しい程度の感想で、珍しいねなどと言っていたが、私も子ども達も当の妻も、味がいつもと違うと感じたようで、それぞれちょっと美味しくないねと言い出した。

これは、やはりどうも人参が入っていなかったのが原因のようだ。人参自体、このようなカレー、シチューのような料理の主役ではないが、少々子どもを人参嫌いにするあの香味というか臭みが味を引き締めるような役割をしてくれているらしい。まあ、これがスパイシーなカレーだったら(インド風の本格カレーには人参の姿を見ることはないようだ)あまり気にならなかったのだろうが、それでも意外な人参の力を改めて見直した次第だ。

Ozawa_conducts_1 さて、今日はセット物のCDで以前から欲しかったものがブックオフに出ていたので購入して一枚目から聴いてみたのだが、その最終トラックの一番最後のところで音飛び、音切れがして先に進まない。中古品なので、軽い傷かと思い、以前モーツァルトのハイドンセットを救済してくれた中国製のディスクリペア機を久々に取り出し、クリーニング、リペア、研磨とやってみたが、どうしても改善されない。よくよく見ると、最外周部のアルミ蒸着の部分がほんのわずか切れ込みが入ったようにアルミが欠損しているのが見つかった。どうもこの部分でデータが途切れてしまうらしい。全三曲入っており、前の二曲はなかなかの録音、演奏で、三曲目も少し物足りないと思いつつ、終楽章は結構いい感じで盛り上がってきた最後の最後なので、ちょっとがっかりだった。

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2008年7月 7日 (月)

7月7日 15分間のライトダウン参加

北海道洞爺湖サミットが開幕した。今年の初めにいろいろな行事を調べる都合があり、ネットで国際会議の予定などを見ていたら、このG8の首脳会議のほかにも春から全国各地で様々な主要国の大臣級会合が持たれていて、このサミットがそのしめくくりの意味を持つらしい。

京都議定書のプロトコルにしたがってCO2の削減に先頭に立つべき日本ではあるが、その成果は芳しくない。先月6月21日の夏至の日と今日の七夕の夜に、ライトダウンキャンペーンを展開して、職場、家庭、の照明を落とし、そして観光地のライトアップを停めるという活動を行い、今日我が家でも、15分間だけ(本来は20時から22時が目標)参加してみた。ビデオや電子レンジなどの時計機能も結構明るいので電源を切り、その他の照明もほとんど落とすと、遮光カーテンのおかげで部屋の中は暗くなる。ただ、マンション街と幹線道路沿いなので、マンションの廊下の明かりは灯り、道路の街灯も灯っているため、町中が暗くなることは停電でもなければない。居間で、ランタンをともして、15分間だけ昔の夜を味わった。結構面白いもので、子ども達も普段よりも饒舌だったりした。ぼんやりとしたランタンの明るさの中にいると精神的にも落ち着くようで、その後昼光色の蛍光灯をともすと、現実に引き戻されて、いつものストレス気味の感情が復活するようだった。不便さを捨て、便利さをえらんだが故に、失ったものは数多いのだろうが、夜の明るさもそのひとつなのだろうと思う。

カテゴリー的に盛りだくさんなのは、このライトダウンが多くに関るためだが、もう一つ、帰宅時にブックオフで、須永朝彦『ルートヴィヒⅡ世』(新書館)を入手したことによる。先々週の土曜日の朝日新聞のbeでは、『ローエングリン』の結婚行進曲が取り上げられ、ヴァーグナーとルートヴィヒ二世のことが結構詳しく書かれていた。あのノイ・シュヴァン・シュタイン城をしばらく前の世界の城郭特集で見て驚いたが、ヴィスコンティの『ルートヴィヒ』を見た頃には知らなかったことも結構断片的な知識で入っているので、ちょうどこの伝記が目に入り求めたのだった。この土曜日には、オペラのさわりの一貫で、『ヴァーグナー入門』を聞いたりしたのも何か縁がありそうだ。

今年から、パイロイト音楽祭も有料ネット中継を始めるという。先のショパンコンクールでのネット中継は無料提供でもあり、大層盛り上がったが、今回は何の演目だったか(マイスタージンガー?)、8000円程度をネット決済する必要があるというので、二の足を踏んでしまう。この『ルートヴィヒⅡ世』を読み、ミチョランマの一つでもある、カルロス・クライバーの『トリスタンとイゾルデ』でもリブレット片手にじっくりと聴いてみる方が自分にとってはよさそうだ。

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2008年6月26日 (木)

今日6月26日が誕生日なのは

今日は長男の誕生日で、先ほど誕生祝いの夕食を食べたところだ。私達両親や祖父母、叔父たちから誕生日、クリスマスといろいろなプレゼントをもらってきた彼だが、その多くが玩具類だった。狭い家の上、男の子二人の玩具が溢れかえってしまい、まさに身の置き所がない状態。最近のプレゼントは、本にしているが、その本も新刊書だけでなく、ブックオフが身近にあるため、つい簡単に買い与えてしまいこれも本棚から溢れかえっている。わが身を振り返っても、CDと本の山がいくつも出来てしまい、辰巳渚さんのような『捨てる技術』が身に付かず、捨てたりブックオフで売ったりすることに逆に罪悪感があり、溜まる一方になっている。

今年の誕生日は、鉄道研究会に所属したのを記念して、鉄道関係の書籍を数冊プレゼントした。今はひそかな?鉄道ブームらしく、マニアでない一般人が読んでも楽しそうな本も出ており、わたし自身も楽しめそうだ。

さて、これまで知らなかったが、指揮者のクラウディオ・アバドが1933年6月26日生まれで、今日が誕生日なのだという。既に75歳になったわけだ。私が20代の頃は、マゼール、メータ、ムーティ、オザワなどと並んで、次世代のホープだったアバドだったが、ミラノ、ヴィーン、ベルリンと主要ポストを歴任しながらも、やはり先にあげた同世代の指揮者たちと同じく、かつての巨匠たちのような成熟感が感じられないままの印象を持ち続けている。ベルリン後は、大病を克服し、ルツェルンなどでも活躍するなど決して深化していないわけではないのに、こちらの音楽の受容スタイルというか固定観念がそういう枠組みを作り出しているのかも知れないが、いつまでも颯爽としたアバドのイメージがぬぐえないでいる。

アバドの音盤はあまり縁がなく、帰宅するときにそのことを考えながら頭の抽斗を探ってみたのだが、一番初めに思い出したのはあまり印象がよくなかったモーツァルトの交響曲第40番と41番(ロンドン響)だった。そのほか、何があっただろうかと、CDの山を探ってみると意外にいくつか見つかった。古い順では、ロンドン響とのペルゴレージ『スターバト・マーテル』。ハイドンの交響曲第95、101番(ヨーロッパ室内管)。トランペット協奏曲(ハーセス、CSO)。モーツァルトのピアノ協奏曲第20、21、25、27(グルダ、VPO)。 9、17番(R.ゼルキン、ロンドン響)。先に挙げたロンドン響との交響曲40、41番。Live Classic の35番(ヨーロッパ室内管)、38番(トリノRAI管)ブラームスのピアノ協奏曲第1番(ヴェーバー コンツェルトシュトックも ブレンデル, BPO, ロンドン響)チャイコフスキーとショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲(五嶋みどり、BPO)マーラーの交響曲第4番(VPO)ヤナーチェク『シンフォニエッタ』(ロンドン響)。『アダージョ・ヴェルディ』から『行け、わが思いよ、金色の翼に』など。プロコフィエフの古典交響曲(ヨーロッパ室内管)とピアノ協奏曲第3番(アルゲリッチ、BPOとの名盤)。ヴァイオリン協奏曲第1番(ミンツ、CSO)。バルトークのピアノ協奏曲第1、2番(ポリーニ、CSOとの名盤)。先日購入したストラヴィンスキーの『プルチネルラ』と『火の鳥』(ロンドン響)、と結構な枚数があり自分でも驚いた。(7/5追記 アバド/VPOによるブラームスのハンガリー舞曲全曲のCDもあった。7/18追記 アバド/ヨーロッパ室内管によるシューベルトの交響曲第5番&第6番のCDもあったし、ポリーニとのブラームスピアノ協奏曲第2番もあった。)

LP時代は、上記のグルダとのピアノ協奏曲と、マーラーの5番の交響曲(CSO)とリュッケルトの詩による歌曲のカップリングがあった程度だ。この"5 Lieder nach Ruckert" は、交響曲の少々生硬な感じよりもゆとりがあって本当に美しい演奏で音楽だと感心した記憶が今でも強く残っている。

その活躍の多彩さに比べて、どちらかと言えば関心の薄い方の音楽家ではあるが、どうも理由は分からない。メータもムーティもマゼールも同じ程度なので、どうしてもその前までの世代の音楽家の方に関心があるからというのが最も素直な理由だろうとは思う。

今晩は、久しぶりにモーツァルトの『ジュノム』協奏曲を取り出して聴いている。

晩年のルドルフ・ゼルキンは、モーツァルトをアバド/LSOと、ベートーヴェンを小澤/BSOと録音してくれて、どれも味わい深い演奏を聴くことができる。アバドがオーケストラと作る音楽が、ゼルキンの音楽の万全なサポートであるかは分からないが、この若書きとはとても思えない『ジュノム』(昔は「わこうど」と訳されたこともあるのだそうだ)の深い音楽世界を味あわせてくれるものであることは確かだ。こうしてみると、結構協奏曲の指揮が多いのは、彼に対する自分の関心を象徴しているのかもしれない。

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2008年6月17日 (火)

朝日新聞でも取り上げられた多摩動物公園のベビーブーム

チーター、キリン…赤ちゃん続々 東京・多摩動物公園  2008年6月17日19時3分 (田内康介) firefox2のブックマークツールフォルダを見ていたら、この記事が目に留まった。いろんなブログやYoutubeなどの動画投稿でも注目されているようだ。

今日は、赤ちゃん動物ではないが(昨日のウォンバットは高齢記録らしい)、我が家のお気に入り、サーバル(キャット)。NHKの『ダーウィンが来た』のサーバル特集で一躍注目されたが、この日はチーターが注目を浴びているのに拗ねてか?結構草むらでふて寝?をしていた。しかし、時にはムックリと起き上がり、優美な雄姿を見せてくれたのだった。

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次は、チンパンジーによる蟻塚で道具を使って餌を取るの図。

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ここでも、幼いチンパンジーたちが見られた。母チンパンジーにおんぶされて行く、子チンパンジーの図。

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追記:そう言ういえば、ちょうど、2年前の6月は、私の多摩動物公園デビューだった。2006年6月 4日 (日) 多摩動物公園を見学 このときに比べると、インドサイの飼育場、マレーバクのそれ、ウォークインバードケージ、もぐらの家などが新設、改築されていた。今回は、オオカミより奥の方のオランウータンや、ユキヒョウなどは回らずに、前回見逃した昆虫生態館やアフリカゾーンをゆっくりと見たのだった。

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2008年6月16日 (月)

多摩動物公園 ウォンバットのチューバッカ君 20数歳

次男は、以前 横浜の金沢動物園で見たウォンバットが気に入ったとのことで、この動物園のウォンバットも見に行った。ちょうどオオカミ舎の裏側がオセアニアエリアで、人気者のチューバッカ(映画『スターウォーズ』の宇宙船の操縦士の名前)君を見ることができた。なかなか顔をこちらに向けてくれずにいい写真が取れなかった。

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多摩動物公園 オオカミ王ロボとイヌガミのモロ一家

モスクワ動物園から来園したロボ(雄)とモロ(雌)の家族。成獣だけで10頭も見られた。8頭の成獣は息子、娘なわけで、少し手狭な感じだ。ここに新たに4頭ほどの子オオカミが誕生した。

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モロと今年の春生まれた幼獣が寄り添っていたが、兄弟姉妹が忙しく駆け回り落ち着かない様子。

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部分的にトリミングして拡大してみた。

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モロが離れてチビスケが一頭になった。

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真ん中の枯れ木の根元にもチビスケが一頭。

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この成獣は、飼育場の一番下部の堀の間際まで降りてきたもの。電気柵をくぐって出たものらしい。苦労してまた登っていったところ、ロボかモロか兄弟姉妹かにひどく叱られて、尻尾を巻いて逃げ回っていたのが哀れだった。

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総合系BLOGにリンクを貼らせてもらっている Wolf Wolf Wolf (koutaさん)の記事 2008年 06月 19日 今年も多摩動物公園で赤ちゃん生まれるにトラックバックさせてもらった。長男がオオカミに興味を持つようになって、こちらのブログで多摩のオオカミの赤ちゃんのことを知ることができたのだった。特にこの記事 2005年 04月 30日 多摩動物公園のヨーロッパオオカミの赤ちゃんその後の写真に魅了されたのが、多摩に行ってみるきっかけだった。

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多摩動物公園 チーターの幼子たち

ユキヒョウの赤ちゃんも生まれたということだったが、そこは場所が遠いので、昆虫館の後は、すぐ隣にあるチーターの赤ちゃんを見に行った。人気があるため、一応一列で立ち止まらないように見学くださいという係員の声掛けがあったが、余りの愛らしさに皆立ち止まってしまっていた。カメラを構えている人も多かった。それでも長蛇の列ではなく、一回見て、また列の最後尾に並べば何度でもゆっくり見ることができるほどだった。

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多摩動物公園 昆虫館の美しき蝶たち

6月15日(日)に、今度はクルマで出かけてみた。前回は電車とモノレールを乗り継いで行ったが、カーナビに頼って行くと案外すんなりと到着できた。片道30km弱で、一時間程度。駐車場は公営のものは臨時駐車場以外はないが、私営のものが周辺で客寄せしており、安いところは600円、高いところは1200円程度だった。800円のところが空いており停められたのは幸運だった。

前回2006年に訪れたときには、開園時間の関係で見られなかった昆虫生態館に初めて入ってみたが、大変広大なドーム状の飼育施設で、多くの蝶がまさに乱舞しており、圧巻だった。

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2008年6月 8日 (日)

相模川ふれあい科学館バックヤード見学

最近、家の小水槽(フィルター付き)で、近所の小川で採集してきたハゼの仲間ヨシノボリを飼っている次男が、淡水魚の水族館として充実している相模川のふれあい科学館に行ってみたいというので、昼過ぎに出かけてみた。もう何度も訪れており、これで4、5回目だと思う。

ちょうど2時頃に到着して受付で入場券を購入(大人300円、小中生100円)すると、館内放送で、2時半から裏側探検ツアーを募集します。先着順と聴こえてきたので、早速並ぶと、4番目から6番目の券をゲットできた。 飼育員(学芸員)の若い女性がツアコンで、案内してくれた。注意は、三つ。1.勝手に器具や機械に触らない。2.大人でも迷子にならない。3.フラッシュ撮影は厳禁(これはこのバックヤード見学だけではなく、世界のどこの水族館の水槽撮影でも同じく厳禁。魚の目はフラッシュのような強い光にさらされるようには作られていないため失明やパニックになる危険があるため。以下の写真はASA500に調整してノーフラッシュで何とか撮影したもの。)

これがまず水族館の裏側の一つで、療養中のものや展示待ちのものが飼育されている部屋。

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次に、この水族館名物の相模川の上流域から河口までを40mの長い水槽で展示した巨大展示の裏側に案内されて、水槽越しに普通のお客さんお姿を見、また餌やりも体験させてもらった。(いい写真がないので写真は割愛。)その後、その地下にあるろ過装置がずらりと並んでいる壮観。内部には砂が入っており、バクテリアが水の汚れを分解するのだという。ただし、定期的な掃除は必要とのこと。どこの水族館でもこれが命綱のようだ。

なお、魚への餌やりは一日一回でよいそうだ。あまり与えすぎるのはよくないらしい。

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バックステージ見物は、30分ほどで終り。こういう企画には初めて参加したが、結構面白いものだった。

さて、下の写真は、一般展示のカミツキガメが背伸びをしているポーズ。まるでガメラのようだった。

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(追記:ガメラ医師様にこのガメラ写真を紹介いただいたので、もう一枚追加)

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下の写真は、川崎市で捕獲されたオオサンショウウオで、正式にこの水族館の所属となったのだという。

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下の写真は、水族館から出て散策した水郷田名の烏山用水に咲いていたアヤメ。水路には大きな鯉が活発に泳いでいた。

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2008年5月 6日 (火)

名曲探偵アマデウス 事件ファイル#5 シューベルトの弦楽四重奏曲『死とおとめ』

日曜日の深夜11時半から放送のものをビデオ録画しておいて5月5日の月曜日に鑑賞した。

5月4日の日曜日は、ちょうど「藤子F不二夫」特集をやっていて、その大ファンの長男が是非行きたいといっていた杉並アニメーションミュージアムを見学に行ってきた。中央線の荻窪駅で下車し、北口を出て、青梅街道に沿って西へ約1.5kmほど歩いて、荻窪警察署の信号を左に折れると杉並会館という区立の会館があり、その3階にこのミュージアムがある。入場料は無料。http://www.sam.or.jp/ 展示品を見たり、アフレコを体験したり、トレースで絵を描いたり、DVD室で好きなアニメを見たり、映写室で藤子F不二夫の作品(チン・プイ)を見たりして半日ほど楽しめた。

翌5月5日は、天気もよくなく、一日家で過ごし、子ども達は休み中の宿題を全部終わらせたが、ちょうどお昼ごろ、事件ファイル#5を楽しんだ。

題材は、『死とおとめ』の第1楽章と第2楽章。第1楽章では、わずかの小節数の間に、何と6回も転調をしているということがこの音楽の特徴として指摘されていた。また、有名な歌曲『死と乙女』の冒頭の葬送行進曲的な音楽をテーマにした変奏曲だが、短調の部分から急に長調に転調するときの「属9の和音」?の使い方の素晴らしさが指摘されていた。通常、短調から長調に転調するときに使われるこの和音は、フォルテやアクセントなどで強調されるのだが、シューベルトは、ここでデクレッシェンドの後に大変ひっそりと奏でるように指定してあるということが、玉川大学の准教授(先日の悲愴でも登場)が語っていた。

この曲を書き始めた頃のシューベルトは、不治の病梅毒に自分が冒されたことを意識しており、体調も悪かった。絶望的な気分で作曲を始めたが、次第に死と正面から向き合い、それを受け入れるようになっていったというようなストーリーだった。

この曲は、これまで非常に不吉な音楽として捉えていたのだが、今回のような「前向き」の捉え方ができるというのはこじつけとも思えず、参考になった。

女性三人、男性一人(チェロ)の古典四重奏団という団体が演奏を担当したが、なかなか巧い演奏だった。

ディスクでは、非常にスケールの大きいように聴こえてしまい苦手だったアルバン・ベルク四重奏団のものと、「シューベルティアーデ」のセットで、往古の名盤のブッシュ四重奏団のものを持っているがこれまであまり熱心に聴いていなかった。少し前向きに聴いてみよう。

5月6日(火)連休最終日は、久しぶりの好天に恵まれ、湿度も非常に低く爽やかな初夏の一日だった。大山詣でをしてきて、リフレッシュでき、体調は非常に快調だ。

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2008年4月19日 (土)

Mozillaより「フォクすけ」来たる

2008年3月 1日 (土) Firefox 2 の使用感はなかなか という記事 を書き、Firefox2を導入して使い始めたが、その後安定動作して大変使い勝手がよい。No Scriptという Javascriptを制御できるアドオンも付け足してみているが、BlogでもJavascript を結構使っているのがよく分かる。

さて、使い始めてFirefoxの使い方などを調べていると「フォクすけ」というFifefox のマスコットキャラクターのぬいぐるみプレゼントキャンペーンが行われており、結構ぬいぐるみが好きな我が家なので、ものは試しに応募してみた。

忘れていたことろ、Mozillaからメールが届き、当選しましたという。それも忘れていたところ、今週「有限責任中間法人」Mozilla Japan からヤマト宅急便で少し小さめの荷物が届いており、開いたところフォクすけのぬいぐるみだった。キャラクターシールも同封されていた。Mozilla Japanさん、どうもありがとう。

P4190017 フォクすけ正面の図。普通に可愛いが...






P4190018 フォクすけ側面の図。Fire の尻尾に驚かされる!

 

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2008年4月 5日 (土)

「にがり」の続きと鶴見の「よねまんじゅう」など

昨日は、テレビニュースか何かで、厚生労働省とにがりの規制の件を扱ったのだろうか、朝から、「厚生労働省、にがり」の記事へアクセスを大分していただいた。あまり参考になる情報でなくて恐縮だ。それで改めて自分でもネットで調べてみたのだが、民主党代議士に対して厚生労働省のお役人が約束したという4月1日に出されるはずの大臣告示も厚生労働省のホームページの新着情報にもどこにも載っていないようで、非常に不可解な状況になっている。極端なことを言えば、一種の「政治、行政の闇」状態だ。

厚生労働省は、旧厚生省と旧労働省が合併した省だが、今回ホームページをざっとみて思うに、業務範囲が広範囲で、また国民生活に深く関わる部分が大きく、一つの省では扱い切れないのではないかと思った。これが社会保険庁問題や医療行政、最近の後期高齢者医療保険制度など多くの問題を処理しきれない元凶の一つではあるまいか。

さて、今日は、長男の中学校入学式で、鶴見区の方に出かけてきた。小規模校だが、入学式は、大変盛大に行われ、私立の入学式をこれまで経験したことがなかったので、非常に興味深いものがあった。

最近、また少々音楽から離れてしまっていてまとめた記事は書けないでいるが、先日はクルマのカーナビ搭載のMP3プレーヤーのディスクに保存してあるグルダの『アンコール』の中のショパンのワルツ第14番ホ短調(遺作)を聴き非常に感銘を受けた。非常に生命力に溢れて輝かしいワルツが演奏されており、グルダのきらめくような才能を実感できた。特に左手が雄弁で、リパッティの有名な演奏のような繊細さはないが、ピアニスティックな魅力を十分に味わうことができた。

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2008年4月 2日 (水)

角山栄『茶の世界史』を読んだ

先日の『コーヒーが廻り世界史は廻る』 に続いて、同じ中公新書の『茶の世界史 緑茶の文化と紅茶の社会』(中公新書596)を読み終えた。こちらは、1980年初版というので、相当古い本だが、2002年で27版と相当ロングセラーとなっているようだ。

コーヒーの歴史もそれまでは俗説しか知らなかったが、この茶の歴史も興味深いものだった。意外にも西欧に入ったのは、大航海時代で15世紀から16世紀頃のことで、コーヒーと踵を接するようにして紹介されたのだという。大陸諸国では、カフェイン飲料としてコーヒーが主流となったが、イギリスとロシアでは、茶が主流になったのは、ヨーロッパの性格に思いを馳せるとなかなか面白い。

また、アメリカ、カナダで緑茶が相当の期間嗜まれていたということもこの本で初めて知った。開国以降の日本が、絹に次ぐ輸出品として相当大量に北米に緑茶を輸出していたということはほとんど知らない歴史だった。最近また茶の輸出が話題にのぼっているけれど、茶は明治の日本の経済を支えた重要な輸出品だったのは意外だ。それが、インド、セイロンの紅茶との競争に敗れ、ほぼ現在のような茶の世界地図になったのだという。

イギリスが茶を飲むようになった当初も緑茶が主だったというのは、驚くべきことで、紅茶の歴史はまだ比較的新しいのだという。それが、大英帝国の威光により、イギリス王室御用達の銘柄が今では緑茶国日本でもむやみに有り難られているのもおかしい。

なお、イギリスのインド植民地政策は、上手な支配によって行われたというのが、前回のコーヒーの本でも取り上げられたことだが、アングロ・サクソンは、インドの綿製品をつぶすために、綿織物の職人の目をつぶし指を切るというような残酷なことを行ったことが、この本に紹介されていた。また、砂糖も西インド諸島(カリブ海)で生産するために、多くの黒人奴隷を王の名の下に、三角貿易により連行してきたこと、銀の流出を抑えるためアヘンを中国(清)に持ち込み、それに抗議した清国を相手に言いがかり的な戦争をふっかけて、香港などを直轄植民地化したことなど、当時の大英帝国の帝国主義、植民地主義による乱暴な行為は、まったくひどいもので、そのような過去にはまったく口をつぐんで正義面、地球の主面している欧米諸国は、一度猛省をすべきではないのだろうかと、改めてつくづく思ってしまった。昨日見た映画『オリバー・ツイスト』(ディケンズ原作)の冒頭、教会の慈善団体が運営する孤児院の理事達の偽善者としての描かれ方は痛烈だった。あのような紳士たちが本国で植民地経営の恩恵にあずかり、その意味ではホームズやワトソンと言った中産階級的な紳士連も同じ穴の狢であろうか。

茶とコーヒーという現代社会では当たり前の嗜好品の経済史を通じて、この近代社会の非常にゆがんだ一面が活写されており、大変勉強になった。上品なお紅茶、奥深いコーヒーなどと脳天気なことを言っていられない気分だ。それかあらぬか、最近コーヒーの飲み過ぎのせいか胃酸過多気味で、少しコーヒー断ちをしている。

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2008年3月27日 (木)

臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る』

3/25から3/26にかけてココログ(フリー以外)がメンテナンスに入っていたため、投稿はフリーのサブブログの方にしたが、そのときに書いた中公新書を早くも読み終えた。

実に面白い本だった。1992年に初版というのだが、これまで背表紙も見た記憶がないので、逆に驚いている。ネットを検索すると、結構この本の感想や書評が見つかるので、それなりに有名な本ではあるようだ。

コーヒーの歴史が人類史の中でも比較的新しく、イスラム神秘主義が生みの親だとは知らなかった。それが、ヨーロッパでは修道院で意識を覚醒し、欲望を沈静させるということで、尊重されたという経緯があるようだ。そして、これがイギリスではコーヒーハウスにより有名なロイズの保険を生み出し、一方でその欲望沈静化作用を言い立てられた結果イギリスではコーヒーは廃れ紅茶が飲まれるようになったとか、フランスではカフェがフランス革命のゆりかごとなったり、ドイツでは市民革命の鬼子ファシズムを生んだりと、またその背景に西インド諸島、東アフリカでの植民地と黒人奴隷労働があるなど、コーヒーというカフェイン嗜好飲料がとてつもない働きを近代史の上で残しているということが読み物として面白く語られていた。副題の『近代市民社会の黒い血液』というのは、言い得て妙だと思った。

またイギリス人の支配、ドイツ人による官僚による匿名性の支配という図式(p.188前後)の提示は非常に面白いものがあった。

近著で、『パンとワインを巡り 神話が巡る』というのも出ているようだ。こちらにも興味がある。

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2008年3月16日 (日)

グアテマラコーヒーの香り

グアテマラ Guatemalaという国にはあまり馴染みがないが、2008年2月11日 (月) 最近の新聞記事から 「コーヒーの香り」とDVDの寿命で、ブルーマウンテンと並んで香りのリラックス効果が高い銘柄としてグアテマラが挙げられており、興味を持った。

そこで、帰宅時に最寄のコーヒー店に立ち寄り、グアテマラを探したところ、ブラジルなどの通常品と同じ程度の値段で売られており、早速買い求めた。ブルーマウンテンは、ハワイアン・コナと並ぶ高価さで、その5倍程度の値段だったので、ちょっと手が出ない。

早速、帰宅後ミルで挽いてみると、挽くときの香りからしてまずいい。少し甘みがある香りがするので、挽くだけでリラックス効果があるようだ。

いつも通りにドリップして飲んでみると、液体としてのコーヒーの香りも、味もマイルドで飲みやすい。これまで、モカ、ブラジル、キリマンジャロ、マンデリン、ジャマイカなどいろいろ試しながら楽しんで飲んできたが、このグアテマラはその中でも気に入った。

それを飲みつくした後、同じ店に立ち寄ったところ、普通のグアテマラの約2倍の値段で、グアテマラ・サンタバーバラという銘柄が売られていたので、購入。早速飲んでみたところ、通常のグアテマラとは結構性格が違うように感じた。香りも独特の甘さはないが、ドリップ後のコーヒーは、雑味がなく、非常にすっきりした味のようだ。むしろコクが無さ過ぎるようにも感じる。これはこれで、悪くはない。調べてみたところ、私の感じた印象とは違うが、結構高品質な銘柄のようだ。味や香りの比較表もあった。

前回のグアテマラは、一般品だと思うが、グアテマラコーヒーといっても農園ごとに非常に細かいようだ。

コーヒーの世界も奥深い!

ただ、最近、さすがに手で引くスローライフのコーヒー生活も時々面倒くさくなってきた。最近のコーヒーメーカーは、ステンレスポット(魔法瓶)が主流らしく、電気代もあまりかからないとの記事を読んだ。電動ミルと一緒に購入を考えてもいいかも知れない。

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2008年3月12日 (水)

水平線までの距離は意外に短い

ショパンは小休止。

この前の日曜日、お台場の建造物の中でも最も古い歴史をもつという「船の科学館」に家族で出かけてきた 。

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横浜のみなとみらい地区にもマリタイムミュージアムという船関係の博物館があり、船の歴史や船舶模型、港湾や貿易などでは同様の展 示があるので内容的にはそれほど目新しさは感じなかったけれど、全体としては規模が大きく展示内容も 豊富だった。なかでも造船関係の展示が巨大な展示スペースを利用しており、結構充実していた。

さて、通常展示の最後の方に船や海に関する三択問題を答えるQ&Aクイズの立派な小ホール 風のコーナーがあり、いくつかの問題に参加してみたら、その中に船のブリッジ(マスト?)から見える水平線までの距離はどのくら いでしょうという問題が出た。選択肢はは12km、25km、50kmというものだった。私 は勘で12kmを選び、一緒に参加した次男も適当に25kmを選んだ。このときの答えは12kmが 正しく、その後の解説で平方根と視線の高さを用いた水平線までの距離の公式が示された。結構 単純な式だったので、意外に思った。

そこで、帰宅後、ネットで地球の大きさ、水平線までの距離などで検索したところ、中学校程度の 数学(三平方の定理)を使えば比較的簡単に近似値を計算できることが分かった。 なるほど、そういうことなのかという意味では、ユーレカである。(地球の科学 地球の形と大きさ)。これまでの数学の授業でそのような興味深い問題にあたったことがなかったので。以前も書いたが私はこのような実用数学(道具としての数学)が好きなようで、もっとそちらの方面から勉強をすればよかったように思う。

さて、水平線までの距離をx(km)、視線の高さをh(km)、地球を完全な球体としたときの地球の半 径をR(km)とすると、xの二乗とRの二乗の和は(R+h)の二乗に等しくなり、これを整理すると x=SQRT(2Rh+h^2) となる。(エクセルでSQRTは平方根、^2は二乗をしめす。)

Rの約6,400km に比べて一般的にhは非常に小 さいので、これを無視してより簡単な式にすると x=SQRT(2Rh)となる。地球の北極と南極を結ぶ周囲の長さは、40,000kmなので、Rは、約6,366kmとなる。地上で最も高い場 所、エヴェレストの頂上でも8,848mで約9kmなので、6,366kmに比べるといかに小さいかということらしい。(実際に計算で生じる差も富士山で30m程度、エヴェレストで100m程度である。)

これをエクセルの数式として入力して簡単に計算できるようにしてみると、海面からの高さ12m程度で、水平線 までの距離が12kmになった。 このエクセルシートを使っていろいろな高さからの距離を計算してみた。視点が海抜1.7mの人は4.7km先しか見えない。つまり海岸の波打ち際に立って水平線を見るとほんの5km先が水平線ということだ。また、横浜のランドマークタワーの展望台 は海抜273mということで、そこに視点があるとすると約47km先が見える。(トウキョウタワーの特別展望台も、標高23m+高さ250mなので海抜としてはちょうど273mになるらしい。)

なお、水平線までの距離をx(m)、視線の高さをh(m)、地球を完全な球体としたときの地球の半 径をR(m)と、単位をmでそろえると、x=3569*SQRT(h)となる。つまり1mの視点では3,569mとなり、100mなら35,690mとなる。

富士山の 山頂3,776mから見ると219km先が見えることになる。逆に219km離れた場所から富士山の山 頂が見えることになる。(実際には空気による光の屈折などで多少変ってくるらしいが。) 富士山の山梨県側の5合目は2305mとされているので、5合目から上の富士山らしい形を見るためには、171km以 内に近づかなければならないことになる。

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上の写真は、昨年の9月に江の島展望灯台の展望フロアから撮った写真。
Q. 江の島展望灯台の高さはどのくらいですか? A. 屋内展望フロアの高さは41.7m(海抜101.5m)になります。 とあり、この写真の水平線までの距離は、およそ、36kmとなる。

地図上で確かめると 熱海が36kmよりも少し遠くて見えない。房総半島も館山付近は40kmほどになるのでそれより近いところなら辛うじて見える程度。地図で見ると指呼の間のようだが、意外な ほど見えないわけだ。

かつて富士山に登ったときに、遠くまで見えて感激した。さすがに日本一の展望台と賞されるわけだと思った。このときは、海側は、静岡方面や湘南海岸、房総半島まで眺 められたが、このあたりまでの富士山頂からの距離はほぼ100kmなので当然といえば当然なわけだ。視界の問題は別にして、計算上伊豆の大島あたりまでは 見えるが、八丈島は見えないことになる。

ところで、東京と大阪の距離は、約400km。東京から大阪を見ても海抜0mからでは(まったく障害物がない大平原であっても)5km先しか見えないので、大阪を見るためには、海抜高度12.6kmまで上昇す る必要がある。これは非常に意外な発見だった。地球儀で見れば当然のことなのだが、いつも平面図を見ることが多いので狭い日本と言っても地球の丸さによって水平線、地平線により見通しが利かないことをうっかり忘れがちだ。

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2008年3月 7日 (金)

8ミリビデオ、MiniDVテープビデオ

先日の東芝によるHD-DVDの撤退に関連して、過去の録音、録画メディアの規格競争のことに触れた記事に、撮り貯めた8ミリビデオを再生しようとして、ビデオカメラの内部のベルトの劣化などで見られなくなって愕然としている人も多いのではないかと書かれていて、自分もそれにあてはまるなと思い、少し調べてみた。

8ミリビデオ、Hi8(ハイエイト)、MiniDVどれも据え置き型デッキは、(ほとんど)売られていない。

既にビデオカメラ自体の新品が売られていない8ミリビデオやHi8(8ミリビデオの画質改善版)の再生には、受注生産のビデオウォークマンを購入する必要があるようだ。およそ6万円。

また、MiniDV(普通のデジタルビデオカメラテープ)用でも、ディスプレーがついた高価なビデオウォークマン約12万円が出ている(ビクターのものは20万円程度するらしい)のみ。再生もビデオカメラというのが普通だからなのだろうか?カメラでの再生は据え置き型に比べると使い勝手が大変悪い。現在のビデオカメラユーザーの約半数がこのMiniDVを使っているという調査結果が出ているが、据え置き型の需要はあまりないのだろうか?まだMiniDVカメラは比較的廉価で購入できるので、今のうちに購入しておく方がいいだろうか?(ダビングサービスはまだ8ミリでもMiniDVテープでもあるようだが。)

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/news/20080229/1007525/

ビデオカメラの記録メディア、現在も5割が「miniDV」を利用2008年2月29日 カカクコムが価格比較サイト「価格.com」で行ったアンケート調査の結果によると、ビデオカメラ所有者のうち約49.1%は記録媒体として「miniDVテープ」を利用している。C-VHS、Hi-8といった「ビデオテープ」が18.0%とこれに次ぎ、以下フラッシュメモリーを採用した「メモリタイプ」の11.5%、「ハードディスク装置(HDD)」の10.9%と続いた。また「DVD」は7.3%、「ハイブリッドタイプ」は1.1%、「ブルーレイディスク」は0.4%だった。

■関連情報・カカクコムのWebサイト
http://kakaku.com/ http://kakaku.com/research/backnumber015.html

ちょうど、昨日書いたSP,LPという過去の膨大な資産がほとんど再生不能になっているのと同様、新たな技術が貴重な資産を過去に追いやることになっているようだ。

現在では、SP,LPを駆逐したCDそのものが、ネットからのダウンロードデータを収録する固体メモリプレーヤー(iPod)などによって駆逐されつつあるのだから、どこまでこのようなことが続くのだろうか、などと思ってしまう。

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2008年3月 4日 (火)

早春の鶴岡八幡宮を訪ねる

日曜日は久しぶりの穏やかな日和に恵まれ、数年ぶりに鶴岡八幡宮を訪れた。

改修後は赤銅色だった本殿の屋根も緑青色に変わってきた。

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八幡宮の八の字は、鳩の意匠だという。それにちなんだ銘菓 鳩サブレ を豊島屋本店で求め、田舎に送った。ちなみに、善光寺の山門(三門)の額の字にも鳩が隠れていると言われている。

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本殿向かって右の石段脇の早咲きの桜?

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本殿前から若宮大路方面を見晴るかす。残念ながら海は見えず。

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虎の浮き彫り。

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龍の浮き彫り。

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小町通りは観光客でごった返していた。帰路、「鎌倉ふるさとのおもちゃ館」に立ち寄り、子ども達は郷土玩具を購入。

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2008年2月20日 (水)

皇居東御苑を巡る

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2月17日(日)は、第2回東京マラソンで都心がにぎわった日だったが、以前から訪れたいと思っていた皇居東御苑を、寒風をおして巡ってきた。

以前、北の丸公園の科学技術館を訪ねたおりに、北の丸方面から非常に見事なお濠と石垣に囲まれた皇居内(東御苑)に橋を渡って入っていく一般の人たちがいるのを見て不思議に思っており、そのときにブログ仲間の方から、江戸城の本丸地区は東御苑として公開されていて、天守台や松の廊下跡なども残っていると教えてもらったのだった。

今回はそのとき以来の念願がかない、広大な江戸城の本丸、二の丸、三の丸を一巡りすることができた。入園は無料で、三の丸尚蔵館という博物館も無料。大正期皇室御慶事の品々を展示していた。内部は当時の建築物としては富士見櫓がある程度だが、さすがに大江戸城の石垣と堀の見事さは、地方の城の比ではなく、それを眺めるだけでも十分入園する価値があった。

上の写真は、忠臣蔵でも有名な松の廊下の付近。下の写真は、江戸城の本丸御殿や大奥のあったと思われる付近は広大な芝生になっており、そこから見た天守台。

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外国人観光客も結構多く、東京見物のルートになっているらしい。

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2008年2月11日 (月)

最近の新聞記事から 「コーヒーの香り」とDVDの寿命

ひとつは、2月3日付けの朝日新聞のbe on Sunday の「日曜ナント カ学(NANTO-KAGAKU)」 の「豊かな香りで脳リラックス」の特集記事。昨年秋のカンボジアコーヒー以来毎日のように自分で挽いたコーヒーを楽しんでいて、比較的精神的な調子もいいので、結構興味深く読ませてもらった。

以前、コーヒーを飲むと便通がよくなるので、大腸ガンの予防になるとかいう話が広まり、知人にも「コーヒーを飲んでいたときにはポリープの指摘がなかったが、やめたら定期健診で指摘され、またコーヒーを復活したら良いようだ」という体験談を語ってくれた人もいた。その一方で、相当焙煎によって豆のたんぱく質や糖分、油脂分を炭化させるので、発がん性云々という話はまだ消えないし、カフェイン中毒や不眠の害もまだ絶えない。

この新聞記事では、コーヒーの香りが脳をリラックスさせるということ、豆の種類によって効果が違いブルーマンテンやグアテマラで特に効果が高いという実験結果などが紹介されていた。ただ、その香りの成分が多すぎて分析はまだまだ途上のようだ。また、上記の「大腸ポリープ」ではなく、肝臓がんの減少効果が日本の厚生労働省による10年9万人に渡る追跡調査で裏付けられているらしい。また、糖尿病にかかっていない人に対しては予防効果があるのだという。

別に健康のためにコーヒーを飲むということはないし、単なる嗜好品として飲んでいるだけだが、このような記事を読むと、なお一層飲んでしまいそうだ。これまで、味わったのは、例のカンボジアコーヒー以降、普通のブラジルのストレート、ドミニカントリプルA、UCCのモカブレンド、スターバックスのクリスマスブレンド(妻購入)、キリマンジャロのストレート、トラジャのストレート、南蛮屋の炭火焼きスペシャルブレンドとうまかブレンド、それに最近生豆からその場で焙煎してくれる店のマンデリン。

豆の種類もさることながら、挽きの細かさ・粗さ、粉の量、カリタ・メリタ、蒸らし方、ドリップ時のお湯の注ぎ方(一息に、また、数回に分けて)などといろいろ試みているので、これは美味いhappy01というときと、少しビミョーdespairというというときが交錯するが、総じて挽いているときの香り、ドリップしているときの香りには確かにリラックスさせてもらっている。

2月9日(土)の夕刊のトップは、DVDディスクに寿命格差があり、メーカーによって「数年から永遠まで」の差があるのだという。これは、日本のディジタルコンテンツ協会による実験結果で、2003年から4年かけて日本国内で市販されている18ブランドを対象にしたものだという。DVD-R8件、DVD-RW5件、DVD-RAM5件。日本ブランドと台湾ブランドのもののみ。 調査の原文は、この「長期保存のための光ディスク媒体の開発に関するフィージビリティスタディ」 http://www.dcaj.org/h17opt/17optstudy.html 内の126ページにも渡るpdfで読むことができる。

愛用のhpのノートPCは、購入直後にライティングソフトで苦労したのでいろいろ試した結果、現在はお気に入りのブランドは確立しているのだが、そのブランドの良否はどうか気になるところだけれど、一応新聞記事と上記報告書を照合すると、どのブランドがどの結果なのかは分かるようには思える。

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2008年1月27日 (日)

傷ついたCDの修復に成功した

2006年10月28日 (土) モーツァルトの弦楽四重奏曲 ABQ の記事を書いたが、これは、(最近まったく更新していない)ホームページに載せてある以前から大切にしているCDだ。

☆弦楽四重奏曲集 アルバンベルクQ (TELDEC 72P2-2803/6) 4枚組み 1976年から1978年録音

第14番 ト長調 K.387 (ハイドンセット第1番、通称「春」)
第15番 ニ短調 K.421(417b) (同第2番)
第16番 変ホ長調 K.428(421b)(同第3番)
第17番 変ロ長調 K.458(同第4番、通称「狩り」)
第18番 イ長調 K.464 (同第5番)  
第1楽章終盤と第2楽章初めがCDの擦り傷のため再生できず。
第19番 ハ長調 K.465(同第6番、通称「不協和音」)
第20番 ニ長調 K.499(通称「ホフマイスター」)
第21番 ニ長調 K.575(プロシャ王第1番)
第22番 変ロ長調 K.589 (プロシャ王第2番)
第23番 ヘ長調 K.590 (プロシャ王第3番)

もう数年前だが、上記の赤のメモのようにCDケースを開けるときにうっかりストッパーから外れていたCDが落下してしまったため、その勢いで円周方向に擦り傷がついてしまい、音飛びや繰り返し状態になってしまい、ここずっとその部分を聞くことができなくなっていた。そのCDを試しにスキャナーでスキャンしてみたのが、下記の写真。

Photo
この写真の中心部から左上方の約45度、記録部の内側の端から約5分の1ほどのところにある薄い傷だ。ちょうど第1楽章の最後と第2楽章の初めにかかっていて、第1、第2がほぼ同じ動機で始められるユニークなこの曲をしばらく聴けないままだった。

今日、近所のショッピングセンターに理髪と買い物に行ったついでに、電気店をウロウロしていたら、ディスク売り場のところに「ディスクの救いの星」なることが謳われた左下のEUPA TWI-DR02 Disk Repair & Cleaner が売られており、CDレギュラープライス一枚強の値段だったので、ものはためしと購入してみた。帰宅して確認したら中国製だったので、どうかとも思ったが、日本語表記で結構丁寧な日本仕様?包装でもあるので、まずは試しにと、この大事なディスクをセットしてみた(最悪、そのCDだけ単売ものを買おうかと思った)。

商品紹介のコメントではあまりいい評価が付けられていないが、使い方もそれほど難しくなく、幸い初期不良もなかった。

結果といえば、1度のリペア作業では効果なし。手近なポータブルCDプレーヤーではまだ音飛び状態。

次に、思い切って研磨してみたところ、派手に研磨模様がつきはしたが、ポータブルCDプレーヤーでは以前より音飛びが少なくなっている。(後で思ったが、ポータブルやDVDプレーヤーの方がエラー補正機能が、据え置きのオーディオ専用CDプレーヤーや、PCのCDドライブより優れているようだった。)

もういちどリペアしたらもう少し改善し、さらに研磨したところ、ポータブルプレーヤーでは完全に再生できるようになっていた。

これで大丈夫だろうと、バックアップを取る為にPCでiTunesやMediaPlayerで読み込ませると、傷のエラーのためか?PCがダンマリ状態になってしまう。これを据え置きCDプレーヤーに掛けてみるとやはり音飛びがする。DVDプレーヤーで試したら、きちんとトレースしたのだが。

そこで3回目の研磨をし(相当の研磨跡がついた)とリペア(特殊な液体を塗る)をして、表面についたカスをクリーニングをしたところ、今度はPCでもきちんと読め、据え置きプレーヤーでも問題なく再生できるようになってくれた。

実は、第18番 イ長調 K.464 (同第5番)と第19番 ハ長調 K.465(同第6番、通称「不協和音」)のカップリングは、この後期四重奏曲集セットを買う前に単独で持っていたのだが、このセットを買ったのを機に友人(現在は遠方に住んでいる)にプレゼントした経緯もあり、特にこのイ長調の曲が派手さはないが好きだったので、聴けないのは長年の胸の痞えだったのだった。これがようやく改善できたので非常にうれしかった。

追記:そういえば今日1月27日は、モーツァルトの252回目の誕生日にあたる日だ。快晴だが、外は寒いし、家族の用事があり丸の内の凍結マンモスのリューバを見に行くこともできないので、ゆっくりと自宅で蘇ったK.464を聴いてみようと思う。ちなみに解説書によると、このイ長調はベートーヴェンが好んだ曲だったという。専門的には全楽章の主題的な統一が見事なのだという。またベートーヴェンは、このほかK.466のニ短調のピアノ協奏曲を自分でも愛奏してカデンツァまで残したのだった。

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2008年1月17日 (木)

メリタとカリタと自家焙煎

ネルドリップ、サイフォン、パーコレーター、水出し、煮出し、エスプレッソなどなどコーヒーの抽出方法にはいろいろあるようだが、もっとも手軽なのはペーパードリップ方式だろう。中でも、ドイツの主婦メリタ・ベンツの名前が付いたメリタと、非常によく似た名前の日本のカリタが日本ではよく知られているようだ。

大学生時代にレギュラーコーヒーのペーパードリップを飲み始めてから、大体カリタを使うことが多かった。途中、メリタも使ってみたが、そのとき買ったメリタの樹脂製のドリッパーがドイツが本家というのに何だか薄っぺらでチャチで形も歪みがあるようで、サーバーの上でも不安定になり使わなくなってしまったのだ。まがい物だったのだろうか?

現在では、普通のスーパーや量販店の販売スペースではカリタの方が優勢だろうか?

このところ、毎日自家挽きコーヒーを飲んでいるので、たまにはメリタも使ってみようかと、先日350円で2杯用のドリッパーを買ってきた。今度は樹脂製でもしっかりしている。

カリタはコーヒーの落ち口が三つ穴で、お湯の注ぎ方も、何回かに分け、最後に残ったドリップ中の部分はコーヒーサーバーに完全に落とさないうちにドリッパーを引き上げるという手順で、使う粉の量も付属の軽量スプーンが大きいので若干大目になり、味わいも濃厚な味になるようだ。

一方最近使用を再開したメリタは一つ穴が特徴で、ドリップの仕方も(蒸らしは同じだが)杯数分のお湯を一度に回しいれ、コーヒーがドリップ穴から全部落ちきるまで絞りきるという方法が一般的のようで、こちらで淹れるとすっきりした味わいで安定した味になるが、少々コクが薄くなるようにも感じる。

まあ、これこそ気分次第、濃い目を飲みたいときにはカリタでじっくり淹れるもよし、またメリタでも数度に分けてお湯を注げばその調整は可能だ。

さて、コーヒーではまた一歩進んで、生豆を買ってきて家庭で焙煎をすることも可能なようだ。私がたまに焙煎済のコーヒー豆を購入する店でも、少し薄緑色の生豆を販売しているので、それなりの需要があるのだろう。本来は、焙煎したて、挽きたて、淹れたてが望ましいのは理の当然のようだが、最も技術を要するのも焙煎だとも言うので、現在家庭用の焙煎機も出回ってはいるようだが、そこまで凝るかどうかは思案中というところだ。

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2008年1月15日 (火)

JR 大回りというレジャー

大回り乗車とはなんぞや? というページに詳しくあるように、最近の鉄道ブームで、大回りという「レジャー」が知られるようになってきた。私もその理屈を知らない前も、数回実行したことはあるが、今回は子ども達が段々「鉄」化してきたこともあり、猛烈に寒い寒の入りの三連休の最終日、華麗な振袖姿の妙齢の女性の姿を横目に、近郊区間をミニ大回りしてきた。

最寄駅-(横浜線)--東神奈川-(京浜東北線)--川崎--(南武線)--府中本町--(武蔵野線)--西国分寺--(中央線)--八王子--(横浜線)--最寄り駅の隣駅 という一筆書き路線を乗ってみた。

隣駅までは大人130円、子ども60円。乗車時間は、約3時間程度。食事は、最寄駅のコンビニに飲み物とサンドイッチ、おにぎりを買い込み、空いている座席でひっそりと食べた。 (追記:「駅すぱあと」という路線探索ソフトを使って調べてみたところ、この大回りの料金は大人130円と見事に表示された)

P1140098_3
これまで南武線には乗ったことがないというのと、特に中央線では、E233系という新型車両が昨年から投入されたといい、昨年の秋にも乗ったのだが、駅のメロディーの確認のためにも本格的に乗ってみたいということで一両目に乗り込んでみると、何とまだ14日しかたっていないのに、平成20年製造のピカピカのまだ新車の香りがする車両に乗れて、子ども達は大満足だった。

ところで、長男はJR各駅の発車時のメロディーに関心があるということで、昨年のクリスマスプレゼントは、中央線のメロディー入りの目覚まし時計をリクエストされ、購入した。Pc290030 今回の乗車で、いろいろな駅の実際のメロディーを聴けたのだが、子ども達によるとこの時計に収録されているメロディー(たとえば、八王子では「夕焼け小焼け」)と実際の駅のメロディーは微妙に音程が違っているのだという。


今日は、本州の岩手県の盛岡近くで、 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/mdrr/rank_daily/data00.html

日最低気温の低い方から
順位都道府県観測所観測値昨日までの
観測史上1位の値
昨日までの
1月の1位の値
統計開始年
時分年月日年月日
1 岩手県 藪川 -22.8 ] 07:00 -27.6 1988/02/17 -26.6 1985/01/07 1976年
2 北海道 十勝支庁 本別 -22.0 ] 05:50 -28.1 1978/01/29 -28.1 1978/01/29 1976年

という低い気温を記録したということが、最新型E233系のドア上部のディスプレーのニュースで映し出されていたが、関東地方もまるで信州の寒さのように寒風が耳や頬に冷たく、せっかくの美しい晴れ着のお嬢さん達は寒さで顔がこわばっているようで、同情した。首回りのショールだけでは、パンツ(ジーンズ)とブーツに慣れた彼女達には足元がひどく寒かっただろうと思う。

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2008年1月 3日 (木)

藤沢周平の江戸を歩く特集

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現在新幹線あさま号で帰宅の途についている。

JR東日本のトランヴェール2008-1月号の特集記事に藤沢周平の江戸を歩く『用心棒日月抄』の世界へ が掲載されていたので興味深く読んだ。

江戸東京博物館の館長と学芸員が監修したなかなか本格的なものだ。

藤沢周平のこの作品は元禄時代を舞台にしたものだそうだ。池波正太郎の田沼時代や岡本き堂(携帯の変換ではだせない)の幕末とは時代が多少違うが大川(隅田川)右岸の下町界隈が舞台のようで馴染みの地名が美しい写真付きで紹介されているのはうれしい。(携帯電話 moblogでの投稿)

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2008年1月 2日 (水)

正月2日に川中島の戦の旧跡見物

北信にある妻の実家を年始に訪れ、今日は須坂のインターチェンジ近くにあるトレインギャラリーという鉄道模型館に子どものリクエストでまた行った後、時間もあるので川中島の古戦場八幡原史跡公園に足を延ばしてみた。

途中、長野電鉄金井山駅付近に山本勘助の墓という看板があり、車で行って見たところ堤防の河川側に立派な墓碑が建立されていて対岸の八幡原史跡公園を望んでいた。参拝の後、八幡原に向かい古戦場跡の八幡神社を参詣して有名な武田信玄と上杉謙信の一騎打ちの場面の銅像前で記念撮影した。首塚がその傍らにあり冥福を祈った。

天気はよかったが、元旦の雪が周囲の山山を白くし寒気厳しく足速に古戦場を後にした。(携帯電話 moblogでの投稿)

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2007年12月26日 (水)

J.S.バッハ『コーヒー・カンタータ』とドリップコーヒー

Jsbach_coffee_cantata J.S.バッハ 世俗カンタータ BWV.211
「おしゃべりはやめて、お静かに」(Schweigt stille, plaudert nicht)

エマ・カークビー(S), ロジャーズ・カヴィ・クランプ(T), デイヴィッド・トーマス(B)

クリストファー・ホグウッド指揮(ハープシコード)
アカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック

1986年、ロンドンでの録音

(併録: 農民カンタータ)

先日のカンボジアン・コーヒーのおかげで、コーヒー熱が再燃し、このところずっとコーヒーミルで挽いたコーヒー豆で淹れたコーヒーを飲んでいる。豆はスーパーや専門店で売っている焙煎されたものを買ってくるので、コーヒーの淹れ方の選択肢はコーヒー豆店、豆の産地、焙煎度合いの選択、豆の量、ミルの挽きかたの粗さ・細かさ、ドリップ時の粉の量、お湯の温度、蒸らし時間、抽出時間、お湯の量などなど多岐に渡る。組合せを考えれば膨大なものになる。まだ安定した味が出せるわけではないが、いろいろ試してみると、粗挽きよりも中細挽きで、じっくり抽出した味の濃いものがどうも自分の好みのようだ。

バッハのコーヒーカンタータとドイツでコーヒーが飲まれるようになった経緯などは、このサイトによくまとまっているが、コーヒーを含めたカフェイン飲料というものが人類史に与えた影響というのはなかなかのものがあるようだ。

中国や日本における茶、茶がインドやスリランカで生産されるようになったこと、アラビアでのコーヒーの発見とヨーロッパへの伝播、中南米諸国でのコーヒープランテーションの開発、フェアではないトレード。1773年アメリカ独立を促したボストン茶会事件、1840年欧州諸国によるアジア支配と日本の尊皇攘夷のきっかけアヘン戦争の原因となった中国茶などなど。

バッハとしては珍しく寛いだ雰囲気のこの曲は、流行のコーヒーのとりこになった若い女性によるコーヒー賛美と、その女性の頑固な父親とによる寸劇的な喜劇で、いわゆるオペラ作品を書かなかったとされるバッハにとっては、受難曲と並び一種の演劇作品とも見なされるものの一つになっている。

ジャケットの写真は、バッハ兼頑固親父に扮したホグウッドと、コーヒー娘に扮したエマ・カークビーで、この辺もなかなか面白い。カークビーの声は、素直でヴィブラートの少ないストレートな美しい響きで、この頃のピリオド演奏のスター歌手の一人だった。今はあまり名前を聞かなくなってしまっているけれど、この寛いだ録音では、明るい響きの美しいソプラノがたっぷり楽しめる。

楽しい演奏で、コーヒーを飲みながら聴くとまた格別だ。

参考記事:

2007年10月30日 (火) カンボジアコーヒーを挽いて飲む

2007年11月30日 (金) カンボジアコーヒー、その後

2007年12月11日 (火) コーヒードリップ専用ケトルとドミニカン・トリプルA

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2007年12月25日 (火)

バランシンの胡桃割り人形(ビデオ)

Nutcracker
2005年12月25日 (日) クリスマスのビデオ鑑賞 という記事で、
George Balanchine's The Nutcracker (Elektra entertainment) について触れたが、2007年の今年も12月24日のクリスマス・イヴに全編を鑑賞した。

2005年のときには、オープニングのスタッフ、出演者の部分で見落としてしまっていたが、何とこの音楽の指揮者は、あのデイヴィッド・ジンマンだった。管弦楽団は、ニューヨーク・シティ・バレエ・オーケストラ。

発売当時は、マコーレ・カルキンという子役の人気を前面に押し出していたビデオの表記や解説だが、その話題性がほとんどなくなった今でも、バレエのビデオとしてそれなりに楽しめる出来なので感心した。

チャイコフスキーの『くるみ割り人形』の音楽は、ディズニーの『ファンタジア』にもストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団のユニークな演奏が収められており、子ども達も幼い頃から親しんでいる。CDではカラヤン/VPO(デッカ)、レヴァイン/VPO(DG)の演奏の組曲版で親しんで来たが、組曲版には『悲愴』交響曲の第1楽章第2主題に通じる下降音型が印象的な哀切感のあるフィナーレの音楽が含まれていないのが少し物足りないのをいつも感じてしまう。たまにこのような全曲版に触れると、このチャイコフスキー的なPathos(ペーソス)のあるセンチメンタルな音楽が聞けるのがうれしい。

注意:このDVDはリージョン1(日本のプレーヤーは一般的に2なので再生できない可能性あり)

なお、あのE.T.A.ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann 1776-1822)の原作 "Nußknacker und Mausekönig(1816)"「くるみわり人形とネズミの王様」は、ポプラ社版の世界名作文庫 W-51 (ISBN 4-591-08348-9) 大河原晶子訳「くるみわり人形」などで読むことができる。ただし、チャイコフスキーは、この原作を直接参照したのではなく、デュマによる翻案を参考にしたらしい(wikipedia)。

Hoffmann_nussknacker

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2007年12月12日 (水)

任天堂 Wii Fit を購入

12月1日に発売の任天堂のゲーム機 Wii につなげて使うボードとソフトのセット、Wii Fit(任天堂の公式ページ) を自分用のクリスマスプレゼント?に、帰宅時に最寄の量販店に立ち寄って購入してきた。

「フィット」はいわゆるフィットネスのことらしく、付属(というかこれがメインのハードになる)の体重計のようなボードに素足で乗り、その上で前後左右のバランスを取りながら、ゲームやヨガなどのフィットネスを行いつつ、体重、BMIを遊び感覚で管理できるというものだ。

このゲームについては、ネット量販のサイトでは、発売予定の発表があった頃から、先物買い的なレビューが相当ついていて、その注目度が高いことに驚いていたが、あまり運動をしないので、室内で遊べるものもいいかと購入した次第。

早速、帰宅後、子ども達がワイワイ騒ぐのをなだめながら、接続にかかったが、説明書の説明が充分ではなく、接続までに少々手間取った。まずは、ソフトの入ったディスクを挿入して、本体のOSにあたるプログラムをアップグレードし、その後、このWii Fitソフトを起動して、その指示に従って本体とボードを接続してやればよかったのだが、ソフトを起動する前に何度か接続にトライしてうまくいかなかった。

CMも盛んに流されており、既に結構売れているようだが、子ども達に聞くと、Wii本体なしに使えるという誤解があるようで、これだけ購入して使えないというクレームが多いらしい。確かにこれだけの値段で、かつこれだけの大きさなのでその誤解も無理からぬところなので、是非任天堂にはそのような誤解がないようにコマーシャルや販売店を通じて正しい情報を流してもらいたいものだ。

家族を登録して、少しバランスゲームをやってみたが、結構難しい。それでもスキーのジャンプなどは本格的なCGの中に自分の分身がプレーするというスタイルで迫力もあり、面白いし、アルペンスキーのジャイアントスラロームでは昔取った杵柄を披露しようとしたのだが、まだボード上でバランスを移動するのに慣れないため、巧くできなかった。

体重管理も簡単にできるし、結構はまりそうだ。

参考:日経BP記事 12/5付け 、 日経BP トレンディネットの記事 12/10付け

なお、ネットでの値段は定価8,800円(税込み)を上回る現象がおきているようだ。これは、人気ゲーム機では最近よく起きる現象で興味深い。

追記:2008/1/20
1/13(日)版の朝日新聞 be on Sunday の「日曜ナント カ学」に「踏ん張る時代は終わった」という題名で、カービングスキーとトラディショナルスキー(旧式のスキーをこういうらしい)の技術の差を科学的に解説した特集が載っていて、ちょうどpfaelzerweinさんからのコメントに関係していてタイムリーだった。トラディショナルは、「右ターンなら外足となる左足を踏ん張る、いわゆる『外足荷重』が基本だった」とあり、「一方のカービングは、『曲がりたい方向に体を傾ければ、板が勝手に曲がってくれる。踏ん張る必要がない。とにかく楽です。」(サロモン担当者による) そして肝心の荷重は旧式スキーと違って「内足」でのコントロールが大切で、外足荷重的な滑り方をすると思うように滑れない、らしい。

その意味で、Wii Fitの設定は、カービングスキー時代に合致しているとも言えるのかも知れない。(少し上達すると、長い距離で旗門も難しい上級コースにチャレンジできるが、うまくいかない!)

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2007年12月11日 (火)

コーヒードリップ専用ケトルとドミニカン・トリプルA

近所のコーヒー用品、コーヒー豆専門店が年末セールをやっており、以前から欲しかったドリップ専用のやかんが安売りになっていたので購入した。自宅で開梱してみたところ、新潟県の燕市の会社の製品だった。注ぎ口が微妙なカーブを描いていて美しい。説明書の通り、洗剤で内部を洗い、よくすすぎ、2回沸騰させては捨てを行ってから、早速ドリップに使ってみた。

これまで2リットルは入る注ぎ口が大きい普通のやかんでドリップしていて、それなりに自分好みのコーヒーを飲めてはいたのだが、この専用ケトルは使い勝手が格段に違い優れている。細く適量のお湯が美しい注ぎ口から出るので、自分の思い通りの分量のお湯をコーヒーの粉に注ぐことができる。約30秒蒸らしてから、数度に分けて渦巻きを描くように注ぐのだが、これまでのやかんではドバドバとお湯が注がれてしまっていたのが、今度はうまく注げるので、粉からの泡立ちもことのほかよいようだ。

さて、味だが、嗜好品一般と同じく、こちらの体調などに大きく左右されるため、格段に旨くなったかは分からないが、妻に聞いても雑味が減り、透明感のある味になったようだ。また香りのたち方もこれまでよりも高く香る。

ところで、この店はこれまで何年もその前を通っていたのだが、この機会に初めて焙煎済みの豆を購入してみた。店員に売れ筋を尋ねたところ、いくつか紹介してくれたが、中でドミニカントリプルAというのが面白そうで、「珍しいですね」などと言いながら100gほど購入してみた。例のブルーマウンテンの取れる島はどこだったか、ドミニカではなかったように思うのだが、などと考えて、帰宅後調べてみたところ、ブルマンはジャマイカで、ドミニカのコーヒーはそれほど有名ではないようだ。

早速これも挽いて、専用ケトルでドリップして飲んでみたが、少し深煎りのようで、バランスはいいが、大手メーカーのモカブレンドの方が美味しいように感じた。

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2007年11月30日 (金)

カンボジアコーヒー、その後

10月30日に「カンボジアコーヒーを挽いて飲む」という記事をアップしたが、焙煎が非常に強く豆の色が黒くなっているので、そのままストレートで飲み続けるのは正直言ってきつくなってきたので、数回でリタイアした。

ただ、この機会にコーヒーミルを購入したのが、これまでしばらく飲んでいなかったいわゆるレギュラーコーヒーを豆の状態でスーパーやコーヒー店から購入してきて、スローライフよろしく自分で挽いて飲むきっかけになり、モカブレンドとブラジル(ストレート)を購入してきて、挽いて飲み始めた。平日はゆっくりした時間が、帰宅後しか取れないので、しばらくの間は夕食後に挽き立て、淹れ立てのコーヒーを飲むようにしたが、レギュラーコーヒーのカフェインの効果は緑茶や紅茶よりも強いのか、睡眠が浅くなったような気がした。

ところで、モカブレンドとブラジルは中煎り程度なので、酸味も残っており、モカは比較的酸味が強いので、カンボジアとこの2種類をためしに適当にブレンドして飲んでみたところ、なかなかよろしいようで、驚いた。素人の適当なブレンドでも結構おいしい。これまで試したところ、3種類をブレンドするよりも、モカブレンドとカンボジア、ブラジルとカンボジアとした方がよいようだ。もともとモカブレンドにはベースにブラジルが含まれていると思われるので、モカがストレートなら違う味になるとは思うのだが。

カンボジアコーヒーを活かす方法が見つかって満足だ。

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2007年11月20日 (火)

ズーラシアの植樹祭と再見キンシコウ

土曜日は、以前申し込んでおいたズーラシアの植樹祭に家族全員で参加してきた。


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植えたのは、このヤマブキとユキヤナギ、そして我が家には割り当てがなかったがアジサイの三種類だった。池の周囲に約1500人が集まって植樹をしたので、10時開始だったが、11時前にはほとんど完了してしまった。

さて、ズーラシアでは、今年一杯で中国の幻のサル キンシコウが上海に帰されることになった。元々の貸与契約でそうなっていたらしい。1999年に開園したときから展示されていたので丸8年になったのだという。キンシコウはいつでも人気があるのだが、この報道があってから特に注目されているようで、大勢の人だかりがしていた。また、人が多いことがサルたちにも影響したのか、活発に活動して目を楽しませてくれた。メッセージを募集していたので、全員でキンシコウへのお礼を書いてきた。


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また、最近ツシマヤマネコの展示を始めたとのことで、初めて見られるかと期待して行ったのだが、まだ人に慣れていないようで、展示室の方には姿を見せず実物を見ることはできなかった。この写真は、展示ケージのそばに張られていたもの。運がよければ見られるそうだ(ズーラシアはこの「運がよければ見られる」という展示が多い)。

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2007年11月 4日 (日)

シュルレアリスムと美術 横浜美術館(9/29-12/9)

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これまで一度も横浜美術館の展覧会を見たことがなかったので、秋晴れの一日、家族でドライブを兼ねてみなとみらいまで出かけてみた。

(上の写真は、グランドギャラリーに展示されているダリなどの彫刻)

横浜美術館前の広場にはこれまでにも何度も訪れたことがあるので皆馴染みの場所なのだが、数年前のルーヴル美術館展も子ども達が幼くて興味を示さないこともあり、中にはなかなか入らずにいた。

今回は、ポスターで私が以前から好きなルネ・マグリットの『大家族』が使われていたこともあり、見に行きたいと思ったので、子ども達の少しの抵抗を排除(?)して、とうとう中に入れた。今回この展覧会ならと思ったのは、シュルレアリスム絵画は、相当抽象性の高いものは別にして、比較的子どもにも面白いものだからという自分自身の実感があったからだ。案の定、具象的・写実的な絵画にはそれほど興味を示さない子ども達も、一通り見回った後は、「今日のは面白かったね」と言っていた。

展示は、第4から第6が企画展のシュルレアリスム作品。エルンスト、マグリット、ダリ、キリコ、ミロ、ピカソ、デルヴォー、マン・レイなどが並べられ結構見ごたえがあった。マグリットの「大家族」、「王様の美術館」・エルンスト「少女が見た湖の夢」(横浜美術館所蔵品)などが子どもにアピールしていたようだ。

常設展では、日本画で描かれた動物の特集があり、『宿神』の関係で今村紫紅の『鞠聖図』が興味深かった。また、下村観山が森狙仙という画家の『狼図』を模写したものが、ニホンオオカミの関係で面白いものだった。

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2007年10月30日 (火)

カンボジアコーヒーを挽いて飲む

義弟夫婦がカンボジアのアンコール・ワット見物に出かけて、そのお土産にカンボジアのコーヒー豆を買ってきてくれた。生豆ではなく、ローストしたもので、名前はRatanakiri coffeeと書かれており、Product of Cambodia となっていた。ネットで調べるとまさにそのコーヒーが紹介されていた。http://www.ratanakiri-coffee.com/

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以前コーヒーをよく飲んだ頃には、手動のコーヒーミルも持っていたのだが、引越しのときにその義弟にやってきたので、廉価なミルを探していたのだが、たまたま入ったスーパーに挽いたコーヒーの保存もできる密閉瓶つきのコーヒーミルが3000円ほどの廉価で売っていたので購入し帰宅後豆を挽いて、ペーパーフィルターで淹れて飲んでみた。

少々粗めに挽き過ぎたようで、ドリップがやけに早く終わってしまい、色としては薄いコーヒーになってしまったが、ものは試しに飲んでみた。

元々ローストされた豆の色が相当濃かったので、深煎りだろうとは想像していたのだが、味はその通り酸味はほとんどなく、苦いものだった。

その後、上記のリンクを見つけ、またその他カンボジアコーヒーを試してみた人のブログなどを拝見したが、エスプレッソ的に飲む飲み方が基本のようで、焙煎をうっかり強くしすぎたわけではないようだ。

苦いコーヒーも嫌いではないが、もう少しおいしく飲めるように、挽き方、淹れ方を工夫してみよう。

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2007/12/16追記 150gでUSD6.00なので、日本円では(USD1=115円として)690円。100g では約520円なので、日本国内のコーヒー店で買うのとほぼ同じくらいの値段だ。現地としてはずい分高価なものだろう。フェアトレードがコーヒー取引の新しい潮流だが、これと関係しているものだろうか?

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2007年10月23日 (火)

夏目漱石展 江戸東京博物館

東京墨田区の両国にある江戸・東京博物館で開催中の夏目漱石展を見に行ってきた。

http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/kikaku/page/2007/0926/200709.html

http://www.asahi.com/soseki/

以前から訪れたいと思っていた博物館で、今年新聞店から2007年度の日本列島から発掘された遺物展というようなものの無料券ももらっていたのだが、そのときは結局足を運ばずじまいだったので、今回が初めてだった。

今年は、両国の国技館の隣にこの博物館ができてから15周年だといい、また、夏目漱石が朝日新聞社に小説記者というような肩書きで入社し、『虞美人草』の連載を始めてから100周年にあたり、さらに漱石の弟子で当時東北帝国大学の教授だった小宮豊隆が、空襲での消失を免れるために自分が東北帝大図書館長だったこともあり、1944年までに一括して漱石山房の蔵書・資料等を図書館に疎開させ、それがそのまま委託された形で保管されている貴重な「漱石文庫」を所蔵する当の東北大学が創立100周年ということで、その3つの記念年をあわせた形でこの展覧会が開催されたものだという。

http://www.library.tohoku.ac.jp/collect/soseki/index.html

妻がこの展覧会に行きたいということで、子どもたちはあまり乗り気ではなく(それでも博物館の常設展は楽しめたようだった)、私も文学者の展覧会は美術展や科学展ほどほど面白くないだろうとは思ったが、たまには女房孝行ということで行ってみることにした。

この博物館は、相撲の本場所が行われる国技館の隣にある少々奇矯な形の建造物(内部に広大な空間を作るため)だが、漱石展はその一階の特別展示室で開かれていた。

昼頃に両国駅に到着したので、博物館内の食堂で少々江戸情緒の感じられる深川丼や穴子定食などを食べたのち、特別展と常設展のチケットを求め入場した。(小学生は、常設展は無料だが、漱石展は有料。また後知恵だが上記の朝日新聞のサイトでは割引きクーポンが手に入ったが、事前の調査不足で使用しなかった。)

文学者の展覧会というと、私の故郷小諸に常設されている島崎藤村の藤村記念館で見慣れており、文学者の生い立ち、原稿、写真、初版本というところが主なもので、漱石展もその例に漏れなかった。しかしこの展覧会は、上記の東北大学の漱石文庫の収蔵品が主要展示物であるため、漱石が主にロンドン留学の折に生活費を削りながら収集した多くの書籍が並べられているのが特徴だ。漱石の細かい書き込みがあるページを見ると、彼がロンドンで神経をすり減らすまでに刻苦勉励した様子が如実に伺われる。ここに展示されているのはその一部だが、それでも膨大な書物である。シェークスピアを初めとする英文学者、詩人のものが多いが、心理学、社会学等の書籍もあるようだ。その多くの著者・書籍名はほとんどが知らないものだった。漱石が約2年間の孤独な留学生活で読み、読もうとした多くの書籍を見るにつれ、江戸時代の末に生まれ文明開化の只中に成長した最初期の英文学者としての漱石ということを思った。

(追記:他の方のblog記事を読んで思い出したのだが、漱石の西洋絵画への関心を示す蔵書も多かった。特にJ.E.ミレー(Millais)画ハムレットの『オフェリア』で有名なラファエル前派の作品を好んでいたようで、そのためか、『草枕』ではその『オフェリア』の画像について主人公がこだわっている様子を描写している。さらに、読書ノートについては、綿密に章立てごとに要旨をまとめているものもあり、非常に細かい字とともに漱石の几帳面な性格がうかがわれるものがあった。)

ほかに印象深かったものというと、漱石の大学予備門時代?の数学の答案用紙であるが、幾何の証明問題など、美しい英語の筆記体でペン書き(鉛筆?)によりビッシリと回答が書き込まれているのには驚いた。予備門では数学の成績も良好で、友人の薦めがなければ文学者ではなく、建築家を志していたかも知れなかったようだ。

また、(これは漱石の伝記では有名なのだということを後で知ったが)、帝大か一高へ提出した履歴書に「本籍 北海道・・・」と書かれている部分があったのには驚いた。これは、なんらかの理由(兵役逃れという説が強い)で本籍の東京から分籍したものだという。(http://www.iword.co.jp/iword/s05_10.html にまとまった記事あり。)

当時の東京朝日新聞の紙面には、朝日入社後最初に連載した『虞美人草』の新聞小説第一回のすぐ右隣に、勅令として東北帝国大学の設立の記事が掲載されており、その意味でこの展覧会は運命的なものであるようにも感じた。

正岡子規との交友を示す多くの俳句の添削などもあったり、晩年の漱石が描いた南画?水墨画や漢詩の掛け軸なども展示されていたが、漱石がフランスのJ.F.ミレー(Millet) のモノクロ版印刷の絵画を模写して彩色したものが現在山梨県立美術館にその原画と一緒に収蔵されているということも紹介されていた。

新潮文庫の漱石のカバーは印象深い図案だが、漱石も自著の装丁には相当凝ったようで、自らの装丁デザイン原稿なども展示されていた。

岩波書店の創立者岩波茂雄は、漱石山房によく顔を出していた弟子にあたる関係だったようで、岩波からの初の漱石全集が展示されていたり、『こころ』の原稿(岩波書店蔵)なども展示されていた。

なお、入り口には、漱石の等身大の上半身の人形(ロボット)が展示され、復元音声により、熊本の旧制五高時代の漱石の学校式典での祝辞の一部が繰り返し流されていたのは少々うるさかった。出口には、漱石のデスマスクとその石膏原型が並べて展示されていた。

出口の外の通路には特別展用ミュージアムショップが出店しており、漱石の著作のほかに、漱石に関する著作、それに関川夏央原作・谷口ジロー画の『「坊ちゃん」の時代』という劇画の文庫版(双葉文庫)も売られていたり、猫のTシャツや東北大が企画したという仙台の菓子店白松が最中の羊羹なども売られていた。国立大学が羊羹を企画し商売をするというのは、さすがに独立行政法人としての経済的な意味があるのだろう。廉価な方の「漱石の愉しみ」という羊羹セットを一つ求めた。

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会場は押し合いへし合いほどの来場者ではなかったが、絵や彫刻と違って一点一点じっくり目を凝らして見るような資料が多いので、見物人の動きが遅く、一通り見終えるまでに一時間以上はかかった。そのような状況なので、並んで見ている人の間に横入りするような若い女性もおり、そういう意味では不愉快なことがままあった。来場者のマナーの問題でもあるが、会場整理のうえで一工夫が必要ではなかろうかと思った。

『坊ちゃん』『吾輩は猫である』の題名を辛うじて知っている小学生の子どもたちにはつまらなかったようで、五分ほどで会場を一回りしてきて、その後しばらく会場内を行き来していたが、飽きてしまい私たちが来るのを一時間ほど出口のところで待っていたようだ。少々可愛そうだった。なお、この中は貴重な資料を守るため照明が暗くされ、もちろん写真撮影も禁止だった。

この特別展を出て、常設展には6階行きのエレベーターに乗って行った。エレベーターを出ると巨大な空間が広がっており、通常の建物の3階から6階を吹き抜けにして江戸や明治・大正・昭和の東京を様々な形で再現している展示スペースだった。入り口は、お江戸日本橋を復元した木造の橋。江戸の大名屋敷から、庶民の暮らし、物流、娯楽、防火などの展示、明治の文明開化、関東大震災、第二次大戦の空襲、戦後の復興期までを展示してあり、急ぎ足での見学だったが、結構面白かった。

P.S. 漱石展の翌日 夏目鏡子(漱石の妻)談、松岡譲(漱石の長女筆子の夫)筆の『漱石の思い出』(文春文庫)を買い求め読み始めたが、『「坊ちゃん」の時代』で描かれたエピソードのいくつかがここに生き生きと描写されており興味深かった。自伝的な小説『道草』は未読だが、これと併せて読むとまた面白そうだ。

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2007年10月17日 (水)

初秋の信州へ一泊二日

10/13,14の土日に、伯父伯母の入院見舞いに出かけてきた。子どもは土・日きっぷ(一律3000円)を使ったが、これほど安い割引切符はこれまで知らなかった。

まだ山の紅葉もかすかに始まった程度だったが、朝晩の冷え込みは10度Cを下回るほどで、まだ自宅ではタオルケット程度で寝ているのだが、掛け布団をきちんと掛けてちょうどいいほどだった。夕方には灯油ストーブを使った。

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2007年10月11日 (木)

青梅で遊ぶ 

10月6日から8日はまた三連休。体育の日が10月10日でないのは、どうも違和感がある。先週は、ずーっと喉と頭が痛かったのだが、そのうち気管支がゼイゼイいい始めて咳と痰が出始め、10/3,10/4と仕事を休むほどだるくなった。10/5の金曜日は休めなかったため少し熱があったが出勤してきたので、土曜日はまた寝て過ごし、日曜日はまだ微熱があったが、家族サービスで出かけてきた。

最初は、両国の江戸東京博物館でやっている東北大学図書館所蔵の夏目漱石資料展を見に行こうという予定だったが、子どもも興味もなさそうだし、人ごみもいやだということで、妻が青梅に行こうと言い出して、初めて行く事にした。

我が家からは、立川から青梅線に乗り換え片道訳1時間半程度。私は、あきる野市方面は数度来たことがあるのだが、家族は初めてで、東京とは言え田舎で山河の風情が面白かったようだ。

青梅市全体でレトロ路線をとっているようで、駅の待合室などが昭和30年代風に作ってあったり、懐かしい絵画調の映画ポスターが駅構内に張られており驚いた。駅の山側の小学校ではちょうど秋晴れの日に運動会が開かれていたようだった。

青梅より奥は、相当以前勤め先の山岳部の合同登山が開かれた大岳山まで入ったことがあるのだが、青梅は初めてだった。

まずは、目的地の青梅鉄道公園 http://www.kouhaku.or.jp/ome/index.html に行ってみた。この鉄道車両の展示公園は、交通博物館などのパンフレットで知ってはいたが、ようやく来れたという印象だ。青梅駅裏の丘陵の上にあり、徒歩で15分ほどだが結構上り坂がある。1960年代にできた施設なので、電車模型のパノラマレイアウトも古めかしいものだったが、子どもたちには大人気で、毎正時の運転には大勢の幼児たちがつめかけていた。なぜ男の子は電車模型が好きなのだろうか?実感として脳の性差は確実にあると思う。展示館は二階建てで屋上からは多摩から都心の方が眺められるが、新宿のビル群などは確認できなかった。

屋外展示は、ちょうど屋根掛け工事のため(恐らく近年PHの値が7よりも相当小さくなっている酸性雨の影響から古い鉄製の機関車などを保護するもの)、汽笛一声でも使われた2号蒸気機関車などの貴重な車両は見られなかったが、動輪が五つもあるE型だとか、子どもたちの憧れの、新幹線の0系だとかが展示されており、運転席にも座れることもあり非常に楽しめたようだ。近くの公園には、「タカトンボ」が群れていたが、先日のラジオ放送で聞いたように、赤トンボの姿はあまり見られなかった。昨年の夏には、更埴市の古墳公園で沢山のアキアカネの乱舞を見たのだが。

公園で2時間ほど過ごした後、駅と途中で見かけた赤塚不二夫博物館に子どもたちが行きたいというので、町の方にもどり行ってみた。駅前の青梅街道が駅と同様の昭和レトロ調に統一されており、その中心にこの博物館があるという設定だった。私と妻は外で待っていることにして、子どもたちだけで内部を見学したのだが、外で待っていると、博物館の係りの女性が、展示室の外は無料なので、腰掛けて待っていてもらってもいいですよ、と声を掛けてくれて、室内で『天才バカボン』のアニメを見ながら30分ほど過ごした。この周辺にはそれなりに観光客が詰め掛けていたが、全体的にはひっそりとした町の風情だった。

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2007年9月25日 (火)

電車とバスの博物館(川崎市 宮崎台)

東急電鉄と東急バスが、東急田園都市線宮崎台駅の高架下とその周辺に設置した博物館。公式サイトはこれ

朝日新聞土曜日beのアンケートにも出ていたが、土曜日から月曜日の三連休は結構不評らしい。私も成人の日、体育の日がずれるのはどうも感覚的にそぐわないし、飛び石連休の方がいい場合もある。先週は一日少し遠出したが、今週は天気もはっきりせず、家族の意見もまとまらなかったので、家でダラダラして過ごしたが、どうもすっきりしないので、月曜日に少しクルマを走らせてでかけてきた。

とにかく入場料が安い。大人100円、こども50円で、当日の入・出場が自由。かつての「交通博物館」や横浜市の「市電保存館」に比べると手狭だが、身近な東急電鉄の古い車両も見られることもあり、少し鉄道マニア(鉄ちゃん)的になっている子どもたちには結構面白かったようだ。

私は、別館でYS-11のコックピットに座り4分間ほどのシミュレーション飛行をやってみたが、スロットルや、操縦桿、計器類など面白いものだった。無事離着陸できたが、アシスタントの係りの人がほぼ操縦をやってくれるので、こちらはただ手を添える程度で済んでしまったのは、少々物足りない感じではあった。

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2007年9月17日 (月)

江ノ島展望台見物と円覚寺拝観

猛烈な残暑の好天。朝鮮半島付近を移動する台風11号へ吹き込むせいか、生暖かく湿気を多く含む南風が強い一日だった。

三連休なので、行楽に行こうということで、久しぶりに湘南と鎌倉を訪ねた。

子ども達は、東海道線と江ノ電に乗るのが楽しみ。横浜から藤沢まで東海道線で行き、藤沢から江ノ電で江ノ島。江ノ島でこれまで登ったことのない展望灯台に行き、その後鎌倉まで江ノ電に乗り、北鎌倉で古寺を楽しもうということになった。最寄駅で鎌倉江ノ島フリー切符を購入。これで藤沢から大船の間、JR,江ノ電、湘南モノレールを一日乗り降り自由となる。

東海道は新型車両で、先頭車両の運転席を見ながら。最近『電車でGO』というゲームをやっているので、運転手さんの操縦に興味がある子ども達は新型車両の立派で広い運転席に感激していた。

江ノ電は古い車両から新型車両まで多くのバリエーションの編成が走っており、電車好きとしては面白いらしい。

P9160022 江ノ島へ向かう道筋に新しく開店した風流亭という店で、お昼。最近は、湘南の海で水揚げされる生シラス、釜揚げシラスが名物としてテレビでも何度も取り上げられ、この店でも食べることができた。ちょこ網という地魚料理が多く、地魚の天丼もおいしかった。少々贅沢なお昼だったが、満足。すいとんもおいしかった。


好天の連休の中日だけあり、江ノ島は観光客で込み合っていた。熱風が吹き、日差しも9月中旬などというものではなく、少しクラクラするほどだったので、展望台までは楽をして、有料エスカレーターのエスカーに乗ってしまった。大人350円、小人170円(下りは徒歩しかない。)展望台は、庭園への入場料が200円、展望台利用料が350円。別料金かと思ってエスカー乗り場で割引券を買わなかったので、少し損をしてしまった。


P9160034 少し雲があったので富士山は見えなかったし南の方向には伊豆大島も見えるのだそうだが、これも霞んで見えなかったけれど、残暑の強い日差しに照らされ湘南の海が輝き、荘厳な趣があった。海に突き出た島の上、本来は灯台でもあるこの展望台から見ると、水平線が円形に広がっているのが実感できる。


眺めを堪能した後、観光客で込み合う江ノ電で鎌倉駅へ。ここで下車せず、横須賀線に乗り継ぎ、隣の北鎌倉駅で降り、古寺探訪。

P9160049 こちらに転勤になってから鎌倉には何度も訪れたが、北鎌倉で降りたのは初めてだった。すでに3時を過ぎていたので、日差しも弱まってきたのだが、空は晴れ渡り、風もまだ温度を下げ切ってはいない。まずは最寄の円覚寺に。さすがに鎌倉五山でも有数の規模を誇る寺院だけあり、広大な寺域だ。臨済宗の総本山ということで、禅宗らしい装飾を退けた清雅な雰囲気がある。寺域に入っただけで空気が違うように感じた。約1時間ほどかけてぐるっと拝観したが、中学・高校の歴史教科書にも掲載される円覚寺の舎利殿は、11月の3日から5日と、正月に公開されるだけとのことで、外観も拝することもできなかった(なお、この舎利殿の一部の実物大模型が、馬車道の県立歴史博物館で見ることはできる。写真は、山門)。

次男は暑さ疲れとお土産の件で少し機嫌が悪く、最寄の円覚寺を拝観しただけになってしまった。建長寺はまた次の機会になる。

なお、帰宅後、ダルそうなので熱を測ったら37度ちょっとあった。私も少し熱っぽく、夏風邪を少しひいたらしい。

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2007年8月26日 (日)

初めてのナイトズーラシア

よこはま動物園ズーラシアは自宅からクルマで10分程度の位置にあるので、これまでも何度も訪れこのブログでもいくつか記事にしているが、6年ほど前から始まった8月の土日に20時30分まで一般公開をするという「ナイトズーラシア」という催しのときにはこれまで訪れたことがなかった。開催されたばかりの数年は、非常に混雑するというご近所からの噂があったことと、8月の土日は様々な行事があり、なかなか適当な日がなかったのでナイトズーラシアには足を運ぶことはなかった。

土曜日の8/25はようやく家族のスケジュールも合い、駐車場が混雑して入れなかった場合にどうするかの相談もまとまったので暑さも相当和らいだ16時半頃出かけてみた。

さすがに8月も最終土曜日で、それに加えて土曜日が小中高生は無料ということもあり、17時頃の第1駐車場は満車(といっても数台の空きはあったようだった)で、第2駐車場に行くように指示された。そこからは園入り口までは無料シャトルバスが出ており、待ちもなくスムーズに移動できた。(シャトルバスで園入り口に着く頃は、第1駐車場に空きができて数台のクルマがそちらに誘導されていた。たった10分程度の差だったのだが。)

園内は、普段の日の数倍の入場者が詰め掛けている様子で、入り口最寄のインドゾウの観覧場所はちょうど飼育係りによるゾウの調教の披露が行われていたこともあり押すな押すなの混雑となっていた。その後、その混雑はほぼ全体に渡って続いていた。子どもたちは、何度も訪れているZOOが、いつもと違って自由きままに動物の姿を見られないのに初めは戸惑って、少々ご機嫌斜めだった。(ただ、この調教は3月に訪れたときのものと同じだったが、ゾウたちには生のスイカが丸ごとプレゼントされ、それを鼻を使って器用に食べるのを見るのは面白かった。)

P8250007_2 それでも、晩夏の夕暮れともなれば日中の暑さが嘘のように涼しくなり、動物たちの動きも日中よりも活発になっており、暑い日にはのんびりと木陰で眠っているマレーバクが水浴びの様子を見せるなど、これまで20回近く足を運んで初めてという動物の行動を見ることができて、面白かった。(左の写真は、ほとんど全身が隠れるほどのプールにバクが入って行くところ。)


P8250015_2 (これは、スマトラトラが水辺を歩きまわる様子。)スマトラトラはさすがに夜行性の肉食獣だけのことはあり、次第に動きが活発になってきて、広い展示エリアを大きく回り始めた。と思ったら、草陰の涼しい場所にごろりと横になった。次第に夕闇が濃くなると、夜空にはぼんやりとした12夜ほどの月が掛かり、それを横切るように野生のコウモリが飛び交うのも夏らしく、面白いものだった。

ウンピョウは普段はケージ内に渡された太い枝の上に腹ばいになって数頭が睡眠しているのが見られるのだが、暑さに参ったのか1,2頭が地面で休息しているようだったがよく見えなかった。

インドライオンは、夕暮れというのに活発ではなく、のんびり休息していた。ゴールデンターキンは観覧ができないように通行止めとなっていたが、恐らく昼行性の草食動物を怖がらせないためではなかろうか?レッサーパンダは、暑さにも参らず動き回っていて大人気だった。鳥類は、鳥目なので観覧できないように葦簾が掛けられていた。シベリア(アムール)トラは、活発に動いていた。ナイトズーラシアではカメラのフラッシュ、懐中電灯は使用禁止なのだが、おかまいなしにフラッシュ撮影する人が多く、シベリアトラはその光に対して怒ってうなり声を上げていた。まったくマナーの悪い(というか、自動フラッシュ撮影を切ることができない)人が多いようだ(ルーヴル美術館などでもフラッシュ撮影は禁止だが普通のカメラ撮影は自由となっているけれど、あのモナリザでさえフラッシュを浴びていたのを思い出す)。

オオワシは通行止め。しかし、ウミネコ、セグロカモメはまだ飛んだり水に入ったりしていた。フンボルトペンギン、ホッキョクグマ、ミナミアフリカオットセイはまあまあ動いていた。シロフクロウは夜行性なので見られるかと子どもたちも期待していたが、葦簾で覆われていた。カンガルーはちょうどえさの時間で夕暮れの中でも跳ね回っていた。キンシコウは結構活発で、チベットモンキーはじっとしており、ドールはぐったりしていた。そこに続く、アジア、日本の動物たちのエリア(モウコノロバ、コウノトリ、ナベヅルやハクビシン、タヌキ、アナグマ、キツネ、ツキノワグマ、ニホンザル)は全面的に通行止めだったのも残念だった。鳥類と獣類が一緒なのと、照明が十分ではないためではなかろうか?このため、アマゾンセンターまでの近道を初めて通ってみることになった。

P8250029 アマゾン地区にあり「ターザンの家」と我が家で呼んでいる樹上のツリーハウスは、雰囲気を盛り上げるためか、電灯で明るくなっていた。ここでは、オセロットとコモン・ウーリーモンキー、ヤブイヌが活発に動いており、オオアリクイは休み、メガネグマは姿を見せなかった。


最後のアフリカゾーンでは、タテガミヤマアラシは活発に動いており、オカピとアカカワイノシシの4月に生まれた子どもが大人気で、押し合いへし合いの混雑だった。またボールニシキヘビはいつもボールのように動かずにいるのだが、一匹は活発に動いており、頭部をブラブラさせていた。

P8250039 帰路には広場にイルミネーションが飾られていたり、ホールではトロンボーンと電子ピアノのコンサートが行われていたりで、いつもとは違う様々な趣向が楽しめた。ハトバスも駐車場に駐まっていた。ツアー名は八景島とナイトズーラシアというものだった。

我が家としてはようやく数年越しの課題をクリアできたという感じで妻も子ども達も満足したようだ。

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2007年8月12日 (日)

松本城天守閣

松本城天守閣
炎天下に松本城天守閣を見学した。

天守閣六階を見学するのに一時間掛かるほどの混みようだったが常念の脇に槍の穂先も見え絶景だった。

追記:2007/08/15 この記事は、携帯電話から投稿したもの。携帯電話付録のカメラで撮影したものだが、一応最高画質で撮影してみたため、結構美しく撮影できており我ながらびっくりした。

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2007年7月24日 (火)

J.K. Rowling "Harry Potter and the Deathly Hallows" Bloomsbury

全体の基調が黒色のカバーに "S"の飾り文字にエメラルドが埋め込まれたペンダントが表紙写真になっており、裏表紙には Ms. Rowling が 本棚の前でこちらを見ている上半身の白黒肖像写真が掲載されているハードカバーの洋書が、United Kingdom 版のアダルト版だが、本日 日通ペリカン便で、アマゾンから配達された。

前書きなどを入れて全607ページ。これまで同じUK版のペーパーバックは3冊ほど買ったけれど、ハードカバーは初めて。以外に紙質はよくなく、少々ざらついた手触りだ。ユーロ高、ポンド高のおり、定価は17.99ポンドとなっていたが、外為レートを250円/ポンドとすると4,498円にもなるが、アマゾンの割引で3,100円、配達料無料で買えたのだから、よしとしよう。

これから読み始めるところだが、まずは『謎のプリンス Half-blood Prince』の日本語版をざっと読み返してあらすじを再確認しなくてはなるまい。何しろこの年齢になると、短期記憶が相当衰えているので・・・

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2007年7月22日 (日)

箱根小涌園ユネッサンで温泉三昧

7月も下旬になるというのに梅雨はなかなか明けない。入梅前の長期予報では猛暑とのことだったのに、むしろ記録的な低温状態続きで、農作物の生育に赤信号が点るほどなのだという。

今日の日曜日も、昨日の土曜日同様、梅雨曇のはっきりしない天気だった(久々にクルマの洗車と掃除をして、ちょっとしたコスリキズなどをコンパウンドで磨いたら綺麗になった)が、昨日から夏休みに入った子ども達に、先週のディズニーは恒例行事的なオマケとして、少しは勢いをつけてやろうと、これまで訪れたことのなかった箱根の温泉施設に遊びに行ってきた。(箱根訪問は、家族ではこの冬の『星の王子様ミュージアム』以来2回目。)

ユネッサンは、藤田観光が経営する複合温泉施設で、水着を着て様々な温泉を体験できる水着ゾーン(ユネッサン)と、普通の温泉浴場に着衣なしで入る「森の湯」ゾーンが併設されている。多くの人がその両方を楽しめる共通券を購入して入っているようだった。

梅雨空だけあり、屋外でのレジャーがあまり期待できないということで、ここに訪れた人が結構多かったらしく、12時前に東名・小田原厚木・箱根新道経由で小涌谷に着いて駐車場を探したところ、施設から相当離れたところまで満車状態でどうなることかと思いつつ入場したが、シャトルバスが運行しており、すんなりと施設入り口にたどり着けた。

まずは、4階のフロントで入場料金を払うと、ウォッチ型の電子キーが一人一人に貸与され、それがロッカーの鍵、兼、電子マネーになるという方式だった。これを腕につけておけば、プリペイドカードのように(実際には事後精算だが)、自販機やレジでピッとすれば料金が加算され、退場時に精算すればいいという仕組みで、貴重品や金銭を持ち歩かずに自由に遊べるのは便利だった。ただ、飲み物、食べ物とも市価より数割高い値段なので、うっかりピッ、ピッさせるとすぐに数千円が飛んでいってしまうことになる。

着替えを済ませてプールに行こうとしたが、結構複雑なルートになっており、相当まごついたが、何とか大きなプール(浴場)にたどりついた。このプールサイドで、軽く食事を取ったが、結構割高で驚いた。風呂の様子は、いにしえのローマの公衆浴場とはこういうものだったかも知れないと思わせる広々とした施設で、その周りに、死海風呂とかラーメン風呂、カレー風呂、ミストサウナ(これこそ日本古来の光明皇后などが布施した蒸し風呂だろう)などが並び、屋外にはウォータースライダーなどもあり、いろいろな趣向で楽しませてくれた。死海風呂は、死海から取り寄せたという塩分を浴槽に張ってあり、相当塩分濃度が高い。簡単に浮くのはいいが、あまりに浮力がつき過ぎて、いったん浮いた身体を縦にしようとすると非常に苦労をする。また、スリキズやキリキズ、湿疹などがある人は、相当沁みるようなので注意が必要だった。

また、そのエリアとは少し離れた場所に、コーヒー風呂、緑茶風呂、赤ワイン風呂、酒風呂、五右衛門風呂(トウガラシ風呂)、炭風呂、岩盤浴、岩風呂などなど変わり風呂が目白押しで、本当にふやけるほど湯に使って楽しめた。こちらエリアの室内には25mの温泉プールも設置されており、子ども達は今年の低温傾向のため夏休み前に学校プールにほとんど入れなかったのを取り戻すほど楽しめたと言っていた。

「森の湯」は、よくある公衆露天風呂だが、それでも広々として清潔でゆったりと箱根の山の緑に囲まれて入浴することができた。木の湯船には久々に入ったが、肌さわりが柔らかく、子どもの頃の懐かしい風呂桶の感触を思い出した。

神奈川に住むようになって名湯箱根の湯に入るのは、これがなんと初めてだったのだが、家族全員満足できた。ただ、長野の山田・湯田中・渋や群馬の草津の湯に親しんだものにとっては、箱根の小涌谷の湯は、硫化水素(硫黄)臭が少なくて少々物足りない感じだった。

クルマで往復したのだが、17時頃発の帰路は、小田原に下る国道一号線が箱根湯本付近まで一寸ずりの渋滞で、結構時間がかかってしまった。(箱根湯本駅前を過ぎるととたんに渋滞が解消されたのは意外だった。小田原・厚木道路はスイスイだったが、東名が厚木から町田間11キロ渋滞ということで、厚木の手前で246号へのアクセス道路で降りて途中夕食を取り帰宅したら8時過ぎだった。)

箱根路の国道1号線を走るのは初めてだったが、この険しい山道を箱根駅伝の選手達は登って下るのだねと車中で会話をした。本当に驚くほどの勾配だった。地元長野の山道も険しいところが多く、身近な菅平道も特に須坂市側が険しいが、さすがに『箱根八里』の天下の険は、山が深く、木が鬱蒼と茂り、石垣も苔むしており、厳しいものだった。

p.s. ユネッサンでは、現在JAF会員なら相当の割引が受けられる。ユネッサンのホームページでの家族割り引きなどよりも割引率が高いので、お出かけの際にはJAFページもチェックされることをお薦めしたい。

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2007年7月21日 (土)

ハリー・ポッターシリーズ最終作 発売

第5巻『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』は、毎回オリジナルが出版されてから一年以上待たされる日本版に呆れて、英語のペーパーバックを購入して、一応ネットの助けもかりながら通読してみたことがあった。(第6巻では、第5巻があまりに荒唐無稽になってきていたので英語版は買わずに、それでも野次馬根性に負けて日本語版を入手して読んでみたが、ますます文学的な幻想力が陳腐化して、ロールプレーイングゲームのストーリーのようになりつつあるのを感じた。)

さて、英国時間(夏時間)、2007年7月21日午前00時01分(日本時間同日午前08時01分)、第7巻にあたる最終巻(英語版)が全世界一斉に発売されたという。

"Harry Potter & the Deathly Hallows" 直訳すると、『死の聖職者』だが、日本訳の仮題は『死の秘宝』というらしい。

内容が先に述べたように次第に陳腐化していくのと、作者が絡んだ映画、ゲームとのメディアミックスについては批判的なことを書きながら、それでもこの長大な物語の結末を知りたくて、めずらしくネット書店に注文を入れた。UK版のアダルト版(いわゆる装丁がコミック的な挿絵でないやつ)。

おそらく明日か明後日には届くことと思う。英語版だと一応筋書きを追いながら読んでも、日本語の数倍の遅さで、理解度も60%から70%程度なので、なにもそんな苦労をすることもないとは思うが、日本での翻訳権を独占している松岡佑子女史の日本語訳が遅すぎるので、そのような苦労を厭わない人も結構いるようだ。韓国語や中国語でさえ、オリジナル出版から半年程度で出版されるようなので、日本語訳は遅すぎるように思う。それだけ特殊な言語なのか、それとも訳者のこだわり過ぎで遅くなっているのか?静山社という出版社(松岡女史)は、このシリーズのおかげで、スイスに税金を払うか、日本に払うかに迷うほど多額の利益をあげたそうだが、それならば、松岡氏の監訳体制で、下訳を多く使って、短期間で翻訳が日本の書店に並ぶような努力をすべきではなかったかと、いまさらながら思う。

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2007年7月17日 (火)

梅雨と台風の中 7/14ディズニーシー 7/15ディズニーランド

昨年の海の日の3連休にディズニーリゾート詣でをしたときは、少し雨には降られはしたものの猛暑に近い気温の中3日間遊びまくったのだったが、今年も同じ時期に一泊の予約を入れてあったので、台風4号の来襲を気にしながら出発した。

  *昨年の記事 ディズニーシー
          ディズニーランド&エクスピアリ

7/13(金)の天気予報だと、7/15に横浜市から千葉市付近のちょうど真上を台風の中心が通過するとのことだったので、事前キャンセルも考えたが、旅行代理店に電話しても(おそらく台風による予定変更でてんてこ舞いだったと思うがそれでも午後8時まで受付可能のはずなのに)午後6時頃何度呼び出しても応答がなかった。また、ツーデイパスポートで一日目はシー、二日目はランドで予約してしまっているので、もうやむをえないから一日目をじっくり楽しんで、二日目は交通機関の運転情報などを気にしながら遊び、適当なところで切り上げようということに相談がまとまった。また、昨年見逃したり、乗り損ねたりしたものを第一優先で回ろうという予定にした。

さすがに三連休初日だけあり、9時半ごろの舞浜駅は、雨だというのに相当の込み方だった。しかし、まだパスモ(スイカ)対応していないリゾートラインモノレールでシー駅まで行ったが、好天の昨年とは違い(昨年は5周年ということでも込んでいたらしい)雨天のためか入場口も空いており、園内一周のトランジットラインという遊覧船も空いていた。

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ロストリバーデルタで船を乗り継ぎ、一周してメディタレイニアンエリアに戻った後、早めのお昼を取るため、『マゼランズ』というシーの中でも比較的落ち着いて(少々値が張る)レストランに入ってみた。室内の装飾はなかなか見事なもので、これを見るためだけに入ってもと思わせるほどのものだった。子どもたちは、16世紀のヨーロッパ人の世界発見の歴史マンガの影響か、エンリケ航海王子、コロンブス、マゼランなどの肖像画を面白がったり、妻は中世風のタペストリに興味を魅かれたようだった。レストランは入り口から地下におりる構造なのだが、中央の吹き抜け部分に16世紀ごろの巨大地球儀が30分に一周という速度でゆっくり回っており、天井部分にはテンペラ画の如き星座絵図が描かれており、また調度も凝っていて別世界へのトリップ感が沸き、他のアトラクションよりもワクワク感が味わえた。ランチセットと子供向けセットはいたって普通のシンプルなコース料理だったが、ウェイター・ウェイトレスの対応も親切で外の雨を気にせずにゆっくりとお昼を食べることができた。(これまでなら少々敷居が高いと感じていたが、先日デブヤで石ちゃんたちが、ディズニーリゾートを食べまくるというような企画で紹介してくれたのが、なかなかナイスだった。)

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このマゼランズが含まれるフォートレス・オブ・エクスプロレーションズで、今度はフーコーの振り子もゆっくりと見た後、ガレオン船で遊び、その後、「海底2万マイル」、「キャラバンのカルーセル」、小虎が可愛い「シンドバットの冒険」を雨を気にせずに楽しんだが、海底をテーマとした魚のミニジェットコースターではビショ濡れになった。子どもたちはコースターデビューだったが、結構のG(加速度)にもかかわらず3回ほど続けて乗って楽しんだ。


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その後屋内施設の「キングダム・オブ・トリトン」で1時間ほどゆっくり休み、篠突く雨の中、火山の下をくぐって「ストームライダー」(大型で強い4号台風が接近中なので現実とアトラクションの境目が薄くなったような違和感をかんじた!)などを楽しみ、ケープコッドの海岸線からアメリカンハーバーまで歩き、ホテル・ミラコスタの下を通り抜けホテル送迎バスの乗り込んだのは18:40頃。簡易レインコートを着けていたので上半身は問題なかったが既にスニーカーも半ズボンのももの部分もびしょぬれだった。残念ながらゴンドラは今回も見送ったし、前回訪問時は工事中で現在は最大の目玉である「タワー・オブ・テラー」は子どもたちが敬遠したのでパスした。ホテルは昨年と同じファウンテン・テラスホテルの4人部屋。


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7/14の夜の台風情報では、7/15の午後5時には関東南部に達するということだったので、ランドは開場前に到着して遊んだ後、午前中で帰ろうということした。7/15は、6時半に起床し、ホテルを7時40分発のバスで出発し、8時前にランドに着き、入場の列に並んだ。台風など荒天のときには、アトラクションが止まらない限り、いつもの待ち時間が大幅に少なくなるのでパレードやショーは中止になってもかえってこのような日のアトラクションを目当てに来る人もいるらしい。また、遠方から事前予約した人たちなどはやむを得ず来たという感じで、結構年配の人たちも目にしたし、アジア系の外国人の姿も多かった。

事前に聞いていた通り、台風の日だけあり確かにほとんどスタンバイすることなく、次々にアトラクションを楽しむことができた。「スター・ツアーズ」、「ホーンティッド・マンション」、「ピノキオ」、「白雪姫」、「ピーターパン」と次々に乗り、またもや妻が入場後駆け足でファストパスを入手しておいた「バズ・ライトイヤー」も楽しみ、3D映画を見てから、アナグマのグランマ・サラの地下レストランで早お昼をゆっくり取った。昨年調整中で乗れなかった「ウェスタンリバー鉄道」をまったく待ちなしで楽しみ、「ジャングルクルーズ」も同じく待ちなしで楽しめた。これでもようやく12時を少し過ぎたほど。(プーさんとパイレーツは改装中。その他絶叫系はまだ子どもたちが敬遠するのでパス、トゥーンタウンも屋外なのでパス)。

午後から風雨が激しくなるだろうと予想したことと、雨の中グショグショの靴(子どものメッシュ系の夏用のスニーカーはすぐにビショ濡れになった)で歩き回るのもいい加減疲れたので、この辺で帰宅することにした。帰路、入り口のアーケード街では(雨のため屋外で出没できないので)着ぐるみキャラクターが多数愛嬌を振りまいており、子どもたちは運よく独占で何体かと記念撮影ができた(ロビンフッドのアナグマの神父さん、ピーター・パンのフック船長の部下ミスター・スミー、ピノキオのジミニーなど)。

帰宅の電車は、ガラガラにすいており、接続もよく、スイスイと自宅最寄り駅までたどり着けた。

なお、台風は陸地より相当南側を通過したとのことで、午後になると横浜でも風は強まったが、雨は比較的平穏だったようだ。後から考えると少々もったいなかったが、もし台風直撃となると、電車が不通となり、駅舎内や電車内でイライラしながら待つ恐れもあったのだから、無事に行って来れたのでよしとせざるを得ないだろう。それに混雑時なら一日かけても乗れないほどのアトラクションも短時間で待ちのストレスなしに楽しめたのだし。

それでも、この次は、日帰りで秋晴れの好天の日を目当てに行こうということになったのはオマケというところか。

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2007年6月29日 (金)

ようやくアナログ映像をディジタル化

子どもの誕生日に、誕生したときの映像が見たいというので、古い8ミリビデオを引っ張り出してきてテレビにつなげたところ、何とか映ってくれた。ただ、もう10年以上前の機種であり、一度修理にも出しているほどで、今後新しい8ミリビデオデッキ(ソニーで通販のみで売っているらしい)を買わないと見られなくなる恐れがある。そこで、今更ながら、テレビチューナー付きの映像キャプチャーのハードを購入して、映像のPCへの取り込みを開始した。

相当以前からの念願だったが、キャプチャが以前は高く二の足を踏んでいたが、現在はハードは約1万円程度になっており、ようやく決心がついたという次第。

もちろん倍速での取り込みはできないので、一本2時間収録されている8ミリビデオの映像を延々と流しながらの取り込みになるが、HDDに取り込むと少し安心感がある。編集してDVDへの書き出しはこれからだが、とりあえず10数本ある8ミリテープを取り込んで外付けHDDに移しておこうとおもう。

なお、アナログ放送ではあるが、チューナーをテレビケーブルでソケットにつないで見ることが可能で、先日購入したワンセグに比べると断然画質がよい。ソフトウェアチューナーの動作が遅いのだが、仕方がない。(キャプチャ機能単独の製品もあったが、値段で4000円も違わないので、チューナー付きを選んだのは正解だった。2011年までしか使えないが元はとれそうだ。)

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