カテゴリー「美術」の14件の記事

2008年5月27日 (火)

アニメ映画『アズールとアスマール』(ミシェル・オスロ監督)

一休している間に見た映画の話。

2007年?日本公開されたばかりのフランスのアニメーションのようで、DVDを妻が借りてきた。借りてきた本人も子ども達も、また私も内容をまったく知らず、またアニメーションのオープニングが子ども向けのいわゆる「つかみ」要素の少ないものだったため、妻は居眠り、子ども達は不平たらたらだった。

どうやら、ジブリミュージアムによる海外アニメの紹介シリーズの一本のようだ。

見ているうちに、非常に質の高い色彩表現に驚かされ、またアラブ風のエキゾチシズムにも魅了されていく。絵柄は、ヨーロッパのタペストリーを彷彿とさせる様式的な要素が強い。

子ども達も私も次第に引き込まれ、次第に物語は高潮していき、最後は予定調和的な大団円にいたり、カタルシスを得られた。

一言では言い切れないが、敢えてテーマを示せば、ヨーロッパとアラブ(北アフリカ)文化の対立と融合を寓話として描いたものだろう。

フランスと言えば、旧植民地の北アフリカや、中央アフリカから多くの移民が移住して来ているが、自らが招いたことであるのに、狭量な愛国主義者たちによる差別、宗教弾圧(ベールの禁止)の様相とそれに対する反発(暴動)が近年続いている。この映画はそれらに対するフランス内部からの意思表示の一つなのかも知れないとも思った。

特典映像では、一時期テレビCMもやっていたらしく、CFも収録されていたが、これまでまったく知らなかった。「キリクと魔女」という作品もこのオスロという監督の作品だといい、この名前は聞いたことがあったのだが、世界は広いと思った。日本的なアニメーションとは対極的で、その日本的なアニメーションの総本山のジブリがこれをリリースしているのもまた懐が広い。なお、アラブの小公女(リトルプリンセス)が登場するが、この日本語吹き替えがイメージ通りで、特典映像でオスロ監督も誉めていた。

追記:記事を書いた後で、ネットを検索したら、非常によくまとまっており、また私の感じ方に近い意見を発見した。『超映画批評』というページ 『アズールとアスマール』95点

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2008年4月29日 (火)

レオナルドのヴェッキオ宮殿の壁画が発見!?

日本テレビ 2008/4/29 19:00-20:54  

ダイワハウススペシャル 天才ダ・ヴィンチ 伝説の巨大壁画発見!

 フィレンツェのヴェッキオ宮殿の広間に描かれた後、失敗作として放棄されたと伝えられたレオナルドの『アンギアリの戦い』が隠されているのが発見されたらしい。アメリカのカリフォルニア大学のサンディエゴ校の工学博士でフィレンツェ出身のマウリツィオ・セラチーニによるとのこと。あの「画家伝」のヴァザーリが隠したらしい(ヴァザーリのフィレンツェの他の教会でもマザッチオの祭壇画を保存のためか?隠したらしい)。

ただ、またニッテレなので眉唾も必要かもしれない。例のたけしとアイルワースのモナリザを制作放映したのも日本テレビだったので。

BGMでは、レスピーギのローマの松や泉、メンデルスゾーンの『イタリア』などが用いられているが、これも何だかな。レスピーギなら「古風な舞曲」ではなかろうか?

追記:その後、ネットで検索してみると、例のNHK地球ドラマチックで2006年に既にセラチーニによる『アンギアリの戦い』の捜索が海外ドキュメンタリーとして放映されていたのに気が付いた。たけしの『もう一つのモナリザ』でもそうだったが、またもやニッテレによる「新発見」ものは、過去にマスコミが取り上げたもの(モナリザではニッテレが過去に取り上げたものだった!)のいわゆる「焼き直し」だった!? 

『ダビンチ捜査官~消えた名画を追え!~』 2007年11月17日(土) 10:00~10:45

原題:The Da Vinci Detective
制作:Darlow Smithson Productions

とは言え、このような番組はついつい見てしまうのだから、私も懲りない。ただ、この番組で「新たに」新発見とは言っていなかったようだし、CGにより有名なルーベンスの模写の周囲の絵までも再現して、いわゆる完成版を復元して見せたのはこの番組の手柄なのだろうか?

ちなみにアンギアーリの闘い(La Battaglia di Anghiari, Battaglia d'Anghiari)の Anghiari の場所はGoogle mapで、Italy Anghiari で検索すると表示される。フィレンツェの東南東約65kmの地。ミラノからは300kmもある!

参考ページをいくつか探してみたら結構あった。

イタリア語:http://www.artive.arti.beniculturali.it/Disegni/Battaglia%20d'Anghiari/Frame%20Anghiari.htm

http://www.anghiari.it/italiano/s0/da4.htm

wikipedia イタリア語

イタリア Nazione紙のサイトの記事 セラチーニのことが特集されている?2008年3月3日のものなのでまだ新しい。 La ricerca della 'Battaglia di Anghiari' raccontata in un documentario

英語: wikipedia 英語 セラチーニのことも記述されている( Possible recovery)

日本語: 不埒な天国 (フィレンツェ市在住の日本人の方らしい)

2005年06月23日 失われたダ・ヴィンチのフレスコ画を探す鍵

2007/10/30 数字で見るイタリアの常識・非常識 vol.226

2008年04月29日 TV「ダビンチ巨大壁画を今夜発見」 

 今回の「発見」も2005年頃にも日本でも報道されていたらしい。

YouTube: Il mistero della Battaglia di Anghiari (2007) 短編ドキュメンタリー

p.s. フィレンツェは、新婚旅行のローマからのオプションの日帰りツアーだったが、ミケランジェロ広場、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、サンタ・マリア・デル・フィオーレ、シニョーリア広場、このヴェッキオ宮殿、アカデミア美術館、サンタ・クローチェ教会、そして駆け足で回ったウフィッツィ美術館をみて回ることができた。アメリカ人の団体客と、日本人の女子学生たち、それに我々夫婦という構成のバスツアーで、ガイドさんは日本にも滞在したこともあり、長野オリンピックの前だったが長野のことも知っていた若い女性だった。英語、日本語、イタリア語を駆使して案内してくれた。当時はフィレンツェに関する予備知識がほとんどなかったので、帰国後様々なフィレンツェ関係の本を読み漁った。塩野七生『わが友マキアベリ』が面白かったし、和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』も面白かった。実際に自分が体験した風景を思い浮かべながらそのような書籍を読むのは非常に面白いものだった。

なお、先日関口知宏のファーストジャパニーズ(FJ)という番組で日本人カバン職人がフィレンツェで独立して工房を開いたことを特集していたが、フィレンツェの裏町の石畳の風景が懐かしかった。

P.S. 「弐代目・青い日記帳

にトラックバックさせてもらった。本館の BLUE HEAVEN も凄い美術サイトだ。

追記:2008/05/03
 他の番組の関係で全部見れなかったため、ビデオ録画をしておいたが、ようやく今日の憲法記念日の休日に見ることができた。最初の方のモナリザの眉毛の復元は結構面白かった。これが最新の映像技術による発見。眉毛があるのとないのとではまったく印象が違う。ずっと若々しく見えた。これは何しろ、ラファエロの白黒の模写には眉毛があり、またいわゆるラファエロの円柱があるのだからそれなりの蓋然性はあるのだろう。色調の明度についての復元も面白い。例のアイルワースのモナリザには眉毛がなかったように見えるが、ルーヴルのモナリザに眉毛の跡があるというのが面白い。

次に、「最後の晩餐」に隠された音符について。これは,WIKIPEDIAの英語版からのリンクで、この番組で紹介された音楽家についての記事を読むことができ、その音楽家がREQUIEMのようだと言う音楽も聴くことができる(英語版)。ただ、手とパンに音符を当てはめるというのはあくまでもそのように読むこともできるという解釈の可能性の類で、偶然、左から音符を読むをそれらしい音楽に聞こえるというだけで、(これが音符だとして)和声的な書法と三拍子という見方は、15世紀末から16世紀初めに活躍したジョスカン・デプレなどの音楽の様式とは違うのではないかと思わせられた。なおその「曲調」からRequiem らしいというのもあまりにも「ロマンチック」な見方ではなかろうか?

暗号の「求めよ、されば与えられん」の発見は、画期的だったが、Masaccio の サンタ・マリア・ノヴェラ教会の三位一体の壁画がヴァザーリによって「なぜか?」隠されており、その隠し方がちょうど500人広間の壁画の隠し方と似ているということ。2008年の7月、8月には、電子的・原子的な透視のような手法で、現在のヴァザーリの壁画の裏にあると想定されている「アンギアリの戦い」が「見える」かも知れないという。復元については、各地に残るデッサンや下絵の原画(オックスフォードの Ashmolean Museum アシュモレアン美術館所蔵には驚かされた)そして日本にあるという彩色付きの模写から、それらしいものが提示されなかなか面白かった。

番組の作り方が日テレのこの種の番組的にチープだったが、「啓蒙的」な番組としては、私のような興味だけはある素人にはそれなりに面白かった。

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2008年3月 3日 (月)

ビゼー 『カルメン』を聴き、見る

Carmen_vhs_maazel Carmen_callas

初演カレンダーによると、

3/3/1875 ビゼーのオペラ「カルメン」がパリのオペラ・コミック劇場で初演される。

ということで、3月3日のひな祭りの日は、昨日取り上げたメンデルスゾーンの『スコットランド』交響曲のほか、この名曲『カルメン』の初演日にもあたっているという。

左のVHSヴィデオは、マゼール指揮、ロジー監督による映画で、例のモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』と同じコンビによるもの。管弦楽は、フランス国立管弦楽団 タイトルロールのカルメンは、野生的な容姿も魅力的なジュリア・ミゲネス・ジョンソン。ドン・ホセにドミンゴやエスカミーリオにはライモンディといった一流の歌手を揃えた上で、ロケの迫力もあり、非常に見ごたえのあるオペラ映画になっている。現在は入手困難のようだが、是非DVDでも再発売を願いたいものだ。

右は、言うまでもない、マリア・カラスがタイトル・ロールを歌ったもの。指揮は、あのジョルジュ・プレートル。カラスの独特の発声で好悪が分かれるものだが、それでもやはりその迫力は否定できない。私の『カルメン』入門であり、今聞いてもすごいと思う録音だ。

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2008年2月18日 (月)

セル/CLO ヴァーグナーの『リング』抜粋オーケストラ曲集

Szell_wagner_ring ヴァーグナー 

楽劇『ニーベルングの指環』より

1.『ラインの黄金』より『ヴァルハラへの神々の入城』
2.『ヴァルキューレ』より『ヴァルキューレの騎行』
3.『ヴァルキューレ』より『魔法の炎の音楽』
4.『ジークフリート』より『森のささやき』
5.『神々の黄昏』より『夜明けとジークフリートのラインの旅』
6.『神々の黄昏』より『ジークフリートの葬送の音楽と最終場面』
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団 (MYK36715 Produced by Andrew Kazdin, マルC 1985)

先の土曜日は、午前中に家族と用事に出かけた。そのおり、知人に噂話を聞いていてブログ記事で確認できたコーヒー豆の焙煎販売店で、ブラジルサントスとマンデリンを買い求め、早速ブラジルを挽いて飲んで見た。癖がなくスタンダードな味を楽しめた。

その午後は特に用事もなかったので、コーヒーを飲みながらテレビを楽しんだ。

世界の建築100選の後半50選をBSで放映しており、日本の城郭(松本城や姫路城)のほかに、ヴェルサイユ宮殿やアルハンブラ宮殿なども取り上げられており、その中にバイエルン王の例のルートヴィヒ二世のノイシュヴァンシュタイン城とそのほか彼が作った2件の宮殿が放映され、ヴァーグナーとの関わり合いについても結構詳しく紹介されていた。(ヴィスコンティの『ルートヴィヒ』も、こういう予備知識を持っていればもっと鑑賞が面白かったかも知れない)。

ノイ・シュヴァン・シュタイン 新しい・白鳥の・石 は、名前自体が白鳥の騎士ローエングリンの伝説に基づくものらしいし、城内にはなんとタンホイザーのヴェヌスブルクの洞窟まで再現しているのだという。また礼拝堂の見事な中世風のステンドグラスの下絵はルートヴィヒ自身によるものだという。まるで、ディズニーが一国の国王になったような人物だったわけだ。

そんな番組に刺激されて、最近ようやく入手できたセルとクリーヴランド管による"Ring"の抜粋盤を楽しんだ。同趣向のものは、以前ショルティとVPOによるものを取り上げたことがあるが、このセル盤はそれよりももっとずっと早い時期のもので、セル自身が曲と曲のブリッジの部分を作曲したとも言われているものらしい。

この盤自体、1985年の発売であり、最新ディジタルリマスタリングでもないので、音響は少々鮮明さを欠くものだが、これこそ「リング」入門に最適との評価もむべなるかなと言う非常に理解し易いまとまった音楽になっているように感じた。

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2007年12月23日 (日)

国立科学博物館 花展の 源氏物語絵巻

2007年4月29日 (日) 上野 科博 花展と 本館(日本館)の再開館  という記事で、源氏物語絵巻の華麗な宮廷の情景を十二単や衣冠束帯などの衣装による精巧な日本人形で再現した展示の写真をアップロードしたところ、その写真へのアクセスが結構多いようなので、クリスマスプレゼントではないが、そのとき一緒に撮っておいた写真を追加してアップロードする。

先日、平安時代の郡衙跡らしい遺跡が実家の近所で発掘されたが、そのような東の涯からも租庸調を集め、今から1000年以上昔の人々が、このように繊細華麗な布と染めを用いた衣装をまとって宮廷生活を営んでいたというのは、少し不思議な感じがする。

今日は、天皇の74歳の誕生日だ。万世一系という世界にもまれな天皇制を保つこの日本だが、継体天皇、桓武天皇、南北朝の争乱、江戸幕府による圧政など天皇制の危機は多く、この華麗な平安朝の時代も藤原摂関家により権力はほしいままにされていた。最近読んだ網野善彦の『日本の歴史をよみなおす』(隆慶一郎の時代小説に大きな影響を与えた史観を一般向けに易しく説き起こしたもの)でも、天皇制が多くの職人の権威付けと特権を与える存在だったという意外なことも書かれていた。また、日本という国名も中国との関係で命名されているという指摘も面白かった。

と、難しいことはぬきにしても、宮廷文化というのは、どの時代も庶民にとっても魅力的なものだ。

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2007年11月 4日 (日)

シュルレアリスムと美術 横浜美術館(9/29-12/9)

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これまで一度も横浜美術館の展覧会を見たことがなかったので、秋晴れの一日、家族でドライブを兼ねてみなとみらいまで出かけてみた。

(上の写真は、グランドギャラリーに展示されているダリなどの彫刻)

横浜美術館前の広場にはこれまでにも何度も訪れたことがあるので皆馴染みの場所なのだが、数年前のルーヴル美術館展も子ども達が幼くて興味を示さないこともあり、中にはなかなか入らずにいた。

今回は、ポスターで私が以前から好きなルネ・マグリットの『大家族』が使われていたこともあり、見に行きたいと思ったので、子ども達の少しの抵抗を排除(?)して、とうとう中に入れた。今回この展覧会ならと思ったのは、シュルレアリスム絵画は、相当抽象性の高いものは別にして、比較的子どもにも面白いものだからという自分自身の実感があったからだ。案の定、具象的・写実的な絵画にはそれほど興味を示さない子ども達も、一通り見回った後は、「今日のは面白かったね」と言っていた。

展示は、第4から第6が企画展のシュルレアリスム作品。エルンスト、マグリット、ダリ、キリコ、ミロ、ピカソ、デルヴォー、マン・レイなどが並べられ結構見ごたえがあった。マグリットの「大家族」、「王様の美術館」・エルンスト「少女が見た湖の夢」(横浜美術館所蔵品)などが子どもにアピールしていたようだ。

常設展では、日本画で描かれた動物の特集があり、『宿神』の関係で今村紫紅の『鞠聖図』が興味深かった。また、下村観山が森狙仙という画家の『狼図』を模写したものが、ニホンオオカミの関係で面白いものだった。

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2007年10月 2日 (火)

映画『真珠の耳飾りの少女』(2003年イギリス)

9/26からフェルメールの『牛乳を注ぐ女』が国立新美術館で公開されているが、前景気を煽るためにかNHKのBS2で表題の映画が9/24に放映されていたのをビデオに収録しておき、急に11月ごろの気温になってしまった9/30の日曜日に家族で鑑賞した。

子どもたちも以前一緒にブリヂストン美術館に見に行ったルノワールだとか、この春に見たレオナルドだとか、ゴッホ、ピカソ、ダリなどの画家の名前を知っているが、このフェルメールは(最近買った世界史年表にも名前が出てこないので学校教育ではあまり教えられないようで)知らなかった。

2000年にこちらに引っ越してきたばかりのとき、上野の国立西洋美術館でちょうどフェルメールとレンブラントとオランダの画家たち展に家族で出かけて見た『恋文』が初めて生で見たフェルメールだったが、幼かった子どもたちをつれていったのだが、さすがにまったく覚えておらず、そのときに買った展示目録やフェルメール特集の「週刊美術」を出してきて見せたが、それほど興味を引かないようだった。私自身もフェルメールを知ったのは、ようやく20代になってからで、インターネットにつないでダウンロードした『デルフトの眺望』を壁紙にしていたこともあった。

さて、この映画だが、日本語版も出ている小説(白水社)を元にした映画だという。印象的な『真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)』のモデルが誰かを探ったフィクションであり、歴史上の有名人の伝記的な疑問を解き明かそうとして独自の想像を働かせたという点では、ベートーヴェンの不滅の恋人を扱った『不滅の愛』に通じるものがあった。

さて、フェルメールは、日本で言えば江戸時代の初期に活動したオランダの画家で、映画ではその生涯をすごしたデルフトの運河界隈の情景を巧みに再現しているようで、興味深かった。この頃のオランダは鎖国していた日本と長崎の出島を通じて交渉を持っていたということを子どもたちに話しながら見た。そう考えると港の船や商店などもまったく縁のない時代や場所ではなく思えたから不思議だ。

映画では、フェルメール家の年配の召使いが、『牛乳を注ぐ召使い』とそっくりだったり、フェルメールの妻が『手紙を読む青い衣の婦人』と同じ妊婦だったり、『真珠の<<首飾り>>の婦人』はパトロン夫人がモデルだったり、『合奏』そのままの場面のヴァージナル(ハープシコード?)がフェルメール家に置かれていて画家と夫人が演奏を楽しんだり、『水差しを持つ若い女性』をアトリエで描いていたりで、ところどころフェルメールの絵そのままの映像が非常に美しかった。また、屋根裏部屋での絵の具の調合の場面では、ラピスラズリや墨などの色素をすりつぶしたりと亜麻仁油と調合するなどの技術を習得するためにこそ画家の弟子入りが必要なのだろうということがなるほどと思わせるようによく描かれていて面白かった。

また、新教国であるはずのオランダだが、フィクションの若い召使いグリートの家やそのボーイフレンドの肉屋はプロテスタントであり、フェルメール家やそのパトロンは贅沢な食事を楽しむなどカトリックであったようで、その差異も丁寧に描かれていた。庶民のレベルでは共存していたようだ。

フェルメールが用いたと想像されているカメラ・オブスクラは、ディズニーシーのフォートレス・エクスプロレーションにも実物が置かれていたが、この映画でもレンズ付きのものが再現されていた。望遠鏡を発明したホイヘンスがちょうどフェルメールの同時代人であり、フェルメールはいち早くレンズを用いた機械を入手したという設定だろう。

その生涯の詳細があまりわかっていないフェルメールの残した印象的な『少女』のモデルとしてはフェルメールの娘ではないかと言う説も唱えられているが、自分の娘にあのような清潔とは言え、いわゆるコケットリーを持たせることはありえず、むしろ原作の小説、この映画の唱える説が相当蓋然的であるように思った。

この映画の主人公である『少女』を演じたのは、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年作品でコメディに分類されるのだという!)での物憂げな演技が印象に残ったスカーレット・ヨハンソン。ファミリーネーム的には恐らく、スカンジナビア系の出身だと思うが、『少女』に瓜二つというわけではなく、『少女』の微笑よりも、堪える女性を感じさせた。台詞の少ない抑制的な演技がなかなかだった。

なお、映画と小説のエンディングは少々異なるらしい。またアメリカではR指定というだけあり、少々小学生には早い恋愛シーンもあった。

参考図版:WIKIMEDIA COMMONS フェルメール

フェルメールの作品は、その細部までの細かい書き込みのため、画像では比較的大きく拡大されて紹介されることが多いのだが、意外にも非常に小さい。

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2007年3月25日 (日)

レオナルド・ダ・ヴィンチ - 天才の実像

Leonardo 3/18のPASMOの発売に合わせて発売された記名式の子ども用のSUICAを早速入手したので、新聞店の景品でもらってあった左記の展覧会に3/24(土)の花曇りの日に家族で行ってきた。

土曜日の夜から日曜日にかけては春の嵐だったので、土曜日に出かけられたのはラッキーだった。

東京に出かけるときに、私鉄を使う方がJRだけよりも片道で100円ほど安いのだが、乗り換えの駅でいちいち切符を買わなければならずこれが結構面倒だった。しかし今回の子ども用SUICAで、家族全員が乗り換え改札口で「ピッ」とするだけで簡単に乗り換えができるのは、快適だ。(東京でいくつか用を済まそうとするとフリー区間切符のように使ってしまい、結構料金的に割高になるので、その場合はフリー切符との比較が必要か?)

なお、東京国立博物館は、このような特別展でも小学生は何と入場無料!中学高校生もそうだったろうか? 

さて、レオナルドの場合には、真作とされる作品がたった一点来日するだけでも大きなニュースで、数年前「白貂を抱く貴婦人の肖像」が横浜に来たときも相当の騒ぎだったのだが、今回もウフィッツィが門外不出のこの「受胎告知」を貸し出すということで以前から相当の話題になっていた。私自身はこの作品は、たとえ彼の真作だとしても相当の初期作でもあり、絵柄やマリアの表情も様式的な硬さが感じられそれほど魅力的に思っていなかったためそれほど見たいとは思っていなかったし、15年近く前に行った新婚旅行でのフィレンツェのウフィッツィ美術館での駆け足見学のときに見れたのか見れなかったのか記憶が定かでなく、むしろその時にはレオナルドがヴォロッキオ工房の一員として描いた「キリストの洗礼」の天使の部分の素晴らしさの方を鮮明に覚えているほどだ。そのときは、ルーヴルで「モナ・リザ」と「岩窟の聖母」なども見られたので、余計「受胎告知」は印象になかった。また、フィレンツェでは見られなかったが、フラ・アンジェリコの同名作品の方がやはり絵画的に上ではないかと思っていたこともある。

これまで上野では西洋美術館や動物園、文化会館、そして馴染みの科学博物館には何度も来ていたが、国立博物館は20年以上も入っておらず子どもたちも初めてなので、混雑が予想されたが、それでも会期の終盤よりも増しだろうと思い出かけてみた次第。上野駅内の洋食屋で昼食を食べてから、1時半ごろに会場に着いた。

「受胎告知」は、聞き知っていた有名な「モナ・リザ」の1970年代の来日のときとは違い本館の館外で並ぶ必要はまったくなかった。しかし、本館の特別展示室にはそれなりに鑑賞者が詰め掛けているため、係員に立ち止まらないようにせかされながら満員の室内を前後の人々を気にしながらゆっくりと移動しながら見るしかなく、じっくりと足を止めて見入ることはできないため、チケットもぎりと荷物検査から鑑賞して出てくるまでほんの5分程度しか絵の近くに居られなかったのだが、それがものすごく残念に思えたほど素晴らしい作品だった。

やはりこれほどの名品は、生で身近でじっくり見る価値はある。複製や写真版では図像としては鑑賞できるが、最前列で目を近づけてみると、その絵の具の輝き、微細なタッチや質感、レオナルドが苦心したという空気感までが、確かに伝わってくる。(ウフィッツィでは、ボッティチェリの魅力的なビーナスと春の女神たちの大作の方に目が行ってしまっていたので、記憶が定かではないが、目にしたとしてもこれほど近くでは見られなかったと思う。)第一会場は、この一点のみの展示。

その反面、第ニ会場のパネルや模型展示によるレオナルドの実像は、レオナルドの手稿(メモ)を基にした珍しい解説や復元模型などの展示はあったものの、こちらの人ごみがひどすぎてまったくぐったり状態だった。(木製の天使像テラコッタ製の若きイエスの頭部像は、初めてみたが、繊細な美しい彫刻だった)。ここは、人の少ない平日にでもゆっくり楽しむのはいいのだろうが、土曜日の午後ということで相当の混雑となっており、その人いきれもあり、多くの人が途中のソファでばてて座っていたのが印象的だった。子どもたちも、もっとじっくり見たかったようだが、この状態では疲労困憊するのは目に見えているので、時間をかけるのは諦めた。


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その後、平成館(第2会場の一階)の考古学の名品(土器、土偶など)や法隆寺宝物館、東洋館などを見て回り、非常に疲れはしたが、久しぶりの美術鑑賞として、大変面白かった。次男は、歴史に興味があるようで、二体の「踊る埴輪」や甲冑埴輪(挂甲の武人:うちかけ‐よろい【打掛鎧・挂甲】 うちかけのように肩にかけて着る鎧の意)などの名品をレプリカではなく本物で見れたことに非常に感激していた。今回は、本館の他の展示を見る時間がなかったが今度は、本館もじっくり見てみたいものだ。(入場料金は昨年10月から上がってしまったようだが、常設展の600円程度は安いものだ)。P3240024

今上野では、都美術館でオルセー展もやっているし、六本木に新しくできた新国立美術館ではモジリアニなど「異邦人たちのパリ展」も行われ、その後「モネの回顧展」も企画されているようで、西洋美術はなかなか盛況だ。そうは何度も足を運べないが、時には日常を離れて異世界(特に法隆寺の数多くの金銅の仏像群はバーチャルリアリティの世界に踏み入れたようなショックがあった)に行ってみるのも、いいものだ。

P.S. 2007/05/16追記

なお、最近の日本の美術館、博物館も海外のそれらと同様に、写真撮影お断りというところは少なくなった。もちろん、フラッシュ・三脚は禁止だし、特に重要な文化財などは撮影禁止のマークが付いているが、それ以外ならほとんど大丈夫のようだ。(むしろ撮影を禁止している公立の博物館、美術館があれば、対応が遅れているものとみなしてもよいだろう。)撮影は、フラッシュが使えないので、デジタルカメラでも、ASA感度が変えられるものは、500程度にしてみたり、もちろんマニュアル撮影できるものは、絞りやシャッタースピードを調整したりすれば、上記のように結構まともに撮影できる。また、デジタルカメラは、これまでの銀塩フィルムカメラに比べて接写が得意なので、このような細かいものを撮影するのにも向いているようだ。

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2005年7月19日 (火)

世界遺産というもの

先日、北海道 知床半島の自然が、世界遺産に登録されたとのニュースが一斉に流れた。

世界遺産になるためには、遺産そのものの価値に加えて、保護組織、保護活動などの人的な裏付けが必要なのだという。日本でも既に、自然分野、文化財分野でいくつかのエリアが指定されてはいるが、自然遺産など世界遺産への登録によって耳目を集めるため来訪者が増え、かえって保護すべき自然が荒らされることもあるという。

現在、マスメディア、特にNHKとTBSは、この世界遺産について積極的に取り上げているが、少なからずいかがわしさを覚えてしまう。

立派な博物館的な遺産が残されても、その周囲まで広がる環境はどうなってしまうのか?

南極大陸など、現在各国の前進基地が観測、開発のために進出しているが、あれこそ、全域を世界遺産として保護すべきではないのか?結局は、人の活動と折り合いがつけられるものだけが、遺産となるだけではないのか?

 

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2005年5月 3日 (火)

ギャラリーフェイク完結

アイルワース版のモナリザについて2度ほど書いた(*)が、もう一枚のモナリザの発見をライフワークにしていた贋物画商藤田玲司が主人公の「ギャラリー・フェイク」がとうとう完結になった。先日、コンビニで分厚い最終巻を目にして購入、一気に読んだ。

(*) 2005年4月20日 (水)もう一枚のモナリザ発見についてのまとめ記事

2005年3月31日 (木)「もう一枚のモナ・リザ」

ネタバレになるのであまり詳しくは書かないが、レオナルドの弟子で小間使い兼、稚児のサライ(小悪魔)の描いたモナリザの模写?が鍵になっている。

細野不二彦の絵柄はこの作品を通して、相当ころころ変化したが、最後はさすがに気合を入れて描いたように感じた。

それにしても「アイルワース版」の若きエリザベッタ夫人は美しい。ルーブル版の謎めいた微笑はないが。

isleworth "mona lisa" で google って見た結果。 いくつかのサイトで Isleworth 版 Mona Lisa を確認できる

このサイトでは、レオナルドの文献がリストアップされているが、この中に

Eyre, J. R. (1923). The two Mona Lisas : which was Giacondo's picture? : ten direct, distinct, and decisive data in favour of the Isleworth version, and some recent Italian expert opinions on it. London, J.M. Ouseley & son ltd.

Eyre, J. R. (1924). The two Mona Lisas; which was Giocondo's picture? Ten direct, distinct, and decisive data in favour of the Isleworth version, and some recent Italian expert opinions on it. London, J.M. Ouseley & Son Ltd.
なる1923、1924年付けのアイルワース版に関するレポートのようなものもある。恐らくこれが、学界で通説となっている論文なのではなかろうか?
【5/5追記】 改めてこの論文の題名をちゃんと読んでみると、これはアイルワース版を有利としているので、元東北大教授の言う「学界の通説」とは違うもののようでした。「二枚のモナリザ。どちらがジョコンダ(夫人)の絵だったのか?10件の直接的な、明白な、決定的なデータがアイルワース版の有利を示す。かつこれについてのイタリア人の専門家の最近の意見のいくつかがある。」というようなもの。

また、Isleworth は アイルワース版モナリザで知られるという 紹介もある。

日本テレビの番組での紹介に関してはこのblogがテレビ画像をキャプチャーしていて面白い。

「ギャラリー・フェイク」で言及されていたラファエロによるモナリザの模写(円柱が両側にあり、これがラファエロの円柱と称され、アイルワース版には確認できる。)は、このモナリザを特集したページで小さい画像ながら確認できる。ただ、ラファエロの模写とされているものは、ルーヴル版ともアイルワース版とも顔の向きの角度や画面の中での人物像の縮尺(というのだろうか、占める割合)が異なる。腕の組み方も、髪飾りも違う。また眉毛が認められる。

このblogは美術の教師の方のものだが、その螺旋物語シリーズ(75から)はモナリザについて詳細にコメントされていて参考になる。

また、このページのモナリザの考察も面白い。

なお、アイルワースという場所は、画家になる前のイギリス時代の画商見習だったフィンセント・ファン・ゴッホがかつて暮らしていた土地でもある。

英語版wikipediaには Isleworth Mona Lisa という記事があり、画像へのリンクもある。

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2005年4月20日 (水)

「もう一枚のモナリザ」発見のまとめ記事について

3/31にもこんな記事を書いたが、4/20朝日朝刊にモナリザについてのまとめ記事が出ていた。アイルワース版を「発見」したビートたけしの番組についての田中東北大学教授の批判も紹介されていたが、記事でリンクしたBLOGでコメントされていた日本テレビの番組を元に相当以前に出版された本にアイルワース版のモナリザがの画像紹介されている件についても言及はされていた。(このリンクで、アイルワース版の画像をみることができます。ただし、画面の両側がカットさているため、「ラファエロの円柱」を見ることができません。)

ちなみにルーヴル美術館で、モナリザの展示室が大幅に模様替えされたが、これは日本テレビからの寄付7億円によるものだという。その返礼として、今横浜美術館で開催中のルーヴル展が開かれているのだという。古来金のあるところに美術品は集まるが、これもその例に漏れないようだ。

その後書いた関連記事

*ギャラリーフェイク完結(「もう一枚のモナリザ」がテーマ)

アイルワース版モナリザ画像のリンク

*この番組より前の日本テレビの番組を元に、相当以前に出版された本

*ネットの画像のアイルワース版と、たけしの番組をキャプチャした画像(ラファエロの円柱が見える)

*海外のモナリザ特集ページ(ラファエロの模写の小さい画像が見られる)

*Wikipedia 英語版の アイルワース版モナリザ (記事最下部の外部リンクで、白黒ながら解像度の高いイメージを見ることができる。)

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2005年3月31日 (木)

「もう一枚のモナ・リザ」

<ルーヴル美術館ミステリー>ビートたけしの歴史的大発見 名画モナ・リザはもう一枚あった!
という番組が先日放映された。

美術の好事家ぶるための私の参考書として細野不二彦作の(参考:インタビュー「ギャラリー・フェイク」で、元メトロポリタンのキュレーターで現在は贋作画廊を経営する主人公の藤田玲司が「もう一枚の『モナ・リザ』」をライフワーク的に追い求めている。今回のビートたけしの番組をみて、細野がよく美術史の裏面を調査しているのが分かった。むしろ、たけしのテレビ番組の方が、このコミック(だけではないと思うが)を参考にして実地調査したような印象だ。
たけしが今回世紀の大発見をした「もう一枚」は「アイルワース版モナリザ」と呼ばれ、スイスの地下金庫に秘蔵されているのだという。映像で見た限りでは、ルーヴルのモナリザよりもずっと若く,美しい。ただし、ルーヴルのような神秘の微笑は見られない。(アイルワースで検索すると数多くのサイトがヒットする。注目度が高い。)

ラファエロが当時「モナ・リザ」を見てスケッチ風に模写したものが残されており、そのスケッチには、ラファエロの円柱と呼ばれる建物の円形の柱が画面の両側に描かれているが、ルーヴルのものにはない。今回のアイルワース版にはそれが描かれている。

ルーヴルのモナ・リザの年齢は、それほど若い夫人の肖像ではないように見える。先日、フィレンツェの経済学者が、当地の図書館で古い記録を調査して、ジョコンダ夫人の実在の記録を発見したと新聞記事に出ていたが、レオナルドがジョコンダ夫人の肖像を依頼された当時の夫人は20歳台だったらしい。(モナ・リザは高血脂症 

今回の「アイルワース版」が、この歴史的発見の後、実際にどのような鑑定を受け、どのような鑑定結果が出るのか興味があるが、番組としてもちゃんとフォローアップしてほしいものだ。(ラファエロのスケッチとルーヴルのモナリザを元に、若い婦人の肖像を描けば「贋作いっちょうあがり!」ではなかろうか?「ギャラリー・フェイク」では、ナチスドイツの総統美術館の元館長(GD)がブラジルで生きており、この「アイルワース版」に相当する作品を所蔵していたが、藤田の鑑定は、目に気品があるが、これはラファエロのものだろうというものだった。そして、その作品はGDとその屋敷ともに灰燼に帰した。いったいどのような鑑定になることだろう。)

なお、ルーヴルのものは、レオナルドがフランソワ一世の招きを入れ、フランスに晩年を過ごした際に死去まで手元に置いていたものだという。ただ、これも(ギャラリー・フェイクにあるが)ペルージャという男によりルーヴルから盗まれ、その際に複製と交換されたという可能性があるのだという。

検索したら「ギャラリー・フェイク」とこの番組を扱ったBLOGがあった。こちらです。

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2005年2月16日 (水)

鎧兜 (八戸 櫛引八幡宮)

大河ドラマ「義経」は、快調な滑り出しで、次回は、遮那王(牛若丸、義経)が、金売り吉次に伴われて、奥州平泉に下る場面だろう。

奥州平泉は、奥州藤原氏三代の残した華麗な仏教文化の粋、金色堂などで著名だが、さらにそのみちの奥の八戸市に (義経時代より少し時代は下るが)南北朝から室町にかけての鎧兜の名品を多く所蔵する神社があることは、あまり知られていないようだ。櫛引八幡宮(くしびき はちまんぐう)。出張の折に訪れたことがあるが、すばらしいものだった。赤糸おどしの非常に工芸的に繊細で優美な鎧兜は、天皇用のものだという説もあるだけに非常に装飾的であまり実戦向きではないだろうが、このような鎧は、義経の勇姿を思い浮かべるよすがになる。

神社については、このサイトが要領よくまとめている。また、関連して面白い旅行記を見つけた。

日本の鎧兜(甲冑)の名品を所在地リスト

そういえば、先日、「日本菜紀行」というTV番組で、あのマイウーの石ちゃん(ホンジャマカの石塚)が、八戸とその周辺を訪ね、尾形の馬刺し、馬鍋や菊駒という銘酒、ミズダコの刺身など、自分も味わったことのある美味を紹介してくれて、うれしかった。

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2005年2月 3日 (木)

ルーヴル美術館展 横浜美術館

最寄の駅に4月から横浜美術館で開催されるルーヴル美術館展のチラシがおいてあった。

展示予定の絵画の中におやっというものがあった。アングルの「泉」である。これは確かオルセーで見たはず。いつからルーヴルの所蔵品になったのだろうか?パンフレットをよく読んでも、今回のルーヴル美術館展のホームページを読んでもとくに「泉」がルーヴルの所蔵品ではなくオルセーから借りたものだということは書かれていない。

まあもともとオルセー美術館自体、「館の方針としては、原則として1848年から1914年までの作品を展示することになっている」とのことで、アングル『泉』(1820年-1856年)は完成年代が1848年を過ぎているので、他の多くのアングル作品(「グランド・オダリスクやトルコ風呂、入浴する女など」はルーヴルに展示されているが、これは元々ルーヴル所蔵だったが例外的にオルセーに移されたのかも知れない。そこで、横浜美術館のご意見箱に下記の投稿をした次第。(もしそうだとすればフランスの美術行政も結構杓子定規では?)

ルーヴル美術館展の「泉」について アングルの「泉」は、オルセー美術館に展示してあるのを実際に見たことがありますし、各種資料でもオルセー美術館所蔵とされていますが、今回の展覧会のチラシ、ホームページでは特にそのようなコメントがないようです。 むしろ「19世紀前半のフランス絵画を、その最も優れたコレクションを有するルーヴル美術館の所蔵品により構成し、・・・」とあたかもルーブルの所蔵品であるかのような書かれ方です。 ルーヴルとオルセーの間の貸し借りとか、所有権の移転とか何か背景があるのでしょうか。差し支えなければご教示ください。

なお面白いページを見つけた。山形大学の阿部助教授のページ。

--------------これについての続報
2/3付けで美術館より 質問を受け付け、回答をおり返し送る旨のメールが届いた。

2/8付けで美術館 学芸部より、回答が届いた。
これによると

作品の所蔵者はルーヴル美術館であり、ルーヴルがオルセーに寄託するかたちをとっております。従いまして、本展の準備にあたり、日仏双方で出品作について見当する中で、《泉》はあくまでルーヴルの所蔵品として選択され、オルセーの許可も最終的に得て出品される次第です。

ということで、納得できた。お礼のメールを返信した。

 

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