カテゴリー「DPM」の10件の記事

2010年4月 6日 (火)

ソロモン ベートーヴェン ピアノソナタ第29番『ハンマークラフィーア』

Beethoven_late_sonata_solomon 今日もベートーヴェンの後期のソナタ。

弾くほうにも聴く方にも難曲だと思うこの曲、ピアノソナタ第29番作品106。

シュナーベル、ソロモン、ケンプ、グルダ、そして今回入手したDMPに入っていたギレリスで聴いてみようと思い、挑戦をしてみた。集中的に聴いたのはソロモンの演奏。

参照楽譜は、音楽之友社版の「ベートーヴェン ソナタアルバム3」もの。

特に聴く方にとっては、第4楽章のフーガが難曲だ。これは、弦楽四重奏曲『大フーガ』と並んで、私にとってはいわゆる理解しがたい方の音楽の類だと思う。J.S.バッハ風のフーガであるならばまだ耳が慣れているが、このピアノソナタと弦楽四重奏曲の大規模な『大フーガ』は何度聴いても、形式的感覚的な把握が困難で音楽として楽しめないままでいる。フーガという幾何学的な厳密さのある形式にも関らず、この二つの曲にはどうも息の長い旋律としてのフーガ主題が魅力的ではないようで、短い動機がどのようにフーガを構成しているものか、どうも把握できないままでいる。

◎シュナーベル 〔1935/11/3-4〕   8:45(提示部リピート有り 1:57 = リピートの1括弧直前まで)/2:38/17:56/11:05 〔ロンドン、アビーロード第3スタジオ〕

◎ソロモン 〔1952/9/15-16,11/21-22〕  10:08(提示部リピート有り 2:14)/2:30/22:20/12:37 〔ロンドン、アビーロード第3スタジオ〕

◎ケンプ 〔1964/1〕 8:49(提示部リピート無し 2:38)/2:42/16:27/12:06  〔ハノーファー、ベートーヴェンザール〕

◎グルダ 〔1967/7-8〕 9:23(提示部リピート有り 2:04)/2:15/13:35/11:21 〔ヴィーン、オーストリア放送、クラゲンフルトスタジオ〕

◎ギレリス 〔1982/10〕  12:24(提示部リピート有り 2:43)/2:53/19:51/13:38 〔ベルリン、イエス・キリスト教会〕 Decca Piano Masters CD10

このように手持ちのCDを並べてみると、所要時間の違いに結構驚かされる。

楽譜にはメトロノームテンポも書かれているが、このメトロノームが『第九』のそれと同様、ベートーヴェンの使っていた発明されたばかりのメトロノーム自体がうまく調整できていなかったのではないかと議論になっているもの。

第1楽章 Allegro 二分音符=138 2分の2拍子 変ロ長調 (提示部繰り返し指定あり)

第2楽章 Scherzo 付点二分音符=80 四分の三拍子 変ロ長調 

第3楽章 Adagio sosutenuto 八分音符=92 八分の六拍子 嬰へ短調

第4楽章 Largo 16分音符=76 Un poco piu vivace - Allegro - Prestissimo - Allegro risoluto 四分音符=144 四分の三拍子 変ロ長調 (Fuga a tre voci, con alcune licenze)

この中ではとりわけシュナーベルは、細部の弾き飛ばしはものともせずこのメトロノームのテンポに果敢に挑戦していることでも聞く価値のある録音とされる。

(相当以前、midi による打ち込みが盛んだった頃に、不可能に近いと言われていたこの楽譜の指示通りの演奏を実現したと話題になったCD化されたmidiデータがあったように記憶している。)

一方、ソロモン(・カットナー)は、UK生まれのピアニスト。吉田秀和の『世界のピアニスト』にもソロモンのベートーヴェンが特別に取り上げられているほどで、腕の故障がなければ20世紀後半にも活躍したことだろうにと、惜しまれるピアニストだ。非常に硬質な音と峻厳なほどの姿勢のよい音楽を奏でる音楽家で、この大曲『ハンマークラフィーア』も、ミケランジェロ的な静かな巨大さを感じさせてくれる。


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2010年2月 4日 (木)

リスト ピアノ協奏曲第1番 ブレンデル、ハイティンク/LPO(1972)

Brahms_liszt_pianocon_1_brendel

Franz Liszt (1811-1886)
Piano Conderto No. 1 in E flat major
   - 1. Allegro maestoso 5:36
   - 2. Quasi adagio - Allegretto vivace - Allegro animato 8:37
   - 3. Allegro marziale animato 4:08

Alfred Brendel(piano)  Bernard Haitink / London Philharmonic orchestra [1972]

CDをiTunesに取り込んだままほとんど聴くことのなかったリストのピアノ協奏曲第1番を久しぶりに聴いた。若い頃のブレンデルとハイティンクの共演盤。

さて、この曲の入門は、リヒテルとコンドラシン指揮のロンドン響(フィリップス)という重量級の録音のLPで、豪快さと精緻さを兼ね備えたリストを堪能したので、それに続いて音盤を求めることはなかったが、昨年初めにブレンデルのこの録音を購入してiTunesに入れていたのをすっかり忘れていた。 これは、企画盤で、アバド/BPOとのブラームスの2番とカップリングされたもの。

今晩改めて聴いてみて、結構楽しめた。

すでに40年近く前の録音だが、ステレオイアフォンでも聞き苦しくない。少し音が丸みを帯びているのはフィリップス録音の特徴なのかも知れない。歪み感や音割れ、ビリツキなどはほとんどない。

リストの曲は、ケレンが必要な要素だという先入観があるが、ブレンデルは若い頃からリスト弾きでありながら、決してケレン味を出さず、誠実に音楽と向き合っている感じがする。この交響詩風のラプソディックな音楽が、少し品格がアップしたように聞こえる。ハイティンクはもう一つの常任?だったロンドン・フィルを指揮している。こちらもリストにしては上品だが、ブレンデルともども少々引っ込み思案的なリストに聞こえる部分もある。

DPMには、ジャン・イヴ・ティボーデのピアノとデュトア指揮モントリオール交響楽団によるリストのピアノ協奏曲2曲他が収録されている。このブレンデルに比べるとティボーデはさらに大人しいが、デュトア指揮のオーケストラ部は聞き応えがある。

品格と言えば、今日大相撲の横綱朝青龍(あさしょうりゅう)が引退した。幕内優勝25回を数えるモンゴル出身の力士だが、血の気が多すぎたのか、一般人への暴力の疑いという粗暴な行為がたたって結局引退に追い込まれた。モンゴル出身の力士の先駆的な存在だたようだ。大相撲中継を見ることもなくなって久しいが、それでもライバル横綱で同じモンゴル出身の白鳳との勝負は見ごたえがあった。

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2010年1月 9日 (土)

F.グルダ シュタイン/VPO の ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番

昨年の正月のバックハウスのステレオ録音による『皇帝』に続いて、この新春も『皇帝』を聴いた。

フリートリヒ・グルダとホルスト・シュタイン、ヴィーナー・フィルハーモニカー(ウィーン・フィル)による有名な録音。

Beethoven Piano Concerto #5 in E Flat, Op. 73, "Emperor"(皇帝)

Friedrich Gulda (piano)
Horst Stein/ Vienna Philharmonic Orchestra

1. Allegro 21:12
2. Adagio Un Poco Mosso 8:51
3. Rondo(Allegro) 10:40 
 iTunesのタイミングによる

1970年録音。

音盤としては、何度も再発されたLPで廉価盤、書店扱いの廉価盤CD、そして今回のDecca Piano Masterworks(DPM)と 3種類の重複になる。Londonレーベルとなった再発廉価盤LPには、吉田秀和『世界のピアニスト』所収のグルダ賛が非常に細かい文字で掲載されていたのを思い出す。

バックハウスの透明感のあるピアノの音色と、安定した解釈、表現が刷り込みだったので、このLPの冒頭のカデンツァを初めて聴いた時には、レコードプレーヤーの針先にホコリが付着して音がビリ付いているのかと思ったほど独特なピアノの音色で少し戸惑ったのを思い出す。針先をクリーニングしても同じ音だったし、その後聴いている2種類のCDでも同じ傾向の音が聞こえるので、これがグルダのピアノの音であることは確実だ。

グルダのアマデオ原盤によるベートーヴェンのピアノソナタ全集での使用ピアノが何かは議論があるところだが、この協奏曲集は、議論を俟たずベーゼンドルファーとのことだ。(とすると、バックハウスの透明感のあるピアノの音はスタインウェーだろうか?)

DPMには、グルダとホルスト・シュタイン指揮ウィーン・フィルによる全集ではなく、第1番のみクラウディオ・アラウとハイティンク/ACOの演奏のものが収録されている。グルダの全集は名盤中の名盤であり、こういう収録もいいのかも知れない(DPMは、さすがに全集としての収録はさすがに避けているようだ。このような廉価で全集を揃えられたらたまったものではない。)

このところ、音楽を楽しむ機会がめっきり減り、落ち着いて音楽を聴くのが久しぶりなので、非常に音楽が耳に沁みるような感じがする。グルダのピアノの音色も冒頭こそユニークだが、単音でメロディーを奏でる部分などうっとりとするほど透明感がある。

第1楽章の勇壮さや豪快さはもとより素晴らしいが、第2楽章の静謐な Adagio Un Poco Mossoは、冒頭主題の5度上昇の動機をレナード・バーンスタインが「ウェスト・サイド・ストーリー」の"Somewhere"に引用したことも知られているが、音の少ないこの楽章を「聞かせる」のは難しいものだろうと思う。

1970年の録音といえば、今から40年も前の歴史的な録音になるのだろうが、iTunesで圧縮して小型ステレオイアフォンで聴いてもまったくビリ付きも埃っぽさもなく、十分音楽に没頭できるのはうれしい。この点、下記のギレリスとセルとの録音やフライシャーとのセルの録音などは、音質的に万全ではなく、演奏が素晴らしいので、余計にもったいないと思う。

この「皇帝」協奏曲は、ナポレオンの軍隊がヴィーンを攻撃しているさなかに作曲されたものだが、そいういえば先日の「フランス革命」(世界の歴史)には、文化・芸術的な記述はほとんどなく、詳しいとは言え、政治史が主だった。共和主義者だったベートーヴェンが、かつての共和制のアイドル、ナポレオン軍の攻撃をどのように感じながら、この勇壮で、美しく、活気があり、堂々とした協奏曲を創造したものだろうか、などと思いながら聞き入った。

参考記事:

2008年7月18日 (金) ルドルフ・ゼルキン、小澤/BSOによる『皇帝』

2007年7月12日 (木) セルとギレリスの『皇帝』(米EMI盤)

まだ取り上げていない音盤
フライシャー、セル/クリーヴランド管
アシュケナージ、メータ/VPO
ルービンシュタイン、バレンボイム/LPO

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のだめカンタービレ #22, #23(最終巻)

ここ数年漫画、ドレマ、アニメーションと楽しませてもらった「のだめカンタービレ」の原作がとうとう最終巻を迎えた。スペシャルドラマのパリ編が2008年の正月早々の放送で、昨年末からは最終楽章ということで、クラシック音楽ファンにとっては聖地の一つであるヴィーンのムジークフェライン・グローサー・ザール(楽友協会大ホール)での現地ロケを行ったとのことで、早速映画を見に行かれた方も多いようだ。

最終巻の後付を見ると、2009年11月27日第1刷発行とあるので、すでに1ヶ月以上経過してしまっているし、#22のほうは、2009年8月10日第1刷発行。

この年末に風邪で休養しているときに、全巻取り出してきて全23巻を通読してみた。カテゴリーに、漫画「のだめカンタービレ」などと年甲斐もなく作成しているので、ラスト2巻の感想を簡単にメモしておきたい。

第22巻は、2008年9月 4日 (木) のだめカンタービレ#21 での序奏的な部分に始まり、最終楽章のクライマックスが奏でられたという印象だ。既に発刊後相当経過しているので、ネタバレ的に書くと、#21のラストで暗示されたシュトレーゼマン(のだめには相変わらず「ミルヒー」)との共演が実現し、いきなりの世界デビューとなる。曲目はショパンのピアノ協奏曲第1番。このあたりの描写は、二ノ宮知子の真骨頂で、音楽が聞こえてくるし、音楽を聴きたくなる。この描写で連想したのは、アルゲリッチならぬ、ツィメルマンの弾き振りの有名なロマンチックな解釈のオーケストラが聴ける録音だった。(参考記事の中でちょこっとこの録音に触れている。) 最近聴いた中では、1994年録音のオリ・ムストネンのピアノとブロムシュテット指揮サンフランシスコ響のもの(DPM、こちらに的確な寸評記事あり)が、絶滅危惧種的なロマン派ではなく、新しいユニークなショパンを聴かせてくれていたが、のだめとミルヒーはこの路線ではないだろう。

鮮烈なデビューに世界中は大騒動、このところ体調が優れなかったミルヒーものだめのピアノに刺激されすっかり元気を取り戻したのだが、のだめはこのミルヒーとの共演で力を出しつくし、雲隠れ。しかし、のだめをパリに呼んでくれて指導中のオクレール教授がのだめの突然の休学、デビューにも関らずのだめを見捨てていないようなのが救いか。のだめのエジプト行きは、マーラーの交響曲第2番「復活」に掛けた「蘇り」への暗示だろうか?また、真一と父のピアニスト雅之との再開は?

そして、第23巻が最終楽章。のだめは、復活できるのか。

まだ、この巻は発売されてからあまり間がないので、ネタバレは自粛。これだけの長編だったが、フィナーレとしては、ベートーヴェン的なコーダの主和音の強調ではなく、ゴルトベルク変奏曲のように、最初のテーマや途中にエピソードが再現されたような形で、比較的あっさり終わり、余韻を残してくれた。私としては、それほど不満がない。あのエピソードも、このエピソードも膨らませれば・・・という希望はあったが、オクレール先生にも、ニナ・ルッツにも認められたので、・・・という風に、想像の余地がある終わり方もいいのではなかろうか?

なお、映画の公開に併せて、1月15日(00:45)からはフジ系の深夜アニメ「NOITAMINA」で、のだめカンタービレ フィナーレ が放映されるという。映画も見たいが、こちらで我慢か?

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2009年9月29日 (火)

アリシア・デ・ラローチャを偲んで シューマンのピアノ協奏曲を聴く

スペイン生まれの名ピアニスト、アリシア・デ・ラローチャが亡くなったというニュースが先日の新聞の訃報欄に載っていた。享年86歳だったとのこと。

アルベニスなどのスペイン物以外に、なぜか縁があったのは、彼女のシューマン。「謝肉祭」(カルナバル)のCDを初めて買ったのは、彼女の演奏だった。また、DPMには、デュトア指揮のロイアル・フィルがバックを務めたピアノ協奏曲が収録され、その録音のことそそれまで知らなかったので、興味深く聴いた。

彼女はモーツァルトの演奏でもよく知られていたが、アルベニスなどの難曲をバリバリ弾く力も持ち、シューマンもよく手中に収まった音楽になっており、エキセントリックなところの多いシューマンの音楽だが、彼女の演奏では安心して聴ける感が強く持てた。ピアノ協奏曲も衒いのない誠実な演奏で、音も美しく、もしかしたらクララ・シューマンが弾いた演奏はこのようなものではなかったかと連想が働くような幸福な雰囲気の音楽になっている。

冥福を祈りたい。

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2009年2月 3日 (火)

今日は節分

恒例の豆まきをしたけれど、今年の鬼の面は、妻の弟が職場からもらってきたという加藤茶のちょびひげ小父さんを鬼にしたユーモラスなもので、子ども達がかぶりたがり、私と妻が鬼は外、福は内を「小声で」叫んで、鬼は外に出てもらい、福を内に呼び込んだ。食事は、コンビニを中心にいつの間にか東日本にも広まった恵方巻きという太巻きを食べたり、ヒイラギの葉はないが、鰯の目刺しを焼いて頭を玄関先に出して、追儺、鬼やらいの真似事をした。

朝の通勤時にふと見ると、天神社の白梅が既にほころんでおり、明日はさすがに春立つ日となるわけで、寒さは一番厳しい折だが、春はすぐそこまで来ているようだ。ヴィヴァルディの有名な『四季』の冬の第三楽章は氷の上を滑らないように歩くさまを描写する音楽だが、その後半で一瞬、春風の予感を象徴するかのように、『春』の第一楽章の変奏されたモチーフがかすかに表れるところがあるが、その後激しい吹雪が襲来して厳しい冬が続くことを暗示する。3月下旬の彼岸の中日、春分の日の頃まで寒さが続く。

1809年の今日は、メンデルスゾーンが生まれた日で、満で数えるとちょうど200歳、生誕200年の記念日にもあたる。Decca Piano Masterworks に入っているメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番ト短調Op.25(1831年), 第2番ニ短調Op.40(1837年)(シフとデュトワ指揮のバイエルン放送響という珍しい組み合わせ)を初めて通してきいてみた。メンデルスゾーンらしく軽快で妖精的な魅力のある曲だが、少し散漫な印象だ。

そう言えば、昨日未明に長野、群馬県境の浅間山が久しぶりに噴火したという。実家からの電話では、長野県側は平穏だったようだが、今思えば昨朝出勤するときにそれほど気温が低くなく霜のような輝きがないのに景色がやけに白っぽかった。昨日帰宅後、家族と話すと、外の駐車場にとめてある車にも火山灰がかかっていたというし、子どもも登校時に道が白く不思議に思っていたら、友達から浅間山の火山灰のようだと教わったという話が出た。私が中学校時代には、浅間山の活動が久しぶりに活発になり中規模の噴火が何度か繰り返され、授業中にズシンという音がして、クラス中(学校中)が一斉に北側の窓を見て、噴煙があがる様を見たのを思い出す。こちらに転勤してからも数度噴火があり、一度、集合住宅のベランダの手すりに薄く火山灰がついていたことがあった。正月に帰省したときには、いつもより噴煙の量が多いようだと思っていた。しかし、冬なので水蒸気が大量に見えるのかも知れないとそのときは思ったが、少し活動が活発化してきていたのかも知れない。

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2008年12月20日 (土)

シフはもちろんだがコチシュもなかなか DPM22,39&40

2008年も残すところ10日余りだ。明日21日は冬至。

the winter solstice

midwinter

冬至から いの節だけ 伸びる

冬至 十日は 居座り〔冬至 十日は 日の座り〕

冬至 冬中 冬はじめ

さて、DPMには、これまでまったくCDを持っていなかったゾルターン・コチシュ(コチシュ・ゾルターン Kocsis Zoltan )の録音が数枚収録されている。ショパンのワルツ集(17曲)、そして大物がラフマニノフのピアノ協奏曲全集(第1番-第4番、パガニーニ変奏曲。ヴォカリーズのピアノ編曲版)がエド・デ・ワールト指揮のサンフランシスコ響との共演での録音だ。

コチシュは、1970年代に シフ・アンドラーシュ、ラーンキ・デジェーとともにハンガリーの若手ピアニスト三羽烏として紹介されたうちの一人で、当時はよくその名前や演奏を聞いたのだが、いつの間にか音盤的にはシフ一人飛びぬけた存在になっていたように感じていて、ラーンキとコチシュは私には「あの人は今・・・」的な状態だった。ところが、今回のDecca Piano Masterworks には上記のような大物が含まれていて今更ながら驚いたところだ。

気軽に聞いたショパンのワルツの、ストレートで鮮烈な演奏にも驚いたが、もっと驚いたのがラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の攻撃的とも言えるようなテンポの速い演奏だった。

自作自演のラフマニノフ盤が快速だというのはよく知られているが、私の持っているキーシン・小澤盤などは特に第一楽章が非常にゆっくりしており、全編少し緊張感がない音楽だと思っていたほどだった。ところが、コチシュの演奏は猛烈に速く、速度としての緊張感が保たれ、この速度で細部まで音楽を表現できるのかと心配していると、猛烈な指回りで難所も難なく乗り切ってしまい、あっけに取られてしまったほどだ。第1楽章の第1主題は、このくらいのテンポ感で演奏される方が憂鬱と憧れが綯い交ぜになったこのメロディーの意味を把握しやすいように思う。また、第2主題との対比も鮮やかになり、この第1楽章がキーシン・小澤盤を何度も聞いても馴染めなかったのと違い、形式感も自然に出てくるように思う。

この第3協奏曲には難しい版と少し難度を下げた版があるといい、それにより演奏時間も多少左右されるとのことだが、コチシュ盤はどちらだろうか? ともあれ、陰鬱でもやもやしたラフマニノフとは異なるデリケートな魅力のあるラフマニノフがここにはいる。

ツィメルマン・小澤の第1番と第2番も明晰さでは優れていたが、それよりも期待していなかった分だけむしろこのコチシュとデ・ワールト盤には驚かされた。もちろん、この淡白で明晰なこの録音がラフマニノフ的ではないという意見も多いとは思うが、逆にラフマニノフが苦手な人にはラフマニノフ再発見となるような気もする。

(ピアノ協奏曲第3番 フィリップスレーベル 1983年録音)

なお、ここで収録のヴォカリーズは コチシュ自身の編曲によるもので、この編曲自身結構人気のあるもののようで、他のピアニストも録音しているようだ。(上記キーシン盤にもピアノ独奏が収録されているがこれとは異なる。)

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2008年12月 3日 (水)

シューベルト ピアノソナタ 第16番イ短調 D845 ルプー DPM44

このところ音楽は、DECCA PIANO MASTERWORKS(DPM)ばかり聴いている。昨夜は、ラドゥ・ルプーのピアノで、シューベルトの ピアノソナタ第16番イ短調 を聴いた。

1979年1月録音ということだが、私が苦手とするデッカ的な滲みのある音色はあまり気にならず、聴くことができた。

このソナタは、漫画「のだめカンタービレ」ファンにはおなじみの曲で、それまで幼稚園の先生を夢見ていた主人公のだめが、一念発起してコンクールに挑戦したときに弾いた曲だ。この曲を弾いたのだめは、すっかりコンクールの聴衆を魅了し、審査員たち、特に後に師匠となるオクレール教授の注意を引くきっかけにもなった。

シューベルトのソナタは、のだめではないが、ベートーヴェンなどに比べてなかなかとっつきにくく、ブレンデルの録音で馴染んだ最後のソナタ第21番と、リヒテルの東京ライヴの第13番イ長調が比較的親しく、そのほか「海辺のカフカ」の第17番ニ長調 を少し興味を持って聴いた程度。後期三大ソナタの第19番、第20番もケンプのCDで聴いたが未だピンとこない。

この第16番イ短調のソナタも「のだめ」のアニメで第一楽章冒頭が使われたが、いかにもシューベルト的な少し野暮ったいような飄々としたメロディーで始まるソナタは、モーツァルト、ベートーヴェン的な構成的・論理的なソナタ書法とは相当異なる類の音楽という趣きで、一種不思議な魅力のあるものだった。

今回、このDPMの44枚目にたまたま収録されていたので、じっくり聴く機会を得た。2度ほど通して聴いてから、IMSLPを検索すると、この曲の楽譜も収録されており、PDFでダウンロードして参照しながら聴いてみた。アナリーゼは適当だが、一応メモとして。

第1楽章 Moderato イ短調 2分の2拍子。12:28 ユニゾンで奏でられる不思議な雰囲気なメロディアスな主題がこの不可思議な情緒の楽章のテーマとなっており、第2主題の八分音符のリズミカルな主題と組み合わされ、ソナタ形式を形づくっているが、テンポがモデラートということもあり、既にモーツァルト、ベートーヴェン的な推進力や疾走感のある方向性が明確な音楽ではなくなっている。誠に不思議な音楽だ。

第2楽章 Andante, poco mosso ハ長調 8分の3拍子。11:56 第1楽章のとらえどころのない情緒の音楽と比較すると、古典的で、ベートーヴェンの後期のソナタの一楽章といわれても違和感のないように聞こえるが、唐突な転調がシューベルトらしい。第3変奏のハ短調に聴かれる悲劇的な感情と第4変奏の変イ長調(フラット4つ)の流麗なパッセージはシューベルト的だ。第5変奏はハ長調に戻って狩のホルン的な五度が聴かれる三連符の連続による変奏。ここまでで24分ほどになる大ソナタだ。

第3楽章は、Scherzo(Allegro-vivace) - Trio(un poco piu lento) ハ長調 4分の3拍子。7:15 イ短調とハ長調を行き来する不安定な雰囲気のスケルツォ主部。その後転調の多い、展開的な部分が長く続き、途中イ長調まで転調する。トリオはヘ長調で穏やかな雰囲気になる。動機的にはスケルツォ主部をひきずっているが、転調が多く不安定なスケルツォとの対象がなかなか印象的だ。

第4楽章 Rondo Allegro vivace イ短調 4分の2拍子。5:02 これもとらえどころがない感じのロンド。ひそやかなロンド主題で開始する。リズム的には、一定な拍節ではなく、変化をつけた工夫が凝らされている。相当劇的な表情も見せたり、ころっと表情が変わったり、モーツァルト以上に情緒の転換が激しい感じの音楽だ。全体では35分を越えている。コンクールでのだめが全曲演奏したとすると、長すぎるのではなかろうか?

単に聞き流してしまうと、不思議な曲というだけで印象にそれほど残らないかも知れないが、これも「のだめ」の千秋の台詞ではないが、「きちんと曲に向き合って」「聴く」ことによって、少しはこの曲、作曲家の言いたいことも分かるのかも知れない。

曲の成立事情や、作曲当時のシューベルトについてはよく知らないが、ピアノの腕前があまり達者ではなかった(といっても大ピアニスト揃いの大作曲家たちに比べてだろうが)と言われるシューベルトは、誰による演奏を目当てにこれら一連の大ソナタを書いたものだろう?

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2008年12月 1日 (月)

今日から12月

先日録画しておいたムーティ指揮のヴィーンフィル来日公演の模様は結局ほとんど見なかった。プログラムがどうしてチャイコフスキーの第5番なのだろうか。アンコールは全曲通してみたが、ヨーゼフ・シュトラウスのヴァルツ『マリアの思い出』とかいう曲。ムーティ先生は、楽譜を見ながら指揮していたが、ヴィーン・フィルのコンマスのキュッヘル?(相当太った?)が主にリードしていたように見受けられた。生演奏を聴けばそれなりに感動できのだろうとは思うが、何とも「必然性」を感じさせない贅沢なコンサートのようだった。

その後に続けて放送された神奈川県立音楽堂での収録のラ・プティットバンドのコンサートは面白かった。先日「無伴奏チェロ組曲全曲 寺神戸亮(ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ)」が話題になったが、彼の師匠であるジギスヴァルト・クインケンが同じくヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを演奏してヴィヴァルディのチェロ協奏曲を聞かせてくれた。妙に大きいヴィオラ?と思っていたら、これが噂の楽器だったわけだ。曲そのものは聴き応えがなかったが、興味は満足できた。それにしてもあの巨大な楽器を肩に掛けてヴァイオリンのように弾くのは相当の体力が必要ではなかろうかと思わされた。復元楽器だというが、古楽もとうとうここまで来たのかと思った。

ところで、このところ、先々週の土曜日に届いたDECCA のPIANO MASTERWORKS(DPM)をこのところ毎日のように聴いて楽しんでいる。これは本当にいい買い物だった。比較的最近の録音が多く、またCDの質がいいのか、ざらついた音質のものが少ないので楽しんで聴ける。

ただ、驚いたのは、楽しみにしていたグルダのバッハの『平均律』が、第1巻、第2巻がそれぞれ2枚づつではなく、第2巻が第1巻が収録されたCDの後に3曲収録されているのだ。収録的にはCD5 69:52 で、第1巻のNo.1からNo.15。CD6は67:31で第1巻のNo.16からNo.24と第2巻のNo.1からNo.3。CD7は71:24で第2巻のNo.4からNo.14。CD8 67:52 は、第2巻のNo.15からNo.24。

グールドのCDは、第1、第2巻がちょうど2枚づつに分かれていたし、グルダのCDでもフィリップスのDUOシリーズの2セットは第1巻、第2巻をちょうど2枚づつに編集しているようだが、こちらは相当無理な収録の仕方なのだろうか?第2巻のNo.1からNo.3は合計すると13:07になるので、CD7とCD8に割り振っても結構無理な収録時間になってしまうようだ。

さて、今日またHMVのサイトを覗いてみたところ、今度はDVMとでも表せる Violin Masterworks 35CD が二匹目の泥鰌?で発売されていた。リーラ・ジョゼフォヴィッツというヴァイオリニストは知らないが、ラインナップは結構聴き応えがありそうなものになっている。なお、今更だが、DHMもそうだったが、このようなオムニバス・ボックスセットは、どうも作曲家のアルファベット順で収録されているようだ。ベートーヴェンのソナタ全集は、モノーラルながらグリュミオーとハスキル。モーツァルトは勿論選集だが、シェリングとヘブラー。

さて、とうとう師走。アメリカの金融危機から始まった不況は、世界経済にこれから相当大きい爪あとを残しそうな様相になって来た。戦後最大の不況になるかも知れないという巷の声も聞こえる。私の親の世代は、子どもの時に戦争を経験し、肉親を戦争で失くしたりもしたり、食糧難で栄養失調にもなった経験を持っている。その子どもの世代である私たちは、特にこの日本では交通戦争や公害問題、受験戦争にはもまれてきたが、それなりに戦後の繁栄を謳歌してきた世代だった。ここに来て、この不況の足音は、これまでにないものになるかも知れないように感じ始めている。景気の問題は、個人レベルでどうこうできるような問題ではないが、過去の経済学者たちの多くがこの景気の循環の謎に挑み、またそれへの対策を講じてきたことを、昨今の金儲けに走ったノーベル賞まで取った経済学者たちはどう考え、自分達の責任をどう取るつもりなのだろうか?デリバティブとか言われる金融派生商品は、現代の金融にはなくてはならないものだというコラムを読んだけれども、サブプライムなどという基盤の脆弱なものに投資を集中させたという点だけ見てもお粗末極まりないような気がしてならない。

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2008年11月22日 (土)

DECCA PIANO MASTERWORKS 50枚組ボックスセット

久しぶりにHMVのページを閲覧していたところ、カラヤンの38枚組みの交響曲集と並んで、デッカレーベルから発売の(ユニバーサルとしてドイツ・グラモフォンやフィリップスの原盤も含めて)50枚組みのクラシック音楽のピアノ名曲集のボックスセットが目に留まった。値段は「マルチバイ」をすれば何と約1万円。カラヤンの38枚組(約9千円)も、これまで聴く機会がなかったカラヤンのブルックナーの全集が含まれるなど垂涎ものでどうしようかと迷った。

今年は、DHMの50枚組みも買ったことだし(未だ半分程度しか聴いていない)、音盤の購入は少し控えようと思っていたが、DECCA PIANO MASTERWORKS (DPMとでもしようか?)の収録音盤を見たところ、以前から購入希望だったフリートリヒ・グルダの平均律クラヴィーア曲集全曲が含まれており、フィリップスの第1巻、第2巻別売りを購入すればそれだけで4000円程度になる計算だし、他にもこれまで持っていない楽曲のCDや聴いてみたい音盤も結構含まれていたこともあり、購入に踏み切った。

 購入前の私の注目は:
  ギレリスのベートーヴェンNo.27,28『ハンマークラフィーア』
  ルービンシュタインのブラームス第1協奏曲(メータ/イスラエルフィル)
  ムストネンのグリーグ協奏曲(ブロムシュテット/サンフランシスコ響)
  リヒテルのブラームス第1,2ソナタ
  リヒテルのハイドン ト短調H.XVI No.44 ト長調H.XVI No.40 変ロ長調HXVI No.41
              ハ長調H.XVI No.48 変ホ長調HXVI No.52
  ハスキルのモーツァルト 協奏曲第19、27(フリッチャイ)
  ルプーのシューベルト第16&18番
  シフのチャイコフスキー第1協奏曲(ショルティ/シカゴ響)

20日夜に注文したところ、今日22日の昼過ぎに佐川急便で届いた。前回のDHMの時と同じく大ぶりな外装箱にラップ巻されたこのボックスセットが箱の底面に糊付けされた梱包だったが、今回は糊付けが弱かったのか、到着時は外装の中でボックスが踊っている状態だったけれど、直ぐに開梱してみて確認したところ傷やへこみはなく一安心だった。(ただ、このような心配をしなくてはならないという面では、HMVは前回もそうだったが発送時と運送時の扱いに不安が残る。)

ボックスの中の紙ケースは厚みのあるものではなく、薄い紙質のものでこのようなのは初めてで驚いた。さすがに徹底的にコストダウンしてあるようだ。一応紙ケースと中身のCDの番号を照合して外装と中身の相違がないことも確認した。CDは、MADE IN THE EUで、DECCAのロゴのみで、ドイツ・グラモフォン、フィリップスはCD上には記載なし。CDの盤質は厚みもあり良好のようだ。

大作曲家の傑作がほとんどで作品としては耳なじみのものがほとんどだが、比較的馴染みの薄いドホナーニ(あの指揮者ドホナーニの祖父)の作品がシフの録音で収録されるなど、ユニークさもある。また、オネゲルやフランセの曲など聴いたことのない作品も収録されている。

なお、HMVのユーザーレビューにも書かれていたが、デッカの看板であるアシュケナージが含まれていない。またDGの同じくそれであるポリーニ、ツィメルマン(アルゲリッチは収録)やフィリップスのブレンデルが含まれていないのは、できるだけベストセラーとの重複を避ける編集方針だったのかとも思うが、一流レーベルの一流奏者の1990年代の比較的新しい録音まで含んだこのような音盤が一枚あたりたった200円程度で入手できるというのは、三大レーベルを持つユニーバーサルにしても、CDの売れ行きはそこまで悪いということなのだろうかと心配になる。まあ、コアなファンにしても新譜を買うことはめっきり減り、めぼしい旧譜やライブラリの欠落をこのようにネットで補ったりすることが多いので、メーカー側もそれに対応しているということなのだろうか。(このボックスセットのほか、ヴァーグナーのオペラ・楽劇バイロイト全集が超廉価で発売されたり、生誕100周年のカラヤンの音盤がやはりボックスで発売されたりしている。)

このDPMのディジタル・リマスターは今回新たに行われたのではないだろうが、数枚聴いてみたところ、高域が強調され過ぎたところのないマイルドな音の傾向であり、ただ、ピアノとしては粒立ちがよく、かつ透明感に影響するような音の粒子が細かいようで、聴き疲れしない音の状態が多いようで、個人的には好ましい。

P.S. 「平均律」にひとこと。先日、ブックオフで購入した中村紘子女史の『コンクールでお会いしましょう―名演に飽きた時代の原点』(中央公論社)を読んでいたら、律が率となっており、「平均率」と表記されていた。手書きの時代にこのような書き間違いをする人は少なかったと思うが、現代のPCでの入力では、多くがMSのIMEなどによるかな漢字変換を行っているため、ネットで検索してもこの手の間違いが多いようだ(自分も他の言葉では気づかずにやっているかも知れない)。MSのIMEで「へいきんりつ」と入力して変換すると「平均率」と出てしまう。ただ、音楽の専門家が旧約聖書とまで呼ばれる「平均律クラヴィーア曲集」を平均率とするのは、恥ずかしい。是非単語用例登録をつかって「へいきんりつ」と入力したら「平均律」と変換されるように予め設定しておくべきだろう。

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