カテゴリー「ディスク音楽02 協奏曲」の95件の記事

2009年9月29日 (火)

アリシア・デ・ラローチャを偲んで シューマンのピアノ協奏曲を聴く

スペイン生まれの名ピアニスト、アリシア・デ・ラローチャが亡くなったというニュースが先日の新聞の訃報欄に載っていた。享年86歳だったとのこと。

アルベニスなどのスペイン物以外に、なぜか縁があったのは、彼女のシューマン。「謝肉祭」(カルナバル)のCDを初めて買ったのは、彼女の演奏だった。また、DPMには、デュトア指揮のロイアル・フィルがバックを務めたピアノ協奏曲が収録され、その録音のことそそれまで知らなかったので、興味深く聴いた。

彼女はモーツァルトの演奏でもよく知られていたが、アルベニスなどの難曲をバリバリ弾く力も持ち、シューマンもよく手中に収まった音楽になっており、エキセントリックなところの多いシューマンの音楽だが、彼女の演奏では安心して聴ける感が強く持てた。ピアノ協奏曲も衒いのない誠実な演奏で、音も美しく、もしかしたらクララ・シューマンが弾いた演奏はこのようなものではなかったかと連想が働くような幸福な雰囲気の音楽になっている。

冥福を祈りたい。

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2009年6月11日 (木)

コレルリの合奏協奏曲集作品6全12曲 ピノック/イングリッシュ・コンサート

Corelli_concerti_grossi_pinnock


トレバー・ピノック指揮(チェンバロ)、イングリッシュ・コンサート 1987年、1988年録音

久しぶりのディスク音楽記事。iTunesへのデータ取り込みが毎日の音楽生活の多くを占めていて、ゆっくり鑑賞することがないのが原因。以前は、購入して聴いたばかりのCDの感想を書き留めておこうとか、以前からの愛聴盤の紹介をしようとか、同曲異演の楽しみを語ろうとか言う動機で書くことが多かったが、最近は記録と整理が主目的になっているようで、少し本末転倒気味。

さて、バロック時代の器楽、コンチェルト・グロッソの創始者として名高いアルカンジェロ・コレルリ(1653-1713)のコンチェルティ・グロッシ(複数形は、最後のOがIに変化)作品6、全12曲の録音。

第8番ト短調が、「クリスマス・コンチェルト」として有名だが、作曲者が高名な割りにその他の曲をディスクで聴くのは初めて。非常に廉価で入手できたので、あいも変わらず、iTunesに取り込んで聴き始めた。

演奏は、1980年代のピリオド楽器によるバロック時代の楽曲演奏で大活躍したトレヴァー・ピノックとイングリッシュ・コンサートによるもの。何しろ、小学館のバッハ全集(Archivとの共同企画)の第14巻協奏曲、管弦楽曲のほとんどが彼らの演奏だったのだから、その凄さをおしてしるべしというところだろう。

コレルリの合奏協奏曲は、いわゆるコンチェルティーノ(独奏群ヴァイオリンとチェロ)とリピエーノ(伴奏群)の協奏形式の嚆矢だが、全12曲は様々なスタイルをとっているようだ。

楽章数も、第1番ニ長:7, 第2番ヘ長:4、第3番ハ短:5、第4番ニ長:4、第5番変ロ長:4、第6番ヘ長:5、第7番ニ長:5、第8番ト短(クリスマス協奏曲):6、第9番ヘ長:6(舞曲名のついた組曲風の構成)、第10番ハ長:6(第9と同じ)、第11番変ロ長:6(同前)、第12番ヘ長:5(同前)、というように4楽章から7楽章で、急緩急、緩急緩という順序も一定ではない。

(64トラック、2.1時間)

その意味で、もう少し後世のヴィヴァルディ、ヘンデル、バッハの協奏曲の次第に確立されていった3楽章のスタイルよりも多彩と言えるかも知れない。

まだ一曲一曲楽しんでいる段階だが、楽想的には、演奏スタイルも大きく寄与しているのだと感じるが、古くさいイメージを覚えることなく、むしろ新鮮な面白さを感じることが多い。ただ、必ずしも「個性的」な楽想とばかりとは言えず、単調さも感じることも否めない。それでも、このような音楽を聴くにつれ、音楽王国だったイタリアという「反音楽史」の主張もうなづける。

コレルリより少し後輩のヴィヴァルディが確立した独奏楽器と合奏による独奏協奏曲の成立の方が、協奏という意味では自然に成立するものような気がするのだが、音楽史も、複旋律による対位法から単旋律と和声へと考えようによっては単純化されてきた歴史があるので、必ずしも単純から複雑へという流れが自然というわけではないのかも知れない。Mた、J.S.バッハは、独奏楽器と合奏によるチェンバロ協奏曲を多く作曲しながらい、ブランデンブルク協奏曲では、多彩なコンチェルティーノとリピエーノによる合奏協奏曲の最後の輝きを現出させた。もちろんヘンデルの作品3と作品6も忘れることはできない。

以前取り上げたショーソンのコンセールは、ピアノとヴァイオリンのデュオがコンチェルティーノで弦楽四重奏曲がリピエーノとして書かれているもので、先祖 帰りではないが、この合奏協奏曲の形式を参考にしたものだろう(が演奏効果的にはコンチェルティーノとリピエノーノ対比はあまり明瞭ではない)し、古典派やロマン派の協奏交響曲(モーツァルト、ハイドンなど)、複数楽器のための協奏曲(ブラームスなど)も基本的な基本思考は別なのだろうが、外形 的には独奏群と合奏群の協奏と対立とが構成要素になっている点は共通のようだ。近代で最もこのアイデアを巧く取り入れた有名曲は、バルトークの管弦楽のた めの協奏曲だろうか。

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2009年3月 3日 (火)

3月3日の本格的な雪

暖冬だった2008/2009の冬もここに来て寒い日が続く。3月2日の朝日夕刊は、「春 早すぎる」という見出しで、東日本、戦後2位の暖冬 正月に梅 氷上釣り・スキー短縮 夏まで高温の傾向という小見出しを付けていた。その記事によると、都心でも雪が降った2月27日に、気象庁は異常天候早期警戒情報を出して、3月4日から13日、全国的に気温が平年よりかなり高い状態が続くと予想したのだという。

しかし、3月3日の桃の節句(旧暦では2月7日で、旧暦の3月3日は新暦の3月29日になる)の今日は、最高気温が5度ほどで、関東地方では昼過ぎからの雨が、夜8時過ぎには雪に変わったほど寒い一日だった。

雪は南関東のような温暖な地での都市生活には邪魔なものだが、窓の外を次々と白いものが落下している風景は、長野新潟県境で積雪3mもの冬をすごした幼児の頃を思い出させるのか、私にとっては、ひどく懐かしいものだ。

明朝はどのような風景になっていることだろうか?長男の中学校は、遠方から通学してくる生徒もいるので、明日の朝まで雪が続くような大雪の場合には、休校になるとの連絡が携帯メールに入っていた。

今晩聴いている音楽は、カーゾンのピアノ、フェイルスタート指揮ロンドン響によるグリーグのピアノ協奏曲。ノルウェー出身のフェイルスタートは、このCDだけで知っている指揮者だが、カーゾンの孤高で気品のあるピアノに対して、峨峨たる様相のフィヨルドの風景を連想させる荒々しさも見せ、またこの曲のスコアをよく研究しているのだろう、他の多くのこの曲の録音のオーケストラパートよりも多彩な音楽を引き出しているように聴こえる。少しスコアに手を入れているかと思うほどだ。フィナーレでは、カーゾンもフェイルスタートの作る迫力ある音楽と一体になり燃え上がるのを聞くことができる。1959年と古いステレオ録音だがプレゼンスは自然であり、ヒスノイズも少ない。外の雪降りを思いながら聴くとより一層興趣が尽きない。

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2009年3月 1日 (日)

モーツァルトのK.314(285d) 原曲Ob協奏曲Cdur, 編曲Fl協奏曲Ddur

またしてもiTunesネタ。

数年前にカラヤンがサンモリッツでベルリンフィルのソリストたちと録音したモーツァルトの木管楽器の協奏曲集(Ob, Cl, Fg)を記事にしたが、既にこれはiTunesに取り込み済み。

今日はランパルが、テオドール・グシュルバウアー指揮のヴィーン交響楽団(Symphoniker)とERATO入れたフルート協奏曲集を取り込み久々に鑑賞した。ERATOの比較的廉価なCDは、当時住んでいた地方都市の本屋CD店でもよく見かけたので、何枚か買ったが、これもその内の一枚。もう20年近い付き合いになる。最近はとんと聴かなかったが、今回久しぶりに聴いてみるととても懐かしい。CDには録音年はクレジットされていないが、情報ではどうやら1966年の録音らしい。モーツァルトを得意としていたグシュルバウアーも今では数枚しかHMVのリストに残っていないし、このCDも現在はそのリストに含まれていないようだ。

さて、モーツァルトの伝記としては有名な話だが、パリへの就職活動旅行に出かけたモーツァルトは、ドゥジャンというアマチュアフルーティストからフルート協奏曲とフルート四重奏曲の注文をもらって作曲したが、その内現在第2番のフルート協奏曲ニ長調は、実はザルツブルク時代に作曲したオーボエ協奏曲ハ長調を全音上に移調して「編曲」したものだということが知られている。そこで、この2曲は、K.314というまったく同じケッヘル番号が付けられ、ケッヘル第6版でもK6.285dと名づけられ、別の曲としての区別が行われていないとても「不思議な」扱いになっている。

コミック「のだめカンタービレ」で有名になったオーボエ協奏曲だが、フルート協奏曲の方も改めて聴いてみると(こういうときにデータ化した音楽データは便利で、リストを選択するだけで聴き比べができて、ハ長調とニ長調の違いが簡単に確かめられる)、Mozart con graziaのK.314のページに書かれているように、まったくこちらが初めから作曲されたものと言ってもまったく不思議でないほどフルートの魅力を引き出しているように聞こえる。

オーボエとフルートの発音の仕方の違いもあるのだろうと思うし、調性がオーボエの方が全音低い調ということもあるのだろうが、オーボエ協奏曲の方やはり地味な感じを受ける。ただ、それが第2楽章のAndante ma non troppo などでは、息の長いオーボエの旋律が心に沁みるように感じる。

これをK.313(285c)の方のオリジナルの第2楽章、Adagio non troppo は、オリジナルのフルートなのか、フルートのオーボエに比較しての息の短さに合うように、フレーズの長さを短く工夫しているように聴こえるが、どういうものだろうか?

Mozart: Oboe Concerto in C major, K.314
- 1. Allegro aperto 7:27
- 2. Adagio non troppo 7:27
- 3. Rondo.  Allegretto 5:34
  Lothar Koch(ob), Herbert von Karajan / Berlin Philharmonic Orchestra<1971>

Mozart: Flute Concerto No.2 in D major, K.314
- 1. Allegro aperto 7:32
- 2. Adagio ma non troppo 7:45
- 3. Rondeau: Allegro 5:44
Jean-Pierre Rampal(fl), Theodor Guschlbauer /  Vienna Symphony Orchestra<1966>

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2009年2月11日 (水)

フランスのクラリネット奏者 ジャック・ランスロ氏 88歳で逝去

いくつかのブログで、フランスのクラリネット奏者 ジャック・ランスロ氏が88歳で逝去されたことを知った。

ジャック・ランスロと言えば、ERATOレーベルでLP時代から名盤として有名なフルートのランパルとハープのラスキーヌがソリストを務めたモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲(パイヤール指揮のパイヤール室内管弦楽団)のB面に収録された同じモーツァルトの晩年のクラリネット協奏曲のソリストとして親しい奏者だった。確か高校時代にモーツァルトへの興味関心が次第に高まっていた頃、決定盤と評されたこのLPを親に買ってもらって幾度となく聴いたのだった。最初は、華麗で親しみやすいフルートとハープにハマったのだが、次第にモーツァルト晩年の傑作である唯一のクラリネット協奏曲の魅力を教えられたのが、このランスロによる演奏だった

今晩は、CD化された同じ盤のクラリネット協奏曲を聴いて、ランスロ氏を哀悼したいと思う。

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2009年2月 5日 (木)

ベートーヴェン ヴァイオリン、チェロ、ピアノと管弦楽のための協奏曲 ハ長調 作品56

このどちらかと言えばあまり高く評価されていない通称三重協奏曲だが、通例に漏れず、ヘルベルト・フォン・カラヤンが、当時のソ連の誇るダヴィッド・オイストラフ、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、スヴャトスラフ・リヒテルをベルリンに迎えて1969年5月にベルリン・フィルと録音した究極・至高の豪華録音によって入門した口だ。

LP時代は、日本ではヴィクターレーベルでこの録音のみで発売されていたように記憶するが、手元のEMIの輸入盤は、同じ1969年5月にオイストラフとロストロポーヴィチがUSAのオハイオ州クリーヴランドで、ジョージ・セル指揮のクリーヴランド管弦楽団と録音したブラームスのヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲 イ短調 作品102とカップリングされている。

確かにここで演奏している音楽家たちは、オーケストラを含めて当時の世界のトップクラスの人たちだったわけで、特に前者の「英雄」交響曲作品55に続く作品番号を持つ曲ながら、ベートーヴェンにしては平凡な作品とされていたものが、彼らの演奏によって一段も二段も上の曲に聞こえると評する人もいるようだ。

ところが、天邪鬼というのか、この二曲とも、私の場合あまり楽しめなかった、つまり愛好するまでにはいたらなかった。

三重協奏曲のほうは、最近入手したDecca Piano Masterworks所収の シェリング、シュタルケル、アラウのソロにインバル指揮のニューフィルハーモニア管のバックによる演奏の方が面白く聴けたので、かえって驚いた。

また、二重協奏曲のほうは、以前にも書いたことがあるが、セル、オイストラフという私が特に好きな演奏家の演奏なのだが、録音の強奏でのビリつきのせいもあるのか、やはりあまり楽しめず、同じオイストラフが、チェロにフルニエを迎え、ガリエラ指揮のフィルハーモニア管とステレオ初期の1956年に録音したEMI録音の方を聴いたときに、初めてこの曲に魅了されたようなことがあった。(オイストラフは、セルとの共演でブラームスのヴァイオリン協奏曲も録音している。こちらもその前にクレンペラーとの共演の方が好みだ。)

決定的な名演と誉れの高い演奏・録音であっても、リスナーとの相性のようなものがあるという一例なのかも知れない。

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2009年2月 3日 (火)

今日は節分

恒例の豆まきをしたけれど、今年の鬼の面は、妻の弟が職場からもらってきたという加藤茶のちょびひげ小父さんを鬼にしたユーモラスなもので、子ども達がかぶりたがり、私と妻が鬼は外、福は内を「小声で」叫んで、鬼は外に出てもらい、福を内に呼び込んだ。食事は、コンビニを中心にいつの間にか東日本にも広まった恵方巻きという太巻きを食べたり、ヒイラギの葉はないが、鰯の目刺しを焼いて頭を玄関先に出して、追儺、鬼やらいの真似事をした。

朝の通勤時にふと見ると、天神社の白梅が既にほころんでおり、明日はさすがに春立つ日となるわけで、寒さは一番厳しい折だが、春はすぐそこまで来ているようだ。ヴィヴァルディの有名な『四季』の冬の第三楽章は氷の上を滑らないように歩くさまを描写する音楽だが、その後半で一瞬、春風の予感を象徴するかのように、『春』の第一楽章の変奏されたモチーフがかすかに表れるところがあるが、その後激しい吹雪が襲来して厳しい冬が続くことを暗示する。3月下旬の彼岸の中日、春分の日の頃まで寒さが続く。

1809年の今日は、メンデルスゾーンが生まれた日で、満で数えるとちょうど200歳、生誕200年の記念日にもあたる。Decca Piano Masterworks に入っているメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番ト短調Op.25(1831年), 第2番ニ短調Op.40(1837年)(シフとデュトワ指揮のバイエルン放送響という珍しい組み合わせ)を初めて通してきいてみた。メンデルスゾーンらしく軽快で妖精的な魅力のある曲だが、少し散漫な印象だ。

そう言えば、昨日未明に長野、群馬県境の浅間山が久しぶりに噴火したという。実家からの電話では、長野県側は平穏だったようだが、今思えば昨朝出勤するときにそれほど気温が低くなく霜のような輝きがないのに景色がやけに白っぽかった。昨日帰宅後、家族と話すと、外の駐車場にとめてある車にも火山灰がかかっていたというし、子どもも登校時に道が白く不思議に思っていたら、友達から浅間山の火山灰のようだと教わったという話が出た。私が中学校時代には、浅間山の活動が久しぶりに活発になり中規模の噴火が何度か繰り返され、授業中にズシンという音がして、クラス中(学校中)が一斉に北側の窓を見て、噴煙があがる様を見たのを思い出す。こちらに転勤してからも数度噴火があり、一度、集合住宅のベランダの手すりに薄く火山灰がついていたことがあった。正月に帰省したときには、いつもより噴煙の量が多いようだと思っていた。しかし、冬なので水蒸気が大量に見えるのかも知れないとそのときは思ったが、少し活動が活発化してきていたのかも知れない。

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2009年1月23日 (金)

ハイドン クラヴィア協奏曲 ニ長調 Hob.18-11 アルゲリッチの弾き振り

Haydn (1732.03.31-1809.05.31)
Keyboard Concerto in D, Hob.ⅩⅧ-11
   1. Vivace 7:12
   2. Un Poco Adagio 7:51
   3. Rondo All`Ungarese 4:05
Martha Argerich(piano) / London Sinfonietta
(DENON COCO-6117  Licensed by DISCHI RICORDI)

ハイドンと言えば、交響曲(最後の番号が第104番)、弦楽四重奏曲(同様に第83番)など、膨大に作曲した人だが、弦楽三重奏曲29曲ほど、バリトン三重奏曲などは126曲!、ピアノ三重奏曲41曲以上、ピアノソナタ52曲以上、などなども膨大な作品数を残している。

そんな中、比較的少ないのはクラヴィア(チェンバロ)、ヴァイオリンなどの独奏楽器による協奏曲だ。ハイドン自身、ヴィーン少年合唱団の前身にあたる宮廷合唱隊で美しいボーイソプラノを披露(弟のミハイルもそうだったという)した後、変声期で合唱隊を追い出され、その後苦労しながら音楽家とした大成していったという話が伝えられている。その過程で、モーツァルトやベートーヴェンのような独奏楽器の名人だったという伝説は伝わっていないようなので、そのためもあるのだろう。

それでも有名なところでは、チェロ協奏曲、トランペット協奏曲などが知られているが、このCDであのマルタ・アルゲリッチがロンドン・シンフォニエッタを珍しく弾き振りして録音しているのは、いつも参考にさせてもらっている作品表 では、チェンバロ協奏曲ニ長調Hob.XVIII-11(1780頃/1784出版)[3楽章]とされている曲だ。ハイドン48歳頃の作品となる。

今年は、ハイドンが亡くなってから満200年という記念年になり、音盤の世界では、あのアンタル・ドラティの交響曲全集やまとまったオペラ録音が話題になっているが、上記の膨大なバリトントリオやピアノトリオなどの録音はどうなることなのだろうか?一度、生演奏で、このピアノトリオかバリトントリオのうち、高音楽器をフルートに持ち替えて、チェロとピアノとで演奏したものを聴いたことがあるが、ハイドンらしくすんなりと耳に入るわりにはとても知的でさっぱりした音楽が聴けて面白かった記憶がある。交響曲のように連続で聴くとさすがに耳が飽和してしまうだろうが、折に触れて(もったいないが)機会音楽的に一期一会的に聴けるならば、それはたいそう贅沢な経験だろうと思う。

ハイドンのニ長調のクラヴィア協奏曲(おそらく、チェンバロで弾いたものだろう)は、モーツァルトの名作群に比べると非常に影が薄い。この曲の成立事情や初演、その当時の評判など(リーフレットには書かれているかも知れないが)、一般的な知識としてはまったく知らないで聴いている。

ハイドンは、決してクラヴィアの名手ではなかっただろうが、それでも数多く残したピアノソナタを聴いても決して凡百の奏者であったとは考えられない。ハイドンがこのアルゲリッチのように、弾きぶりでこの曲を恐らくエステルハージ宮廷で披露したものだろう。

耳に快く、聴いているときはいい音楽だと感じながら聴くのだが、聴き終わった後には、ととりたてて印象的なメロディがあるわけでもなく、また特別の形式的な工夫もないので、後で思い出そうとしても、思い出せないような音楽ではあるのだが、耳を澄ましているときの心の豊かさは、そう感じられるものではない、というのが、一種ハイドンの魅力の一つではないだろうか?また、機会音楽的な古典派の音楽というもの自体、そのような本質を持っていたのかも知れない。ベートーヴェンにしても、交響曲の第1、2番、同じくピアノ協奏曲の第1,2番など、それ以降の個性的な作品に比してやはり同様の深く記憶に刻みつけられる要素という意味では没個性的なのかも知れないと感じる。その意味で、深化が始ったモーツァルトのヴィーン定住以降の作品群というのは、それが注文仕事、誂え仕事であったにも関らず、多くの作品がそのような古典派のルーチン的な没個性に陥っていないというのは、すごいことだったのだと改めて思う。

ハイドンの曲のことを書こうと思っていたが、ついモーツァルトまで筆が滑ってしまった。それでもハイドンの曲の第2楽章などの少しカデンツァ風の部分や、第3楽章など「ハンガリー的なロンド」であり、後年のシューベルトがよくハンガリー風の曲を書いたように、オーストリア・ハンガリーの音楽の象徴のような音楽になっていて面白い。

なお、併録のベートーヴェンの2番の協奏曲も、アルゲリッチの弾き振りによるもの。

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2009年1月 9日 (金)

バックハウス イッセルシュテット/VPO の ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番

Backhaus_emperor

Beethoven Piano Concerto #5 in E Flat, Op. 73, "Emperor"(皇帝)

1. Allegro 19:49  (CDジャケット表記:19:30)
2. Adagio Un Poco Mosso 7:19 (同上:7:19)
3. Rondo(Allegro) 10:27 (同上:10:28)

Wilhelm Backhaus
Hans Schmidt-Isserstedt
Vienna Philharmonic Orchestra

Producer : Erik Smith (ハンス・シュミット・イッセルシュテットの息子)
Enigineer : Gordon Parry
Location : Sofiensaal, Viennna
Date: 1959

昨日、HMVのサイトの記事で『レコード芸術』誌主催のレコード・アカデミー賞の受賞盤に、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集が数多く目に留まった。

1974年アシュケナージ&ショルティ/CSO
1976年ルービンシュタイン&バレンボイム/LPO
1977年ブレンデル&ハイティンク/LPO
1984年ブレンデル&レヴァイン/CSO
1985年アシュケナージ&メータ/VPO
1989年アラウ&C.デイヴィス/SKD
1999年ブレンデル&ラトル/VPO

以上が(協奏曲部門か録音部門、企画部門かで)選ばれており、その他にも選集が数点ある。よほどこの協奏曲全集が好きなレコード評論家がいたのだろう。ただ、同じ曲目をこれほど選ぶというのは、賞としての意味があるのだろうかとも疑問に思った。

それではということでもないが、いわゆる古典的な名盤とされるヴィルヘルム・バックハウスの晩年の録音を取り出して来て聴いてみた。

バックハウスの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタも非常に権威のあるものだが、これまであまりそのピアノ・ソナタの演奏を好んだことがなかった。独奏の時には、どうもリズム的に前のめりや寸詰まりになるのか、弾力性が失われる感じがして違和感を持つのだが、ベームとのブラームスのピアノ協奏曲第2番や、このイッセルシュテットとのベートーヴェンのピアノ協奏曲は、指揮者・オーケストラのサポートの効果かそのような癖も感じられず、豪快で鮮明なピアニスティックな魅力を存分に味わうことができる演奏になっている。

LPで3番から5番までの2枚組みを父が購入してよく聴いたものだったが、今日久しぶりにこのCD化された録音を聴いてみたのだが、改めてこれほど素晴らしいものだとは思わなかったくらいで、堪能することができた。

2009年のディスク音楽感想記事としては初めての記事になるが、このCDは温故知新の大切さを思い出させてくれるものだった。満50年も経過した古い録音だが、今生まれたように瑞々しい。録音芸術というもののありがたさだろう。

参考:

2008年7月18日 (金) ルドルフ・ゼルキン、小澤/BSOによる『皇帝』

2007年7月12日 (木) セルとギレリスの『皇帝』(米EMI盤)

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2008年12月26日 (金)

シャトー・ジュリアンは美味く、マス・モニストロルはまあまあ

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クリスマス・イヴには、マス・モニストロル・ロゼを開けた。バブルの余波の時代に、ドン・ペリニョンを空けて二日酔いになったことがあり、発泡性ワインの高級品は二日酔いをしないという『美味しんぼ』の薀蓄に疑問を感じたことがあった。発泡性ワインは、炭酸が抜けてしまうので、ついつい貧乏根性で750mlを飲み切ってしまうのが、二日酔いの原因だろうとは思うが、どうもそれ以来発泡性ワインは苦手だ。

ロゼだが辛口だった。肉汁たっぷりの鶏の丸焼きには結構合ったけれど、単独の飲み物としては、少し物足りなかった。


Pc240671 翌日、クリスマスの夜には、それほど期待していなかったシャトー・ジュリアン2002を開けた。ボルドーワインをたまに飲むとは言え、大概リーズナブルなものなので、舌が肥えているとはとても言えないが、これは単に渋いだけでなく、ほのかに甘く、アルコールの刺激はまったくなく、まろやかな美味しさを味わえた。2002年というので、6年は経過しているわけだが、心配していた酸味も強くなく、なかなかよい飲み物だった。

日本製のカマンベール風チーズ、デンマーク製のブルーチーズをそれぞれフランスパンに載せ、ワインと味わうとなかなか結構なマリアージュが楽しめた。このワインは、リカーショップに結構並んでいたので、また購入したいものだ。

クリスマスの音楽は、もう20年近く前にヒーリングミュージックとして流行したスペインのシロス修道院の『グレゴリアン・チャント』、タリス・スコラーズの『クリスマスのキャロルとモテット集』のジョスカンとビクトリアの『アヴェ・マリア』、オルフェウス室内管弦楽団によるコレルリの『クリスマス協奏曲』といったところだった。

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