カテゴリー「コンサート」の23件の記事

2015年12月 7日 (月)

第6回音楽大学オーケストラフェスティバル(ミューザ川崎 2015/12/6 最終日)

○2015年12月06日 (日)15:00 開演(14:30開場)   会場     ミューザ川崎シンフォニーホール
◇東邦音楽大学 (指揮:田中良和)     シベリウス/交響曲第2番 ニ長調 作品43
◇東京音楽大学 (指揮:現田茂夫)     ムソルグスキー(ラヴェル編曲)/組曲『展覧会の絵』
◇国立音楽大学 (指揮:尾高忠明)     ラフマニノフ/交響曲第2番 ホ短調 作品27

どの演奏も素晴らしかった。先週の2大学の時(3Cの中央最前列)よりも、若干前よりの席(2CBの3列目中央)だったこともあるのか、作品自体の性格のせいか、弦楽器群が管楽器・打楽器にマスクされずよく音が伝わり、その点でも満足できた。

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シベリウスは、指揮者の田中良和氏の抑制された指揮振りと12型(?)と比較的小型な編成にもかかわらず、シベリウス的な壮大さが感じられるいい演奏だったと思う。第2楽章の沈鬱な表情もよかったが、やはり第3楽章スケルツォから第4楽章への盛り上がり、そしてコーダに向けての壮大な高揚感にはやられてしまった。最近はこの曲はオーディオでの視聴をすることは減ってしまったが、やはり生演奏はいい。

この交響曲が2管編成で作曲されていることを今回改めて意識したのだが、ベートーヴェンやシューベルト、シューマン、ブラームスらとそれほど変わらないオーケストラ編成で、これほどユニークな作品を作曲したのはすごい。シベリウス生誕150年の記念年でもあり、この演奏を聴けてよかった。

2曲目のムソルグスキー作曲ラヴェル編曲のこの人気曲は、ディスクや放送などで長らく親しんだおかげで細部まで耳に親しく、7・8年前にはファミリーコンサートでプロの生演奏を聴いたこともあった曲だったが、今日のこの演奏は本当に堪能できた。とてもまとまりがよく、一体感の強いオケだと思った。

トランペットが大活躍する曲だが、第1奏者の男性は、見事にこの大役を果たしていた。金管楽器群が大活躍する「キエフの大門」での輝かしく透明で豪快な演奏で、一瞬オーケストラの各楽器の溶け合いが、パイプオルガンの響きに聞こえるほど素晴らしいもので、耳の御馳走を味わった気分だった。指揮者現田茂夫氏の指揮は暗譜で、曲想をよく示し、奏者たちに安心感を与えさせるようなフレンドリーな指揮ぶりだった。前回聞いたプロオケとホールでの記憶よりも数段強い感動を味わえた。

先週の「春の祭典」もそうだったが、本来感涙を絞るような曲ではないのだが、一心不乱にクライマックスに向かう学生オーケストラの演奏に没入してしまい、完全に曲・演奏と一体になった感覚で、不覚にも熱いものがこみあげそうになった。魔術師ラヴェル的なソロの多いこの曲で、古城、ビドロなど各ソロの奏者たちや打楽器奏者たちも大活躍。本当にブラヴォー。

もうこのあたりで大満足だったが、休憩を挟んで、次の長大な交響曲。

3曲目のラフマニノフは、この曲の完全版の蘇演に貢献したプレヴィン指揮のものを含めて何種類かのCDを聞いてきた曲だが、前述の2曲に比べては親密度が低い。映画音楽にも多大な影響を与えたラフマニノフの真骨頂的な情緒的な美しいメロディーがふんだんに聞かれるのだが、素人の耳には統一的な交響曲作品として各楽章間の統一感が少ない印象であり、マーラーほどの構成力もないように思え、これを名指揮者の尾高忠明氏が学生オーケストラと一緒にどのように取り組むのかが関心事だった。

コントラバスが7本もそろい、16型(?)のフル編成の弦の響きはすごいものだった。暗譜で指揮棒を持たず、指揮台の上を軽く踊るように流麗に指揮する指揮者に率いられて、若い学生たちの演奏は濃厚ではあるものの爽やかさを感じさせてくれたものだった。(芥川也寸志、黒柳徹子によるNHKテレビの音楽番組でクラシック音楽に一層親しみをもつようになったが、その時の指揮者が若き尾高忠明氏だったが、隔世の感がある。)

退屈はしなかったものの、やはり自分にとっては少し長すぎる曲だった。一番面白いのは第2楽章のスケルツォなのだが、この形式もシンプルではなく、なかなか把握しにくい。ホルン群はよくそろって印象的な主部主題を奏で、効果的なグロッケンの奏者も上手だった。第4楽章では、循環形式的に先行する楽章の主題を引用したりするものの、いわゆる展開・変奏が行われず、たっぷりとした旋律がフォルテで延々と繰り返され続くので、次第に耳が麻痺状態になってくるような感に捉われた。そういう意味で同じく長大なブルックナー、マーラーの交響曲とは違い、なかなか親しめない曲なのだ。

感涙を絞ると言われる有名な第3楽章は、比較的早めのテンポで演奏されすっきりと優美に聞こえるものだった。この第3楽章は、ホール中が集中力を高め、楽章終了後にはしわぶきの音一つ立たない完全な静寂状態に包まれ、すごかった。フィナーレが終わると会場はブラヴォーの嵐だった。指揮者も結果に満足したようだったが、最後の異例の御礼とこのフェスティバルへの賞賛はよかったが、〇オーケストラ批判を交えたのは、口が滑ったとはいえ少々意図不明でもあった。

2日間とも、さすがに若い学生たちのパワーに中てられた感じで、一リスナーながら後半に疲れてしまったのは、まだ50代半ばとしては少々だらしないかも知れない。それ以上の年齢の指揮者たちの活力と、多くの比較的高齢なリスナーたちを見習わなくてはなるまい。

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2015年11月29日 (日)

第6回音楽大学オーケストラフェスティバル(ミューザ川崎 2015/11/28)

2014年の11月に第5回音楽大学オーケストラフェスティバルのミューザ川崎での2日目の公演を聴くことができ、その演奏にすっかり堪能して、来年の公演も聴きたいと思っていたが、その念願がかない、第6回のミューザ川崎の第1日目の公演を昨日11/28の晩秋の秋晴れ午後に聴くことができた。

今回は、このミューザの第1日目と来週12/6(日)に予定されている第2日目のチケットを8月にウェブ予約で入手したのだが、すでにその時点で、通常公演でのS席に当たる平土間席中央や2階席中央あたりはほとんど売り切れ状態だった。1回券でも1,000円。全4回通し券なら1回750円という破格のチケット価格もあり、安定した人気があるらしい。それでも今回はこのホールで初めて3階の真正面の席を長男と続き席で取ることができた。(夏の「復活」の時には、断崖絶壁のようなバルコニー席で慣れるまで少し時間がかかったが、今回は3階の最前列でもあり、前が手すりだけで見晴らしがよく、音楽だけに集中できた。)

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さて、今回の私の関心は圧倒的に「春の祭典」の初実演だった。おそらく私の個人的な視聴回数では、交響曲を除くオーケストラ曲では最も多いものだ。

ストラヴィンスキー 「春の祭典」 のマイライブラリ
このほかにLPでフェドセーエフ/モスクワ放送響

これまで是非一度実演を聴いてみたいと願っていたが、プロオーケストラでもなかなか演奏機会がなく(膨大な編成や著作権が存続している?ことによる各種費用がかさむこともあるだろうが、やはり演奏上難曲であることが一番大きな理由ではないだろうか?)、時折アマチュアオーケストラが演奏するというような話を伝え聞いていたが、ついぞ機会を失していた。(アマチュア世界初演は、1970年の早稲田大学交響楽団によるものらしい。)

1913年のピエール・モントゥーによる初演での大騒動は、クラシック音楽・バレエでは大事件の一つに数えられるものであり、1950年の日本初演では故・山田一雄とN響が数回の公演で、何度も途中で停まり、最難関の「いけにえの踊り」の変拍子では指揮者も演奏箇所を見失い、無理やり曲を閉じたことがN響の80年史にも書かれているという演奏上の難曲だが、現在では上述の早稲田を皮切りにアマチュアオーケストラも(どの程度の完成度か分からないが)演奏にチャレンジするまでになっている。

とはいえ、音楽大学の学生がこのような難曲に果敢にチャレンジするのは大変興味があった。おそらく演奏曲目を決定したのは、昨年のフェスティバルが終了してからのことだろうから、じっくりと1年間かけてこの曲に取り組んだことだろう。

恒例の参加大学からのエールとして、最初に桐朋学園の学生が作曲したファンファーレが奏でられた。パーカッションが入った曲で、3階席は残響音が豊富なためか、ブラスの音がかき消されるほどのバランスだった。音響としてはバルコニー席の方がクリアかも知れない。

さて、いよいよ「春の祭典」。3,4階最上部の側面のバルコニー席はチケットが売り出されていなかったのか完全に空席だったが、そのほかは舞台後方が少なかったほかはほぼ座席を埋めていた聴衆がシーンと集中力を高めるのが分かるような始まりだった。

冒頭からのファゴットのソロが難しいことは有名だが、多くのパートがソリスティックに活躍するため、それだけでも学生にとっては難曲だと思うが、昭和音大の学生たちはよく健闘していた。指揮の齊藤一郎氏は、以前テレビでセントラル愛知を指揮する姿を見かけたことがあるが、明快で迷いのない的確な指示で学生オーケストラを引っ張っていき、指揮姿だけでも見ごたえがあった。

中で特に印象的だったのは、女性のティンパニ奏者。5種類ほどある音程の違うティンパニを本当に魔術のように両腕を揮い、この曲を引き締め、推進させていて見事だった。このコンサートの予習のために見た数年前のデュトワとN響の演奏会の録画では首席フルートがアルトフルートを吹いていたのだが、この演奏のせいか録音のせいかあまり音が通らなく、実演ではそんなものかと思っていたのだが、この昭和音大の演奏ではしっかり芯のある音が聞こえて、印象に残った。

通常のコンサートでは、腕慣らしの序曲等が演奏されるのだが、フェスティバルということもあり、いきなりこの曲を演奏するのだから、緊張感は並大抵のものでは無かったと思う。それに打ち勝ち、それこそ若い学生たちが自らを「生贄」のごとく捧げ、懸命なリーダーに従って必死になって「クラシック音楽という儀式」を行い、曲のプログラムでは選ばれた乙女はその死によって春の到来に感謝をささげるのだが、若い学生たちは自己犠牲という没入を通じて、大きな達成感を得たのではなかろうか?この曲自体、通常は目頭を熱くするような曲ではないのだが、複雑なリズムでも途中で停まるようなことなく、最後の「生贄の踊り」の変拍子を一気呵成に、圧倒的な迫力をもって演奏する音楽に、こちらも完全にのめり込み、大団円を迎え、思わず涙がにじんだ。約30分強という短い音楽ではあるのだが、物凄く濃密な体験をさせていただいた。

この曲は録音では、長らくブーレーズ指揮のクリーヴランド管(1969)による精緻さにおいて画期的で迫力はありながらスマートな演奏が規範的になってはいるが、私自身の好みとしては、スヴェトラーノフフェドセーエフによるロシア的な少々原色的で豪快な演奏が好みということもあるし、最近大いに話題になったロトとル・シエクルによる初演当時のピリオド楽器による演奏のように楽器の個性がはっきりと発揮されたものの方が面白いと思う。

François-Xavier Roth  Les Siècles 2013 プロムスでの演奏

その観点からも、学生たちによる熱気あふれる演奏は心に染み入った。

ただ、意外にも「ブラボー」の声は掛らず、私も叫ぶ勇気が無かったのだが、心の中ではブラボーを何回も叫んでいた。

休憩をはさんで、今度は昭和音大からのエールであるファンファーレが奏でられ、桐朋学園大学による「火の鳥」全曲版の演奏が始まった。

高関健氏という経験豊富な練達の指揮者によって高水準の「火の鳥」を聴かせてくれた。弦も管も打楽器もハープも安定していて上手であり、ホルン(という楽器はどんなプロオーケストラでも難しいものだが)もよく健闘していたという印象を持った。桐朋学園は、特に弦楽器では日本でもトップクラスの奏者を輩出していることもあり、コントラバスによる冒頭部分から強い演奏力を示していたし、コンサートミストレスやチェロのトップ(女性)も高水準のソロを奏でていた。

ただ、作品そのものへの私の興味関心は、「春の祭典」の方が圧倒的に強いため、前半ですでにほぼ満足してしまい、私の中では少々おまけ的な聴き方になってしまってしまい、申し訳ない感じだった。

終演後のブラボーは、何度もかかり、その演奏をほめたたえていた。長男も数度ブラボーを叫んでいた。

なお、蛇足だが、この演奏会と今年6月のノットと東響の「ペトルーシュカ」により、ストラヴィンスキーの三大バレエ曲を実演で聴けたことになる。

さて、来週12/6は、昨年聞けなかった東邦音楽大学 東京音楽大学 国立音楽大学の三大学。「展覧会の絵」は実演経験済だが、人気曲のシベリウス2番と、これまた長大なラフマニノフの2番が一挙に聴けるお得なプログラム。楽しみだ。(残す東京芸大は、来年聴いて見たいものだ。)

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2015年 第6回音楽大学オーケストラ・フェスティバル概要

東京芸術劇場&ミューザ川崎シンフォニーホール共同企画
第6回音楽大学オーケストラ・フェスティバル 2015

○2015年11月08日 (日)15:00 開演(14:00開場)  会場 東京芸術劇場コンサートホール
◆武蔵野音楽大学 (指揮:梅田俊明) シベリウス/交響曲 第2番 ニ長調 作品43
◆洗足学園音楽大学 (指揮:秋山和慶)  ムソルグスキー(ラヴェル編曲)/組曲『展覧会の絵』

○2015年11月15日 (日)15:00 開演(14:00開場) 会場     東京芸術劇場コンサートホール
◆上野学園大学 (指揮:下野竜也)     ストラヴィンスキー/管楽器のための交響曲(1947年版) 、ペルト/カントゥス ― ベンジャミン・ブリテンの思い出に、ブリテン/シンフォニア・ダ・レクイエム 作品20
◆東京藝術大学 (指揮:山下一史)     R.シュトラウス/交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」 Op.30, TrV176

○2015年11月28日 (土)15:00 開演(14:30開場)  会場     ミューザ川崎シンフォニーホール
◇昭和音楽大学 (指揮:齊藤一郎)     ストラヴィンスキー/バレエ音楽<春の祭典>
◇桐朋学園大学 (指揮:高関健)     ストラヴィンスキー/バレエ音楽<火の鳥>(全曲版)

○2015年12月06日 (日)15:00 開演(14:30開場)  会場     ミューザ川崎シンフォニーホール
◇東邦音楽大学 (指揮:田中良和)     シベリウス/交響曲第2番 ニ長調 作品43
◇東京音楽大学 (指揮:現田茂夫)     ムソルグスキー(ラヴェル編曲)/組曲『展覧会の絵』
◇国立音楽大学 (指揮:尾高忠明)     ラフマニノフ/交響曲第2番 ホ短調 作品27

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2015年10月 1日 (木)

「コンサートは始まる」を20数年ぶりに再読

ボストン響の音楽監督の交代についてのブログ記事を拝見し、その流れでボストン響のWikipedia英語版を眺めていて、たまたま小澤征爾、ボストン交響楽団の項目が目に入った。英語版の記事の筆者は、他の音楽監督時代に比べて、ボストン響の小澤時代に対して相当手厳しい筆致で詳細に描写しており、改めて驚いた。

英語版 Boston Symphony Orchestra

Ozawa's tenure involved significant dissension and controversy.

A more basic concern involved perceived shortcomings in Ozawa's musical leadership; as Sandow wrote in the 1998 article, "what mattered far more was how badly the BSO plays."  He noted that a group of Boston Symphony musicians had privately published a newsletter, Counterpoint, expressing their concerns; in the summer of 1995 concertmaster Malcolm Lowe and principal cellist Jules Eskin wrote that in rehearsal Ozawa gave no "specific leadership in matters of tempo and rhythm," no "expression of care about sound quality," and no "distinctly-conveyed conception of the character of each piece the BSO plays."

英語版 Seiji Ozawa

Ozawa caused controversy in 1996/97 with sudden demands for change at the Tanglewood Music Center, which caused Gilbert Kalish and Leon Fleisher to resign in protest. A controversy subsequently developed over various perceptions of the quality of Ozawa's work with the BSO.

この手厳しい書き方に触発され、今から20年以上前に発刊された頃に図書館か何かで借りて一度読み、その後数年前にBookOffで目に留まり購入して積読(つんどく)にしておいた

コンサートは始まる―小澤征爾とボストン交響楽団  1989/12/1 カール A.ヴィーゲランド (著), 木村 博江 (翻訳)

が思い浮かび、再読した。1990年頃というのは、自分にとってつい最近のように考えてしまうが、省みればもう25年も前、ふた昔以上も前のことなので、改めて時の流れの速さに戸惑った。

1990年頃に読んだ時には、この本の縦筋の主題であるマーラーの「復活」についてもそれほど聴き込んでいなかった。それに、今回の再読時にも感じたが、多分英語の原著の未整理で気取った調子をそのまま日本語に翻訳しただろうと思われる訳文も、主張と理由の前後関係が曖昧だったり、時系列がすんなりと頭に入ってこなかったり、さらに音楽経験者の原著・訳書というのにトランペットのC管とF管の音程差が、三度関係と書かれているのも四度の間違いではないかと思ったりで、細かいところはいろいろ気にはなった。初読の頃にはこれらが邪魔になりあまり頭にすんなりと入ってこなかった。

このように読む側の知識不足や、原文・訳文の未整理、さらに小澤征爾がどちらかというとヒールとして描かれている部分が気になり、読み終えてからも、隔靴掻痒で、理解が追い付かないような印象が残っていて、爽快感がなく相当フラストレーションが溜まる本だったので、購入後に再読する気が起きなかったのだった。(そういう意味では、私は小澤征爾氏の「成功ストーリーのファン」ではある。)

その後、時折背表紙が目に入ったときなど、この本の内容を思い浮かべるときは、小澤征爾とトランペット奏者の対立関係が第三者的にも不愉快なものだったことくらいだった。読んでから入手して聴いたマーラーの第1、4番もそのトランペット奏者らが参加しているのだろうが、不愉快な人間関係でストレスを抱えながら演奏する指揮者と楽団員の不幸な関係をどうしても想起してしまったことも思い出す。小澤とボストンのマーラーは、その印象も多少影響しているのだろうが、あまり愛聴しているとは言えない。(1番4番

ただ、今回読んでみると、ボストン時代と、ウィーン国立歌劇場時代を過ぎ、さらにサイトウキネンフェスティバルが2015年にセイジ・オザワフェスティバルに名前を変えた今日からの視点でみると、さもありなんという感じになるから不思議だ。

それでも小澤征爾の業績を振り返ったときには、このノンフィクションの記載は相当重要であろうとは思ったりもする。

今回改めて読んでみて思ったのは、アメリカのオーケストラの「労働組合」の時間制限というものの、芸術的な意味での非効率さというものは凄まじいものだということだった。

小澤より一二世代前のトスカニーニ、クーセヴィツキー、ライナー、セル、オーマンディらの暴君的・専制君主的な圧政への反省が、そのようなシステムをもたらしたのだろうし、日本における日教組が唱えた「教師=労働者」と、「教師=聖職者」論の対立の構図と似通ったところがあるのだろうが、工場労働者が「製品」を作り上げるのとは違い、再現芸術としての音楽を創造しさらにまた人間を教え育てるというような「人間的な」任務・仕事に対してマルクス的な疎外された労働者像を押し付ける見方の間違いや非親和性、限界を感じる。

むろん、演奏力、創造力、教育力などのの能力には大きな差があり、それをオーケストラや学校という集団作業で行う時の軋轢によって、個々の奏者や教師、生徒に平等ではない軋轢が生じ、プレッシャーがかかることは避けられないが、それを「労働時間」として規制するという考えた方にそもそも矛盾がある。基本的人権たる部分は尊重され保護されながらも、突き詰めた仕事・任務というものがもたらす価値のようなものが見逃されがちとなるからだ。

オーケストラ奏者(いわゆる正規組合員)への手厚い保護の一方で、意外なのは同じ音楽に奉仕しながら、合唱団はアマチュア、ヴォランティアとして無償で参加するという習慣(これは、先日聴いた東京交響楽団の「復活」でも同じだった。)、いわゆる労働界においても、正規、非正規労働者の間の差別のような側面の要素もあるのではなかろうか。ただ、ヴォランティア合唱団の方が、音楽的訓練や能力は低くとも、献身性の点では価値があるようにも思ったりもする。(器楽と歌、特にコーラスの地位の差。)それが音楽的な実質とどうつながるかが難しいところだが。

この本は必ずしも「小澤批判本」ではないが、それまで順風満帆だと伝えられていた小澤ボストンの関係が必ずしもそうではなかったことを日本に伝え、衝撃を与えたものではあるだろう。このような人間臭い毀誉褒貶は、「出る杭は打たれる」という諺が洋の東西で変わらないものだということの再確認でもある。(バーンスタインの暴露的な伝記もヒドイものだったのを思い出す。)

さて、上記のWIKIPEDIAの記事に戻ると、その「主張」「批評」は、主に上記の書籍でも言及されたボストンの日刊紙の批評家による小澤批判をリライトしているように思われる。百科事典的には少々感情的すぎる文章である。小澤ボストンのフィリップスの「春の祭典」への一評論家の意見を引いて攻撃することもあるまいに。確かに「自発性」という観点からは、その批判ももっともかと思うが。

なお、Wikipediaの記事にあった、マルコム・ロウというコンサートマスターによる小澤批判は書籍ではまだ書かれておらず、さらにタングルウッドの運営についてのあのセルとの共演で知られるレオン・フライシャー等とのいざこざも書かれているが、まだ起きてはいなかった。小澤征爾のボストンからの2002年の音楽監督辞任までいろいろトラブルが沢山あったのだなあと思う。

そのためか、ボストン響史上最長の音楽監督にもかかわらず、「桂冠指揮者」 conductor laureate/ laureate conductor の称号は授与されていない。

追記:ボストン響のホームページにあたると桂冠音楽監督だった。まったく恥ずかしい!

Seiji Ozawa Music Director Laureate

                   

Seiji Ozawa is Music Director of the Vienna State Opera since the 2002/2003 season and is an annual and favored guest of the Vienna Philharmonic Orchestra. Prior to his Vienna State Opera appointment he served as Music Director of the Boston Symphony for 29 seasons (1973-2002), the longest serving music director in the orchestra's history. Mo. Ozawa is also Artistic Director and Founder of the Saito Kinen Festival and Saito Kinen Orchestra (SKO), the pre-eminent music and opera festival of Japan and in June 2003 it was announced that he would be Music Director of a new festival of opera, symphony concerts and chamber music called "Tokyo no Mori" which had its first annual season in February 2005 in Tokyo. The 4th season opera in April 2008 was Eugene Onegin. In 2000 he founded the Ozawa Ongaku-Juku in Japan, an academy for aspiring young orchestral musicians where they play with pre-eminent professional players in symphonic concerts and fully staged opera productions with international level casting. The Ongaku-Juku opera for July 2009 will be Hansel and Gretel.

 

In 2004, Maestro Ozawa founded the International Music Academy - Switzerland dedicated to training young musicians in chamber music and offering them performance opportunities in orchestras and as soloists. Its first season was at the end of June and beginning of July 2005 and its 6th season will be June 25-30, 2009. Since founding the Saito Kinen Orchestra in 1984, and its subsequent evolution into the Saito Kinen Festival in 1991, Mo. Ozawa has devoted himself increasingly to the growth and development of the Saito Kinen orchestra in Japan. With extensive recording projects, annual and world-wide tours, and especially since the inception of the Saito Kinen Festival in the Japan "Alps' city of Matsumoto, he has built a world-class and world-renowned orchestra, dedicated in spirit, name and accomplishment to the memory of his teacher at Tokyo's Toho School of Music, Hideo Saito, a revered figure in the cultivation of Western music and musical technique in Japan. The Saito Kinen Festival was from August 26-September 9, 2008 featuring concerts as well as staged performances of Cunning Little Vixen, with Maestro Ozawa as conductor.

 

During 2007/2008, Maestro Ozawa's appearances included: Far East tour of Le Nozze di Figaro with Vienna State Opera [Shanghai, Seoul, Taipei, Keohsiung and Singapore]; Orchestre National de France concerts in Paris and at Besançon, Pique Dame with the Vienna State Opera; followed by Tannhäuser with the Opera National de Paris; Berlin Philharmonic European tour [Berlin, Paris, Lucerne and Vienna]; Zauberflöte für Kinder in Vienna; Elektra with Teatro Comunale di Firenze; Berlin Philharmonic concerts for the Salzburg Easter Festival; Japan performances with Tokyo Opera No Mori [Eugene Onegin]; Ongaku-Juku performances of Die Fledermaus followed by Saito Kinen concerts and staged performances of Cunning Little Vixen. Maestro Ozawa will be at Vienna State Opera in the 2008/2009 season with Pique Dame in September and October, followed by a tour in Japan with the Vienna State Opera in a production of Fidelio. November and December marks his return to the Metropolitan Opera, conducting Queen of Spades, as well as appearing with the Boston Symphony Orchestra in late November. January 2009 he performs with the New Japan Philharmonic in Japan, returning to Europe for a performance with Vienna Philharmonic Orchestra at Salzburg's Mozartwoche on January 24, followed by concerts with the Berlin Philharmonic Orchestra. He appears with Orchestre de l'Opéra de Paris at the Bastille on February 7, returning to Vienna for Zauberflöte für Kinder on February 20 followed by Vienna State Opera's Eugene Onegin in March. During April he will be in Japan for performances with the New Japan Philharmonic, Ongaku Juku and the Mito Chamber Orchestra. Returning to Paris in May, he conducts the Orchestre de l'Opéra de Paris with Renee Fleming on May 7; then tours with the Berlin Philharmonic also in May. Maestro Ozawa returns to Vienna State Opera for Eugene Onegin in late May/early June and following this period he has concerts in June with the Vienna Philharmonic. He will conduct and hold classes at his Swiss Academy June 25-30, returning to Japan for Ongaku Juku performances of Hansel and Gretel at the end of July followed by the War Requiem and concerts during the Saito Kinen Festival between August 26 and September 9, 2009.

 

Born in 1935 in Shenyang, China, Seiji Ozawa studied music from an early age and later graduated with first prizes in both composition and conducting from Tokyo's Toho School of Music. In 1959 he won first prize at the International Competition of Orchestra Conductors in Besançon, France, where he came to the attention of Charles Munch, then the Boston Symphony music director, who invited him to Tanglewood, where he won the Koussevitzky Prize as outstanding student conductor in 1960. While working with Herbert von Karajan in West Berlin, Mr. Ozawa came to the attention of Leonard Bernstein, who appointed him assistant conductor of the New York Philharmonic for the 1961-62 season. He made his first professional concert appearance in North America in January 1962, with the San Francisco Symphony. He was music director of the Ravinia Festival, summer home of the Chicago Symphony (1964-69), music director of the Toronto Symphony (1965-1969) and music director of the San Francisco Symphony (1970-1976). He first conducted the Boston Symphony in 1964 at Tanglewood and made his first winter subscription appearance with them in 1968. He was named Artistic Director of Tanglewood in 1970, Music Director of the Boston Symphony in 1973, leaving a legacy of brilliant achievement evidenced through touring, award-winning recordings (more than 140 works of more than 50 composers on 10 labels), television productions (winning 2 Emmy awards), and commissioned works.

 

Through his many recordings, television appearances, and worldwide touring, Mo. Ozawa is an internationally recognized celebrity. In recent years, the many honors and achievements bestowed upon Mr. Ozawa have underscored his esteemed standing in the international music scene. French President Jacques Chirac named him (1999) Chevalier de la Légion d'Honneur, the Sorbonne (2004) awarded him Doctorate Honoris Causa and he has been honored as "Musician of the Year" by Musical America. February 1998 saw him fulfilling a longtime ambition of joining musicians around the globe: he led the Opening Ceremonies at the Winter Olympics in Nagano, Japan, conducting the "Ode to Joy" from Beethoven's Ninth Symphony with the SKO and six choruses located on five different continents - Japan, Australia, China, Germany, South Africa, and the United States - all linked by satellite. He received Japan's first-ever Inouye Award (1994), named after Japan's pre-eminent novelist, recognizing lifetime achievement in the arts. 1994 also saw the inauguration of the new and acclaimed Seiji Ozawa Hall at Tanglewood. Mo. Ozawa also has been awarded honorary degrees from Harvard University, the University of Massachusetts, Wheaton College, and the New England Conservatory of Music.

               

 

その間の録音はあまり聞いたことがないが、少なくともツィメルマンとのラフマニノフの「第1番」の協奏曲の伴奏などは見事なものだったが。

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同書に対する感想(ネット検索で見つけて読んでみたもの)

http://blogs.yahoo.co.jp/shimabunbun6944/30346959.html

http://blog.livedoor.jp/akiravich/archives/51095423.html

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2015年8月10日 (月)

マーラー 交響曲第2番「復活」 秋山和慶指揮東京交響楽団 8月9日

この日は猛暑も少し収まったが、開演の15時前に川崎に着くには自宅を13時半には出なくてはならず、最寄り駅近くの時間貸し駐車場まで車で行き、その後200mほどを歩いただけだが、真夏の日盛りの中、妻と長男ともども大量の汗をかいてしまった。夏のコンサートや映画では、羽織るため(これはホールからのご案内メールにも書かれていたが)の長袖シャツが必須だが、それに加えて今回は用心のためにシャツの着替えをバッグに詰めて持参した。(その後、座席で羽織ったが、今回も正解だった。隣席の男性は、感極まったのか、エアコンの風で鼻がぐずったのか分からないが、鼻をすする音を立てていた。)

このコンサートは、この前の6月のコンサートの時にミューザのチケットカウンターで引き換えたので覚えているのだが、5月ごろウェブ予約で申込み辛うじて駆け込み的にチケットが取れた公演で、当日売りの合唱団席脇の40席ほどの追加販売も完売だったらしい。川崎駅のコンコースの電光掲示には、本日の公演完売御礼の赤い文字。とはいえホール入口では、チケットを求むの紙を持った人を一名見かけたほどだった。このフェスタ サマーミューザ KAWASAKIという音楽祭に来たのは初めてだが、はるか以前に訪れた松本市の「第2回サイトウキネン」(今年から名前が小澤征爾記念に変わるらしいが、小澤征爾氏の急な骨折のため本人の登場は期待できないことになってしまったらしい。第2回の時とは隔世の感がある)の華やかさはなく、逆に日常風景に溶け込むような気張らなさが感じられる親しみ深いものだった。

中学生の頃から音楽には親しんでいたが、田舎暮らしということもあり、本当に生演奏を聴いた経験が少なく、その少ないコンサート経験の記憶をたぐってみても、恥ずかしながら、多分マーラーの曲を生演奏で聴いたのは今回が初めての機会となる。最初から結論めいてしまうが、この「復活」のような強い魅力のある音楽を最初から耳にしてしまうような現代の青少年音楽ファンには、古典派やブラームスなどの渋い音楽が物足りなくなってしまうのもある意味理解できるような、それこそフルコースでてんこ盛りの豪勢なメニューを腹いっぱい食べたような経験だった。(あのサイモン・ラトルがこの曲を聴いて指揮者を志したという話を読んだことがあったり、この曲の専門とする指揮者ロバート・キャプランがいるなどのエピソードもこの曲のアピール力を示すものだろう。)

さて、このフェスティバルは在京とその周辺で活動するプロオケが日がわりで出演する夏の音楽祭で、リーズナブルな値段もあいまって人気が高いらしく、ようやく予約できたのがB席(3,000円)で舞台に向かって左側の4階席。席の移動の時にバランスを崩すのは本当に命の危険があるように思うし、高所恐怖症の人には絶対無理なような下をのぞき込むと怖いほどの天井桟敷さながらの場所。高所恐怖症ではないが心配症なので、この席に慣れるまで結構気を遣ってしまい、なかなか集中ができなかった。予約席で希望の席が取れないときの難点でもある。

これまで3回ほど聞いたミューザの比較的ステージに近い席とは大きく異なるため音響面では危惧していたが、第1ヴァイオリンを数えてみると16型の大編成のオーケストラの弦楽器群の各パート(俯瞰するので、その並びがよく見え、ボーイングの違いによってどこまでが第1でどこから第2ヴァイオリンかがよく分かったが、以外なほど入り組んでいた。)がほどよく分離して聞こえ、木管やハープ、金管、打楽器のソロなどは音が下から上ってくるので耳元で聞こえるような錯覚に陥るほどの良好な音響で、それこそ微妙なピアニシシモから、ホールが飽和してビリつく一歩手前の耳を劈くほどの大フォルティシシモまでをくっきりと耳にすることができ、マエストロ秋山和慶の「復活」を満喫することができた。(まだ正面エリアの2,3階では聴いたことはないが、このホールは今のところどの席で聴いても、どのパートの音もよく聞こえるし、かといってハーモニーや楽器の混じり合い、溶け合いがないというのではないため、音楽の形がよく「見える」ようだ。ステージ脇や後ろよりも高さと遠さを気にしなければこの4階席は音としては悪くない。)

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この曲は録音ではテンシュテット/LPOのスタジオ録音盤、昨年か一昨年購入したバーンスタイン/NYP、それと昨夏購入したクーベリック/バイエルン放送響でそれなりに親しんできたし、若いころはかのラトルがバーミンガム市響を振ったライブがFM放送されたものをカセットテープへエアチェックしたものでもよく聞いた。近年では、漫画「のだめ」のビエラ先生がライバルの急逝に捧げてこの曲を振るシーンが印象に残っている。前日には、2012年の7月に行われた仙台の県民ホールの東日本大震災復興祈念の飯森範親指揮仙台フィルと山形交響楽団合同演奏会の録画を長男と予習にじっくり鑑賞して、とても感動した。ただ、長い曲でもあり、魅力的・印象的なフレーズが各所に現れて結構耳に親しいのだが、楽曲分析的にはベートーヴェンの「第九」とは違いその筋書的なストーリーがもう一つつかめないため、鑑賞しながらもいつも隔靴掻痒的に感じる曲でもある。

この日の生演奏を聴いて、マーラーの魅力を満喫するには、オーディオでも相当の大音量で聴かないとこの音楽を味わったことにはならないのかも知れないと実感した。その意味では、普段、ステレオイアフォンで聴いている音楽は、まさに形骸でしかないかもしれない(これでも十分楽しめるのだが)。

コンサート感想と言っても、まず初マーラーであり、初「復活」だったので、細かい気づきはいろいろあったものの、他の演奏との比較をするような詳細な感想はなかなかものすることはできないが、終楽章の第5楽章、合唱が登場する前の部分の「怒りの日」のモチーフから始まるブラスのコラールで、突然感極まって涙が出そうになったことは書き留めておくべきだろう。

最近音楽を味わうにあたって「感動」や「感激」だけを追い求めるような姿勢がすべてではないように考えが変わってきてはいるが、8月9日という長崎原爆投下70周年のこの日に、「復活」というキリスト教的な観念やトルストイの「小説」を想起させるものではあるが、人の死生というものを考えたときに避けては通れないテーマに生涯正面から取り組んだマーラーが、その若き日に「生きるために死ぬのだ」とコーラスに歌わせた終楽章にいたったとき、まさに一種の宗教の祭儀に列席しているような幻影に捕らわれるような感を抱いた。

すでに80歳にも近いというのに、指揮者の秋山和慶氏はとても若々しく、音楽もその姿に似て、折り目正しく、明快で、高い気品が感じられた。昨年大学オケの公演でも輝かしい「ローマの松」を聞かせてくれたが、このマーラーも光り輝く「復活」とでも称すべきかもしれないと思う。

第5楽章までP席に陣取っていたコーラスは、第5楽章の直前に起立整列した。中央に男声で両脇に女声。無理のない発声でよく溶け合ったハーモニーと明瞭な子音が聞き取れて、優れたコーラスだと思った。男声によるクライマックスでもホールの美しい響きを生かして、威圧的ではない心の籠った歌だった。オーケストラは多彩で素晴らしいが、人の声の力はやはり心に沁みとおる。

ソプラノとアルトのソリスト(ソプラノ:天羽明恵、メゾ・ソプラノ:竹本節子)は、第4楽章では下手と上手の弦楽器群の後方に分かれて座り、第4楽章ではアルトのソロ。深々とよくホールに響く声質で、アルト的な魅力が十分だった。この曲ではソプラノの出番は少なく比較的損な役回りだが、第5楽章の途中に、しずしずと二人のソリストが指揮者の両脇に歩み寄り、そこでデュエットを聞かせてくれたが、見事なものだった。

舞台の両脇の袖に陣取ったブラスのバンダもよく合っていた。遠くから聞こえるファンファーレは何を示すのか?終楽章のみ登場するパイプオルガンも、長時間の待機に耐え、華を添えていた。

大団円の終曲が終わると万雷の拍手とブラボー。思わず、自分もブラボーを叫んでしまった。

リスナーとしてもこの80分にもならんとする大曲を聴き通すには気力・体力が必要だが、これを破たんなく演奏し通すだけでも、指揮者、オーケストラ、合唱団、ソリストともども大変な気力、体力の充実を要求されるだろうに、生演奏でここまで充実した演奏を繰り広げるというのは誠にすごいものだ。聞き終えた後は、一種の放心状態となった。

いつの間にか膨れ上がった録音のコレクション(通しで聴いても数十日かかる)をあれこれとっかえひっかえ、ステレオイアフォンで楽しむのか、それとも比較的身近で触れることができる生演奏で日常的な音楽鑑賞に比べて短いながらも充実した音楽体験の時間を過ごすか、別に二者択一的に選ぶ必要はないのだが、そんなことを考えさせられた演奏会でもあった。

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フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2015
東京交響楽団フィナーレコンサート
戦後70年、未来への祈り

指揮:秋山和慶
ソプラノ:天羽明恵
メゾ・ソプラノ:竹本節子
合唱:東響コーラス
オーケストラ:東京交響楽団
(コンサートマスターは遠目で若い男性だったので水谷晃氏だと思い込んでいたが、別の人だったようだ)

https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/calendar/detail.php?id=1598

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演奏会に行く前に、ネット検索していたら、偶然、この演奏会のことにも触れた指揮者の秋山和慶氏へのインタビューを見つけた。
https://www.youtube.com/watch?v=KVrvl4KVR84

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2015年6月14日 (日)

ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第108回

ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第108回 

日時
    2015. 6.14 (日) 14:00開演
出演
    指揮:ジョナサン・ノット
    ホルン:サボルチ・ゼンプレーニ
    ピアノ:若林 顕*
曲目
    R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」
    R.シュトラウス:ホルン協奏曲 第2番 変ホ長調 
    ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)*

昨年のコンサートも長男への誕生祝いだったが、今年も行ってきた。

2曲目を除いて、録音鑑賞ではおなじみの曲だったが、どちらも生演奏では初めて。ワインヤード型ホールの特徴である舞台後方のP席で鑑賞。

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直接音は乏しいが、音がブレンドされ聴きやすい。もちろん指揮者の指揮振りと表情はとてもよく分かる。

にぎやかな曲揃いだが、2曲目はハウプトマンのホルンとカラヤン/BPOの録音を数回聴いたくらい。R.シュトラウス晩年の作品で、モーツァルト的な2管編成オケによる擬古典的な規模なのだが、とても聴き応えがあり、ソリストも素晴らしかった。第2楽章のオーボエの独奏もとても気に入った。

ティルは、指揮者が得意とする曲なのか、暗譜での指揮。ジョージ・セルについて、R.シュトラウスが米国在住の知人への手紙に「セル博士は、今でもティルを暗譜で指揮していますか?」思い出した。

何度も録音で耳にしている馴染み深い曲だが、やはり生だと細部まで「耳が届く」ような気がする。ホールの響き、微妙な楽器の音色の違い。録音の再生だと団子になってしまうようなものすごく細かい掛け合い(アンサンブル)。ティルの悪戯までは目に浮かばなかったが、満足のいく演奏だった。「のだめ」コミックで、千秋真一が指揮コンクールでホルン奏者に要求した「もっと小さく」はこの曲だったが、東響のホルンはとても巧かった。クラリネット(小クラリネット)の甲高い響きも愉快だった。

2曲のホルンソロのゼンプレーニは、ドイツのバンベルク響の元奏者だったという。指揮者のノットがバンベルク響の首席指揮者を務めていた(彼は、フランスのアンサンブル・アンテルコンテンポランの指揮者も務めたほどの万能型の人らしい)関係で、招聘したのだろうか?バンベルク響のホルンと言えば、長野の須坂市出身の水野さんが長年務めていたポストなので、なんとなく、縁を感じた。 今回の予習で上記のカラヤン盤の録音を何度か聞いたが、第2楽章あたりでいつも寝てしまっていたらしい。今回は、その第2楽章のオーボエソロの美しさに驚かされた。ゼンプレーニのホルンは朗々とよく鳴り渡り、ホルンには苦手な細かいパッセージも見事にこなしていたし、第2楽章の歌も恐ろしいほどの息の長さで歌い続けていた。第3楽章も見事だったが、最後の方でオケのホルンにも難しいパッセージを課しているところなど、R.シュトラウスもなかなかきつい。

メインの「ペトルーシカ」は、ストラヴィンスキーの3大バレエの中で、一番聴き込んでいない曲。LP時代には愛聴盤が無く、CD時代になってからようやく集まり始めた程度。空で歌いきる自信はない。今回は、ピアノが活躍する1947年改訂版ということもあり、ソリストとして活躍する若林を招いたようだ。この曲では、指揮者はスコアを前に置き、捲りながら指揮をしていたため、自家薬籠中というわけではなかったようだ。演奏で気になったのは、座席の関係かも知れないが、ピアノがオケのアンサンブルから少々ズレて聞こえることが特に前半で多かったこと。本当に微妙なのだが、同じパッセージを担うチェレスタやハープとも若干ズレ気味に聞こえた。ピアノがソロとして表に出て、オケがそれにつけるような場面では違和感がなかったので、やはりアンサンブルピアノとしての慣れの問題かも知れない。

めまぐるしく切り替わるペトルーシカの場面。復調の効果なども実感できたし、ある箇所では、「春の祭典」に迷い込んだような錯覚に捉われたりもした。

この曲は、素朴で耳懐かしいような民謡風のメロディーの引用が多いが、そのうちの2つほどは、ヨーゼフ・ランナーの特定の曲だという。クラリネットやフルートの活躍が楽しかった。トランペットやコルネットも活躍するのだが、結構難しそうなところがあった。

バレエ上演用の全曲を演奏したのだろう、最後のペトルーシカの幽霊の部分が最後に来たため、熱狂的な盛り上がりの内にコンサートが終わるのではなかったため、少々カタルシスには欠けるプログラミングだったのかも知れない。そのためか、火の鳥や春の祭典にくらべてコンサートにかからないのではないか?その意味でも今回は貴重だった。

ところで、夏の時期のコンサートホールは冷房対策が必要だということを知っていたので、外着は半そでだったが、長袖シャツをホール用に持参して成功した。なお、この時期はつい汗臭くなるので、周囲に対する気遣いが必要だと思った。周囲から少々汗の臭いが漂った。人のふり見てわがふり直せだが、気を付けたいものだ。

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2014年7月13日(日)14時開演。指揮者:ユベール・スダーン、ピアニスト:イリヤ・ラシュコフスキー 、管弦楽:東京交響楽団。 (名曲全集第99回

 

曲目:ムソルグスキー「モスクワ川の夜明け」、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番、リムスキー=コルサコフ「シェエラザード」

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2014年11月26日 (水)

第5回音楽大学オーケストラフェスティバル 第2日 ミューザ川崎

11/24(月・勤労感謝の日の振替え休日)

第5回 音楽大学オーケストラフェスティバル ミューザ川崎シンフォニーホール 15:00開演。全席指定。1000円。(終演 18:00頃)

上野学園大学 指揮:下野竜也
武蔵野音楽大学 指揮:時任康文
洗足学園音楽大学 指揮: 秋山和慶

9月頃の新聞の夕刊の広告に掲載されていたのを見つけ、全席指定1000円は安いし、指揮者陣は日本の一流クラスなので超お得ということもあり、7月のミューザ川崎のコンサートが楽しめたので、長男と行く約束をしていた。11月初めに最寄りのローソンチケットでチケットを購入しようとしたら、11/16(日)の東京藝大の回は売り切れ(その後、ミューザ川崎のHPで見るとローソンに回した分が売り切れで、舞台後方のP席などは未だ購入可能だったらしい。)で、今回の11/24の回が一階席ブロックが空いていたので、予約したところ、なんと舞台から2列目のこれまでほとんど経験したことのないような前の席が予約されてしまった。その後、妻も都合がつくので行きたいということになり、後日申し込んだところ、これも2列目の少し離れた席になった。

川崎駅前は、私たちがこちらに引っ越してきたから再開発が進み、かつての工業都市の玄関の面影がすっかり消えてしまい、都会的なショッピングモールやミューザの入っているようなオフィスビル、高層マンション群がそびえる、近代的で整然とした街並みになっている。

晩秋とはいえ、小春日和に恵まれた三連休の三日目で、前夜の長野県北部の地震の余震の心配はあったが、いそいそと約1時間を掛けて川崎駅に向かった。ミューザでは、この音大オケのフェスティバル以外にも、モントルージャズフェスティバルの日本版?がこの日あたりからスタートしていて、ホール入口の歩道のコンコースでは、野外ライブも行われていたりした。

14時半頃、ホールのロビーに入場したが、ホール内への入場は何かの都合があったらしくしばらく差し止められていた。多分リハーサルが長引いたのではなかろうか?見回してみると聴衆は、前回と同じく悠悠自適の年金層の60代、70代の音楽好きらしい男性が比較的目につき、そのほか音大の関係者や音大生の家族や友人と見受けられる人達も多かった。

1階の指定席は、まさにステージの際から2mもないほどの近接さで、ミューザのステージは30cmの段差もないほどの低さなので、ほとんど指揮者が聴くのと大差ない音響を聴くことができるようで、わくわくしながらオーケストラの登場を待った。

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場内アナウンスが「このフェスティバルは各大学間の交流と協力を目的としています。その一環として、各大学の演奏の前には共演校からのエールを込めたファンファーレの演奏があります。」と聴衆に紹介していたように、各大学の演奏前に、今回の出演大学の学生が作曲しその大学の学生が演奏するファンファーレが、他の出演大学の演奏の前にエールとして演奏されたが、ステージ最前列に、ずらりと横一列に金管アンサンブルが整列し、喨々とファンファーレを吹き鳴らしてくれたのには驚いた。金管の音のエネルギーというのは、オケで金管の前に座る木管などの奏者が難聴になる恐れがあり、その対策のため、木管奏者の椅子の背もたれ部分に小さい遮音装置を付けたり、奏者自ら耳栓をするなどの話を聞いたり見たりしていたが、約2mの近距離で吹き鳴らされる音は物凄い迫力だった。

さて、トップバッターは、読売日響の常任を務めていたこともあり、時折深夜に日本テレビで放送される読響シンフォニックライブでも数多く登場しその指揮ぶりに馴染んでいる下野竜也氏と上野学園。上野学園は、第五回目の今回が初出演ということだ。

下野氏の録音は、日本人指揮者としては我ながら珍しく、大阪フィルとのブルックナーの0番のCDを保有している。薩摩隼人らしい肝の据わった感じと、エネルギッシュさと、ブザンソンで優勝したほどの繊細精巧流麗な指揮技術の持ち主という印象を持っていたが、まさにかぶりつきの直後の席なので、指揮台なしのステージを大きく使ったその指揮ぶりは見ごたえがあった。近い席だと指揮者や奏者のブレスまでが聞き取れる。極小編成で極短いヴェーベルン(ウェーベルン)の作品10の5曲。ヴェーベルンのオーケストラ曲と言えば、30年ほど前に小澤/ボストン響の来日公演のバルトークのオケコンをメインにしたプロの第1曲目で聴いたことがあったが、作品番号は何番だったか。あの時は、上野の文化会館のステージからは遠い席で、ポツンポツンと鳴らされる音響を遠くから眺めるような感じだった。その後、カラヤン/BPOの新ウィーン楽派曲集などでその独特の音楽には多少馴染んだ(Op. 10は収録なし)が、無調で、さらにこのような室内楽ともいえるほどの小編成のミニマル的な音楽は、今回のような生演奏で、それも演奏者に近い席で聴く方が楽しめるようだ。その楽しみだが、いわゆるメロディーや和声を愉しむような通念としての「音楽」としての受容ではなく、楽器が発する様々な短い動機的な楽音の交錯と、休符や楽曲の間による楽音のホールに消えていくさまや、ホール全体が静けさに包まれる瞬間の緊張感のような一体感が感じられるというものだ。

このほかの新ウィーン楽派の作品の生の体験では、ベルクの弦楽四重奏による「抒情組曲」を、昔仙台にいた頃にあのアルバン・ベルク弦楽四重奏団の仙台公演で聴いたことがあるのだが、今聞けばどうか分からないが、不協和音の連続に麻痺してしまい、耳には音が入ってくるのだが、別のことが脳裏に浮かぶような状態だったことを思い出すが、それとはまったく正反対の聴体験だった。

2曲目のモーツァルトのハフナー交響曲は、あまりにも馴染の曲だが、生で聴いたのは初めてだったと思う。練習の成果か、アンサンブルもきっちりと揃っており、若きモーツァルトの思わず駆け出してしまうような楽想の溌剌とした魅力が楽しめる演奏だった。下野氏の指揮は、躍動的で、全身で音楽を表現し、思わず見とれ、聴きほれてしまった。音響的には、目の前に位置していた低弦(チェロ、コントラバス)のボリュームが小さ目だったのが気になった。これは席の特徴なのか、指揮者の解釈なのか、オーケストラの特徴なのかははっきり区別が付かなかったが、少々物足りなく思った点だった。いわゆる響きのベースとしての量感が不足気味だった。(補記 当日プログラムに書き入れたメモより:ティンパニがよく鳴っていて格好良かった。音色的には近年一般化してきたピリオド演奏的な少々硬めの音だったが、キビキビしていて全体を引き締めていた。)

席のことだが、ホールのセンターだが、ステージに向かってやや右側で、弦楽器の前列はよく見えるが、その後ろになるひな壇上の管楽器や打楽器奏者の姿はほとんど見えない。

第2団体目は、時任康文氏と武蔵野音楽大学によるバルトークの管弦楽のための協奏曲(通称、オケコン)。若い頃に何度も聴き、聴き比べて親しんだ曲。FM放送のエアチェックでも様々な指揮者、オケのものを集め、その後CD時代になっても初演者のクーセヴィツキーとボストン響の歴史的録音など数種類がいつの間にか集まっている好きな曲の一つ。前述したように、小澤とボストン響というコンビによる生で聴いたことのある曲とはいえ、最近は聞く機会が減っていた。

素人的な事前予想では、果たして膨大な協奏曲的な難しいソロやデュエットが含まれ、変拍子の箇所や、カノン、フガート的なアンサンブル上相当難しそうな箇所を含み、なおかつバルトーク的な緊張度を保ち、夜の音楽の静寂さ・神秘さを対比させ、野蛮と洗練を合せ持つような演奏が、音楽大学オーケストラに期待していいのだろうか、という少々意地の悪いことを危惧していたが、誠に見事な演奏だった。時任氏は寡聞にしてマスメディアを通じてはこれまで知ることは無かった人だったが、手際よくこの難曲を捌き、もし自分が奏者だったとしても演奏しやすいだろうな、と思わせてくれるような指揮ぶりだった。20世紀のモダンのフルオーケストラの大編成ということもあり、今度は低弦部の響きも物足りなさはなかった。難しい「対の遊び」でのデュエットには生ならではの微かな瑕瑾はあったが、全体的には申し分なく、また、中断された間奏曲での、ショスタコービチとメリー・ウィードウに淵源のあるという「愉快なテーマ」とそれに対する哄笑は、非常にビビッドな表現だったし、あのライナー/シカゴ響の名盤でもよく揃っていないフィナーレの冒頭の精密な弦楽器の刻み(この部分はセル/クリーヴランド管がダントツ)は、素晴らしく訓練されていたりして、とても満足のいく演奏だった。(なお、弦楽器の奏者の中には、大学の先生と思われる年代の奏者の方も交じっていたのは、それだけ難しい曲だということか、それともそのような伝統なのだろうか。)

第3団体目は、名指揮者、秋山和慶氏による洗足学園音楽大学によるレスピーギの「ローマの泉」と「ローマの松」。ステージ一杯のマンモスオーケストラは、見るだけで壮観だった。これも、20世紀のオーケストラピースとしてオーディオ的にも人気のある曲で、やはり若い頃には耳にすることが多かった。トスカニーニとNBC響による規範的なリファレンス録音がある曲で、比較的近年ではソ連の指揮者スヴェトラーノフによる爆演が話題になった曲でもあり、古くはオーマンディやムーティによるフィラデルフィア盤や、ライナー/シカゴ響で楽しんだものだが、生演奏としては初めて聞くものだった。秋山氏の指揮による演奏には、以前北海道旅行の折、新聞記事を読み立ち寄った北海道道知事公舎での札幌交響楽団の野外コンサートで触れたことがあるが、齋藤秀雄門下の名匠として、テレビ、ラジオなどでも触れる機会が多い人ではある。サイトウキネンオケの立ち上げでは、秋山氏も主導者の一人だったが、それがいつの間にやら「オザワキネン」になってしまった現状に疑問を感じている音楽ファンもいるのではなかろうか。閑話休題。

総白髪の紳士然とした佇まいで、にこやかな笑みを湛えて登場。この柔和な表情には、奏者は安心感を抱くだろうし、リスナーの側もその雰囲気に包まれる。イアフォンでのリスニングが専らになってしまった昨今、このような大オーケストラによる楽曲を聴くにしても、大音量で聴くことが少なくなっているし、さらに華麗で親しみやすく覚えやすいメロディーや音型にあふれているこのようなショウピース的なオーケストラ人気曲は、かえって途中で飽きてしまうことが多いのだが、前回このホールで聴いた「シェエラザード」もそうだったが、実演に接すると、あまりの面白さに集中力が途切れなかった。「泉」も「松」もメディチ荘だの、トレヴィの泉だの、ボルゲーゼ荘だの、アッピア街道くらいしか覚えておらず、交響詩の題名はうろ覚えだが、情景が極彩色で目に浮かぶようで、オーディオで聴いている音響が写りがそれほどよくない写真葉書だとすると、実演の鮮明で情報量が多く、ダイナミックレンジも無限に広い演奏は、まさに実景を味わっているようなもので、これはこの一連のコンサートの締めとして計画されていたのだろうが、アッピア街道の松でのローマ軍団の大行進の強烈なクレッシェンドは、圧巻で、最後のフォルティッシモ?が鳴り終わったあとの残響とともに、終演後は万雷の拍手とブラボーだった。そうそう、ジャニコロの松のナイチンゲールの鳴き声は、どうするのだろうと思っていたが、打楽器奏者?が録音の音源を流していて、上手くはまっていた。ただ、レスピーギの時代はミュージックコンクレートの走り的でそれも珍しくて話題を呼んだのだろうが、人口音響が氾濫している現代ではその意義はどのようなものだろうかとも思い、再現芸術としての音楽の難しさに改めて思いを馳せたのだった。

総じて、音大に入れるだけの技量を備えてその後訓練を積んだ若さ溢れる音大生のオーケストラが、一線級の指揮者によって、ここ一番の全力投球で奏でてくれる音楽は、やはりすがすがしかった。そして十分に聴き応えがあった。青春の息吹というものは、それだけ貴重な瞬間だ。

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2014年7月19日 (土)

超人的な能力をもった音楽家マゼールが逝去

享年は84歳だったというのだが、最近まで続いていた旺盛な活動とエネルギッシュな容貌からまだまだ活躍してくれるだろうと思っていたので、相当驚いた。

これだけ著名で楽壇狭しと大活躍した大指揮者なのだが、なぜかとりとめの無い印象がある。そのため、熱心に聴いたわけでもなく、とりわけファンだったのでもなかった。

自分のブログ記事やiTunesライブラリを検索すると、マゼールのものは結構ヒットするのだが、協奏曲の指揮が圧倒的に多い(*)。

ただ、映像ではロージー監督による「ドン・ジョヴァンニ」「カルメン」があり、どちらも面白かった。

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この指揮者で、特に印象に残ったのは、数年前にNHK響に初客演したときに放送された映像だった。これを視聴し、N響がくらいついて必死に演奏しているのを見て、やはりすごい指揮者だと思ったことを思い出す。

その天才ぶりは幼少の頃から発揮され、天寿を全うするまで続いていたのだが、当たり前のように高水準の演奏・録音を行っていると、そのすごさが隠れてしまうという側面もあったのだろうが、高水準ではあっても、心の芯にまで食い入ってくるような印象が少なかったように思う。 音楽誌などでは「曲者」という評が印象に残っているが、ほとんどそのようには感じなかった。そういう意味では高度の才能のあるアルチザン(職人)ではあっても、内部的な破綻や矛盾などを抱えて何が何でも自己を表現し尽くさなければ生きていけないような芸術家気質ではなかったのかも知れない、などと素人的には思ったりもする。

縁といえば、先日7/13のコンサートでは、休憩時間にマゼールと因縁のあったベルリンフィルによる「シェエラザード」も売られていた。これは初出盤が出た当時の3500円のフルプライスで入手したものだったので、リーフレットデザインで覚えていて、長男とマゼールのCDが売られていたと話したものだった。

マゼールの業績で、唯一無二と言ったら何になるだろうか?自分の好みでは、ヴァーグナーの「指環」の管弦楽編曲版の自作自演だろうか?

長年のご活躍に敬意を表し、ご冥福を祈りたい。

参考:2008年9月28日 (日)くさくさした気分だがなぜか面白いマゼールの指揮

2008年2月 2日 (土)マタチッチの『シェヘラザード』

(*)コーガン、ギレリス、アシュケナージ、ヨーヨー・マ

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2014年7月13日 (日)

初ミューザ川崎シンフォニーホール

7月13日(日)14時開演。指揮者:ユベール・スダーン、ピアニスト:イリヤ・ラシュコフスキー 、管弦楽:東京交響楽団。 (名曲全集第99回

曲目:ムソルグスキー「モスクワ川の夜明け」、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番、リムスキー=コルサコフ「シェエラザード」

2004年開館で、今年満十周年になる音楽専用ホールだが、これまで開館直後に見物に行ったことがあったが、2011年の大震災でホールの天井が落下(手抜き工事の疑いがあったという)し、その後改修工事が進められ、ようやく最近(昨年4月に)再開館した。

長男の誕生日プレゼントでその日前後のN響や新日フィルなどのコンサートがいくつか候補に挙がっていた。ミューザ川崎に興味があったこともあり、1曲目を除いて有名曲過ぎるプログラムだし、ピアノ協奏曲は2年前聞いた曲だということはあったが、チケットもローソンで取得でき、聞きにいってきた。R0014595_2

予約できた席は2階席で、舞台正面客席側から見ると右手(いわゆる上手)の奥側、つまり舞台を右袖上部から見下ろすような席だった。以前別のホールの同じような二階桟敷席でツィメルマンのリサイタルを聴いたときに、音は上に昇ってくるという性格が実感できて、音の素晴らしさが堪能できた経験もあったが、それでも初ホールではどのような音が聴けるか少々不安だった。

管弦楽、協奏曲、ホールの響きを満喫できた。

オランダ出身の指揮者スダーンは、東京交響楽団の音楽監督を長らく務め、近年名誉指揮者に退いたそうだが、いわゆる手兵だけのことはあり、指揮とオケともまったく遺漏が無いほどの安定感で、前回聴いたプロオケの神奈川フィルとは違い、ヒヤヒヤしながら聴くような精神衛生に悪い聴き方をしないで済んだ。それに加えて、若手の生きのいい男性ピアニストとの協奏、競奏が凄かった。やせ形長身イケメンピアニストだが、馬力は凄く、猪突猛進的な速いテンポを取る箇所もあったが、オーケストラとの齟齬が生まれることはなく、一体となった音楽は凄かった。

スダーンは、とても知的な指揮者らしく、ラプソディックにやろうとすればそうできるピアノ協奏曲を、折り目正しく形式を明らかにしていたし、ピアニストもその土台の上に乗っての驀進だったので、破たんも無かったのだろうと思われる。難所と思われるピアノとオーケストラによるフガートの部分では、アンサンブル的な要素がピアニスト、指揮者、オーケストラから感じられた。正面から鑑賞するだけでは分からないが、側面から見ると、指揮者と楽員特に木管、金管、打楽器奏者との距離は結構あり、そこで指揮者は身振り手振りと視線で奏者と会話し、奏者もそれに応え、また奏者間での楽想の受渡しなども目に入ってくるのが面白い経験だった。

「シェエラザード」は、いい言葉ではないが、「通俗名曲」として遇されることの多い曲で、ディスクでもそれなりに聞いてきてはいるが、少し食傷気味であり、新たな発見などないような印象をいだいてい今にいたっているが、今回初めて聴いた実演によって、意外に「深い」音楽なのかなという印象を持った。

PCでのデータ再生などのとても安易なリスニングでは、途中で飽きれば停めてしまうようなことが当たり前で、若いころに「入門曲」として聞いたような「名曲」はライブラリに入っていてもあまり熱心に聴くこともなくなっているのだが、こうして自前でお金を払ってのコンサートでは、周囲のリスナーたちにも気を遣いながら、最後まで集中して聴くことが常なので、聴きなれたと思い込んでいる曲の意外な魅力を発見することもあるように思う。ソリスティックな楽器の扱いはもとよりアンサンブルにもリズムや楽想の変化が激しく、相当の練度が求められる曲であり、なかなかの難曲だと感じた。

以下素人考えの開陳で気が引けるが、この交響組曲は、作曲者は交響曲として聞かれることも想定していたとはいえ、「動機労作」のような楽想の「展開」が乏しいように感じる。そのため、構成がやや平板で、聞き飽きるのではないかと思うのだが、集中して聴くと、主要モチーフのシャリアール王とシェエラザード以外のモチーフも引用、再現が行われ、終楽章では複合的に組み合わされ、大団円と穏やかな終結を迎える。

千一夜の「うたかたの夢」が豪奢な絨毯や宮殿、波瀾万丈の物語などをちりばめながら、虚空に消え去っていくようなイリュージョンを見せられるかのようだった。

リムスキー=コルサコフが、どれだけエンターテイメント性と芸術性について意図したのかはよくは知らないが、華麗な音の絵巻とだけ評して敬遠するだけがこの曲への接し方ではないように思えた。

コンサートマスターは、名物コンミスの大谷さんではなく、若手の男性だった。シェエラザードのソロは美しかった。ホールトーンがとても効いていた。コンサートマスター的にも微妙な音程が難しいソロとアンサンブルの要として、なかなか大変な曲だっただろうと思う。

公演は、土日などの休日に行われるマチネーコンサートで、「名曲全集」というシリーズ。チケットは当日売り無しのほどの盛況で、ほぼ完売だった模様。客席も9割以上埋まっていた。客層は、いわゆる退職後の世代と思われる60歳以上と見受けられる男女が多く見受けられた。客層の特徴は、今回の「名曲」過ぎる名曲プログラムの影響なのかも知れないとは思ったが、もしかすると近年の中高年が豊かな生活を送り、若年層が貧困にあえぐようなこの国の現状を象徴するものかも知れないなどと、ふと思った。

ミューザ川崎は、川崎駅の西口ロータリーに面したビル内にあり、アクセスが非常に便利だ。駅の改札口からホール入口までゆっくり移動しても10分もかからないほどなので、平日の19時開演でも、会社の定時を終わってからかけつけても何とか間に合う。横浜のみなとみらいホールも、東横線直通ができたので、アクセスはよくなったが、ミューザもほとんど同じくらいの利便性だということが分かった。

(2014/7/14追記・修正)

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2012年6月10日 (日)

大学オーケストラの定期演奏会を聴いてきた

クラシック音楽好きの長男が、学校の先生からパンフレットをもらって行ってみたいというので、大学オーケストラの定期演奏会を聴きに行ってきた。

とても珍しい曲目がプログラムに入ったもので、初めて聴くその曲だったが、十分楽しめる演奏だった。

大学生時代に、自分の大学のオーケストラの定期演奏会に何度か行ったことがあった。第九、ショーソンの交響曲、ドボ8、ブラームスのヴァイオリン協奏曲、火の鳥組曲などが記憶に残っている。第一線で活躍している指揮者や音楽家が招かれていたので、低料金ながらお得なコンサートだったことを思い出す。それなりに上手だったとは思う。ただ、すでに30年近く前の記憶のせいか、そのホールの特徴か、マイルドでくすんだ音色の記憶が残っている。

その点、今日のオーケストラ演奏は、それほど大きなホールでなく、普通の料金設定ならばS席の中でも一番いい席に座れたこともあり、音量は申し分なく、まさに指揮者が聞いているようなクリアな直接音主体の音響を聴くことができたのは楽しかった。

大学オーケストラは、年に一度程度の数少ない本番を目標に活動しているということで、これが一年間の練習の総決算になることもあり、とても真剣な演奏を聴くことができるのがいい。

ソロのミスや音程の不安定さ、弱音での演奏の困難さなどをプロの演奏や、ミスをできるだけ修正した商業録音とは比べることはフェアでは無いけれど、合奏は大変よく練習の成果が発揮されているようで、全体としてはリスナー歴40年選手にとっても立派に鑑賞に耐え得る音楽だったし、音楽に集中でき、感激もした。

常任指揮者は、中堅どころのプロの人だったようだが、楽団員との信頼関係がうかがわれる指揮ぶりで、情熱的な部分も見せていた。

前回生演奏を聴いたプロオケのときは、さすがに最上階の最後部という席で、直接音が遠かったけれど、アマチュアとはいえ無料・低料金でこれだけ聴かせてくれれば、満足感が大きい。

音楽好きの長男も満足していて、メインプロの後はブラボーと声を掛けていたほどだった。

学生の皆さんの労をねぎらうとともに、誘っていただいた先生にはお礼を申し上げたい。

学生オケやアマチュアオケの演奏会もこの時期多いようで、プログラムと一緒に配られたパンフレットが多かったが、時間があれば行ってみたいものだ。

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2012年4月25日 (水)

35年前(1977年)のアルゲリッチとプレヴィン

NHKBSのプレミアムシアターは、日曜日の深夜(月曜日の未明)に放送されるようになってしまった。完全に録画向けの番組編成になった。

この月曜日のメインは、ロイヤルオペラの「トスカ」だったが、時間の穴埋め的にクラシックアーカイヴという名前で、アルゲリッチのイギリスでの録画によるチャイコフスキーの1番、プロコフィエフの3番が放送された。前者はチャールズ・グローブズ翁が指揮だったが、後者は若きアンドレ・プレヴィン。アルゲリッチの容貌はシャープな美貌がまぶしく、プレヴィンはまったくのスリムでビートルズはだしのマッシュルームカットのイケメン。

最近の映像で見る二人しか知らない妻は、アルゲリッチの美しさをほめつつ、プレヴィンの変わりようには心底驚いていた。

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