カテゴリー「歴史」の179件の記事

2015年9月25日 (金)

ジョージ・R・R・マーティン「氷と炎の歌」シリーズ

昨年末、家にあったジョージ・レイモンド・リチャード・マーティン著、岡部宏之訳の「七王国の玉座」のハードカバー上下を手にとってみた。妻が入手したものだが、表紙イラストはヤングアダルト的で少々おどろおどろしい派手なもので、まずはあまり食指が動かなかった。さらに一頁が上下二段に分割してあり、相当小さいポイントの活字がビッシリ埋まっており、遠視(老眼)にはとても読みにくいこともあった。

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或る日手にとってみて読み始めたが、イントロダクションも、掴みがパッとしない始まりだった。ジェイムズ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」ほどちんぷんかんぷんではなかったが。ただ、その後しばらく読み続けようという気にはならなかった。

その後、この大河小説を読むようになったのだが、本格的に読み始める前に、一昨年のBSで米国テレビドラマの「ゲーム・オブ・スローンズ」の無料放送の第1、2話を見る機会があった。その頃はまったく知らないストーリーだったのだが、妻は以前からこのシリーズを読み進めていたので、録画を頼まれた。それを或る日何の気なしに見たところ、ヴァイオレンス&セックスが満載で、そうとうエグイ外国ファンタジーだが、多彩さな群像劇でもあり、その続きを見てみたいと思わせるものではあった。その意味では映像から入門したようなものだ。

それから家にあった上記のハードカバーを改めて読み始めたのだが、再読を開始した時には、この本が上記ドラマの原作だとは知らなかった。読み進めるにつれて、その関係に気づき、妻に尋ねたところ、まさにその通りだという。

未だ、シリーズが完成されていないが、現在日本語訳は米国で出版されたものは全部訳されて出版されており、第3部からは初めてデジタルブックを購入して、半年以上かけて、日本語訳を読み通した。

  1. A Game of Thrones 『七王国の玉座』
  2. A Clash of Kings 『王狼たちの戦旗』
  3. A Storm of Swords 『剣嵐の大地』
  4. A Feast for Crows 『乱鴉の饗宴』
  5. A Dance with Dragons 『竜との舞踏』
  6. The Winds of Winter 『冬の狂風』(未完)
  7. A Dream of Spring (未完)

欧州と中近東、アフリカ北部を舞台にした中世的な混沌の世界とは、ドラマ「大聖堂」でも描かれたが、洋の東西を問わずこのようなものだったのではないかと思わせる、残酷苛烈な描写も多く、また(ネタバレではあるが)勧善懲悪や復讐劇は完全に捨て去れれているため、感情移入できるような人物が、ストーリー(出来事、歴史)の進展により、あっさりと舞台を去ることも多い。逆に、反感を覚えるような登場人物が長々と居残り続けることもあるし、次第に人物観が読み進めるにしたがって変わってくるようなこともある。

イギリスらしき島が主要舞台ではあるが、設定上はグレートブリテンよりもよほど大きく、規模は西ヨーロッパほどの南北の規模を持つ巨大な島が七王国の舞台で、その西にそれより大きい大陸が広がっている(らしい)世界である。南にはアフリカ大陸的な大陸は想定されていない。

ドラゴンが存在した世界であり、また季節の廻りは現実の地球世界とは異なり、さらに北方からは人類以外と思われる何者かによる脅威が迫る。超自然的な現象は描かれるが、「ロード・オブ・ザ・リングズ」とは異なり、魔術の存在は相当不確かだが、何らかの超自然力による殺人や死者の復活などが描かれるし、巨人も存在する。

他の名作と呼ばれるファンタジーが持っていたいわゆる道徳的、倫理的な枠組みは敢えて捨て去られており、その意味で非常に「現実的」で、リアリスティックなファンタジーとなっている。弱者は滅び、強者が生き残る、まさに弱肉強食の世界が繰り広げられる。

その意味で、最初見たり読んだりしたときは、より強い刺激を求める現代社会がこのようなファンタジーを要請し生み出したのかとも思ったものだが、よりリアルな古代社会、中世社会を描こうとすると、ある程度はこのような混沌と非倫理的、猥雑なものであり、その意味で人間の強さ、弱さが非情に描かれているのかも知れないと思う。

作者は、特別な話法を用いて、膨大な登場人物と広大な世界のストーリーを紡いでいく。この話法に慣れないうちは違和感があるが、慣れてしまうと、神の視点ではないこの話法は、とても合理的で素晴らしいと思うようになってきた。

趣味に合わない向きも多いとは思うが、興味があればWIKIPEDIAなどで調べてみてはいかがだろうか?

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2014年7月27日 (日)

Rafael Kubelik The Symphony Edtion 23CDs

クーベリック/シンフォニー・エディション(23CD)をネット購入。

ベートーヴェンの全9曲を、別々のオーケストラを指揮して録音した全集は、1970年代の青年ファンには垂涎ものだった。(第9番は、バラ売りのCDを購入済)

また、マーラー全集は、LP時代に比較的廉価なResonace(?)シリーズで売られており、マーラー入門にと購入したLPの第4番は、これまで最も好んで聴いたディスクの一つ。この全集もほしいものの一つだった。(第5番は、バラ売りのCDを購入済)

ドヴォルザークは、バラ売りの第9番を購入して聴いてみて、それまでのすべての「新世界より」がかすんでしまうほど感銘を受けたこともあり、また1番から4番は聴いたことの無い曲ということもあり、この全集もできればほしいものだった。

さらに、シューマンは、バイエルン放送響とのSONY録音盤全集を以前から聴いていたという縁がある。(こちらはベルリンフィルとの1960年代録音)。

今年、2014年はクーベリックの生誕100周年にあたるという。

クーベリックの自然体の音楽づくりは、これまで一貫して好みの音楽だった。没後に発売されたライヴ録音の数々によって、燃えるクーベリックがもてはやされた時期があったと記憶するが、残念ながらそれらは素通りしてしまっている(チェコフィルとの1991年ライヴの「プラハ」と「新世界」は入手したが、セッション録音での流麗かつ精緻なクーベリックの音楽とは少し違う気がした)。

懐かしいマーラーの第4番を聴いてみているが、1960年代の録音とは思えないムラのないバランスのよい録音状態が保たれており、高校生当時の感銘が蘇ってくる。

発売日 : 2014年05月13日

基本情報
ジャンル : クラシック     カタログNo : 4792689
組み枚数 : 23     レーベル : Dg
発売国 : Europe
フォーマット :     CD
その他 :     限定盤,輸入盤

 

通常価格(税込) : ¥10,584

ベートーヴェン:交響曲全集
Disc1
・交響曲第1番ハ長調 op.21
 ロンドン交響楽団
 録音時期:1974年6月
 録音場所:ロンドン、ブレント・タウン・ホール

・交響曲第2番ニ長調 op.36
 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
 録音時期:1974年2月
 録音場所:アムステルダム、コンセルトヘボウ

Disc2
・交響曲第3番変ホ長調 op.55『英雄』
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音時期:1971年10月
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会

・交響曲第8番ヘ長調 op.93
 クリーヴランド管弦楽団
 録音時期:1975年3月
 録音場所:クリーヴランド、セヴェランス・ホール

Disc3
・交響曲第4番変ロ長調 op.60
 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
 録音時期:1975年9月
 録音場所:ミュンヘン、ヘルクレスザール

・交響曲第6番ヘ長調 op.68『田園』
 パリ管弦楽団
 録音時期:1973年1月
 録音場所:パリ、サル・ワグラム

Disc4
・交響曲第5番ハ短調 op.67『運命』
 ボストン交響楽団
 録音時期:1973年11月
 録音場所:ボストン、シンフォニー・ホール

・交響曲第7番イ長調 op.92
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音時期:1974年9月
 録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール

Disc5
・交響曲第9番ニ短調 op.125『合唱』
 ヘレン・ドナート(ソプラノ)
 テレサ・ベルガンサ(アルト)
 ヴィエスワフ・オフマン(テノール)
 トマス・スチュアート(バス)
 バイエルン放送合唱団
 バイエルン放送交響楽団
 録音時期:1975年1月
 録音場所:ミュンヘン、ヘルクレスザール


シューマン:交響曲全集
Disc6
1. 交響曲第1番変ロ長調 op.38『春』
2. 交響曲第2番ハ長調 op.61
3. 歌劇『ゲノヴェーヴァ』 op.81~序曲

Disc7
4. 交響曲第3番変ホ長調 op.97『ライン』
5. 交響曲第4番ニ短調 op.120
6. 劇音楽『マンフレッド』 op.115~序曲

 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音時期:1963年2月(1,5)、1964年2月(4,6)、1964年9月(2,3)
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会


ドヴォルザーク:交響曲全集
Disc8-9
・交響曲第1番ハ短調 op.3『ズロニツェの鐘』
 録音時期:1973年2月
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会

・交響曲第4番ニ短調 op.13
 録音時期:1972年10月
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会

・交響曲第2番変ロ長調 op.4
 録音時期:1972年12月
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会

Disc10
・交響曲第3番変ホ長調 op.10
・交響曲第5番ヘ長調 op.76
 録音時期:1972年10月
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会

Disc11
・交響曲第6番ニ長調 op.60
 録音時期:1972年9月
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会

・スケルツォ・カプリチオーソ op.66
 録音時期:1973年12月
 録音場所:ミュンヘン、ヘルクレスザール

Disc12
・交響曲第7番ニ短調 op.70
 録音時期:1971年1月
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会

・交響曲第8番ト長調 op.88
 録音時期:1966年6月
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会

Disc13
・序曲『謝肉祭』 op.92
 録音時期:1976年2月
 録音場所:ミュンヘン、ヘルクレスザール

・交響詩『野鳩』 op.110
 録音時期:1974年6月
 録音場所:ミュンヘン、ヘルクレスザール

・交響曲第9番ホ短調 op.95『新世界より』
 録音時期:1972年6月
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会

 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(交響曲)
 バイエルン放送交響楽団(管弦楽曲)


マーラー:交響曲全集
Disc14
・交響曲第1番ニ長調『巨人』
 録音時期:1967年10月

Disc15
・交響曲第2番ハ短調『復活』
 エディト・マティス(ソプラノ)
 ノーマ・プロクター(アルト)
 バイエルン放送交響合唱団(合唱指揮:ヴォルフガング・シューベルト)
 録音時期:1969年3月

Disc16-17
・交響曲第3番ニ短調
 マージョリー・トーマス(アルト)
 バイエルン放送女声合唱団(合唱指揮:ヴォルフガング・シューベルト)
 テルツ少年合唱団(合唱指揮:ゲルハルト・シュミット=ガーデン)
 録音時期:1968年12月

・交響曲第10番嬰ヘ長調からアダージョ
 録音時期:1967年5月

Disc18
・交響曲第4番ト長調
 エルジー・モリソン(ソプラノ)
 録音時期:1968年4月

Disc19
・交響曲第5番嬰ハ短調
 録音時期:1971年1月

Disc20
・交響曲第6番イ短調『悲劇的』
 録音時期:1968年12月

Disc21
・交響曲第7番ホ短調『夜の歌』
 録音時期:1970年11月

Disc22
・交響曲第8番変ホ長調『千人の交響曲』
 マーティナ・アーロヨ(ソプラノ1:罪の女)
 エレナ・スポーレンベルク(ソプラノ2:栄光の聖母)
 エディト・マティス(ソプラノ3:贖罪の女)
 ユリア・ハマリ(アルト1:サマリアの女)
 ノーマ・プロクター(アルト2:エジプトのマリア)
 ドナルド・グローベ(テノール:マリア崇拝の博士)
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン:法悦の教父)
 フランツ・クラス(バス:黙想の教父)
 バイエルン放送合唱団(合唱指揮:ヨーゼフ・シュミットフーバー)
 北ドイツ放送合唱団(合唱指揮:ヘルムート・フランツ)
 西ドイツ放送合唱団(合唱指揮:ヘルベルト・シュルヌス)
 レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊(合唱指揮:クリストフ・リックレーダー)
 ミュンヘン・モテット女声合唱団(合唱指揮:ハンス・ルドルフ・ツェーベライ)
 録音時期:1970年6月

Disc23
・交響曲第9番ニ長調
 録音時期:1967年2月、3月

 バイエルン放送交響楽団
 録音場所:ミュンヘン、ヘルクレスザール(第8番のみドイツ博物館会議場)

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2014年7月21日 (月)

テレビドラマ「みをつくし料理帖」と原作

先月放送されたテレビドラマ(テレビ朝日系)。

2012年に放送された時も見ていたのだが、題名を見てもほとんど忘れていた。長男がよく覚えていて、ブルーレイ録画機で録画しておいたので、しばらくしてからその録画を見てみたところ、2年前に一度見ただけだったが、主演の北川景子や貫地谷しおり、原田美枝子、大杉蓮、平岡佑太、松岡昌宏などの登場人物やいくつかの場面が思い浮かぶほどで、結構面白く見ることができた。見終えた後、妻が長男に図書館でこのドラマの原作を借りてきて、そのお相伴にあずかり、読み始めたところ、これが大層面白い。

作者は、高田郁(かおる)とあった。そういえば、この前まで熱心に見ていた江戸時代の浪花のあきんど物のNHKのテレビドラマ「銀二貫」が同じ原作者だったと思い至り、その面白さにも合点が行ったのだった。

「みをつくし料理帖」の方は、ハルキ文庫の書き下ろしシリーズでこれまでに第9巻までが発売されていて、図書館で借りられたのは、第7巻と第9巻以外だったので、通して読みたくなり、書店で新刊を購入した。

一息に読み終え、今は8月に発売予定の最終巻を楽しみに待っているところだ。

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2013年10月 3日 (木)

堀越二郎著「零戦 その誕生と栄光の記録」(角川文庫)

半藤一利氏とのテレビの対談を見たが、そこで宮崎駿氏は「堀越二郎の『零戦』は本音を隠した本だ」と評していたように記憶している。どこを指してそのように言っているのかと思いつつ、この文庫を購入して読んだ。 

宮崎氏の映画「風立ちぬ」の台本では、主人公堀越二郎のエンジニアとしての描写やセリフは、この本の前半の記述を相当参考にしているように思った。それほど、この本を読みながら、映画を見て以来記憶の奥にしまい込まれたものが、不思議と蘇ってくるほどだった。

映画の「美しい飛行機」とは意味合いは違うかも知れないが、「美しい」というキーワードも零戦の初飛行の時に堀越氏の述懐として登場した。(なお、細かい部分だが吉村昭の「零式戦闘機」で描かれた部分と相当重複するのだが、この回顧録では、堀越氏は「肋膜炎」といった記述はしていなかった。吉村氏の独自調査なのだろう。)

いわゆるイデオロギー的な見方(好戦、反戦、右左のような結論ありきの見方)ではなく読む分には、堀越二郎技師の回顧録的なこの「零戦」は、資料的な価値の高いものではなかろうか?

人殺しの道具としての兵器を作ったということで、後世の我々は結果論的に安易に神の視点さながらで非難する向きもあるようだが、それならば当時の敵側である連合国側のエンジニア、軍事産業についても同様に非難すべきであるし、さらに踏み込んで米国では英雄として祭り上げられているが、東京大空襲という「人類に対する犯罪」を犯したカーチス・ルメイのような軍人は同様に非難されるべきだ。もっと徹底的にすれば、現在の多くの国の軍事技術者、軍事産業従事者、銃器産業の従事者も同様だろう。優れた戦闘機である零戦を開発・設計したことのみで、堀越氏をはじめとする軍事エンジニアが非難を浴びるのは不当ではあるまいか。(科学者やエンジニアの倫理にも関わる難しい問題ではあるが。)

また、現代人が堀越氏を非難するのなら、日露戦争の海戦の重要な勝因を作った下瀬火薬の発明者下瀬技師も当然非難すべきことになる。一応、自分は好戦主義者ではないことは断るまでもないのだが、日露戦争に日本が負けた方がよかったとはとても考えられないのも確かだ。朝鮮半島の権益をめぐっての対立であり、朝鮮半島には多大な迷惑をかけたことは事実ではあるが、他の方法でロシアの横暴な南進政策をどのようにして止めることができたのかとも思う。

この本は、敗戦後、相当経った1970年に書かれたものではあるが、好戦派でも反戦派でもなく、エンジニアとして事実を冷静に書き残したという意味で、ニュートラルな感触を得た。

宮崎駿氏は、映画公開後、「ゼロ戦神話」の復活のような復古的な風潮を嫌っているという談話を出したようだ。自分の映画をきっかけにしたり、ちょうど同じ時期に小説『永遠の0』が映画化されたりで、ゼロ戦への関心がこのように高まることは、初めから分かっていたことだろうに、もしそれをだまらせたければ、ゼロ戦技術者を主人公にした映画を作ったのは、ひどい矛盾と言えるだろう。宮崎氏が騒げば余計混乱が深まるように思える。

そういう意味でも、娯楽・芸術作品が、歴史や政治にコミットするのは、両刃の剣なのかも知れない。

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2013年9月21日 (土)

北信濃 小布施 北斎めぐり

8月に駆け足で帰省した際に、子ども達と行ってきた。

子ども達は北信濃生まれであるのに幼いころに引っ越してしまったため、夏の帰省ではこれまで妻の実家の母が志賀草津や白馬大池など連れていってくれたのだが、今回は身近な場所ながら訪れていない名所ということで、小布施を散策してきた。

北斎館では、ちょうど、北斎の冨嶽三十六景の浮世絵展が開かれていた。

小布施町 北斎館 特別展

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北斎の肉筆による天井画で知られる岩松院も訪れた。

小布施町 岩松院

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岩松院 本堂

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岩松院 蛙池 と 一茶句碑 「痩せかえるまけるな 一茶是に有」(書は水原秋櫻子だろうか?)

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2013年9月19日 (木)

春の別所散策 信州の鎌倉(長野県上田市)

アニメ映画「サマーウォーズ」の舞台にもなった上田市の千曲川の左岸(塩田平)の奥に別所温泉がある。

清少納言「枕草子」の第117段「湯は」の「ななくりの湯」が、この温泉を指すという説があるほど古くから知られた名湯である。(ただし、「ななくりの湯」として最有力なのは、三重県津市榊原にある榊原温泉だと言われているらしい。)

また、この地は、鎌倉時代に、執権北条氏の一族の領地であり、北条氏にゆかりのある古寺が多いことでも知られている。そのため信州の鎌倉の別称がある。

さらに時代を下ると戦国時代には真田氏が上田を本拠にしていて、池波正太郎の「真田太平記」には、この温泉を舞台にしたフィクションも含まれている。その影響か、外湯には「幸村の隠し湯」の名を持つものもある。

べっしょ【別所・別処】
1 別のところ。よその場所。
2 仏語。八大地獄のそれぞれに一六ずつ付属する小地獄。
3 修行者が大寺院などから離れた一定の区域内に集まり、それらの草庵が一村落のような形になっている所。法華念誦・念仏修行の場所として、浄土信仰の盛行によって各地に形成された。別院。
4 新しく別にかまえた道場。別に開いた修行の場所。
5 墓所。墓地。
べっしょ‐おんせん(‥ヲンセン)【別所温泉】 長野県上田市にある温泉。泉質は単純硫化水素泉。皮膚病・リューマチ・婦人病などにきく。
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition)  Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)小学館 1988

3月末に次男の高校合格の報告に帰省した際に、上田電鉄に乗ってみたいという子ども達と、列車に乗りがてら、久しぶりに別所温泉を訪れた。これまで何度となく散策しているが、最近では1990年代に初詣で北向観音にお参りして以来かも知れない。

あいにくの春雨だったが、半日のんびりと過ごせた。

上田電鉄別所線 上田駅

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上田電鉄 丸窓電車 (展示車両)

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北向観音 愛染桂

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安楽寺 本堂への参詣路

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本堂 屋根の 三つ鱗(みつうろこ)紋 (鎌倉北条氏との縁を示すものか?)

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国宝 八角三重塔  (最下段の 裳階(もこし)は、重には数えない。)

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2013年9月16日 (月)

ヴォイジャー(ボイジャー)のゴールデンレコード

2007年9月 4日 (火) 今日の新聞のWIKIPEDIA記事 で触れたゴールデンレコードを積んだヴォイジャー(ボイジャー)1号NASA探査機が、惑星から降格された冥王星の軌道の3倍もの距離を越え、「太陽風の影響がわかる範囲」である187億キロの距離を、この8月末に抜けたと報道された。

朝日新聞には、グレン・グールドの平均律クラヴィーア曲集の前奏曲の収録を提案したのが、日本人研究者だったとの記事が載っていた。平均律の前奏曲と言っても、フーガはどうしたのか、第1巻、第2巻計48曲中曲目は何だったのかと思い、調べてみた。

ボイジャーのゴールデンレコードのWikipedia記事

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89

から、クラシックなどの収録曲等を抜粋してみたが、収録時間が帯に短し襷に長しで、グールドの演奏のどの曲なのか、収録時間を元に調べてみても、ぴったり一致するものが無い。

クレンペラーのベートーヴェンの第五にしても、手持ちのCD収録の第1楽章は8'56"なので、7'20"という収録時間は、多分提示部のリピートをカットしたものかも知れない。カール・リヒターのブランデンブルクもどの曲の何楽章であろうか?

ベートーヴェンの第13番の弦楽四重奏曲は、元の表にカヴァティーナとあるので分かるが。

                                                                                       
作者演奏者収録時間
ブランデンブルク協奏曲ヨハン・ゼバスティアン・バッハミュンヘン・バッハ・オーケストラ 指揮者 カール・リヒター4:40
鶴の巣籠り(別名:巣鶴鈴慕) 山口五郎4:51
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータヨハン・ゼバスティアン・バッハアルテュール・グリュミオー2:55
魔笛ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトEdda   Moser (soprano) from the Bavarian State Opera, 指揮者 ヴォルフガング・サヴァリッシュ2:55
コンドルは飛んでいくダニエル・アロミア・ロブレス 0:52
春の祭典イーゴリ・ストラヴィンスキーコロンビア交響楽団 指揮者 イーゴリ・ストラヴィンスキー4:35
平均律クラヴィーア曲集ヨハン・ゼバスティアン・バッハグレン・グールド4:48
交響曲第5番 (ベートーヴェン)ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンフィルハーモニア管弦楽団   指揮者 オットー・クレンペラー7:20
ヴァイオルもしくはヴァイオリン属と管楽器のためのパヴァン集、ガリアード集、アルメーン集ならびにエア集アントニー・ホルボーンデイヴィッド・マンロウとロンドン古楽コンソート1:17
弦楽四重奏曲第13番 (ベートーヴェン)ベートーベンブダペスト弦楽四重奏団6:37    

「日本版で分からない時の」英語版で見てみると今回も詳細な情報が出ていた。

http://en.wikipedia.org/wiki/Contents_of_the_Voyager_Golden_Record

                                                                                       
PieceAuthorPerformer(s)Length
Brandenburg Concerto No. 2 in F. First MovementJ. S. BachMunich Bach Orchestra conducted by Karl Richter4:40
"Tsuru   No Sugomori" 《鶴の巣籠り》 ("Crane's Nest")Goro   Yamaguchi4:51
"Gavotte en rondeau" from   the Partita No. 3 in E major for ViolinJ. S BachArthur   Grumiaux2:55
Die   Zauberflöte, Queen of the Night aria No. 14 Der Hölle Rache kocht in meinem   HerzenWolfgang Amadeus MozartEdda Moser (soprano)   from the Bavarian State Opera, conducted by Wolfgang Sawallisch2:55
El Cóndor PasaDaniel Alomia Robles0:52
The Rite of Spring, Sacrificial DanceStravinskyColumbia Symphony Orchestra conducted by   Igor Stravinsky4:35
The Well-Tempered Clavier, Book 2, Prelude   and Fugue No.1 in C majorJ.S. BachGlenn   Gould4:48
Symphony No 5, First MovementBeethovenPhilharmonia Orchestra   conducted by Otto Klemperer7:20
"The Faerie Round"   from Pavans, Galliards, Almains and Other Short AeirsAnthony   HolborneDavid Munrow and the Early Music Consort of London1:17
Cavatina   from the String Quartet No. 13 in B flat, Opus 130BeethovenBudapest String Quartet6:37    

なるほど、第2巻の第1番ハ長調の前奏曲(3:02)とフーガ(1:50) 合計4:52なので、ほぼ一致した!

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2013年9月14日 (土)

春の鎌倉ハイキング

この春に、久しぶりに鎌倉を訪れた。花見の時期だったので、段葛の桜を愛でようかということになった。

江ノ島電鉄に乗りたいという子ども達のリクエストで、藤沢まで東海道線で出てから、江ノ島駅まで乗車した。いつもながら休日の混雑は凄かった。

これまで何度も行った江の島側ではなく、初めて竜口寺を参拝した。ここは、日蓮が元寇の時の幕府批判によって、鎌倉幕府から斬首の刑に処せられそうになったが、落雷?によって刑を免れたことで知られるお寺で、五重塔や仏舎利塔が遠くから眺められたのだが、初めてお参りしてみた。

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どうせなら、腰越のこの辺りを散策してみようということになり、江ノ電モナカを買ったり、腰越名物のシラス丼をお昼に食べたり、腰越状で知られる義経、弁慶ゆかりのお寺万福寺を訪ね、腰越神社に参詣したりした。

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ここから、腰越駅まで戻るのも電車の混雑もおっくうなので、そのまま江ノ電と海に挟まれた国道を延々と歩いてみることにした。渋滞の名所だが、意外に道路は空いていた。よくドラマのロケなどに使われる鎌倉高校前までは比較的簡単に歩けたが、そこからが結構遠かった。それでも、腰越・鎌倉高校前・七里ヶ浜・稲村ケ崎駅まで江ノ島駅からだと四駅分を歩いたことになる。稲村ケ崎駅から江ノ電に乗り、極楽寺駅、長谷駅を経由して、鎌倉文学館を訪ねるため、由比ヶ浜駅で下車した。

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文学館を訪れるのも初めてだった。鎌倉を舞台にした三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズが大ヒットし、さらにテレビドラマに取り上げられて話題になったことがきっかけらしく、鎌倉・神奈川ゆかりのミステリー小説の特別展(鎌倉文人録シリーズ7「ミステリー作家翻訳家」)が開かれていたのだが、その中に、澁澤龍彦は没後25周年特集展示で紹介されていた。サドの翻訳などで知られ耽美・倒錯的な作家というイメージではあったが、そういえば晩年の作「 高丘親王航海記」を読みたいと思いつつ、読んでいなかったのを思い出した。また、何でもこの洋館は、このころ放送された「カラマーゾフの兄弟」の舞台にも使われたと妻が言っていたが、由緒ある歴史を持つ洋館のようだった。

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鎌倉文学館を見学してから、バスで鎌倉駅前まで行き、そこから段葛の花見をしながら、久しぶりに鶴岡八幡宮に詣でた。

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数年前に倒れた大銀杏の切り株からは、ひこばえが生え始めていたが、舞殿からみる石段と神社の遠景は相当印象が変わっていた。

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2008年3月の大銀杏のありし日の姿

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参詣した後、以前鎌倉を訪ねた父母が歩いて廻ったという北鎌倉方面へ、やはり歩いて行ってみることにした。八幡宮の裏山に当たるのだが、歩道はあまり広くない。それでも北鎌倉方面から歩いて来る行楽客は結構多く、すれ違いに難儀することもあった。

初めてみる建長寺の山門は巨大だったが、時間もあまりなく門前で記念撮影をしてから、円覚寺方面に向けて歩き、しばらく小道を行くと北鎌倉駅にたどり着いた。

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ビブリア書店が設定上あるはずの北鎌倉駅前の小道は、現実の風景の中では円覚寺側にしか道路が無いため、小説の舞台設定と現実には少し齟齬があるように思えたが、どうなのだろうか?

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2013年9月13日 (金)

堀辰雄の年譜と『風立ちぬ』の時間設定の対比

インターネットで評論やあらすじなどを読ませてもらうと、「死のかげの谷」の章の冒頭に記されている「三年半」の影響だと思うのだが、「死のかげの谷」での記述がサナトリウムでの療養の年から「三年半後」とするものがときどき見かけられ、そうだったろうかと違和感を覚え、再確認してみた。

青空文庫図書カード: 堀辰雄 『風立ちぬ』 

「冬」の章と「死のかげの谷」の章は、この小説の語り手である「私」が、それぞれの章を1935年と1936年として、年月日を明確にした「日記体」で書いているので、それをもとにすると小説の全体のおおまかな時間設定がほぼ確認ができる。

その結果を自分なりの覚書として、実際の年譜と作品との対比を整理してみた。

関連年譜 抜粋 と ※『風立ちぬ』の時間設定 との対比

◆1933年
7月 矢野綾子と軽井沢で出会う

   ※『風立ちぬ』「序曲」の章では、西暦は明示されていない。

 
   「それらの夏の日々」

   「そのうちにすべてが他の季節に移って行った。」等の季節を示す
      表現があるのみ。

   「死のかげの谷」の章の冒頭で、「殆ど三年半ぶりで見るこの村」
      とある ことから1933年の夏から秋にかけてと類推される。年譜と
      一致。

   「春」の章の4月には、また「私達がはじめて出会ったもう二年前にも
      なる夏の頃」ともある。

◆1934年
9月 矢野綾子と婚約
 

  ※『風立ちぬ』「春」の章では、3月に「その頃私と婚約したばかり」とある。

  
   1934年は小説設定上で明確に言及されることは無いようだ。省略
   というよりも空白の期間?

◆1935年  
6月 矢野綾子の病状悪化、自身の病状も思わしくないためともに富士見療養所に入院
11月 自身の健康は回復、創作欲がおこるもなかなか書けず
12月3日 矢野綾子、早朝にひどい喀血
12月6日 矢野綾子死去(満24歳)

  ※『風立ちぬ』 「春」の章 : 1935年3月から4月下旬にかけて(1935年
       であることは「冬」の章の日記の日付からわかる)

   「三月になった。」、「四月になってから」
        ⇒ 3月、4月:節子の(父の)家

   「四月下旬の或る薄曇った朝、停車場まで父に見送られて、私達
   はあたかも蜜月の旅へでも出かけるように、父の前はさも愉しそう
   に、山岳地方へ向う汽車の二等室に乗り込んだ。」
    ⇒ 4月下旬に二人はサナトリウムに出発 

  ※『風立ちぬ』 「風立ちぬ」の章 

   1935年4月下旬 サナトリウムに出発した列車内。

   「季節はその間に、いままで少し遅れ気味だったのを取り戻すように、
   急速に進み出していた。春と夏とが殆んど同時に押し寄せて来たか
   のようだった。」

     4月下旬から10月末 サナトリウム

     「とうとう真夏になった。」

     「八月も漸く末近くなったのに」

     「それは或る十月のよく晴れた、しかし風のすこし強い日だった」

 
  ※『風立ちぬ』「冬」の章 1935年10月20日から12月5日(日記体)
         サナトリウム

◆1936年         
7月 軽井沢に行く
8月 信濃追分・油屋に行く(この年の暮れまで逗留)
9月 「婚約(仮)」(のち「風立ちぬ・序曲」)を書き始める
11月 「冬」(風立ちぬ続編)を執筆
12月6日 矢野綾子一周忌のため帰京、誰にも会わず2、3日してすぐ追分に戻る
    「風立ちぬ」エピローグを書こうと追分で冬を越すも書けず
12月  「風立ちぬ」(序曲・風立ちぬ)を「改造」に発表

 ※『風立ちぬ』には、この年の年譜的な事実はほとんど反映されていない。

◆1937年
6月   短編集『風立ちぬ』を新潮社より刊行
11月26日 川端康成帰京、その別荘を借りて(27日から?)ひとり執筆作業に入る
11月29日 野村英夫が来る 二人で薪拾いや水汲みをして半自炊生活に入る
12月5日  神保光太郎の結婚式と矢野綾子の三周忌のためひとりで上京
12月7日  ふたたび軽井沢の川端別荘に戻る
12月20日(23日?) 「風立ちぬ」終章の「死のかげの谷」を脱稿

  ※『風立ちぬ』「死のかげの谷」の章

  「一九三六年十二月一日 K・・村にて」

  「それは去年のいま頃、私達のいた山のサナトリウムのまわりに、
      丁度今夜のような雪の舞っている夜ふけのことだった。」

   ⇒ 1936年12月1日から12月30日(日記体)にはこの12月の経験が
     反映されている。ただし、綾子の命日の12月6日付けの日記は無い。

こうしてみると、年譜と作品との食い違いは、年譜の1937年と、作品の「1936年」だけのようだ。

なお、第3章にあたる章が「風立ぬ」と名付けられ、小説全体の題名と同じ題名を担っている理由について思いを馳せ読み直してみたが、「風」についての少しでも印象深い記述と言うと

それは或る十月のよく晴れた、しかし風のすこし強い日だった。近頃、寝たきりだったので食慾が衰え、やや痩せの目立つようになった節子は、その日からつとめて食事をし、ときどきベッドの上に起きて居たり、腰かけたりしだした。彼女はまたときどき思い出し笑いのよ うなものを顔の上に漂わせた。私はそれに彼女がいつも父の前でのみ浮べる少女らしい微笑の下描きのようなものを認めた。私はそういう彼女のするがままにさせていた。

くらいだろうか?

それ以降の『風立ちぬ』関連の年譜
◆1938年
3月下旬 向島の自宅に帰った後、杉並成宗の加藤多恵宅で結婚式
              前日まで静養
      「死のかげの谷」を「新潮」に発表、「風立ちぬ」完成

4月17日 室生犀星夫妻の媒酌で目黒雅叙園にて加藤多恵と結婚
             参列者は両家親族のほかは室生朝子(犀星の娘)と矢野透
            (綾子の父)と娘良子、それに立原道造のみというささやかな
             結婚式
5月    『風立ちぬ』を野田書房より刊行

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年譜で参考にさせていただいたサイト:タツノオトシゴ
http://tatsuno.shisyou.com/biographical-sketch.html

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2013年9月 2日 (月)

アニメーション映画「風立ちぬ」(宮崎駿監督、スタジオ・ジブリ、2013年夏公開)

夏休み直前に公開された映画だが、ようやく夏休み最終の土曜日に見に行ってきた。

Photo(前売り券の画像)

ゼロ戦と堀辰雄と言えば、自分にとって小中学生の昔から興味のある対象だったので、あまりに壺に嵌り過ぎているような気がして、自分としてはむしろこの映画を敬遠する気分で、当初は自分だけロードショーでは見ずに、妻が子どもたちと見に行く予定だったのだが、妻の夏風邪で8月初めの予定が延期になり、その後子ども達の宿題の進み具合や、実家への帰省、妻の資格試験の受験勉強などが重なり、ようやく8月の最終日に私が子ども達を連れていくことになったのだった。

ジブリ映画を映画館で見るのは、横浜が舞台になった『コクリコ坂から』(2011年)以来だが、その前の『崖の上のポニョ』も印象深かった。『風の谷のナウシカ』(1984年)のロードショーを映画館で観て何か救われたような感じがしたのだが、その映画の監督が、高校生のときに熱中して初回放映を見たテレビアニメ『未来少年コナン』の監督だと知って以来の付き合いでもある。

さて、この映画公開が7月20日でもあり、10スクリーン以上もあるシネコンということもあり、さらに話題ホラー映画『貞子3D2』が8/30に公開されたばかりだったり、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』という一部に熱狂的なファンがいるアニメ映画の公開日だということもあったのか、12時からの回は意外なほど座席が空いていた。また、アニメーション映画ではあまり見かけない比較的年輩の観客の姿が目立った。

涙腺が弱くなっているせいで、ちょっとしたエピソードですぐハンカチが必要になった映画ではあった。ただ、「ナウシカ」のように浄化・カタルシス的に癒されたかと言えばそうではなく、いろいろ複雑な感慨をもたされた宮崎監督72歳の作品でもあった。

構成上は、二つのストーリー(堀辰雄の「小説」と、飛行機設計エンジニア堀越二郎の半生)の融合感はあまり良くなかったように感じられた。その意味では逆に二つの源泉を知らない方が素直に見られたのかも知れない。映画に先立った宮崎監督自身の原作漫画があるそうなので、それと見比べてみたいものだ。

その意味で大きな一本線のストーリーとしてではなく、部分部分のエピソードの方に強い印象を受けた。特に冒頭の関東大震災の描写は(音量の大きすぎる映画館のモノーラル!の音響設定とも相まって)迫力がありすぎだった。相模湾を震源とする地震の波が、小田原の町(?)から広がり、大正、昭和の日本の都市の瓦葺の低層木造家屋の美しい街並みが、地震の波によってのたうつように揺れる様は、ショッキングだった。地震の揺れのために蒸気機関車が急ブレーキをかけて緊急停車するシーン(二郎の故郷上州藤岡からすると、信越線・高崎線だろうか?)なども含めてこのようなデフォルメ的な動きの描写こそに、アニメーションの面目躍如があるように感じた。ただ、災害や強風の描写にはアニメ的な迫力があったが、飛行機による空中戦や爆撃のシーン(96式陸攻が空襲に赴くようなシーンはあったが)など戦争自体を描くシーンは意外にも少なかった。

さて、この映画の一つのテーマでもあるであろう「ゼロ戦」については、このブログでも以前とりあげたことがあった。

2005年2月22日 (火) 国立科学博物館の零式艦上戦闘機

(参考 坂井三郎について:松岡正剛の先夜千冊568夜「大空のサムライ」

2006年7月14日 (金) 映画「トラトラトラ」

2010年の夏に、太平洋戦史を読んだ頃には、立て続けに大学時代に謦咳に接した故・池田清教授の『海軍と日本』(中公新書632)や、百田尚樹の『永遠のゼロ』、水木しげる『敗走記』、吉村昭『零式戦闘機』などをまとめて読んだのだった。

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吉村昭のノン・フィクション的な小説である『零式戦闘機』での印象に残った記述、名古屋の三菱の工場から岐阜の各務原の試験飛行場まで、舗装されていない道路を延々と、人家の軒先をかすめながら牛車によって試作機が運搬される部分が、今回の映画でも二回も描かれていた。社会インフラも人々の暮らしも貧しく、非力な飛行機エンジン(『海賊になった男』の燃料のオクタン価の話題では、航空燃料も劣っていたという)を生かすための、防弾能力を割愛せざるを得ず、極限まで軽量さを求めた機体の開発、設計の末に生み出された零式艦上戦闘機、ゼロ戦。そして、それに先立ち、その対極でもある、戦艦大和と武蔵の大艦巨砲主義のちぐはぐさ。(世界一を目指すスーパーコンピュータの現代も、もしかもすれば、似たり寄ったりなのかも知れない。今でもどこかアンバランスな感じが拭えないのだ、わが国は。)

ところで、日本の戦争映画や、ドキュメンタリーを見たり、読んだりすると、米英との物量差も考えずに「負ける戦争」に無謀に突っ込んでいったことを批判することが多いのに気が付く。それでは勝てる見込みのある戦争ならどうだったのだろう、思わされることが多い。戦争それ自体の悪、不正義、を問題にすることは少ないように思う。

この作品中でも、ソ連スパイのリヒャルト・ゾルゲをモデルとしたと目される西洋人(ドイツ人?)が、「日本も破裂、ドイツも破裂」(?)というようなカタコトの日本語で、主人公の堀越二郎に向かって戦争の先行きの予測を述べるシーンがあったし、堀越らの高等教育を受け、海外視察(留学)も行い、英独の雑誌を購読するようなインテリ層でもあるエンジニアたちも、英米との戦争には懐疑的な感想を述べているのが描かれていた。そのようなシーンでそんなことがふと頭をよぎった。(ゾルゲ?がピアノの弾き語りで歌う「会議は踊る」からの「ただ一度だけ」。昔、NHKラジオのドイツ語会話で、今月の歌で掛かっていた歌だった。東西の歴史の諸層が複雑に絡み合った感がある。ドイツのユンカー社だとかも。)

(2'20"あたりからDas gibt's nur einmal のオリジナルが聴かれる)

要するに、「勝てる戦」ならよかったのだろうか?という疑問だ。

2011年8月25日 (木) 加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)でも触れたのだが、「原発もあの戦争も、負けるまではメディアも庶民も賛成だったのではないか?」ということだ。支配層や一部のインテリ識者は、その危険性や不可能性を知っているのだが、庶民層である世間は、マスメディアや世論によるある種の集団催眠(生得的な条件反射=文化)に掛かったかのように、レミング的に、深層雪崩のように根こそぎ時局を動かしていくのかも知れない。 仮に、第二次大戦で枢軸国側が何らかの偶然の結果、勝利を収めていれば、そのような戦争遂行の「無謀さ」に対する、結果論的な反省はあまり行われなかっただろう、などと辛辣なことを思ってしまう。

さて、この映画は、堀辰雄の「風立ちぬ」がストーリーの下敷きになっているのだが、ヒロインの名前は節子ではなく、「菜穂子」であり、同じく堀の小説から取られている。姓の里見だが、これは作家の里見弴(さとみとん)から取られたように思われた。

里見弴 同じく小説家の有島武郎画家有島生馬は共に実兄。

姉の有島愛は旧三笠ホテル経営者の山本直良と結婚。指揮者作曲家山本直純は、その孫にあたる。また愛の息子の山本直正は、与謝野鉄幹与謝野晶子夫妻の二女の与謝野七瀬と結婚した。俳優の森雅之は長兄・有島武郎の息子なので、甥にあたる。

堀辰雄の小説「風立ちぬ、美しい村」は、おそらく集英社文庫だったと思うが、中学生時代に父母のどちらか忘れたが、買ってきてくれた。当時は通読できなかったように思うし、その後も流し読み程度しかしなかった。その後、彼の小説に、フーガ(遁走曲)だの、カペーカルテットだのが登場して興味が湧き、追分の「記念館」を訪れ、カペー四重奏団のSPレコードがあるのを見て感激したりした。軽井沢の文人の中では、堀よりも立原道造の方が好きだったりもしたのだが。

菜穂子が結核の療養のため入院した富士見町のサナトリウムだが、その描写の前だったか後だったかの列車が深山の山峡の鉄橋を渡るシーンは、同じ八ヶ岳山麓だが富士見側とは反対にあたる小海線のこの橋梁と八ヶ岳のシーンではなかったろうか?(写真-5  小海線  撮影年:昭和46年  撮影場所:清里-野辺山)

結核、労咳が、不治の病だった時代。若くして、ゆっくりとした死と向かい合わざるを得なかった人々。軽井沢がトーマス・マンの「魔の山」に擬せられるが、富士見のサナトリウムは、喧噪とは隔絶された静かさの中にあったようだ。真冬の零下20度にもなるような戸外で、寝袋にくるまって結核患者の人たちは過ごしていたのだろうか?印象的でありショッキングな描写だった。(近年「治療不可能結核」(薬物耐性結核)が登場してきているらしい。)

嫌煙派から批判のあったタバコのシーンは、確かに多かった。ヘビースモーカーが多かった時代であり、文学者や研究者などはタバコとともにあったようなイメージがある。その時代のアイテムとしては欠かせないものだろう。嫌煙派の偏狭過ぎる批判は、「痛い」。

軽井沢のホテルで、「ゾルゲ」がぱくついていたクレソンだが、故郷信州の高冷地では、「台湾せり」と称した。日本の在来種のセリとは異なる外来植物だろうが、千曲川源流地帯の清流のほとりに自生していたものだった。生で食べるよりも、おひたしにして食べることが多かった。あの爽やかな味は子ども時代ながらも忘れがたい。もう源流地帯も農薬の心配もあり、簡単に食べることはできないだろうが。

風景描写では、夏の軽井沢の高原の透明な空気感、木陰の羊歯と水流の様子など、ジブリ一流の風景画としての魅力が十分に詰まっていたのが印象的だった。

声優では、論議を呼んだアニメーション監督の庵野秀明の起用は、「トトロ」での父親役の糸井重里や、「耳をすませば」でのやはり父親役の立花隆に比べれば、「エヴァ」の監督だけのことはあり、ただの素人的な棒読みではなく、演劇的な劇的な要素も多少含まれ、それほど違和感は無かった。しかし、ロセッティの「風」の詩の朗読などは少々つらいものがあった。

ヒロイン菜穂子役の瀧本美織は、ソニー生命のCMや朝ドラ「てっぱん」の頃から爽やかな美声で印象があったが、陰影のある役柄をうまく演じていたように思った。個人的に惜しむらくは、「菜穂子」のアニメーションとしての映像キャラクターが多面的なものを含むからなのか、同一人物には見えないような、一貫性がないように感じられるところがあったことだ。リアリズムよりも、主人公やヒロインの心象と見ればいいのかも知れないけれど。

なお、ポスター等で使われている主翼がW字型の飛行機のシルエットは、ゼロ戦の前に堀越たちが設計した九試単座戦闘機 とのこと。

そして、今日9月2日に、ジブリの社長がベネチア映画祭での記者会見で、宮崎駿氏の長編映画からの映画監督引退を発表したニュースが伝わってきた。宮崎監督と長年コンビを組んできた鈴木敏夫プロデューサーが、「この映画は宮崎の遺言」と語っていたようだが、それに呼応するものだろうか?

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