カテゴリー「ディスク音楽09 ジャズ、ロック、ポップスその他」の10件の記事

2010年7月18日 (日)

「ボヘミアン・ラプソディー」  クィーン オペラ座の夜 より

Queen_a_night_at_the_opeara


Queen "A Night At The Opera"

"Bohemian Rhapsody" を久しぶりに聴きたくてこの3月に購入したが、ブックオフでも人気があるらしく、パンフレットの状態などあまりよくないのだが、それなりの値段が付いていた。

この曲に馴染みがあるのは、1975年か1976年にこの曲が世界的なヒットを記録した相当後になって、弟がドーナツ盤を買ってきて聴き入ったため。

今となれば、Queen などとは、United Kingdom的にはやけに大胆な名前を付けたグループだと思うが、ロックにしては長い5分を越える所要時間と、メドレー的で劇的な音楽構成と、(後知恵だが)フレディー・マーキューリーの輝かしいヴォーカルに魅力を覚えた。

ドーナツ盤のB面は、このオペラ座の夜に収録されている "I'm In Love With My Car"だった。

ビートルズやサイモン&ガーファンクルは、自分の青春の一時代前の音楽という感じだが、カーペンターズのカレン・カーペンターの"I Won't Last A Day Without You","Yesterday Once More"の歌声と並んでこのクィーンの"Bohemian Rhapsody"のフレディー・マーキュリーのヴォーカルは、自分の青春前期の同時代を思い出せてくれる懐かしい曲だ。

 

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2010年1月27日 (水)

モーツァルトの誕生日 1756年1月27日生まれ 生誕254周年

昨年は奇を衒って、生誕253周年のところを254回目の誕生日などと書いたのだが、2010年は、満で数えると254周年となる。

1756年から1791年に掛けての日本史を 歴史データベース on the Web(歴史データ大型版 Ver.9.03)で検索し、興味のあるところを抜書きしてみた。

同時代人ということでは良寛さんのことを以前書いた(2008年7月16日 良寛さんとモーツァルトは同時代人だった!。良寛さんの誕生日はこのデータベースには出ていなかった)が、池波正太郎の『剣客商売』はちょうど田沼意次の時代、『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵は松平定信の時代というように、モーツァルトの同時代だったということが今更ながら分かった。

また、上杉鷹山も同時代人だったのだ! 

大国屋光太夫は、ロシアに漂流後、もしかしたら、ペテルブルグなどでモーツァルトの音楽を聴く機会があったかも知れないなどと想像するのは面白い。ちょうど、天正少年遣欧使(1585/03/23,天正13/02/22 日本の天正遣欧少年使節団一行が、グレゴリウス13世(83)に謁見する。)が、ローマでパレストリーナ(1525-1594)やビクトリア(1548-1611)の音楽を聴けた可能性があるあように。

1758/10/04,宝暦8/09/03
    田沼意次が加増されて大名となり、評定所へ出ることを許される。
1758/11/02,宝暦8/10/02
     良寛誕生。 江戸時代の曹洞宗の僧侶、歌人、漢詩人、書家。
      (没年1831/02/18,天保2/01/06)

1760/10/10,宝暦10/09/02
    家重の長男徳川家治が第10代の征夷大将軍になる。政治の舵取りは田沼意次になる。
1760/10/31,宝暦10/09/23
   葛飾北斎となる中島時太郎(鉄蔵)が江戸本所の割下水に誕生。
1760/11/30,宝暦10/10/23
    我が国初の麻酔手術を行う華岡青洲誕生。
1762/03/18,宝暦12/02/23
    奈良が大火にみまわれ、東大寺戒壇院、興福寺などが焼失する。
1762/05/03,宝暦12/04/10
    平賀源内が江戸湯島で物産会を開催する。
1762/11/29,宝暦12/10/14
    安藤昌益、没。60歳(誕生:元禄16(1703))。思想家。
1763/06/15,宝暦13/05/05
    俳人・小林一茶誕生。
1763/07/05,宝暦13/05/25
    本居宣長が松坂で国学者加茂真淵と会う(この年の暮れ、宣長は正式に真淵の門弟となり、手紙のやりとりで教えを乞い、「古事記伝」の完成へと向かう。
1767/07/04,明和4/06/09
    作家・滝沢馬琴誕生。
1767/07/26,明和4/07/01
    幕府が側衆の田沼意次を御用人とする。
1769/09/17,明和6/08/18
    御用人田沼意次が老中格に、西の丸老中板倉勝清が本丸老中になる。
1769/11/09,明和6/10/12
    青木昆陽、没。72歳(誕生:元禄11(1698)/05/12)。甘藷先生と呼ばれた。
1769/11/27,明和6/10/30
    賀茂真淵、没。73歳(誕生:元禄10(1697)/03/04)。国学の大家。
1770/07/07,明和7/06/15
    鈴木春信、没。46歳(誕生:享保10(1725))。錦絵の創始などで浮世絵画法を革新した。
1771/04/18,明和8/03/04
    杉田玄白が浅草の茶店で中津藩医の前野良沢と会い、小塩原刑場に腑分けを見に行く。
1771/04/19,明和8/03/05
    解体新書の翻訳を開始する。3年6ヵ月を要す。
1771/06/14,明和8/05/02
    藩政改革に着手した米沢藩主上杉治憲(鷹山)が、儒学者細井平洲を招く。
1772/02/18,明和9/01/15
    田沼意次が老中に就任する。異例の抜てき。
1773/08/14,安永2/06/26
    米沢藩主上杉鷹山の藩政改革を批判して、重臣7人が訴状を提出する(七家騒動)。
1773/08/17,安永2/06/29
    平賀源内が秋田藩主佐竹曙山の招きにより秋田へ向かう。
1776/08/17,安永5/07/04
    平賀源内がエレキテルを完成させる。
1776/10/06,安永5/08/24
    国学者の平田篤胤が秋田藩に誕生。
1783/01/11,天明2/12/09
    [ロシア暦12月31日]伊勢国白子の船頭の大国屋光太夫の船神昌丸が江戸送りの米を積んでこの日白子の港を出帆するが、まもなく駿河の沖で遭難し、楫なしで8ヵ月漂流する。
1783/08/05,天明3/07/08
    浅間山、空前の大爆発。火砕流で鎌原村が埋り、死者466人。
1783/08/16,天明3/07/19
    [ロシア暦8月6日]大国屋光太夫らがアリューシャン列島に漂着する。
1784/01/17,天明3/12/25
    与謝蕪村、没。68歳(誕生:享保1(1716))。
1784/04/12,天明4/02/23
    志賀島の農民甚兵衛が、田から「漢委奴国王印」と刻まれた金印を発見する。
1786/09/19,天明6/08/27
    田沼意次が老中を解任される。
1787/08/02,天明7/06/19
    松平定信が老中に就任し、田沼政治の一掃を図る。寛政の改革に着手。
1787/09/04,天明7/07/23
    二宮尊徳が相模国足柄上郡栢山村に誕生。
1788/06/02,天明8/04/28
    長谷川平蔵が火付盗賊改の役を解かれる。
1788/10/30,天明8/10/02
    長谷川平蔵が再び火付盗賊改の役に就く。
1789/04/09,寛政1/03/14
    三浦梅園、没。67歳(誕生:享保8(1723)/08/02)。思想家で条理学。
1790/07/06,寛政2/05/24
    幕府が、朱子学を正学と定め、湯島聖堂での正学以外の異学の教授禁止を通達する。
1791/02/17,寛政3/01/15
    大国屋光太夫らがイルクーツクを出発し、帰国懇願のためペテルスブルグに向けて出発する。
1791/06/08,寛政3/05/07
    [ロシア暦5月28日]大国屋光太夫がツァールスコエ・セローで初めてエカテリーナ女帝に拝謁かなう。
1791/10/10,寛政3/09/13
    [ロシア暦9月29日]エカテリーナ2世が大国屋光太夫に同情しイルクーツク知事に対日遣使勅令を発する。
1791/10/31,寛政3/10/05
    [ロシア暦10月20日]大国屋光太夫がエカテリーナ2世に再度謁見を許され、手づから金牌を授与される。

今日は、モーツァルトの誕生ではあるが、コルトレーンの『至上の愛』 A Love supreme を初めて聴いてみたり、Queen の "A Night At the Opera" を聴いてみたりもした。

Coltrane_a_love_supreme

モーツァルトの曲は、マルコム・ビルソンのフォルテピアノ、ガーディナー指揮のイングリッシュ・バロック・ソロイスツによるピリオド楽器のモーツァルトとしては比較的初期の1987年の録音で、「クラヴィア」協奏曲第22番変ホ長調K.482と 有名な第23番イ長調K.488の2曲を寛ぎながら聴こうと思う。

Mozart_p_concerto_2223_bilson_gardi

下記は、珍しいリヒテルとブリテンの共演による第22番の第1楽章。(初めてYoutubeを貼り付けてみたが、結構簡単で驚いた。)

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2009年9月 5日 (土)

ビートルズもグレン・グールドと同じように「スタジオ・ミュージシャン」だった

普通に使われる「スタジオ・ミュージシャン」の意味は、WIKIPEDIAにも出ているが、ここでいうのは、公開の場で演奏をせずに、録音スタジオにこもってレコードを作製し、それを発表する音楽家のこと。

先日、ビートルズのアルバム「アビー・ロード」の発売40周年とかいうことで、まだ残っているアビーロードスタジオ近くの横断歩道に多くのファンが集まっている様子がテレビニュースで紹介されていた。そして、ビートルズの新しいディジタル・リマスターが発売されるということで、ブックオフなどでは1990年代にCDとして発売されたアナログよりも音質がよくないという評判のある現役盤CDがそろそろ結構売りに出ているようで、さきごろ、赤盤(1962-1966), 青盤(1967-1970)を廉価で入手してきた。公式のベストアルバムで、熱狂的なファンではない自分にとってもほとんどの曲は耳なじみのものだった。

ビートルズの来日公演やアメリカを初め、全世界のファンの熱狂的な様子の古い映像をテレビなどでみていたが、当然1970年の解散までホールやアリーナ、スタジアムなどでのコンサート活動は続けていたものだろうと漠然と思っていた。

ところが、この赤盤の方の解説を読むと、(観衆の熱狂的な歓声が大きすぎて)「ザ・ビートルズはだれにも聞こえない演奏を『あやつり人形』のようにくりかえすことに疲れ、1966年8月にライヴ活動を中止してしまったのだ。」と書かれていて、驚いた。

自分にとってはビートルズよりも馴染み深いグレン・グールドが宣言した1964年の「コンサート・ドロップアウト」とは、その意味も背景も異なるが、20世紀後半を代表するグールドというピアニストと、同じくポップミュージックを代表するこのビートルズが同様にスタジオにこもって音楽を外部に発表し続けたという類似の現象に、今更ながら面白さを感じた。

赤盤の2枚目あたりから、中期から後期の代表曲を網羅している青盤は、その意味では、コンサートでは演奏されなかった(テレビのスタジオ収録などでの放映があったのかは分からないが)曲がほとんどだということになる。特に青盤では、多重録音や様々な録音テクニックも駆使されていて、当時の技術ではこれをそのままコンサートで生演奏するのは困難な内容になっているという。

こんなことは当然の知識なのかも知れないが、自分にとってはユーレカだった。

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2009年4月25日 (土)

カーペンターズ 結成40周年 (1969年4月22日命名)

4月22日朝7時台のNHK総合テレビのニュースで、その日がアメリカの1970年代に活躍した兄妹によるThe Carpenters の結成40周年ということで、朝の時間には珍しく、10分程度の特集的な放送をしていて、忙しい時間帯ながらつい見入ってしまった。(Wikipedia によると 命名日だそうだ。)

今日、CD棚を探したところ、1995年日本のテレビドラマのオープニングとエンディングが使われたときに妻が購入した「ベスト盤」が出てきたので、iTunesに取り込んで、聴き始めた。

中学生の頃、ちょうど彼らの全盛期にあたり、アメリカでのヒット情報がそのまま日本にも伝わり、当時はドーナツ盤で発売されたヒット曲のいくつかが、LP2枚組みのベスト盤とともに今でも実家のレコードケースに眠っている。L

今晩こうしてCDからリッピングした圧縮音楽情報で聴いてみていると、さすがに隔世の感はあるが、カレン・カーペンターのヴォーカルと、リチャード・カーペンターのアレンジは(自分にとっては)まったく古臭さを感じさせない。

先日、スーザン・ボイルの美声のことを書いたが、カレンのヴォーカルも声そのものが非常に魅力的だ。声域的にはアルトになるので、高音の輝きや透明感などよりも、穏やかで暖かな声質、そして幸福感の中に垣間見える憂いのような表情が非常に魅力的だと思った。

もうすっかりおじいさんに近くなったリチャード・カーペンターがインタビューに答え、一番好きな曲は、カレンが好んでいた「青春の輝き I need to be in love」と語っており、それに対してちょうど男性アナウンサーが「私は Close to you」という直前に、私も家族に「Close to youかな」と言ったばかりだったので、そのアナウンサーに親近感を覚えた。"I Won't Last A Day Without You", "For all we know" も久しぶりに聴いたがつい聞き入ってしまった。

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2007年12月 3日 (月)

ジャック・ルーシェ・トリオ プレイ・バッハ1,2

Play_bach_jacques_loussier 日経BPのセカンドステージというページをメルマガで購読しているが、ときどき面白い記事が掲載される。

今回のジャック・ルーシェのプレイ・バッハは、小川隆夫という筆者による「大人スタイル 永遠のジャズ」というコラムで紹介された。

私が持っているのは、プレイバッハ1、2というものだが、このコラムによると、第4集まで録音されているらしい。

Modern Jazz Quartet や、Swingle Singers などジャズ畑でバッハを取り上げるケースは少なくないようだが、このルーシェのピアノと、ドラムス、ベースのピアノトリオによるバッハは、ルーシェのものすごい指捌きもあって、相当爽快なバッハを聴く事ができる。それに、テンポのゆっくりな曲もスイング感とはちょっと違う、たゆたう感じがあって、結構面白い。

Disc 1  G線上のアリア/2声のインヴェンションよりNo.8/シチリアーノ/トッカータとフーガ・ニ短調/主よ人の望みの喜びよ/イタリア協奏曲/目覚めよと呼ぶ声あり/協奏曲BWV1052 など

Disc2 クラヴィア協奏曲 BWV1054,1060,1056/ 小フーガ・ト短調/ガヴォット/パッサカリア・ハ短調/パルティータ・ホ長調など 

名曲が目白押しで、そのジャズ編曲(というのか)も、テーマとジャズ風の編曲という感じで非常に面白い。

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2007年9月 5日 (水)

パッヘルベルのカノンの「コード進行」と『少年時代』

井上陽水『少年時代』の序奏と パッヘルベルのカノンの「コード進行」が似ている?

久しぶりに『少年時代』のCDを聴いたら、小学生の息子たちが言うのだが、本当だろうか?

以前、パッヘルベルのカノンを聴き比べた折に、いろいろなサイトにあたったところ、このカノンの「コード進行」(バロック時代の曲なので後の古典派以降の和声的な考え方はあまりなかったと思うのだが)が、現代の日本の歌謡曲、ジャパニーズポップスの世界でも数多く使われているというのが実例を挙げていたものがあった。この『少年時代』は残念ながら入っていないが、前奏の冒頭はよく似ているように思う。

追記:2007/09/19

アクセス解析をみていたら、最近この記事へのアクセスが日に数件あるので、リンク元をみてみたら 「2007/09/17 ZARD(坂井泉水)をJポップの主役にのし上げたビーイング楽曲制作の手法」というBlog記事にこの記事へのリンクが張られていたのだった。

なお、バロック時代にも通奏低音のベース声部の上にチェンバロなどで和声が充填される数字付き和声があり、その動きを追えば、コード進行とほぼイコールになるのだという基本的な知識を忘れていた。

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2005年7月26日 (火)

女子十二楽坊 ~Beautiful Energy~

少々流行遅れだが、ブックオフで見つけて購入。一時期はテレビでもCMが流れたり、特集番組を何本もやっていたりだったが、このところとんと消息を聞かなくなってしまった。時の移ろいは早い。

中国伝統楽器といっても、特に横笛の仲間は、少数民族に伝わるものだという。ベースやリズムは現代楽器で補っているのが少々惜しいが、それなりに室内オーケストラにはなっている。先日読んだ司馬遼太郎の対談集で、もともと現代オケを構成する西洋楽器も古代中央アジア起源のものが多くウィグル族などは集まれば音楽と踊りが始まると言っていたので、ユーラシアの東西とは言え、それなりにつながりがあるのだろう。打琴と称するものは、シュトラウス二世の「ヴィーンの森の物語」や「ハーリ・ヤーノシュ」に登場するマジャールの「ツィンバロン」を連想させるようだし、日本でも流行っている二胡はチェロそっくり。琵琶はリュートやギター。琴は、ピアノ(洋琴)やハープだろう。

ただ、彼女たちの音程感覚はどうなのだろうか?恐らく彼女たちもコスモポリタン的な平均律による音楽教育を受けてしまっているのではなかろうか?

CD+DVD(2DISCS)/PYCE-1001/
CD
1.奇跡
2.自由
3.世界に一つだけの花
4.香格里拉
5.五 拍 (Take Five)
6.川の流れのように
7.女児夢
8.阿拉木汗
9.劉三姐
10.ラブストーリーは突然に
11.山水
12.七拍
13.紫禁城
14.無詞 (No Words)
15.地上の星

DVD
1.自由(プロモーションビデオ)
2.奇跡(ライブ映像)
3.~14.メンバー紹介映像

メンバー紹介のDVDの一番最初に登場する琵琶の女性は、日本の女優・タレント白石美帆(現在、テレビドラマ「電車男」で問題OLを力演中)に瓜二つということに気が付いた。世界には自分に似ている人が5人いるというような俚諺があるようだが、その好例だろう。

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2005年7月17日 (日)

大貫妙子 Library ~ Anthology 1973-2003 ~

いつも通り会社帰りにブックオフに立ち寄ったが、クラシックコーナーには以前のように食指を動かすような出物もない。QUEENのボヘミンアンラプソディなど聞いてみたいと探すが、最近のブームもあるのか在庫は払底しているようだ。

学生の頃、大貫妙子のアルバムを一枚買ったことがある。カイエというフランス名をもつLPで、チェロの演奏が印象に残っている。確か、「若き日の望楼」「夏に恋する女たち」もヴォーカルが入らないバージョンで収録されていたような記憶がある。本物のフランスよりもいくらか少女趣味的に美化された洒落た空想のフランス。自分的には似合わない世界だが、そんなものに憧れたこともあったのかも知れないとしばらく自問自答・・・

さて、このCDだが、じめじめとした毎日、何かカラッとした爽やかなボーカルはないかと考えていたら見つかった。「カイエ」があればと思っていたら、思わぬみつけものをした。2003年に発売されたこのベスト盤は、大貫妙子のシュガー・ベイブでのデビュー1973年から2003年までの自選集。
http://www.toshiba-emi.co.jp/onuki/library/library.htm

昔懐かしい、「ピーターラビットとわたし」「メトロポリタン美術館」なども収録されている。子どもたちに聴かせたら結構受けていた。

最近の大貫妙子は、動物研究のフィールドワーカーとしてアフリカあたりに出没しているという。不思議な人だ。

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2005年5月13日 (金)

U2 "POP"

昨日の ENYA "WATERMARK" に続いて、珍しく Classical music のジャンルに含まれない分野のCDを購入した。POPは1998年頃発売されたもので、自分にとってはまだ新しいロックになる。

ビートルズ、サイモン&ガーファンクル、クイーン、ビリー・ジョエルなど少しは聞いてきたが、U2は名前をよくみかけるのにこれまでまったく聞いたことがなかった。

いつもの中古店を覗くと、廉価棚に U2 の "POP" が一枚だけ置かれており、ライナーノートも非常に分厚く、ディスコグラフィー付きだというので、さわりだけでも聞いてみようと購入。¥750.-

いきなりステレオで音を出すと、家人に「父ちゃんはいったいどうしたんだ?」と思われるので、こっそりヘッドフォンで聞いてみた。

(感想は別途)

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2005年5月12日 (木)

Enya "Watermark"

watermark には第一番目の意味として「水位線」というものがあるが、その他に「水で出来た染み/汚れ」という直訳的な意味もあり、また「(紙の)透かし(模様)」というものがある。最近、HOMEPAGEの素材集などにも WATERMARK(透かし) という語が普通に出ているので、なじみのある言葉になった。

さて、この5月の初めに日本国の天皇と皇后が、アイルランド共和国を非公式訪問しその後現在ノルウェー王国を公式訪問していることを *astroblog の記事で知った。

アイルランドの著名文化人であるフルーティストのジェームズ・ゴールウェイ氏や、このエンヤ氏とも歓談したという別の記事を読み、急にエンヤの「ウォーターマーク」を聴きたくなった。中古屋で探したところ、見つかった。¥1,000.-

"Watermark" は、1988年に日本でもヒットしたアルバムで、当時貸しCD屋で借りてカセットにダビングしてよく聞いたものだった。その後しばらくして、縁があってアイルランドと仕事上の関係が生じ、いろいろ調べ物をしたおりに、音楽分野でエンヤの名前が、ロックグループの "U2"のボノなどと同様頻繁に出てきたのを覚えている。当時参加していたNiftyの海外旅行フォーラムでは、彼女の父親の経営するパブを訪れると彼女本人にも出会えることがあるというビックリするような情報もあった。

ところで、以前にも気が付いていたのだが、改めてライナーノートの歌詞対訳を見てみると、ラテン語の歌詞の楽曲をアイルランド語と誤解して訳出していなかった。ネットで探したところ、そのことに触れたサイトがあり、「Enya(エンヤ)の歌詞(英訳付き)」からこのラテン語歌詞とアイルランド語歌詞を英語に訳したサイトを見ることができる。

さて、肝心の音楽だが、シンセサイザーと彼女自身のボーカルの多重録音を多用した音楽作りが当時は非常に新鮮だったのだが、今となっては風通しの悪さを感じさせるようになった気がする。特に、非エレクトロニクス(いわゆるアコースティック)の楽器(ハープ、ホイッスル、フィドル、ドラムなど)を用いたトラディショナルなアイリッシュ音楽に少し馴染んでいる者にとって、民謡の繊細さとジグなどのエネルギッシュさを併せ持つトラディショナル音楽とのギャップを感じる。当時はシンセサイザー全盛でテクノというジャンルもありYMOなども活躍していた。現在そちらへの興味も薄れたので現状は分からないが、電子音は相当飽きられてきたのではないだろうか?アコースティック系では最終曲に、伝統楽器のバグパイプが使われているようだが、逆に新鮮だ。

このアルバムの曲はたゆたいや揺らぎを感じさせるものが多い。レオナルドのスフマート(ぼかし技法)や、ターナーの霧や靄のようなあいまいさも連想させる。自分のようにトラディショナルなケルト音楽に拘らなければ、非常に上質な音楽ではある。

大ヒットした Orinoco Flow はこのアルバムでは Storms in Africa と並んで数少ないリズミックな曲の一つだが、歌詞を読むとオリノコ川の流れそのものを歌ったのではなく、世界各地の地名の一つとして挙げられているようだ。以前、アマゾン川の大逆流ポロロッカ現象と混同して、このオリノコフローがオリノコ川の洪水ということを表しているのかと誤解していたことがある。

このアルバムの前に発売された THE CELTS や エンヤが属していたことのある 家族による音楽グループ「クラナド」に興味が湧いてきた。

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