カテゴリー「ディスク音楽08 民族音楽」の5件の記事

2009年5月28日 (木)

宮沢賢治『春と修羅』、向田邦子『阿修羅のごとく』、トルコ軍楽

4月に国立博物館の『阿修羅展』を見物に行ったとき、萩尾望都の『百億の昼と千億の夜』のことは直ぐに思い浮かんだのだが、電車で帰宅するときぼんやりと考えごとをしていたときにふと、宮沢賢治の

いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾しはぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ

をなぜ思い出さなかったのかを考えた。『春と修羅』は詩集の名前でもあり、上記の詩句が含まれる口語詩の題名でもあるが、現代でも新鮮さを失わない言葉とその連なりをもった何とも言えぬ名詩だと思う。日蓮宗に深く帰依していた賢治であるので、当然仏教の諸神である阿修羅を知っていただろうが、この修羅は、果たしてあの興福寺の阿修羅像をイメージしていたものだろうか、などと、関西修学旅行帰りらしい生徒たちで込み合う列車内で考えた。もちろん「おれ=賢治」は「修羅なのだ」と宣言しているのだが、この修羅の詩を読むと、修羅という言葉からの連想としては至極当然ではあるのだが、それだけでなく、この詩のかもし出す雰囲気と詩句からイメージされる世界が、興福寺の阿修羅の遠い異国の地で 夜叉、悪鬼羅刹 の親玉として、仏教に敵対していた時代を心に秘めながら、それを克服超越した仏教への帰依心の相克のような緊張感と似通うようなものが感じられる。また、Zypressen という言葉が使われるのも興味深い。ゴッホの「糸杉」の糸杉、英語では Cypressのことだという。糸杉は、死や哀悼の象徴であり、この言葉をドイツ語で何度も繰り返す。

阿修羅といえば、異才向田邦子の『阿修羅のごとく』というドラマも思い浮かんだ。これも、阿修羅展ではまったく連想が働かなかったのが不思議だ。ドラマのストーリーはほとんど忘れたが、トルコの軍楽隊による、いわゆる生粋のトルコ行進曲の乱暴そうでいてどこかしら哀愁のある不思議な音楽の使われ方が非常に印象に残っている。

数年前に購入した 世界の民族音楽のCD 2006年8月26日 (土)には、

4.オスマンの響き~トルコの軍楽 Turkish military band music of Ottoman empire が含まれ、ドラマのテーマ音楽として使われた音楽も収録されている。

曲名は、古い陸軍行進曲「ジェッディン・デデン」Old Army March "Ceddïn Deden" (Your forefathers)というものらしい。

元々阿修羅の由来が、古代ペルシャ(今のイラン)のゾロアスター教(つまりツァラトストラ)の最高神光明・生命・清浄の神アフラ・マズダ(日本の自動車メーカーMazdaはこのマズダにも由来するという)にあるということで、中近東と一緒くたにしてはならないが、トルコとペルシャの相互の影響関係を広く考えて、トルコ軍楽に、ペルシャ的な要素を感じることもあながち間違いではないかも知れない。

とにかく、『春と修羅』を読み、阿修羅像をイメージし、トルコ軍楽を聞くのは何か不思議な連環の中にいるような気分がする。

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2008年9月28日 (日)

ヨーヨー・マ Soul of the Tango --The music of Astor Piazzolla --

Ma_piazzollaアストル・ピアソラ (1921-1992)
  ヨーヨー・マ (チェロ)、他

 1997年 ブエノス・アイレス、ボストン、ロス・アンジェルス録音





金曜日の夕方から急に秋になったようだ。

我が家では、子どもの反抗期と家族全体の情緒不安定が重なり、結構しんどい精神状態だ。

金曜日の夜は大騒ぎをして過ごした後、イアフォンで音楽を聴き、漫画を読み寝入ってしまった。

土曜日は、比較的平穏に過ぎたが、ドヴォルザークの『新世界より』の記事も中途半端に終わってしまった。

日曜日の午前中は、これまであまり聴けなかったCDをまとめて通して聴き、結構新鮮な楽しみを得られたが、夕方にはまた別のいさかいが起こり、結構しんどい。家庭生活というものは疲れるものだ。

そんな中、これまでほとんど聞いたことのなかったCDを取り出して聴いている。20世紀末に突如クロース・アップされた(ように思う)アルゼンチンタンゴのバンドネオン奏者で作曲家のアストル・ピアソラの音楽を、そのクロース・アップに一役買ったヨーヨー・マが中心になって制作したアルバム。

7曲目は、ホルヘ・カランドレッリとアストロ・ピアソラの合作?の タンゴ・リメンブランシズという曲だが、1997年録音のマのチェロと、1987年録音のピアソラのバンドネオンの(録音上の)共演を聴くことができるものになっている。

その他CM でも有名になった リベル・タンゴなど、暗鬱だが情熱的な現代アルゼンチン・タンゴを何曲も聴くことができる。

いわゆるクラシック系の音楽界にこのピアソラが評価されるようになった背景や理由はよく知らないが、暗鬱な気分の時に暗鬱な曲(だけではないが)を聴くというのは、少し精神的に落ち着くものがある。

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2006年8月26日 (土)

世界の民族音楽のCD

The CD Clubというシリーズもので、Seven Seas レーベルの World Music Library というCDが出されていたようで、そのうちの6枚ほどがブックオフに廉価で出ていたので、購入してみた。音楽学者の故・小泉文夫氏が関係していた音源のようだ。

日本に近い方からリストアップしてみると、
1.長安の夢~中国の琵琶 Chinese Pipa/He Shu-FengChina


2.草原のチェロ~モンゴルの馬頭琴 Mongolian Morin Khuur/Chi BulicoMongolia


3.炸裂の音曼陀羅~チベット仏教の音楽 Buddhist Liturgy of TibetTibet


4.オスマンの響き~トルコの軍楽 Turkish military band music of Ottoman empireTurkey


5.ナイルの調べ~エジプトの古典音楽 Classical music of EgyptEgypt


6.スコットランドの風~バグパイプの響き Virtuoso piper of Scotland/Bill ClementScotland


以前、パレストリーナのポリフォニーと、アフリカのピグミー族のポリフォニーの共通性というような話を読み、興味本位でJVC WORLD SOUNDSシリーズの『密林のポリフォニー』(ザイール イトゥリの森ピグミーの音楽)というCDを入手して聞いてみたことがあり、その後、マイクロソフトのエンカルタ、エンカルタ地球儀などで断片的な民族音楽に触れる機会はあったが、これまであまりまとめて聴くことはなかった。

Zaire

これに類するものとしては、一時期芸能山城組による洗練されたブルガリアンコーラスの紹介『地の響き』のアカペラ、ノン・ベルカントの女声合唱を毎日のように聞いていたことがあるし、音盤は入手していないが彼らのバリ島の『ケチャ』やその現地録音なども興味深いと思っていた。また、映画『ミラクルワールド ブッシュマン』で使われた開放的な男声合唱にも魅力を感じた。アイルランドを訪れたときに、以前から耳にするたびに親しい気分になっていたケルト系の音楽も一種の民族音楽として愛好してきた。鼓童など、日本の太鼓集団の音楽も心を揺さぶるものがある。

今回入手した音盤のすべてが自分の感性にフィットするというわけではないが、各音楽文化での「名人」Virutuoso の存在、宗教や組織(軍隊)や宮廷との関わり、民衆的なコミュニケーションなどが伺われ、情報と交通の上では狭くなった世界とは言え、文化の多様性というものを改めて感じることができる。

ただ、これらにしても、平均律的な音律教育の普及により、(ここには入っていないが)インドのシタール演奏の非常に微細な細分音程などは次第に失われていく恐れもあるということで、グローバリズムと文化の多様性というものの問題がここにもあるように思う。

ただ、このような多様な音楽を聴きながら結構楽しめるということで、『音楽は世界の共通語』という楽天主義的な言葉も、少々おめでたすぎると切り捨てることもないなと思うようになる。

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2005年7月26日 (火)

女子十二楽坊 ~Beautiful Energy~

少々流行遅れだが、ブックオフで見つけて購入。一時期はテレビでもCMが流れたり、特集番組を何本もやっていたりだったが、このところとんと消息を聞かなくなってしまった。時の移ろいは早い。

中国伝統楽器といっても、特に横笛の仲間は、少数民族に伝わるものだという。ベースやリズムは現代楽器で補っているのが少々惜しいが、それなりに室内オーケストラにはなっている。先日読んだ司馬遼太郎の対談集で、もともと現代オケを構成する西洋楽器も古代中央アジア起源のものが多くウィグル族などは集まれば音楽と踊りが始まると言っていたので、ユーラシアの東西とは言え、それなりにつながりがあるのだろう。打琴と称するものは、シュトラウス二世の「ヴィーンの森の物語」や「ハーリ・ヤーノシュ」に登場するマジャールの「ツィンバロン」を連想させるようだし、日本でも流行っている二胡はチェロそっくり。琵琶はリュートやギター。琴は、ピアノ(洋琴)やハープだろう。

ただ、彼女たちの音程感覚はどうなのだろうか?恐らく彼女たちもコスモポリタン的な平均律による音楽教育を受けてしまっているのではなかろうか?

CD+DVD(2DISCS)/PYCE-1001/
CD
1.奇跡
2.自由
3.世界に一つだけの花
4.香格里拉
5.五 拍 (Take Five)
6.川の流れのように
7.女児夢
8.阿拉木汗
9.劉三姐
10.ラブストーリーは突然に
11.山水
12.七拍
13.紫禁城
14.無詞 (No Words)
15.地上の星

DVD
1.自由(プロモーションビデオ)
2.奇跡(ライブ映像)
3.~14.メンバー紹介映像

メンバー紹介のDVDの一番最初に登場する琵琶の女性は、日本の女優・タレント白石美帆(現在、テレビドラマ「電車男」で問題OLを力演中)に瓜二つということに気が付いた。世界には自分に似ている人が5人いるというような俚諺があるようだが、その好例だろう。

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2005年5月12日 (木)

Enya "Watermark"

watermark には第一番目の意味として「水位線」というものがあるが、その他に「水で出来た染み/汚れ」という直訳的な意味もあり、また「(紙の)透かし(模様)」というものがある。最近、HOMEPAGEの素材集などにも WATERMARK(透かし) という語が普通に出ているので、なじみのある言葉になった。

さて、この5月の初めに日本国の天皇と皇后が、アイルランド共和国を非公式訪問しその後現在ノルウェー王国を公式訪問していることを *astroblog の記事で知った。

アイルランドの著名文化人であるフルーティストのジェームズ・ゴールウェイ氏や、このエンヤ氏とも歓談したという別の記事を読み、急にエンヤの「ウォーターマーク」を聴きたくなった。中古屋で探したところ、見つかった。¥1,000.-

"Watermark" は、1988年に日本でもヒットしたアルバムで、当時貸しCD屋で借りてカセットにダビングしてよく聞いたものだった。その後しばらくして、縁があってアイルランドと仕事上の関係が生じ、いろいろ調べ物をしたおりに、音楽分野でエンヤの名前が、ロックグループの "U2"のボノなどと同様頻繁に出てきたのを覚えている。当時参加していたNiftyの海外旅行フォーラムでは、彼女の父親の経営するパブを訪れると彼女本人にも出会えることがあるというビックリするような情報もあった。

ところで、以前にも気が付いていたのだが、改めてライナーノートの歌詞対訳を見てみると、ラテン語の歌詞の楽曲をアイルランド語と誤解して訳出していなかった。ネットで探したところ、そのことに触れたサイトがあり、「Enya(エンヤ)の歌詞(英訳付き)」からこのラテン語歌詞とアイルランド語歌詞を英語に訳したサイトを見ることができる。

さて、肝心の音楽だが、シンセサイザーと彼女自身のボーカルの多重録音を多用した音楽作りが当時は非常に新鮮だったのだが、今となっては風通しの悪さを感じさせるようになった気がする。特に、非エレクトロニクス(いわゆるアコースティック)の楽器(ハープ、ホイッスル、フィドル、ドラムなど)を用いたトラディショナルなアイリッシュ音楽に少し馴染んでいる者にとって、民謡の繊細さとジグなどのエネルギッシュさを併せ持つトラディショナル音楽とのギャップを感じる。当時はシンセサイザー全盛でテクノというジャンルもありYMOなども活躍していた。現在そちらへの興味も薄れたので現状は分からないが、電子音は相当飽きられてきたのではないだろうか?アコースティック系では最終曲に、伝統楽器のバグパイプが使われているようだが、逆に新鮮だ。

このアルバムの曲はたゆたいや揺らぎを感じさせるものが多い。レオナルドのスフマート(ぼかし技法)や、ターナーの霧や靄のようなあいまいさも連想させる。自分のようにトラディショナルなケルト音楽に拘らなければ、非常に上質な音楽ではある。

大ヒットした Orinoco Flow はこのアルバムでは Storms in Africa と並んで数少ないリズミックな曲の一つだが、歌詞を読むとオリノコ川の流れそのものを歌ったのではなく、世界各地の地名の一つとして挙げられているようだ。以前、アマゾン川の大逆流ポロロッカ現象と混同して、このオリノコフローがオリノコ川の洪水ということを表しているのかと誤解していたことがある。

このアルバムの前に発売された THE CELTS や エンヤが属していたことのある 家族による音楽グループ「クラナド」に興味が湧いてきた。

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