カテゴリー「生活・レジャー」の163件の記事

2009年11月15日 (日)

2009横浜国際女子マラソンを見物した

昨年まで東京で行われていた東京国際女子マラソンが、東京マラソンとの兼ね合いで中止になり、そのレースを横浜に移管するような形で、今年から横浜国際女子マラソンが開催されることになったようで、今日11月15日日曜日に、横浜の市街地を3回周回するという日本では珍しい周回コース型で、女子の一流の招待選手も出場して行われ、天気もよかったので、子ども達と見物に出かけてきた。

スタート直前の様子(未だ招待選手たちは入場していない)

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最初の小周回、中華街東門付近のトップ集団

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駅伝、マラソンを生で見たのは初めてだったが、結構面白かった。帰宅後、ビデオ録画を見たら、この場面でカメラを構えている私と子ども達もしっかりテレビカメラに捉えられていたのには驚いた。

子どもの頃から詳しい解説付きのトップ集団の先頭争いだけをみていたのだが、トップ選手だけではなく、多くの市民ランナーも参加する大会では、黙々と時間内完走を目指して走るランナーの姿を見ることもできる。また、トップアスリートたちとは言え、贅肉がそぎ落とされていることもあり、比較的小柄で折れそうなほど細い選手達であることを実感できる。目の前をあっという間に通り過ぎるだけで、順位などはワンセグテレビならぬ、旧式のトランジスタラジオ頼みなのだが、3回大回りの周回があるということで、場所を変えながらの応援が出来、何度も選手達を応援できるのも面白かった。

結果は、上の写真に写っている黄色のユニフォームのロシアの伏兵インガ・アビトワ、ゼッケン6番が優勝。青のユニフォームのゼッケン11番嶋原清子が大健闘の2位、そして3位にはケニアの女王ゼッケン2番のキャサリン・ヌデレバが入った。

比較的平坦なコースで、風の影響がなければ好記録が期待されたのだが、これ以上ない快晴ながら、気温も上着がいらないほどの小春日和となってしまい、あまつさえ、突風のような強風が風向を定めずに吹き荒れるという天候のためか、記録的には非常に平凡なもの(2時間27分程度)に終わってしまったのは残念だったが、何と横浜としては初めての本格的なマラソン大会ということで、多勢の観客、観光客が詰め掛けて応援していたのはなかなかよかったと思う。

ただ、最近はゴミ問題や選手に危険?ということで、応援の小旗は用いられず、代わりにネックウォーマーが主催新聞社から配られていたが、応援小物としては少し疑問だった。

横浜のマラソン大会と言えば、日産スタジアム(横浜国際競技場)に立派なマラソンゲートもあり、新横浜近辺も使ってのコース設定ができないものかとは思うが、この関東南部の膨張した巨大人口を擁する都市は、比較的平坦部が少なく、丘と谷が織り成すヤチ(ヤツ)地形の高低差のために、あまり適当なロングコースが取れないのかも知れない。むしろ、相模平野の方面の方が平坦部も多く、マラソンには適しているのではなかろうか?

 

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2009年10月18日 (日)

横浜港遊覧船巡りとエッシャー展(そごう美術館)

秋晴れの爽快な一日、格安割引券をもらっていたので、横浜大桟橋からベイブリッジ下を抜けて遊覧航行をする遊覧船のロイヤル・ウィングに乗船して、1時間ほどの船旅を楽しんだ。


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横浜開国150周年の記念年だが、あまりのお粗末な内容のため、予定の有料入場者の僅か1割程度しか入場せず、市長中田氏のイベント終了前の敵前逃亡事件もあり、最近の横浜は惨憺たる有様のような感じを抱いていたが、中途半端なイベントが終わったためか、結構な人出だったのには驚いた。

爽快な眺望と海風の船旅を楽しんだ後は、これも招待券をもらっていた横浜駅西口のそごう美術館(そごう6階)で開催中の、M.C.エッシャー展を見に行ってきた。「ゲーデル、エッシャー、バッハ」の書名(内容は読んでいない)で名前を知り、作品を知ったエッシャーだったが、版画家ということで、デューラーを連想してしまい、まさか現代人だったとは思わなかったが、今回の展覧会を訪れて、没年が1972年という同時代人だったのには驚いた。また、彼の父は、土木技師として、明治の日本に招かれたお雇い外国人だったとの詳しいパネル展示もあった。

子ども達は、意外にもエッシャーのことを知っており、一昨年のシュルレアリスム展が気に入ったため、結構乗り気で一緒に見たのだが、平面の正則分割などのエッシャーの技法を駆使した作品は、頭がクラクラするような不可思議で謎めいた印象があり、結構衝撃的だったようだ。また、有名な平面上の騙し絵を駆使した作品も展示されていたが、こちらは結構素直に楽しめたようだ。エッシャー紹介の映像で、エッシャー自身が「自分は数学などはまったく不得意だった」と語っていたのが、面白かった。徹底的な細部へのこだわりと数学的な秩序という点で、J.S.バッハと比べられるのだろうが、バッハの作品をBGMにして、デン・ハーグ郵便局を飾る「メタモルフォーゼ」を紹介する映像も面白くみることができた。多くが長崎のハウス・テンボスのコレクションらしいが、ネットを見ると既に名古屋の松坂屋でも同様の展覧会をやったようだ。また、2008年2009年は日本オランダ年ということで、その一貫でもあったようだ。中学生以下は、太っ腹で無料の展覧会だったので、これもよかった。11月16日まで開催。

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2009年6月 8日 (月)

夕刊連載小説『親子三代、犬一匹』252回で完了

朝日新聞夕刊に連載されていた 藤野千夜:作、風忍:え のほのぼのとした家族小説が今日最終回を迎えた。

取り立てて劇的な筋書きもなく、比較的平凡な家庭(著者がモデル?)の日常風景を描写した小説だったので、我が家では私だけが結構楽しんでいたのだが、妻は途中で読むのをやめ、子ども達は読んでいなかった。

中高一貫の名門男子学校を受験する少年、マルチーズ?の犬を「猫可愛がり」する高校生の姉、絵本(童話?)作家の母、その亡夫の母と亡夫の弟が一家。

そこに少年の初恋や、中学受験、義理の弟と義理の姉の若い頃?からの微妙な関係などなど、そこそこ興味をそそられる設定がからみ、さらにそこに一家の中心は自分だと思い込んでいるような小型犬が君臨し、姉がそれを溺愛するという図がいつも伴ってくる。

少年、少女向けでもなく、かといってペット小説でもなく、ファミリー小説とでも言うジャンルに強いて入るものだろうか。

犬の病気とか、突発的な出来事とか、劇的なストーリーにいつ転換するのかという少々サスペンスのような雰囲気も漂ったが、トビ丸という愛犬がすやすやと「寝たふり」をする描写であっさりと終わってしまった。

p.s. 朝刊の小説は、例の『徒然王子』の後で、正統的な時代小説『麗しき花実』(乙川優三郎:作、中一弥:画、村田篤美:題字)が既に111回を迎えている。酒井抱一と同時代の女流の蒔絵師理野という女性の蒔絵への傾倒を、おそらく専門的な知識を基に、当時の蒔絵界、絵画界の様子などを交えながら、綿密に描いた時代物で、毎日楽しみに読んでいる。

さかい‐ほういつ(さかゐハウイツ)【酒井抱一】 江戸後期の画家。本名、忠因(ただなお)。姫路藩主酒井忠似(ただざね)の弟として江戸に生まれた。仏門に入ったが、すぐに隠退し、江戸根岸に雨華庵をいとなみ、書画俳諧に風流三昧の生活を送った。絵は、狩野派、沈南蘋(しんなんぴん)派、浮世絵などを学んだが、のち、光琳に傾倒し、独自の画風を開いた。代表作「夏秋草図屏風」。(一七六一~一八二八)Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

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2009年6月 7日 (日)

一日順延された春季運動会を応援に出かけて日に焼けた

予定では、6月6日(土)開催予定だった次男の小学校の運動会だが、あいにくの金曜日からの降雨で今日日曜日に順延された。仮に日曜日がだめなら、平日の明日月曜日、火曜日・・・ということでとにかくこの時期に運動会が行われることになっていたが、金土とはうってかわった朝からの快晴に恵まれて無事運動会が挙行された。

最近、近隣の小学校では春の時期に運動会が行われることが多くなっているが、これも小学生の中学受験の影響だという話もあるようだ。新入生の1年生にとっては練習期間が短くて大変だろうとは思うのだが。

今日は、快晴なのはよかったのだが、夏至の直前の最も太陽の力の強い時期にあたり、気温も急上昇して、父兄も日陰の場所に席を確保できた人たちは何とか日焼けを免れたが、そうでない人たちやもちろん児童、先生たちは猛烈な日差しに肌を真っ赤にしていた人が多かった。熱中症も心配されたが、どうやらそのような症状が出た人は、知る限りではなかったようだ。

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校庭には、メタセコイヤが学校のシンボルとして植えられているが、そのほかに桜も既に大木になっているものがあり、今日はちょうどその木陰に助けられた。この写真は、ちょうど陣取った場所からみたところ鮮やかな若葉紅葉になっている木があり、8年間この学校の運動会には通い続けたが初めて気がついたもので、大変美しい見物だった。

先日、生意気なことを書いた「五月晴れ」だが、今日は旧暦の5月15日になるそうなので、一応古来からの「皐月晴れ」の範疇に入るのだろう。まだ梅雨入りはしてはいないが、爽快な新暦の五月の晴れとは違い、夏至の南中高度の高さの日差しは、ここ数日、「ミニ氷河期」で相変わらず注目を集めているようだが、太陽黒点が現われず、太陽活動が不活発になっている(その影響が実際に顕著に現われるのは数年後か?)といいながら、日焼けの強さに、太陽の偉大さを改めてかみ締めた(とは大袈裟か?)。

ところで、最近、医薬品のネット通販の規制が話題になっているが、それかあらぬか、海外の医薬品販売業者だろうか、いわゆる医薬品の(といっても普通のものではないが)スパムトラックバックが増えている。トラックバックは一応いったん保留にして、私が公開してもいいと判断したものだけを公開しているので、実害はあまりないのだが、それでもトラックバックのサイト規制をして、迷惑トラックバックとしてCOCOLOGに報告兼削除をするのは結構手間がかかる。インターネットの伝道者のような梅田望夫氏が、日本のネットの現状を憂えて、それに対する批判も相当多いようだ。それとは別の次元の問題ではあるが、ネットを流れるメールやこのようなトラックバックの相当な割合がいわゆる「スパム」だという調査もあるという。いわゆる「色と欲」をターゲットにした引っ掛けが「スパム」だと思っているが、結局人間は本能的な部分からは逃れられない宿命にあるのかも知れないし、またそれがなければ、逆にこのような急激な技術の進展もないのかも知れないなどと、考えた。

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2009年5月29日 (金)

珍百景とか県民ショーとか 都道府県ネタの番組が結構面白い

ひみつの県民ショーという番組があるが、意外にも子ども達が面白がってみるのに驚いている。今は、関東住まいだが、家族みんなの生まれ故郷は信州なので、つい長野県が題材になると身を乗り出してみる傾向がある。

その中で、長野県民(の一部しか知らない)地元の食べ物というような題材で、これまでに(現在ではお土産として知られるようになった)「おやき」という焼き饅頭、蒸し饅頭の具に味噌煮のまるナスが入っていたり、切干大根の煮物が入っていたり、野沢菜の煮付けが入っていたり、もちろんあんこもはいっていたりの、郷土食の典型の何でもありの具が入っている、現代ではお八つのような食べ物なのだが、それを食べたゲストの秋竹城と西川きよしが、その懐かしい味わいに若い日の苦労を思い出して思わず涙を流したりするという意外なシーンがあった。

また、それこそ私の実家の地域ではまったく日常的過ぎて不思議にも思わなかった「花豆」という大きい豆の甘煮を豆として混ぜ込んだ赤飯が長野県の軽井沢町近辺で伝統的に食べられているのが紹介されたとき、出場者の多くが驚いたのが印象に残ったりした。(ちょうど数日後、テレビを見たわけではないようだが、実家から花豆入りの赤飯が送られてきたのだが)。もちろん小粒の小豆入りのあまり甘くない赤飯も普通に食べるのだが、家庭で母親が手作りする場合には、甘い花豆入りの赤飯を普通に食べていたので、それが全国的に珍しいものだとは思わなかった。

毎週必ず見ているわけではないので、見逃しも多いのだが、島根県の松江市あたりの家庭の湯のみ茶碗が非常に小ぶりで、ほとんどお猪口ほどの大きさだったのには驚いた。松江では、例の不昧公(松平治郷 はるさと、江戸後期の大名。出雲国松江藩主)に何でも結び付けたがるのか、それとも正しい歴史的な事実なのかは知らないが、煎茶道の教えからそのような小ぶりな茶碗を使うのだという。

それ以外には、山梨県の富士吉田のうどん(これは、美味しんぼでも紹介された)も取り上げられ、ゲストたちに大好評だった。

日本は狭いが、風俗習慣的には現代でも様々な相違が見られて面白いものだと思う。


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2009年5月24日 (日)

古典的なテレビゲームを楽しんでいる

以前、任天堂のWiiというゲーム機のことを記事に書いたことがあるが、現在も主に子ども達が使って楽しんでいる。ただ、ゲームソフトウェアで購入したのは、「初めてのWii」、「Wii Sports」、「Wii fit」、「みんなの常識力テレビ」といったもので、次第に飽き始めているのは確かだ。

一方で、インターネットにつないでいることもあり、様々なチャンネルサービスが追加され、それらも楽しんでいる。「投票チャンネル」や「似顔絵チャンネル」だとか、最近では「Wiiの間」という少し変わったサービスも始った。茶の間に自分達で作った家族のキャラクターが集合して寛いでおり、そこにいろいろな来客が訪れ、新しい情報をもたらすというようなもので、何社かの企業がスポンサーになっていて運用されているらしい。中には、5分番組で、テレビマン・ユニオン制作のものだとか、優れものも含まれていて興味深い。ただ、これがどのように発展するのか。Video On Demand のような形になるのだろうか?

Wii 本体も、次々にOSのアップデートが行われ、今度はSDメモリーに様々な本体側の情報をコピーやバックアップできるようにもなったりした。今、もしかしたら世界で最も利益率の高い企業の一つかも知れない任天堂だが、確かにそれだけの動きはしているようだ。

過日、次男が、友人宅で(2年ほど前は品薄だったWiiだが、今では彼の友人宅の多くが持っているという)Wiiで「スーパーマリオブラザーズ」を遊ばしてもらったが、面白かったと言っていた。

このWiiは、Wiiポイントという有料ソフトウェア購入用のプリペイドカードシステムがあり、店舗でカードを購入し、そのIDNo.を登録することで、そのポイントに見合ったソフトがダウンロード購入できるようになっている。その購入方法で、その友人宅ではインストールしたものだろうと思い、ためしに1000ポイント購入してやってみたところ、以外に簡単にダウンロードして直ぐに楽しめるようになった。

もう20年以上前にファミリーコンピューターで遊んだことのあるソフトで、自分としても懐かしく、Wiiのスタンダードなソフトよりも最近はこちらで遊ぶことが多くなった。まったくの先祖がえり的な遊び方だが、長男も古いソフトでも面白いねと言っているので、やはりその年代の子どもの心を捉える魅力があるのだろう。(とは言え、このようなゲームはなぜか男子が好む割合が圧倒的で、女子で好きな子の割合は格段に低いようだ。この辺りに先天的か後天的かは別にして男女差が現象として確認できるのは面白い)。

もう500ポイント余ったので、アーケードゲームとして私が学生時代にハマったことのある「ゼビウス」もリストにあったので、ダウンロードしてみた。処理能力の低いファミコン用に移植されたものなので、アーケードゲームにあったイラストの美麗さは相当チープなものになってしまっていたのが残念だったが、それでも操作性やルールはまったく同じで、単純なシューティングゲームながら結構子ども達もハマっているのが面白い。

この土日も、まだ新型インフルエンザの流行の動向がはっきりしないこともあり、不要不急の外出はなるべく避けて、このように巣ごもりで過ごしてしまった。

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2009年5月 5日 (火)

修善寺 日帰り旅行

家族内でこの連休中に一日くらいは遠出しようという大雑把な意見統一ができていたのだが、「1000円高速道路乗り放題」による渋滞と、新幹線往復費用の出費の問題もあり恒例の帰省を今回はパスしたので(実家の父母達には少し寂しい思いをさせてしまった)、なかなかスタートダッシュが切れずに、ダラダラと過ごし(とは言え、子ども達は宿題をこの3日間で終わらせたのだが)せっかくの5/2-5/4の好天を棒に振ってしまっていた。

そこで、天気が崩れるという予報が出ていたが、いつも乗っている長野新幹線ではなく、東海道新幹線で西の方に行ってみたいという子ども達からの以前からの要望も考慮して、熱海、三島、静岡あたりを候補にして比べてみたが、三島まで行き、そこから足を伸ばして修善寺まで行ってみようかということになった。

【新横浜駅発 東海道新幹線300系こだま】

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天気がよければ修善寺のサイクルセンターやラフォーレなどに出かけてもと思ったし、三島市内をレンタサイクルで回るのもいいかと思ったのだが、結局伊豆箱根鉄道の修善寺駅に着く頃には雨が降り出し、「修禅寺」を中心とした修善寺温泉界隈を散策しようということにした。

伊豆箱根鉄道は今回初めて乗車(三島-修善寺 片道大人500円)したのだが、鎌倉幕府の執権・連署を務めた北条氏の地元であり、源頼朝が配流された現在の伊豆の国市(韮山、伊豆長岡)あたりの風景は、伊豆の脊梁山脈が東を阻んでいるとは言え、狩野川の沖積平野が平らかに広がっており、水利もよく、山国のイメージのある伊豆だが、水田耕作が古代から盛んだっただろうということが窺がわれる土地柄で興味深かった。

【伊豆箱根鉄道三島駅 修善寺行き】

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韮山といえば、江川太郎左衛門による日本発の反射炉と「反射的」に出てくるのは、小学校時代に清水静岡沼津を修学旅行で訪れたことがあるためで、景色はまったく覚えていなかったが、数十年経っても印象的な記憶というのは忘れないものだ。今年の国民文化祭は静岡県が当番らしく、この江川太郎左衛門英龍を主人公にしたオペラを上演するらしく、ポスターが貼られていた。

途中、車窓から見る「城山」という岩山の眺めも面白く、のんびりとした列車の旅はあっという間に過ぎ、結構繁華な終点駅の修善寺に到着した。

修善寺駅前は、伊豆の各方面に出発するバスターミナルになっており、10本ほどの路線が出ているようだった。修善寺温泉駅(バス停名)行きのバスに乗り、水量豊かな狩野川支流の桂川沿いを10分ほど揺られると修善寺温泉の中心部に着く。(バス料金は整理券制で、210円)。目の前に立派な旅館があり、菊屋という名前だった。後で調べると、これが夏目漱石の『修善寺の大患』で知られる旅館で、相当由緒のある旅館のようだが、最近リニューアルされたようで新しい高級旅館の趣で、さすがに高級そうなクルマやハイヤーが留まっていた。

ところで、土地全体の地名は修善寺だが、寺の名前は修禅寺、ということに今回初めて気がついた。

修禅寺は、さすがに鎌倉時代以前に開かれたという古刹だけあり、雨ながら連休ということもあり人出も多かったが、森閑とした雰囲気のある寺だった。

手水から湯気が出ているのでもしやと思ったら、温泉が龍の口から吐き出されていた。湯どころである諏訪の諏訪大社下社でも手水に温泉が使われているところがあるが、さすがに名湯、修善寺というところだろう。

【手水の龍】

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修禅寺は、元々は真言宗の寺院として開基されたというが、現在は禅宗の寺ということだ。この地は、鎌倉幕府初代将軍源頼朝の長男で二代将軍の頼家が謀殺されたことで知られる地であるが、頼朝の弟の一人で、末弟の義経とともに、義仲追討、平家追討で活躍した源範頼の墓もあることが今回の小旅行で知ることができた。

【修禅寺本堂より小雨の新緑を見る】

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修禅寺を出るとすぐに桂川が流れており、川原の中にある伊豆最古の温泉とされる独鈷の湯という温泉(実際には入れないらしいが)は、水害防止のための移転工事中だった。

朱塗りの橋を渡ると、近年共同浴場として開湯された筥湯(はこゆ)という公衆浴場がある。予めここに入浴する予定だったので、バスタオルなども持ってきており、入浴料350円を払って入湯した。まだ新しいこともあり、自然光を屋根から取り込む設計にもなっていて内部は明るく、湯も当たりが優しく、久しぶりの温泉ということもあり、大変リラックスできた。長野の地元の温泉は、草津の裏山ということもあり、卵が腐ったと称される硫化水素臭が漂うことが多いのだが、ここは無色無臭の温泉らしく至極清潔な雰囲気だった。慌しい日帰り旅ではなく、緑と水の豊富なこのような場所で数日のんびりできればいいだろうと思わせるような場所だった。

【筥湯の望楼】

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【筥湯の望楼から見た修禅寺】

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お湯にゆったりとつかったら、ちょうど昼時になったので、パンフレットで食事どころを探したが、蕎麦の店が多く、子ども達が蕎麦をあまり好まないもので、いかにもひなびた温泉街には必ずあるようなラーメン・やきとりと書かれた食堂「ひろちゃん」に入って手打ちラーメンなどで昼食にした。店内には著名人の色紙なども飾ってあり、東京ジャイアンツ時代の松井選手55番のサインなどもあった。オフか自主トレの時にでも立ち寄ったのだろうか?素朴なスープの結構美味しい手打ちラーメンだった。

雨が少し小降りになってきたので、その店の裏手の山側にある源頼家の墓に詣でた。その手前に、指月殿という「伊豆最古の木造建築」とされる仏殿があり、内部には相当古い時代の釈迦如来像と金剛力士像が安置されていたが、どのようないわれか建物も仏像もあまり修理を受けていないようで、どんどん朽ちているようだった。その奥に頼家の墓と言われる五輪塔とそれを江戸時代の僧侶が改めて祀った頼家公の墓という碑が雨にぬれてひっそりとたたずんでいた。頼家の母の実家である北条氏、鎌倉武士団の意に添わない二代目ゆえの悲劇で若くして命を奪われた悲しみが今でも漂っているかのような空模様だった。

昼食前に入浴した筥湯は、近年作られたものだが、その工事中に古い時代の湯殿のものと思われる遺跡が発掘されたらしく、一説には頼家が入浴したものではなかったかと言われているらしい。 私が愛読している『半七捕物帳』の作者岡本綺堂の戯曲(新歌舞伎)『修禅寺物語』は、この頼家と面作り夜叉王を主人公としたものとのことで、まだ戯曲にも舞台にも接したことはないが、興味がある作品の一つだ。(青空文庫で読むことができることが分かった。)

帰路、三島に近づくと雨が本降りとなり、三島大社や楽寿園、梅花藻の里などの湧水の町めぐりをしたかったのだが諦めて、少し時間も早かったので在来線の東海道線で帰宅した。丹那トンネルは、新幹線ではあっという間だったが、在来線では非常に長く感じられた。

あっさりとした小旅行だったが、家でゴロゴロしているのと違い、少し気分がリフレッシュできた。ごろごろは身体は休めることができるが、適度なストレッチをしないとかえって疲労感が残るそうなので、その意味でも外出は正解だった。

備考:三島駅は、JR東海に属し、我が家の最寄駅はJR東日本に属する。現在、東海でもTOICAというカードを使っており、SUICAやICOCAも使えるとなっていたので、三島駅でうっかりSUICAで入場したところ、最寄駅の改札で出場できませんとなってしまい、駅員に聞いたらJR東海と東日本をまたいでの利用はまだできないということで、駅員のマニュアル操作で料金引き落としをしてもらうことになってしまった。三島駅で普通に乗車券を買えばよかったのだった。今後は注意したいものだ。

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2009年4月13日 (月)

『阿修羅展』 東京国立博物館 2009/04/12(日)

Asura_kofukuji ガンダーラに端を発した仏像であるが、白鳳天平彫刻の傑作の多くは、その仏師、技法などなど中国、朝鮮を経由して伝来したためか、優美繊細さを極めたその美意識は現代人にも共感できるように思う。今回興福寺の国宝館からもったいなくも大挙して移されてきた写実的な釈迦十大弟子は当然のこととしても、異形な古代インドの神々が起源である八部衆の神々が何と美しく、また愛らしく、たおやかであることか。

ことに展覧会の名称にまで祭り上げられた『阿修羅像』は、特別展示として周囲360度からの観覧(つまり左右の二面の顔も背中も)が可能であるようにもったいなくも展示されており、ものすごい人込みではあったが、その人込みの中でも見る価値は十分にあった。

高校時代には、別に日本浪漫派をきどったわけではなかったが、和辻哲郎『古寺巡礼』、亀井勝一郎『大和古寺風物詩』、入江泰吉の写真集に相当入れ込んで、高校の京都奈良への修学旅行では、修学旅行的に青春している同級生を尻目に、日本古美術の粋を極めようとしていたような意気込みがあったように今から思えば思い出す。梅原猛『隠された十字架』などにも挑戦した。

この一時的な熱狂が過ぎてから、大学生時代にはほとんどそちらには興味がなくなっていたが、就職してから思い立って1月の当時の成人の日の連休に夜行列車で京都へ出て、室生から西ノ京、斑鳩、そして興福寺、東大寺、新薬師寺、春日大社界隈、冬枯れながら小春のような陽気の中、人気の少ない古都をのんびりと巡る一人旅で、改めて白鳳天平の仏達にじっくりと向き合うときを得たのだった。このときも、修学旅行以来の今回の興福寺の仏像たちや、三月堂の日光月光菩薩などもみることができたが、団体旅行には適さない東大寺戒壇院では、あの見事な四天王像の見学者が私一人だったり、新薬師寺の十二神将も、本当にこんな時空を一人占めしていいのだろうかととまどうような気持ちでじっくりと守護神たちに向き合うことができたのだった。

さて、今回の展示は、興福寺の西金堂の再建への勧進のようなものも兼ねているのか、その関係の展示もあった。そこで展示されている鎌倉の快慶による四天王像になると、荒々しく誇張された躍動感のようなものが「復活」しているように感じた。来迎崇拝の後、鎌倉、関東武士団の男性的な美意識は、アズマビトたちのかもし出したものかも知れず、そのルーツは古くは縄文につながるものがあるのかもしれないなどと、同じ平成館の縄文から古墳の名品群を見ながら思いついたのだった。

なお、阿修羅といえば、女流漫画家の萩尾望都が少年誌(チャンピオン)で連載して有名になった光瀬龍原作の非常に難解な「百億の昼と千億の夜」でのトリックスター的な役回りが非常に印象的だ。

ちなみに、四天王、八部衆、十二神将は、当然のことではあるが、東西南北を象徴し、四の倍数になっている。

⇒ 興福寺の八部衆

阿修羅、五部浄、沙羯羅(さから)、鳩槃荼(くばんだ)、乾闥婆(けんだつば)、迦楼羅(かるら)、緊那羅(きんなら)、畢婆迦羅(ひばから) ということで、大辞典とは少々異動がある。

⇒ 興福寺の十大弟子(6体)

富楼那(ふるな)、迦旃延(かせんえん)、羅羅(らごら)、舎利弗(しゃりほつ)、目連(もくけんれん)、須菩提(すぼだい)。

参考:小学館 国語大辞典より

してんのう(‥ワウ)【四天王】(「してんおう」の連声)
Ⅰ 仏語。須弥山(しゅみせん)の中腹にある四天王の主で、東方の持国天、西方の広目天、南方の増長天、北方の多聞(たもん)天または毘沙門天のそれぞれを主宰する王の総称。八部衆を支配して帝釈天に仕え、仏法と仏法に帰依する人々を守護する。仏像彫刻の場合は、須弥壇の四すみに配され、甲冑をつけ、武器をとり、足下に邪鬼を踏む姿につくられる。四大天王。 

 ⇒ 東西南北 じぞうこうた

◇はちぶしゅう【八部衆】
仏語。仏法守護の八体一組の釈迦の眷属。天・竜・夜叉・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩  羅伽(まごらか)の称。天竜八部。


◇じゅうに‐じんしょう(ジフニジンシャウ)【十二神将】 仏語。仏法を守り、薬師経を読む者を守護する一二の大将。宮毘羅(くびら)大将(本地は弥勒で子神)・伐折羅(ばさら)大将(本地は弥陀で丑神)・迷企羅(めきら)大将(本地は勢至で寅神)・安底羅大将(本地は観音で卯神)・    羅(あにら)大将(本地は如意輪で辰神)・珊底羅大将(本地は虚空蔵で巳神)・因陀羅(いんだら)大将(本地は地蔵で午神)・波夷羅(はいら)大将(本地は文殊で未神)・摩虎羅(まこら)大将(本地は大威徳で申神)・真達羅(しんだら)大将(本地は普賢で酉神)・招杜羅(しょうとら)大将(本地は大日で戌神)・毘羯羅(びから)大将(本地は釈迦で亥神)。この内、宮毘羅大将は金比羅(こんぴら)神で、寅童子(とらどうじ)はその化身という。十二神。

◇じゅうだいでし(ジフ‥)【十大弟子】
釈迦の一〇人のすぐれた弟子。智慧第一の舎利弗(しゃりほつ)、神通第一の目連(もくけんれん)、頭陀(ずだ)第一の摩訶迦葉(まかかしょう)、天眼第一の阿那律(あなりつ)、解空第一の須菩提(しゅぼだい)、論義第一の迦旃延(かせんねん)、持律第一の優婆離(うばり)、密行第一の羅羅(らごら)、多聞第一の阿難(あなん)、説法第一の富楼那(ふるな)の一〇人。十弟子。

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2009年4月 6日 (月)

月影を遮る蝙蝠夕桜

帰路、春宵一刻値千金を味わうべく、電車では所要時間9分の距離を歩きて帰宅。

日の本有数のBODの値にて名の高き河岸の遊歩道なれど臭気はなく、人通り少なきたそがれ時、行きかう人の姿も定かならず。月中天に昇り、冷たき川風満開の桜の並木のこずえを揺らす。

かはたれ時は逢う魔が時とも、蝙蝠の一片二片、目の前を飛び交い、月影に照らされし満開の桜を遮らんとすなり。肌寒き宵なれど既に羽虫の類の飛び初めしにやあらん。蝙蝠はそを捕食するなり。歩める時の間は90分。常世とは別の時を過ごせる心地せり。

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2009年2月15日 (日)

スノーヴァ新横浜と三ツ池公園

今週、長男が学校のスキー合宿に初めて参加するので、その予行演習として、鶴見区にあるスノーヴァ新横浜という屋内スキー場に行ってきた。2階の見学スペースから観たゲレンデの眺め。画面中央上方に、スノーボーダーがジャンプしているように、現在はスキーよりも90%以上の入場者はスノーボーダーだった。
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フルレンタル(スキー、ストック、ブーツ、ウェア上下、グローブ)だと平日大人4,500円、18歳以下3,500円で、土日には5,000円、4,000円という比較的高額になる。これで2時間ほどの滑走が可能。ただし初回利用時に年間会費として大人も18歳以下も一人1,000円の会員登録料が必要となる。ということで、今日はスキーのヴェテランの妻が長男をコーチし、私と次男はこの室内ゲレンデの近くにある桜の名所として知られる三ツ池公園を散策した。

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 三ツ池公園は、2、3年前に花見に訪れたことがあり、それ以来の散策だった。昨日の夏日に近いような2月としては記録的な24度Cという高温のためか、上の池周辺に数本ある寒桜が満開になっていて驚いた。ちょうど、今朝のテレビ番組で、昨日の高温の特集の一例として千葉の勝浦の河津桜が一ヶ月も早く開花したというのをやっていたので、ここもそうかと思ったのだが、木に掛けられた札によると「カンヒザクラ群 寒桜」という種類とのことだった。

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入り口に近い下の池では、キンクロハジロが沢山羽を休めており、ホシハジロ(頭が茶色の鳥)が数羽物怖じせずに交じっていた。

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