カテゴリー「歴史」の77件の記事

2008年6月30日 (月)

DHM50-6,7 J.S.バッハ ロ短調ミサ曲 

トーマス・ヘンゲルブロック  Thomas Hengelbrock 指揮
 フライブルク・バロック管弦楽団 Freiburger Barockorchester
  バルタザール・ノイマン合唱団 Balthasar -Neumann-Chor
   HMVの紹介ページによれば、〔1996年10月録音〕 原盤:05472773802

6月の最終日、これまで何度も寝入りばなには聴いていてその美しさに陶然としながら寝入った(寝付きだけはいいのだが、3時から4時に目覚めてしまうのが悩みのタネ)この録音にしっかり向き合って聴いてみることにした。(「6月の6番は」)

もちろん比較の対象は、相当以前確か1990年代に購入して、何度も聴いた2006年10月 6日 (金) J.S.バッハ ミサ曲 ロ短調 ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラによる演奏。

このヘンゲルブロックという指揮者やフライブルク・バロック管弦楽団、バルタザール・ノイマン合唱団という名前は、Wein, Weib und Gesang(pfaelzerweinさん)のブログで見かけ、ドイツの比較的ローカルな演奏団体なのかな、などと井の中の蛙式の不遜なことを思っていたのが恥ずかしくなるような優れた演奏団体のようだ。

ブリュッヘンのバッハも非常に真摯なものであり、18世紀オーケストラの技量やソリストたち(アルトのカウンターテナーが少し異質だが)は優れた演奏なのだが、このヘンゲルブロックたちの演奏の醸し出す音響の柔和さ、品格の高さ、そして全曲にわたるまとまりのよさは、またブリュッヘンたちの演奏にない多くの魅力を教えてくれるものだと感じた。

このDHM50には、ヘンゲルブロックとバルタザール・ノイマン合唱団は、このロ短調ミサと、DISC1のドゥランテ、アストルガ、ペルゴレージの宗教曲だけの収録(フライブルク・バロック・オーケストラは他にも数枚の録音が収められているが)のようだが、十分その真価を顕してしいるように思う。

コーラス、オーケストラにしてもいわゆる巧さをヘンゲルブロック盤には強く感じないのだが、響きが非常に心地よく、聴きながら集中力が高まっていくような錯覚に襲われるような気もしないではない。

ちなみに、エクセル表でブリュッヘン盤とヘンゲルブロック盤のパンフレット表示のタイミングを並べてみた。全体的に大きな差はないと言えるが、一貫して躍動的な要素が感じられるブリュッヘンに比べて、ヘンゲルブロックは柔と剛の切り替えが鮮やかで、遅い部分はいわゆる「ロマンティック」なほどであるが、速い部分は新古典主義的なキビキビとした引き締まった音楽になっているように聴こえる。これで全体の統一感がそがれないというのも不思議ではある。

  ブリュッヘン ヘンゲルブロック
Kyrie
Kyrie eleison 8:53 11:32
Christe eleison 5:08 4:46
Kyrie eleison 3:50 4:17
  17:51 20:35
Gloria
Gloria in excelsis Deo 1:40 1:37
Et in terra pax 4:56 4:38
Laudamus te 4:23 4:13
Gratias agimus tibi 1:40 3:11
Domine Deus 5:44 5:24
Qui tollis peccata mundi 2:59 3:12
Qui sedes ad dexteram Patris 4:32 5:11
Quoniam tu solus sanctus 4:13 4:37
Cum Sancto Spiritu 3:51 3:36
  33:58 35:39
Credo
Credo in unum Deum 2:00 1:45
Patrem omnipotentem 1:44 1:48
Et in unum Dominum 4:28 4:29
Et incarnatus est 3:05 3:04
Crucifixus 2:58 3:48
Et resurrexit 3:41 3:34
Et in Spiritum Sanctum 5:06 5:02
Confiteor unum baptisma 3:02 3:42
Et expecto resurrectionem 3:36 1:58
  29:40 29:10
Sanctus
Sanctus 4:11 5:17
Osanna in excelsis 2:23 2:20
Benedictus 3:59 4:28
Osanna in excelsis 2:20 2:22
  12:53 14:27
Agnus Dei
Agnus Dei 5:06 5:41
Dona nobis pacem 2:57 3:30
  8:03 9:11
  1:42:25 1:49:02

追記:2008/07/01 現在、FireFox3でこのブログを作成し、表示を確認しているのだが、Internet Explorer 6.0で昨日作ったこの記事を確認したところ、テキストの部分と表の部分の間が非常に大きく開いてしまっていた。そこで、一端IE6.0を立ち上げて、そこでエクセル表の貼り付けを行ったところ、表の体裁(文字の中央揃えなど)は少し崩れたが、Firefox3でみてもIE6.0で見ても同じように見えるようになった。やはり、エクセルとIE, Firefoxでは少し相性の違いがあるようだ。

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2008年6月15日 (日)

名曲探偵アマデウス 事件ファイル#8『フィンランディア』

2008年5月25日 (日) 小復活 名曲探偵 7 モーツァルト ピアノ協奏曲第20番ニ短調 に続いて、6/8(日)夜、NHK BS11(BS2アナログ)放映の事件ファイル#8 シベリウス「フィンランディア」 ~美酒は謎の味わい~  依頼人 小樽もろみ (須藤理彩) 職業 酒蔵の若女将 をようやく昨日 6/14(土)にビデオ録画を見ることができた。

BS Hivision では、既に#9「ベートーヴェンの月光」(6/15今夜BS2で放送されるが)が放映されており、#10「子どもの情景」、#11「幻想交響曲」、#12「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番」の放映予定が出ている。NHKが現在のBSアナログを導入したときと同様、早く新しい方式で見なさいとでも言うような強引な視聴者誘導が垣間見られて少々鼻白んでしまう。

さて、シベリウスの『フィンランディア』。オーケストラリスニングの入門曲でもあり、コンサートのアンコールなどの定番でもあり、また合唱曲としても知られ、これまでほとんど分析的な聴き方をして来なかった。おぼろげに、帝政ロシアの圧迫への反抗を音楽で描き、フィンランド独立への気運を高めた曲だという程度の知識しかなかった。

この番組では、その辺りのことも要領よく解説してくれていて、今回も結構ためになった。フィンランドに当たるのが、老舗酒造。近所に大規模醸造工場を建てた大手酒造メーカーが帝政ロシアという図式らしい。若くして蔵元を次いだ女将が、生き残りのため伝統的な手造りを廃止し、合理化・効率化を図ろうとしたところ、古くから酒蔵を支えてきた杜氏の「ゲン」さんが、「フィンランディアを聞いてほしい」とのメッセージを残して失踪したというのが、相談内容だった。

フィンランドは、隣国スウェーデンとロシアの両方から圧迫され、何とスウェーデンからは1155-1809年まで支配を受け、1809-1915までをロシアに支配され、ようやく1917年に独立したのだという。(なお、ベルグルンド盤の交響曲全集のパンフレット(菅野浩和氏)によるとシベリウス一家も、第一言語はスウェーデン語で、シベリウス自身教育はスウェーデン語で受けたのだという。)

『フィンランディア』は、まさにフィンランドという祖国への讃歌であるが、主部のフィンランド民謡風のメロディーに至るまでの激しい序奏的な部分のモチーフは、いくつかに分析されているのだという。これがこの番組の主眼だった。解説は、シベリウスの専門家である指揮者新田ユリ氏。

冒頭の低音域(ホルン、トロンボーン、チューバ)での下降音型が「苦難のモチーフ」と呼ばれ、その強弱法に特徴があるのだという。音程が下の方の音を強調することにより、逆のデクレッシェンドよりも「苦難」の意味が強まるということらしい。(日本フィルの団員が分奏実験をしてくれていた。)。それに続く「闘争の呼びかけのモチーフ」は、トランペットにより吹かれるが、その最初に休符を入れることによりエネルギーを蓄えているという感じが出るのだという。なるほど、この辺りの特徴的な部分にはそういう意味があったのかと得心。

そして、曲調が明るくなり、4拍子の楽譜の上で、5拍子のモチーフが繰り返されるのが「勝利に向かうモチーフ」。5拍子を入れることでズレを生じさせながら、最小公倍数で拍の頭があった瞬間に聞くものの気持ちをいやが上にも高揚させるという仕掛が見えるとのこと。これもなるほどだ。

また、主要メロディーが木管で歌われるが、それを弦楽器のトレモロが取り囲む。このトレモロのあるなしをまた、日本フィルの分奏で実験。若い女性オーボエ奏者だった。トレモロは、どうやらシベリウスの愛する自然を連想させる音であり、響きの奥行きを広げる手法でもあるのだという。風が吹く、風がやむ。自然の息吹の質感の違いなどが表現されているようだという。「作曲に必要なのは、ピアノではなく、しずけさと自然」。

探偵は、ここに「ゲン」さんのメッセージを読み取る。個性的な手造りの酒は、自然によってゆっくる醸し出される。シベリウスのオーケストレーションも楽器群が金管、木管、弦というように音楽をりれーしながら最後にまとまる。

「ゲンさん」がむっつり、さっぱりした人柄から、この有名なメロディーが、フィンランド語の促音便(「っ」で詰まる音)の多さを意識したものだということが語られる。有名な人名でも「ライッコネン、ハッキネン」など。樹の会という男声アマチュア合唱団により、フィンランド語の歌詞の付けられたこのメロディーが無伴奏合唱で歌われるが、リズム的に促音的になる休符の部分などなるほどという感じだった。

「祖国フィンランドへの徹底的な拘りがかえって普遍性をもたらした」というのがゲンさんの最終的なメッセージということで、個性の強い手造りの日本酒は、フィンランド人杜氏である「ゲン・ハッキネン」の手でこれからも作り続けられることになったとさ。

演奏は、デュトア指揮のNHK交響楽団。どのようなコンサートのプログラムの一部として演奏されたのか分からなかったが、手抜きなしに相当気合の入った演奏だった。

放送後、長男とカラヤン/BPO、ベルグルンド/ヘルシンキフィルのCDを聴き比べた。豪華なカラヤン、細身だが清涼感があり慎ましやかなベルグルンドという感じだった。

BS2での放送は、今晩『月光』がテーマ。また楽しみだ。


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2008年5月 6日 (火)

名曲探偵アマデウス 事件ファイル#5 シューベルトの弦楽四重奏曲『死とおとめ』

日曜日の深夜11時半から放送のものをビデオ録画しておいて5月5日の月曜日に鑑賞した。

5月4日の日曜日は、ちょうど「藤子F不二夫」特集をやっていて、その大ファンの長男が是非行きたいといっていた杉並アニメーションミュージアムを見学に行ってきた。中央線の荻窪駅で下車し、北口を出て、青梅街道に沿って西へ約1.5kmほど歩いて、荻窪警察署の信号を左に折れると杉並会館という区立の会館があり、その3階にこのミュージアムがある。入場料は無料。http://www.sam.or.jp/ 展示品を見たり、アフレコを体験したり、トレースで絵を描いたり、DVD室で好きなアニメを見たり、映写室で藤子F不二夫の作品(チン・プイ)を見たりして半日ほど楽しめた。

翌5月5日は、天気もよくなく、一日家で過ごし、子ども達は休み中の宿題を全部終わらせたが、ちょうどお昼ごろ、事件ファイル#5を楽しんだ。

題材は、『死とおとめ』の第1楽章と第2楽章。第1楽章では、わずかの小節数の間に、何と6回も転調をしているということがこの音楽の特徴として指摘されていた。また、有名な歌曲『死と乙女』の冒頭の葬送行進曲的な音楽をテーマにした変奏曲だが、短調の部分から急に長調に転調するときの「属9の和音」?の使い方の素晴らしさが指摘されていた。通常、短調から長調に転調するときに使われるこの和音は、フォルテやアクセントなどで強調されるのだが、シューベルトは、ここでデクレッシェンドの後に大変ひっそりと奏でるように指定してあるということが、玉川大学の准教授(先日の悲愴でも登場)が語っていた。

この曲を書き始めた頃のシューベルトは、不治の病梅毒に自分が冒されたことを意識しており、体調も悪かった。絶望的な気分で作曲を始めたが、次第に死と正面から向き合い、それを受け入れるようになっていったというようなストーリーだった。

この曲は、これまで非常に不吉な音楽として捉えていたのだが、今回のような「前向き」の捉え方ができるというのはこじつけとも思えず、参考になった。

女性三人、男性一人(チェロ)の古典四重奏団という団体が演奏を担当したが、なかなか巧い演奏だった。

ディスクでは、非常にスケールの大きいように聴こえてしまい苦手だったアルバン・ベルク四重奏団のものと、「シューベルティアーデ」のセットで、往古の名盤のブッシュ四重奏団のものを持っているがこれまであまり熱心に聴いていなかった。少し前向きに聴いてみよう。

5月6日(火)連休最終日は、久しぶりの好天に恵まれ、湿度も非常に低く爽やかな初夏の一日だった。大山詣でをしてきて、リフレッシュでき、体調は非常に快調だ。

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2008年5月 3日 (土)

『物理が苦手になる前に』(竹内淳 岩波ジュニア新書)

高校になって習った物理の授業は、非常に無味乾燥だった。中学までは理科少年でもあり、また伝記が好きで科学者の伝記などをよく読んでおり、原子物理学などにも興味を持っていたのだが、そのような想像をしていた物理と高校物理はまったく違っており、むしろ化学の方が周期表などで元素を扱っており面白かった。『相対性理論』の一般向けの解説書などは、それなりの興味を持ってその後も読んだりはしたが、いわゆる「物理」からはすっかり離れてしまっていた。

これもたまたまブックオフで見つけたのだが、カバーの裏側に「物理という科目や数式へのアレルギーをとりのぞき、教科書だけでは絶対に味わえない物理学の魅力的な世界に誘います」とあり、この本の出版時は早稲田大学の理工学部の応用物理学科の助教授の著者が前書きで「高校二年でこの科目に出会ったときに大嫌いになりかけた。責任転嫁をするつもりではないが、ある程度努力しても分からないというのならそれは教科書や教育方法などのどこかにも相応の責任があるはずだ」と共感を覚える本音が書かれていて、読んでみようと思った。

力 F , 質量m, 加速度 a とすると F=ma の式が成り立つ などと言われてもチンプンカンプンで、複雑な現象をなぜそんな単純な式で一律に表現ができるのかという疑問が湧いてしまうのだが、それを超短詩型の俳句の背後に広がる深遠広大な世界や、野球のピッチャーの投げるボールのスピード、F1カーのスピードなどから速度、加速度と説明していき、微分、積分までうまく説明している。私には慣性の法則(惰性)は、躓きの石ではなかったが、加速度がなぜ重要視されるのかが、高校時代にはよく理解できていなかったようだ。自然落下運動の重力加速度 g についても 9.8m/秒の2乗 という数値について記憶が戻ってきた。 

ただ、慣性の法則が理解されるようになったのは、6世紀の疑問の提示から17世紀のガリレオまで約1000年かかったという記述は、科学史の結果だけを教育しようとしている現代の教育の欠陥をあぶりだしているように思えた。

同じことがp.81には、「慣性の法則、力=質量×加速度、作用反作用」をニュートンの運動の第一法則、第ニ法則、第三法則と言い、ニュートン力学の真髄はこれで終りだが、これを高校では2、3時間で学んでしまう。しかし、人類が最初に手がかりをつかんでからこの法則性を浮かび上がらせるまで優に十世紀以上を要したとされているのも面白い。

ただ、 F=ma については、力(物理力とされる)が、質量と加速度との両方に比例関係にあることはなんとなく分かるが、なぜその二つの要素を掛け合わせる式になるのかはよく分からない。どうもこの辺がごまかされたような気になってしまうのだ。そして、それらの数式を数学的に組み合わせて式を整理して結論を導き出すやり方には、さらに論理の飛躍があるような気がしてごまかされているような感覚がさらにする。

作用、反作用については、実感からは分かる。衝突の物理も、自動車事故から野球のボールをバットで打つときの衝突、ラグビーやサッカーのフィジカルコンタクトなど興味深い題材を使っている。

8のコペルニクス的転回については、以前小学生が地動説を理解していないということが大々的に報じられたときに自分でも記事にしたのとほぼ同じ趣旨のことがより分かりやすく整理された形で書かれており我が意を得たりという感じだった。

9ニュートンのりんご 10神のジグソーパズル についても要領よくまとめられており、この辺の宗教史、科学史の部分がより面白い部分だ。運動方程式を使えばあらゆる力学的な運動が予見できるという信念がその後の技術発展を支え、そして、電磁気学、相対性理論、量子力学についても触れられている。

私自身も、責任転嫁になってしまうが、先日の三角関数の余弦定理にしても、これらのニュートン力学の三つの法則にしても、文系的な人間には背景にある数学史、科学史の説明が授業のリードなどにあればもっと興味を持てただろうと思う。ともあれ、面白い本だった。三日坊主ではないが、すぐに忘れてしまってあいまいになってしまうのだが。

p.s. この本の著者は、現在早稲田大学の教授であり、講談社ブルーバックスの『高校数学で分かる』シリーズで評価の高い教育者でもあるようだ。教育者と言えば、哲学者ヴィトゲンシュタイン(ウィトゲンシュタイン)の小学校教師時代のエピソードは非常に示唆的だ。また、物理学、数学と言えば、半可通的な言い訳になるが、カール・ポパーの反証可能性のことを思い出してしまう。大学時代の友人がポパーを信奉していたのを思い出す。彼は数学教師の息子だった。


 

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2008年5月 2日 (金)

岡田暁生『オペラの運命』(中公新書)

『西洋音楽史』よりも前に書かれた本だが、『西洋音楽史』を読了後に購入。これも非常に面白い。快刀乱麻的に明解に書かれているが、あまり強引さを感じず、納得させられる部分が多い。まとめ方のうまさだろうか?先日、NHKの『魔笛』を題材にした番組の折にこれを引き合いに出したが、ようやく読了した。『音楽史』はほとんど一気読みだったが、こちらは少々時間がかかった。『音楽史』に登場する器楽曲に比べて、オペラはなじみがない作品が多いからだろう。何しろ、モンテヴェルディの『オルフェオ』も『ポッペア』も『ウリッセ』も、グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』も、ロッシーニもヴェーバーもヴェルディもプッチーニも、ヴァーグナーも、オペラ史に残る作曲家、作品のほとんどが未だまともに聴いたことのないものだから。

目次のようにざっくりまとめると、

絶対王政の王家の祝典としてのバロックオペラ、オペラセリア。

啓蒙時代のブルジョア階級の台頭、斜陽貴族とモーツァルトなどのオペラ・ブッファ。ロココ趣味。

フランス革命後のブルジョアとフランス・グランド・オペラ(マイヤベーア)。最大の娯楽産業、カジノ・売春・さくら(宣伝)。

ドイツ・東欧の「国民」オペラのイデオロギー性(イタリア統一とヴェルディ)と異国オペラ(アイーダ、蝶々夫人、トゥーランドットなど)、中南米のオペラハウス。

ヴァーグナー 王になった作曲家。

ヴァーグナー以降、オペラのライヴァル映画の登場。そしてエーリッヒ・コルンゴルド、マックス・スタイナー、ニーノ・ロータ、ジョン・ウィリアムズの映画音楽。ベルクの『ヴォツェック』、ショスタコーヴィチの『鼻』。

日本におけるオペラについては触れられていないが、ある意味、独墺オペラの総本山の一つ、ヴィーン・シュターツ・オーパーに東洋人の小澤征爾が音楽監督として就任しているのも、近現代文明の源流であるヨーロッパとアメリカの文化による世界の席巻過程の果てと、その終りの始まりを象徴するのかも知れない。

日本人は、このような重層的な歴史把握が苦手で、多くの古典が同一平面に並べられる傾向があるが、そのような音楽実践と受容自体、また現代を象徴することなのだろうな、などと思った。


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2008年5月 1日 (木)

池波正太郎『真田太平記』を10年以上かけて読了

池波正太郎『真田太平記』新潮文庫版 全12巻

1. 天魔の夏
2. 秘密
3. 上田攻め
4. 甲賀問答
5. 秀頼誕生
6. 家康東下 ここまで1990年代に読んだ。 その当時、これ以外の真田ものはほぼ読了。上田市の池波正太郎真田太平記館も訪れ、旧真田町(上田市)の国道は生活道路で、真田本城、真田屋敷、ゆかりの寺院、角間温泉、鳥居峠、沼田なども訪れ、真田10万石の城下町松代も生活圏の一部だった。信之の菩提寺も訪れ、廟所にも参拝した。

その後、中断。最近は池波正太郎の剣客商売、鬼平犯科帳、梅安を読了。

そしてようやく。

7. 関ヶ原   ここから2008年3,4月に読んだ。
8. 紀州九度山
9. 二条城
10. 大坂入城
11. 大坂夏の陣
12. 雲の峰

最終巻の解説を読むと、作者は約9年を掛けて週刊誌に連載してこの大作を完成させたのだという。

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2008年4月29日 (火)

レオナルドのヴェッキオ宮殿の壁画が発見!?

日本テレビ 2008/4/29 19:00-20:54  

ダイワハウススペシャル 天才ダ・ヴィンチ 伝説の巨大壁画発見!

 フィレンツェのヴェッキオ宮殿の広間に描かれた後、失敗作として放棄されたと伝えられたレオナルドの『アンギアリの戦い』が隠されているのが発見されたらしい。アメリカのカリフォルニア大学のサンディエゴ校の工学博士でフィレンツェ出身のマウリツィオ・セラチーニによるとのこと。あの「画家伝」のヴァザーリが隠したらしい(ヴァザーリのフィレンツェの他の教会でもマザッチオの祭壇画を保存のためか?隠したらしい)。

ただ、またニッテレなので眉唾も必要かもしれない。例のたけしとアイルワースのモナリザを制作放映したのも日本テレビだったので。

BGMでは、レスピーギのローマの松や泉、メンデルスゾーンの『イタリア』などが用いられているが、これも何だかな。レスピーギなら「古風な舞曲」ではなかろうか?

追記:その後、ネットで検索してみると、例のNHK地球ドラマチックで2006年に既にセラチーニによる『アンギアリの戦い』の捜索が海外ドキュメンタリーとして放映されていたのに気が付いた。たけしの『もう一つのモナリザ』でもそうだったが、またもやニッテレによる「新発見」ものは、過去にマスコミが取り上げたもの(モナリザではニッテレが過去に取り上げたものだった!)のいわゆる「焼き直し」だった!? 

『ダビンチ捜査官~消えた名画を追え!~』 2007年11月17日(土) 10:00~10:45

原題:The Da Vinci Detective
制作:Darlow Smithson Productions

とは言え、このような番組はついつい見てしまうのだから、私も懲りない。ただ、この番組で「新たに」新発見とは言っていなかったようだし、CGにより有名なルーベンスの模写の周囲の絵までも再現して、いわゆる完成版を復元して見せたのはこの番組の手柄なのだろうか?

ちなみにアンギアーリの闘い(La Battaglia di Anghiari, Battaglia d'Anghiari)の Anghiari の場所はGoogle mapで、Italy Anghiari で検索すると表示される。フィレンツェの東南東約65kmの地。ミラノからは300kmもある!

参考ページをいくつか探してみたら結構あった。

イタリア語:http://www.artive.arti.beniculturali.it/Disegni/Battaglia%20d'Anghiari/Frame%20Anghiari.htm

http://www.anghiari.it/italiano/s0/da4.htm

wikipedia イタリア語

イタリア Nazione紙のサイトの記事 セラチーニのことが特集されている?2008年3月3日のものなのでまだ新しい。 La ricerca della 'Battaglia di Anghiari' raccontata in un documentario

英語: wikipedia 英語 セラチーニのことも記述されている( Possible recovery)

日本語: 不埒な天国 (フィレンツェ市在住の日本人の方らしい)

2005年06月23日 失われたダ・ヴィンチのフレスコ画を探す鍵

2007/10/30 数字で見るイタリアの常識・非常識 vol.226

2008年04月29日 TV「ダビンチ巨大壁画を今夜発見」 

 今回の「発見」も2005年頃にも日本でも報道されていたらしい。

YouTube: Il mistero della Battaglia di Anghiari (2007) 短編ドキュメンタリー

p.s. フィレンツェは、新婚旅行のローマからのオプションの日帰りツアーだったが、ミケランジェロ広場、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、サンタ・マリア・デル・フィオーレ、シニョーリア広場、このヴェッキオ宮殿、アカデミア美術館、サンタ・クローチェ教会、そして駆け足で回ったウフィッツィ美術館をみて回ることができた。アメリカ人の団体客と、日本人の女子学生たち、それに我々夫婦という構成のバスツアーで、ガイドさんは日本にも滞在したこともあり、長野オリンピックの前だったが長野のことも知っていた若い女性だった。英語、日本語、イタリア語を駆使して案内してくれた。当時はフィレンツェに関する予備知識がほとんどなかったので、帰国後様々なフィレンツェ関係の本を読み漁った。塩野七生『わが友マキアベリ』が面白かったし、和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』も面白かった。実際に自分が体験した風景を思い浮かべながらそのような書籍を読むのは非常に面白いものだった。

なお、先日関口知宏のファーストジャパニーズ(FJ)という番組で日本人カバン職人がフィレンツェで独立して工房を開いたことを特集していたが、フィレンツェの裏町の石畳の風景が懐かしかった。

P.S. 「弐代目・青い日記帳

にトラックバックさせてもらった。本館の BLUE HEAVEN も凄い美術サイトだ。

追記:2008/05/03
 他の番組の関係で全部見れなかったため、ビデオ録画をしておいたが、ようやく今日の憲法記念日の休日に見ることができた。最初の方のモナリザの眉毛の復元は結構面白かった。これが最新の映像技術による発見。眉毛があるのとないのとではまったく印象が違う。ずっと若々しく見えた。これは何しろ、ラファエロの白黒の模写には眉毛があり、またいわゆるラファエロの円柱があるのだからそれなりの蓋然性はあるのだろう。色調の明度についての復元も面白い。例のアイルワースのモナリザには眉毛がなかったように見えるが、ルーヴルのモナリザに眉毛の跡があるというのが面白い。

次に、「最後の晩餐」に隠された音符について。これは,WIKIPEDIAの英語版からのリンクで、この番組で紹介された音楽家についての記事を読むことができ、その音楽家がREQUIEMのようだと言う音楽も聴くことができる(英語版)。ただ、手とパンに音符を当てはめるというのはあくまでもそのように読むこともできるという解釈の可能性の類で、偶然、左から音符を読むをそれらしい音楽に聞こえるというだけで、(これが音符だとして)和声的な書法と三拍子という見方は、15世紀末から16世紀初めに活躍したジョスカン・デプレなどの音楽の様式とは違うのではないかと思わせられた。なおその「曲調」からRequiem らしいというのもあまりにも「ロマンチック」な見方ではなかろうか?

暗号の「求めよ、されば与えられん」の発見は、画期的だったが、Masaccio の サンタ・マリア・ノヴェラ教会の三位一体の壁画がヴァザーリによって「なぜか?」隠されており、その隠し方がちょうど500人広間の壁画の隠し方と似ているということ。2008年の7月、8月には、電子的・原子的な透視のような手法で、現在のヴァザーリの壁画の裏にあると想定されている「アンギアリの戦い」が「見える」かも知れないという。復元については、各地に残るデッサンや下絵の原画(オックスフォードの Ashmolean Museum アシュモレアン美術館所蔵には驚かされた)そして日本にあるという彩色付きの模写から、それらしいものが提示されなかなか面白かった。

番組の作り方が日テレのこの種の番組的にチープだったが、「啓蒙的」な番組としては、私のような興味だけはある素人にはそれなりに面白かった。

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2008年4月15日 (火)

相倉久人『新書で入門 ジャズの歴史』(新潮新書203)

岡田暁生『西洋音楽史』でジャズの歴史をコンパクトに分かりやすくまとめていたので、もう少し詳しくそれについて知りたいと思っていたところ、やはり新書で『ジャズの歴史』が目に留まり、読んでみた。

ジャズの音楽家は、断片的な固有名詞とその音楽をわずかばかり知るだけ。ただ、フュージョンやクロスオーバーとか呼ばれている時代がちょうど学生時代の同時代だったことで少し聴いてみたことがある程度で、ジャズの歴史の概観などはほとんど知らなかったので、非常に面白かった。

コルトレーンとしては非常に例外的に親しみやすいとされる『バラード』しか聴いたことがないので、そのフリージャズの極致を聴いてみたいと思わされた。

また、奴隷としてアフリカ大陸から連行されてきたアフリカン・アメリカン(黒人)の文化・伝統とヨーロッパの文化・伝統が時に交じり合い、時に対立しながら、ジャズという音楽ジャンルが変貌を遂げて来たという概観的な流れは、いろいろな意味で面白いものだと思った。

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2008年4月13日 (日)

『NHK その時歴史が動いた』でのモーツァルトの『魔笛』

第321回 音楽の市民革命 〜神童モーツァルトの苦悩〜

本放送  平成20年4月9日 (水) 22:00〜22:43 総合
全国 再放送 平成20年4月15日(火) 3:30〜4:13 総合(近畿ブロックのぞく)
平成20年4月15日(火) 16:05〜16:48 総合・全国
平成20年4月19日(土) 10:05〜10:48 総合・近畿ブロック(神戸・奈良のぞく)

本放送をヴィデオ録画しておいたこの番組を今日鑑賞した。このシリーズは、ある歴史的な出来事まであと何日というのが番組の作り方で、それに向けて歴史的な出来事がどのように推移していったかを説明するようなプログラムになっている。(梅干博士樋口清之氏の『逆・日本史』と同じ発想だ。)

この番組は、『魔笛』の初演日1791年9月30日までに、モーツァルトが貴族達とどのように戦い、ついには市民階級向けのオペラである『魔笛』をどのように作り上げ、それがどのように市民の間で大人気を得たかというストーリーだった。

その前史として、『フィガロの結婚』がモーツァルトの貴族からのそれまでの差別・抑圧の鬱憤晴らしのために作曲され、貴族の鼻を明かし、溜飲を下げたということが語られていた。確かにモーツァルトは、この番組で「ザルツブルクの領主である伯爵」と紹介されたヒエロニムス・コロレドと対立して独立しはしたが、そのことによってヴィーンでコロレドの仲間の貴族たちから音楽活動を邪魔されたということはあったのだろうか?むしろ、そのようなフリーランスの音楽家自体当時のヴィーンでは相手にされなかったのが当然だったように思う。

また、貴族達が使っていたイタリア語で書かれたオペラという指摘があったが、オペラはイタリアが本場で、ヴィーンはその影響下にあったがゆえにイタリア語が用いられたので、モーツァルトはイタリア語オペラをいやいや書いたというようなコメントは、まったく事実無根のように思う。作品解釈の要点だが『フィガロの結婚』の最終場での伯爵の謝罪は、貴族が恥をかかされて面目丸つぶれというものではなく、心からの謝罪ではなかったのではないかとも思うし。ただ、1789年のフランス革命に対するモーツァルトの反応として、近年発見された『賢者の石』という市民向けの合作歌芝居のことを紹介していたのは面白かったが、モーツァルトが果たして市民革命への賛同者だったかどうかは分からない。

モーツァルトは、職や収入を得るために、レオポルト二世逝去後の後継者の『戴冠式』に自費で駆けつけ、そこで『戴冠式』コンチェルトを演奏するなど自分の生活のためには、いわゆる革命家的な一途な反抗活動は当然のようにせずに、いろいろな伝手を頼り、また宮廷でも年棒こそ多くはなかったが、モーツァルトを宮廷作曲家として遇している。

このような突っ込みどころが多く、また、市民革命のためのオペラというような少々古臭い(マルキシズムのような)教条主義的な見方だなと思いながらそれでも最後まで見たが、この番組の監修者は特にクレジットされていなかったようで、NHKのプロデューサーやディレクターの作品のようだ。礒山雅氏や高橋英郎氏も登場して部分的に意見を述べていたが、果たして彼らの意見がこの番組の趣旨に沿ったものなのかは少々疑問符が付く。

ホームページでは、多くの批判が届いたのか、数多くのQ&Aが連ねられているが、どうもこの番組の作りは、少々やっつけ仕事的だったのではないかと思う。分かりやすい啓蒙的な図式を提示するのもいいが、自分の関心が少々強い音楽がこのレベルだとすると、他の分野でも同じような大雑把な番組作りしかしていないのではないかと猜疑心がわいてしまう。

P.S. オペラ座の書庫 その時歴史が動いた 『モーツァルト』  が、この番組の特徴を鋭く指摘されているのを読みトラックバックさせてもらった。  

 この番組って「主観的」なんだと思います。・・・・・ドキュメンタリーを謳った番組で、このツクリはどうなのかな? と思います。

参考記事:

2008年1月21日 (月) 西本晃二『モーツァルトはオペラ 歌芝居としての魅力をさぐる』

2007年11月17日 (土) 1789年 フランス革命 と ヴィーンでのモーツァルトの人気凋落に関係はあるか?

2007年11月16日 (金)『コシ・ファン・トゥッテ』をようやく全曲聴けた

2007年11月11日 (日) モーツァルト―音楽における天才の役割 (中公新書)

2006年11月 2日 (木) モーツァルト 『魔笛』 スイトナー盤

2005年11月28日 (月) 「フィガロの結婚」ベーム(1956)

2005年5月25日 (水) 映画「ドン・ジョヴァンニ」(監督 ロージー、指揮 マゼール)のDVD

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2008年4月 2日 (水)

角山栄『茶の世界史』を読んだ

先日の『コーヒーが廻り世界史は廻る』 に続いて、同じ中公新書の『茶の世界史 緑茶の文化と紅茶の社会』(中公新書596)を読み終えた。こちらは、1980年初版というので、相当古い本だが、2002年で27版と相当ロングセラーとなっているようだ。

コーヒーの歴史もそれまでは俗説しか知らなかったが、この茶の歴史も興味深いものだった。意外にも西欧に入ったのは、大航海時代で15世紀から16世紀頃のことで、コーヒーと踵を接するようにして紹介されたのだという。大陸諸国では、カフェイン飲料としてコーヒーが主流となったが、イギリスとロシアでは、茶が主流になったのは、ヨーロッパの性格に思いを馳せるとなかなか面白い。

また、アメリカ、カナダで緑茶が相当の期間嗜まれていたということもこの本で初めて知った。開国以降の日本が、絹に次ぐ輸出品として相当大量に北米に緑茶を輸出していたということはほとんど知らない歴史だった。最近また茶の輸出が話題にのぼっているけれど、茶は明治の日本の経済を支えた重要な輸出品だったのは意外だ。それが、インド、セイロンの紅茶との競争に敗れ、ほぼ現在のような茶の世界地図になったのだという。

イギリスが茶を飲むようになった当初も緑茶が主だったというのは、驚くべきことで、紅茶の歴史はまだ比較的新しいのだという。それが、大英帝国の威光により、イギリス王室御用達の銘柄が今では緑茶国日本でもむやみに有り難られているのもおかしい。

なお、イギリスのインド植民地政策は、上手な支配によって行われたというのが、前回のコーヒーの本でも取り上げられたことだが、アングロ・サクソンは、インドの綿製品をつぶすために、綿織物の職人の目をつぶし指を切るというような残酷なことを行ったことが、この本に紹介されていた。また、砂糖も西インド諸島(カリブ海)で生産するために、多くの黒人奴隷を王の名の下に、三角貿易により連行してきたこと、銀の流出を抑えるためアヘンを中国(清)に持ち込み、それに抗議した清国を相手に言いがかり的な戦争をふっかけて、香港などを直轄植民地化したことなど、当時の大英帝国の帝国主義、植民地主義による乱暴な行為は、まったくひどいもので、そのような過去にはまったく口をつぐんで正義面、地球の主面している欧米諸国は、一度猛省をすべきではないのだろうかと、改めてつくづく思ってしまった。昨日見た映画『オリバー・ツイスト』(ディケンズ原作)の冒頭、教会の慈善団体が運営する孤児院の理事達の偽善者としての描かれ方は痛烈だった。あのような紳士たちが本国で植民地経営の恩恵にあずかり、その意味ではホームズやワトソンと言った中産階級的な紳士連も同じ穴の狢であろうか。

茶とコーヒーという現代社会では当たり前の嗜好品の経済史を通じて、この近代社会の非常にゆがんだ一面が活写されており、大変勉強になった。上品なお紅茶、奥深いコーヒーなどと脳天気なことを言っていられない気分だ。それかあらぬか、最近コーヒーの飲み過ぎのせいか胃酸過多気味で、少しコーヒー断ちをしている。

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2008年3月25日 (火)

大河ドラマ『篤姫』も面白い

日経の回し者ではないが、日経トレンディネットという サイトも結構面白い。

大河ドラマ『篤姫』の快進撃はこれからも続く! そう断言できる根拠とは? 2008年3月22日
という記事は、なるほどと思わせる予想記事になっている。

それほど期待せずに我が家でもこの大河ドラマを見始めた。歴史上の女性を主人公にしたものでは、永井路子原作の北条政子を扱った『草燃える』は、岩下志麻の迫力のある演技もあり、非常によい出来だったが、『女太閤記』のような通俗的なホームドラマに堕さずに、それなりの品格を保ったドラマになっているように思う。宮崎あおいは、少々庶民的な顔立ちだが愛嬌があり、幾島役の松坂慶子ともどもなかなか見せてくれる。

司馬遼太郎の多くの幕末史を扱った作品は、主に倒幕側を主人公としており(例外的に、『最後の将軍』があるが)、その裏面史である13代家定、14代家茂、15代慶喜将軍の様子についてはあまり知ることがなかった。

そこで、興味を持ち、宮尾登美子の原作(講談社文庫、上下巻)を購入して読み始めた。

歴史小説としては、少々野暮ったいが、宮尾登美子流の引き込むような筆力によって、現在下巻を読んでいるところだ。


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2008年2月27日 (水)

佐伯泰英の時代小説を読み始める

佐伯泰英という作家の時代小説は、「平成の大ベストセラー」として大変な人気らしい。大体、ベストセラーというと、比較的敬遠しがちなのだが、朝日新聞の土曜日版(be Business)の「逆風満帆」という連載記事で取り上げられて、その内容に興味を持ったので、入手して読んでみたところ、流行作家にありがちなやっつけ仕事的な味の薄さや文章量の少なさはあまり感じず、相当濃密な味わいのある作品になっているので驚いた。

最初に読んだのは、双葉文庫の『居眠り磐音(いわね) 江戸双紙』シリーズの『陽炎の辻』という小説。とにかく、この小説家は、書き下ろしが多いことが特徴だということで、その筆力は驚くべきものがある。この『居眠り』シリーズも相当の巻数を数え、20巻を越えているようだ。

また、「逆風満帆」にもエピソードとして紹介されていた時代小説としての処女作『密命 巻之一 見参!寒月霞斬り』(祥伝社文庫)もその後に入手して読んでみたが、こちらも面白かった。まだ、時代小説の書き始めということもあり、設定上少々大げさすぎるように感じる部分もあったが、それでも面白い。ベストセラーになるのも無理からぬところだろう。「逆風満帆」にもエピソードで紹介されていたのだが、この作品が売れなければ、この小説家が今このように膨大な時代小説を書いていなかったかも知れない可能性のある転機となったものだというので、運命というものの不思議さを感じる。

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2008年2月25日 (月)

日経ビジネス オンライン(NBonline)の音楽記事

以前からシゴト関係で、日経BP社のメルマガ配信に登録していろいろな情報を収集していてよくその記事に接していることもあるのだが、日経ビジネス オンライン(NBonline) というページの多彩さはネットの中でも特筆すべきものがあると常々思っている。

そのなかに、趣味関係でもライフというジャンルがあり、美術・音楽というサブカテゴリもある。以前から、その中のコラムのいくつかは読んでいたのだが、最近になって非常に面白い連載記事を読み逃していたのに気が付き読み始めた。

音楽プロデューサーという仕事」 という記事で、「以前、日本コロムビアのクラシックCDを制作されてきた大ベテランのレコードプロデューサー、川口義晴氏」のプロデューサー人生を、音楽評論家の諸石幸生(もろいし さちお)氏がインタビューで聞き書きしていくというもの。

既に2007年4月の連載開始から既に第20回を数える。今でも愛好者の多いDENONレーベルのクラシック音楽録音の裏話として非常に興味深いものがある。中には、「おいおいちょっと、そこまで言いますか」という率直過ぎるほどショッキングな告白などもある。

なお、このNBonlineの記事を読むには、会員登録が必要な場合もあるので、ご注意を。

p.s. 2/24(日)は、やけにplalaによるRobot検索が多い日だった。検索エンジンのロボット、巡回ソフトらしい。昼の12時ごろから21時ごろまでで1000件近くもアクセスがあったようだ。いったい何事だろうか?

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2008年2月20日 (水)

皇居東御苑を巡る

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2月17日(日)は、第2回東京マラソンで都心がにぎわった日だったが、以前から訪れたいと思っていた皇居東御苑を、寒風をおして巡ってきた。

以前、北の丸公園の科学技術館を訪ねたおりに、北の丸方面から非常に見事なお濠と石垣に囲まれた皇居内(東御苑)に橋を渡って入っていく一般の人たちがいるのを見て不思議に思っており、そのときにブログ仲間の方から、江戸城の本丸地区は東御苑として公開されていて、天守台や松の廊下跡なども残っていると教えてもらったのだった。

今回はそのとき以来の念願がかない、広大な江戸城の本丸、二の丸、三の丸を一巡りすることができた。入園は無料で、三の丸尚蔵館という博物館も無料。大正期皇室御慶事の品々を展示していた。内部は当時の建築物としては富士見櫓がある程度だが、さすがに大江戸城の石垣と堀の見事さは、地方の城の比ではなく、それを眺めるだけでも十分入園する価値があった。

上の写真は、忠臣蔵でも有名な松の廊下の付近。下の写真は、江戸城の本丸御殿や大奥のあったと思われる付近は広大な芝生になっており、そこから見た天守台。

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外国人観光客も結構多く、東京見物のルートになっているらしい。

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2008年2月18日 (月)

セル/CLO ヴァーグナーの『リング』抜粋オーケストラ曲集