カテゴリー「ディスク音楽05 声楽」の36件の記事

2009年5月 9日 (土)

今日は快晴だが、衒学的に言うと五月晴れではない

ここ数日、主に太平洋岸が雨だった。雨雲レーダーが手軽にインターネットで見られるようになったので、どこで雨が実際に降っているかが分かるのは面白い。

今日は、昨日までの雨とうって変わって素晴らしい晴天だ。新暦5月のこのような好天をつい「五月晴れ(さつきばれ)」と呼びたくなってしまうが、「五月雨を集めてはやし最上川」の有名な芭蕉の句のように、五月雨(さみだれ)は梅雨のことで、新暦では6月から7月にかけての梅雨前線による雨のことで、五月晴れはそのような五月雨の合間に僅かに覗く梅雨の晴れ間のことを言うのだという。

新暦の2009年5月9日は、旧暦では4月(卯月)の15日になり、卯月は季節では夏、田植え、衣替えの季節になるようだ。吹く風は、昨日までのたっぷり降った雨の湿り気をわずかに帯びて冷んやりと爽やかだが、確かに今日の日差しは強く、既に初夏の到来を思わせる。

卯月は、卯の花の咲く季節から名づけられたという。唱歌「夏は来ぬ」にも「卯の花の匂う垣根に」とある卯の花だが、これまで意識して実物を見た記憶がない。検索してみたところ数多くの画像がヒットしたが、植物図鑑・撮れたてドットコムというサイトで、ウツギとしての画像を発見した。

これから梅雨入りまでは爽やかな、初夏、卯月の季節を味わえることになる。衒学的過ぎるが、「さみだれ」という言葉の対語であるので、うっかり「さつき晴れ」と言わないようにしようと思う。

長男がブランデンブルク協奏曲のトランペットが入ったのを聴きたいというので、確か第1番か第2番だよ、と言ってCDを渡したら、第2番の方だった。私は、月並みではあるが、シューマンの『驚異的に美しい5月に』で始る『詩人の恋』を聴いてみようと思う。

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2009年1月28日 (水)

ヘンデル オラトリオ『マカベウスのユダ』(マッケラス/ECO)を聴き始める

ヘンデルイヤーでもあり、過去の録音も多く再発されるだろうが、このサー・チャールズによる『マカベウスのユダ』(Archiv)もこれから発売されるデッカのヘンデルマスターワークスに入るようだ。

有名な第三幕の合唱「見よ、勝者は還る」 "See the Conqu'ring Hero Comes !"あたりを聞いてみた。『メサイア』ほどの大ヒット曲ではないが、結構音楽的に楽しんで聴けそうだ。

1977年ごろの録音で、モダン楽器によっているが、むしろ聞きやすい。

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2009年1月14日 (水)

DHM16 ジュリオ・カッチーニ(1550-1618) Le Nuove Musiche

Giulio Caccini(1550-1618) カッチーニ
Le Nuove Musiche  新しい音楽/新しい音楽の書法

・『愛の神よ、何を待つのか?』
・『愛の神よ、我去りゆかん』
・『翼あれば』
・『天にもかほどの光なく』
・『気高き至福の光よ』
・『我は見ん、我が太陽を』
・『ひねもす涙して』
・『いとど優しき溜息の』
・『東の門より』
・『麗しのアマリッリ』
・『憐れみの心動かし』
・『麗しき真紅のばらよ』
・『この苦き涙よ』
・『ああ、戻り来たれ』
・『輝く麗しの瞳もて』
 モンセラート・フィゲーラス(Sp)
 ジョルディ・サヴァール(gamb)
 ホプキンソン・スミス(バロック・ギター&リュート)
 バーゼル・スコラ・カントールム
(以上、HMVの紹介サイトからの引用)

2009年のNHK大河ドラマ『天地人』の影響もあり、直江兼続(1560-1619)を主人公に据えた藤沢周平『密謀』を読み直しているところだが、ちょうどこのカッチーニは、直江兼続と洋の東西を遠く離れているとは言え、同時代人になる。

DHM50を入手するまでは、このカッチーニという作曲家のことはほとんど知らず、後知恵で考えてみると『麗しのアマリッリ』の題名を知っている程度だったが、今回iTunesへの取り込みの最中にたまたまつまみ聴きをしてみて、世俗的な歌詞内容らしいが、シンプルなリュートやガンバの伴奏を伴うソプラノ・ソロが、鎌倉・室町時代に流行したという小唄も恐らくこんな雰囲気のものだったかも知れないなどと思わせるような粋な感じで、つい聞き入ってしまった。シェークスピアの『ロミオとジュリエット』も成立は1594年か1595年とされるので、やはりちょうど同時代。そのせいか、あのゼッフィレッリ監督でオリビア・ハッセーがジュリエットを演じた映画の雰囲気に通じるものがあるようにも感じた。

ソプラノの独特のメリスマ唱法というのだろうか、こぶしを回すような歌い方は何とも魅力的なものだ。この今となれば、親しみやすい曲集が、当時「新しい音楽/新しい音楽の書法」と題されて出版されたというのは、このような単旋律(monody)の歌曲自体が新しいということだったのだろうか?


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2008年12月11日 (木)

ジャヌカン(没後450年)とセルミジのシャンソン集

Janequin_sermisy

クレマン・ジャヌカン(Clément Janequin, 1480年頃 – 1558年)

クローダン・ド・セルミジ(Claudin de Sermisy 1490年ごろ - 1562年10月13日)

シャンソン集 "Les Cris de Paris" (直訳では、『パリの叫び』だが・・・)

Ensemble Clément Janequin  ( Dominique Visse : contre-ténor, Michel Laplénie : ténor, Philippe Cantor : baryton, Antoine Sicot : basse, Claude Devôve : luth)

(harmonia mundi FRANCE HMC901072)

今年が没後450周年のクレマン・ジャヌカンと、その同時代の作曲家 クローダン・ド・セルミジのシャンソン集の録音。

ジャヌカンと言えば、アマチュア合唱団がよくやる『鳥の歌』とか『狩り』などは、私が以前属していた合唱団の先輩達は結構歌ったらしいが、私が属していた数年は残念ながら歌う機会はなかった。合唱団のロッカーには、楽譜はあったのだったが。

さて、このCDは、ハルモニア・ムンディのものだが、今年大いに売れたドイツ・ハルモニア・ムンディのものではなく、ハルモニア・ムンディ・フランスレーベルのもの。ただ、製造は made in W. Germanyとなっているのが面白い。

シャンソン(フランスの多声世俗歌曲)が19曲収録されているが、残念ながらこのジャヌカンの名前を冠した男声のみのアンサンブルによる『鳥の歌』は収録されていない。その代わりといってはなんだが、このCDを買うまでは名前も知らなかったセルミジという作曲家の曲を聴くことができる。ジャヌカンのように多声部の騒々しく忙しい音楽ではなく、リュートのみやびな響きを伴ったいかにも15、16世紀という雰囲気の落ち着いた音楽を聴かせてくれる。その反面、第5曲の"La, la maistre Pierre"のようにいかにも陽気なジャヌカン的な表現も見せる。

クレマン・ジャヌカン・アンサンブルは、カウンター・テナーのドミニク・ヴィス(日本語のホームページあり)により設立された団体で、今年30周年とのこと。上記のメンバー表によるとカウンターテナー、テナー、バリトン、バスの四重唱アンサンブル。

その点では、それより10年前に設立され今年40周年のUKのキングズ・シンガーズ(The King's Singers) はカウンターテナー2、テナー、バリトン2、バスの六重唱を基本としている。

世俗曲の歌唱ということもあるのだろう、特にカウンター・テナーには結構地声的、喉を閉めた発声も聞こえるが、有名な『戦争』(La Guerre とも La Batiile とも書かれている)などは非常に目覚しい。洗練された?フランス語の響きと、粗野な発声の対比が、意味も分からぬ歌詞から伝わってきて面白い。

15世紀末から16世紀前半を 歴史データベース on the Web で概観すると、欧州は大航海時代の幕開け、日本へは鉄砲、キリスト教が伝わり戦国時代への突入、ドイツはルターの宗教改革、イギリスはヘンリー8世からエリザベス一世の時代、フランスはユグノー教徒(1572年にはメディチ家出身のカトリーヌ・デ・メディシスによる聖バルテルミーの虐殺)、イタリアではマキアベリやレオナルド達が生きていたルネサンスの最盛期だった。

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2008年12月10日 (水)

マリアン・アンダーソン 黒人霊歌集

アメリカの生んだアルト(コントラルト)歌手、マリアン・アンダーソンの名前を初めて知ったのは、高校の英語のリーダー(Reader)のText所収のアンダーソンに関する小伝だったと思う。もう記憶はあいまいになっているが、確かトスカニーニの名前も登場した。Contraltoという女声では最も低い音域からソプラノ並みの高い声域まで数オクターブに渡るムラのない美声が特徴だったというようなことが高校生向けの英語で書かれていたような気がする。

昨夜、12月になったというので、クリスマスに縁のあるCDを棚から居間に持って来て少し聴いたのだが、それをきっかけにこども達に『黒人霊歌』のことを少し話した。

『黒人霊歌』は、コーラス団体に入って歌っているときに、"Swing low, sweet chariot"や"Deep river" ,"Sometimes I feel like a motherless child" ,"Nobody knows the trouble I see" , "Joshua Fit The Battle Of Jericho" など、定期演奏会で歌ったことがある(少しうろ覚えだが)。そのときには、ロバート・ショー合唱団ロジェー・ワーグナー合唱団(Roger Wagner Chorale) の『黒人霊歌集』のCD(確かEMIのSeraphimレーベルの廉価盤)を持っていて、合唱団の仲間と回し聴きをして楽しんだものだった。誰かに貸したまま、そのまま行方不明になっている。今では廃盤のセラフィム盤(現在では全く同じものではないが黒人霊歌集の国内盤が入手可能)は10曲以上収録された結構素晴らしい録音のもので、その当時乗っていたホンダシビックフェリオに取り付けたアルパインのカーステレオでよく聴いたりしたが、合唱団の団長もいい録音だと感激してくれたものだった。(同じ Rで始まるUSAの合唱指揮者なので、ついつい間違えてしまう。Robert Shaw の方は、トスカニーニの第九での合唱指揮者も務めており、後にオーケストラも指揮した人だった。)

さて、このマリアン・アンダーソンの Spirituals (以前の言い方では Negro Spirituals と差別的なニュアンスのある表現をしたものだった。先に取り上げたドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番『アメリカ』も今ではほとんど忘れられているがかつてはなんと"Nigger"という今では考えられないようなニックネームを付けられていた時代もあった。)だが、マリアン・アンダーソンを本格的に聴くのは、このCDが初めて。1936年から1952年に掛けてのピアノ伴奏による独唱曲として歌われているもので、もちろんすべてモノーラルだが、当時のRCAの技術の高さか、それともリマスタリングが成功したのか、1950年代の録音ではほとんどスクラッチノイズもなく、深深としたマリアン・アンダーソンの歌唱をストレスなく味わうことができる。

なお、このマリアン・アンダーソンの甥にあたるのが、日本でも活躍したアメリカの黒人指揮者 ジェームズ・デプリーストであるということは、このCDで初めて知った。のだめファンには、あのルー・マルレ・オーケストラの音楽監督で、シュトレーゼマンの唯一の指揮者の親友であり、唯一の実名登場人物で、作中では「デプさん」と呼ばれている。

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2008年10月 4日 (土)

Orfeo盤 交響曲第9番『合唱』 フルトヴェングラー&バイロイト(1951バイエルン放送音源)

Furtwaengler_bayreuther_beethoven9_ Beethoven Symphonie No. 9

Schwarzkopf, Hängen, Hopf, Edelmann

Chor und Orchester der Bayreuther Festspiele

Dirigent : Wilhelm Furtwängler

Live Recording 29, Juli 1951
(ORFEO C 754081 B)   


2007年12月27日 (木) 一般発売 交響曲第9番『合唱』 フルトヴェングラー&バイロイト(1951 バイエルン放送音源) を、DHM50枚組みのBOXを購入するときにマルチバイでようやく購入した。生活圏のCDショップではついぞ見かけなかったのだ。もう一枚のマルチバイが、改めて大感激したセル/CLO のブラームスの4番

このCDについては、ライヴ録音論争的な様相になっており、私は状況的にこのバイエルン放送音源盤がゲネラルプローベ(通しのリハーサル)だろうという意見に組していることもあり、2007年7月30日 (月)に フルトヴェングラー/バイロイト祝祭管の第九(東芝EMI盤) という記事を書いて、この盤との聞き比べを楽しみにしていたのだが、既に何度も聴いたEMI盤のようにメモをとりながら分析的に聴いて判定したいものだなどと考えていたこともあり、それが負担となって少々しんどく、つい未聴盤の最上位に祭り上げていてこれまでさわり程度しか聴かなかった。

マゼールの録音や、シベリウスの交響曲などを立て続けに聴いた先週に、気楽に聴いてみようと取り出して「さらっと」聴いてみた。

冒頭付近のSPの板起こしのような雑音には驚いたが、全体的には非常にクリアな録音状態で驚いた。

有名なEMI盤の録音とはいくつか異なる点もあるが、紛れもなく「有機的」というイメージが思い浮かぶフルトヴェングラーの音楽が刻印されていて、気楽な気分で聴いたのだが、EMI盤と同様に感激した。

特徴的なところでは、フィナーレの vor Gott ! でのフェルマータ部分でEMI盤にあったクレッシェンド(アクセント)的な音量の増加はない。また、フィナーレの最終部分は、EMI盤ほどではないが相当加速(アッチェレランド)しているけれど、最後までオーケストラは音量を失わずにアンサンブルも崩壊していない。

バックノイズというのか、雰囲気的には、少しざわつきが感じられるEMI盤に比べて、ORFEO盤の方が静謐な雰囲気を感じた。

EMI盤よりもクリアな音質でフルトヴェングラーの「バイトロイトの第9」を聴くことができるというのは、音楽ファンにとって非常にありがたいことだと思う。

なお、CDの冊子には独英仏語の解説も含まれているが、英語を斜め読みしてみてもこの音源がバイエルン放送の新発見のものだということは書かれていないようだった。

なお、この解説によると、第二次大戦後初のバイロイト音楽祭は、1951年7月29日の「午後8時」にこの第九交響曲の演奏によって始まったのだと書かれている。もしバイエルン放送の音源のテープの記録に時刻が記されていれば、その意味では決定的な証拠になるように思った。

また、当日フルトヴェングラーのバイロイト到着は遅れ、「ほとんどリハーサルの時間がとれなかった(and had had very little rehearsal time)ので、公衆には最後のリハーサルを傍聴することを許さなかった」とも書かれているので、当日の完全な通し練習が行われなかったことも考えられないではない。

CDの裏表紙には、ドイツ語で

Herausgegeben von den Bayreuther Festspielen.
Erste authentische, ungeschnittene Ausgabe des Konzertes vom Original-Bandmitschnitt des Bayerischen Rundfunks
Festspielhaus Bayreuth, 29, Juli 1951

と書かれていた。Bandmitschnitt というのが分かりにくいが、意訳すると

バイロイト音楽祭からの発表。バイエルン放送のオリジナルの録音テープによるこのコンサートの最初の、真正の、切断されていない版。1951年7月29日 バイロイト祝祭劇場。ということなので、「切断されていない」というのがEMI版を意識した文言であることは確かだろう。

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2008年8月25日 (月)

DHM26 J.B.リュリ ディヴェルティスマン1,2,3

Lully_divertissements_dhm26 Lully_divertissement_back

先日実家の父から長男がもらってきた『大作曲家の肖像と生涯』には、さすがにジャン・バプティスト・リュリ(1632-1687)が最初の指揮者だったということが書かれているようで、長男が「リュリのCDある?」と尋ねるもので、このDHM50を見てみたところまさに含まれていた。(一般にはジャン・バティスト・リュリと書かれるが、フランス語ではpが発音されなかったということはないので、バプティストでいいように思うのだが。まさにバプティスマのヨハネという二重ネームだ。 追記:2008/09/08 この場合の p はフランス語一般的な発音法則としての黙字なのかどうか分からない。ちなみに元々はジョヴァンニ・バッティスタ・ルッリGiovanni Battista Lulli)という名のイタリア人だったという)

Dhm50_list


とはいえリュリの曲は、この26枚目のCD一枚だけ。ディヴェルティメント(嬉遊曲)の語源的なDivertissement ディヴェルティスマンという曲集だが、フランス語の歌詞のついた歌曲集のような曲集だ。演奏のクレジットは、Skip Sempé のハープシコード(指揮?)の Capriccio Stravagante という団体で、ténorとしてGuillemette Laurens という名前が記されているが、第9曲などは聞こえる声はまったく女声のソプラノなので、歌手全員がクレジットされていなようだ(追記 このTENORという表記が誤りで、メゾ・ソプラノというのが正しいらしい)。HMVのサイトのこのCD集の紹介記事では、

Disc26
・リュリ:ディヴェルティスマン集
 スキップ・センペ(指揮&cemb)
 カプリッチョ・ストラヴァガンテ

ディヴェルティスマンとは、主軸となるストーリーの展開が一時的に中断する部分です。そしてそこで、時に副次的なストーリーを従えながら、歌や踊りが繰り 広げられていくのです。観客を楽しませることを主眼とするこの部分、耳に快い旋律がいくつも現れてくるのは当然と言えるかもしれません。フランス・バロッ ク時代の栄華を極めた『太陽王』ルイ14世が、ヴェルサイユ宮殿でお気に入りの楽長リュリと台本作家モリエールのコンビに書かせたディヴェルティスマン (余興)の音楽を集めた一枚。優雅で牧歌的、エスプリが利いた音楽です。 【録音】 1990年 (原盤:RD77218)

とあり、なるほどと思う。

リュリの曲は、FM放送では意識もせずに聴いたことがある程度だが、こうして音盤でじっくり聴いてみると「フランス風序曲」に現われる付点音符の重々しいすそ飾りのついた宮廷人の舞踏を想像させるようで、言われてみればフランスの太陽王ルイ14世の宮廷での音楽愛好を彷彿とさせる。訪れたことのあるヴェルサイユ宮殿は、ついルイ16世(在位1774-1792、生没年1754-1793)とマリー・アントワネット妃のことが思い浮かびがちだが、あの宮殿の盛期は、その祖父15世(在位1715-1774、生没年1710-1774)の曽祖父であった14世の時代(在位1643-1715、生没年1638-1715)だったわけだ。

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2008年7月17日 (木)

オーヴェルニュの歌 デ・ロス・アンヘレス

Chants_dauvergne_de_los_angeles

マリー=ジョゼフ・カントルーブ=ド・マラレ(Marie-Joseph Canteloube de Malaret)編曲 

オーヴェルニュの歌 (Chants d' Auvergne)

ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス Victoria de Los Angeles (ソプラノ)

指揮: ジャン=ピエール・ジャキャ Jean-Pierre Jacquillat
コンセール・ラムルー管弦楽団 Orchestre des Concerts Lamoureux
〔1969年2月10日-19日、9月9日-17日 録音〕

夏に涼風を運んで来てくれる音楽としては、水や山に関係のあるものが多いけれど、この歌曲集は、フランスのヘソと呼ばれるオーヴェルニュ地方に伝承された歌(民謡)を、(通常カントルーブ編と略されるが実は上記のように大変長い名前の)作曲家が、収集、編曲(オーケストレーション)した全5巻27曲の歌曲集が「オーヴェルニュの歌」だ。あの「フランスの山人の歌による交響曲」を作曲したヴァンサン・ダンディに師事したことも、民謡に目を向けさせた要因のひとつだろうか。

このビクトリア・デ・ロス・アンヘレスのEMI盤は惜しいことに全曲は収録されておらず、24曲が収録されている。

オーヴェルニュ地方は、ミネラルウォーターVolvic が採取される ヴォルヴィックという村があるいわゆる火山性の中央高地で、日本で言えば長野・山梨・岐阜辺りの高原地帯のようなところだろうか。この曲集は、オーヴェルニュ方言ということもあり、詳しい解説と対訳はついていても、いつも聞き流すだけなのだが、春、秋、冬よりも夏に聴きたくなる。カントルーブのオーケストレーションの特色なのだろうが、爽やかな山を渡る風が身体を包むような感じを受けるからだ。

第1集の有名な「バイレロ」だけでなく、第3集「牧場を通っておいで」、第4集「牧歌」などいつ聴いても爽快な気分になれる。

絵本『木を植えた男』(ジャン・ジオノ作)は、このオーヴェルニュ地方よりも南、アルプスと地中海に囲まれた荒々しい自然のプロヴァンス地方(あのビゼー・ドデーの「アルルの女」のアルルもこの地方の町)の荒蕪の地での感動的な物語だが、『オーヴェルニュの歌』の牧歌的な明るさの間に見られる陰りは、やはり山地特有の自然の厳しさも感じさせないではない。

高温多湿の日本の夏だが、私の故郷の信州の高原は高燥な気候で降雨量も全国的にも意外なほど少ない。特に軽井沢などの浅間山麓から上田に掛けての佐久・小県地域は、標高の高さと降雨量の少なさで、本当に避暑には適した場所なのだろう。

軽井沢は、英国の宣教師ショーが避暑地として紹介するまでは、避暑などという習慣もなく、中仙道の重要な宿場町とは言え碓氷峠や和田峠という難所を控える高冷地として非常に物寂しい地域だったようだ。その後、外国人に続いて日本のブルジョア階級や文人達が訪れ、避暑地として活況を呈すわけだが、最近はバブル期のような繁華さは少しは納まって相当落ち着いたというか沈滞した雰囲気になってきて私的には結構好ましい(地元経済とか言うと話が複雑になるが)。

この軽井沢というよりも浅間山麓のどこかの眺めのよい場所で、この曲を聴けたら楽しいことだろうと想像する。残念ながら私の実家からは浅間山は眺められるが、いわゆるパノラマ的な風景が見える場所ではないので、このCDをクルマに積んで行って、第4集の「向こうの谷間に」あたりを聴きながら見晴らしのいい山道を走りってのんびりするのもいいかも知れない。

聴きながらいつの間にか夢想の中に入ってしまった。この夏も帰省する予定だが、原油高騰とは言え、この時期だけは道路も鉄道も混むことだろうと思うと現実に引き戻される。

追記:ブログで「オーヴェルニュの歌」を検索したところ、TARO'S CAFE オーヴェルニュの歌 ~名画と名曲・42という面白い記事を見つけ読ませてもらった。

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2008年6月30日 (月)

DHM-6,7 J.S.バッハ ロ短調ミサ曲 

Bach_mass_bminor_hengelbrock_dhm6 トーマス・ヘンゲルブロック  Thomas Hengelbrock 指揮
 フライブルク・バロック管弦楽団 Freiburger Barockorchester
  バルタザール・ノイマン合唱団 Balthasar -Neumann-Chor
   HMVの紹介ページによれば、〔1996年10月録音〕 原盤:05472773802


6月の最終日、これまで何度も寝入りばなには聴いていてその美しさに陶然としながら寝入った(寝付きだけはいいのだが、3時から4時に目覚めてしまうのが悩みのタネ)この録音にしっかり向き合って聴いてみることにした。(「6月の6番は」)

もちろん比較の対象は、相当以前確か1990年代に購入して、何度も聴いた2006年10月 6日 (金) J.S.バッハ ミサ曲 ロ短調 ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラによる演奏。

このヘンゲルブロックという指揮者やフライブルク・バロック管弦楽団、バルタザール・ノイマン合唱団という名前は、Wein, Weib und Gesang(pfaelzerweinさん)の2006年のモーツァルトとヘンデルの記事で見かけ、ドイツの比較的ローカルな演奏団体なのかな、などと井の中の蛙式の不遜なことを思っていたのが恥ずかしくなるような優れた演奏団体のようだ。

ブリュッヘンのバッハも非常に真摯なものであり、18世紀オーケストラの技量やソリストたち(アルトのカウンターテナーが少し異質だが)は優れた演奏なのだが、このヘンゲルブロックたちの演奏の醸し出す音響の柔和さ、品格の高さ、そして全曲にわたるまとまりのよさは、またブリュッヘンたちの演奏にない多くの魅力を教えてくれるものだと感じた。

このDHM50には、ヘンゲルブロックとバルタザール・ノイマン合唱団は、このロ短調ミサと、DISC1のドゥランテ、アストルガ、ペルゴレージの宗教曲だけの収録(フライブルク・バロック・オーケストラは他にも数枚の録音が収められているが)のようだが、十分その真価を顕してしいるように思う。

コーラス、オーケストラにしてもいわゆる巧さをヘンゲルブロック盤には強く感じないのだが、響きが非常に心地よく、聴きながら集中力が高まっていくような錯覚に襲われるような気もしないではない。

ちなみに、エクセル表でブリュッヘン盤とヘンゲルブロック盤のパンフレット表示のタイミングを並べてみた。全体的に大きな差はないと言えるが、一貫して躍動的な要素が感じられるブリュッヘンに比べて、ヘンゲルブロックは柔と剛の切り替えが鮮やかで、遅い部分はいわゆる「ロマンティック」なほどであるが、速い部分は新古典主義的なキビキビとした引き締まった音楽になっているように聴こえる。これで全体の統一感がそがれないというのも不思議ではある。

  ブリュッヘン ヘンゲルブロック
Kyrie
Kyrie eleison 8:53 11:32
Christe eleison 5:08 4:46
Kyrie eleison 3:50 4:17
  17:51 20:35
Gloria
Gloria in excelsis Deo 1:40 1:37
Et in terra pax 4:56 4:38
Laudamus te 4:23 4:13
Gratias agimus tibi 1:40 3:11
Domine Deus 5:44 5:24
Qui tollis peccata mundi 2:59 3:12
Qui sedes ad dexteram Patris 4:32 5:11
Quoniam tu solus sanctus 4:13 4:37
Cum Sancto Spiritu 3:51 3:36
  33:58 35:39
Credo
Credo in unum Deum 2:00 1:45
Patrem omnipotentem 1:44 1:48
Et in unum Dominum 4:28 4:29
Et incarnatus est 3:05 3:04
Crucifixus 2:58 3:48
Et resurrexit 3:41 3:34
Et in Spiritum Sanctum 5:06 5:02
Confiteor unum baptisma 3:02 3:42
Et expecto resurrectionem 3:36 1:58
  29:40 29:10
Sanctus
Sanctus 4:11 5:17
Osanna in excelsis 2:23 2:20
Benedictus 3:59 4:28
Osanna in excelsis 2:20 2:22
  12:53 14:27
Agnus Dei
Agnus Dei 5:06 5:41
Dona nobis pacem 2:57 3:30
  8:03 9:11
  1:42:25 1:49:02

追記:2008/07/01 現在、FireFox3でこのブログを作成し、表示を確認しているのだが、Internet Explorer 6.0で昨日作ったこの記事を確認したところ、テキストの部分と表の部分の間が非常に大きく開いてしまっていた。そこで、一端IE6.0を立ち上げて、そこでエクセル表の貼り付けを行ったところ、表の体裁(文字の中央揃えなど)は少し崩れたが、Firefox3でみてもIE6.0で見ても同じように見えるようになった。やはり、エクセルとIE, Firefoxでは少し相性の違いがあるようだ。

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2008年6月14日 (土)

ドイツ・ハルモニア・ムンディ50周年記念 50枚セットを買ってしまった

DHM と略すらしいが、SONY/BMG傘下に入ったこともあるのか、50周年記念で膨大な録音が超廉価で発売された。

初回があっと言う間に完売したという話題をいくつかのブログ記事で拝見していて残念に思っていたが、再発売が決定したという話を聞き、またもや久々に禁を破って6/10の早朝HMVに注文を入れたところ、6/13の午後には佐川急便で38*38*22という巨大なダンボールに入って届けられた。中にはクッション類はまったくなく、同時注文の2枚のCDと一緒にラップでくるまれて、それがその大きなダンボール箱の底面に軽く接着された状態で届いた。環境への負荷低減のため発泡スチロールのクッション材の使用を減らすためかと想像したが、底面の補強という点では心配の残る梱包形態だった。ただ、中のCDにはまったく異状なく、傷や凹みもなかった。英語版の表記を写すと "Deutsche Harmonia Mundi 50th Anniversary Edition"  50CDs FROM THE LEGENDARY BAROQUE AND ANCIENT MUSC LABEL とある。HMVの紹介ページはこれ

これまで ハルモニア・ムンディの名前は知ってはいたが、音盤としてはLPもCDも一枚ももっていなかった。これまで聴きたいと思っても聞けずにいたマショーやビーバー、フレスコバルディなどの作品も聞けるし、バッハの曲でもソロ・チェロ組曲やロ短調ミサ、モンテヴェルディの『ヴェスペレ』などの手持ちの音盤の同曲異演盤も聞けるのでと思い、購入に踏みきった。

何から聞いてみようか迷ったが、 31-32【モンテヴェルディ:『聖母マリアの夕べの祈り』(全曲) コンラート・ユングヘーネル(指揮&リュート) カントゥス・ケルン コンチェルト・パラティーノ】は、ガーディナーの録音で何度も聞いている曲なので、聴き比べてみようと聴き始めたところ、ガーディナーの録音が華麗で少し饒舌過ぎると聴こえるほど、まろやかで滑らかな美しさの演奏が聴けて驚いた。DHM自体、その筋では十分有名なレーベルで、私が知らないだけなのだが、このような演奏、録音を聴いてみると、「(当然のことながら)まだまだ世の中は広いものだ」と、陳腐な感想が生まれてきた。

膨大な音盤を蒐集して、未聴状態で放置することをチョモランマにひっかけてミチョランマと言うらしい(座布団数枚もの!)が、この50枚組みのCDは、多彩なラインナップということもあり、多分ミチョランマ登録されることはない!と、自分で決意する次第だ。

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2008年1月26日 (土)

ブラームス アルト・ラプソディー『冬のハルツの旅』 ルートヴィヒ、ベーム/VPO

Brahms_symphonies_boemvpo ブラームス

ゲーテの詩『冬のハルツの旅』からの断章による アルトと男声合唱とオーケストラのための『アルト・ラプソディ』 Op.53

クリスタ・ルートヴィヒ(アルト)、ヴィーン・ジングフェライン(男声合唱)

カール・ベーム指揮ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 1976年6月 ムジークフェライン グローサーザール

とうとう水溜りに氷が張り、霜柱も見られた。高村光太郎ではないが、「冬が来た!」だ。

冬を題材にした音楽と言うと、やはり情景描写的な標題音楽か、詩が冬を扱ったものになることが多い。このブラームスの『アルト・ラプソディ』も、ゲーテの詩が冬のハルツ地方の旅を扱ったものということで、やはり冬の曲に入るのだろう。

この交響曲全集のフィルアップとしては、このほかにハイドン・バリエーション、悲劇的序曲が収録されているが、普通大学祝典序曲が入ることが多いので、この選曲はなかなか得がたいものだと思う。ただ、このコレクターズエディションは、解説記事は(英独仏)結構詳しいが、せっかくのこの「アルト・ラプソディ」のテキストが掲載されていないので、困ったときのWikipedia 頼みで、英語版Wikipedia を参照しながら聴いた。

低音を主体としたオーケストラによるものものしいスフォルツァンドが繰り返され暗鬱に曲は始まる。木管と高弦がそれを受け静まり、アルトソロが無伴奏で歌いだすと、再び冒頭の部分がオーケストラで再現される。次第に高まった後、3:40頃曲調が少し穏やかに変わり、淡々とした歌がしばらく続き半終止。

4:50頃から短調で新しいエピソードが歌い出され、フルートも加わり次第に高揚していき、長調に達するのは 6:15頃。しばらくアルトは半音階的に動き、オーケストラが再び高まると、第二部分が繰り返され?、長調的にホルンで落ち着く。

9:30からは、男声合唱を伴うアルトによる長調の中間部。穏やかな曲調。11:00から転調し少し動きを伴う。すると美しいオーボエソロが先導し、合唱による中間部に入り、オケが高揚、11:50中間部が変形して戻り、満ち足りたクライマックスに達し静まる。

14:09からは木管の明るい先導が始まり、アルトと合唱が高揚して、また静まっていく。15:40からは、一息おいて最後の和音が伸ばされる。約16分。

つい聴きながら別のことを考え勝ちな曲なので慎重に2回聴いてみた。暗鬱な威嚇するような音楽で始まるのでいったいどうなることかと思ったが、ダカーポ形式ではなく、冬の厳しさから次第に春の明るさへと向かうような曲調の変化が感じられた。

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2008年1月25日 (金)

ホッターの「冬の旅」

Hotter_winterreise  

シューベルト 歌曲集『冬の旅』(ヴィルヘルム・ミュラー詩)

ハンス・ホッター(バス・バリトン)、ハンス・ドコウピル(ピアノ)<1969年東京ライヴ>

参考:
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)とイェルク・デムス(ピアノ)<1965年 ベルリン>
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)とアルフレート・ブレンデル(ピアノ)<1985年 ベルリン>

1/23には関東でも2年ぶりの積雪、その後低気圧が西から東に発達して移動し、強い冬型の気圧配置になり、東北日本では暴風雪警報が出るほどで、ここ南関東でも帰路の暗い道を辿ると北風が身に沁みる。大寒も過ぎたが今が寒さの底で、光の春ではないが、12月20日ごろの冬至から数えると既に1ヶ月を過ぎすこしずつ日が延び、春が遠くないことを感じさせてくれる瞬間もある。

このような寒い日にまったく「ベタ」な選択ではあるが、三種類の『冬の旅』を聴きなおしたり、過去の感想を思い出したりして鑑賞してみた。180年前1828年の1月10日、作曲家の死の年にこの『冬の旅』の第一部が初演されたのだというのでそれにもちなんではいるのだが。

フィッシャー=ディースカウとブレンデルのコンビのものは、このCDが発売されてすぐに求めたものだと思う。それ以来何度となく聴いたが、最近しばらく遠ざかっていた。以前にも書いたが、ディースカウの美声に陰りが出始め、ブレンデルとのアンサンブルもあまりしっくり行っていないように感じてきた。

ディースカウがデムスと組んだ1965年盤は最近入手したもので、簡単なコメントを書いたが、心を鷲掴みとまでは行かなかった。

テナーの歌唱が耳をよぎるのは、少年の頃からユリウス・パツァークとイェルク・デムスのLPをそれこそ擦り切れるほど聴いたためだろうし、高校の音楽の授業の教材で冒頭の"Gute Nacht"をテナーの声域で歌ったことも影響しているだろう。これについては、もう何度も繰り返していて、自分には一種の固定観念になっているようだ。今では、ボストリッジだとか(参考:ボストリッジの興味深いビデオ作品の記事)、ブレカルディエン、もう少し前ではシュライアー、ヘフリガーなどのテノール歌手もこの曲を取り上げていた。シューベルトのオリジナルがテナー用だったということもあるのだろうし、やはりミューラーの詩が、最後には霜置く髪のように老年を想起させるとは言え、本質的にさすらう若者の歌なので、テナーの歌唱が絶望した若者のイメージには合うように思う。

数年前に入手してたホッターの東京ライヴは、CBSソニーのカタログには以前から載っていたもので、あのヴァーグナー歌手のホッターの貴重なライヴ録音として有名なもので、コレクションシリーズの分売で買ったもので、子ども達には「格好のいい声」と受けたのだが、バス・バリトンの声質が自分のこの曲の経験上異質なものを感じたこともあり、あまり馴染めないものだったが、今回腰を据えて聴いてみている。

暗く深く重い声質の、ヴァーグナーの神々の長、ヴォータンを得意とした歌手なので、ヴィーダーマイヤー的な軽さはまったく望むべくもなく、最も有名な「菩提樹」でも、夏の日の憩いも寒風吹きすさぶ目前の景色の方に重点が置かれる。第10曲の「憩い(休息)」では、非常に大きなダイナミックの幅で、若者の旅というよりも、別のより巨大な風景が眼に浮かぶ。第11曲の『春の夢』の甘い夢想にも留まることは決して出来ない。しかし、第1部終曲の第12曲「孤独」は、バスの声質によく合い、心に沁みる。第13曲は、郵便馬車、先日のN響アワーのベートーヴェンの不滅の恋人でも第8交響曲のメヌエットのトリオのホルンがポストホルンを模したものだという話が出たが、当時のヨーロッパの交通機関で、郵便馬車は非常に重要だったのだろう(モーツァルトのポストホルンセレナードもいい曲だし)。

第14曲の「霜置く髪」と第15曲の「からす」、第20曲「道しるべ」、第21曲「宿屋」が個人的には好きな曲だ。このあたりまで聴き進むと、バス・バリトンの声質の世界に引き込まれているかのようだ。もう若者の恋愛と失恋と夢想の世界から、別世界へやってきてしまったのだから。

最終曲の「ライエル回し」(辻音楽師)は、やはり高校の時に、教育実習生の高校の先輩が実習授業でピアノ伴奏して歌ったものだが、当時若かりし頃の淡い憧れのようなものが今でも残っていて、この曲自体の底知れぬ虚無感と齟齬を来たすようなところがある。個人的な思い出も曲の鑑賞にはいろいろあるものだ。決して妨げになっているわけではないのだが・・・。

録音(自分の再生装置)は、ホッターのエネルギーの大きい声には少し非力だったようで、音量ピークの部分で少し音割れがするが、それほど聞き苦しくない。ドコウピルのピアノは明瞭に録音されている。

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2007年12月26日 (水)

J.S.バッハ『コーヒー・カンタータ』とドリップコーヒー

Jsbach_coffee_cantata J.S.バッハ 世俗カンタータ BWV.211
「おしゃべりはやめて、お静かに」(Schweigt stille, plaudert nicht)

エマ・カークビー(S), ロジャーズ・カヴィ・クランプ(T), デイヴィッド・トーマス(B)

クリストファー・ホグウッド指揮(ハープシコード)
アカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック

1986年、ロンドンでの録音

(併録: 農民カンタータ)

先日のカンボジアン・コーヒーのおかげで、コーヒー熱が再燃し、このところずっとコーヒーミルで挽いたコーヒー豆で淹れたコーヒーを飲んでいる。豆はスーパーや専門店で売っている焙煎されたものを買ってくるので、コーヒーの淹れ方の選択肢はコーヒー豆店、豆の産地、焙煎度合いの選択、豆の量、ミルの挽きかたの粗さ・細かさ、ドリップ時の粉の量、お湯の温度、蒸らし時間、抽出時間、お湯の量などなど多岐に渡る。組合せを考えれば膨大なものになる。まだ安定した味が出せるわけではないが、いろいろ試してみると、粗挽きよりも中細挽きで、じっくり抽出した味の濃いものがどうも自分の好みのようだ。

バッハのコーヒーカンタータとドイツでコーヒーが飲まれるようになった経緯などは、このサイトによくまとまっているが、コーヒーを含めたカフェイン飲料というものが人類史に与えた影響というのはなかなかのものがあるようだ。

中国や日本における茶、茶がインドやスリランカで生産されるようになったこと、アラビアでのコーヒーの発見とヨーロッパへの伝播、中南米諸国でのコーヒープランテーションの開発、フェアではないトレード。1773年アメリカ独立を促したボストン茶会事件、1840年欧州諸国によるアジア支配と日本の尊皇攘夷のきっかけアヘン戦争の原因となった中国茶などなど。

バッハとしては珍しく寛いだ雰囲気のこの曲は、流行のコーヒーのとりこになった若い女性によるコーヒー賛美と、その女性の頑固な父親とによる寸劇的な喜劇で、いわゆるオペラ作品を書かなかったとされるバッハにとっては、受難曲と並び一種の演劇作品とも見なされるものの一つになっている。

ジャケットの写真は、バッハ兼頑固親父に扮したホグウッドと、コーヒー娘に扮したエマ・カークビーで、この辺もなかなか面白い。カークビーの声は、素直でヴィブラートの少ないストレートな美しい響きで、この頃のピリオド演奏のスター歌手の一人だった。今はあまり名前を聞かなくなってしまっているけれど、この寛いだ録音では、明るい響きの美しいソプラノがたっぷり楽しめる。

楽しい演奏で、コーヒーを飲みながら聴くとまた格別だ。

参考記事:

2007年10月30日 (火) カンボジアコーヒーを挽いて飲む

2007年11月30日 (金) カンボジアコーヒー、その後

2007年12月11日 (火) コーヒードリップ専用ケトルとドミニカン・トリプルA

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2007年11月23日 (金)

カラヤン、プライスのクリスマス・ソング集

Karajan_christmas_songs カラヤン/アヴェ・マリア Karajan presents Christmas

Members of Vienna Philharmonic Orchestra
Leontyne Price

と題するクリスマス・アルバム。

合唱は、ヴィーン楽友協会合唱団、ヴィーン・グロシュタット少年合唱団

11月になると商魂たくましい日本のスーパーマーケットではクリスマス商品の展示が始まる。また、横浜のみなとみらい地区のコンコースなどではクリスマスツリーが飾られる。世俗化の進んだ日本ではクリスマスはお歳暮などの年末商戦と同様に風物詩として語られるものになってしまっているようだ。

このアルバムは、帝王カラヤンとアメリカの黒人系の名ソプラノのプライスが組んだ珍しいものだが、ロンドンレーベルのクリスマスものとしてはロングセラーを続けてきたものだろう。

清しこの夜/天には栄え/あら野の果てに/もみの木/アヴェ・マリア(シューベルト、バッハ・グノー)/モーツァルトのアレルヤなどが収録されており、なかなか楽しいものだ。

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2007年9月14日 (金)

ムソルグスキー 『展覧会の絵』(リヒテルのソフィア・ライヴ)

Mussorgsky_gulini_richter

モデスト・ムソルグスキー(1839-1881)

組曲『展覧会の絵』(原曲のピアノ版)

スヴャトラフ・リヒテル(ピアノ)

〔1958年2月、ソフィア、ブルガリア、ライヴ録音〕


昨年の秋、手持ちの『展覧会の絵』の聞き比べの記事を投稿したが、その後、リヒテルの『展覧会の絵』を聴きたくて、このCDを購入した。

                  
ホロヴィッツ         リヒテル
1.Promenade 1:22        1:25
2.Gnomus 2:20                2:27
3.Promenade 0:49           0:45
4.Il vecchio castello 3:49  4:50(4+5)
5.Promenade  0:28         
6.Tuileries  1:06             0:57
7.Bydlo 2:36                  2:15
8.Promenade 0:36          0:33
9. Ballet des poussins dans leur coques 1:17  1:09
10.Samuel Golednberg und Schumuyle  2:18  1:42
11.Limoges- Le marche 1:17                       1:17                     
12.Catacombae(Sepulchrum romanum) 1:17   3:52(12+13)
13.Con mortuis in lingua mortua 2:21
14.La cabane sur des pattes de poule 3:30    2:51
15.La grande porte de Kiev 4:28                  4:57

Wikipediaによると1958年といえば、西側デビューが1960年というので、まだソ連の鉄のカーテンに閉ざされた状態だったはずだが、このライヴ録音は西側でも発売されたのだという。よくもこのような状態の録音が残されたものだと思う。マルPマークによれば、初発売は、フォノグラム・フランスにより1959年だった。

リヒテルのソフィア・ライヴは、録音年代は比較的古く残念ながらモノ録音になっている。冒頭のプロムナードの最初の方で確かにミスタッチがありリヒテルの動揺が聞き取れるが、それほど気になるほどのものではない。音質も、ホロヴィッツのヒストリー録音に比べると格段に聞きやすい。

ただ、この評価の高いライヴ録音を聴いてもそれほど面白さを感じないのは、自分のこの曲への熱中度が相当低くなったためだろうか。高校時代には、オーマンディとフィラデルフィア管の演奏をよく聞き、どの曲も耳なじみではあるのだが。

中では、最初からフォルテでピアノが壊れるのではと思うほどガンガン鳴らす『ビドロ』は、荒っぽいが燃焼度が高い演奏だと思う。この曲あたりから、リヒテルも興に乗ってきたように聞こえる。

ライヴということもあり、全体に洗練された演奏ではなく、ロシア的な豪快さと神経質さが綯い交ぜになったものだが、ピアノ表現の幅広さを象徴するような演奏でもある。バーバ・ヤーガは猛烈な演奏。キエフの大門は、とろどころ苦しいが、ヴィルトゥオーゾの面目躍如だ。最後にはピアノの調律がずれたようにも聞こえるほど。

なお、このパノラマシリーズには、ジュリーニ/CSOのラヴェル版の『展覧会の絵』、若きマゼールとBPO(1959年)による『はげ山の一夜』、ヤルヴィ指揮ファスベンダー(Ms)による歌曲集『死の歌と踊り』、、プレトニョフによる『ホヴァンシチナ』前奏曲(モスクワ河の夜明け)、アバド/ヴィーン国立歌劇場による『ペルシャの女奴隷たちの踊り』、ヴィシネフスカヤ(S)とマルケヴィチによる『6つの歌曲』、カラヤン/VPO、ギャウロフ等による『ボリス・ゴドゥノフ』の抜粋が収められている。

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2007年9月10日 (月)

ラフマニノフ 『鐘』 アシュケナージ/ACO

Rachmaninov セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)
  『鐘』 作品35 (独唱、合唱とオーケストラのための詩曲)

  トロイツカヤ(S), カルツィコフスキー(T), クラウゼ(Br)

    アシュケナージ指揮 
   アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団・合唱団

  〔1984年11月録音、デッカ〕

これもパノラマシリーズ。この『鐘』を聴いてみたくて購入した。リヒテルのピアノ協奏曲第2番はダブリ購入(確信的)。また、アシュケナージとプレヴィンの『パガニーニの主題による変奏曲』もLP,CDがあるので、3枚目の重複になるが仕方が無い。なかなか、『鐘』だけでは売っていないので。

さて、ラフマニノフの合唱曲と言えば、『晩祷』が有名だが、この『鐘』も聞き応えがある。オケと合唱の重厚な和声とソリストのロシア語があいまって、初めて聴く曲だが、最後まで聴けてしまった。

銀の鐘、黄金の鐘、銅の鐘、鉄の鐘の四曲からなる合唱組曲だが、元々は合唱交響曲として構想されたものだという。ショスタコーヴィチの独唱と合唱とオーケストラによる交響曲の先駆をなすものかも知れない。

アシュケナージが珍しくACOを指揮したもの。この録音がこの曲の初めての鑑賞なので、他と比べようがないが、得意とするラフマニノフの音楽だけのことはあり、共感を持って演奏しているように聞こえる。

なお、このCDには、マゼールとベルリンフィルによる『ヴォカリーズ』と交響曲第2番が収録されており、マゼールらしい拗ね者的な音楽を聞くことができる。

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2007年7月19日 (木)

ブロムシュテット シュターツ・カペレ・ドレスデンのベートーヴェン交響曲全集

Beethoven_skd_blomstedt_1

ベートーヴェン 交響曲全集
 第1番 9:03/8:32/3:26/6:09  〔1976〕
 第2番 13:05/12:33/4:06/6:43 〔1978〕
  第3番  15:02/16:47/5:49/11:49 〔1979〕
 第4番  12:09/10:31/5:50/7:10 〔1979〕
 第5番 8:05/11:21/8:53/8:52 〔1977〕
 第6番 9:31/12:40/5:44/3:42/9:51 〔1977〕
 第7番 13:31/9:57/9:45/9:03 〔1975〕
 第8番 10:02/3:56/4:47/7:50 〔1978〕
 第9番 16:55/13:48/16:24/25:09 〔1980〕
   デーゼ(S), シムル(A), シュライアー(T),アダム(B)
   ライプツィヒ放送合唱団、ドレスデン国立歌劇場合唱団
 Lukaskirche Dresden (ドレスデン ルカ教会)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン(SKD)

5CD BOX BRILLIANT CLASSICS 99927 

ブロムシュテットとシュターツ・カペレ・ドレスデンによるベートーヴェンは、日本ではかつて徳間音工の手によりドイツ・シャルプラッテンレーベルで発売されていて、第九を集めていた折にその廉価盤を見つけて入手したことがあり、多くの第九の同曲異演盤の中でそのオーケストラの奏でる音響の美しさに感心したことがあった。

このブリリアントによる廉価盤ボックスセットはこれまで横目で見ながら、更に欲しいセット(セル、ジンマン、クリュイタンスは入手。クレンペラー、ノリントン、ケンペ、ヨッフム、クーベリック、フルトヴェングラーなどは未入手)ということもあり、触手が伸びなかったものだった。

ただ、近隣への出張の折に入手したクリュイタンスの全集が古い録音ながら相当面白かったので、第九の美しさを経験しており、その他の曲も地味ながら美しいといううわさのブロムシュテット盤も聞きたいと思っていた矢先、ブリリアントレーベルが国内代理店により販売されたのを見つけ購入した。

全体を聴き直してみると、繰り返しになるが、一言で言って美しいベートーヴェンだ。

シュターツ・カペレ・ドレスデンの各パートの自律的な充実とトゥッティでの豊かな倍音に満ちた響きは、ザンデルリング指揮のブラームスの第1番でも味わえたものだったが、この全集ではそれがどの曲でも味わえる。ただ、ザンデルリングの場合には求心的な印象を持ったが、ブロムシュテットの指揮によるこの交響曲集は、オーケストラが伸び伸び演奏しているのが見えるかのようだ。パートのなかで、特に目立つのは、ペーター・ダムが率いていた?ホルンのパートと、素晴らしく歯切れがよく良い音のするティンパニだろうか。勿論、弦楽器群、木管楽器、トランペットなどどのパートも素晴らしい。

よくブロムシュテットは、何もしていないというように言われることがあるが、決してそんなことはないと思う。オケのパートの自発性もあるのだろうが、『英雄』でのホルンパートの活躍は、特にスケルツォのトリオが有名で、その部分が美しいことも言うまでもないが、各楽章の普段はあまり聞こえないホルンによる声部がこの演奏に奥行きを与えてくれている。このような一貫したバランス調整は明らかにブロムシュテットの解釈と指示だろう。

一曲一曲が取り立てて強い個性を示す録音ではないが、これからも美しいベートーヴェンを聴きたいときには真っ先に手が出る演奏だと思う。

なお、このブリリアント盤は、ライセンスを Edel Classics,GmbHから受けているという。また、録音時期は西暦が記されているだけだが、同じ音源の第九で比較してみると、ブリリアント盤が1980年とだけなっているだけなのに対して、ドイツ・シャルプラッテン盤は、1979.4.9-11/1980.3.31 とあり、ブリリアント盤は恐らく録音完了時期のみを示しているものと思われる。また、合唱指揮は シャルプラッテン盤によるとライプツィヒがウェイグル、ドレスデンがフリューゲルということだ。

収録は、フィルアップの序曲集は、まったく含まれておらず、交響曲のみというのも潔い。

*SKDの他の録音
  若杉弘指揮 マーラー 交響曲第1番

  ザンデルリング指揮 ブラームス 交響曲第1番

 スイトナー指揮 モーツァルト 『魔笛』

 C.クライバー指揮 ヴァーグナー『トリスタンとイゾルデ』

 ヨッフム指揮 ブルックナー 交響曲第8番

* 昨年末来入手したディスクとドライブ音楽

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2007年5月18日 (金)

今日入手したディスク 2007/05/18

久しぶりに八王子方面に出張に出かけたので、その帰路町田に立ち寄りTaharaを覘いたところ、この5月末で閉店ということで、閉店セールを行っていたが、ほしいものは在庫がなく(SONY, RVCなどが共同企画のベートーヴェン傑作集60枚組み約8000円はほしかったが)、代わりに比較的在庫がある近くのブックオフに立ち寄ってみた。

CDの値段の付け方も以前とは違うようで、レギュラー盤クラスは、1000円で買えるものはまれで、1350円が普通の値段となっていたので、おいそれとは買えない感じだった。それでもと店内をみてみると250円から750円のコーナーが別に設けられてあり、そこにもクラシック音楽のCDが結構並んでいたが、ほとんどがいわゆる出版社のシリーズものや、いわゆるバッタもの(駅売り系)だっが、それでも玉石混交状態で、輸入盤などはむしろ安く売られていた。

1.セル/CLO の メンデルスゾーン 「フィンガル」「真夏の夜の夢」「イタリア」
  これは、以前にはよく見かけたシリーズものだがその折に買い漏らしていたもの。

2.オイストラフ セル/CLO による ブラームスのヴァイオリン協奏曲
   The CD Clubという通信販売ものだが、音源はいわずともEMIで、カップリングとしてブラームス入門的に 弦六の第2楽章、交響曲第3番の第3楽章、「子守歌」というもの。

3.ミュンシュ/パリ管の「幻想」交響曲 
   これは、フランス盤のEMIのようで表記はフランス語、パンフレットは仏英で書かれていた。LP時代に愛聴した録音で、未だ聞いていないがドキドキする。

4.小澤/BSO による マーラーの第1交響曲(花の章付き) フィリプッスの全集の前に録音されたDG盤。音盤は持っていなかったが、以前FMで何度か聞く機会があり、非常にいい演奏だと記憶していたもの。その記憶を裏切らないか、これも少々ドキドキ。

5.アシュケナージによる ショパンの「プレリュード」集と「即興曲」集の輸入盤
店頭では、あのポリーニの「エチュード」との聞き比べができると思っていたが、家に帰って確かめてみると「前奏曲」集だったので、ちょっとがっかりしたが、このアシュケナージは、アシュケナージには手厳しい自分にとっては意外にも結構しっくりくる演奏だった。

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2007年4月15日 (日)

Brilliant Classics 10 years 1996-2006 sampler盤

先日、会社近くの割と小規模のCD,DVDソフトを扱うチェーン店に立ち寄ったところ、輸入盤をあまり扱わないこのような店には珍しく、BrilliantレーベルのCDボックスが20種類ほど陳列してあり、思わず足を止めてしまった。Tower や HMVの値付けが、ユーロ高円安の今、どう変わったかは、最近あまり(実際にもネットでも)足を運ばなくなったのでよく知らないが、このレーベルの名を高めたものの一つであろう、ブロムシュテットとシュターツカペレ・ドレスデンのベートーヴェンの交響曲全集も売られていた。

その周囲をよく見渡してみると、日本語によるBrilliant Classicsの総合カタログが置かれ、その傍らには自由にお持ちくださいと、タイトルのサンプラーCDが10枚ほど置かれていた。これまで第九だけは持っていたものの、その他は聞いたことのなかったブロムシュテットのベートーヴェンが売値2500円(税込み)だったが、このCD店でたまったポイントを使い結構安い値段で入手できた。2006年から、日本にBrilliant レーベルの総代理店が開設され、そこから主に国内盤を扱う普通のCD屋にも卸されてきているらしい。だから、値段設定は決して激安とはいってはいないようだ。

このCDについては、いつかじっくりと所懐を書いてみたいのだが、このときに無料でもらったサンプラーCDが結構面白くて最近よく聴いている。スキャンして画像で出せばよいのだが、少々億劫になっているため、かいつまんで書くと、古くは、モンテヴェルディから、パーセル、ジェズアルド、コレルリ、トレルリ、ロカテルリ、アルビノーニ、ボッケリーニ、クヴァンツ、テレマン、スカルラッティ、ハイドン、モーツァルト、リスト、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、ニールセンなどが名前を連ね、全部で20曲(楽章単位で省略なく)80分弱収録されている。

バロック時代の曲が多く、ほとんどが聴いたことのないものだが、録音、演奏ともども「悪くない」。十分買って聴く価値があるものが多い。その意味で、なかなか優れたサンプラーだと思う。

これまで、Brilliant では、パレストリーナ、ハイドン、ショスタコーヴィチなど質的にも高い録音を激安で入手でき、今でも折に触れて聴く愛聴盤たちになっている。また、以前店頭で見かけてもカタログを見ても、作曲家ごとの室内楽曲などの全集など、メジャーレーベルではなかなか揃わず、Naxosでもまとまっては入手できないようまものも、入手できるのがありがたく、これからそろえて聞きたいものとしては、ハイドンのピアノ三重奏曲集などがある。直輸入よりも少々値段は高いようだが、気軽に覗ける店で入手できるようになったのはうれしい。

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2007年4月12日 (木)

昨年末来入手したディスクとドライブ音楽

昨年末来、ブログ更新を少しさぼっていたが、その間にも、ブックオフなどで購入したディスク類は結構ある。おいおい感想などを書きたいとは思っているのだが、最近あまり身を入れて音楽を聴く気持ちが減ってしまっているのが、我ながら変わってきたと思う。

クルマのドライブミュージックとしても、クラシック音楽はカーナビに自動ミュージックボックス機能(MP3化)でこれまでに30枚ほど読み込ませたのだが、よく聴くのは、「スウィングガールズ」の演奏したビッグバンドジャズ系のものが、結構しっくりくるほどだ。昔、妻が千趣会で購入したジャズのオムニバスシリーズ "feel beat"12枚組みに、ちょうど "Dancing" というタイトルで、"In the mood" だとか、"Sing, sing, sing" だとか "Little brown jug" だとかが収録された「ふと耳にしたオールディーズ・スイング。」という副題のものを読み込ませたところ、結構ノリがよく、J.S.バッハの鍵盤楽器曲集(平均律や、フランス組曲、パルティータなど)と並んで、精神安定剤的に聴いている。

ところで、この前21種類ほどリストアップしたが、まだ追加が4枚ほどあった。

22. カラヤン/アヴェ・マリア(Karajan presents Christmas) VPOのメンバー、レオンタイン・プライスによる「清しこの夜」など(King の正規盤)

23.ブラームス ヴァイオリン協奏曲(ハイフェッツ、ライナー/CSO), 交響曲第2番(トスカニーニ/NBC響) (いわゆる著作権切れの名曲シリーズもので、盤面にはきちんとしたクレジットが書かれていないもの)

24.ブルッフ ヴァイオリン協奏曲、スコットランド幻想曲。ヴュータン ヴァイオリン協奏曲第5番 (ハイフェッツ、サージェント/ロンドン新交響楽団) (RCAの正規盤)

25. マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」、レオンカヴァッロ「道化師」の抜粋(ドミンゴ、他。プレートル/ミラノ・スカラ座) (The Great composers シリーズ58)

とこんなところだ。特にブックオフなどでは、こんな名盤や名演奏がこんな安値で売られていると思うと、つい買ってしまうという習性が抜けなくなってしまったようで、困っている。

P.S. 26として忘れていたディスクがあった。
スメタナ 『我が祖国』全曲 ノイマン/チェコ・フィル 1982年 東京文化会館 ライヴ
(初演100周年記念コンサート) 

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1.ホロヴィッツ シューマン『子どもの情景』、『クライスレリアーナ』など

2.プロコフィエフ(パノラマシリーズ) 『古典交響曲』(アバド)、ヴァイオリン協奏曲第1番(ミンツ)、ピアノ協奏曲第3番(アルゲリッチ)など

3.ムソルグスキー(パノラマシリーズ) 『展覧会の絵』(ジュリーニ、リヒテル)など

4.ベートヴェン ピアノ協奏曲第5番 ギレリス/セル/CLO、3曲の独奏ピアノのための変奏曲

5.バラキレフ『イスラメイ』、リスト『ラ・カンパネラ』、チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番(ガブリーロフ、ムーティ)

6.J.S.バッハ フルートソナタ集 ニコレ、リヒター

7.W.F.バッハ 6曲の二重奏曲(Fl&Ob) シュルツ、シェレンベルガー

8. ベートーヴェン 『エロイカ変奏曲』『エリーゼのために』『6つのバガテル』『6つのエコセーズ』(ブレンデル)

9.サティ ピアノ作品集 (ロジェ)

10. シューマン 『クライスレリアーナ』『子どもの情景』(ブレンデル) PHILIPSシリーズ物分売

11. ディズニー・スペクタキュラー カンゼル/シンシナチ・ポップス・オーケストラ

12. ハイドン ピアノソナタ集 52,40&37など (ブレンデル)PHILIPS正規盤

13.シューマン 『クライスレリアーナ』『子どもの情景』 (ブレンデル)PHILIPS正規盤

14.ベートーヴェン ピアノソナタ集『月光』『熱情』『ヴァルトシュタイン』(バレンボイム DG盤)

15.フランク、ドビュッシー ヴァイオリンソナタ、ラヴェル『ツィガーヌ』など デュメイ、ピリス

16.ブラームス ヴァイオリンソナタ全集 デュメイ、ピリス

17.『ピーターと狼』『動物の謝肉祭』『青少年のための管弦楽入門』 小澤/BSO

18.ベートーヴェン 交響曲全集 ブロムシュテット/SKD

19.ラフマニノフ(パノラマシリーズ) ピアノ協奏曲第2番(リヒテル)、『鐘』(アシュケナージ)、交響曲第2番(マゼール/BPO)など

20. J.S.バッハ 『2声のインヴェンションとシンフォニア』『半音階的幻想曲とフーガ』など (シフ)

21. モーツァルト 交響曲25,29,31 レヴァイン/VPO

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2007年1月12日 (金)

シューベルト『冬の旅』 フィッシャー=ディースカウ、デムス

Schubert_winterreise_dieskau_demus フランツ・シューベルト Franz Schubert

歌曲集『冬の旅』

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)

イェルク・デムス(ピアノ)


このところ少々デムスの録音に触れる機会が多い。

ディースカウの『冬の旅』は7種類もスタジオ録音があるそうだが、これは3番目の録音だという(なお、同時期にこのコンビはシューマンの『詩人の恋』も録音しているようで、脳内ウィッシュリストに登録している)。6番目のアルフレート・ブレンデルとの録音は、相当以前そのCDが発売された頃に買い求めたのだが、どうもディースカウの声が衰えてしまっているように聞こえ、またブレンデルのピアノにも違和感があり、それほど愛好して聴いてはいなかった。それでは若い頃のディースカウはどうだったのだろうとずっと思っていたところ、先日も触れたDGの1000円シリーズにこのCDが含まれており求めて聴いてみた次第。(定番の、ムーアとの録音は、これまでにLPで抜粋版、FMで全曲を聴いたことがある。)

そうしたところ、意外にもブレンデルとの共演盤で感じた違和感は、ディースカウの若い頃の歌唱にも感じてしまった。美声だが、少し鼻にかかった声に聞こえた。

何度もこのブログには書いたのだが、ユリウス・パツァークのテノールとイエルク・デムスのピアノによる『冬の旅』をLPで何度も、それも楽譜を見ながら歌いながらきいたため、この違和感はすっかりハイ・ヴォイスでの『冬の旅』が刷り込みになっているということもあるかも知れない。以前、ホッターとドコウピルの来日ライヴも入手できたのだが、それもあまり楽しめなかったほどだし、プライのものも少々野暮ったく感じたほどだから。

一方、ブレンデルのピアノに感じた違和感は、デムスのピアノには感じなかった。当時、デムスは多くのアンサンブルに参加しており、相当その方面での評価が高かったのではあるまいか?でしゃばらないのだが、歌手にしっかりと寄り添って、歌とピアノの世界観に食い違いがなく、一つの世界を作り出しているかのように聞こえる。

往年のヘフリガーやシュライアーの『冬の旅』の評価も高く、最近は、ボストリッジなどテノール系の『冬の旅』がよく聴かれるようだ。一世を風靡したバリトン、バス・バリトンによる『冬の旅』も少々影が薄くなりつつあるのだろうか?

P.S. 上記は2006年末の書き込みだが、新年になりしばらくぶりに「音楽」に接したところ、F=ディースカウの美声に驚いた。年末は相当煮詰まっており、耳の感性も鈍っていたのかもしれないと反省している。

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2006年11月 8日 (水)

シューベルト 『白鳥の歌』 シュライアー&シフ

Schubert_schwanengesang_schreier_schiff シューベルト 

『白鳥の歌』(全14曲) 
 その他4曲:4.Herbst, 16.Der Wanderer an den Mond, 17.Am Fenster, 18.Bei dir allein

ペーター・シュライアー(テノール)
アンドラーシュ・シフ(ピアノ)

〔1989年8月 ヴィーン・コンツェルトハウスのモーツァルト・ザールにて〕


バルトークの『2台ピアノと打楽器のためのソナタ』(アルゲリッチなど)も英国の音楽雑誌 "Gramophone"の Award collection(受賞盤コレクション)シリーズで出ていたのを購入して記事にしたが、このCDもそのときに店頭で見かけて購入したもの。(本当は、オリジナルのジャケットのものをほしかったのだが。)一応この賞についての記述を読むと、1990年の独唱賞を獲得したものだという。

シューベルトの歌曲集では『冬の旅』『美しき粉引き女(美しき水車屋の娘)』にはその中の曲を歌ったりピアノで爪弾きするなどして以前から親しんできたが、この『白鳥の歌』は、有名な『Ständchen セレナーデ』を歌ったり聴いたりする程度で、音盤も身近になかったためこれまで全曲に親しむ機会はほとんどなかった。(ブログでのドイツ語のウムラウトの表示方法がようやく分かった。普通のホームページと同じだったのだ。HTML編集のできるブログなら可能のようだ。)

このCDには、上記のようにシューベルトの死後編集された『白鳥の歌』全14曲のほかに、それにゆかりのあるレルシュタープの"Herbst"、ザイドルの"Der Wanderer an den Mond" "Am Fenster" "Bei dir allein"の合計4曲を加えて、詩人別にまとめて歌われている。通常の『白鳥の歌』とは異なり、レルシュタープによる8曲のリート集、ハイネによる6曲のリート集、そしてザイドルによる4曲のリート集という体裁になっている。(以下題名は拙訳)

レルシュタープ詩:
1. 愛の便り 2.戦士の予感 3.春の憧れ 4.秋 5.遠ざかりて  6.セレナーデ 7.我が住処  8.さようなら

ハイネ詩:
9.漁師の娘  10.海辺  11.町  12.二重の幻影(ドッペルゲンガー) 13.彼女の絵 14.アトラス 

ザイドル詩:
15.伝書鳩通信  16.月に呼びかけるさすらい人  17.窓にて  18.あなたとだけ

なお、普通の『白鳥の歌』は次の順で歌われる(通常の訳による題名) 1.愛のたより 2.戦士の予感 3.春のあこがれ 4.セレナーデ 5.わが宿 6.遠い国で 7.別離 8.アトラス 9.彼女の絵姿 10.漁師の娘 11.まち 12.海辺で 13.影法師 14.鳩の便り

曲の解説については、こちらのページが詳しく、ためになる。

シュライアーは、旧東ドイツ出身のテノール歌手。先に触れたモーツァルトの『魔笛』のタミーノなどのオペラのほか、バッハのエヴァンゲリストやモーツァルトの宗教曲でも名テノールとして活躍している。

シフは、ハンガリー出身のピアニスト。同年代のラーンキ、コチシュとともに、若い頃はハンガリーの三羽烏と呼ばれたこともあったが、早くから西側で活躍を始めた。モーツァルトやシューベルトを得意とし、J.S.バッハの鍵盤楽曲もピアノで弾く。ヴァイオリニストの塩川悠子と結婚している

やはり、リートもメロディーや歌詞を諳んじられるほど歌ったり聴いたりしないと細かい鑑賞ができないように思う。その点、このCDのシュライアーの歌唱は、声も発音も見事なものだと思うが、比較して鑑賞するようなことができないため、まだ十分に感想を書けないのだが、それでも3の「春への憧れ」は、情熱的で声も輝かしく聞き応えがあった。聞き進むうちにいくつか記憶のある曲もあるが、それにしてもシュライアーの表現力は凄い。シフのピアノも伴奏として完璧によりそうというよりも独自のパートとして歌唱とピアノのデュオ(白井光子、ハルトムート・ヘル夫妻が実践)演奏を繰り広げている感じがする。

録音的には、モーツァルトザールの残響が相当録られているようだ。それでもシフのピアノは残響に埋もれてしまわず速いパッセージでも比較的明晰に鳴っている。一部シュライアーの声のエネルギーが強いせいもあり、フォルテの部分で少々ヘッドフォンがびり付くことがある。

シューベルトのリートは、古くはヒュシュ、そして20世紀後半はフィッシャー=ディースカウと、バス、バリトンによる歌唱が主流のようだが、私はユリウス・パツァークというテノールによる『冬の旅』(オリジナルの音高=調性)に最初に親しんだため、どちらかと言えばバリトンやバスの歌唱よりもテノールの方を好む傾向があり、『美しき・・・』もヴンダーリヒの歌唱を一番好んでいる。この『白鳥の歌』も暗い雰囲気のリートが多いので、バス、バリトンの深い声が一般的なようだが、このシュライアーの透明な声は魅力的だ。

シューベルトの友人のフォーグルは、バリトン歌手だったというので、オリジナルのテノール用の楽譜では歌えなかったはずではなかろうか?それとも低い方に移調して歌ったのだろうか?基準音のピッチも今より半音近く低かったと言われているが、どうだったのか?(この辺の疑問はこの後の日本のバリトン歌手の方の解説に詳しい。)ただ、シューベルトは残そうと思えば低い声用でも楽譜を残せたはずだということも言えるので、やはりできるだけ高い声での歌唱が望ましいのではなかろうか?

はるか昔、高校の音楽室で読んだ1970年代前半の『レコード芸術』にはF=ディースカウのシューベルトの移調がいわゆる平行移動的に原調から下げているのではなく、移調は結構恣意的で、曲と曲の調関係が崩れているというような指摘があったことを記憶している。(この件で別にF=ディースカウとホッターの録音を比べてみたいと思う。)

上記の疑問については、このシューベルトのリートの移調について触れた田辺さんというリート歌手による新聞記事は、非常に面白い。このページでは更に詳しくまとめられている

ただ、こうは書いても、バリトン、バスによるシューベルトのリート歌唱を否定するものではない。それでも作曲者の意図を尊重するのなら、この田辺さんのようなアプローチが必要ではないかとは個人的に思う。声帯と身体は素晴らしい楽器だが、個人個人の能力により、高い声や低い声に得手不得手があり、楽器では演奏できるのに、声では歌えないものも出てきてしまう。合唱をやっていた頃、いわゆるファルセットではなくフルヴォイスで高い声が出たり出なかったりで苦労したことを思い出す。

秋の夜長には、ドイツ・リートもなかなかいい。

p.s. 外国盤のCDのパンフレットのほとんどは、演奏される曲の情報は豊富だが、演奏者についての経歴やその音盤での演奏の特徴などの情報がまったくといって書かれていないことが多い。日本盤では、曲目の情報に加えて、演奏者情報も豊富なのとは対照的なのは不思議だ。

なお、白鳥はその最期に美しい声で歌を歌うという言い伝えがあり、このシューベルトの歌曲集はその意味で付けられたのだが、以前はモーツァルトの交響曲第39番に『白鳥の歌』というニックネームをつけている解説があったように記憶する。最近はとんと見なくなった。このニックネームの由来は何だったのか。

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2006年11月 4日 (土)

ブラームス 合唱曲集 ガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団

Brahms_chorwerke_gardiner ブラームス(1833-1897) 合唱曲集
1. 愛の歌-ワルツ 作品52(全18曲) (ピアノ伴奏)
2.  四つの歌 作品17 女声と2つのホルン、ハープのための
3.  三つの歌 作品42 6部の歌声のための(無伴奏)
4.  四つの四重唱曲 作品92 4部の歌声とピアノのための
5.  五つの歌 作品104 混声合唱のための(無伴奏)
   <<第5曲 Im Herbst (秋に)>>

ガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団
〔1990年11月 ロンドンでの録音〕

このCDを買ったのは、10数年前で、今の住居に引っ越す前の地で混声合唱をやっていたとき。音楽を聴きながら、当時の事を思い出した。

コーラスをやっている時に、近くに全国でも銀賞を取ったような団体があり、その合唱団が得意としていたのが、ブラームスの『秋に』 Im Herbst という曲だったと聞き、一、二度ナマで聴いたがどうもピンと来なかった。当時ちょうどこの合唱曲集のCDが発売され、その曲が入っていたので購入してみた。結果『秋に』は結構難解な作品だということが分かった。

アマチュアの合唱というのも、人間の集団が抱える様々な問題を当然のように持ち、人間関係的にもなかなか難しい世界だった。社会人の混声合唱ともなると年齢も経験も千差万別であり、趣味志向の同じ集まりというよりも地縁や知人との関係で集まるケースも多いようだった。また、団体同士の優劣、指導者の優劣、やっかみ、そねみのようなものが渦巻いているような部分もあった。中学、高校、大学で合唱をみっちりやってきた人たちのプライドは高く、社会人になって始めたような私などはなんとなく気後れすることが多かった。

また、日本の現代の作曲家は、いわゆる古典的もしくはロマン派的な合唱曲を書く人が多く、そのような作品が合唱界という枠の中では、鑑賞曲としてではなく、歌唱する曲として人気があるというのも、初めは奇異に思った。その意味で、クラシック系の大作曲家の古典的な合唱作品を好む団体のほかに、20世紀後半の現代日本の合唱作曲家の作品を好むいわゆる民族派的な団体、個人も多かった。言葉の問題があり、横文字は駄目という場合には、必然的に日本の作品になることが多かった。結局、ベートーヴェンの第九の合唱への参加を機に始めた合唱も、結婚とその後の子育て、転勤をきっかけに合唱からは離れてしまった。

ただ、合唱音楽の実践を通じての経験は、鑑賞にも役立つことが多かったことは確かだ。たとえば、指揮者と個々の合唱団員により音楽はどう作られていくか。楽器としての声のトレーニング、特に高い声の発声。TPOを含む様々なコンディションと演奏の出来などなど。

ついつい、音楽を聴く立場は、少々思い上がった態度で演奏家を裁いたりしがちなのだが、自らの演奏経験を省みたときには、たとえプロとは言え無慈悲な批判は慎みたいと思うようになる。

ガーディナー/モンテヴェルディ合唱団の演奏は、このブラームス以外には、モーツァルトのハ短調ミサ(未完)という絶品とも言うべき録音があり、フォーレの初版のレクィエムとフランス合唱曲集も美しい。モンテヴェルディやヘンデルも名演だ。

ブラームスの場合には、少々透明感がありすぎだという贅沢な感想を覚えるほど涼やかな歌唱になっている。『LP300選』でも取り上げられた『愛の歌』のワルツ集などは、市民階級の上品な集まりを想像させるものになっている。 聴いていて楽しいのは、この『愛の歌』のほかに、2つのホルンとハープを伴奏にした女声による『四つの歌』作品17。

『秋に』の詩は、モーツァルトの『ラウラに寄せる夕べの想い』に合い通じる内容を持っている。音楽は、足取りの重いテンポで半音階的なメロディーと長調、短調が交じり合った不安定な感じの和声をもち、ダイナミックの幅が大きい。全体として難解な音楽だ。(これを無伴奏で歌うのは結構難しそうだ。)

ブラームスは、ヴィーンで合唱団の指揮者を務めたほどの合唱のエキスパートで、最も偉大な作品は『ドイツ・レクィエム』だろうが、なかなか他の作品をまとめて聴ける機会がないので、このCDなどはその点最適なものだろうと思う。

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2006年7月26日 (水)

Mozart Best 50

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モーツァルトの生誕250年にあたる今年2006年は、前回のモーツァルトイヤー、没後200年の1991年のときほどクラシック音楽業界、出版界も盛り上がっていないように感じるのは、自分の関心が低下したせいだろうか。

1991年のときには、バブル経済がはじけた直後で、その前の経済界の活況もあり、小学館、フィリップスの共同企画、DG, DECCAそれぞれの全集など大型企画が目白押しだったように記憶しているが、それに比べればおとなしいように思う。今回はそのときの企画の焼き直し(巨大ユニバーサルミュージックによるDG,DECCA,PHILIPSをまたいだ全集の発売など)はあるが、音盤としては今回のような一般向けのオムニバスCDなどが多いようだ(ただ、旅行業界は時間的経済的に余裕のある熟年層を中心に活況のようで、モーツァルトツアーなどが多く組まれていると聞く)。ちょうど前回から今回の間に、クラシック音楽産業の状況が大幅に変わってしまったことも影響はしているだろう。

さて、このCDボックスは5枚組みで、主にDENONレーベルの録音からジャンル別に抜粋された名曲が楽章単位で聴けるもので、実家の母が、孫(我が家の長男)の誕生日プレゼントに贈ってくれた。

交響曲、オーケストラ曲は、指揮者はクリヴィヌ、コシュラー、ブロムシュテット、ハーガー。

協奏曲では、ソリストはシュミット、モラヴェツ、アンダ、バドゥラ=スコダ、カントロフ、アドリヤン、ゴールウェイ、ミルドニアン、メイエ、ティルシャル、ビドロ。

アンサンブルでは、プリンツ、ニコレ、シェレンベルガー、スーク、スメタナ四重奏団、パネンカ、オイストラフ、ヘブラー、ピリスなど。

オペラ、合唱曲、歌曲では、プライ、鮫島、プライ、ゲスティ、ドナート、シュライアー、デムスなど。

この中でCDで所有しているのは、プリンツのクラリネット五重奏曲、スイトナーの「魔笛」くらい。

一通り聞いてみたが、シェレンベルガーのオーボエ四重奏曲などこれまで聴いたことのない演奏家や録音を結構楽しめた。

惜しいのは解説にはこのオムニバス盤の制作時点での入手可能な音盤の番号が記載されていない。そのようなものがあれば販売促進にも役に立つのにと感じた。(調べる方法がないわけではないが、このCDを聞いて、この曲のこの演奏家のものを購入したいと思う人もいるだろう。)

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2006年5月 2日 (火)

日本のうた 鮫島有美子

Japanese_songs_samejima

◎日本のうた 鮫島有美子(ソプラノ) ヘルムート・ドイチュ(ピアノ)
<1984年 山梨県民文化ホール>

ソプラノの鮫島有美子と夫君ヘルムート・ドイチュによる 日本の歌曲 第一弾。鮫島の故郷、山梨県での録音。この種の音盤としては大ヒットした。当時の「レコード芸術」でも絶賛されていたと記憶している。明晰な日本語とベルカント的な発声の両立は困難だが、鮫島はこのCDで見事にそれを成し遂げた、云々。

いずれも名曲ぞろいだが、中では、北見志保子詩、平井康三郎曲の「平城山(ならやま)」が最も心にしみる。

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明日から連休のため、しばらく記事の投稿を中断の予定。

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2006年4月27日 (木)

セルとブレンデルの共演が聞ける シュヴァルツコプフのモーツァルト歌曲・アリア集

Schwarzkopf
◎エリーザベト・シュヴルツコプフ(ソプラノ)、ヴァルター・ギーゼキング(ピアノ)、
ジョージ・セル指揮ロンドン交響楽団&アルフレート・ブレンデル(ピアノ)

先日、白井光子のモーツァルトのリート集のことを書いたが、こちらは、ドイツのオペラ・リート界の花形、エリーザベト・シュヴァルツコプフとモーツァルト弾きとしても名を馳せたヴァルター・ギーゼキングという大物同士の共演による歌曲集。白井光子の抑制された端正な表現になじんでいるものとしては、最初のうちは少々表情付けが過剰かと感じるが、次第にその語りかけに引き込まれていく。ただ、ギーゼキングのピアノは、そのピアノ・ソナタ集でも感じたが、少々ぶっきらぼうに聞こえてしまう。

このCDには、この組み合わせによるリートのほかに数曲の「演奏会用アリア」が収録されている。ピアノのオブリガートがなんと若き日のアルフレート・ブレンデルが起用され、ジョージ・セルと共演しているのが聞けるのが貴重だ。曲は、K.505 "Chi'o mi scordi te? " (レチタティーヴォとアリア「どうしてあなたが忘れられるでしょうか?」-----「心配しなくてもよいのです、愛する人よ」)<1968年録音>。

セルとシュヴァルツコプフは、有名なR.シュトラウスの「最後の四つの歌」でも共演しているが、ブレンデルとセルの共演というのは、実演ではどうだったのか知らないが、録音としては非常に珍しいのではないだろうか。ブレンデルのピアノは、ギーゼキングよりも多感で、後年の彼の活躍を彷彿とさせるように思う。

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2006年4月20日 (木)

シューマン 歌曲集「詩人の恋」ほか フィッシャー=ディースカウ、エッシェンバッハ

Dichterliebe_fdieskau_eschenbach

◎シューマン
詩人の恋 Op.48
リーダークライス Op.39
ミルテの花 Op.25より7曲
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)、クリストフ・エッシェンンバッハ(ピアノ)
1974年1月、4月 1975年4月、1976年6月録音 ベルリン

今年は、特にモーツァルト生誕250年のモーツァルト・イヤーが音楽界のみならず取りざたされ、ショスタコーヴィチ生誕100年も比較的云々されているが、意外にもあのロベルト・シューマンの没後150年の年でもあることはあまり喧伝されていないようだ。そういう自分も今日の夕刊をめくっていて、シューマンイヤーのオールシューマンプロというイッサーリスのリサイタルの広告をみて、改めて調べてみたところ、1810年6月8日誕生、1856年7月29日逝去ということで、今年はまさに没後150年なのだ。

このCDに含まれている「詩人の恋」は、学生時代、うまくエアチェックできたので、音楽之友社のポケットスコアを買ってみながら、歌いながらよく聴いた録音だ。今宵、久しぶりに取り出して聞いてみているが、すでに中年になった我が身には、青春の日々の希望と不安に満ちた頃に、身にしみて聞いたこれらの曲への感動は素直によみがえることはない。第1曲「驚くほど美しい五月に」、第7曲「私は恨みはしない」、第12曲「光溢れる夏の朝に」など、懐かしいのだが・・・。

「リーダークライス」にはあまり親しい歌はないが、「ミルテの花」の「蓮の花(はちすのはな)」は、高校の音楽の授業で、音楽の先生の伴奏に合わせて一人一人歌った思い出のある曲だ。私でも弾けるような比較的単純な和声の伴奏なのだが、ベースの動きがなんとも魅力的だ。「献呈」は、詩も曲も情熱そのもののような歌。リストの編曲によるピアノ独奏も、よくアンコールに弾かれる(キーシンなど)。

なお、このCDのパンフレットの水彩画は、フィッシャー=ディースカウ自筆のもの。「モミの木」という題名。

残念ながら、パンフレットP.26 「護符」の詩の後半と第2連以下が省略されているのは、このCD制作時の意図的な省略なのか、単なる落丁なのか。フィッシャー=ディースカウ生誕60周年記念盤なのだが。

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2006年4月18日 (火)

歌の喜び

Ombra_mai_fuOperatic_arias

時には、あまり考え込まずに、歌を聴きたいと思って、こんなCDを取り出して聞いてみた。やさしく美しいメロディーや力強い歌が身体を存分に使った解放的な美しい声で歌われるのを聴くと、単純にうれしくなる。

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2006年4月 7日 (金)

モーツァルト 歌曲集 白井光子、ハルトムート・ヘル夫妻

Mozart_lieder◎モーツァルト 歌曲集
春へのあこがれ K.596
すみれ K.476
ラウラに寄せる夕べの想い K.523
など21曲収録

白井光子(MS), ハルトムート・ヘル(P)
1985年8月、1986年5月 ハイデルベルクでの録音

白井光子の名前を初めて知ったのは、音楽之友社の「クラシックレコード総合カタログ」でモーツァルトの宗教曲を見ていたときだったと思う。まだドイツが東と西に分かれていた時代で、東独の指揮者ヘルベルト・ケーゲルがライプツィヒのオーケストラとモーツァルトのミサ曲を録音しており、そのソリストとして何枚かに彼女の名前を見つけたのだった。モーツァルトのミサ曲の録音に起用される日本人歌手とはどんな人だろうと関心をもった。(モーツァルト愛好家には、ケーゲルの名前はこのミサ曲集の指揮者ということで知られていたが、ドイツ統一の直前か直後彼がピストルにより命を絶ち、その後彼の様々なオーケストラ指揮の録音が発掘され、その特異さが注目を浴びた頃には、むしろ意外の感に襲われたものだった)。

さて、このCDは、前回のモーツァルトイヤー1991年の前に録音、発売されたもので、店頭で白井光子の名前を見て購入したものだった。その後、モーツァルトイヤーには、前述のケーゲル指揮のミサ曲集を含む録音が、フィリップス=小学館のモーツァルト全集に収録され、白井光子の歌唱をそこでも聞くことができるようになった。

白井光子の声は非常に柔らかいメゾ・ソプラノで、低い音域に少々癖が感じられるが、高い音域は伸びやかで美しい。ドイツ語の発音のよしあしについてはあまり分からないが、非常に正確だということを読んだことがある。

このCDに収められたリートは、1775年K.152(K~6 210a)から死の年のK.596「春への憧れ」,K.597「春のはじめに」まで。珍しい K.Anh.26 (K~6 475a)「私はひとりぼっちで」(断片)も聴くことができる。

これらの曲で、やはり白眉は「すみれ」K.476 と 「ラウラに寄せる夕べの想い」K.523だろうか。前者の「すみれ」は、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの詩によるもの。後者は、作者不詳とも言われるがヨアヒム・ハインリヒ・カンペという人の作品だと考えられている。

この「すみれ」については、pfaelzerweinさんの"Wein, Weib und Gesang" の「 ローアングルからの情景」で詳しい内容が読める。(詩の最後の一節は、モーツァルト自身の追加「かわいそうなすみれよ!それは本当にかわいいすみれだった」)

P4010083

「夕べの想い」は、1787年ロンド・イ短調、ハ長調、ト短調の弦楽クインテット、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」と「ドン・ジョヴァンニ」の年の作品。「クローエに」など数曲のリートが続けて作曲されている。「夕べの想い」の詩は、自分の死が近づいた予感と、死後に自分の墓前に詣でる知人たちに「一本のすみれ」とひとしずくの涙をささげてくれればそれが何よりものはなむけになるという、静かな悟りの心境が歌われており、「死は身近な友である」というモーツァルトの死生観を示すかのように、歌もピアノも淡々としたモノローグを慎ましく奏でる。

白井光子の夫君 ハルトムート・ヘルのピアノは、しっかりと妻の歌唱を支えているという風情だ。

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2005年11月 3日 (木)

フォーレ ラシーヌの雅歌

faure_racine

フォーレの命日の前日に、懐かしい「ラシーヌの雅歌」を聞いた。

イギリスの合唱指揮者ジョン・オールディスが、パリ市およびフランス文化省の援助を受けている「グループ・ヴォカール・ド・フランス」という小規模コーラスを指揮して、1983年に録音した フォーレの合唱曲集。

このCDは、「フォーレ ラシーヌ讃歌」(FAURE QUANTIQUE DE JEAN RACINE)という題名のもの。マドリガル作品35など3曲の世俗曲を除き、カトリックの宗教曲集となっている。同様の少人数のコーラス団体が、イギリスには枚挙の暇もないほどあり、その活躍が目立つためだろうか、このフランスの団体はこのCDでしか名前を聞かない。また、そのイギリスを代表するタリス・スコラーズなどの歌手の質に比べると少々聞きおとりがすることも理由かもしれない。ただ、フランスの団体ということで、フランス語の発音はオーセンティックなものだろうと思う。 

「ラシーヌの雅歌」は、このCDのジャケットのように「讃歌(賛歌)」という訳が多いようだが、解説パンフレットでは、「ラシーヌ(の)雅歌」と訳されており、その点について原明美氏が解説している。旧約聖書の雅歌(ラテン語でCanticum canticorum)に対応するQUANTIQUEという題名なのでそれが適当なのだろう。この曲は、20代にコーラスを少しかじっていた頃に、合唱団で原語で苦労して歌ったことのあるもので、その際にこのCDを参考用に購入して大変お世話になった。この「ラシーヌの雅歌」は自分が属するベースパートからメロディーが開始されるので、ルネサンスのミサ曲などと並び結構歌い甲斐がある曲だった。

最初の方で、このCDの演奏について少々ケチをつけたが、フォーレの「レクィエム」以外のコーラスを聴くには、大変よいものだと思う。

なお、先日、ガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団によるフォーレの「レクイエム」を購入したおりに、このCDにも含まれている「マドリガル」作品35が収録されていたが、その静謐なハーモニーはすばらしいものだった。

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2005年9月20日 (火)

サティ Je te veux

英語で言えば I want you. 直截的な愛の言葉だ。

ちなみにThe Beatles "Abbey Road"に "I want you"("She's so heavy" という副題を持つ)という曲がある。

サティがモーリス・ユトリロの母、バラドンと恋愛関係にあったとき作曲したワルツ風のシャンソンなのだという。目覚まし時計のメロディーに収録されており、それに馴染んだ子どもが急に聞きたいとリクエストをくれたが、CDがないのでNHKホームビデオ「名曲アルバム フランス編」に収録されているオーケストラアレンジされたものを聞いた。

素朴なワルツ。どんな歌詞がついているのだろうか? 日本語訳のページ(BGMが鳴ることがあり)。 こちらは、対訳のページ

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2005年9月 7日 (水)

またも250円のCDを入手

9/6(火)ブックオフ

sibelius_2_vnc_oistrakh
◆シベリウス 交響曲第2番、ヴァイオリン協奏曲 
  オイストラフ(Vn),オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団。

CBSソニーの正規盤(定価1000円)。CDケースに相当引っかき傷がついていたゆえの値付けだった模様。CD自体には別に異状なし。録音は、1950年代末のステレオ初期のもの。LP時代の名盤リストには必ずリストアップされていた記憶がある。

早速ヘッドフォンで聞いてみたところ、どうも音場の広がりがない。録音年代からこんなものかと思って、第一楽章を少し聞いただけで、もう1枚のフォーレを聞いてみた。フォーレの方は近年の録音ゆえ前述のような違和感はなかったのだが、聞いている途中ヘッドフォンのコードを偶然引っ張ったら、急に音場が広がった。そこで、シベリウスの方を聞きなおしてみた。やけに音場が狭いと感じたのは、ヘッドフォン端子の接触が悪かった所為だった(ーー;)。
マスターテープに起因するらしい音の揺れが一瞬感じるなどしたが概してアナログ的なエネルギーのある録音だった。ザンデルリンク、ベルグルンド、セルと比較して印象に残ったのが第二楽章。オーマンディにしては珍しく曲の内部に入り込んだ指揮だと感じた。また、木管のアンサンブルが上手いと思った。逆に第三楽章は意外にもこの名門楽団の木管のソロとアンサンブルの欠点を露呈していたように思う。オーマンディとフィラデルフィアのシベリウスの第2番は、作曲者がラジオか何かで聞いて絶賛したという伝説に彩られていると言うが、淡彩、透明でラプソディックなベルグルンドの演奏が本場ものだとすると、オーマンディのが持つゴージャスさが作曲者にアピールしたのだろうか。

オイストラフとオーマンディのシベリウスも聞き応えがあった。やはりオイストラフのヴァイオリンソロは安定している。チョン・キョンファの盤やPILZレーベルの無名の演奏家の録音とは感銘が違う。立派な演奏を聞いたという満足感がある。

gardiner_faure_requiem
フォーレ 「レクイエム」(第2版)、サン=サーンス、ドビュッシー、ラヴェルなどの合唱曲
  ガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団、オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティク(革命期及びロマン期のオーケストラ 日本語ではこんな表記でいいのだろうか?)

有名なクリュイタンス指揮(F=ディースカウ独唱)盤は、天邪鬼にも未聴。コルボ盤で愛聴してきた。

このような豪華な布陣による話題盤が250円?と思ったが、迷わず購入。第2版は前述のクリュイタンス盤やコルボ盤などで現在普通に聞かれているフルオーケストラ版(前記のリンクによると、弟子がオーケストレーションしたものらしい)とは曲数、曲順は同じだが、何と独奏Vnが一本だけで、弦楽器はヴィオラ、チェロが主体という非常に特殊なオーケストレーションであり、フォーレのオリジナルオーケストレーションだという。

聞きなれたコルボ盤ではあまり耳につかなかったティンパニのトレモロがところどころ効果的に使われているようだ。フルオーケストラ版でも非常に静謐な雰囲気の曲なのだが、この第2版はさらに慎ましやかである。モンテヴェルディ合唱団の上手さは、併録のフォーレの「マドリガル」でもよく聞き取れた。

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2005年8月22日 (月)

実家でLPを聞く

PATHE

BR2 MA9 SHOS5 BR4 BEE9-2 BEE9
TCHAI1 BR1 WINTER MENTCHAI MO4041pathe_karajan BEE5
お盆明けに夏休みが取れたので実家に帰省した。家族とは向こうで落ち合った。それまでレコード針の磨耗でLPが聞けなかったが、一昨年、シェル付きカートリッジを購入し、LPが聞けるようになったので、懐かしいLPを何枚か聞くことができた。

上段の左隅は、トスカニーニ/NBC響によるチャイコフスキーの「悲愴」のSP。父が1950年代に当時の大枚をはたいて買ったもの。これは立派なケース入りだが、同じトスカニーニ指揮、ハイフェッツによるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、袋入りのバラ売りで買ったらしい。現在プレーヤーが78回転対応ではないので、しばらく聞けていない。

その左からに、先日亡くなったジュリーニ指揮ロスフィルによるブラームスの2番、ジュリーニ指揮シカゴ響によるマーラーの9番、先日フィリップスの1000円シリーズでも出たMr.Sことスクロヴァチェフスキとミネソタ管(ミネアポリス響)によるショスタコの5番、セルのブラームス4番。

順に左から、珍盤とされるクリップスの第9の帯とジャケット。次はリヒテルとカラヤンのチャイコフスキーの1番、ベームのブラームス1番、先日ワルターの「大地の歌」で触れたテナーのパツァークとピアノのデムスによる「冬の旅」(プライザーというレコード会社が原盤らしい)。

同じく左から、フランチェスカッティとミトロプーロス,ニューヨークフィルハーモニックによるメンチャイ。フランチェスカッティの音がすこぶるつきの美くしさ。ベーム/ベルリンフィルのモーツァルトの40番、41番。カラヤン/ベルリンフィルの悲愴。バーンスタインとニューヨークフィルハーモニックによるベートーヴェン5番とシューベルト8(7)番(未完成)。

これはホームページや以前にこのブログでも書いたような気がするのだが、実家のステレオは古い割に非常に分解能がよく、定位もよく決まり、ホールの残響が消えていく様子などもよく聞き取れるほどだ。音色的な魅力はそれほどないが、携帯電話のカメラで撮ってきたこれらのLPジャケット写真以外のLPでも非常に明晰な音楽を堪能できた。

中で非常に感心したのは、フェドセーエフ/モスクワ放送響による「春の祭典」だった(これはかつてレコ芸の特選盤読者プレゼントであたったものであまり聞き込んだ記憶のないもの)。長男がハルサイマニアなので、わが青春のC.デイヴィスのハルサイと聞き比べたのだが、C.デイヴィスの録音が重厚なルーベンス的な絵画だとするとフェドセーエフのものは、フォービズムのごとき色彩の乱舞だった。野蛮であり、生々しく、下品という言い方もできるが、ここまで原色的な演奏はこれまで聞いたことがなかった。刺激が強い演奏だが、長男も満足していた。

クーベリックによるマーラーの第4もくっきりと締まった演奏に聞こえ、聞き応えが十分だった。

これらを聞くと、現在の微温的な表情のCDでの音楽鑑賞に疑問が生じてしまう。音楽情報の量と質が格段に違うのだから。

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2005年8月17日 (水)

最近買ったCD

クラシック音楽の記事は久しぶり。

暑いとあまり重い曲を聴きたくないが、大分身体が暑さに慣れてきたのでそろそろ再開。

walter_mahler_lied_von_erdeブックオフで購入。ワルター/VPO, パツァーク(T)、フェリアー(A)によるマーラー「大地の歌」の定評ある名盤。1980年代に発売された英国デッカ盤。名曲、名盤などのリストには必ず上がる録音だが、1950年代のモノーラル録音でもあるし、バーンスタイン/VPO、キング(T)、F=ディースカウ(Br)の録音と、クレンペラー/PO、ヴンダーリヒ(T)、ルートヴィヒ(A)の録音で満足していたので、通常の店頭では食指は伸びなかったものだが、中古店はこういうところがありがたい。ヘッドフォンで聞く限り、モノーラルは少々気にはなるが、音質もそれなりに瑞々しく、解像度も比較的高いので、不満はあまり感じない。演奏を比較するほどの力量はないが、「大地の歌」のオーソリティであるワルターによるVPOの耽美的な音色が表現的だ。パツァークは、私にとってデムスと共演した「冬の旅」のLPで親しい歌手だが、宇野氏の言うほど厭世的な歌い方だろうか。フェリアーを聞くのは初めてだったが、英国出身ということで、ドイツ語の発音が独特だと感じた。

rimsky_celibidacheブックオフで購入。リムスキー=コルサコフ管弦楽曲集2枚組。オールライブ録音で珍しいものが収録されていた。チェリビダッケとシュツットガルトの「シェヘラザード」のライブが収録されていたので購入。多分チェリビダッケのCDはこれが初めて。激賞記事は読んだことがあるが、確かに凡百の演奏ではない。精緻なガラス細工によるアラベスクのような演奏だ。その他、マゼールやロジェストヴェンスキー、ムラヴィンスキーなどのライヴが入っていたが未聴。

フィリップスの1000円シリーズが発売されたようで、定価販売の普通のCD屋にずらりと並んでいた。その内いくつか触手が伸びたのだが、以前購入して知人にプレゼントしてしまったベートーヴェンのチェロソナタNo.3-5(ロストロポーヴィチとリヒテル)と、学生時代にLPで熱中したコリン・デイヴィス指揮 ACOの「春の祭典」(ペトルーシカがカップリング)を購入した。ステレオの調子が悪く、右チャネルの音の出がよくないので、楽器の定位がいまいちだったが、両方とも楽しんで聞けた。ロストロとリヒテルの演奏は、豪快で少々強引な演奏のような印象をもっていたのだが、結構力の抜けた余裕のあるものに聞こえた。デイヴィスの懐かしい録音は、最近よく聞いている小澤/ボストン、ゲルギエフ/キーロフ、ドラティ/デトロイトに比べてやはり力が抜けていて(悪い意味ではない)、余裕が感じられる演奏で、木管も金管も音色が美しく巧いし、ここぞというところで響く打楽器の迫力が決して下品ではなく素晴らしい。純音楽的な演奏だ。ペトルーシカも非常に上品な演奏で、表題のないオーケストラのための喜遊曲を聞いているような印象をもった。

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2005年5月12日 (木)

ナポリタンソング集 ディ=ステファノ

中古店で何か面白そうなCDはないかと探していたら、先日イタリア料理を食べたこともあるのか、ナポリタン・ソング集が目にとまった。

ザ・ベスト・オブ・ナポリタン・ソング ジュゼッペ・ディ=ステファノ(テノール)
【曲名】
カタリ
帰れソレントへ
サンタ・ルチア
オー・ソレ・ミオ
フニクリ・フニクラ など

250円で購入。50年代の録音でモノーラルも多いが、開放的で少々センチメンタルなナポリの歌を堪能できる。カタリは高校時代の音楽の教科書に載っていて歌ったこともあるが、やはりこのくらい喉を開いて朗々と歌わなくては。

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2005年4月27日 (水)

CD購入 2005.04.26

1.ヴァイオリン 名曲集 (Carmen Fantasie)
ツィゴイネルヴァイゼン、ツィガーヌ、タイスの瞑想曲など
ムター(Vn),レヴァイン/VPO(ウィーンフィル)1992年 ムジークフェライン大ホール 
¥1,000.-

 このジャケットをどこかで見たと思ったら、表題曲を「のだめ」の前コンサートミストレスがムターそっくりのポーズで弾く場面があった。
 アンネ・ゾフィー・ムターのヴァイオリンが取り立てて好きなわけではないが、ツィゴイネルヴァイゼンのオケ伴と、カルメン幻想曲が聞けるので、中古盤を購入した。少々盤面に擦り傷が目立ちやばいと思ったが、問題なく聞けた。録音は相当アップでヴァイオリンを録ってあるようで、ヴァイオリンの低音と高音で、音像が左右に少し動く感じがする。カラッと割り切った名技性を表に立てた演奏の方がこのような曲集には合うのだろうが、ムターは彼女独自のテンポや解釈の刻印をそこここに残しているようだ。タイスの瞑想曲はムターのお気に入りらしいが、こってりしている。

その他、ヴィエニャフスキ「伝説曲」、タルティーニ(クライスラー編曲、オケ版)「悪魔のトリル」、サラサーテ「カルメン幻想曲」(表題にもなっている)、フォーレ「子守歌」

オーケストラの伴奏は、レヴァインとヴィーンフィルという非常に豪華なものだが、ライナーノート(渡辺和彦)では演奏者紹介の欄もないのは非常に寂しいものがある。

P.S このCDと同じ内容のCDをmozart1889さんが取り上げられたので、トラックバックを送りコメントを付けさせてもらった。2005/12/20

schubert_lied

2. シューベルト 歌曲集
  音楽に寄せて、野ばら、鱒、アヴェ・マリアなど
  F=ディースカウ、ヤノヴィッツなど ¥1,000.-

シュミット(Br)による セレナーデ、漁師の娘、さすらい、どこへ、菩提樹
ターフェル(Br)による さすらい人、音楽に寄せて、シルヴィアに
F=ディースカウ(Br)による ます、魔王、死と乙女、野ばら
シュトライヒ(S)による 至福、子守歌
ルートヴィヒ(A)による 夕映えの中で、糸を紡ぐグレートヒェン
ヤノヴィッツ(S)による 若い尼、ズライカ第1、アヴェ・マリア(エレンの歌 第3)

DGの SUPER BEST 101というシリーズもの。著名な歌手によるオムニバスでシューベルトのよく知られたドイツ・リートが聞ける。表現がそれぞれに濃厚で聴き疲れがする。

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