カテゴリー「Mozart」の6件の記事

2015年3月22日 (日)

Harmoniemusik (管楽アンサンブル)というもの

管楽アンサンブルによる「フィガロの結婚(ヴェント編曲)」をかつて愛聴していたことがある。思えばこれが「フィガロ好き」になったきっかけだった。1970年代の中学生時代のモノのラジカセによるFM放送のエアチェック。まだその頃のカセットテープは実家の押入れかどこかにあるだろうか?当時は、「フィガロの結婚」についての知識もほとんどないながら、アナウンサーの「ヴェント編曲によるフィガロの結婚」というナレーションまで録音してあったため、記憶に強く刻まれている。思えば、面白いオペラ入門だった。

さて、190枚全集には、モーツァルト自身の編曲らしい(K Deest:ケッヘル番号なしになっているのかどうか未確認だが) 「後宮からの誘拐」の
Harmoniemusik nach Die Entführung aus dem Serail K 384 (序曲を含めて全18曲)が収録されていた。たぶんこのYoutubeの Bläserensemble Sabine Meyerと同じもの。 
https://www.youtube.com/watch?v=I61IP7fldvA

歌詞が無い器楽のみの方が聴きやすい。

このほかに、

Johann Georg Triebensee (1772-1846、作曲家、オボイストで、アルブレヒツベルガーの作曲の弟子なのでベートーヴェンの相弟子にあたる)の編曲による「ドン・ジョヴァンニ」(同13曲)と 上記のJohann Wendt(1745-1801、作曲家、イングリッシュホルニスト、オーボイスト) の編曲による「後宮からの誘拐」(8曲)が収められているが、我が懐かしの「フィガロ」は収録されていなかった。

Youtube をあたったところ「フィガロ」のハルモニームジークが数点あったのは、便利な世の中になったものだと思う。

◆The Bratislava Wind Octet のもの:
https://www.youtube.com/watch?v=Yt3vzvXQfGM

編曲者不明。記憶の演奏と少し編曲が違う気がする。

◆Zefiro Ensemble(Arranged by Alfredo Bernardini)というのも見つかった。

(1/2) https://www.youtube.com/watch?v=USJslsQhS-c

(2/2) https://www.youtube.com/watch?v=XzADjCpIz3g

こちらの編曲者Alfredo Bernardini。このアンサンブルのメンバーらしい。

それでも、ヴェント編曲のフィガロをGoogleで探してみるとそれなりにヒットはする。

◆楽譜情報が見つかった。

http://trove.nla.gov.au/work/6131791

http://catalogue.nla.gov.au/Record/1418867

オーストラリアの楽譜情報

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Marriage of Figaro / [by] W. A. Mozart ; arranged by Wendt for 2 oboes, 2 clarinets, 2 bassoons & 2 horns. [music]
Bib ID 1418867
Format MusicMusic
Author
Mozart, Wolfgang Amadeus, 1756-1791  
Uniform Title Nozze di Figaro. Selections; arranged
Description London : Musica Rara, [c1975]
Score (2 v.) and 8 parts ; 31 cm.
Notes

Cover title.

Includes bibliographical references.

Subjects Wind octets (Bassoons (2), clarinets (2), horns (2), oboes (2)), Arranged - Scores and parts.  |  Operas - Excerpts, Arranged.
Time Coverage 1786
Other authors/contributors Wendt, Johann, 1745-1801
Music Publisher Number M.R. 1825

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◆「管楽器による室内楽への注釈付きガイド」という本

An Annotated Guide to Wind Chamber Music

https://books.google.co.jp/books?isbn=1457449978
Mozart, W. A. (1756-1791) Marriage of Figaro (Vols. I & II) (suite from the opera) arr. Wendt Composed: 1786 (first performance) Duration: flexible — (depending on which movements are programmed) Publisher: Musica Kara Difficulty: ...

には、1971年にJack Brymer 指揮の London Wind Soloists による録音が Musical Heritage Society MHS7019というLPで発売されている、と書かれていた。

年代的に、1970年代中旬にエアチェックできたのはおそらくこの録音だろうと思う。

探してみると、中古LPでは入手可能らしい

http://www.musicstack.com/item/5540461

http://www.discogs.com/London-Wind-Soloists-Jack-Brymer-Wolfgang-A-Mozart-Le-Nozze-Di-Figaro-For-Wind-Ensemble/release/3973519


Tracklist
A1     Overture    
    Act I
A2     Cinque, Dieci    
A3     Se A Caso Madama    
A4     Se Vuol Ballare    
A5     Non Piu Andrai    
    Act II
A6     Porgi Amor    
A7     Voi Che Sapete    
A8     Venite Inginocchiatevi    
    Act III
B1     Crudel! Perche    
B2     Riconosci In Questo    
B3     Dove Sono    
B4     Che Soave    
B5     Ecco La Marcia    
    Act IV
B6     Deh Vieni, Non Tardar    
B7     Pian, Pianin    
Credits

    Arranged By  Johann Wendt
    Conductor  Jack Brymer
           
 
なお、Jack Brymerとロンドン管楽ソロイスツは、管楽アンサンブル用の作品を数多く録音していたようで、ベートーヴェンの管楽アンサンブル曲も多く録音している。

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それにしても、ハルモニームジークの響き。伸びやかでお気楽な気分で、とてもくつろげる。

モーツァルトやベートーヴェンの時代には、作曲者自身や同時代の音楽家の手によりこのようなリダクション(縮小編曲)が数多く作られ、これらが遠隔地等での音楽の紹介、普及に役立てられたらしい。

ただ、ヴェントの編曲の「フィガロ」もそれなりに録音はされてはいるようだが、ネット情報を見てもそれほど顧みられてはいないようだ。Imslpにもヴェント編曲の「フィガロ」は登録がなく、またNMLにも見当たらない。

デジタルコピー時代の現代には仕方がないのだろうが、このような楽しい編曲は忘れたくないものだ。

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2015年3月21日 (土)

モーツァルト全集(小学館, 別巻含み190枚)のリッピング完了

今日は、春分の日。
2014年9月 2日 (火) 小学館 モーツァルト全集のCDを夏の帰省時に持ち帰った で、書いた190枚のCDの外付けHDDへの取り込みがようやく完了した。

iTunesを使っているが、懸案のケッヘル番号の第1版と第6版によるソートの問題は、第6版の番号をiTunesで普段使わないエリア「グループ」に001から626を入力し、簡単にソートできるようにしてみた。パリソナタ(1778年)と呼ばれた第10番K330 (300h)ハ長調から第11番K331(トルコ風ロンドを伴う)、第12番K332(300k)のピアノソナタは、現在はマンハイム・パリ旅行の最中の作品ではなく、ウィーンに移住後、コンスタンツェとの結婚の頃(1783年)に作曲年代が変更され、第6版の順序も再度入れ替えが必要らしいが、そのほかは概ね第6版の順番でソートすると作曲年代順に聴き進めることができるようになった。

MP3のタグダータを自分なりに統一した形式で、できるだけ演奏者情報、録音年代なども正確に修正しようとしたため、結構億劫にもなり時間を要した。

全部で2807曲(楽章やオペラのナンバー別のため)。

演奏所要時間は、8日と3時間12分50秒。

ヘンデルのメサイアなどの編曲作品、別巻の父と子の作品や、同時代作曲家、ベートーヴェン、ショパン、チャイコフスキーなどもCDで12枚、13時間ほど含まれてはいるが。

これでHDDへの取り込みデータも、再生所要時間が74日分となり、これが一度に失われてしまうのは怖いので、このリッピングデータのバックアップのため、500GBのHDDを購入したが、薄く音も熱もあまり発生せず、廉価になっていて驚いた。

なお、iTunesの音楽データを外付けHDDに保存する場合、一緒に ライブラリ"iTunes Library.itl" "iTunes Library.xml" などのデータを移動してやっておくと便利だ。

Shiftキーを押しながらiTunesを起動すると、ライブラリの選択画面が出てくるので、外付けHDDに移動した "iTunes Library.itl" を選択することができるので、HDDの切り替えもできる。

他のバックアップHDDにバックアップを取る際には、ライブラリデータも含めてHDDまるごとコピーをすれば、完全なミラーリングが可能になる。もし、一方のHDDに不具合が生じても、問題ない。

コピーには、FastCopyのようなフリーウェアが便利だ。これだと差分コピーや同期コピーが可能だからだ。(HDDの識別レターは、管理ツールのコンピュータの管理のディスクの官吏によってあらかじめ別々にセットしておく必要がある。)

以前はライブラリデータは、iTunesをインストールしたPC内においていたのだが、これを音楽データと同じHDDに置いた方が、PC内においておいたときよりも、気のせいか音質がよくなるようでもある。高音の伸びや解像度があがったような印象がある。

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追記:

Foobar2000:ID3 Tag Mapping では、

iTuneの group は、CONTENT GROUP にあたり、 フィールドは、 %CONTENT GROUP%と記述する。

同様に 作曲家は、COMPOSER で、同じく %COMPOSER% で、カラム等の表示ができる。

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2014年11月26日 (水)

第5回音楽大学オーケストラフェスティバル 第2日 ミューザ川崎

11/24(月・勤労感謝の日の振替え休日)

第5回 音楽大学オーケストラフェスティバル ミューザ川崎シンフォニーホール 15:00開演。全席指定。1000円。(終演 18:00頃)

上野学園大学 指揮:下野竜也
武蔵野音楽大学 指揮:時任康文
洗足学園音楽大学 指揮: 秋山和慶

9月頃の新聞の夕刊の広告に掲載されていたのを見つけ、全席指定1000円は安いし、指揮者陣は日本の一流クラスなので超お得ということもあり、7月のミューザ川崎のコンサートが楽しめたので、長男と行く約束をしていた。11月初めに最寄りのローソンチケットでチケットを購入しようとしたら、11/16(日)の東京藝大の回は売り切れ(その後、ミューザ川崎のHPで見るとローソンに回した分が売り切れで、舞台後方のP席などは未だ購入可能だったらしい。)で、今回の11/24の回が一階席ブロックが空いていたので、予約したところ、なんと舞台から2列目のこれまでほとんど経験したことのないような前の席が予約されてしまった。その後、妻も都合がつくので行きたいということになり、後日申し込んだところ、これも2列目の少し離れた席になった。

川崎駅前は、私たちがこちらに引っ越してきたから再開発が進み、かつての工業都市の玄関の面影がすっかり消えてしまい、都会的なショッピングモールやミューザの入っているようなオフィスビル、高層マンション群がそびえる、近代的で整然とした街並みになっている。

晩秋とはいえ、小春日和に恵まれた三連休の三日目で、前夜の長野県北部の地震の余震の心配はあったが、いそいそと約1時間を掛けて川崎駅に向かった。ミューザでは、この音大オケのフェスティバル以外にも、モントルージャズフェスティバルの日本版?がこの日あたりからスタートしていて、ホール入口の歩道のコンコースでは、野外ライブも行われていたりした。

14時半頃、ホールのロビーに入場したが、ホール内への入場は何かの都合があったらしくしばらく差し止められていた。多分リハーサルが長引いたのではなかろうか?見回してみると聴衆は、前回と同じく悠悠自適の年金層の60代、70代の音楽好きらしい男性が比較的目につき、そのほか音大の関係者や音大生の家族や友人と見受けられる人達も多かった。

1階の指定席は、まさにステージの際から2mもないほどの近接さで、ミューザのステージは30cmの段差もないほどの低さなので、ほとんど指揮者が聴くのと大差ない音響を聴くことができるようで、わくわくしながらオーケストラの登場を待った。

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場内アナウンスが「このフェスティバルは各大学間の交流と協力を目的としています。その一環として、各大学の演奏の前には共演校からのエールを込めたファンファーレの演奏があります。」と聴衆に紹介していたように、各大学の演奏前に、今回の出演大学の学生が作曲しその大学の学生が演奏するファンファーレが、他の出演大学の演奏の前にエールとして演奏されたが、ステージ最前列に、ずらりと横一列に金管アンサンブルが整列し、喨々とファンファーレを吹き鳴らしてくれたのには驚いた。金管の音のエネルギーというのは、オケで金管の前に座る木管などの奏者が難聴になる恐れがあり、その対策のため、木管奏者の椅子の背もたれ部分に小さい遮音装置を付けたり、奏者自ら耳栓をするなどの話を聞いたり見たりしていたが、約2mの近距離で吹き鳴らされる音は物凄い迫力だった。

さて、トップバッターは、読売日響の常任を務めていたこともあり、時折深夜に日本テレビで放送される読響シンフォニックライブでも数多く登場しその指揮ぶりに馴染んでいる下野竜也氏と上野学園。上野学園は、第五回目の今回が初出演ということだ。

下野氏の録音は、日本人指揮者としては我ながら珍しく、大阪フィルとのブルックナーの0番のCDを保有している。薩摩隼人らしい肝の据わった感じと、エネルギッシュさと、ブザンソンで優勝したほどの繊細精巧流麗な指揮技術の持ち主という印象を持っていたが、まさにかぶりつきの直後の席なので、指揮台なしのステージを大きく使ったその指揮ぶりは見ごたえがあった。近い席だと指揮者や奏者のブレスまでが聞き取れる。極小編成で極短いヴェーベルン(ウェーベルン)の作品10の5曲。ヴェーベルンのオーケストラ曲と言えば、30年ほど前に小澤/ボストン響の来日公演のバルトークのオケコンをメインにしたプロの第1曲目で聴いたことがあったが、作品番号は何番だったか。あの時は、上野の文化会館のステージからは遠い席で、ポツンポツンと鳴らされる音響を遠くから眺めるような感じだった。その後、カラヤン/BPOの新ウィーン楽派曲集などでその独特の音楽には多少馴染んだ(Op. 10は収録なし)が、無調で、さらにこのような室内楽ともいえるほどの小編成のミニマル的な音楽は、今回のような生演奏で、それも演奏者に近い席で聴く方が楽しめるようだ。その楽しみだが、いわゆるメロディーや和声を愉しむような通念としての「音楽」としての受容ではなく、楽器が発する様々な短い動機的な楽音の交錯と、休符や楽曲の間による楽音のホールに消えていくさまや、ホール全体が静けさに包まれる瞬間の緊張感のような一体感が感じられるというものだ。

このほかの新ウィーン楽派の作品の生の体験では、ベルクの弦楽四重奏による「抒情組曲」を、昔仙台にいた頃にあのアルバン・ベルク弦楽四重奏団の仙台公演で聴いたことがあるのだが、今聞けばどうか分からないが、不協和音の連続に麻痺してしまい、耳には音が入ってくるのだが、別のことが脳裏に浮かぶような状態だったことを思い出すが、それとはまったく正反対の聴体験だった。

2曲目のモーツァルトのハフナー交響曲は、あまりにも馴染の曲だが、生で聴いたのは初めてだったと思う。練習の成果か、アンサンブルもきっちりと揃っており、若きモーツァルトの思わず駆け出してしまうような楽想の溌剌とした魅力が楽しめる演奏だった。下野氏の指揮は、躍動的で、全身で音楽を表現し、思わず見とれ、聴きほれてしまった。音響的には、目の前に位置していた低弦(チェロ、コントラバス)のボリュームが小さ目だったのが気になった。これは席の特徴なのか、指揮者の解釈なのか、オーケストラの特徴なのかははっきり区別が付かなかったが、少々物足りなく思った点だった。いわゆる響きのベースとしての量感が不足気味だった。(補記 当日プログラムに書き入れたメモより:ティンパニがよく鳴っていて格好良かった。音色的には近年一般化してきたピリオド演奏的な少々硬めの音だったが、キビキビしていて全体を引き締めていた。)

席のことだが、ホールのセンターだが、ステージに向かってやや右側で、弦楽器の前列はよく見えるが、その後ろになるひな壇上の管楽器や打楽器奏者の姿はほとんど見えない。

第2団体目は、時任康文氏と武蔵野音楽大学によるバルトークの管弦楽のための協奏曲(通称、オケコン)。若い頃に何度も聴き、聴き比べて親しんだ曲。FM放送のエアチェックでも様々な指揮者、オケのものを集め、その後CD時代になっても初演者のクーセヴィツキーとボストン響の歴史的録音など数種類がいつの間にか集まっている好きな曲の一つ。前述したように、小澤とボストン響というコンビによる生で聴いたことのある曲とはいえ、最近は聞く機会が減っていた。

素人的な事前予想では、果たして膨大な協奏曲的な難しいソロやデュエットが含まれ、変拍子の箇所や、カノン、フガート的なアンサンブル上相当難しそうな箇所を含み、なおかつバルトーク的な緊張度を保ち、夜の音楽の静寂さ・神秘さを対比させ、野蛮と洗練を合せ持つような演奏が、音楽大学オーケストラに期待していいのだろうか、という少々意地の悪いことを危惧していたが、誠に見事な演奏だった。時任氏は寡聞にしてマスメディアを通じてはこれまで知ることは無かった人だったが、手際よくこの難曲を捌き、もし自分が奏者だったとしても演奏しやすいだろうな、と思わせてくれるような指揮ぶりだった。20世紀のモダンのフルオーケストラの大編成ということもあり、今度は低弦部の響きも物足りなさはなかった。難しい「対の遊び」でのデュエットには生ならではの微かな瑕瑾はあったが、全体的には申し分なく、また、中断された間奏曲での、ショスタコービチとメリー・ウィードウに淵源のあるという「愉快なテーマ」とそれに対する哄笑は、非常にビビッドな表現だったし、あのライナー/シカゴ響の名盤でもよく揃っていないフィナーレの冒頭の精密な弦楽器の刻み(この部分はセル/クリーヴランド管がダントツ)は、素晴らしく訓練されていたりして、とても満足のいく演奏だった。(なお、弦楽器の奏者の中には、大学の先生と思われる年代の奏者の方も交じっていたのは、それだけ難しい曲だということか、それともそのような伝統なのだろうか。)

第3団体目は、名指揮者、秋山和慶氏による洗足学園音楽大学によるレスピーギの「ローマの泉」と「ローマの松」。ステージ一杯のマンモスオーケストラは、見るだけで壮観だった。これも、20世紀のオーケストラピースとしてオーディオ的にも人気のある曲で、やはり若い頃には耳にすることが多かった。トスカニーニとNBC響による規範的なリファレンス録音がある曲で、比較的近年ではソ連の指揮者スヴェトラーノフによる爆演が話題になった曲でもあり、古くはオーマンディやムーティによるフィラデルフィア盤や、ライナー/シカゴ響で楽しんだものだが、生演奏としては初めて聞くものだった。秋山氏の指揮による演奏には、以前北海道旅行の折、新聞記事を読み立ち寄った北海道道知事公舎での札幌交響楽団の野外コンサートで触れたことがあるが、齋藤秀雄門下の名匠として、テレビ、ラジオなどでも触れる機会が多い人ではある。サイトウキネンオケの立ち上げでは、秋山氏も主導者の一人だったが、それがいつの間にやら「オザワキネン」になってしまった現状に疑問を感じている音楽ファンもいるのではなかろうか。閑話休題。

総白髪の紳士然とした佇まいで、にこやかな笑みを湛えて登場。この柔和な表情には、奏者は安心感を抱くだろうし、リスナーの側もその雰囲気に包まれる。イアフォンでのリスニングが専らになってしまった昨今、このような大オーケストラによる楽曲を聴くにしても、大音量で聴くことが少なくなっているし、さらに華麗で親しみやすく覚えやすいメロディーや音型にあふれているこのようなショウピース的なオーケストラ人気曲は、かえって途中で飽きてしまうことが多いのだが、前回このホールで聴いた「シェエラザード」もそうだったが、実演に接すると、あまりの面白さに集中力が途切れなかった。「泉」も「松」もメディチ荘だの、トレヴィの泉だの、ボルゲーゼ荘だの、アッピア街道くらいしか覚えておらず、交響詩の題名はうろ覚えだが、情景が極彩色で目に浮かぶようで、オーディオで聴いている音響が写りがそれほどよくない写真葉書だとすると、実演の鮮明で情報量が多く、ダイナミックレンジも無限に広い演奏は、まさに実景を味わっているようなもので、これはこの一連のコンサートの締めとして計画されていたのだろうが、アッピア街道の松でのローマ軍団の大行進の強烈なクレッシェンドは、圧巻で、最後のフォルティッシモ?が鳴り終わったあとの残響とともに、終演後は万雷の拍手とブラボーだった。そうそう、ジャニコロの松のナイチンゲールの鳴き声は、どうするのだろうと思っていたが、打楽器奏者?が録音の音源を流していて、上手くはまっていた。ただ、レスピーギの時代はミュージックコンクレートの走り的でそれも珍しくて話題を呼んだのだろうが、人口音響が氾濫している現代ではその意義はどのようなものだろうかとも思い、再現芸術としての音楽の難しさに改めて思いを馳せたのだった。

総じて、音大に入れるだけの技量を備えてその後訓練を積んだ若さ溢れる音大生のオーケストラが、一線級の指揮者によって、ここ一番の全力投球で奏でてくれる音楽は、やはりすがすがしかった。そして十分に聴き応えがあった。青春の息吹というものは、それだけ貴重な瞬間だ。

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2014年9月23日 (火)

ケルビーノの palpitar は palpitation のことだった!

モーツァルト全集190枚の取り込みは、彼岸の中日の秋分の日に130枚目まで進んだ。119枚目までは宗教曲だったが、120枚目からは、オペラになる。

モーツァルト本は、当然ながら絶賛調のものが多く、読み続けると自家中毒的になりがちだが、最近読んだものにはモーツァルトの伝記に登場する初期の劇音楽作品は、年齢にしては大したものだが、同時代の他の人気作曲家の作品に比べると、出来栄えの点でも人気の点でもそれほどのことは無かったという論調のものも登場している。このブログでも取り上げたモーツァルティアンで知られる石井宏の「反・音楽史」もその傾向があったし、比較的最近に読んだ「モーツァルトを造った男」(小宮正安)は、ケッヘルカタログのケッヘルの評伝だが、これにもその傾向があった。その前のランドン「モーツァルト」も18世紀後半を概観しながら比較的「ニュートラル」と思われる評が読める。

同時代の、オペラ・セリアのハッセや、ブッファのパイジェルロソレル(「椿事」 Una Cosa Rara 1, 2, 3 )などの作品を聴くとその管弦楽の響きの薄さに驚かされることが多い。もちろん、演奏の質やレベルも関係があるのだろうが、当時の人気作品だからと言って、現代の人気作品が必ずしも質を保証しないのと同様、質がとても高いわけではない。

もちろん、ヨーゼフ・ハイドンの多くのオペラ作品(「月の世界」のような)もあるが、少年期のモーツァルトの作品の質は、現代人の耳にも(現代だからこそ)とても質が高く響くように思える。

理屈は、実際の現象(物、音、色など)の前では力を失うようだ。

さて、2014年度の上半期のNHKの朝ドラ「花子とアン」が今週で最終週を迎えている。村岡花子訳の「アン」シリーズは、高校時代の友人(男性)が好きで、その遅い影響で大学生時代に読んで嵌った。この朝ドラも初期の山梨と学院時代の頃はよく見ていた。故郷の東信の方言と山梨方言がどことなく似ているところがあり、文化的な共通性の点などが垣間見えて興味深かったり、花子の英語学習の時代が面白かったりした。その中で、「ときめき」を表す英語 palpitation という言葉を巡るストーリーなど結構面白かった。

この夏以来、すっかりモーツァルトづいているのだが、あるとき、ケルビーノの下記の有名なアリア「自分が誰だか分からない」の中でこの palpitar という言葉が耳に残った。

そこで、訳を調べてみたら、英訳でも palpitate をそのまま使っているものがあるではないか!

ある言葉を知るということは、こういことなのかも知れない。

Mozart: Le Nozze Di Figaro, K 492 - Act 1: No.6: Non so piu cosa son, cosa faccio

イタリア語 Italian:

Non so più cosa son cosa faccio,
or di foco ora sono di ghiaccio
ogni donna cangiar di colore
ogni donna mi fa palpitar
ogni donna mi fa palpitar
ogni donna mi fa palpitar!

Solo ai no mi d’amor di diletto
mi si turba mi s’altera il petto
e a palare mi sforza d’amore
un desio, un desio ch’io non posso spiegar
un desio, un desio ch’io non posso spiegar

Non so più cosa son cosa faccio
or di foco ora sono di ghiaccio
ogni donna cangiar di colore
ogni donna mi fa palpitar
ogni donna mi fa palpitar
ogni donna mi fa palpitar

Parlo d’amor vegliando,
parlo d’amor sognando,
all’acqua, all’ombra, ai monti
ai fiori, all’erbe, ai fonti
all’eco, all’aria, ai venti
che il suon de’ vani accenti portano via con se
portano via con se
parlo d’amor vegliando,
parlo d’amor sognando,
all’acqua, all’ombra, ai monti
ai fiori, all’erbe, ai fonti, all’eco, all’aria, ai venti
che il suon de’ vani accenti, portano via con se
portano via con se, e se non ho chi m’oda,
e se non ho chi m’oda, parlo d’amor con me, con me…
PARLO D’AMOR CON ME!

英訳 Translated to English:

I don’t know what I am, what I’m doing
Now I’m fire, then I’m ice,
Every woman makes me blush,
Every woman makes my heart palpitate
Every woman makes my heart palpitate
Every woman makes my heart palpitate!

When I’m alone, it stirs up my pleasure,
It excites me and stirs up my breast.
Whenever I speak, it’s all of love
a desire, a desire that I can’t explain!
a desire, a desire that I can’t explain!

I don’t know what I am, what I’m doing
Now I’m fire, then I’m ice,
Every woman makes me blush,
Every woman makes my heart palpitate
Every woman makes my heart palpitate
Every woman makes my heart palpitate!

I speak of love while awake,
I speak of love while asleep,
To the water, to the shade, to the hills,
to the flowers, to the grasses, to the fountains,
to the echo, to the air, to the winds
which the sounds of useless words carry them away.
Carry them away.
I speak of love while awake,
I speak of love while asleep,
To the water, to the shade, to the hills,
to the flowers, to the grasses, to the fountains,
to the echo, to the air, to the winds
which the sounds of useless words carry them away.
Carry them away.
And if no one will hear me, and if NO one will hear me,
I will speak of love with myself, with myself…
I WILL SPEAK OF LOVE WITH MYSELF!

http://ithamankz.tumblr.com/post/63007618575

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2014年9月20日 (土)

モーツァルト リタニア(連祷) 変ホ長調 K. 243

この曲は、第1曲のKyrie Eleisonの穏やかな開始から、第2曲のPanis Vivusのテノールのアリア、第3曲Verbum Caro Factumの迫力のある短調の曲調、第8曲Pignus Futurae Gloriaeのフーガなどなぜかとても親しい。ペーター・ノイマンのミサ曲全集にも含まれているためかも知れないが、それより以前から親しんでいたような記憶がある曲だ。

アインシュタインも、カルル・ド・ニも傑作だという評価をしているので、第2弾に挙げるのもおこがましい(そういうなら、ト短調ピアノ四重奏曲だって同じことなのだが)が、それでも、あまり聴かれたり演奏されたりする機会が無いように思われる。

今回、カルル・ド・ニ(相良憲昭訳)の「モーツァルトの宗教音楽」を改めて読み進めているのだが、この中で注目すべき記述に出会った。第7曲のViaticum In Domino Morientum(臨終者のための終油の秘跡」の定旋律がグレゴリオ聖歌の「パンジェ・リングァ」を使っているのだという。

楽譜で確認してみた。K. 243 の 38頁目から Viaticum の章が始まる。

K243_viaticum2_4


39頁目のこの部分が、以前「ドレファミ」音型を調べたときに確認した三句目の「ドレファミレドレド」に当たるのかも知れない。下記の楽譜の「三小節目」のSanguinisque pretiosi, の部分。

Example_1_pangue_lingua_2

ここでは、この「ドレファミ」が明確に聞き取れるわけではないが、K. 243の「ドレファミ」については、これまであまり指摘されてこなかったように思う。

この作品の前後には、優美な曲調で知られる三台(二台編曲もあり)のピアノのための協奏曲(第7番「ロードロン」)K.242や、ハフナーセレナードK.250(248b)(第1「ハフナー」セレナード)も作曲されており、すでに「モーツァルト」らしい練達の作品になっている。

Mozart: Litaniae De Venerabili Altaris Sacrameto, K 243
1.    Kyrie Eleison
2.    Panis Vivus
3.    Verbum Caro Factum
4.    Hostia Sancta
5.    Tremendum Ac Vivificum
6.    Dulcissimum Convivium
7.    Viaticum In Domino Morientum
8.    Pignus Futurae Gloriae
9.    Agnus Dei
10.  Miserere

◎モーツァルト全集
Herbert Kegel: Leipzig Radio Symphony Orchestra & Chorus, Renate Reinecke (s), Annelies Burmeister (a), Eberhard Büchner (t), Hermann-Christian Polster (b)

モーツァルトミサ曲全集
Peter Neumann: Collegium Cartusianum, Kölner Kammerchor, Patrizia Kwella (s),  Ulla Groenewold (a), Christoph Prégardien (t), Franz-Josef Selig (b)

Mozart con grazia K. 243

題名の解説

参考動画

Nicol Matt: Kurpfälzisches Kammerorchester Mannheim

---------- 2015/5/24追記 詳しい解説を発見した。
http://www7.plala.or.jp/machikun/mozartk243.htm

第7曲のViaticum In Domino Morientum(臨終者のための終油の秘跡」の定旋律がグレゴリオ聖歌の「パンジェ・リングァ」を使っているのだという。」というところだが、こちらのページの移調したグレゴリオ聖歌の楽譜と対照すると、ドレファミどころか、パンジェ・リングァのメロディーをそっくり使っているのだという。

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2014年9月14日 (日)

モーツァルト ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 K. 478

モーツァルト全集のMP3での取り込みは順調に進んでいる。高価な全集だけあり、CDの盤質がよいのかも知れない。読み取りのエラーが少ないためか、時には20倍など非常に高速なリッピングが行われている。本来このような高速取り込みは、音質にはよくないのかも知れないが、まずは190枚をきちんと取り込んで楽しもうと思っている。

できれば、ケッヘル第1版と第6版、および現在判明している作曲年代(完成年代)でのソートのために、iTunesのタグのフィールドを工夫して使えないかと思っている。これで整理しておけば、エクセルへの書き出しも容易で、ディスコグラフィーが自動作成できるようなものなので、とても重宝なものだ。タグの 「グループ」 content group に ケッヘル第1版の番号を入力してはいるが、第6版と年代をどこに入れたら入力とデータとしての使い勝手が便利だろうか?

(9/15追記:  グループ欄に、ケッヘル第6版を入力することにした。曲名には第1版を記載するので、これの方が利便性が高いようだ。ただし、第6版以降のプラートやタイソンによる筆跡、用紙の透かしによる年代鑑定という客観的な方法により、第6版ではK6版-300番台つまりパリ旅行中の作品とされた著名なピアノソナタが、すくなくともパリからザルツブルクに戻って以降の作品であり、「トルコ行進曲」付などは、「後宮からの誘拐」との関係で、ウィーン時代の作品だとみなされるようになってきたため、第6版の番号によるソートでは最新の作曲年代順のソートにならないのが、まだ悩みの種だ。作曲年代はどの項目欄を使えばよいだろうか?)

さて、これまで取り込んできて、久しぶりにじっくりと耳を通した曲の中で、特に印象に残って、書き付けたい意欲が出たものを少し書いてみようかと思っている。その第1弾。

Mozart: Piano Quartet #1 In G Minor, K 478
1. Allegro  2. Andante  3. Rondo: Allegro Moderato

Beaux Arts Trio [Menahem Pressler (p), Isidore Cohen (vn), Bernard Greenhouse (vc)] & Bruno Giuranna (va)

第1番、ト短調は、モーツァルトの宿命的な調性といわれるト短調を主調に冠している曲なのだが、交響曲第25番、第40番のように人口に膾炙したりしておらず、弦楽五重奏曲第4番のようにゲオンや小林秀雄が取り上げたりなどのスポットライトが当てられていない。

作曲の時期的には、前後には、ピアノ協奏曲第20番ニ短調(K.466), 第21番ハ長調(K.467), 第22番変ホ長調(K.482), 第23番イ長調(K.488)、第24番ハ短調(K.491)などの多彩な名曲群が控えている時期であり、「フィガロの結婚」(K.492)の年代でもあり、モーツァルトの創作力が頂点を迎えていた1785年から1786年の時期でもある。

ピアノ四重奏曲は、この第1番のほかは、この後作曲された第2番変ホ長調K.493の2曲しか残されなかった。当時は、音楽愛好者のレベルが高く、特に室内楽は、愛好者が自ら仲間内で楽しむために新作の楽譜を購入するという需要があったのだというが、これら2曲は、当時親しまれていたピアノ三重奏曲とは異なる編成でもあり、また、演奏技巧や内容が「難しい」と思われたためらしい。(後世の作曲家の作品では、シューマンとフォーレがこのジャンルに挑戦しているが。)

室内楽なので、ピアノ協奏曲とは違い、冒頭からピアノが登場するし、ピアノ協奏曲ならオーケストラに任されるような伴奏的な役割をピアノが担うこともあるので、いわゆる「書法」的にピアノ協奏曲とは異なるのだが、これら二曲の魅力的な楽想は、このままピアノ協奏曲としても十分、上記の名曲群と妍を競うほどのものだと思う。

実際、モーツァルト自身、いくつかのピアノ協奏曲の管楽器のパートなどなしでも室内楽的に演奏できるような指定をしているものもある(残念ながらこのバージョンは、「全集」には含まれていないのだが。)くらいなので、室内楽と協奏曲の境は意外に低かったのではないかと考えたりもする。 

第11番K.413についての解説(Mozart con garazia)

楽長モーツァルト氏は尊敬すべき聴衆の方々に新たに作曲されたクラヴィーア協奏曲三曲の出版を発表した。 この三曲の協奏曲は管楽器を含む大管弦楽団でも、単なる四重奏、即ちヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1とでも演奏可能であり、本年四月初めに出版される。 (浄書し作曲者自身で目を通した後)予約注文者にのみ分配される。 予約は今月20日から3月末まであり4ドゥカーテンであることを付記しておこう。 彼の住居はホーエン・ブリュッケ、ヘルベルシュタイニッシェ・ハウス第437の四階にある。

ピアノ協奏曲集(室内楽版) コラール(ピアノ)ミュイール弦楽四重奏団(2CD)

・ピアノ協奏曲第6番変ロ長調 K.238
・ピアノ協奏曲第12番イ長調 K.414(385p)
・ピアノ協奏曲第13番ハ長調 K.415(387b)
・ピアノ協奏曲第11番ヘ長調 K.413(387a)
・ピアノ協奏曲第8番ハ長調 K.246
・ピアノ協奏曲第14番変ホ長調 K.449

 
ジャン=フィリップ・コラール(ピアノ)
 ミュイール弦楽四重奏団
 録音:1988,89年(デジタル)

さて、この充実した音楽が、あまり声高にこれらが褒めそやされることは無いようなのがこれまで意外におもってきた。

ト短調という「名前」で、確かに第1楽章が「ベートーヴェン」を予言するような力感のある短調で開始され(ベートーヴェン的だから素晴らしいというわけではもちろんないが)、それはそれで素晴らしいのだが、第2、3楽章は長調が主調で、特に第3楽章のロンドは、何とも言えずに巧まず気取らない第1主題から始まり、いかにも「モーツァルト」的な音楽を味わうことができる。

むしろ、第2楽章、第3楽章が悲哀に満ちた第1楽章の曲調と比較して物足りないという意見もあるのかも知れないが、この長調の2つの楽章は、聴いている分でもても密度の濃い書法で書かれているようであり、そうは言ってもも力みや淀みもなく、その流れに浸ることができる。

少なくとも、ピアノ協奏曲が愛好されるのと同じくらいは愛好されてもしかるべきだと思うのだが。

ボーザル・トリオとヴィオラのジュランナの演奏と録音が素晴らしい。1983年の録音らしい(録音の詳細データは、「全集」の書籍部の最後に楽曲解説と一緒に掲載されてるので、確実なデータがネットでは見つからない)が、プレスラーのピアノは、明瞭で輝かしいが、決して華美ではなく、これほど「いい音」のピアノ録音はなかなか聞けないのではないかと思う。

参考動画:

Vn: Frank Peter Zimmermann
Va: Tabea Zimmermann
Vc: Tilmann Wick
Pf: Christian Zacharias

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