カテゴリー「ディスク音楽06 オペラ」の32件の記事

2008年6月26日 (木)

今日6月26日が誕生日なのは

今日は長男の誕生日で、先ほど誕生祝いの夕食を食べたところだ。私達両親や祖父母、叔父たちから誕生日、クリスマスといろいろなプレゼントをもらってきた彼だが、その多くが玩具類だった。狭い家の上、男の子二人の玩具が溢れかえってしまい、まさに身の置き所がない状態。最近のプレゼントは、本にしているが、その本も新刊書だけでなく、ブックオフが身近にあるため、つい簡単に買い与えてしまいこれも本棚から溢れかえっている。わが身を振り返っても、CDと本の山がいくつも出来てしまい、辰巳渚さんのような『捨てる技術』が身に付かず、捨てたりブックオフで売ったりすることに逆に罪悪感があり、溜まる一方になっている。

今年の誕生日は、鉄道研究会に所属したのを記念して、鉄道関係の書籍を数冊プレゼントした。今はひそかな?鉄道ブームらしく、マニアでない一般人が読んでも楽しそうな本も出ており、わたし自身も楽しめそうだ。

さて、これまで知らなかったが、指揮者のクラウディオ・アバドが1933年6月26日生まれで、今日が誕生日なのだという。既に75歳になったわけだ。私が20代の頃は、マゼール、メータ、ムーティ、オザワなどと並んで、次世代のホープだったアバドだったが、ミラノ、ヴィーン、ベルリンと主要ポストを歴任しながらも、やはり先にあげた同世代の指揮者たちと同じく、かつての巨匠たちのような成熟感が感じられないままの印象を持ち続けている。ベルリン後は、大病を克服し、ルツェルンなどでも活躍するなど決して深化していないわけではないのに、こちらの音楽の受容スタイルというか固定観念がそういう枠組みを作り出しているのかも知れないが、いつまでも颯爽としたアバドのイメージがぬぐえないでいる。

アバドの音盤はあまり縁がなく、帰宅するときにそのことを考えながら頭の抽斗を探ってみたのだが、一番初めに思い出したのはあまり印象がよくなかったモーツァルトの交響曲第40番と41番(ロンドン響)だった。そのほか、何があっただろうかと、CDの山を探ってみると意外にいくつか見つかった。古い順では、ロンドン響とのペルゴレージ『スターバト・マーテル』。ハイドンの交響曲第95、101番(ヨーロッパ室内管)。トランペット協奏曲(ハーセス、CSO)。モーツァルトのピアノ協奏曲第20、21、25、27(グルダ、VPO)。 9、17番(R.ゼルキン、ロンドン響)。先に挙げたロンドン響との交響曲40、41番。Live Classic の35番(ヨーロッパ室内管)、38番(トリノRAI管)。ブラームスのピアノ協奏曲第1番(ヴェーバー コンツェルトシュトックも ブレンデル, BPO, ロンドン響)。チャイコフスキーとショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲(五嶋みどり、BPO)。マーラーの交響曲第4番(VPO)。ヤナーチェク『シンフォニエッタ』(ロンドン響)。『アダージョ・ヴェルディ』から『行け、わが思いよ、金色の翼に』など。プロコフィエフの古典交響曲(ヨーロッパ室内管)とピアノ協奏曲第3番(アルゲリッチ、BPOとの名盤)。ヴァイオリン協奏曲第1番(ミンツ、CSO)。バルトークのピアノ協奏曲第1、2番(ポリーニ、CSOとの名盤)。先日購入したストラヴィンスキーの『プルチネルラ』と『火の鳥』(ロンドン響)、と結構な枚数があり自分でも驚いた。(7/5追記 アバド/VPOによるブラームスのハンガリー舞曲全曲のCDもあった。)

LP時代は、上記のグルダとのピアノ協奏曲と、マーラーの5番の交響曲(CSO)とリュッケルトの詩による歌曲のカップリングがあった程度だ。この"5 Lieder nach Ruckert" は、交響曲の少々生硬な感じよりもゆとりがあって本当に美しい演奏で音楽だと感心した記憶が今でも強く残っている。

その活躍の多彩さに比べて、どちらかと言えば関心の薄い方の音楽家ではあるが、どうも理由は分からない。メータもムーティもマゼールも同じ程度なので、どうしてもその前までの世代の音楽家の方に関心があるからというのが最も素直な理由だろうとは思う。

今晩は、久しぶりにモーツァルトの『ジュノム』協奏曲を取り出して聴いている。

晩年のルドルフ・ゼルキンは、モーツァルトをアバド/LSOと、ベートーヴェンを小澤/BSOと録音してくれて、どれも味わい深い演奏を聴くことができる。アバドがオーケストラと作る音楽が、ゼルキンの音楽の万全なサポートであるかは分からないが、この若書きとはとても思えない『ジュノム』(昔は「わこうど」と訳されたこともあるのだそうだ)の深い音楽世界を味あわせてくれるものであることは確かだ。こうしてみると、結構協奏曲の指揮が多いのは、彼に対する自分の関心を象徴しているのかもしれない。

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2008年6月14日 (土)

ドイツ・ハルモニア・ムンディ50周年記念 50枚セットを買ってしまった

DHM と略すらしいが、SONY/BMG傘下に入ったこともあるのか、50周年記念で膨大な録音が超廉価で発売された。

初回があっと言う間に完売したという話題をいくつかのブログ記事で拝見していて残念に思っていたが、再発売が決定したという話を聞き、またもや久々に禁を破って6/10の早朝HMVに注文を入れたところ、6/13の午後には佐川急便で38*38*22という巨大なダンボールに入って届けられた。中にはクッション類はまったくなく、同時注文の2枚のCDと一緒にラップでくるまれて、それがその大きなダンボール箱の底面に軽く接着された状態で届いた。環境への負荷低減のため発泡スチロールのクッション材の使用を減らすためかと想像したが、底面の補強という点では心配の残る梱包形態だった。ただ、中のCDにはまったく異状なく、傷や凹みもなかった。英語版の表記を写すと "Deutsche Harmonia Mundi 50th Anniversary Edition"  50CDs FROM THE LEGENDARY BAROQUE AND ANCIENT MUSC LABEL とある。HMVの紹介ページはこれ

これまで ハルモニア・ムンディの名前は知ってはいたが、音盤としてはLPもCDも一枚ももっていなかった。これまで聴きたいと思っても聞けずにいたマショーやビーバー、フレスコバルディなどの作品も聞けるし、バッハの曲でもソロ・チェロ組曲やロ短調ミサ、モンテヴェルディの『ヴェスペレ』などの手持ちの音盤の同曲異演盤も聞けるのでと思い、購入に踏みきった。

何から聞いてみようか迷ったが、 【モンテヴェルディ:『聖母マリアの夕べの祈り』(全曲) コンラート・ユングヘーネル(指揮&リュート) カントゥス・ケルン コンチェルト・パラティーノ】は、ガーディナーの録音で何度も聞いている曲なので、聴き比べてみようと聴き始めたところ、ガーディナーの録音が華麗で少し饒舌過ぎると聴こえるほど、まろやかで滑らかな美しさの演奏が聴けて驚いた。DHM自体、その筋では十分有名なレーベルで、私が知らないだけなのだが、このような演奏、録音を聴いてみると、「(当然のことながら)まだまだ世の中は広いものだ」と、陳腐な感想が生まれてきた。

膨大な音盤を蒐集して、未聴状態で放置することをチョモランマにひっかけてミチョランマと言うらしい(座布団数枚もの!)が、この50枚組みのCDは、多彩なラインナップということもあり、多分ミチョランマ登録されることはない!と、自分で決意する次第だ。



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2008年5月 2日 (金)

岡田暁生『オペラの運命』(中公新書)

『西洋音楽史』よりも前に書かれた本だが、『西洋音楽史』を読了後に購入。これも非常に面白い。快刀乱麻的に明解に書かれているが、あまり強引さを感じず、納得させられる部分が多い。まとめ方のうまさだろうか?先日、NHKの『魔笛』を題材にした番組の折にこれを引き合いに出したが、ようやく読了した。『音楽史』はほとんど一気読みだったが、こちらは少々時間がかかった。『音楽史』に登場する器楽曲に比べて、オペラはなじみがない作品が多いからだろう。何しろ、モンテヴェルディの『オルフェオ』も『ポッペア』も『ウリッセ』も、グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』も、ロッシーニもヴェーバーもヴェルディもプッチーニも、ヴァーグナーも、オペラ史に残る作曲家、作品のほとんどが未だまともに聴いたことのないものだから。

目次のようにざっくりまとめると、

絶対王政の王家の祝典としてのバロックオペラ、オペラセリア。

啓蒙時代のブルジョア階級の台頭、斜陽貴族とモーツァルトなどのオペラ・ブッファ。ロココ趣味。

フランス革命後のブルジョアとフランス・グランド・オペラ(マイヤベーア)。最大の娯楽産業、カジノ・売春・さくら(宣伝)。

ドイツ・東欧の「国民」オペラのイデオロギー性(イタリア統一とヴェルディ)と異国オペラ(アイーダ、蝶々夫人、トゥーランドットなど)、中南米のオペラハウス。

ヴァーグナー 王になった作曲家。

ヴァーグナー以降、オペラのライヴァル映画の登場。そしてエーリッヒ・コルンゴルド、マックス・スタイナー、ニーノ・ロータ、ジョン・ウィリアムズの映画音楽。ベルクの『ヴォツェック』、ショスタコーヴィチの『鼻』。

日本におけるオペラについては触れられていないが、ある意味、独墺オペラの総本山の一つ、ヴィーン・シュターツ・オーパーに東洋人の小澤征爾が音楽監督として就任しているのも、近現代文明の源流であるヨーロッパとアメリカの文化による世界の席巻過程の果てと、その終りの始まりを象徴するのかも知れない。

日本人は、このような重層的な歴史把握が苦手で、多くの古典が同一平面に並べられる傾向があるが、そのような音楽実践と受容自体、また現代を象徴することなのだろうな、などと思った。


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2008年4月26日 (土)

モーツァルト 『フィガロの結婚』 3種類のベーム指揮を聴く

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1956年4月16日から22日 ヴィーン ブラームスザールでの録音。モノーラル録音。

指揮:カール・ベーム、管弦楽:ヴィーン交響楽団、合唱:ヴィーンシュターツオーパー合唱団、チェンバロ:ピルス

アルマヴィーヴァ伯爵:シェフラー、伯爵夫人:ユリナッチ、ケルビーノ:ルートヴィヒ、フィガロ:ベリー、スザンナ:シュトライヒ、マルチェリー ナ:マラニウク、バルトロ:チェルヴェンカ、バジリオ:マイクト、ドン・クルツィオ:ディッキー、アントニオ:デンス、バルバリーナ:シュヴァイガー、村 の娘:マイクル、フラス

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1968年3月12日から20日 ベルリン、イエス・キリスト教会での録音。ステレオ録音。

指揮:カール・ベーム、管弦楽:ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団、合唱:同合唱団(コーラスマスター:ヴァルター=ハーゲン・グロル)、チェンバロ・音楽助手:ヴァルター・タウジッヒ

アルマヴィーヴァ伯爵:フィッシャー=ディースカウ、伯爵夫人:ヤノヴィッツ、ケルビーノ:トロヤノス、フィガロ:プライ、スザンナ:マティス、マルチェリーナ:ジョンソン、バルトロ:ラッガー、バジリオ:ヴォールファールト、ドン・クルツィオ:ヴァンティン、アントニオ:ヒルテ、バルバリーナ:フォーゲル、村の娘(二人の少女):ドル、ギーゼ

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DVD
音声:1975年12月ヴィーンでの録音。映像:1976年6月ロンドンでの収録(演出:ジャン=ピエール・ポネル)

指揮:カール・ベーム、管弦楽:ヴィーンフィルハーモニー管弦楽団、合唱:クレジットなし、チェンバロ:フィリップ・アイゼンバーグ

アルマヴィーヴァ伯爵:フィッシャー=ディースカウ、伯爵夫人:テ・カナワ、ケルビーノ:ユーイング、フィガロ:プライ、スザンナ:フレーニ、マルチェリーナ:ベッグ、バルトロ:ラッガー、バジリオ:ファン・ケステレン、ドン・クルツィオ:キャロン、アントニオ:クレーマー、バルバリーナ:ペリー、村の娘(二人の少女):クレジットなし

『モーツァルトはオペラ』という本を最近読んだが、私にとっては『モーツァルトのオペラはフィガロ』という感じだろうか。といっても『フィガロの結婚』に一番最初に触れたのは、このオペラそのもでもなく、有名な序曲でもなかった。モノーラルのラジカセでたまたま録音できたヴェントという音楽家が編曲した管楽合奏(ハルモニームジーク)のための『フィガロの結婚』だった。中学生の頃だったので、今から30年以上も前だ。今検索してみると、「モーツァルト ハルモニームジークのための作品集 ドイツ・カンマー・フィルハーモニー・ブレーメン管楽ゾリステン」というハイブリッドCDも出ているようだが、当時の演奏はどこの団体だっただろうか?フィリップス=小学館の全集の別巻「モーツァルトとその周辺」には、モーツァルト自身の編曲による『後宮からの誘拐』、トリーベンゼーという人の編曲の『ドン・ジョヴァンニ』、ヴェント(?)編曲のこれまた『後宮からの誘拐』が収録されているが、『フィガロ』は残念ながら含まれていなかった。

外国語の含まれた音楽は、我が家の子ども達もそうだが、器楽に比べて比較的若い頃はなかなか馴染みになれないようで(どういう理由だろう?)、私もその例に漏れず、オペラにはなかなか馴染めなかったが、ハルモニームジークによる有名なアリアのメドレーは、大変親しみやすく、その刷り込みが強烈だったため、『フィガロ』に最も親しみを感じて今にいたっているのかも知れないなどと思っている。勿論、上記のDVDに収録されているものが20年以上前の正月にNHKで一挙放映され、それまでオペラに興味がなかった私の母なども3時間を越える長尺モノにも関わらず、最後まで飽きることなく見入っていたほどなので、やはり原作の戯曲、歌劇台本、そして音楽(加えて演出、映像、演奏、歌唱)が飛びぬけてすばらしいのだろうとは思う。

最上段のフィリップス=小学館の全集の全巻予約プレゼントのCDについては、以前触れたたことがあった。1955年ベーム62歳の時の録音で、モーツァルト生誕200年の1956年に合わせて録音されたもの。フィリップスレーベルへの録音のため、デッカと専属契約をしていたヴィーンフィルは使えず、そのデッカはこれまた名盤の誉れの高いエーリヒ・クライバー(カルロスの父)がヴィーンフィルを振ったステレオ録音が同じ1955年に収録されている(10CDセット所収。LPでも保有)。ベームは、やはり10CDセット所収の『コシ・ファン・トゥッテ』を同じ1955年に今度はヴィーンフィルを使って1955年にステレオで録音している(ここでは上記のフィリップス盤の伯爵を歌ったシェフラーSchoefflerが、ドン・アルフォンゾを歌っている)。

ちなみにエーリヒ・クライバー盤のキャストは、以下の通り。

アルマヴィーヴァ伯爵:ペルPoell、伯爵夫人:デラ・カーザ、ケルビーノ:ダンコ、フィガロ:シエピ、スザンナ:ギューデン、マルチェリー ナ:レッスル=マイデン、バルトロ:コレーナ、バジリオ:ディッキー、ドン・クルツィオ:マイヤー=ヴェルフィング、アントニオ:プレグルホフ、バルバリーナ:フェルバーマイヤー、村 の娘:クレジットなし、合唱:ヴィーンシュターツオーパー合唱団 (ベーム盤とはディッキー Murray Dickie と合唱が重複している)

その下のベルリン・ドイツ・オペラ盤(1968年、ベーム74歳の頃の録音)はまだ書いたことがなかったが、CDとしては、これで一番回数を聴いた。F=ディースカウの伯爵と、フィガロのヘルマン・プライは、DVD盤と共通だが、DVD盤の録音よりも8年前。

そして、一番下のものが、歌手達が自分達で歌った歌の録音に合わせてポネルの演出で演技したもので、NHKの放送の頃はVHSヴィデオやレーザーディスクで発売され、今はDVDで入手できる。1975年の録音は、ヴィーンフィルとの伝説的な来日公演後、ちょうどブラームスの交響曲全集を録音した年の録音で、1894年生まれのベームは既に81歳だったのだが、そのような年齢を感じさせないのが驚異的だ。ちなみにカラヤンが同じVPOとデッカに入れた録音は1978年

どの録音も、ベームのモーツァルトへの畏敬を表すかのように、少々生真面目さが窺がわれ、ブッファ的な軽やかさがもう少し欲しい部分もあるが、モーツァルトオペラを知り尽くしたベームの作り出す音楽は格調の点ではどれもすばらしい。1975年録音は、念願のVPOとの共演でもあり、しなやかさ、軽やかさが比較的多く感じられる。

映画『アマデウス』では、この『フィガロの結婚』の第4幕(終幕)のクライマックス(フィナーレ)である伯爵の謝罪の場の音楽(マリナー指揮)を何度も使っていた。それまでのCDでの鑑賞では、例のハルモニームジークの影響で有名なアリアが出てこないドタバタした長大なフィナーレはそれほど注目せずにいたのだが、この映画によって「狂おしい一日 または フィガロの結婚」の見方の力点が変わった。ベームの音楽作りでは、この部分はそれほど大仰にはやられていないが、こちらの受容の姿勢が変わることで充分感動的な場面となる。

ベームのフィガロは、このほかにも1963年日生劇場杮落としのために来日したベルリン・ドイツ・オペラ公演のCD1966年のザルツブルクでのDVD1980年のVPOとの来日公演でのDVDが音盤として入手可能のようだ。

なお、VPO(ヴィーン・シュターツ・オーパー、ヴィーン国立歌劇場)のフィガロでは、戦前のブルーノ・ヴァルター(ワルター)によるアセテート録音があり、●2003年9月6日 (土)  歴史的録音(1937年ザルツブルクライブ ワルターのフィガロ)で記事にしたことがある。意外なほどすっきりした演奏だ。

ちなみに、オペラ『フィガロの結婚』初演は、1786/5/1 ヴィーンのブルク劇場なので、もうすぐで初演222年になる。

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2008年4月13日 (日)

『NHK その時歴史が動いた』でのモーツァルトの『魔笛』

第321回 音楽の市民革命 〜神童モーツァルトの苦悩〜

本放送  平成20年4月9日 (水) 22:00〜22:43 総合
全国 再放送 平成20年4月15日(火) 3:30〜4:13 総合(近畿ブロックのぞく)
平成20年4月15日(火) 16:05〜16:48 総合・全国
平成20年4月19日(土) 10:05〜10:48 総合・近畿ブロック(神戸・奈良のぞく)

本放送をヴィデオ録画しておいたこの番組を今日鑑賞した。このシリーズは、ある歴史的な出来事まであと何日というのが番組の作り方で、それに向けて歴史的な出来事がどのように推移していったかを説明するようなプログラムになっている。(梅干博士樋口清之氏の『逆・日本史』と同じ発想だ。)

この番組は、『魔笛』の初演日1791年9月30日までに、モーツァルトが貴族達とどのように戦い、ついには市民階級向けのオペラである『魔笛』をどのように作り上げ、それがどのように市民の間で大人気を得たかというストーリーだった。

その前史として、『フィガロの結婚』がモーツァルトの貴族からのそれまでの差別・抑圧の鬱憤晴らしのために作曲され、貴族の鼻を明かし、溜飲を下げたということが語られていた。確かにモーツァルトは、この番組で「ザルツブルクの領主である伯爵」と紹介されたヒエロニムス・コロレドと対立して独立しはしたが、そのことによってヴィーンでコロレドの仲間の貴族たちから音楽活動を邪魔されたということはあったのだろうか?むしろ、そのようなフリーランスの音楽家自体当時のヴィーンでは相手にされなかったのが当然だったように思う。

また、貴族達が使っていたイタリア語で書かれたオペラという指摘があったが、オペラはイタリアが本場で、ヴィーンはその影響下にあったがゆえにイタリア語が用いられたので、モーツァルトはイタリア語オペラをいやいや書いたというようなコメントは、まったく事実無根のように思う。作品解釈の要点だが『フィガロの結婚』の最終場での伯爵の謝罪は、貴族が恥をかかされて面目丸つぶれというものではなく、心からの謝罪ではなかったのではないかとも思うし。ただ、1789年のフランス革命に対するモーツァルトの反応として、近年発見された『賢者の石』という市民向けの合作歌芝居のことを紹介していたのは面白かったが、モーツァルトが果たして市民革命への賛同者だったかどうかは分からない。

モーツァルトは、職や収入を得るために、レオポルト二世逝去後の後継者の『戴冠式』に自費で駆けつけ、そこで『戴冠式』コンチェルトを演奏するなど自分の生活のためには、いわゆる革命家的な一途な反抗活動は当然のようにせずに、いろいろな伝手を頼り、また宮廷でも年棒こそ多くはなかったが、モーツァルトを宮廷作曲家として遇している。

このような突っ込みどころが多く、また、市民革命のためのオペラというような少々古臭い(マルキシズムのような)教条主義的な見方だなと思いながらそれでも最後まで見たが、この番組の監修者は特にクレジットされていなかったようで、NHKのプロデューサーやディレクターの作品のようだ。礒山雅氏や高橋英郎氏も登場して部分的に意見を述べていたが、果たして彼らの意見がこの番組の趣旨に沿ったものなのかは少々疑問符が付く。

ホームページでは、多くの批判が届いたのか、数多くのQ&Aが連ねられているが、どうもこの番組の作りは、少々やっつけ仕事的だったのではないかと思う。分かりやすい啓蒙的な図式を提示するのもいいが、自分の関心が少々強い音楽がこのレベルだとすると、他の分野でも同じような大雑把な番組作りしかしていないのではないかと猜疑心がわいてしまう。

P.S. オペラ座の書庫 その時歴史が動いた 『モーツァルト』  が、この番組の特徴を鋭く指摘されているのを読みトラックバックさせてもらった。  

 この番組って「主観的」なんだと思います。・・・・・ドキュメンタリーを謳った番組で、このツクリはどうなのかな? と思います。

参考記事:

2008年1月21日 (月) 西本晃二『モーツァルトはオペラ 歌芝居としての魅力をさぐる』

2007年11月17日 (土) 1789年 フランス革命 と ヴィーンでのモーツァルトの人気凋落に関係はあるか?

2007年11月16日 (金)『コシ・ファン・トゥッテ』をようやく全曲聴けた

2007年11月11日 (日) モーツァルト―音楽における天才の役割 (中公新書)

2006年11月 2日 (木) モーツァルト 『魔笛』 スイトナー盤

2005年11月28日 (月) 「フィガロの結婚」ベーム(1956)

2005年5月25日 (水) 映画「ドン・ジョヴァンニ」(監督 ロージー、指揮 マゼール)のDVD

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2008年3月20日 (木)

2冊のクラシック入門書

3月19日は子どもの卒業式出席のため有給休暇を取得して出席してきた。非常に独特の個性を持った子どもなので、級友との付き合い、団体生活・行動等々、いろいろな心配はあったが、特に毎学年の担任の先生(毎年クラス替えがあり、6年間別の先生)のご指導のおかげで、何とかひどいいじめにも合わずに6年間を過ごすことができた。卒業式に列席し、長そうであっという間の6年間を回想すると、ビデオカメラで撮影しながらも時折ウルウルとしてしまった。これからは、そのような個性を矯めようとはせずに、マイペースで学習することのできる中学校へ進むことができることになったので、個性を生かして成長していってもらいたいと願っている。

昼過ぎに式も終り、少し雨模様の中帰宅後、久しぶりの週日の休日をのんびりと過ごした。昼寝も出来たので、風邪も大分治まってきた。

先日購入した樋口裕一『笑えるクラシック 不真面目な名曲案内』(幻冬社新書)は、ラ・フォル・ジュルネのアンバサダーを務める音楽愛好家の手になるもの。笑いを武器にいわゆる堅苦しいジャンルに切り込むものというと、宮田光雄『キリスト教と笑い』(岩波新書)を思い出させるが、名曲案内の方はより気楽にクラシック音楽に楽しんでもらおうという意図で書かれたもので、寝転んで読むのに最適な本だった。中ではラヴェルの『ボレロ』についての解説は、非常に納得のいくものだった。フランス音楽についての捉え方も鋭いと思った。また、リヒャルト・シュトラウスへの日本の一般的な音楽ファンの印象を踏まえての評価も、なるほどという感じをもった。前半は、このボレロを含んで、『第九』『英雄の生涯』『レニングラード』が詳細に論じられ、第2部は膨大な数のオペラが笑いをキーに紹介。第3部は思わず笑ってしまう名曲が列挙されていた。オーケストラ曲とオペラがほとんどだが、面白い視点からの名曲案内で結構啓蒙された。これからハイドンの交響曲第60番『うっかり者』を聴いてみたいと思う。まだ例の全集では聴いていない曲のようだ。

また、先日現役オーボエ奏者としては引退して指揮者・教育者として再スタートを切った宮本文昭『疾風怒涛のクラシック案内』(アスキー新書)も、入門書ではあるものの、特にドイツの一流放送オーケストラの首席を務めた名プレーヤーで、あのヘルムート・ヴィンシャーマンの弟子でもあるので、実際の音楽実践と、これからの指揮者としての抱負が混じった音楽案内も、結構興味深いものがあった。ただ、シューベルトの交響曲第2番のフィナーレへの妄想?は、改めて曲を聴きなおしたが、やはり妄想ではなかろうか? 交響曲第5番であのヴァントにしごかれた話も面白かった。こちらもオーケストラ曲とオペラを扱っているので、他のオーボエが活躍する室内楽曲についても書いて欲しいものだ。

「名曲案内」もいろいろ出ているが、やはり切り口が明快なものが面白いようだ。百科全書的にあれもこれもというとどうしてもくどくどしてしまうから。

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2008年3月 3日 (月)

ビゼー 『カルメン』を聴き、見る

Carmen_vhs_maazel Carmen_callas

初演カレンダーによると、

3/3/1875 ビゼーのオペラ「カルメン」がパリのオペラ・コミック劇場で初演される。

ということで、3月3日のひな祭りの日は、昨日取り上げたメンデルスゾーンの『スコットランド』交響曲のほか、この名曲『カルメン』の初演日にもあたっているという。

左のVHSヴィデオは、マゼール指揮、ロジー監督による映画で、例のモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』と同じコンビによるもの。管弦楽は、フランス国立管弦楽団 タイトルロールのカルメンは、野生的な容姿も魅力的なジュリア・ミゲネス・ジョンソン。ドン・ホセにドミンゴやエスカミーリオにはライモンディといった一流の歌手を揃えた上で、ロケの迫力もあり、非常に見ごたえのあるオペラ映画になっている。現在は入手困難のようだが、是非DVDでも再発売を願いたいものだ。

右は、言うまでもない、マリア・カラスがタイトル・ロールを歌ったもの。指揮は、あのジョルジュ・プレートル。カラスの独特の発声で好悪が分かれるものだが、それでもやはりその迫力は否定できない。私の『カルメン』入門であり、今聞いてもすごいと思う録音だ。

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2008年2月22日 (金)

マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲

Cavalleria_rusticana_i_pagliacchi_d マスカーニ(1863-1945)
 オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』(田舎の騎士道)間奏曲 

プレートル指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団

(同上オペラと レオンカヴァッロのオペラ『道化師』(パリアッチョ) のハイライト盤)

 いずれも主役は、プラシド・ドミンゴ(テノール)

イタリア・ヴェリズモ・オペラの二大傑作として、この2曲はLP時代からよくカップリングされていたが、このCD1枚の抜粋盤も同じようにカップリングされている。

私が高校生の頃、音楽班というクラブ活動があり、その顧問の先生が芸大出の人で、文化祭には必ず小規模ながらオペラを舞台に掛けた。私が在校時には、上記の『カヴァレリア・ルスティカーナ』と『道化師』、そしてなんと私が3年生のとき、結構歌えるソプラノの学生がいてベルリーニの『ノルマ』を上演し、「清き女神よ」などを熱演したのを覚えている。また、私が卒業した後も、弟が『道化師』のカニオ&パリアッチョを歌ったということでもあり、結構懐かしい曲目でもある。

さて、今日はそれらの歌ではなく、なんとも美しい『カヴァレリア・ルスティカーナ』の有名な間奏曲をゆっくりと聴いている。アダージョ・カラヤンは1から4まで出ているが、なぜか含まれていない。DGにこの全曲録音マスカーニ : 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」も行っているし、オペラ間奏曲集という録音もあるのに、と思ったらアダージョ・カラヤン・ベストという正規シリーズ以外のものにはこの間奏曲が含まれていた。この間奏曲こそ、オペラの下世話で悲劇的な内容とは異なり、『癒し』の典型的な音楽のように感じている。

なお、このCDは結構以前に買ったものだが、今年のヴィーンフィルの新年コンサートを振ったフランスのオペラ指揮者ジョルジュ・プレートルがミラノ・スカラ座を指揮しているのを今頃になって気が付いた。歌手は豪華版で、カヴァレリアのヒロインは、エレナ・オブラスツォワ。レナート・ブルゾンも加わっている。

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2008年2月19日 (火)

クレンペラーのヴァーグナー管弦楽曲集

Klempere_wagner ヴァーグナー

1.楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲 (10:52)

2. 歌劇『さまよえるオランダ人』序曲(10:44)

3. 楽劇『ジークフリート』より『森のささやき』(8:25)

4. 楽劇『ヴァルキューレ』より『ヴァルキューレの騎行』(2:51)

5. 歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲(2:55)

6. 歌劇『タンホイザー』序曲(14:40)

7. 楽劇『トリスタンとイゾルデ』より前奏曲と『愛の死』(9:54 + 5:50)

オットー・クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団 〔1960年2月、3月。1961年10月、11月〕

セルとクリーヴランドの明晰で活気に溢れる『リング』のオーケストラ演奏を聴き、クレンペラーのヴァーグナーを聴きたくなってこのCDを取り出した。先のテレビ番組では、ルートヴィヒ2世は、ノイ・シュヴァンシュタイン城に「歌合戦の間」までも作り、ヴァーグナーを招聘することを夢見ていたとも言っていた。パトロンとして、ヴァーグナーへ多大の経済援助をしたはずだが、ヴァーグナーはルートヴィヒの元を訪れたのだろうか?

ヴァーグナーの音楽は、歌劇(楽劇)としての言葉が障害になり、ようやく先年『リング』をなんとか全曲リブレットで確認しながら聴きとおした程度で、カルロス・クライバー没後に追悼盤としてもとめたあの名盤の『トリスタンとイゾルデ』もじっくり腰を据えて聴きとおしてはいないほどだ。初期の『オランダ人』『ローエングリン』『タンホイザー』もさわりを聴いた程度で、『マイスタージンガー』も『パルジファル』も年末のFM放送でもいつも途中脱落をしていた。勿論生の舞台など接したこともない。

そんなわけで、魅力は感じつつ、未だにこのような抜粋オーケストラ曲集どまりの段階だ。

オーケストラ曲集でも、LPではカラヤンのヴァーグナー序曲・前奏曲集2枚組み、CDではレーグナーやトスカニーニのオーケストラ曲集、先のセルやショルティの『リング』の抜粋、ヴァーグナー入門というようなもの程度で、それほど突っ込んで聴いてはいないので、まだまだヴァーグナー山脈は未踏峰が多い。

そんな中、このクレンペラー盤は、LP3枚からの抜粋盤とのことだが、主要なヴァーグナーのオペラ作品の全容を見渡せる内容になっており、また晩年のクレンペラーの悠揚迫らないが、それでいて緻密な音楽作りが味わえる音盤になっており、録音も古い割りに比較的聴きやすく、愛聴盤になっている。

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2008年2月18日 (月)

セル/CLO ヴァーグナーの『リング』抜粋オーケストラ曲集

Szell_wagner_ring ヴァーグナー 

楽劇『ニーベルングの指環』より

1.『ラインの黄金』より『ヴァルハラへの神々の入城』
2.『ヴァルキューレ』より『ヴァルキューレの騎行』
3.『ヴァルキューレ』より『魔法の炎の音楽』
4.『ジークフリート』より『森のささやき』
5.『神々の黄昏』より『夜明けとジークフリートのラインの旅』
6.『神々の黄昏』より『ジークフリートの葬送の音楽と最終場面』
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団 (MYK36715 Produced by Andrew Kazdin, マルC 1985)

先の土曜日は、午前中に家族と用事に出かけた。そのおり、知人に噂話を聞いていてブログ記事で確認できたコーヒー豆の焙煎販売店で、ブラジルサントスとマンデリンを買い求め、早速ブラジルを挽いて飲んで見た。癖がなくスタンダードな味を楽しめた。

その午後は特に用事もなかったので、コーヒーを飲みながらテレビを楽しんだ。

世界の建築100選の後半50選をBSで放映しており、日本の城郭(松本城や姫路城)のほかに、ヴェルサイユ宮殿やアルハンブラ宮殿なども取り上げられており、その中にバイエルン王の例のルートヴィヒ二世のノイシュヴァンシュタイン城とそのほか彼が作った2件の宮殿が放映され、ヴァーグナーとの関わり合いについても結構詳しく紹介されていた。(ヴィスコンティの『ルートヴィヒ』も、こういう予備知識を持っていればもっと鑑賞が面白かったかも知れない)。

ノイ・シュヴァン・シュタイン 新しい・白鳥の・石 は、名前自体が白鳥の騎士ローエングリンの伝説に基づくものらしいし、城内にはなんとタンホイザーのヴェヌスブルクの洞窟まで再現しているのだという。また礼拝堂の見事な中世風のステンドグラスの下絵はルートヴィヒ自身によるものだという。まるで、ディズニーが一国の国王になったような人物だったわけだ。

そんな番組に刺激されて、最近ようやく入手できたセルとクリーヴランド管による"Ring"の抜粋盤を楽しんだ。同趣向のものは、以前ショルティとVPOによるものを取り上げたことがあるが、このセル盤はそれよりももっとずっと早い時期のもので、セル自身が曲と曲のブリッジの部分を作曲したとも言われているものらしい。

この盤自体、1985年の発売であり、最新ディジタルリマスタリングでもないので、音響は少々鮮明さを欠くものだが、これこそ「リング」入門に最適との評価もむべなるかなと言う非常に理解し易いまとまった音楽になっているように感じた。

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2008年2月 5日 (火)

ヤナーチェク 歌劇『利口な女狐の物語』マッケラス/VPO、ルチア・ポップ、他

Cunning_little_vixen レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)

歌劇『利口な女狐の物語』(Prihody Lisky Bystrousky : The Cunning Little Vixen)

チャールズ・マッケラス指揮ヴィーンフィルハーモニー管弦楽団
 ヴィーン国立歌劇場合唱団、ブラチスラヴァ少年合唱団
ビストロウシカ(女狐):ルチア・ポップ(S)、猟場番:ダリボル・イェドリチカ(Br)、男狐:エヴァ・ランドヴァー(Ms)、穴熊/神父:リハルト・ノヴァーク(B)、その他(校長、蚊、ハラシタ、猟場番の女房、ふくろう、犬、きつつき、めんどり、おんどり、かけす、かえる、きりぎりす、など) 〔1981年録音〕

併録:『利口な女狐の物語』管弦楽組曲(ヴァーツラフ・ターリヒ編)

ようやく立春。吉田秀和『私の好きな曲』(新潮文庫)は大学図書館の白水社の全集でも何度か読んでいたのだが、昭和60年4月25日の発行(一応初版だ)の頃文庫本で入手してからいったい何度読んだことか分からない。全部で26曲の好きな曲がリストアップされているのだが、恐らくこの本での紹介を読まなければ聴かなかった曲の筆頭がこのヤナーチェクの『利口な女狐の物語』だったことは確かだろう。それほど、吉田秀和のこの曲の紹介は魅力的なものだ。オペラで、チェコ語で、近代作品で、となれば、いくら魅力的な題材でも二の足を踏んでしまう私が、どうしても聴きたいと思ったのだから。

このCDを入手したのは、もうそうとう以前になるが、確か「レコード芸術」のレコードアカデミー賞を獲得した名盤ということで、地方都市のCD屋でも陳列していたのかも知れない。当時指揮者のマッケラスのことはあまり知らなかったが、VPOと組んで次々にヤナーチェクの作品を録音していたということを後で知った。ただ、この名盤がしばらくの間は、廃盤として入手できない時期もあったということを別の機会で知り驚いたことも覚えている。

ヤナーチェク入門の『シンフォニエッタ』、『タラス・ブーリバ』、『内緒の手紙』『クロイツェルソナタを読んで』の弦楽四重奏曲程度しか聴いたことがなく、この『女狐』のほかにもサイトウキネンフェスティバルなどでも取り上げられたような多くのオペラが近年では注目されており、ヤナーチェクはすっかりビッグネームの仲間入りになっているのかも知れない。

そんな中で、寓話的な筋というよりも、女狐や穴熊、ふくろう、かえる、きりぎりすなど、まるで鳥獣戯画の世界のように、人も動物も区別、差別なく同じ世界に生きる、生きとし生けるものとして描いたこの脚本とヤナーチェクのつけた音楽は、西洋文化の中でも非常にまれなのではあるまいかと最近思う。以前、ドイツの子どもは「虫取り」を遊びだと考えていないというエッセイを読んで驚いたことがあるが、モラビア(モラバ)の人々は、昆虫やかえる、鳥なども親しいものとして共生する伝統があるのだろうか?

まあ、そんな小難しい文化、伝統のことを考えずとも、特に自然との一体感に強い共感を持つ日本人は、このオペラに魅力を感じることは不思議ではないと思う。ヤナーチェクという不思議な音楽を作るのが得意だった作曲家が、本当に魔法のような音楽を書いたものだと思う。

歌手は有名どころでは、若くして亡くなったスロヴァキア生まれの名ソプラノ、ルチア・ポップが、母国語に近いチェコ語(モラヴィア方言)により本当に魅力的なビストロウシカを歌い演じている。

草いきれがするような音楽という意味では早春から一気に盛夏へと飛ぶようだが、生き物がざわめく自然の世界へトリップである。

なお、チェコの名指揮者ヴァーツラフ・ターリヒの編曲した組曲もとても楽しい。

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2008年1月21日 (月)

西本晃二『モーツァルトはオペラ 歌芝居としての魅力をさぐる』

先に、モーツァルトオペラの往年の名録音集を入手し、ようやく難関『コシ・ファン・トゥッテ』へのとっかかりができたばかりだが、その後、下記の本が目に留まり求めてみた。

参考: 2007年8月 8日 (水) モーツァルト 生誕200年記念の名録音による4大オペラ全曲集 10CDボックスセット

参考:2007年11月16日 (金) 『コシ・ファン・トゥッテ』をようやく全曲聴けた

この本は、ローマの日本文化会館館長なども歴任し、バーンスタイン関係の訳書もあり音楽にも造詣の深いフランス語・イタリア語学者の西本氏が、モーツァルトのオペラについて深く語ったものだ。

特に、音楽面の素晴らしさに屋上屋を架すよりも、自分の専門のイタリア語におけるリブレットへの深い知識により、「歌芝居」としてのオペラを取り扱ったもので、これまでこのような本があったのか知らないが非常に興味深い。2006年に初版が発売されたばかりのもので、一応モーツァルト生誕250年を機に出版されたもののようだ。

どこも面白いのだが、特にp.25で、三大オペラ「フィガロ」「ドン・ジョヴァンニ」「魔笛」「コシ」の中では、フィガロを最も完成したものであり、<<それに四大傑作として付け足す「コシ」は一般的ではく、少し分かり難い>>と喝破しているのは、わが意を得たりといった感じだった。

また、文学作品としてのオペラリブレット「魔笛」についての言及は、先のランドンの指摘と同様、興味深いものがあった。 どれほど話題になった本なのか知らないが、大変面白かった。

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2007年12月29日 (土)

全日本フィギュアスケート選手権終わる

第76回全日本フィギュアスケート選手権大会のテレビ放送が28日の夜にあり、今回はショートプログラムでリードした浅田真央選手が、フリーで素晴らしい演技をした安藤美姫選手を、ショートとフリーの合計得点でわずかに上回り、選手権2連覇を果たした。 浅田も前回のグランプリ・ファイナルのフリーですっかり自信を取り戻して、今回のショートは抜群の出来だったが、その反面フリーでは最初のトリプルアクセルに失敗し、全体的には切れや滑らかさが少々不足する浅田としては万全な出来ではなかったと感じられた(妻も同意見)。

その点、前回のNHK杯ではまったくの不振など波が激しくいつもハラハラさせられる安藤は、今晩は四回転ジャンプで名を売った安藤の復活かと思わせるようなジャンプの切れのよさで、ほとんどミスらしいミスもなく、ステップもスピードがあり、全体として危なげない集中力のある演技で素晴らしかった。三位に入った中野友加里選手も、最初のトリプルアクセルは不完全だったが、その後持ち直し集中力のある素晴らしい演技だった。スパイラルシークエンスの中野の笑顔は、無理やりの笑顔だろうが、表情としてポジティブな気持ちを競技者本人だけでなく会場にも与える効果があり、素晴らしいと思う。

四位の村主章枝は、ベテランらしい巧いジャンプを見せたが、さすがに体力的にきついのか、乱れてしまった。 5. 鈴木明子 6. 武田奈也 7. 太田由希奈 の順で、武田はショートの失敗を挽回できたが、惜しかった。 7位の太田のフリーは非常に美しいものだったが、ジャンプの失敗が響いた。現在の日本のトップ3は、世界でもトップクラスで、つぼにはまったときには、信じがたい完成度の演技をすることができるが、もう少しの選手は持っている技術は高いが、それが完全無欠に発揮できないところが、少しの差なのかも知れないと見ながら感じた。

ちなみに音楽面では、フリーの曲目は、浅田がショパンの幻想即興曲にチェロのオブリガートを入れてアレンジしたもの。安藤は、『カルメン』のさわりを巧くパッチワークしてなおかつ打楽器なども効果的に加えた独自の編曲。三位の中野友加里は、リムスキー=コルサコフの『スペイン奇想曲』からの抜粋。これが中野の鮮やかな朱色のコスチュームに似合っていた。

ショートでは、浅田はオリジナル?の「ヴァイオリンのためのファンタジア」というような曲、安藤はサン=サーンスの『サンムソンとデリラ』のバッカナール、中野は幻想即興曲のオリジナルに近いピアノ独奏版。 なお、男子優勝の高橋大輔は、チャイコフスキーの幻想序曲『ロメオとジュリエット』。

参考:我が家の音源
幻想即興曲 ルービンシュタイン、アシュケナージ
カルメン 全曲:カラス、プレートル/パリオペラ座、 組曲:カラヤン/BPO, クリュイタンス/パリ音楽院
スペイン奇想曲 セル/CLO, サヴァリッシュ/バイエルン・シュターツ・オーパー
バッカナール バレンボイム/CSO など。

探したら音楽付きでこのようなサイトを見つけた。フィギュアスケート原曲 2007-2008シーズン 音が出るのでヴォリュームに注意。

さて、1月1日を除き仕事初めまではブログ投稿を休息する予定。いつもお読みいただいているありがたい方々に、よき新年をお祈りする。

追記: 2008/1/17  「三位の中野友加里は、リムスキー=コルサコフの『スペイン奇想曲』からの抜粋。これが中野の鮮やかな朱色のコスチュームに似合っていた。」に関連して、narkejpさんのリムスキー・コルサコフ「スペイン奇想曲」を聴くの記事にトラックバックを送らせていただいた。私もセル/CLOの録音を楽しんでいるが、最近あのサヴァリッシュがロシア音楽を指揮した珍しいCDを入手してこちらも楽しんでいる。LIVE CLASSIC 100という海賊盤的なエアチェック音源CDでは、マゼールがRAIトリノ響を指揮した珍しいものがあるが、ヘンテコな演奏で驚いた。

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2007年11月16日 (金)

『コシ・ファン・トゥッテ』をようやく全曲聴けた

モーツァルト 生誕200年記念の名録音による4大オペラ全曲集 10CDボックスセットに入っている『コシ・ファン・トゥッテ』(Cosi の発音は、コジと表記されることが多いがCD録音ではコシに聞こえる)をようやく全曲聴くことができた。ベームとヴィーンフィルの1955年録音(ステレオ!)。

後にも先にも、コシを全曲聴けたのはこれが初めてかも知れない。これまで、コシの録音は、小学館のモーツァルト全集のC.デイヴィス盤しか持っておらず、この録音もながら聞きで一度か二度聞いた程度だったので、今回のように序曲から終曲まで集中して聴けたのは初めてだった。上記の10CDボックスの全曲集はドイツ盤でもちろん対訳などは付いていないし(小学館全集には立派なものが付いているのだが)、音楽之友社の名作オペラブックスもすぐには入手できないので、ネットでオリジナルのリブレット日本語訳(なかなか読みやすいが実用的な省略もある)を探してプリントアウトして、歌詞を参照して筋を追いながら何とか聴けた。

オペラは、その音楽がいくら音楽として美しくとも、言葉が不可欠なので意味が分からないがゆえに余計にそれが気になり、純粋に音楽として味わうことがどうしてもできない。簡易な訳でも、今誰がどのような内容を歌っているのかをどうしても把握したくなる。フィガロやドン・ジョヴァンニ、魔笛のように他の演奏で何度も聴いて、およそ何が歌われているかが分かるようになってくれば、逆に純粋に音楽として味わうことも可能になるが、コシの場合はその前の段階で躓いていた。

今回は、先のロビンス・ランドンの本で、その蒙を啓かれ、大いに刺激を受け、また、改めて読んだ吉田秀和『レコードのモーツァルト』のベーム指揮<<コジ・ファン・トゥッテ>>、井上太郎『モーツァルト いき・エロス・秘儀』も参考になった。

また、これまでは、台本の原作が名作である『フィガロ』『ドン・ファン』は、それ自体の筋書きが面白かったのだが、この『コシ』は、ダ・ポンテのオリジナル台本で、内容的に現代のスワッピングのハシリとも言うべきプロットで、女性蔑視的であり、音楽は優れていても内容はとるに足りないものだという一般的な評価の影響を受けていた。それゆえ敬遠していた。

『コシ・ファン・トゥッテ』は、1789年の10月から12月にかけて作曲され、1790年に初演されたもので、『魔笛』『皇帝ティトの慈悲』に先立つ最後のオペラ・ブッファである。1789年には、ヴァン・スヴィーテンからの依頼によるヘンデルのメサイアの編曲、あの傑作クラリネット五重奏曲が生まれているが、1790年と並び非常に寡作の年である。

このオペラは、登場人物は、幾何的なシンメトリーを成しており、二組の恋人達、老哲学者と若い小間使いの計6人が様々な重唱を繰り広げるところにその特徴がある。そのため、他のモーツァルトの傑作のような、ソロアリアだけが取り出されて歌われることはほとんどない。しかし、重唱の魅力に気が付くとこのオペラが親しいものになる。フィオルディリージ(姉)とドラベッラ(妹)による第4番の二重唱 "Ah, guarda, sorella,"、アルバニア出身のトルコ貴族に扮したフェルランドとグリエルモによる第21番の二重唱"Secondate, auretta, amiche"では管楽器のアンサンブルが美しく、 第2幕第7場のフィオルディリージのレチタティーヴォと第25番のロンド "Per pieta, ben mio, perdona"ではホルンの活躍が目覚しい。 そしてフィオルディリージとフェルランドの第29番の二重唱は、この他愛ないと思われているプロットではあるものの、戯れの恋がフィオルディリージとフェルランドの間で真実の愛に曜変していく様が描かれ、非常にスリリングでもあり、むごい状況を知る観客としてフィオルディリージの心根が哀れに思えてくる。

昨日聴いてから、今日改めてつまみ聞きをしているが、一度「理解」できた後に再度聴くと、さらに味わいが深いような気がしてくるから不思議だ。

ベームのコシは、シュヴァルツコップフなどとのフィルハーモニア管によるEMI盤が名盤の誉れが高いもので、未だそれを聴いたことがないが、この盤のフィオルディリージ:リーザ・デ・ラ・カーザ、ドラベッラ:クリスタ・ルートヴィヒの名唱はもちろんのこと、デスピーナ:エミー・ルーズのフィガロのスザンナのようなコケットな歌唱も魅力的で、クンツとデルモータの男声陣も美しい重唱を繰り広げる。ドン・アルフォンソはパウル・シェフラーというバス・バリトン。なお、慣習的なのか第1幕の第13場すべてや、特に第2幕に相当大きい省略が何箇所かあった(第9場 第27番のカヴァティーナ、第28番のアリアの前後)。

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2007年9月14日 (金)

ムソルグスキー 『展覧会の絵』(リヒテルのソフィア・ライヴ)

Mussorgsky_gulini_richter

モデスト・ムソルグスキー(1839-1881)

組曲『展覧会の絵』(原曲のピアノ版)

スヴャトラフ・リヒテル(ピアノ)

〔1958年2月、ソフィア、ブルガリア、ライヴ録音〕


昨年の秋、手持ちの『展覧会の絵』の聞き比べの記事を投稿したが、その後、リヒテルの『展覧会の絵』を聴きたくて、このCDを購入した。

                  
ホロヴィッツ         リヒテル
1.Promenade 1:22        1:25
2.Gnomus 2:20                2:27
3.Promenade 0:49           0:45
4.Il vecchio castello 3:49  4:50(4+5)
5.Promenade  0:28         
6.Tuileries  1:06             0:57
7.Bydlo 2:36                  2:15
8.Promenade 0:36          0:33
9. Ballet des poussins dans leur coques 1:17  1:09
10.Samuel Golednberg und Schumuyle  2:18  1:42
11.Limoges- Le marche 1:17                       1:17                     
12.Catacombae(Sepulchrum romanum) 1:17   3:52(12+13)
13.Con mortuis in lingua mortua 2:21
14.La cabane sur des pattes de poule 3:30    2:51
15.La grande porte de Kiev 4:28                  4:57

Wikipediaによると1958年といえば、西側デビューが1960年というので、まだソ連の鉄のカーテンに閉ざされた状態だったはずだが、このライヴ録音は西側でも発売されたのだという。よくもこのような状態の録音が残されたものだと思う。マルPマークによれば、初発売は、フォノグラム・フランスにより1959年だった。

リヒテルのソフィア・ライヴは、録音年代は比較的古く残念ながらモノ録音になっている。冒頭のプロムナードの最初の方で確かにミスタッチがありリヒテルの動揺が聞き取れるが、それほど気になるほどのものではない。音質も、ホロヴィッツのヒストリー録音に比べると格段に聞きやすい。

ただ、この評価の高いライヴ録音を聴いてもそれほど面白さを感じないのは、自分のこの曲への熱中度が相当低くなったためだろうか。高校時代には、オーマンディとフィラデルフィア管の演奏をよく聞き、どの曲も耳なじみではあるのだが。

中では、最初からフォルテでピアノが壊れるのではと思うほどガンガン鳴らす『ビドロ』は、荒っぽいが燃焼度が高い演奏だと思う。この曲あたりから、リヒテルも興に乗ってきたように聞こえる。

ライヴということもあり、全体に洗練された演奏ではなく、ロシア的な豪快さと神経質さが綯い交ぜになったものだが、ピアノ表現の幅広さを象徴するような演奏でもある。バーバ・ヤーガは猛烈な演奏。キエフの大門は、とろどころ苦しいが、ヴィルトゥオーゾの面目躍如だ。最後にはピアノの調律がずれたようにも聞こえるほど。

なお、このパノラマシリーズには、ジュリーニ/CSOのラヴェル版の『展覧会の絵』、若きマゼールとBPO(1959年)による『はげ山の一夜』、ヤルヴィ指揮ファスベンダー(Ms)による歌曲集『死の歌と踊り』、、プレトニョフによる『ホヴァンシチナ』前奏曲(モスクワ河の夜明け)、アバド/ヴィーン国立歌劇場による『ペルシャの女奴隷たちの踊り』、ヴィシネフスカヤ(S)とマルケヴィチによる『6つの歌曲』、カラヤン/VPO、ギャウロフ等による『ボリス・ゴドゥノフ』の抜粋が収められている。

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2007年8月 8日 (水)

モーツァルト 生誕200年記念の名録音による4大オペラ全曲集 10CDボックスセット

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昨年のモーツァルトイヤーにはほとんどモーツァルトの新録音(ムターのVnソナタや協奏曲などがめぼしいところだったろうか?)は聞くことがなかったが、EMIの宗教曲集を除いてモーツァルトのディスクとして欲しいと思っていたのが、mozart1889さん吉田さんのblogで紹介されていた激安の10CDボックスで、この名曲・名演・コストパフォーマンスの三拍子のそろったボックスセット(HMVのサイト)がようやく入手できた。

昨年来ときおり横浜駅周辺のメガストアを探して歩いてみたのだが、さすがにこれだけの内容を店頭に置けば他のレギュラープライス盤が売れなくなるを心配したのだろうか(冗談)、一点も置いてなくて、やむを得ず、最近禁断のネット注文を敢行してしまったのだった。

早速LPでよく聴いたE.クライバーの「フィガロ」の記憶と今回のCDを比べてみると、このCDの方が響きが少々固いように感じた。しかし、その後の展開は父クライバーの流れるような音楽と、当時のヴィーン・シュターツ・オーパーの名歌手陣の「ノリ」がよく、一気加勢に聞かせてくれる。(別記事でも書いたが、ちょうど同じ時期1956年にフィリップスは、ベームとヴィーン交響楽団により、同じ「フィガロ」を録音しており、こちらはモノ録音だ。これもオケは違うが当時のシュターツ・オーパーの歌手陣によるものだと聞いたことがある。)

また、これまでずっと苦手だった「コシ」も、さすがにこの曲を最大のおはこ(十八番)としていたベームの指揮のものだけあり、オケも歌手のアンサンブルも非常に美しく、途中で聴くのを中断できなくなるほどだ。ベームのコシ(コジ)には何種類もあるようだが、このヴィーン・フィルのものも歌手とオーケストラの素晴らしいアンサンブルを聴くことができる。

モーツァルトを得意とし、戦後のシュターツ・オーパーが混乱期を乗り切るのに尽力したことでも知られるヨーゼフ・クリップスの『ドン・ジョヴァンニ』は、最近のハーディングのような威圧的でハイテンポなニ短調ではなく、むしろ柔らかい響きの序曲で始まるが、当時の国立歌劇場の高水準を如実に表す音楽が繰り広げられ、これも途中で中断するのがつらいほど。

フリッチャイの『魔笛』だけVPOではなく、またステレオではないが、彼が手塩にかけた手兵のRIASベルリンでもあり、またヘフリガーのタミーノやディースカウのパパゲーノ!が聴けるなど、歌手も高水準。モノーラル録音なのは序曲の最初で気になるだけで、聴き進めるうちにまったく問題なくなる。(なお、上記のデッカステレオ録音によるモーツァルトシリーズでは、ベームがやはりVPOと「魔笛」を録音しているが、残念ながら台詞カット版なのだという。これは今でもCDで入手できるようだ。)

1950年代後半の録音(1756年のモーツァルト生誕年から200年後のモーツァルトイヤー)だけあり、少々固さを感じるが歌手の声には艶と輝きがある。もちろんリブレットやパンフレットなどは付いてはいないが、良心的に10枚のCDに曲ごとにきちんと分けられており(別の曲が同じCDにカップリングされていない)、また出演者などのつづりにも誤りはないようだ。難をいえば、モーツァルトの肖像(このフランス語サイトに様々な肖像が紹介されているが一番上段の右端がそれ)があまり一般的ではないモーツァルトらしからぬものが使われているのがもったいないが、これで単品でも2,000円程度で購入できるとは信じられないほどの桁違いの廉価盤だ。

<<参考>>モーツァルトのオペラ関連

*『フィガロの結婚』ベーム指揮ヴィーン交響楽団(1956)の記事

*『ドン・ジョヴァンニ』のDVD(CD) マゼール指揮パリ・オペラ座の記事

*『魔笛』 スイトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデンの記事

*『フィガロの結婚』ヴァルター指揮ヴィーン国立歌劇場(1937年ザルツブルクライヴ)
 (2003年9月6日付けの記事

P.S. E.クライバー/VPOのLPについて、mozart1889さんの同録音へのコメントで、「4枚組み1万円程度で購入した」と書いたことがあったが、この夏休みで実家のLPを確認したら「3枚組みで、5400円」だった。何回も再発された名盤で、私が学生の頃購入したときには、1枚1800円の廉価盤(それ