日々雑録 2003.6.24-2004.6.8
●2004年6月8日 (火) ポストリッジと内田光子のシューベルトの「粉引き屋娘」
日曜日夜のNHK教育テレビで放送されたのをビデオで録画しながら、つまみ聴きした。内田光子の新聞記事に出ていたように思う。聞きなれたドイツ派の端正な歌唱とは大幅に違うものだった。フィッシャー=ディースカウ、プライなど。長身を大きく揺さぶり、台詞をつぶやくように、切れ切れな短いフレーズで歌う。歌というより語りに近い。声質的には、長身痩躯ゆえ頭声は冴えているが、胸声の低音が不足している。内田は歌詞を歌いながらピアノ演奏に没頭していた。さすがに第一線で活躍しているだけあり、指捌きなどには不足はなかった。ビデオで録画しているので、再度じっくり鑑賞してみたい。
●2004年6月7日 (月) 土曜日夕方にトワイライトハイキング
子どもが小学校からチラシをもらってきた。コウモリを観察する会とのこと。運がよければ「小さなともしび」も見られるらしい。子どもは無料だが、大人は500円の参加料。申し込んだ。土曜日の夕方指定場所に集合。江戸時代の名主の家で今は市が保存管理しているものだという。江戸時代に作られた長屋門も残っている。コウモリ研究家、ホタル研究家の簡単なレクチャーの後、夕闇の中をまずはコウモリを見に行った。林の上を黒い影が相当のスピードでチラチラ飛び回っている。あれがコウモリ(多分アブラコモリ)だという。自宅近くの森では見かけなかったが、このように少し山に入ると見られるのだ!コウモリが昆虫を捕食するために発する超音波を可聴域にまで変換する携帯用の自作装置が配られイヤホンで聞くと確かにチリチリチリというような特徴のある音が聞こえる。感動物だ!餌になる虫の多い季節では、日没後の薄暮の時間帯にわずか30分程度で食事を終え巣にもどってしまうらしい。餌の少ない場所や季節にはもっと遅くまで姿がみられるという。話しによると、コウモリの超音波の研究から、航空用レーダーが発明されたらしい。また音もなく飛ぶしくみ、生態などまだまだ研究されていないことが多く、ノーベル賞への近道だという宣伝があった。今回のハイキングそのものが、害虫類を捕食して数を調整してくれる益獣であるコウモリへの通俗的な吸血獣的な誤解を解くことが目的のひとつであったようだが、ためになった。ホタルは、谷戸(ヤツ、ヤチ)地形の奥にある水田で相当の数を見ることができた。昨年は四季の森で雨の中数少ないホタルに数百人が押しかけて閉口したが、今回はホタル研究家の人も今年は数が多いというように相当多く見られてうれしかった。子どもたちも連れ合いも喜んでいた。多い年の翌年は少ないらしいが不思議である。ホタルも日暮れどきからしばらくが光る時間帯で,9時過ぎには見られないらしい。
●2004年6月4日 (金) 2CH 独身男スレッド(毒男板)「電車男とエルメス子」
この3月から5月にかけて実際に2CHのスレッドで展開された話しで、今ネット界で結構話題になっている。スレのまとめはここにある。
IT系の話題をあつかったこのブログに紹介されていて読んだ次第。
確かに面白く、思わず目頭が熱くなった。仮に作り話だとしたら、電車男は非常に文才に長けた男であろう。また、実話だとしても、彼の会話を文章で再現する力は長けている。相手のエルメス子のキャラクターが面白過ぎる。というよりなぜ、こんな性格の良さそうな子がフリーでいるのか信じられない。また痩せ型で高収入の美人OLで自宅は資産家らしい。電車男は彼女に恋をしているので美化フィルターが相当かかっていることは予想されるのだが。ただ、この物語によれば、エルメス子は、電車男のアキバオタク(とでも言うのか)的な外見や女性との付き合い経験のなさということに偏見ももたず、その勇気とけなげさに惹かれたのは確かなようだ。電車男は電車男で、板の住人に叱咤激励されながらモテナイ男から変身を遂げる。非常に素朴なラブストーリーではあるが、電車男の絶妙な書き込みと住人の応酬により読み応えのあるファンタジーになっている。
●2004年5月31日 (月) 戦場のピアニスト
先々週は子ども用に「リロ・アンド・スティッチ」を借りたが、先週金曜日の190円デーには「戦場のピアニスト」を借りてきて、土曜日の夜鑑賞した。ポーランドの首都ワルシャワ。ドイツに侵攻される直前から映画は始まる。主人公のSpielman(シュピルマン、ドイツ語では演奏家という意味もある)がラジオ局でピアノを演奏しているところに爆撃。ドイツ軍の侵攻である。市街地では戦闘もなく(?)ドイツ軍が進駐、ユダヤ人への差別政策が次々に実施される。シュピルマン一家も、ダビデの星の腕章をつけさせられ、狭く劣悪な環境のゲットーに強制移住させられ、そしてついには、強制収容所への「殺戮」列車への乗車を強制させられる。ユダヤ人警察が、ドイツ人の下請けとして、同朋を監視するというやり切れない状況。ゲットー内では無造作に餓死体や病死体が転がっている。主人公は、列車へ乗る直前、知人のユダヤ人警察官に救われて脱走する。しかしユダヤ人グループはドイツ軍に強制労働させられ、監視の軍人の気まぐれで、簡単に処刑されるむごたらしさ。知り合いを頼ってちょうど「アンネ・フランク」一家のように、ワルシャワ市内で潜伏生活を送る。知人の裏切りにも遭う。ソ連軍のワルシャワ侵攻の直前、ユダヤ人の武装蜂起がドイツ軍によって鎮圧された後、ポーランドのパルチザンがドイツ軍に反抗を開始、そのあおりを受けて、主人公は今度は瓦礫と化したワルシャワをさまよう。ある空家に潜んでいたところドイツ軍将校に発見され、職業をピアニストと答えたところ、その空家にのこされたピアノを弾くように強要。あまりの苦しみの後、何を弾くのだろうと注目していると、ショパンのバラード第1番。これまでのストーリーの積み重ねの効果もあり、心に沁みる演奏だった。その将校に匿われているうちに、ソ連軍が侵攻し、終戦。ワルシャワのフィルハーモニーでショパンの2番コンチェルトのフィナーレを弾き賞賛を得る場面で、映画は終わる。
●2004年5月28日 (金) 公正であるということ 拡大するということ
国会議員は、すべからく年金払い実績について、情報を公開すべし。また、地方議員、地方の首長についても、同様に情報を公開すべし。議員年金がほしいがために、2期務めるだの3期務めるという噂あり。議員が自らに「不利益」な法律、条令を作らせるよう動機付けするには何が必要か?
WIKIPEDIA
議員年金
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B0%E5%93%A1%E5%B9%B4%E9%87%91
マクロとミクロへの拡大、発展がないとなぜ経済活動は衰退してしまうのか?経済活動を生物レベルの誕生、成長、繁殖、衰退、消滅のサイクルの視点で見た場合。生存競争としてのビジネス戦争。人間の欲望の具現化が経済活動であるのか?支離滅裂ではあるが。資源は有限、欲望は無限。
●2004年5月27日 (木) 野球ボールの国際化
http://www.nikkansports.com/ns/baseball/nozaki/top-nozaki.html
日本のボールは、米国、韓国、台湾、オリンピック規格のボールに比べて軽くてよく飛ぶようだ。米メジャーリーグに移籍した日本のホームランバッターの松井秀樹に長打が出ないのは、こうしたことも背景にあるのではないだろうか?いわゆる助っ人外人が本国にいたときとは見違えるようなホームランバッターに変身するのも、これが原因ではなかろうか?プロ野球のコミッショナーは即断即決で、期限を定めて変更すべきだろう。アマチュア球界も同様だ。
●2004年5月26日 (水) キャンプとピクニック
先週末の土日、長男は妻と野島公園、次男は私と日曜日に七沢森林公園と海と山に別々に出かけた。海のお土産は蟹とヤドカリ、山のお土産はカタツムリだった。都市部とは言え、少し動けばまだ身近な自然は残っている。
●2004年5月21日 (金) iPod 国内CD業界保護のための輸入CD規制
iPod 40GBだと MP3で660時間も音楽が収録できるのだという。実家に置いてある、モーツァルト全集も これを使えば身近に置けることになる。
日本の音楽業界が著作権法の変更によって、外国CDの輸入を規制できる方向で動いているらしく、音楽愛好家からの反対運動が起きているようだ。クラシック音楽関係で、外盤が買えなくなったら、大騒ぎだ。例のブリリアントなど購入できなくなるのではないか?タワーやHMVはどうするのか?音楽業界は自分で自分の首を締めるようなマネは慎むべきだろう。
●2004年5月19日 (水) 浜松 と 豊橋
少し前、確か「スーパーテレビ」という番組で、JR新幹線を取り上げたときに、浜松市と豊橋市という近い都市で、同じものを表す言葉が異なるという紹介をしていた。塩は「しょっぱい」と「からい」。ワイシャツを「ワイシャツ」と「カッターシャツ(美津濃の創業者?に起源あり)」。浜名湖が東西の境だということである。フォッサマグナより、相当西よりだが、関が原がそのまた西であることを思えばそう不思議ではないかもしれない。
●2004年5月18日 (火) 酢を飲み始めた
日曜日夜のフジテレビ「発掘あるある大事典2」で、酢を飲んで身体を快調に、体重も減少ということを紹介しており、以前購入していて、一時的に飲んだことのある、薩摩黒酢を水で割って飲み始めた。月曜日からは家族全員で実行開始。子どもはりんご酢を水で割ったものにした。現在体重が78kg弱なのだが、あまり生活習慣は変えずに一ヵ月試して見たいと思う。
●2004年5月17日 (月) エニアグラム
会社の研修の自己分析で、エニアグラムという性格分析を受けた。
http://www.enneagram.ne.jp/ に概要が出ている。
自分でできるチェック
http://shining.main.jp/eniatest.html
●2004年5月7日 (金) オーディオ装置続き
ただ、実家ではDVDプレーヤーをCDプレーヤーとして使っているが、その音もやや硬質だが、自宅の音に比べてよく伸びて明快なので、アンプとスピーカーとそのセッティングの影響が大きいのかも知れない。自宅のシステムは金額的には実家のものの数倍なのだが、セッティングの問題もあり、定位はボケボケだし、解像度は甘い。残響や雰囲気が聞き取れない。オーディオの違いは大きい。
●2004年5月6日 (木) LPレコードの情報量、オーディオの違い
5月の5連休は、実家に帰省したが、正月に帰省できず昨年のお盆以来だったので、孫たちの元気な様子を両方の両親に見せることができた。5/1は次男のボーイスカウト行事が近くであったため自宅で過ごしたが、5/2から急遽全員で帰省することになり、新幹線の切符も予約で一杯だったが、臨時列車のタイミングがちょうど良かったため、自由席利用なのにほぼ着座で往復できたのでラッキーだった。昨年の夏休みに実家のLPを聞きなおそうと思って、プレーヤーの装備品のカートリッジの替針を探していたがすぐに入手できずかつ結構高価なのでその替針よりも安いシェル付きのMM型カートリッジを購入して持っていった。ポリーニのショパンのエチュードを聞いているうちに急にPHONO回路に雑音が入るようになり、満足に聞けなくなってしまった。今回ためしに恐る恐る聞いてみると雑音は出ずに何枚か楽しめた(最後には結局雑音が出始めたので恐らく回路のコンデンサか何かが熱を帯びると特性を悪化してしまうようにでも劣化してしまったのではなかろうか)。子どもにせがまれて聞かせたウルトラマンのテーマも迫力満点だったが、カーペンターズのボーカルも、コンチネンタルタンゴも、カラヤンとベーム来日時のヴァーグナーもしっかり厚みがあり、定位も決まり、音場の雰囲気、残響もしっかり聞き取れる音で鳴っていた。スメタナQの神戸でのライブの「アメリカ」も眼前で演奏されている趣だった。クレーメルの無伴奏パルティータ第2番も生々しく高雅に鳴ってくれた。(付録の自筆譜のコピーはどこに行ったのだろうか。)LPは情報量が大きい。カラヤン/BPOスタジオ録音は相変わらずレガートで重厚さも豪快さも欠ける演奏。長男がいつも聞いている(レーグナーの)CDに比べて速いねと言っていた。ベーム/VPOは1975年の来日時LP4枚組。ジュピター、レオノーレ3番、7番。シューベルト未完成、グレート、ブラームス1番、そしてマイスタージンガーだった。こちらは、冒頭から豪快な鳴りっぷりで、最後まで緊張感が途切れない演奏だった。
●2004年4月22日 (木) 久しぶりにCDを買う
いっときのDVD熱、PC熱(昨夜も調子が悪くについ夜更かしした)のため少々音楽から離れていたが、先日の吉田秀和さんの復帰後の音楽展望にも触れられていたクリスティアン・ツィメルマンと小澤/BSOによるラフマニノフのピアノ協奏曲第1、2番を聴いてみたくなり、会社帰りに最寄のCDショップに立ち寄った。初回特典の金蒸着CDがまだ店頭在庫にあった。息子に「トランペット吹きの休日」のCDを買ってやりたくて探したらアンダーソンの選集CDが2枚出ておりフィードラー/ボストンポップスのを購入。(これは帰宅後ブックレットを読んでみたら、まさにフィードラーとアンダーソンのコンビがこの人気オーケストラ曲を産み出したのだと書かれており得心。演奏録音はシャープさには欠けるが楽しく聴けた)もう一枚以前から聴きたかったシューマンのヴァイオリン協奏曲がクレーメル、アルノンクールの演奏で廉価盤で出ていた(カップリングはアルゲリッチによるピアノ協奏曲という豪華盤)ので購入。都合3枚も買ってしまった。家族が寝た後久しぶりにヘッドフォンで馴染みのラフマニノフの2番から聴き始めた。小澤/BSOはキーシンとの3番のライブを録音しているが、録音の音量レベルが低すぎて非常に不満の残るものだったため少々危惧したが、ドイツグラモフォンらしい克明でバランスのよい音質で不満を覚えることなく演奏に集中することができた。ツィメルマンのピアノは全ての音が克明に奏でられ少々デジタルな趣があるのだが、それはこの演奏でも聞き取れた。ただ、この曲の曖昧模糊とした印象は、小澤のこれも繊細で明晰な指揮(特に管楽器のクローズアップ)とあいまって非常に風通しのよい構成的な音楽(対位法的な展開にはっとした)に生まれ変わっていた。それに加えて感情的な高揚感もこれまで聴いてきた作曲者自演、アシュケナージ、キーシンなどよりもはるかに高く、臆面ないほど奏でられる有名なメロディーに少年の頃音楽から味わった素朴な感動を久しぶりに味わえた。なおCDのライナーノートは嫌な予感がしたため聴いた後に開いてみたのだがやはり宇野功芳氏だったので事前にも読まなくてよかったと安堵した。(この辺はわかる人にはわかるだろう。)それにしてもこの録音、1番は1997年、2番は2000年に録音されたものだという。長らくお蔵入りになっていたのはその間ツィメルマンが完全主義者振りを発揮して編集作業に携わっていたのであろうか?
●2004年4月19日 (月) 外出 続き
◆日曜日は、またしても偶然競馬のGI開催日に、思い立って無料の野毛山動物園に家族で出かけた。3年ほど前、横浜に引っ越して来たばかりで町の性格を把握していなかったころ、場外馬券売り場があることなどまったく知らずにJR桜木町駅から歩いて利用したことがあり、特に女房が雰囲気が悪い町だと感じたらしく印象がよくなく、それ以降遊びに行く機会はなかったが、今回は京急「日の出町駅」を利用したので、ギャンブラーの大群に巻き込まれることもなく、天気もよく楽しめた。帰路は横浜そごうに立ち寄り、ダイヤモンド地下街の「勝烈屋」で定食を食べて帰宅した。動物園は無料とは言え、動物の種類は爬虫類も含めて多彩で、ズーラシアと違って動物を近くで見ることができるため、子どもたちもそれなりに楽しめたようだ。珍しいヨザル、オオミミズクが気に入ったと言っていた。トンカツは、自家製ソースが少々香辛料系のパンチがないのが残念だが、肉は旨かった。勝烈定食とロースカツ定食、エビフライ定食とも好評だった。揚げる油が軽いのと肉がジューシーでやわらかいのがいい。キャベツはそれほどうまくはなかったが。今度は本店で食事をしてみたいものだ。
●2004年4月19日 (月) 週末の買い物外出音楽
◆次男の入学式の日の午後、確か会社の独身寮を退寮してアパート住まいを始めたときに購入10数年使いつづけてきた掃除機のモーターが過剰回転をし始め残念ながら見切りをつけて新しい掃除機を購入した。テレビコマーシャルで宣伝しているフラグシップは4万円以上しており、物の価値観よりも値段が高すぎてパス。2万円以下のものを探したら国内の有名メーカーの中国組立て品が1万8千円程度で買えた。◆長男が音楽の教科書に出てくる曲を聞かせてほしいといったのでCD棚から探してきて一緒に聞いた。ベートーヴェンのト調のメヌエットをグリュミオーで。アルルの女第二組曲のメヌエットをカラヤン/BPOで(長男の指摘でこの曲にもサクソフォンが使われていたのに気が付いた)。軽騎兵序曲をカラヤン/BPOで(自分の小学生時代にもこの曲を聞き記憶に残っている)。ラデツキー行進曲をボスコフスキー/VPOで。「トランペット吹きの休日」とブラスバンドの「ブラジル」という曲のCDはないので割愛。久々にステレオセットで音楽を聴いた。◆土曜日、スーツのズボンの股の部分が擦り切れてきて穴が空いてきたのを女房が見つけ、とうとうスーツを買うことになった。これまで衣服関係では相当質素な生活をしていた。車で10分程度の近所の量販店(青山)に折込広告に出ている安いバーゲン品を探しに行ったのだが、安いものとそれなりのものを並べておいてあるので、やはり安物には手が出ない仕組みだ。スーパーのようにそれしかないなら我慢するのだが、つい自分でも気に入るものとなると結構高くなる。ただ思い切って春夏用2着買ったので、2着目が相当割引き(1万円程度)になり、少しはお得だった。今度は2パンツスーツなのでスラックスには不自由しないだろう。昼食は予定が慌しかった為家族には珍しい吉野家で豚丼を食べた。残念ながら旨くなかった。ゴボウと一緒に煮込んであったが、豚丼やカレー丼ならすき家の方が旨い。吉野家はアメリカ産牛肉禁輸以降業績も悪いようだが、むべなるかな
●2004年4月16日 (金) イラク 日本人3人の人質事件とその周辺
日本時間の昨夜(4/15 夜9時頃)、「武装集団」に誘拐されていた日本人、男性2名、女性1名が、目立った外傷はなく、無事解放され、在イラク日本大使館に保護され、同慶の至りである。ただ、アメリカ、ドイツ、イタリアなどの国の同様の民間人の人質は危害を加えられたり、最悪は殺害されたケースもあり、イラク人の怒りの象徴のようである。なお、日本人のフリージャーナリスト2名が現在行方不明で新たな人質に取られたのではないかと危惧されている。
ところで、今回の日本人人質事件での日本国内での心無い人々の反応が嘆かわしかった。マスコミに登場した人質の家族に対する残酷な嫌がらせ電話、ファックスがひどかったようだ。この国のゆがみの象徴であろう。また、この事件が狂言だとのうわさがネットで流れたようで、その裏を取ろうと、佐々木某なるスパイ小説家が執拗に動いたらしく、彼の発行するメールマガジンにその経緯が載っている。国際謀略の専門家を自認しているようなのだが、イラクに軍隊を派遣している国の民間人が次々に狙われてあまつさえ殺害までされているという報道を把握していながら、狂言説に固執するという幼稚な神経は信じがたい。彼の小説を一冊読んだが、ところどころにそのような幼児性がにじみ出ていたのを思い出す。エープリルフール並みのジョークとしてメルマガ購読していたが、これで見切りをつけたほうがよさそうだ。
●2004年4月14日 (水) WIN98いじり その後
日曜日、月曜日、火曜日とムックを元にいろいろ弄ったが、火曜日の夜、ざっくりと不要ソフトをアンインストールしたら、単独では相当軽快になった。ただ、マカフィーを動かすととたんに遅くなるし、USBカードで外付けHDDにつないでも動作が遅くなる。これはCPUの能力の問題なので仕方がないだろう。外付けHDDに退避できるようになったことだけでもよしとしよう。ただ、それでもクリーンインストールをやってみたい。その後、パラレルでプリンタを接続する。
マカフィーは MCUPDATEというバックグラウンドで動くプログラムがソフトのインストール、アンインストール、設定の更新を邪魔するようだ。ネット検索するとそのような障害に遭っっているという発言も見られる。YBBで提供のノートンに乗り換えるか?会社のノートンの動作は非常に安定しているので。
●2004年4月11日 (日) Windows98をメンテナンス
カタログで調べたところまだパラレル接続できる新型があることが分かった。エプソンのは少々性能が落ちるがキヤノンのは売れ筋のようだ。PIXUS 860i(\44,800)と同560i(\29,800)が良さそうだ。特に後者は、実売17,000円ほどになっていた。金曜日の帰宅時に量販店に立ち寄ったのだが、さすがに図体が大きく、これなら更に安いネット通販のほうが楽かも知れないと思った。書籍部に立ち寄ってWINDOWS98のクリーンインストールなどの情報を探していたら、宝島社「WINDOWS98/Meが安定する!」というMOOK系の本が目に付いた。ポイントで購入した(今回から消費税分もポイントから引かれるようだ)。その後、ディズニーの「ファンタジア2000」もポイントで購入。帰宅後、SHELLICONCACHEの削除やTTFCACHEの削除を実施してみたあと、ムックを読みながらいろいろ試してみているところ。劇的な変化はないようだが、メモリークリーナーというユティリティーは、メモリーが解放されないのをマニュアルで解放してフリーズを防いでくれるので重宝だ。FAT32にしたあと不調だったDISKEEPERは再インストールしたら快調になった。
●2004年4月7日 (水) 花見、入学式、FAT32
◆どうも携速をインストールするとPCの調子が悪くなるようだ。WINDOWS98にUSB2.0ドライバやLANドライバまで付けている重い環境なので、仮想とは言えCDドライブを増やすのはリソース面からもきついように思われる。もっとシンプルな環境で使うべきソフトだろう。アクロニスが動かないのでいったんこれをアンインストールした。◆ところがまだアクロニスが動かない。これもいったんアンインストールしたが、アンインストールの途中で止まったりして苦労した。常駐ソフトをCTR+ALT+DELで終了させ、再インストールしたら何とか動いてくれた。バックアップコピーしたドライブ情報イメージを仮想ハードディスクとして認識して部分コピーができるようになるのだが、前回これをやった後、仮想HDDを切断しなかったのに気が付いた。切断しないまま、デフラグとか掛けたのがよくなかったようだ。エンカルタ2000のために買った携速だが、使用をあきらめ、子どもにはCD-ROMで使うように言った。◆4/3(土)晴天。桜が満開ということで、バスと電車を乗り継いでこどもの国に花見に行って来た。途中の渋滞と駐車場の混雑を避けて公共交通機関で行ったのはまあ正解だった。豆汽車、広場でお弁当、牛や羊に餌やり、動物園、遊具、野の花撮影と4時半の閉園までのんびりすごした。◆4/4(月)冷たい雨になりカブスカウトの弘法山ハイクは中止。◆4/5(火)年休をとり次男の小学校入学式に出席。快晴に恵まれたが少々寒い。長男も次男も新しい学年、新しい学校に明るい様子で安心。10年以上使用した掃除機のモーターが異常に高い回転になり、危険なので買い替え。◆WINDOWS98を思い切ってFAT32に変換してみた。うまくいき、1.3GB HDDの空き容量が300MBも増え500MBになった。ただ、その後DISKEEPERのデフラグの調子が少しおかしい(時間がかかる)のでWIN98のデフラグをやったら2時間もかかり、寝たのは午前3時。◆USB2.0PCカードを付けたので花盛りの廉価なプリンタのUSB接続が使えるかと期待して調べているが、プレインストールWIN98ではないと、動作保証しないというプリンタが多いようで、結構難しいようだ。◆DVDドライブはスペック的に無理でもCD書き込みドライブなら何とかなるかもしれない。ただ、今更CDドライブかという気にはなる。
●2004年4月1日 (木) 外付けHDD続報
昨夜3月の大晦日は日、月の深夜までのPC作業の睡眠不足で早々と寝入ってしまったので、子どもたちがHDDにinstallしたエンカルタ2000で調べ物を楽しむのを助けた程度。単体のシンプルなノートPCとは違い外付けがあると子どもの使用にも注意が要ることを認識。つい声を荒げてしまい反省。
月曜日の夜にはアクロニスでのコピーが動かなかった。まだ原因究明はできていない。
外付けHDDに相当データを入れた(といっても160GB中ほんの5GB程度だ)ので、DISKEEPER LITEでanalysisしたら真っ赤だったので defragをかけたところ2,3時間たっても完了しない。これはpartitionをまったく切っていないためだろうか。今更フォーマットをかけてpartingするわけにもいかないし。ただ、partitionは行わない方がいいという論者もいるようだ。
なお、DISKEEPER LITE(無償配布は終了したらしい)は便利だが、この前ビックカメラでみたのは価格が数万円もしたので、買えないと思っていたら、それはサーバー用らしく、WORKSTATION用はネットなら6千円程度で買えるようだ。検討しよう。
WIN ME,XPでは外付けディスクの認識番号を予め決められるようだが、98ではダメなので、携速2000のような仮想CDドライブをインストールしていると、再立ち上げの際に外付けHDDの番号が変わってしまうことが分かった。これには仮想CDの番号を固定することで対処できた。ところが、昨夜、実装CDドライブをPC本体から外しFPDを実装して立ち上げたところ、HDDがCDドライブ(D)の番号になってしまった。これでエンカルタを使おうとしたら使えなかったので調べたら分かった次第。仕方なくCDドライブを装着し直して使えるようになった。
DVDドライブも購入を考えたが、これはPC本体に相当の実力がないとダメなようだ。CPUもRAMも今の7年前のPCとは格段のspecが必要らしいので諦めた。CD-Rドライブならそれほどのspecは不要だろうが、最新機種の揃っているビックカメラあたりにはCD-Rドライブは店頭にはないようだ。
USB2.0がついたので、USBハブを買い足して、プリンタ接続も検討中。
●2004年3月30日 (火) 「続き」のその後の「続き」
!?◆その後、日曜日の晩にENCARTA2000がインストールできなくなったときにアンインストール、その後再インストールに失敗した ENCARTA97英語版もバックグランドプログラムを終了させた状態では、普通にインストールできた。広辞苑は、CD-ROMの内容をコピーしたフォルダにCD辞書検索ソフトをインストールしてやったら、書籍を認識して使えるようになった。その後、ENNCARTA2000をどうにかしてハードディスクコピーして使いたい目的で以前購入した携速98(2000)をインストールしたのだが、外付けハードディスクを外してインストールしたため、HDDの認識番号が、辞書ソフトなどをインストールしたときの Eではなくなってしまったため、改めて外付けHDDをつけて再インストールしたらようやくつかえるようになった。その後、ENCARTA2000を一回失敗しながらセットアップして、CD-ROMを1枚イメージコピー完了し、動くことを確認したら既に午前3時だった。2枚目をコピーセットしてようやく寝ることができた。
●2004年3月30日 (火) 「続き」のその後
日曜日の夜、HDD接続のうれしさと百科事典、辞書関係のインストールがうまくいかない悔しさの入り混じった状態で、PCからUSBカードを抜き、LANカードを差込み、インターネット用にして、PCのお守りを終了した。昨日「PC21」の記事に触発されて、昨日貯まった量販家電店のポイントで、
http://www.sourcenext.com/products/trueimage_p/ ソースネクストが格安で販売している ACRONIS TRUE IMAGE PERSONAL 1980円を購入して、インストールすることにした。◆ところが、日曜日にできなくなったENCARTA2000のインストールと同じで、インストールの途中で止まってしまうことが2回。1回目はフリーズ。2回目はインストール画面が途中で切り替わらなくなってしまった。CTRL+ALT+DELで再立ち上げに時間がかかった。USB2.0カードやHDDのドライバなどが悪戯したいるのか?もちろんアンチウィルスソフト関係は停止にしていた。これはWINDOWS98を入れ直さなければならないかと覚悟して、PC添付のマニュアルを引っ張り出して読んで見た。プレインストールのWINDOW95マシンだったので、いったんリカバリCDでWINDOWS95状態にして、それからアップグレードのWINDOWS98を入れるのか。これではまったく本末転倒だ。◆マニュアルを読んでいて、バックグラウンドで動いているウィルスチェクを停めることを思いついた。本来はCONFIG.SYS、WIN.INIなどをいじるべきらしいが、直し方が分からない。CTRL+ALT+DELで動いているマカフィー関係と思われる M*****とDISKEEPER LITEを停めた(途中で例外違反が発生したこともあった)。それからおもむろにインストールをしてみたら今度は成功した。早速Cドライブを外付けHDDにイメージとしてコピーした。圧縮を掛けなかったのでほんの10分程度でコピーが済んでしまった。そのイメージファイルをHDDとして認識する機能があり、簡単に開いてコピーできる。これは優れものだ。但し、マニュアルによると、WINDOWSが立ち上がらない場合にCD-ROMからブートする場合、USB接続のドライブは認識しないらしい。これって「PC21]の記事には触れられていない要点ではないか
●2004年3月29日 (月) 続き
◆ところが先日以前よく購入していた日経PC21という雑誌に外付けHDの記事が載っていた。それを購入し読んでいくと何とかなりそうな気がしてきた。最初USB2.0などということは全然念頭にもなく、SCSI接続とPCカード式の5GB程度のHDDが候補で、近所の量販店を探したが、両方とも見当たらない。改めて雑誌をよく読んでみると、古いノートPCにもUSB2.0カードが装着できるようなので、先週金曜日に接続できなかったら仕方ないと思い切って、BUFFALO(メルコ)のUSB2.0接続の16GBのHDD(税抜き19,300円、サービスポイント18%付き)と相性を考えて同メーカーのUSB2.0(IE1394付きしかなかった)カード5,830円(POINT18%)を購入。金曜日に帰宅後大胆にかつ慎重に作業を開始した。◆マニュアルにしたがって、まずUSB2.0カードのドライバのインストール。問題は、LANカードとUSB2.0カードが狭いカードスロットには同時に挿せないことだ。これでは外付けHDDとインターネットの同時使用はあきらめなければなるまい。インストールがマニュアル通りには進まず、古いPCではやはりだめかと諦めもよぎったが、再起動したら認識してくれるようになった。但し店頭在庫で仕方なく買ったIEEE1394付きのカードなのだが、WIN98SE以上でなければこの機能は使えないらしい。◆次にHDDのドライバインストール。MEやXPならこれは不要らしい。これも一回再起動したら認識。いよいよ、160GBの大容量にアクセスである。◆手始めにこれまで撮りためてスマートメディアに残したり、コピーしたりした2001年からのデジタル写真を移動した。ただし、アダプタがフロッピータイプなので読み込みが非常に時間がかかり、10枚程度(ほとんど32MB)をコピーするのに、土日を費やした。ただ、JPGの低解像度なので、コピーすると少々画質が落ちるようだ。Irfanviewのスライドショーでまとめてみるとなかなかである。◆ただ、HDDもカードもホットプラグで使えないようで、PC電源を切った状態で接続して、HDDは電源をONにしておき、PCを立ち上げる必要がある。また、PC起動中の取り外しのソフトがうまく動かないことが多い。特にHDDの取り外しソフトが長時間作業中になってしまうのが困る。外すのはPC電源を落としてからがベターだ。◆次はいよいよ辞書ソフト類のハードディスクインストールに挑戦だ。
●2004年3月29日 (月) 旧式ノートPCへの外付け160GBハードディスク装着記 1
私のPCは1997年6月発売のFMV-BIBLO NU13という旧式のノートパソコンである。
http://www.fmworld.net/product/former/bi9706/spec2.html
購入当初はWIN95だったが、すぐにメモリを32MB買い足しWIN98にアップして今日に至っている。ハードディスクは今となっては驚くほど少なくなんと1.3GBしかない。そしてなんとUSBがつかない。これまで主にNIFTYのパソコン通信、ダイアルアップ接続のインターネット、ADSL接続のインターネット接続用途で使ってきた。というよりもソフトをインストールしたりアンインストールしたり、お守りの方が時間を費やしているかも知れない。
プリンタは購入していないので年賀状印刷はしばらく前まではOASYSの専用機を使っていたが、とうとうプリンタの機構部が壊れてしまったので、今はもっぱらフジカラーの写真年賀状である。これまでプリンタはUSB接続が主なのでどうしても手が出なかったということもある。
2001年の海外出張の時に衝動的に成田空港の売店で130万画素のデジタルカメラを購入した。低解像度でも画像を保存しているうちにあっという間に内蔵HDDの容量がなくなり始めた。また妻がメールのやり取りを始めたため、その保存メールも容量を圧迫している。既に容量不足は数年前から感じていたので、ソフトテンコモリのFMV-BIBLOからできる限りソフトをアンインストールしてきた。フォントも削ったし、ヘルプファイルも削った。しかし、セキュリティホール対策でWINDOWSやIEのアップデータなどが頻繁、常時接続時に導入したセキュリティソフトもあり、とうとう1.3GB中100MB程度の空き容量になってしまい、新PCの購入を検討し始めた。デルやHPのネット販売が新聞をにぎわしているのでそれも候補だった。(続く)
●2004年3月24日 (水) 新生銀行
旧日本長期信用銀行。政府系金融機関などつぶれるわけがないと漠然と思っていたのだが、見事につぶれ、大量の公的資金(血税)を投入しながら、リップルウッドなる外国の投資会社に瑕疵担保条項まで付与されて買い叩かれ、そして今にいたる。先日株式上場。現在は、インド系のオンラインソフトウェアの導入により(?)、手数料無料の個人取引が有名になっている。新潮文庫にも著作が入っているエコノミストの竹内某などは長銀の出身だったと記憶するが、このようなテイタラクを彼などはどのように語るのだろうか?
●2004年3月21日 (日) 最近のグーグルの検索結果
なぜかPoohがトップで登録されている
http://www.google.co.jp/search?q=%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%AE%E8%8C%B6%E3%81%AE%E9%96%93&hl=ja&lr=&ie=UTF-8&filter=0
●2004年3月21日 (日) 吉田秀和氏の復帰 2004年3月17日(水)朝日夕刊
喜ばしい。読む喜びを味わわせてくれる数少ない、否、唯一の音楽評論家。ようやくお身内の不幸から立ち直られつつあるようだ。庄司さやかのプロコフィエフのソナタとツィメルマンと小澤/BSOのラフマニノフの珍しい第1番と第2番。ツィメルマン(ツィマーマン)を現代のもっとも優れたピアニストの一人と賞賛を贈っておりそれには実演を経験したものとして深く同意したいが、バックの小澤/BSOにはまったく触れていないのも珍しい。
●2004年3月20日 (土) DVDソフト その2
その後、ディズニーの「ファンタジア」を購入。これは10年ほど前に買ったVHSが子供たちの気に入りで傷んでしまったので、今回の廉価版発売を機に買ったのだが横長のビスタサイズではなくテレビサイズにトリミングされており最初みたときはひどく不満だった。ただ、子供達と2回目にみたときは違和感は減ったし、音声は相当改善されていた。
「ウェストサイドストーリー」言わずと知れたレナード・バーンスタインの音楽。彼がカレラスやテ・カナワ等とオペラ的な演奏を残したCDの演奏精度に比べると映画版の音楽は少々さみしいが、ダンス映像は楽しめた。
「ドクトル・ジバゴ」。原作はパステルナークの問題作(ソ連にとって)だが、これまで読んだことはなかったし、映画もララのテーマの音楽を知る程度だったので、これも廉価で購入、幾晩かに渡って観賞。ロシア革命時代の一人の医師兼詩人の生き様を描いたもの。実際のウラル山脈はどうなのか分からないが、映画に写されたそれは荘厳だった。
「ロミオとジュリエット」。中学校のとき、実家のある町の映画館でリバイバル上映され、熱中したもの。今見直すと、ティーンエイジャーの一途な激しい恋愛に気恥ずかしさを感じてしまうが、衣装も演出も映像もすぐれている。主演のふたりも初々しい魅力にあふれている。多少カットはあるようだが、シェークスピアの原作の台詞もほぼ忠実に演じられている。
まだ見たいソフトもあるが、次第に一時の熱狂は収まってきた。
●2004年3月20日 (土) DVDプレーヤー購入とソフト連続購入
1/30(金)DVD 「次男の幼稚園おゆうぎ会」 6,000円 を購入し、それをみるために、DVDプレーヤー SHARP DV-SF70P 14,800円 消費税740円 計15,540円を購入した。
おゆうぎ会の記録以外に普通のソフトもみてみたとプレーヤーを抱えながらソフト屋で探すと「DVD オズの魔法使い」が廉価で発売されており、1,500円+75円で購入。
DVDの映像は、ノイズやちらつきがなく、透明感があり、それだけで感激してしまう。またソフトも新作を除けば各社から廉価盤が数多くリリースされており、見たいものも結構ある。そんなわけで、先日までに連続して結構の数のソフトを購入、レンタルした。
キューブリック監督の作品がコレクションとかで数種類発売されており、中では以前からまったく名前も知らなかった「バリー・リンドン」をあまり予備知識もなしに買ってみて見たが、非常に美しい映像と18世紀の西ヨーロッパが再現されており、面白かった。まさにモーツァルトの生まれる直前の時代だ。アイルランド、フランス、オーストリア、ベルギー、イギリス。
フィガロは、すばらしい映像作品だが、ベームとヴィーンフィルの映像がないのは残念。
「不滅の恋 ベートーヴェン」は、映像でみるベートーヴェン像として部分的には感心するところがあるものの、少々細部が疑問であり、中でもミステリー仕立ての結論部分をどう評価するかで作品の評価が違う。面白いと捉えるか否か。
「薔薇の騎士」は、演出、衣装、音楽はいいが、映像が少々鮮度が落ちている。
2/2(月) DVD 薔薇の騎士 5,250円
2/3(火) DVD 時計仕掛けのオレンジ 1,417円
2/4(水) 中山レンタルデオ屋JOYFULに入会 DVD「スターウォーズエピソード2」
2/6(金) DVD フィガロの結婚 3,150円
2/9(月) DVD 黒澤明「夢」1,350+67=1,417円
2/10(火)DVD 不滅の恋 ベートーヴェン 4,230+211=4,441円 計38,715円
2/10(火)DVD 2001年宇宙の旅、バリー・リンドン (計2,700円 BICポイントで購入)
●2003年12月4日 (木) 最近聴いたCD
◆子どもがトリッチトラッチポルカを聞きたいというので以前買った外盤のデッカ、ボスコフスキー/VPOのCDは、同じ演奏者の日本盤よりも音質が繊細で迫力もある。ドナウなど録音年は外盤の方が古いのに。
◆R.シュトラウスのオーケストラ曲をいくつか。ティルをカラヤン/BPO、セル、アシュケナージの順で聞き比べ。セルのは録音に古さを感じた。中ではカラヤンがよかった。キビキビした曲なので変なカラヤン風レガートが気にならないせいもあり、各パートの充実を感じた。アシュケナージのも遜色ない。「ドン・キホーテ」のセル盤は、小澤盤とのあまりの差に驚嘆したものだったが、今回聞いても克明な描写力の凄さに圧倒された。
◆ブルックナーの4番(ハイティンク/VPO)。4番ロマンティックは、かつての人気曲の反動で、逆にマニアから評価が低いようだが、私は好きだ。6番はスクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケンのCDで初めて聞いた曲。
◆ブラームスの1番。ザンデルリンク/ドレスデンSKは今回聞いても脱帽ものの凄さだった。特に低弦が雄弁であり、克明だ。木管や金管もすばらしい。対位法的な楽句が立体的なのが凄い。ポリリズムの先駆としての評価もある曲だが、それを実感できる各パートの充実だ。小澤/サイトウキネンも聞きなおしたが、比較にならない。第二楽章の弦と全体としてフルートがいいくらい。対位法的な構造性が見えてこない。
●2003年12月1日 (月) 風邪がなかなか完治しない
11月のいつ頃だったか、子どもたちが咳の出る風邪にかかり、結構完治までに時間がかかった。ほぼ同時に妻が同じ風邪を引き、子どもが治るのとほぼ同じ頃、私がかかってしまったようで、2週間くらいたつが、なかなか完治しない。マンションの室内の空気環境が悪いのだろうか。
●2003年11月21日 (金) チャイコフスキーマニア
YAHOO掲示板というインターネットの巨大掲示板がある。多くのジャンルに分かれており、音楽はエンターテイメントに分類されている。その中にクラシックの掲示板があり、現在では全般、オーケストラ、吹奏楽、合唱に分かれている。ネットの掲示板は匿名性をいいことに非常に異様な発言に溢れている。タイトルのチャイコフスキーマニアも非常にマニアックなpassionbbbという人物が開設したもので、当初はまさにマニアックなやり取りが書かれていたが、最近では、地口、駄洒落にマンネリ化していて読むに耐えない。しかし、この人物、相当に知識が深く、広汎であり、鋭い。そして、偏執狂的である。まさにマニアックである。
この掲示板の初期の投稿を最近読み直してみて、急にチャイコフスキーが聞きたくなったので、この数日聴いている。昨晩は、LPでも持っているピアノ協奏曲第1番 リヒテル、カラヤン盤を久しぶりに聞いてみた。その前日に、ホロヴィッツ、トスカニーニの録音も久しぶりに聞いて、トスカニーニのフレーズの短い音楽作りは性に合わないと痛感したばかりだったが、カラヤンの指揮ではそういう違和感がなかった。リヒテルのピアノもすばらしい。私には、この曲にはこの演奏だ。
買ってからほとんど聴かなかったマゼールの1812年と交響曲第5番もヘッドフォンで聴いてみたところ、ボリューム不足も気にならずそれなりに楽しめた。S/N比の悪い視聴環境には合わないCDである。
●2003年11月13日 (木) 11/12に聴いた音楽
カリンニコフの2曲の交響曲のCDからいつも聴いている第1番を飛ばして、
http://homepage3.nifty.com/Miyabi_Marshall/page069.html
第2番を聴いた。第1番のいかにもロシア民謡風の(トロイカを思わせる)曲想に比べて地味だが、楽器法が独特で、木管の協奏曲のようにフルートが浮き上がる効果はなかなかのもの。フィナーレ楽章は少々くどい。クチャル指揮のウクライナ国立交響楽団。結構うまいのではなかろうか?
●2003年11月12日 (水) バルトークの弦楽四重奏曲第三番の聴き比べ、他
11/10(月)の夜、第四番には大分なじんだので、同時期に作曲された第三番に挑戦を開始した。こちらは四つの部分が連続して演奏され、所要時間も15分と比較的短い作品。まずはハンガリーSQ、自然の虫の鳴き声が一番よく聞こえた。ジュリアードSQ、演奏精度が上がった感じ。アルバン・ベルクQ、さらに演奏精度があがり、フラジオレットの響きも完全にコントロールされているのが凄いが、逆に表現が丸く野蛮さがスポイルされているのははっきりしている。ただ、今の自分にとっては、ABQの演奏が一番理解しやすい。
11/11(火)の夜、以前ヒットした「ピアノレッスン」という映画のサウンドトラックを担当したマイケル・ナイマンが自作を再構成し「ザ・ピアノコンチェルト」という協奏曲に仕立て上げた曲があり、そのCDをはるか以前に買っていたのだが、途中で飽きてしまい放ってあったのを聴いてみた。音がクラスター状態で、気になるが、ヘッドフォンで、テレビ画面を見ながら聴いたら、併録のTGVを題材にした曲も何とか聴き通せた。それにしても解説書の翻訳はお粗末。朝刊に小澤征爾のヴィーン国立歌劇場の「フィガロ」は何とか評価された(コシとジョヴァンニは散々だったらしい)との特集記事があったので小澤の録音をいくつか。BSOとのベートーヴェン第五の第一楽章。何でこんなに軽い音楽になっているのだろうと改めて思った。次ぎはチャイコフスキーの「悲愴」の第一楽章の聴き比べ。小澤/パリ管は、記憶より洗練された演奏ではないのが悲しかった。ムラヴィンスキーのDGスタジオ録音盤は凄かった。各パートが楷書風にきっちりと鳴り、ウトウトし始めたところで展開部の一撃は強烈だった。意志の力を感じる演奏。これがチャイコフスキーらしいかという疑問はあるが、演奏として凄い。
●2003年11月10日 (月) 11/4-11/9
火曜日は3連休の疲れから早めに仕事を切り上げて帰宅。区役所へ行き、衆議院選挙の不在者投票をしてきた。最高裁裁判官の国民審判に大学時代講義を受けたことのある教授が名簿に載っていた。新聞で知っていたが、あらためてすごい先生だったんだ。水曜日は遅くまで仕事、話題のラーメンを食べたら、翌朝腹を壊して、たった2分間だけだったが、遅刻してしまった。木曜日は、やはり帰りが遅く、ようやく「白い巨塔」を途中からみることができた。金曜日は懸案の仕事を片付け、またもや深夜までテレビをみてしまった。アメリカのコメディー「二人は最高 ダーマ&グレッグ」。http://village.infoweb.ne.jp/~gofdrama/dharma/cast_d.htm結構きわどい内容だが、気軽に見れてテーマ音楽がなんだか面白い。その後「LOVE FIELD」という映画。ケネディ大統領暗殺前後の白人女性と黒人男性のロードムービー。ダラス空港の別名がLOVE FIELDというらしい。ハッピーエンドものだが、結構面白かったしいろいろ考えさせられた。ダラスからバス(グレイハウンド)で行くとするとディープサウスを通過していくわけだ。先日改めて新潮文庫の「アメリカ50州を読む地図」(浅井著)を読み返したので、公民権運動の頃のアメリカ南部の様子が垣間見れたような感じだった。黒人男性がプラチナブロンドのマリリン・モンロー的な女性を同乗させて走ることが危険だった(いや今で危険なのかも知れない)時代!http://jtnews.pobox.ne.jp/movie/database/treview/re393.html
土曜日は、家族で関内までトンカツを食べに行こうとしたが、結局は最寄の駅ビルで食べた。しかし子どもたちも満足。日曜日、少し風邪気味なので、一人で留守番。OUTLOOKEXPRESSの設定を変えて、複数利用者用にした。昼はC.クライバーの7番を聴いたがあまり感心せず、夜聴いたテンシュテットの巨人は凄かった。
●2003年11月5日 (水) 三連休
三連休の1日目は妻が所用で出かけたので送迎以外は息子たちと家で過ごした。塾の宿題を見てやり、その後の時間は見たがっていたビデオを見せてやった。トムとジェリー傑作集。子どもの頃テレビの白黒放送で放映しており、ほほえましい日本版の主題歌の影響でその残酷さはやわらげられていたのだが、改めて見直すと結構ねずみによる猫への反撃が残酷だ。ジェンガというゲームもやった。
2日目は、次男の七五三のお宮参りに行ってきた。次男は和装をしたいというので羽織袴をレンタルで借り、女房は和服と和風の髪結いをした。長男は小学校入学時のスーツ。私は、礼服。写真屋で高価な3ポーズの写真を撮影し(両方の実家用を含めると10万円?)、長男のときもお参りした、比較的近所の神社で御祓いをしてもらった。天気が非常によく、暑いくらいの一日だった。そのせいか帰宅するとバタンキューで、夕食は、宅配のピザだった。
3日目は、休日出勤しようと思っていたが、天気も悪く、金曜日の話しの影響もあり、気分が乗らず、サボってしまった。
●2003年11月3日 (月) CDラックの整理
最近次々とCDを買い入れるものだから、文庫本ラックを利用したCDラックも収拾がつかなくなってきた。そこで思いきって整理をした。といっても、箱物を別のところに移しただけだが。
普段目に触れない場所にあるCDを見ると、あれこんなのあったけという感じで、また聞きたくなる。
ブラームスをまとめ聞きしようと、まず、ミルシュタインとヨッフム/VPOのコンチェルトを聞いてみたが、これが相当面白かった。独奏に結構こまかい節回しの特徴がある。ただ、ブラームスはこれでちょっとうちきり。
次ぎに、「CDラック」では低い評価のワルターの田園を本当に久しぶりに聞いたところ、非常に新鮮だった。ところで、第二楽章のミュートについて、ジンマンのCDやハーディングの来日公演のテレビ放映で驚いたのだが、従来のモダンオケではミュートは掛けていなかったのが、ワルターので確認できた。
シュナーベル絡みでは、フライシャーが彼の弟子で、以前セルのオケを聞きたくて買ったベートーヴェンの3番と5番のコンチェルトのCDがあるが、久しぶりに聞いてみたら、フライシャーのピアノがセルのオケといったいとなって音楽として立派な出来になっていたのが面白かった。またセルの指揮は金管の強調により、モチーフを浮き立たせる効果に特徴が見られるが、それがこのCDでも聞くことができた。
吉田秀和氏は、もう老いたというような悲しい言葉をネットの遠慮無い掲示板などでよく目にするが、私などは、彼の「世界の指揮者」「世界のピアニスト」(いずれも新潮文庫で現在絶版。なぜ絶版なのか)などを読みながら音楽を聴くのは至福のひとときだ。今晩は、先日聞き始めた、ホロヴィッツの「月光」ソナタの第3楽章を聞きなおして、うまいけれど、アーティキュレーションがベートーヴェン的ではないななどと感じつつ、R.ゼルキンのを聴いてみて、冴えない部分はあるがやはりこれがベートーヴェンの音楽に尊敬と愛情を捧げた音楽なのだろうと思い、ゲルバーのEMI録音を聴いて、奥深い響きと細部をきっちり弾きながら巨匠的な音楽だと思い、そうだ、グルダの全集を聴いてみようと思って、聴いたところ、そのすばらしく迫力があり、耳が洗われるような音楽を久々に耳にして、あのセルとVPOの第五交響曲を思い出した。そのグルダを称賛した吉田さんの文章を読みながら、今28番のソナタを聞いている。
●2003年10月31日 (金) ノイエザッハリヒカイト
しんそくぶつしゅぎ【新即物主義】
(ドイツNeue Sachlichkeitの訳語)一九二〇年代の後半から三〇年代にかけて、ドイツに興った写実主義的な芸術運動。表現主義の反動として合理的・客観的・即物的な対象把握を特徴とする。美術におけるグロッス、ディックス、文学におけるケストナーなど、時代や社会に対して諷刺的なリアリズム作品を発表した。他に、古典的な写実主義に復帰しようとした人々も含まれる。
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988
ちょうど「シューベルティアーデ」に録音している1930年代を中心とする大家の多くは、演奏様式的にこの新即物主義とその直前の表現主義(後期ロマン派)が共存していた時代に属する。ただ、表現主義の末裔の典型であるメンゲルベルクの未完成が意外なほどすっきりしたフォルムを提示しているのは意外だった。
カラヤンの「ザ・グレート」の第一楽章を聴いたが、1946年という戦禍やナチズムの傷も癒えないこの時期のドキュメントとしては貴重な記録である。それを抜きにしてこの演奏を聞くと、後年のカラヤンの特徴のひとつの付点リズムの甘さ(レガート)が少々気になる。その一方で(楽譜通りかどうかは疑問だが)ところどころに意志的なクレッシェンドが現れ、印象に残る。付点の奏法を別にして全体としてはスッキリした引き締まった音楽になっている。
●2003年10月30日 (木) あたしんち、あずまんが大王、歴史的録音
ブックオフで購入。後者は、ASAHI.COMの漫画コラムで知った。ジョシコーセー漫画のようでためらったが、読んでみると面白い。(なお、古本のため、前の所有者が漢字にルビを振っていた。小学生が読んだのだろうか?)「あたしんち」は、現在アニメ化され、子どもたちに人気があるが、原作も面白い。
ところで、ダイナミックレンジも帯域も狭くS/N比も悪い歴史的録音の演奏になぜ感激するのか。仮説1:当時録音を残せ、かつ今に伝えられているような演奏家は、実力と運に恵まれており、それこそ「クラシック」であるから。仮説2:自分自身の幼少時からの音楽鑑賞歴が、これらの録音と大差のない電蓄、ラジオ、テレビで覆われているため、そこから懐かしさを感じ、純粋に音楽から得る感動にプラスアルファが加わっている。仮説3:どんなにハイフィデリティを追求したオーディオでも、生演奏とは格段の差があり、むしろ帯域の狭いSP的な音質によってこそ、音楽情報が伝わりやすいのかも知れない。むしろ今のCDには余計な情報が入りすぎているのかも知れない。
昨日は聞けなかったが、一昨日は、ビーチャムのシューベルトの交響曲第5番と第6番を聞いた。針音がする音質だったが、当時の人々はこのような端正な演奏を聴いていたのだと感慨深かった。多分楽譜を参照しながら詳細に聴けば、ダイナミックや表情付け、楽器法など必ずしも忠実ではないのかも知れないが、オーケストラ演奏でも先入観とは大分印象が違う。そういえば、「運命」の初録音とされるニキシュ/BPOだって非常にすっきりしたスタイリッシュな演奏だそうだし、マーラーやR.シュトラウスの演奏も快速で粘らなかったらしい。19世紀末のロマン派的な誇張の多い主観的な演奏だけが大手を振っていたわけではなかったのだなあ。
●2003年10月29日 (水) 昨夜のテレビ
NHK総合夜11時台で「物知り一夜漬け」とかいう題名の番組をやっていた。なんの気なしに音を消して(CDをヘッドフォンで聞きながら)みていたら、長野県が長寿県なのはキノコをよく食べることに要因の一つがあるということを示す映像として、なんだか見覚えのある景色と見覚えのある人物が出ていた。当初場所とキノコ取りの参加者についてはコメントはなかったが、その内キノコなべの場面になり、それが須坂市の大谷町のキノコを楽しむ会というグループで、以前同僚で定年退職したSさんがこじゃれた赤い普段着を着てキノコを取り、なべを囲んで談笑する姿がはっきり写されていた。見覚えがあるなと思った最初の勘はあたっていたのだ。そうか、あの辺りの山はキノコが豊富なんだ。とにかく、キノコを週三回以上食するのはガン予防の効果があるという。
また、先週の土曜日に録画しておいた、鶴瓶の家族訪問の番組で、脚本家の橋田スガコと鶴瓶が長野県の川上村を9月末に訪ねた。北相木村の井出さんという人の民宿の女主人は橋田さんと古くから親交があるとかで、マツタケを食べたい橋田さんが訪ねたが今年は天候不順で8月には出たが、9月はさっぱりだったという。鶴瓶は、どうやら御所平の新宿の線路の上辺りの民家を訪問し(最初はどこか分からなかった)、橋田さんは、居倉と大深山、それと最後に新宿で鶴瓶と合流した。そうそう、駅前のみやげ物屋さんが廃墟になっていたのには驚いた。親戚や知人は(多分)映らなかったが、最後に鶴瓶がオモロカッタと言ったように何だかほほえましい愉快なテレビだった。
●2003年10月28日 (火) 10/26(日)に買ったCDを聴く
残業後、サークルKのATMで手数料なしで小遣いの引き出し。便利である。その金を握り締めて、アイリッシュウィスキー JAMESONを購入。啜りながら「リヴィエラを撃て」を読む。◆まずワルターの「英雄」を聴く。前日、第一楽章途中から表情が厳しくなったと思ったのは勘違いだった模様。聴きなれたコロンビア響との英雄がサラサラ流れたのとは違い、第一楽章のアタックは厳しく、第二楽章は詠嘆の歌を深沈と奏でる。ここが一番感心した。第三楽章トリオのホルン三重奏は少々物足りない。第四楽章でテーマが完全に提示されるまでの響きの薄い序的な変奏部分が貧相に聞こえる。また最後の最後の和音がスーッと抜けるように弱くなるのが異様に聞こえた。温和なワルターの固定観念を打ち破る演奏でドキュメントとしては貴重だが、セル/VPOの第五のように何度も聴きたいと思わせるものではない。◆シューベルティアーデにはこれまでのシューベルト敬遠を払拭するような演奏が記録されていた。エドウィン・フィッシャーの即興曲集を聴いたところ、有名なフィッシャーの音抜けはところどころあったが、これまでケンプでもツィメルマンでも聴きとおすことが多少苦痛であったこの曲集を大変面白く楽しんで聞けた。録音は1930年代というのに、演奏を鑑賞するには問題なく、特にスケールのきらめくような奏法やまさにシューベルト的な楽想に関心させられた。フィッシャーの解釈や奏法はまったく古めかしいという感じはなく、音楽に勢いと逞しさがある。音楽が有機的に生きている。そう、メンゲルベルクの未完成もそうだったが、なよなよした弱弱しいシューベルトのイメージはここにはなく、男性的で意志的な音楽家像がそこにはある。シュナーベルの21番は、電車内で聴いたときより感心はしなかったが、これも雄雄しい音楽になっている。古い録音はどうせ演奏も音もメロメロでマニアックな好事家アイテムだと思っていたが、先日久しぶりに聞いて感心したフルトヴェングラーのバイロイトの第九にしても、ワルターのフィガロにしても音色的な正確さ、美しさは味わえないにしても音楽の質の高さは分かる。音質的な貧しさが、かえって聴く者の想像力を解放しているという側面はあるのだろうが。
●2003年10月27日 (月) 10/26(日)に購入したCD
休日出勤のついでに購入。◆HISTORYから出ているシューベルトの器楽曲集10枚組が990円。SCHUBERTIADEと題するもので録音は1930年代から1940年代のSP時代の復刻。名前だけは知っているがFMで聞いたくらいでまともに演奏録音を聞いたことがないシュナーベルやフィッシャー、ブッシュ四重奏団などの歴史的な録音がすべて。税込みでも1枚100円強。中から数枚つまみ聴きをした。未完成はメンゲルベルクの指揮。意外にもテンポの崩しやポルタメント奏法などは耳につかず、雄渾、逞しい演奏。録音も結構聞きやすい、と思っていたら、第二楽章の途中で録音復刻がメロメロの部分あり、残念。大ハ長調は、カラヤン/VPOの1946年の録音。この年以降、連合軍に演奏禁止を言い渡されたのだという。電車の中で明瞭に聞けなかったがシュナーベルの21番のソナタはすばらしい演奏ではないか。ハイフェッツとルービンシュタイン、オイストラフとオボーリンの各トリオなど聞き物は多い。◆ワルターがトスカニーニ追悼演奏会でシンフォニーオブジエアを指揮した宇野氏絶賛の「英雄」の復刻盤が限定販売で出ていたので購入。第一楽章の途中から急に演奏の表情が厳しくなるような気がした。マルケヴィッチが直前に同じ曲目で同オケを指揮しており、その演奏(DGでCD発売されている)に酷似しているという情報がある。ワルターは十分リハーサルを実施したのだろうか?旧NBC響であるこのオケは指揮者なしでも楽々演奏ができると言われていたのでトスカニーニ風に演奏することは結構容易だったのかも知れない。そのフォーマットの上でワルターが指揮をしていたのかも知れない。◆超名演(迷演)と言われ、ヤフーオークションなどで数万円の値段がついたレアCDがリマスタリングされて発売されたものあり。エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮のソ連国立交響楽団による、レスピーギのローマシリーズ三曲連続演奏のライヴ録音。もともと異様な曲なのでアッピア街道の松でも別にこういう解釈、怪演があったも不思議ではないと思いながら、フーンという感じで聞いた。こういう異形な演奏を有難がるマニアもいるのだということを実感した次第。ただ、1980年という末期のソ連(1991年崩壊)で、ソ連邦功労芸術家たる指揮者の鬱屈した破れかぶれの感情が表明されているのか。先年彼がN響を指揮した第九は、深沈とした演奏で、葬送曲を聴いているような感じを受けた。
●2003年10月24日 (金) ハイティンクとドレスデンシュターツカペレ
これも以前録画しておいたBS2のビデオだが、あのハイティンクが2002年秋から名門シュターツカペレ・ドレスデンの音楽監督になった時期の演奏会の一夜。オールドイツプロでヴェーバーのオベロン序曲、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(フランク・ペーター・ツィマーマン独奏)、そしてブラームスの交響曲第一番。
豪華なプログラムなのだが、序曲からなんだかピントが合わないように聞こえる。求心力がないというのか。
●2003年10月23日 (木) J.S.バッハの音楽を楽しむ
先日来、久しぶりにバッハを聞きたくなり、小学館の全集のうち唯一持っている管弦楽曲、協奏曲集のCDを引っ張り出して来て聴いた。ヒラリー・ハーンの切れ味鋭い協奏曲を試聴した影響が残っていたせいかもしれない。
早速古楽器派によるヴァイオリン協奏曲とブランデンブルク協奏曲を聞いた。ピノックによるもの。それと前後して、コーヒーカンタータを聞いたのだが、これはオペレッタとも言うべきものだと思った。バッハにはいわゆるオペラ作品はないとされるが、世俗カンタータのうちのいくつかはオペラと言ってもいいのではなかろうか。ホグウッドとエマ・カークビーによるもの。
また一昨日は、以前録画しておいたカール・リヒターによるマタイとヨハネの冒頭を聞いてみた。1970年代前半、リヒターにも変化が見られ始めた頃の映像で、マタイは映像的にも演出を加えている。映像は古めかしく---とにかくコーラスの女性の髪型がいかにも70年代でマッシュルームカットの人がいる---、音質も音響のよいホールやスタジオではないので(ヨハネは教会録音)、少々つらいが、真剣なまなざしでバッハに取り組むリヒターが神々しい。シュライアーも若々しいがヘフリガーに比べて少々聴き劣りがする。マタイとヨハネの冒頭の合唱はまことに聴き応えがある。マタイの方は花婿、神の子羊としてのイエス、ヨハネでは我が主イエスへの呼びかけであろう。
●2003年10月21日 (火) 吉田秀和「音楽時評」 リヒテルのこと
昨日付けの朝日新聞の夕刊掲載の「音楽時評」(という題名だったか?)は、リヒテルと身近に接した通訳の日本女性が書いたエッセイをめぐるものだった。そのエッセイには、リヒテルがムラヴィンスキーを尊敬していたこと。ギレリスやリヒテルがムラヴィンスキーと晩年共演しなかったのは、政治的な問題ではなく、ムラヴィンスキーがソリストたちの「恐怖心」を一緒に担うことが苦痛だったというようなことが書かれていたらしい。非常に印象的なエピソードだった。このような緊張感、恐怖心に比べて我々彼らの演奏を享受するもののなんとお気楽なことか。ソリストは暗譜するのが当たり前の世界。
以前地域のコーラスに参加していたときに、合唱コンクールに出場し、その課題曲だか自由曲で(ルネサンスのポリフォニーだったか?)で、バスのパートを受け持っていたが、何度も暗譜で練習したにもかかわらず、本番で、私ともう一人の人が完全に出るのを忘れてしまったことがあった。バスパートは3,4人だったのだが、私と出忘れたもう一人がリーダー的だったので、他のバスも自信なげにそのパートを歌って、失敗したという苦い思い出がある。
聴取するほうは演奏者のそのような心理には無頓着である。それでいいのだろうが、演奏者のそういう心理に思いを馳せてみることも必要かも知れない。
●2003年10月20日 (月) TA-F555ESXの掃除
どうもステレオの左チャンネルの音の出が思わしくないので、アンプの内部を掃除してみたところ、音がきちんと出るようになった。内部には相当綿ボコリが堆積していたので、そのせいかも知れない。なお、端子復活剤でアンプとスピーカーの結線部もよく磨いておいた。内陸部の田舎に比べて空気中の塩分や汚れも多いだろうから、酸化が進みやすいのだろう。それにしても20kgを越す重さは凄い。以前の引越しの時、業者の人が見かけに比べて非常に重いので思わず声を上げていた。このとき景品でもらった小型掃除機を使ってみたがあまり役に立たなかった。
これですっきりと音が出るようになったので、いくつかCDを引っ張り出して聴いてみた。CELTIC ROOTS (ケルトの根っこ)HAUNTING IRISH AIRS (忘れじのアイルランドの曲)というアイルランドのダブリン空港で買ったお土産用のCDをかけたら、次男がバグパイプのリズミックな音楽やリバーダンスの激しいリズム、ロンドンデリーエアのアイリッシュハープが気に入ったようで、カスタネットや先日買ったアフリカ製のマラカスでリズムを取って楽しんでいた。このCDはスタジオ録音なのだろうが、非常に生々しく明快な録音になっている。デジタル編集も使っているのだろうかと思うほど。フィドルやバグパイプ、アイリッシュハープ、縦笛など。http://www.greenmanreview.com/hauntingirishairs.html にこのCDのレビューが書かれていた。
●2003年10月16日 (木) セザール・フランクのヴァイオリンソナタ
昨晩は、フランクのソナタを聴いた。ジャック・ティボーのヴァイオリン、アルフレド・コルトーのピアノによる第二次大戦前の非常に古い録音の復刻盤。このCDにはドビュッシーのソナタとフォーレの1番も入っており、いわばフランス系の名ソリストによるフランス系ヴァイオリンソナタの名曲集という趣の盤。復刻によりSP盤の針音は相当取り去られているためヘッドフォンで聴いても聞き苦しくはない。
さて、フランクだが、フランスの作曲家として分類されるが、ベルギー生まれということはあまり触れられない。肖像写真が残されているが、やはりフランドルにルーツを持つファン・ベートーヴェンによく似ている。同時代人(弟子?)もそういう感想を持っていたらしい。作風はいわゆるフランス的な透明感、軽妙、洒脱というイメージとは対極的な、いわゆるドイツ的な重厚さ、深刻さを示すことが多いように思う。特に、生涯一曲ずつ書かれた交響曲、弦楽四重奏曲、そしてこのヴァイオリンソナタ。
ただ、このソナタは、単に重厚、深刻というだけでなく、夢幻性や晴朗さをも表出している。夢うつつのような不思議なメロディーラインの第一楽章。精力的なスケルツォ。自問自答を繰り返す第三楽章。そして晴れやかなヴァイオリンとピアノのカノン。孤高の名曲だと思う。
●2003年10月15日 (水) ガーディナーの指揮
昨夜、NHK プロジェクトXで群馬交響楽団の苦闘と第九演奏が取り上げられていた。先日、ジンマンの全集を買った際にCDで第九は聴いたが、そういえば、ガーディナーの第九はあまりじっくりと聴いたことが
ないと思い、CDラックから取り出して聴き始めた。第一楽章は、古典派様式のアレグロで快速で引き締まった音楽だが、サラサラと抵抗感なく流れて要点がつかめない感じ。スケルツォはモダンオケでも快速なテンポでキビキビと運ぶことが多いので、この演奏が取り立ててユニークという感じはしない。と思いながら聴いていたら、途中で寝入ってしまった。うたた寝だ。
先日まとめて中世、ルネサンスの音楽のCDコレクションをつまみ聴きしたのだが、中に名盤と言われるガーディナーのモンテヴェルディ「ヴェスペレ」があるが、このCDも最後まで聞きとおしたことがあまりない。同じことがJ.S.バッハの「クリスマスオラトリオ」にも言える。
ガーディナーの指揮のためだろうか?
●2003年10月12日 (日) 10/11購入したものなど
バルトークの弦楽四重奏曲の聴き比べを10/11も。なぜかハンガリー四重奏団の演奏は、難解だ。それに比べると、ジュリアード、アルバン・ベルクQの演奏の方が分離がよかったり、耳あたりがいいせいか、分かる気がする。なぜ、ハンガリー四重奏団の作者直伝とも言われる演奏が耳に入りにくいのか。なぞだ。
土曜日休日出勤帰りに、またブックオフ。750円CDが300円にということで、超廉価の棚をあさる。昨日のも今日買えば良かった。ブラ1はベーム/BPOの名盤(この録音を推す記述をネットのページなどで結構みかけるのは嬉しい)のLPでそれこそ何度も青春時代に堪能したのだが、最近また聞きたくなり、先日もザンデルリング、ショルティのかつての名録音を購入したばかり。今回はバーンスタイン/VPOのレギュラープライス盤が300円で買えた。このライヴ全集は、ベートーヴェン全集に次ぐ第二段として出たものだが、今までなぜか耳にすることがなかった。これのほかには、やはりベーム/VPOのLPで親しんだブルックナーの「ロマンティッシュ」をハイティンク/VPO盤で。これも300円。但し、例のアスキーのVPO名曲全集のCDなので元値は書籍込み1000円なので750円のときは手が出なかったもの。バーンスタインのは、表情付けが結構してあり、謹厳実直派を多く聞いてきたので個性的でオモシロイ。ハイティンク盤は、ppを抑制して演奏しているので、おおらかさには欠けるが、響きは美しく、歌にも躍動にも欠けていない。結構いい買い物だった。
●2003年10月11日 (土) 10/10 購入したもの
CD 750円 カラヤン/BPOによる ロッシーニ、スッペ序曲集。スッペの「軽騎兵」序曲は、小学校の何年生だったか、音楽の教科書掲載の鑑賞曲で唯一記憶に残っていて、懐かしさから名前を見かけるたびCDがほしいと思っていた曲。冒頭のトランペットのファンファーレが格好よくて級友の間でも非常に人気があった。カラヤンの録音は1960年代後半から1970年代前半のものなので当時聞いたのはこれではなかっただろう。田舎の村にはステレオセットをもっている知り合いはあまりなく、小学校ではそれなりのセットを所有しており、そのスピーカーから聞こえる喨々たるトランペットの音色は魅力的だった。その他、宮城谷という中国古代史を題材として小説を主に執筆する小説家の書いた「クラシック千一曲」、以前話題になった「絶対音感」が100円コーナーに並んでいたので購入。前者は結構ユニークな素人談義の聴き比べ集だが、同じ小説家のものとは言え、はるか昔の野村胡堂(あらえびす)や、五味康祐の鋭く個性的なエッセイに比べたら甘すぎる。名の売れた小説家のものだから出版されただけのよう。ただ、同じ著者による大部のクラシックエッセーが最近出版されたようだが、これは曲目的に大変個性的なものだ(立ち読み情報)。また後者は、出版当時のFCLAのBBSのやりとりでは、やっかみ半分もあり、評判のあまり芳しくなかったもの。少し読みすすめたが、素人であることをエクスキューズに使い過ぎていて鼻白むことが多かった。インタビューでさまざまな意見を並列するのは仕方がないとしても、少々基礎知識が不足していたのではなかろうか。、と書いたが、その後読み進めるうち、よくまあ素人がここまで調べて書いたと感心した。(ワタシもシロウトだが)。例のA音のピッチが440HZ,442,445や、古楽奏者の苦労、モーツァルト時代には基準ピッチがバラバラだったので、今風の絶対音感を彼は持ちようがなかったのではという説の紹介もきちんとしてあった。また、今日的な絶対音感を持った名演奏家として五島みどりが取り上げられ、彼女と母親、ドレイシー・ディレイ、弟の龍のエピソードは、なまじのルポよりも的確に書かれている様で、戦争のくだりなど思わずジンとしてしまった。百聞は一見に如かずとはこのことだった。(10/12追記)
●2003年10月10日 (金) バルトーク 管弦楽のための協奏曲のフィナーレ
昨夜は、初稿(第一版)と改訂版(現行版)の違いが気になったので、クーセヴィツキー/BSO盤とライナー/CSO盤を聴き比べてみた。バルトークづいている最近だが、この曲を聴くのは久しぶり。フィナーレは相変わらず爽快な運動性をもった音楽だ。で、結局、あまり違いは分からなかった。何しろ、セル/CLOの有名なカットにさえ気が付かなかったほどだから。
ただ、ヘッドフォンで聴いたのだが、ライナー盤の以外な音質の悪さに驚いた。ステレオ録音だが、何しろ1955年のものなので、音像が不自然だし、音が微妙に途切れるように感じられるところがあるような気がする。また、フィナーレのアンサンブルも微妙にばらついている。それに比較してクーセヴィツキー/BSOの練度は大したものだ。初演直後のライヴ録音というのにこの難しそうなアンサンブルを完全にものにしている。
●2003年10月9日 (木) ジョスカン(デ・プレ)とピエロ・ルイージ(ダ・パレストリーナ)
昨夜とその前の晩は、夕食後の子供達も就寝したくつろぎの時間に、ヘッドフォンでジョスカンとパレストリーナのミサ曲を聴いた。一昨夜は、PRO CANTIONE ANTIQUAの合唱でによる パレストリーナのミサ曲集を順番に聞いていこうと、まず手始めにMISSA BREVISから聞き始めた。手持ちの合唱楽譜を参照しながらだったのだが、またしても途中で飽きてしまった。キリエを実際に歌っていたときには大変面白かったのだが、聞いていると退屈になってくる。
昨夜はタリススコラーズのジョスカンのミサ・パンジェ・リングァとミサ・ラソファレミを聞いた。パンジェリングァはリズム的にも躍動的で新鮮だ。それに響きが美しい。それに比較してラソファレミは多少退屈だった。
●2003年10月8日 (水) 野外で聞く音楽
先日の幼稚園の運動会の場所取り行列の時間を潰すにあたって、携帯CDプレーヤーを持っていった。そのときに聞くCDを何にしようか迷ったが、結局先日購入したJ.シュトラウス二世のワルツ・ポルカ集で正解だった。8時に門が開くので6時半から並べば1時間半も時間があり、8時に席を取った後、運動会の開始まで1時間近くあり、合計2時間半となる。これを生かさない手はないと、前夜いろいろ選曲したのだが、最近集中して聞いている弦楽四重奏曲は密室的であり、ベートーヴェン以降の長大重厚な交響曲も野外には似合わず、モーツァルトの諸作品のうち、機会音楽的なセレナードなどは適しているようでどうもという感じだった。そこで、運動会などでよく用いられるポルカなどが入った前述のCDを消去法で選んだのだった。これが結構悪くなかった。遊園地や運動会などでよく耳にするという「刷り込み」もあるのだろうが、開放感があり、伸びやかで、それほど集中力も必要とせず、快適なのだ。軽音楽として、少々軽んじ気味のシュトラウス一家の音楽だが、音楽にもTPOでの受け取り方により印象に違いがあるものだ。
ところで今更ながらの Time,Place and Occasion だが、time とoccasionがどちらも「時」を共通の意味でもっているため、少々分かりにくいが、timeは時刻、季節など純粋に時だが、occasionは儀式、行事などの意味が含まれているように例えば結婚披露宴だとかいろいろな機会を示すのだろう。
●2003年10月7日 (火) AIC 鐸木氏の謝罪について
http://www.asahi.com/column/aic/Tue/d_takuki/20031007.html
東大が学内のパソコンを全面的にAPPLE社のMACという製品に置き換えるという報道があり、デジタルストレス王というコラムを書いている著者が、一企業のブラックボックス的なOS搭載のPCを東大が選んだことは、システム教育の放棄だという趣旨の主張を述べたのが削除されたエッセイだった。この著者のエッセイ、いつも賛同する内容が多く、いいことを書く人だと注目しており、今回も東大はなんて馬鹿なことを選択したのかと感じていたので、今回の顛末を知って、我ながら驚いた。
従来のMAC OSは、確かにブラックボックスだったが、現行のMAC OS XはXの文字が示すとおり、UNIXベースの比較的オープンなものらしい。それも2年も前に発表されたものという。東大のMAC選択の可否はこれだけでは判断できないが、残念ながら鐸木氏の主張の要点が外れていたことは否定のしようがない。また、鐸木氏は、この件でその評判を落としたことは否定できない。
●2003年10月7日 (火) ハーディング マーラー室内管のベートーヴェン
今週10/5夜のNHK教育テレビ 日曜芸術劇場で放送されたダニエル・ハーディング指揮マーラー室内管弦楽団によるベートーヴェンをビデオ録画していたのを昨晩聞いた。
つまみ食いで田園の第1,2楽章。モダンオケだが、クラリネットやフルートなどはやや古風な楽器らしい。朝日の音楽時評に確か掲載されていた演奏会だと思う。ハーディングでは、エクサンプロバンス音楽祭でのドン・ジョヴァンニに度肝を抜かれたが、今回は既に同趣向のジンマンの全集をCDで聞いていたのでそれほど新鮮な印象は受けなかった。インタビューでの談話も平凡だった。
なお、モダンオケの場合あまり記憶になくジンマン盤でおやっと思ったのだが、今回の演奏は第二楽章小川のほとりで弦楽器はミュートをつけていた。
東洋人の奏者が何人か見られた。オーボエの首席と第1ヴァイオリンに女性が数名いた。オーボエは透明ないい音を出していた。
それにしてもなぜマーラーという名称が付いているのか?マーラーと言えば大編成の異名だろうに。
●2003年10月6日 (月) 運動会、ズーラシア
9/27(土)が長男の小学校の運動会。好天で、長男も群舞や玉転がし、徒競走もそれなりにこなして一安心。10/4(土)次男の幼稚園の運動会。年長で、これで保育園、幼稚園での運動会の締めくくり。朝5時起きして、6時半過ぎに幼稚園正門に並び、前から三番目の場所をなんとかゲット。平均台が苦手なのは初めて知ったが、かけっこやお遊戯では大活躍。かけっこでは同走の園児のフライングにもめげずに追走して最後はギリギリで2位。リレーでは、第3位でバトンを受け、簡単に2位を抜き、ゴール直前では1位に並びバトンを渡した。朝は肌寒かったがまあまあの天気で、弁当も両日とも力作で満足できた。
10/5(日)ズーラシアには11時前に着いたのだが、第一駐車場はまだ結構空いていた。とはいえ、一番西側の方、キリンの場内灯のあたりだった。行楽日和なのにこんなに空いているのは珍しい。以前は中原街道が渋滞。第二駐車場も埋まり、臨時シャトルバスも出たことがあったほどなのに。
今日は、子供達の運動会も無事終了し、そのご褒美で遊びに来た。長男の注目は前回見られなかったモウコノロバ。次男はアフリカの熱帯雨林エリアにいるカメ類。暑くもなく寒くもない気候のせいか、結構多くの動物が活動的でよく見物できた。ただ、やはり歩きが長くて疲れる。妻は、幼稚園の卒園記念アルバムに載せる写真を撮りたいとかで次男にいろいろポーズを取らせていた。
蒙古・野驢馬は、まだ人馴れしていないとかで、厩舎の奥で行ったり来たりしていた。長男は、それを評して「考え事をしているように歩いていた」。なるほど、そう見えた。遊具のある広場の直前で駆け出した次男がつまづいてころび両膝に軽い擦り傷を作ったので遊具ではあまり遊ばずに、途中アフリカンフェアとかで販売していた、メイドインアフリカのカメ型キャンドルと瓢箪に模様をつけたマラカスを購入。アフリカの珍しい動物たち、ハリネズミの「ミスター」と「クラスキー」と子供達が名づけて毎晩妻に創作童話を話してもらっているのや小型ニシキヘビ、オカピ、ヤマアラシなどを見物して帰途についたのだった。
●2003年10月6日 (月) 8,9月購入のCD
8/26 ラロ「スペイン交響曲」(デュトア/モントリオール交響楽団)、サンサーンス ヴァイオリン協奏曲第3番(フォスター)独奏:鄭京和
8/27 ベートーヴェン交響曲第5番、エグモント序曲、シューベルト交響曲第8番「未完成」 バーンスタイン/ニューヨークフィルハーモニック
8/28 ブラームス 交響曲第1番、悲劇的序曲 K.ザンデルリング/ドレスデン・シュターツ・カペレ
同、大学祝典序曲 ショルティ/シカゴ交響楽団
9/1 モーツァルト ピアノ協奏曲第20,21,25,27 グルダ、アバド/VPO
ベートーヴェン 交響曲全集 ジンマン/チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
マーラー 交響曲第6番「悲劇的」セル/クリーヴランド管弦楽団
バルトーク 弦楽四重奏曲全集 ジュリアード四重奏団<1963>
9/5 モーツァルト フィガロの結婚 ワルター ザルツブルク音楽祭ライヴ
●2003年10月2日 (木) 結局買ったもの
◆バルトークのカンタータ・プロファーナのショルティ盤が宗教曲のジャンルに置かれていた。リヒターのロ短調ミサの輸入盤は3000円以下だったが買えず。
◆結局買ったのは、ジョスカン・デ・プレの「ミサ・パンジェ・リングァ」(タリス・スコラーズ)レギュラープライスで2280円。バルトークの3番のコンチェルトを探していたら1枚で全集になっていたブロンフマンとサロネン/LAPOの録音880円(録音データがないが新しいものらしい)。それと長男のリクエストのトリッチ・トラッチポルカの入ったブスコフスキーボスコフスキー/VPOの輸入盤880円(シュトラウス名曲集とは数曲ダブリはあるが廉価なので)。まったく分裂した趣味嗜好である。◆やはりタワーレコードの方が廉価輸入盤の品揃えがいいようだ。
◆古楽系のイイサイトがあった。ジョスカンのミサも掲載。
http://2style.net/misa/beginner/beginners.html
◆ブロンフマン
http://www.cc.rim.or.jp/~hironov/Pianist/Bronfman.html
http://www.operacity.jp/concert/2002/020616.html
イェフィム・ブロンフマン(ピアノ) Yefim Bronfman, piano
世界の一流指揮者、オーケストラから次々に指名を受け、今、最も充実した活動を展開するヴィルトゥオーゾ・ピアニスト。その素晴らしいテクニックとリリカルな音楽は、世界中で聴衆を魅了している。1958年旧ソ連タシケント生まれ。91年エイヴリー・フィッシャー賞受賞。室内楽にも積極的でスターン、マ、ズーカーマン等と共演。レコーディングはソニー・クラシカルと専属契約を結び、ソロ、スターンとのデュオの他、97年サロネン指揮ロサンゼルス・フィルとのバルトーク協奏曲全集がグラミー賞を受賞した。
録音データはRecorded : 1994/10/17,18 , Californiaとのこと。
このブロンフマン 長野のアスペン音楽祭の公開コンサートで聞いたことがある。セミナー参加の学生オケの卒業演奏をバックにしたもので、モーツァルトのハ短調だった。チョーリャンリンという中国系のヴァイオリニストも来ていた。
●2003年10月2日 (木) 新星堂DISK-INNが横浜駅ジョイナスの店内で移転
◆昨日早く仕事が終わったので、CD屋めぐりにでもしようと横浜駅界隈に行った。手始めに、地下鉄から直行できる相鉄ジョイナスの新星堂のクラシック売り場(DISK-INN)に行ったら、姿形がない。クラシック不況はここまで来たのかと慨嘆したが、新星堂のクラシック以外のジャンルの店舗が別の場所にあるのを思い出して行ってみたら、そのそばに床面積を拡大して移転していた。タワーレコードやHMVにも行こうと思っていたのだが、今回は新店舗であれこれ迷いながら1時間近くもCD選びをしてしまった。◆それにしてもセルのCDは見当たらない。今回もあればと思っていたハイドンやブラームスもなかった。
◆カラヤンの普門館ライブの第九が発売されていた。記念に買う人も要るのだろう。音響面で悪評の高かった会場だったが、録音はNHKのデジタルだという。店内でもフィナーレが流されていたが、ソプラノソリスト(シントウだったらしい)の音程がぶら下がっていて可哀想なほどだった。◆ヒラリー・ハーンのドイツ・グラモフォン移籍第一弾で、バッハの協奏曲集(2台を含む)が発売されていた。試聴できたので聞いてみたが、ノリのいい演奏だ。バックのオケと指揮者は聞いたことがない団体だが、シャープだ。ネット上でいくつか評論記事を読むと、現在の若手女流の中ではトップクラスの評判のハーンだが、バッハではそのすごさが感じられるだろうか。◆小澤とBPOをバックにしたヴォロドスという小太りの男性ピアニストのチャイコンが発売されていたのでこれも触りを試聴。またしても遠めの録音のようだ。◆バルトークの2台のピアノと打楽器のソナタはアルゲリッチ、コワセビッチ盤があったが、今回は買わず。◆ケンプの1000円盤が10%オフになっており、ケンペンとの皇帝や、悲愴・月光・熱情、ベートーヴェン小品集など欲しかったが、パス。また、フルニエとのチェロソナタ全集も今回はあきらめた。
◆フランクのソナタでフランチェスカッティ、カサドシュ盤があったが、あきらめた。ラヴェルのソナタもほしいのがなかった。◆薔薇の騎士は、カルロス・クライバー盤のCDもDVDも見当たらず。◆一時買おうを買い物籠に入れたのは、ナクソス盤のカザルスの無伴奏、ワルターのドン・ジョバンニ。ヴェンゲーロフのショスタコの1番コンチェルト。
●2003年9月29日 (月) J.S.バッハ ロ短調ミサ曲 ブリュッヘン指揮
ここ3年ほど聞いていなかったが、「私の好きな曲」のリスト順に聞いてみる試みを始めたので昨晩久しぶりに聞いてみた。「CDラック」での短評では、あまり好みではないと書いたが、冒頭のキリエが始まると一挙に聞き入ってしまった。しかし、その後の曲の構成が組曲的、断片的に感じられ、グロリアの最後まで聞いたが、まだ違和感はぬぐえなかった。パレストリーナなどのルネサンスの場合、モーツァルトの場合には、キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、アニュスデイの各部分が通作的に作曲されていると思うが、バッハの場合、各部分の段落ごとに個別の曲が当てられる。調性的には統一は図られているが、ぶつ切れの感が免れない。
●2003年9月28日 (日) 吉田秀和 「私の好きな曲」(新潮文庫)
この文庫を買った10年以上前には、吉田秀和さんの好きな曲リストの中で聞いたことのある曲、LPやCD所有の曲はそれほど多くなかったが、いまやシューマン「初めての緑」、ヴォルフ「アナクレオンの墓」が未聴で、それ以外はほとんど聞いた経験がある。
とは言え、文章を読みながら聞きなおしてみると、なるほどとかそうかとか、そういう聞き方もあるのか、などと感心すること頻りだ。
●2003年9月20日 (土) グリュミオーのベートーヴェン Vn協奏曲
昨晩寝入りばなに聞いた。シェリング盤が気に入りのため、あまり熱心に聞いていなかったCD。
オーケストラは、C.デイヴィス指揮アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団。冒頭のティンパニによる主要モチーフがほとんど聞き取れないなど解釈的には疑問が残るが、オーケストラのトゥッティの響きや木管の合奏時の溶け合った音色の美しさなどは特筆すべきものだ。これはシェリング、イッセルシュテット盤にはなかったもの。
それにもましてグリュミオーのヴァイオリンの音色は高雅で美しい。第二楽章など単純な分散和音がこれほどまで冴え渡るとは。
ただ月並みな言い方だが、感性的な美しさが主で、精神的な逞しさや高潔さという(なぜかそのようなものを感じる演奏がある、そのいい例がシェリング盤)ファクターは希薄。ただ(何回も行きつ戻りつだが)、音楽的には非常に美しく、誠実な演奏ではある。
●2003年9月16日 (火) 間が空いてしまった
9/6から9/12まではこれまでになく仕事が忙しかったため、雑録も付けられなかった。ようやくこの3連休で一息つけた。
とはいえ、13日は長男のボーイスカウトのハイキングで二宮町にある吾妻山公園に猛烈な残暑の中行ってきて、14日は中休みをとったが、15日には八景島に行ってくるという強行軍だった。まあ、気分的にはリフレッシュできた。
相変わらずバルトークを聴いている。先日はポリーニ、アバドのピアノ協奏曲第2番を聴いた。このCDについているブックレットで評論家が、ポリーニがこの2曲以外にバルトークに取り組んでいないのを非難めいたニュアンスで書いていた(ように英語を読んだ)が、他のピアニストで、バルトークの第3番は別にしてソロを本格的に取り組んでいる一流ピアニストは(ハンガリー出身者以外に)いるのだろうか?
違う日にはヴァイオリン協奏曲の第2番、また違う日にはヴィオラ協奏曲、もちろん合間には、SQの聴き比べ。
9/17の夜には、例の廉価盤のショスタコーヴィチのSQを聴いたが、弦楽器の音がやけに人工的に聞こえた。
●2003年9月8日 (月) 9/7(日)に聞いた音楽
珍しく日曜日も会社に出勤せざるを得なかったので、帰宅後すぐに夕食を食べて入浴した後、こども達と10時前に就寝した。就寝しながら、先日購入したグルダ、アバドのモーツァルトの27番、ジュリアードのバルトークの1番、2番を聞いた。27番は、グルダの旧盤(スワロフスキー
の指揮)のCDが耳なじんでいるので、オーケストラの解釈の違い(両方とも、VPO,正確に言えば後者はウィーン国立歌劇場管弦楽団だが)が耳についた。アバドの方が表情付けが多い。強弱、クレシェンド、ディミニュエンド、リタルダンドなど。少々くどい気がした。ただ、オケの各パートがよく聞き取れるため、新鮮だった。バルトークの1番は、ハンガリーQ、ABQでも何度も聞いているのだが、今回が初めて聞くような気がした(記憶力がどうなっているのか)。2番は、スケルツォというか、激しい民俗舞曲的な楽章が印象的。ジュリアードQはここの奏者が相当巧く、声部の絡み合いなどの表現にあいまいさがない。
●2003年9月6日 (土) 歴史的録音(1937年ザルツブルクライブ ワルターのフィガロ)
昨晩9時30分過ぎまで残業した後、ブックオフに立ち寄ったら、安値コーナーの隅に、ワルターのフィガロ3枚組750円で売っていた。発売元はどうもEKLIPSEレーベルという海賊盤屋らしい。(ネットで調べてみたら、下記が正規盤とのこと。)何しろ、ケース裏に印刷のタイトル・ロールのクレジットが間違っているのだから。スザンナ役がピンツァだという!またオケもザルツブルク音楽祭祝祭オーケストラというようになっていた。3枚目の余白に同じ頃のワルターのドン・ジョヴァンニの第一幕抜粋の短波放送録音がおまけで収録。
録音はもちろん歴史的なもので、針音はするし音色も変わるしヨレタような音もする。しかし、どういう音楽かははっきりわかる。序曲などは即物的といえるほど非常にすっきりした快適なものだ。戦前の録音は下手でヨレヨレで音程も悪いなどという先入観(どこで形成されたのか)があるが、それを吹き飛ばすようなもの。
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ANDANTE-3981(オペラ3CDs)モーツァルト:
歌劇「フィガロの結婚」
K.492 全4幕(1937)正規音源による世界初発売 ●最高のモーツァルト指揮者として有名なワルターのライヴ。オーストリアがナチスに併合される前年、ワルターのザルツブルク音楽祭最後の出演となった1937年のライヴが、ORFの音源により世界初発売。
キャスト
フィガロ : エツィオ・ピンツァ(Br)
アルマヴィーヴァ伯爵 : マリアーノ・スタビーレ(Br)
伯爵夫人 : アウリッキ・ラウタワーラ(S)
スザンナ : エステル・レーティ(S)
ケルビーノ : ジャルミーラ・ノヴオトナ(Ms)
ドン・バジリオ : ウィリアム・ウェルニック(T)
バルトロ : ヴィルジリオ・ラッツァーリ(Bs)
マルツェリーナ : アンジェリカ・クラヴチェンコ(S)
アントニオ : ヴィクトール・マディン(Br)
バルバリーナ : ドーラ・コムラエク(S)
ドン・クルツィオ : ジュゼッペ・ネッシ(T)
指揮 : ブルーノ・ワルター
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1937・8・19 ザルツブルク祝祭劇場
●2003年9月5日 (金) 9/5に聞いた音楽、読んだ本
ジンマンによる【ベートーヴェンの第6(田園)】を聞いた。第1楽章は快適なテンポでいいのだが、第二主題(提示でも再現でも)の下降分散和音の2音符目にターンをつけているのが、やはり気になった。第2楽章は、弦に弱音器をつけているのがはっきり分かるが、通常の演奏もそうだったかどうか記憶があいまい(オイオイ)。そのせいか、特に木管群の活躍が目立つ。第3楽章スケルツォは特にコメント無し。第4楽章の嵐は演出効果があまり表に出ない大人し目の演奏。第5楽章の感謝の歌は取り立てて言うことはない。段段奇抜さに対する刺激が薄れてきたのかも知れない。
(とは言え、セルの全集もバーンスタインの全集も、いざ腰を据えて1番から連続で聞こうとすると、途中で飽きてしまい、連続聴の実績が一度もない。フィッシャーのハイドンの交響曲も2,3曲続けると耳が飽和して、心の感度が鈍ってしまう。同じ作曲家、指揮者、オケの演奏では仕方のないことかも知れない)
ブックオフでPHP文庫「アラビアンナイト 99の謎」を購入。あまり突っ込んだ解説はないが、概説書としては読みやすい。
●2003年9月4日 (木) 購入CD 備忘録 8月
○8/28 ブラームス 交響曲第1番 ザンデルリンク/シュターツカペレ・ドレスデン(1971)定価1300円ショルティ/シカゴ響(1979)定価2800円。いずれも750円の中古盤。
○8/27バーンスタイン指揮ニューヨークフィルハーモニックによる「運命」「未完成」エグモント序曲
○8/26 鄭京和(キョンファ・チョン)独奏Vnのラロのスペイン交響曲とサンサーンスの第3協奏曲のカップリングのCD
スペイン交響曲はデュトワとモントリオール響、サンサーンスの方は、フォスターという指揮者とロンドン響がバック。750円。
●2003年9月4日 (木) 9/3 聞いた音楽(ジンマンの第九、第五、バルトーク第4)
【第九】昨夜は、第3,4楽章を聞いた。一昨日感心した第1,2楽章とはうってかわって不満足だった。第3楽章のテンポが速めなのは、快速であっさりした全体の中でのバランス上理解できるのだが、演奏結果はそっけなく、美しくないく、面白くない。ブルックナー、マーラー経験後の後期ロマン派的な演奏がいいというのではないのだが、古典様式のスッキリしたアプローチの限界だろうか。それでもホグウッドの演奏は、似たようなアプローチだが、それなりに納得できた。
いろいろ問題のある第4楽章、弦のレチタティーボの音を変えていたり、バリトンソロの O Freudeを本当にad libitumで歌わせたり、楽器のバランスを工夫したりの奇抜さ、面白さはあるのだが。コーラスのうたい方も厚みがない。二重フーガ直前のueberm Sternenzelt muss ein liber Vater wohnen の不協和音的な音程が、正しいのか正しくないのか聞き慣れない微妙さだ。
なお、トルコの軍楽隊を模したというalla Marcia以降を、ひとつのゲネラルパウゼ(総休符)のために、別テイクで演奏したものが付録でついている。Brueder の呼びかけの後にG.P.が入る。確かにはっとする効果はある。この別テイクの方が、通常テイクより音楽的に乗っているような気がしたのは気のせいだろうか。
【第五】つまみ食いで第1楽章を聞いて見たが、主要モチーフの強調がさまざまなパートで行われており、セルがコーダでモチーフ拡大として強調していた部分もあまり強奏していないが分かるように出していた。なお、再現部のオーボエソロのアドリブはやり過ぎだろう。
ジュリアードで【バルトークの第4】を全曲聞きなおした。漫然と楽譜を音にしているのではなく(このような難曲を漫然とはできないだろうが)、曲の構造を明確に伝えようとしている演奏だと思った。各楽章の仕組みがよく分かる。他の録音を繰り返し聞いてきたので、耳慣れたこともあるのだろうが。吉田秀和「私の好きな曲」バルトーク 夜の音楽を読んでいたら、この曲をバルトークの作品中、傑作と称える記述を読み、我が意を得たりと思った。
●2003年9月3日 (水) ジンマンのベートーヴェン
CDのすべてに、「このCDはモダン楽器によるベーレンライター原典版の初演(プレミア)である」と印刷されているのは、それが事実に反するらしいことを知ってしまったあとでは、いかがわしさを感じないではない。
しかし、感動するかどうかは別にして、このベートーヴェンの演奏は新鮮だ。昨晩は第九を第3楽章あたりまで聞いた。快速のテンポも面白いのだが、楽器群の間のバランスが、一般的なモダンオケのものと相当違うらしく、これまで聞いたことのないような楽句が耳に入ってくる。また当時の不自由なオーケストレーションもそのまま遠慮がちではなく確信を持って演奏されている。堂に入った演奏で、それが誠に目からうろこ的なのである。
第九以外はベーレンライター原典版を使用していなかったとか言うけれど、演奏スタイルと解釈は一貫しており、大変面白い。
あの宇野氏が自分が信奉する朝比奈やフルトヴェングラーとは感動の質の違うものを羞恥心もなくやけに名演だと持ち上げるこのCDに感心するのは、自分が宇野氏的になったようであまり愉快ではないが、プロの評論家ではあるまいし、気楽に楽しみたい。
モダンオケでこれだけの新鮮な解釈(ベーレンライターを使わなくてもできただろうに)ができるのは、ジンマンも大したものだ。
●2003年9月3日 (水) TOEICで最低点
7月23日の就業時間後に受験したTOEIC INSTITUTE PROGRAM(企業や学校単位での受験)で、これまでの最低点を記録した。少々自信のあったREADINGの方でも同様に点数が低かった。今回はLISTENINGが特に難しく感じたので当然低い点だとは思っていたのだが。
業務の疲れの所為もあるのだろうが、結構影響のあったのは、問題用紙に書き込みをしてはいけないという注意がある時期からあったらしく、今回初めて律儀にそれを守ったことが大きいかも知れない。というのは、リスニングの会話聞き取りなどでは、問題用紙にメモしながら回答していたのだが、今回は純粋に耳で聞き取っただけでマークシートに記入したからだ。どのくらいの影響だっただろうか。また、今年初めから10年近く購読してきたTIMEをやめたのも影響があるだろうか?毎週届くTIMEもここ1年ほどはほとんど目を通さない状況が続いていたので、節約のために中止したのだが。
ブラッシュアップどころではなく、少し本気に考えなければならないだろう。
昨夜外食して店の外に出るとちょうど駅前留学英会話学校のハネル時刻だったらしく、日本人らしい男女が英語で大声で会話していたのを見かけて、あーあと思った。
●2003年9月3日 (水) バルトーク 弦楽四重奏曲第4番 第5楽章聞き比べ
現在もっとも親しんでいるのが第4番、特にエネルギッシュな第5楽章が気に入っている。昨晩、1年越しでようやく入手したジュリアードSQの1963年録音のCD(このCDはコストダウンのためか、盤面が真っ黒で1、2の大きな文字とCD番号等の記号が印刷されているだけで曲目、演奏者情報がまったく入っていない!)で第4番の全曲を聞いた。
昨日書いたコメントでは、刺激的な音色だと書いたが、ハンガリーSQ,ABQを聞いた後から思い返すとそうでもなく、線的な絡み合いがよく聞き取れる演奏だった。これまでのCDでは全曲を続けて聞くことが多かったので、第5楽章は勢いだけで聞いてしまっていたが、こんな起伏のある曲かと改めて感じた次第で、恥ずかしい。
この後ハンガリーSQの第5楽章を聞いたが、比較して聞くと意外にも生々しい音色と迫力に驚いた。これは1961年の録音(私の誕生年だ)。モチーフの受け渡しも明快だし推進力もある。
最後にアルバン・ベルクQの録音を聞いた。前の2つに比べると角が取れた演奏。弦のデリケートな音色はよく出ている。これだけを聞けばバーバリズムは十分にあるのだが。また線的な面よりも響きの溶け合いが前面に出ているのか、モチーフの受け渡しのダイナミックな躍動感が少し不足。
結論的に言うと、ジュリアードの演奏を聞くことによって、その他の演奏の特徴に気づき、特にハンガリーのを再評価したいと思う。ジュリアードの演奏は啓蒙的で分かりやすいのかも知れない。
●2003年9月3日 (水) 日々雑録と茶飲み話
どうも自分自身の中で区別がついていない。モノローグとダイアローグのはずだが、両方とも独白ばかりのせいだろうか。
●2003年9月2日 (火) 昨夜「塔」で購入したCD
少々、ストレス過重気味。衝動買いしてしまった。
1.モーツァルト ピアノ協奏曲集 No.20,21,25,27 フリートリヒ・グルダ(p),アバド/ヴィーンフィル (2枚組)税抜き1790円。No.20 K466ニ短調と No.21 K467ハ長調のLPは、初出の時に父が購入したもの。この2曲のもっとも優れた録音のひとつだと思う。LPではアバドの指揮するヴィーンフィルの音が痩せ気味でもうひとつと感じていたが、低音がよく出る現在のヘッドフォンで今回のCDを聞いてみると、グルダのピアノはクリアで満足、オーケストラは少々こじんまりしているが豊かさも感じられた。(ところで Friedlichの発音はフリートリヒだよね?)
2.ベートーヴェン 交響曲全集 ジンマン/チューリヒトーンハレ管(5枚組み)税抜き1990円。超廉価盤。確かベーレンライター原典版の初録音という触れ込みだったが、実は違っていた、その上、特に木管のソロにアドリブが多くて、現在は当初のもの珍しさも薄れ評価が低くなっているようだ。そういう予備知識のもとに1番と3番を聞いてみたが、非常に面白かった。キビキビしたテンポとノンビブラートを多用する弦が特徴、トーンハレ管もよく訓練されている。
参考:GOOGLE ジンマン ベートーヴェン 全集で検索
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%80%80%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%80%80%E5%85%A8%E9%9B%86
3.マーラー 交響曲第6番「悲劇的」セル/クリーヴランド管(1枚)税抜き 890円。セルの正規盤としては珍しいライヴ。第4楽章の金槌の音に特徴があるらしい。最後の一撃とか。
4.バルトーク 弦楽四重奏曲全集(No.1-6) ジュリアード弦楽四重奏団1963年録音(2枚組)。小冊子はフランス版、CDはMADE IN AUSTRIA. 税抜き1390円。「塔」通い何回目かでようやく入手できた。ためしに4番を聞いてみた。精緻な演奏のようだ。音色は刺激的な感じ。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=740586
●2003年8月29日 (金) 8/18の記事のオオゲートーについて
http://inoues.net/yamataikoku/ruins/mifukayama_museum.html?
川上村大深山遺跡を紹介したサイトに
大海道という遺跡名が出ている。
母の実家の畑(田)がオオゲートーにあるのでオオカイドウの地元の訛りなのだろう。
●2003年8月26日 (火) 「丸山真男 音楽の対話」(続き)
フルトヴェングラー、ケンプ、ベートーヴェン、ヴァーグナーという、ドイツ音楽のメインストリート。ことにその品格、精神の力を評価していた。そして凡百のものも含めて多くのオペラ作品へのマニアックな傾倒がその特徴である。数多くのポケットスコアを所有し、書き込みもしていたという。
しかし、下記の①の指摘は手厳しく、また同感するこ部分がある。中野氏には、さらに多くの音楽の対話をもっと生の形で公開してほしかった。音盤や映像、スコアの目録があれば、さらに理解が深まるだろう。
参考:
① http://www2s.biglobe.ne.jp/~MARUYAMA/book/nakano.htm
② http://www.asahi-net.or.jp/~eh6k-ymgs/book/shiso/maruyama.htm
●2003年8月25日 (月) 「丸山真男 音楽の対話」(中野雄)
お盆休みに帰省したおり、現住所にあわただしく引っ越すときに妻の実家に預かってもらった荷物の中から、再読したい本を選び出して一部を自宅に持ってきた。アイルランドで買ったジョイスのユリシーズのペーパーバック!やケルト美術の本、ケルズの書の豆本なども含まれているが、いつも手元に置いておいたため、かえって引越しのときに荷造りしそこなった吉田秀和の新潮文庫の著作集が含まれている。世界の指揮者、世界のピアニスト、LP300選、私の好きな曲。その中にタイトルの文春新書が含まれている。
確かではないが、中野氏は、同じ文春新書の宇野功芳氏などとの共著でのクラシックCDガイドで、音楽鑑賞文筆家として表に出てきたように思うが、このタイトルの本により政治学者の丸山真男氏の音楽愛好家、研究者としての姿を描き出した。
以前、私が政治学徒の末席をけがしていた学生時代、丸山真男の著作は結構読んだ。その中に「戦中と戦後の間 1936-1957」と題するエッセイ集があり、コンサートの鑑賞記が含まれていた。そこにあるピアニストのプログラムビルディングに関する記述があった。丸山氏が聞いたそれは、当時普通だったらしいバロックから古典派、ロマン派、フランス近代など盛り沢山のものだったらしい(現代でも同じだろう)が、様式的に大きな較差のある長期に渡るプログラムではなく、ある作曲家、もしくは時代のものを集中的に聴かせるべきだというような結構手厳しい批判だったと記憶する。そのとき、なかなかの音楽愛好家だと感じたことがあり、丸山氏が逝去された報道に接したときに、当時参加していたニフティのFCLAというインターネットの掲示板で、丸山氏が音楽鑑賞について一家言持っていたことを紹介したことがあったが、この本によって、その全貌を初めて知った。
●2003年8月25日 (月) 百名山ブームとホームページ
中高年を中心に、日本百名山ブームが起こっている。深田久弥という文筆家の名著にリストアップされた山々の登頂を極めようというものだ。
何ゆえ中高年層に登山ブームが巻き起こっているのかは不明だが、少々面白いことに気がついた。その山行記録をホームページにアップしている人が多いことだ。
登山は本質的には孤独な作業、そしてホームページ作りも孤独な作業、その両者に似通ったものがあるのかも知れない。
●2003年8月24日 (日) 昆虫園
この夏、我が家は昆虫園になった。次男が命名。
最初は、7月の長男のボーイスカウトの集いでオス一匹とメス三匹のカブトムシをもらってきて飼い始めた。スーパーのおもちゃ売り場で、昆虫用のムシマット(腐葉土のようなもの)やゼリー状のエサを買ってきて、結構長生きしている。
次に、先日帰省した折、妻の父が自分に家で飼っているスズムシの実家につれて行ってくれて、10匹ほどスズムシを分けてもらってきた。最初はまったく鳴かず、世話をするのも面倒に思っていたが、一度箱の中を丁寧に掃除して、かびなどを除去し、エサもきゅうりとなすとスズムシ用の市販エサだけではなく、エリンギ、リンゴ、カツオブシなどを与えてみたら、おとといの早朝初鳴きしてくれた。鳴き声には、メスを呼ぶ求愛の声、縄張りを主張する威嚇の声など切実な意味があるようだが、澄んだ声は、まったくいいものだ。卵を産んだら、繁殖させてみたい。
本日、長男と次男が近くの親水公園でコクワガタのメスを一匹捕獲。飼い始めた。昨年も鍬形を飼っていたのだが、冬の寒さで死んでしまったので、今年は大事にしてやりたい。鍬形はカブトムシやスズムシと違って、数年生きるらしい。
●2003年8月22日 (金) お盆の渋滞
このお盆は久しぶりにクルマで帰省した。予定がはっきりせずに新幹線の指定席が早めに取れなかったため。
単純にガソリン代+高速道路代と列車の運賃を比較すると、前者の方が約15,000円安いが、時間的、体力的には負担が大きい。
行きは、道に詳しい同僚のアドバイスで、中央道八王子ICまでのアプローチ道路である国道16号線の渋滞を避けて、最寄の東名のICから御殿場ICまで、その後東富士五湖道路を経て、一宮御坂ICから中央道に乗り実家に向かった。御殿場から東富士五湖道路入り口まで以外はほとんど渋滞はなかったが、河口湖の富士急ハイランド近辺で迷ったのと旧道の御坂峠で寄り道をしていったので朝の7時前に出発し、午後の4時頃到着した。
帰路は、天気も悪く、慣れない道よりも多少の渋滞を選び、中央道を八王子ICまで走ることにしたが、山梨県の長い笹子トンネル付近ではのろのろ、談合坂SAあたりから小仏トンネルまでひどい渋滞だった。小仏を抜けると八王子ICまではスイスイ流れるのが不思議だった。その後、16号が相模原市付近から一寸擦りの大渋滞で3時間くらいかかっただろうか、11時頃出発し、帰宅したのは7時過ぎだった。クルマも低速運転でクラッチやエンジンに負担がかかってしまったようだ。こういう大渋滞時はマニュアルよりもオートマがラクチンなんだろうとつくづく思った。
●2003年8月21日 (木) 重仁親王 保元・平治の乱と信濃武士
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「保元・平治の乱と信濃武士」の巻
http://www1.ocn.ne.jp/~oomi/rekisi.html
によれば多くの武士が源義朝(平清盛、後鳥羽天皇)方だったようだ。そうなると仮に重仁親王もしくはその縁者(親王には王子はいなかったのだろうか)もしくは有力な公家が川上村に落ちて来たとすると、隣村の秩父との関係かも知れない。現在佐久、甲州との往来が重視されるが、梓山などの集落は秩父との間にも交流があり、婚姻もあったようだ。
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●2003年8月19日 (火) 武田信玄 川上村の金山
http://www2.town.shimobe.yamanashi.jp/kinzan/tenji/tenjihin.html 甲武信金山が出ている。
http://www.asahi-net.or.jp/~rw2y-ksg/nagano_new/nagano_newfs11.html 鉱物が豊富
http://www.hpmix.com/home/omori/C7_3.htm 砂金収集家の記事
2003年夏
須玉町(信州峠により川上村と接す)大鉱山あり。
http://www.sutama.ed.jp/museum/rekisi/sutama/bunkazai.html
武田落人秘話
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/novel/pdf/takeikiyoshi02.pdf
参考 甲府勤番日誌(現代)
http://homer.pro.tok2.com/sub7(kofu).htm
川上村にあった鉱山 住友金属鉱山
http://www.ne.jp/asahi/mining/japan/datacell_k/list3.html
少年時代通っていた小学校の露天の展示物に、金鉱山で使ったものと伝えられている石臼があった。
川上の鉱山全盛期から終焉まで
http://www.kawakami.ne.jp/moriben/kinzan/kinzani.htm
信州峠 黒森の金山
http://www.ne.jp/asahi/hon/bando-1000/dust/ninj/nin-4.htm
長野郷土史研究会機関誌
http://www.janis.or.jp/users/kyodoshi/somokuji-4.htm
中島初女さんの伝説をもとにした童話
http://www.icon.pref.nagano.jp/usr/kawakami-sci/kikuti/kikuti.htm
川上村役場は役場としては日本一高い
http://www.pref.nagano.jp/kikaku/kikaku/ganba/nihoniti.htm
●2003年8月19日 (火) 重仁親王 続2
高松にある親王廟(高松は、父崇徳上皇が流された地)
http://www.doshikai.com/yamashita/danshi/cont.htm
仁和寺で出家したとされるが、これによるとその後高松に配流されたことになる。
迷える子羊(羊)さんという人 (埼玉県在住、由井姓と思われる)が
重仁親王関係を研究しているようだが、惜しいことに現在サイトは閉鎖されている。
http://hikoshima.com/bbs/heike/100254.html
これによると御所平村の「書簡」というものがあるらしく、そこに重仁親王の記述があるらしい。BBSの重鎮めいた服部さんという人とやり取りしているが、この人の記述が結構つっけんどんな態度なせいか、いつのまにかリタイア。
http://hon.web.infoseek.co.jp/krog/krog23.htmなどでもHONさんという人とやり取りしているが、BBSのいざこざに嫌気がさしたのかリタイア。
川上村交流館メーリングリスト
http://www.kawakami.ne.jp/moriben/kouryukan_ml/kouryukan_ml.pdf
伝説に関係する地名の記述あり。この他に羊さんのBBS発言にあった臨幸峠や私が指摘した御陵山(みはかやま)がある。
川上村の紹介記事の中の重仁親王
http://www.vision.kouryu.or.jp/zentai/vision10/20304%E5%B7%9D%E4%B8%8A%E6%9D%91.htm
http://www.icon.pref.nagano.jp/usr/kawakami-sci/omatsuri/matsuri.htm
清盛の継母で頼朝の助命を嘆願したことで歴史の転換に一役買った池の禅尼が重仁親王の乳母で会ったということ。http://shushen.hp.infoseek.co.jp/hitori/makinokata.htm
川上村近辺の山
http://members.jcom.home.ne.jp/0423356101/index.html
http://www.geocities.jp/brilliant_4ujp/arahune.htm
これによると臨幸峠は御座(おぐら)山とともに日本武尊(ヤマトタケル)の東征伝説に関係するらしい。
http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Shiro/7616/cycling_diary02.html
非常に面白い記事があった(千曲塾第7回)
http://210.131.8.12/~tikuma/content/main/juku/data/001h/jump.html
中佐都の流山、田切地形、海のつく地名、松原湖、戌の満水、川上村などなど。
●2003年8月18日 (月) 重仁親王伝説(続き)
御所平、親王というキーワードで検索すると、同じ長野県大鹿村の御所平の宗良親王(後醍醐天皇の皇子)が数多くヒットするが、川上村の場合には、一部の歴史好事家が話題にするだけのようだ。
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%BE%A1%E6%89%80%E5%B9%B3%E3%80%80%E8%A6%AA%E7%8E%8B%E3%80%80&hl=ja&lr=&ie=UTF-8&oe=UTF-8&start=0&sa=N
地形的に川上村は、信州峠や野辺山によって、中世に勢力を振るった甲斐源氏の本拠山梨県に接している。近世でも佐久甲州往還により佐久と甲州の間では人や物の往来がそれなりにあったようだ。川上村はその甲州街道から少し引っ込んだところにあり、隠れ住むには適当な場所だったかも知れない。仮にこの社に祀られている人物が保元の乱の崇徳上皇方だったとして、この川上村を勢力下においたと思われる甲斐源氏、信濃源氏は、上皇方だったのだろうか?
信濃源氏平賀氏・大内氏
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/personal/kazuto/sinanogenji.htm
ただ、この伝説が大鹿村のもののように人口に膾炙しないのは、保元物語に重仁親王のその後が仁和寺と明瞭に記されているからである。確かにその仁和寺以降は不明であるが、父崇徳上皇のように流罪になったのでない限り、わざわざ信濃の寒村に都落ちする理由はないだろう。推測の域を出ないが、上皇・頼長方の貴族が追捕を逃れて都落ちした事跡ということはありうる。ちなみに村内には藤原姓があり、現村長も藤原氏である。
保元物語
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/9333/hog11.html#second
私の小学校の夏休みの自由研究でこの伝説について詳しく調べたものがあったように記憶している。社のスケッチが模造紙の表紙を飾る立派な内容だったと思う。現在でも御霊社として祭礼も行われているようなので、神事を行っている旧家にはそれなりの言い伝えが伝わっているのではなかろうか?
隠れ信濃の歴史 http://www1.ocn.ne.jp/~oomi/
に取り上げてもらいたいような話ではある。
●2003年8月18日 (月) 長野県南佐久郡川上村と重仁親王伝説
川上村に御所平という大字の地名がある。御所とは一般的に皇室に関係のある方の住居であるが、明治の廃藩置県前の近世には、御所平村という地名だった場所。小字として、本郷、坂下、中宿、下宿(しもじゅく)、新宿という地名を含んでいる。高冷地の川上村の中でも千曲川と黒沢川の氾濫原が比較的平坦に形成され、水利もいいため、早くから水田農業が営まれていたようである。私の母の実家は本郷にある。その本郷の村はずれ、千曲川の対岸が既に下宿に達するあたり、隣村の広瀬村への大蔵(おおくら)峠という峠道の入り口あたりにオーゲートウという不思議な地名があり、その近くの山裾の小暗い場所に、小さな社が祀られている。この社こそ、御所平という地名の元になった、皇室に縁のあった人物を祀るものだという。ネットで検索すると、どうやらそれは、保元の乱の原因となった崇徳天皇の第一皇子、重仁親王のものだという。御所平より上流の大深山(おおみやま)には、御陵山(みはかやま)という山もあるが、この親王に関係するものであろうか?
保元の乱 保元元年京都に起こった内乱。皇室内部では皇位継承に関して不満を持つ崇徳上皇と後白河天皇が、摂関家では藤原頼長と忠通とが激しく対立し、崇徳・頼長側は源為義・平忠正らを招き、後白河・忠通側は源義朝・平清盛らを招いて交戦。崇徳側が敗れて、上皇は讚岐国(香川県)に配流、頼長は戦傷死、為義・忠正は殺された。武士の実力が発揮され、武士の中央政治進出の契機となった。
この崇徳上皇が弟の雅仁親王(後白河天皇)ではなく、自分の皇子である重仁親王に皇位を継承させようとしたことが保元の乱の要因の一つである。
●2003年8月18日 (月) 「信州川上郷 自然うぉっちんぐ塾」 へのお問い合わせ
先日のキャンプで聞いたセミ?の鳴き声について下記のように問合せのメールを出した。
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はじめまして。
長野県南佐久郡川上村の歴史をネット検索していて貴サイトにたどり着いたものです。
http://www1.vecceed.ne.jp/~rs-siokw/index.html
小生、約30年ほど前まで、川上村の御所平で暮らしておりました。その当時、まだ幼年だったこともあり、川上村でセミの鳴き声を聞いた記憶がなかったのですが、今年の8月の初め、遅い梅雨明けの日、久しぶりに金峰山川のほとりのキャンプ場(ふれあいの森)に2泊ほどしたところ、日の出からしばらくして、樹上からセミらしいものの鳴き声を聞きました。温暖化の影響がここまで及んでいるのだろうかと不審に思ったのですが、貴サイトでエゾハルゼミの存在を知りました。
大変ぶしつけなお願いで恐縮ですが、このエゾハルゼミについて教えていただけないでしょうか? ウェブマスター様が写真を撮られたり、大合唱を聞かれたのは、風景写真からすると、秋山、川端下のあたりでしょうか?川上村に通われて10数年間とのことですが、毎年鳴き声は聞こえましたか?
こどもの学習に生かしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
********@nifty.com
http://homepage3.nifty.com/ongaku-no-chanoma/
●2003年8月11日 (月) 野菜ジュース断食
日経ヘルスという健康雑誌のメールマガジン(メルマ)の配信を受けているが、9月号の記事(以前は週刊だったのに月刊になってしまった)に、野菜ジュースダイエットの紹介が載っていた。勤務先での昼食を木、金と市販のカゴメ野菜ジュースにして結構快調だったので、土曜日に朝から野菜ジュース断食を結構してみた。空腹感はあったが、耐えられないほどではなく、日曜日の朝食に雑炊を食べてもどしていったが、腹具合がすっきりした感じだ。昼過ぎには宿便とまではいかないが結構ニオイの強い大便もすっきり出た。
昼から夜は、親戚からもらった大量の野菜をナントカ料理しようと、以前よくつくったキャベツと油揚げの煮ひたしを保温なべで2杯作った。1杯目はほとんど自分で食べてしまった。体重も最近のピーク時の77kgkら一気に74kgまで減った。
●2003年8月8日 (金) キャンプの付き添いに関することども
1.交通
マイカーで中央道八王子IC須玉IC間を経由して往復した。中央道はそれなりに快適だったが、アクセス道路になる国道16号が渋滞して非常に不快だった。
2.標高1500mを越える高地で油蝉らしき鳴き声が聞こえた。私がこどもの頃には標高1200m程度の場所に住んでいたのだが、蝉の鳴き声が聞こえず、父の実家のある標高約800mの地にはミンミンゼミがいたのをはっきり記憶しているので、やはりこれも地球温暖化の影響だろうか?当時はカブトムシは、製材所の廃チップ置き場(切りくず置き場)の中で大量に採取できたが、クワガタムシの仲間はいなかったように思う。今はどうなのだろうか。
3.山の清流には、トウキョウサンショウウオが生息していたが、現在では見られなくなったようだ。その代わり、カエルのおたまじゃくしが見られた。
4.晴天に恵まれ空が清んででいたこともあり、降るようなというほどではないが、都会ではとうていみることのできない多くの星ぼしを眺めることが出来た。それでも山向こうの甲府盆地や佐久平は当時とは比較にならないほど夜間の明かりが溢れている(コンビニや高速道路、街路灯など)ので、空にそれらの明かりが反映して、当時より暗い夜空ではなくなっているように思った。ただ、こども時代それほど夜空に感激した記憶はない。中学生のとき、上高地の横尾山荘で見た夜空は、これぞ夜空というすごいものだった。天の川がはっきりと見えたのだから。
5.河原には、小動物の足跡が見かけられた。親戚の家で、農作業中の熊に注意のアナウンスがあったとの話を聞いたので、熊も森の中に潜んでいたのかも知れない。こどもと一緒だったので小昆虫を捕獲し、写真に撮った。草花は少なかった。
●2003年8月7日 (木) フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディについて
ヤフー掲示板の音楽>クラシック>全般に音楽と政治なるトピがある。そこでメンデルスゾーンはユダヤ人か否かという議論になっている。祖父モーゼスはユダヤ人哲学者で、音楽家の伝記の分野では、その著書をW.A.MOZARTが蔵書として所有していたことでも知られている。しかし、メンデルスゾーンがユダヤ系としてもプロテスタントに改宗しているからユダヤ人ではないと主張する人がいる。(この人はどうやら宗教に関心があるらしく宗教系のトピによく投稿している。)要はユダヤ人の定義の問題で、それを宗教的な概念とするか、人種的、民族的な概念として捉えるかで、その主張の是非が変わってくるものだ。
メンデルスゾーンのことを少し調べると、バルトルディという二重姓を後年つけたのは、もうユダヤ教徒ではなくプロテスタントへ改宗したことを世間的に主張するためのものだったらしい。内面的な問題を外部に主張しなくてはならないという苦悩。
彼の音楽が「ユダヤ人」として、ナチ時代のドイツでマイヤベーヤ、マーラーの曲と並んで演奏禁止の憂き目に遭ったのは、よく知られた事実であり、ナチの「ユダヤ人」定義では、やはりカトリックに改宗したマーラーと並んで「立派に」ユダヤ人扱いされていた。宗教は内面的な問題であるが、政治は暴力装置を後ろにちらつかせた外形力によって支配する。その是非を問わずとも、改宗者メンデルスゾーンはユダヤ人として死後も差別され続けた。おそらく、マイヤベーヤとメンデルスゾーンはヴァーグナーと不和だったらしく、ヴァーグナーによる「音楽におけるユダヤ的なもの」とかいう著作で非難されていて、ヒトラーがその影響下にあったのではなかろうか?だが「立派な」ユダヤ系のシュトラウス一家の音楽はナチ政権下でも普通に演奏されたというのは権力の恣意性を象徴し、差別というものの本質を表す笑止千万な出来事である。
●2003年8月5日 (火) 生誕の地にキャンプに行ってきた
長男が所属するボーイスカウトがたまたま今年のキャンプ地に選んだのが母の実家があり、私が生まれた村だった。祖父母がなくなってから久しく、おじおばやいとこたちには年賀状でのご機嫌伺い程度になっているが、久々に訪れ、時間をみて親戚回りをしてきた。
●2003年7月28日 (月) 映画 トレジャープラネット
スティーヴンソンの「宝島」を翻案した「宝惑星」。ディズニーアニメの最新作を見てきた。アニメーションのスピード感、立体感、音響とも非常によくできていたが、書籍の宝島を読んで、少年少女が受ける感動とは少々質が違うのではないかと思った。我が家の二人の少年たちもそれぞれ集中して画面に見入っていたが、やはり、名作「宝島」の存在を知らせてやりたいものだ。
●2003年7月22日 (火) 原智恵子 続き
その後通読した。もともと著者はクラシック音楽界に造詣が深かったわけではなかったようで、何人かの音楽関係者の協力も得ている旨書かれていた。その割りには、おかしな記述も目立ったのはどういうわけか?人名の誤植がめだった。特に原が日本の音楽界から無視されてきたことに抗議する意図もあって書かれた割りには、憶測的な批判が多く鼻白むことが何度かあった。非難ではなく、正当な根拠を持った批判ならうなずけるのだが、贔屓の引き倒し的な部分が垣間見えるのは著者のスタンスの問題だろう。読後感はあまりすっきりしたものではなかった。新潮社の雑誌に掲載されたエッセイが元になったようだが、あの出版社は文芸面では老舗だが、雑誌面ではゴシップ好きの低俗な面が目立つ。そのゴシップ路線に多少毒気を当てられたのだろうか?
●2003年7月17日 (木) 「原智恵子 伝説のピアニスト」(石川康子・著/ベスト新書)
http://columbia.jp/~chieko/
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E6%96%B0%E6%9B%B8%E3%80%80%E5%8E%9F%E6%99%BA%E6%81%B5%E5%AD%90
一昨年11月頃に上梓され音楽ファンの間で話題になった本を書店で見かけ、少し立ち読みしたところ、面白そうなので購入した。半分ほど読み進んだが、内容的には非常に面白い。原智恵子というピアニストの存在は、ガスパール・カサド夫人ということで知っていたし、池内友次郎という作曲家の存在も知っていたが、彼があの高浜虚子の子息で、俳壇の重鎮である高浜が相当な財産家だったことは初めて知った。同じフランス系ピアニストである安川加壽子とのライバル関係も面白かった。原を批判する音楽評論家への著者の非難も強烈で山根銀二や野村光一などが俎上に載せられていた。音楽評論の世界は今も変わっていないし、より低レベルになっているように感じる。
但し、この本の文章や音楽家の名称など、明らかに推敲や校正が不足しているのが気になった。これは著者の所為でもあろうし、恐らく編集者の所為でもあろう。音楽関係の監修者がいなかったものだろうか?例えばティボー・コルトー・カザルスのトリオは普通カザルストリオと称されたはずで、「大公トリオ」などと呼ばれたことなどあったのだろうか?文章面では、少々素人的なてにをは面での悪文などが気になった。忘れられた先駆者の発掘という意味で非常に面白い力作であるのに少々惜しい。久野久(子)の名も出てきたが、単なるドイツ派ピアノ奏法の限界うんぬんの片付け方は、大雑把過ぎた。
●2003年7月16日 (水) ドクトルマンボウ医局記
(数日前登録したと思っていたらされていなかったので、再度アップ)
近所の古本屋でドクトルマンボウ医局記のハードカバーが100円で売っていたので購入した。ドクトルマンボウシリーズと言えば、中学校の教科書に昆虫記の一部が掲載されており、それをきっかけに文庫本を購入して愛読したものだ。航海記、昆虫記、青春記。特に青春記はロマンチックなバンカラ旧制高校生の青春を博識をベースにユーモア溢れる筆致で綴ったものだった。自分の大学選びにも少なからず影響があった。
ところでこの医局であるが、東北大学医学部を卒業後、慶應義塾大学の医局に入局した以後、あの航海に出発する頃までを綴っている。相変わらず滑らかな筆致で、スラスラと読ませてくれるのだが、時系列的な飛躍だとか、舌足らずさなどが気になった。著者も老いたのだろうか。
●2003年7月9日 (水) asahi.com AICの記事へ投稿しようと思ったけれど
http://www.asahi.com/column/aic/Tue/d_tan/20030624.html
美濃口坦さんの「欧州どまんなか」「輝く小さなイモムシ」 を拝読。蛍とはGluhwurmchenでしょうか。「この国の人々の意識では、昆虫は人間が本当は関係をもたない別世界の住民で「虫けら」(で)ある。」
ここからドイツ人の「虫けら」観を窺い知ることが出来ました。このドイツの虫けらから、私が素人ながら関心を持っているシラーの「歓喜に寄す」のある語句に思い至りました。それはWurmという言葉です。
ベートーヴェンの第九の歌詞として取り上げられたために、欧米語の原語の詩としては日本人にもっとも膾炙している詩のひとつだと思われる「歓喜に寄す」で、ベートーヴェンが抜粋したうちのまたその一部をアマチュア合唱団に属している私などは何度も歌ったことがありますが、このWurmを含む詩句ひとつにしても実は結構難解に思えます。
Wollust ward dem Wurm gegebenがイモムシWurmを含む詩句ですが、日本語訳としては、多くは否定的なニュアンスで「官能的な快楽などは虫けらに投げ与えられ」または肯定的なニュアンスで「官能的な悦びは虫けらにも与えられ」のようにCD添付の歌詞カードなどに訳されています。
とここまで書いたがどうもエッセーへの感想文としては的外れだったので、投稿をやめておいた。
日本の虫愛づる姫君の話、蛍がシェークスピアの戯曲に登場したか、ケルト民族の妖精譚と蛍の関係など思いをめぐらすよすがにはなった。
それにしても、ドイツ人の子どもたちが昆虫採集を遊びのひとつとして持っていないというのは意外だった。欧州でも、フランスにはファーブルもいるし、イギリスなどは博物学の伝統で昆虫への関心が強いように思われるが、ドイツを含む中欧、北欧は昆虫採集はあまり行われないのだろうか?フィンランドの児童文学ムーミンには、虫の採集のことは出てきただろうか?確か、珍しい植物の採集はヘムレンさんだったかがライフワークにしていたと思うが。
自然は文明と対立するもの、共存するもの、民族性の違いだろうか?
●2003年7月8日 (火) 安物買い自慢はわびしい
例に漏れぬ減給のため小遣いとして使える収入が大幅減。つい安物買いに走っている。この雑録に納めた雑文も多くは廉価で買ったという屈折した自慢ばかり。
ただ、安物でなければ手が伸びなかった(耳にすることがなかった)録音に触れることができたという収穫はある、と思い直す。
●2003年7月7日 (月) 80年代のCDの大安売り
発売当時3500円程度のレギュラープライス盤の中古品が750円の売値がつけられており、それがタイムサービスで200円で購入できた。ドイツ・グラモフォン盤3枚。
ムターとカラヤンのブラームスのコンチェルト、R.ゼルキンとアバドのモーツァルトのコンチェルト9、17番、クレメル・カシュカシュアン・アファナシェフによるモーツァルトのケーゲルシュタットトリオ(Vn盤)、Vn&Vaのデュエット2曲。どれも別の録音を所有しているものだが、これだけ安いとつい聞いてみたくなり衝動買い。盤質やジャケットなどは全然問題なし。この頃のDGは飛ぶ鳥を落とす勢いでオールスターキャストのすごい録音が相次いだ物だった。ちょうど私の学生時代、新社会人時代だ。
感動を語るよりもまず批判を書くのはあら捜し的で品が悪いことだ。ムターのコンチェルト、17歳の少女の演奏とはとても思えない立派なものだが、ソロが音程的に少々ぶら下がり気味に聞こえる個所があった。バイオリニストの癖なのか、ベルリンフィルの方が上ずっているのか分からない。また一般的な名器ストラド、ガルネリ、アマティではないヴァイオリンを使用しているとのことで、少々太めの音色で17歳の少女にはあまり似つかわしくなく感じた。カラヤンのブラームスは、どうも流線型だ。響きは充実しているが。カラヤン恒例のゴッドファーザーとしてのホープや西側デビューバックアップのひとつ、かつてはロストロポーヴィチ、リヒテル、ベルマン、ツィメルマン、クレーメル、そしてムター、キーシン。ベルマンを除いてはみな功成り名を遂げている。
ゼルキンとアバドの演奏は、晩年のゼルキンがベートーヴェンは小澤と、モーツァルトはアバドと組んで録音したものの内のひとつ。小澤との録音はテラークが担当だが残念ながら私のオーディオではピントが合わないぼやけた音像のもの。アバドとのモーツァルトは当時盛んにFM放送などでも放送されたが、予想より指のもつれもなくゼルキンの美しい音楽を堪能できる。アバドとロンドン響も、交響曲のダルな演奏とは段違いの集中力のある演奏を聞かせてくれる。
カシュカシアンは、多分アルメニア系だろうが、アメリカ生まれという。ジャケット写真はむきつけき(失礼)クレーメルとアファナシェフに囲まれ、清楚な谷間の百合の風情。しかし、演奏は、CBS盤のマとのトリオでも聞こえた骨太で暖かいビオラの魅力を奏でている。
●2003年7月4日 (金) グルダの来日公演のベートーヴェンはすばらしかった
6/29(日)の午後9時に放映されたフリートリヒ・グルダのコンサート。90年代、2回目で最後の来日だったという。ほぼリアルタイムでNHKが放映したのをテレビで見、ヤマハのクラヴィノーヴァ?による演奏には閉口した記憶があった。しかし、今回聞いた彼のベートーヴェンのOP.110はすばらしかった。あの頃に比べて後期ソナタの聴経験が増えて演奏の違いに耳が行くようになったこともあるだろう。グルダの若い頃のアマデオ録音も愛聴しているし、ソロモン、ヴェデルニコフ、ケンプなど聞き比べも楽しんでいる。その中でも、今回のグルダの演奏は見事だった。破綻のない安定したメカニックの上で高音域の透明で伸びのある音色、自由で気取らない(外見からの印象もまじるが)闊達な演奏だった。
バッハの平均律の第1巻第1番のプレリュードは慈しむような優美な演奏だったが、フーガはグールドのCDに比べると運動性が物足りなかった。
ジャズの合奏や自作のソロはグルダの表現意欲の旺盛さとしては理解しても、クラシックの呪縛がところどころに感じられ、楽しめなかった。呪縛にかかっているのはお前の方だと言われそうだが。
●2003年6月27日 (金) アサヒコムへの投書
元記事
http://www.asahi.com/column/aic/Mon/d_click/20030623.html
http://www.asahi.com/column/aic/Fri/d_forum/20030627.html
読者フォーラム June 27, 2003
降参
????さん
穴吹さんの「責任回避」を読んで、マスメディアに属する方の感覚と一般庶民のそれとの間に大きなギャップがあるのではないかという感想を持ちました。例の牛丼発言に感じた違和感もフラッシュバックしてきました。こんなことを書くとボツになるでしょうか?、
岩城元さんの2003年06月05日 「中国の度量、日本の度量」 を読んでの朝日新聞社および日本人の感覚と中国人の感覚の差と相通じるように思いました。一言で書けば、傲慢さでしょうか。感覚の問題ですから議論にはならないでしょうが、そのように感じている一読者もおります。
穴吹史士:一言、降参。
AICキャスターの元記事に対して批判の投稿をしたところ、結構多くの人が同じように感じたらしく同趣旨の批判が集まった。
●2003年6月24日 (火) オーケストラピース
以前(現在工事中の)家族の席に書いたことがあったが、オーケストラ作品が我が家の子供たちには人気がある。
1.ヴァーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
2.ホルスト 「惑星」より木星
3.スメタナ 「我が祖国」より「モルダウ」
が最近のベスト3。
他にチャイコフスキーのバレエ組曲、ビゼー、ヘンデルなどが人気。バッハ、モーツァルトは意外にも不人気。性格がはっきりしていて覚えやすいメロディー、モチーフがあることが条件のひとつか。
1などは結構聞きたいとせがまれるほど。ピアノ小品には余り興味がないようだが、ピアニストの真似はしたがる。
自分が幼稚園、小学校低学年の頃はどんな音楽生活を送っていたか?
オーケストラ曲はあまり耳にしなかったな。
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