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2005年1月の25件の記事

2005年1月31日 (月)

シューベルトの誕生日

1797年1月31日はシューベルトの208回目の誕生日。

スタンリー・キューブリックの映画「バリー・リンドン」の中で使われたシューベルトのピアノトリオの記事が結構面白い。D929の第2楽章。「バリーリンドン」はDVDで所有しており、初めて見たときに、少々野暮ったいこの曲が延々とBGMとして流されたときに違和感を覚えたが、とつとつとした会話のようなこのトリオのメロディーが耳について離れなくて困ったことがあった。1950年以前の古い録音を集めた「シューベルティアーデ」を探すと、オイストラフ、オボーリン、クヌシェビツキーによる演奏があり、聞き直したら、まさにこの曲だった。1/31の夜DVDでその部分(賭博士の相棒となったバリーが、ベルギーでリンドン女伯爵と恋に落ちるところ)を見た。初め音楽は少々場違いな感じだが、主人公二人の心理的な綾をそのまま音楽が語るという趣で間然とするところがないと思うようになる。 なお、一般的な解説で、バリー・リンドンの夫人になったCountess Lyndonについては、リンドン伯爵夫人とされ、前夫のサーリンドンがリンドン伯爵のような書かれ方をしているが、映画でもナレーターが語っているように、彼女自身がリンドン伯爵家を継いでおり、原作によれば、夫は従兄弟だったようだ。)

1997年は彼の200歳の誕生日だったのに、モーツァルトイヤーの1991年ほど世間は大騒ぎしなかったし、自分自身もそうだった。

なお、先に、モーツァルトの誕生日のときに、「中年会社員の観察日記」さんからTBをもらったので、お返しにTBを送信。

シューベルト 誕生日 でググッたところ、とっとき魔のシューベルトというページに、「未完成」交響曲への結構辛らつな感想が書かれていたのを見つけた。私自身もシューベルトのこの交響曲は、なぜこれが名曲とされて愛好されてきたのかが実感できないできているので、部分的には共感するところがあった。

現在この曲は、従来の第8番ではなく、第7番とされ、大ハ長調(いわゆるザ・グレート)が第8番とされている。その前に作曲された比較的よく聴かれる古典派語法を用いている習作的な第5番などに比べると、この「未完成」が別の次元の作品であることはよく分かる。第3楽章のスケルツォがスケッチと一部のオーケストレーションがあるというが、残された第1、第2楽章も必ずしも完成していたとは限らないのではなかろうか?ブルックナーを経験している現代の耳には大きな違和感はないのだが、「未完成」の特に第1楽章などは、第1主題が冒頭の低音主題とクラリネットによる主題に分かれ、その間に主題的な接ぎ穂や関連性が薄く、さらに柔和な第2主題が延々と続くかと思うといきなりコデッタ的な終結のトゥッティのうるさい主題が提示され、それらの間に経過句的なパッセージがないのは、いかにも異質だ。いわゆるミケランジェロの未完のトルソのような疎外感を覚える。主題が並立的に提示されるだけで、一貫性だとか、流れだとかが感じられない。また第一主題が2拍子系のように聞こえる(6/8拍子的)により必ずしも単調なリズムではないとはいえ、両楽章とも3拍子系で、どちらも緩徐楽章的だ。

いまふと思ったが、アルペジオーネソナタの第1楽章の上向音形の冒頭が未完成の冒頭主題の矢張り頭の部分に似ている。「未完成」がアルペジオーネのように滑らかなテンポの第1楽章を持っていたらと想像してみると面白い。「未完成」のアレグロ・モデラートの第一楽章自体、ワルター的に地の底から湧き出るかのように無気味に、またいとおしむように丁寧にゆったりと演奏するのではなく、交響曲の第1楽章としてもっとアップテンポで、構成的に演奏した方が面白いのかも知れない。C.クライバーの録音や、近年の古楽器派の録音を聴いたことがないが、もしかしたらそのような演奏なのかも知れない。

古楽器派の「未完成」を聞いてみたくなり、帰路CD、DVDショップに立ち寄ったところ、店頭に陳列してあるCDのケースについているバーコードをかざすと、CDの各トラックが45秒ほど試聴できるプレーヤーが設置されていた。どういう仕組みだろうか。店内か本店などにMP3などの音声データーのサーバーが置いてあり、バーコードが読み取られるとCDジャケット画像や曲名、音声データが転送されるのだろう。これでいくつか聞くことができて面白かった。インマーゼール/アニマエテルナの演奏はテンポはそれほど速くない。ガーディナー/リヨンのは速めだ。モントゥー/コンセルトヘボウは高雅だ。フルトヴェングラー/BPOは豪儀だ。ただ、「未完成」は意外に人気がないようで、あまり店頭在庫はなかった。このほか、高橋悠治の新録音のゴルトベルク変奏曲も聞くことができた。テーマのアリアのトリルが非常に特徴的。ただ、この曲は、演奏家が誰でも感動してしまうから。また、定価では絶対に買うことのないと思われる宇野功芳の「艶舞曲」と題するオーケストラ小品集を聴いてみたが、試聴機が非常にエコーがかかっている音質であることもあいまって、意外にまろやかで生気のある演奏で驚いた(モーツァルトのドイツ舞曲、ブラームスのハンガリアンダンス5番、シュトラウス2世のこうもり序曲など)。結局、この店では試聴だけさせてもらっただけ。このほか、ベートーヴェンの第九連発という企画ものがあり、メンゲルベルクからシノーポリまで20種類ほどの「歓喜の歌」のさわり(Seid umschlungenの直前?)を聞くことができるもので、面白かった。

途中の行き着けのブックオフに立ち寄ったら、正規盤ではないが、クラシック名曲シリーズが大量に入庫しており、ハンス・ホッターの日本ライヴの「冬の旅」が置いてあり購入した(懐かしいオーマンディの「展覧会の絵」もあった)。
帰宅後、今日はシューベルトの誕生日であることを家人に告げて、聞き始めた。ホッターの声を聞いた子ども達は「格好のいい声だね」と感想を語ったのには驚いた。「ヴァーグナーの『ニーベルングの指環』というヒーローが沢山出てくる『オペラ』で、一番偉い神様の役を歌うのを得意とした人なんだよ」と答えておいた。ただ、聞きつづけるのはつらい。少年時代からあまりにも何回もテナーのユリウス・パツァークの「冬の旅」を聞いて来た者にとって、バスバリトンの時に割鐘のような威嚇する野太い声は、孤独な弱弱しい旅人のイメージではない。まさに、「ジークフリート」で神々の王ヴォータンが扮する「さすらい人」の歌だ。

自前のCDで「未完成」を聞きなおした。昨日のコメント、第1、第2楽章が推敲を終えていない作品かも知れないというのは暴言だった。これはこれで完結している。全曲は、ライナー/シカゴで聞いたが、聞きなれたバーンスタイン/NYPも悪くなく、豊かで繊細な響きのハイティンク/コンセルトヘボウはやはり、自分の持っているこの曲の録音のなかではベストだと思った。ただ、スタンダードとしてのベームなどによる伝統的なヴィーンフィルの演奏も聞いてみるべきだろう。

倉本裕基という名前をよく見る

昨夜 テレビ東京のミューズの楽譜という番組に 倉本裕基が出演していた。経歴紹介で、音楽大学出ではなく、東工大理学部の修士課程修了という異色の経歴の持ち主ということを知った。

とにかく「冬ソナ」関連で有名になったらしい。演奏・作曲歴はもう20年以上になるらしいが、日本ではほとんど知られていなかったところ、98年の韓国での日本文化開放とともに、いわゆるリチャード・クレーダーマンやジョージ・ウィンストン並みに韓国で大ヒットし、それが今でも継続中、「冬ソナ」の出演者、歌手なども彼の音楽を愛好しているという。

これまでになかった韓国からの逆輸入という形での、サクセスストーリーだ。

彼の作品は、いわゆる通俗的なセンチメンタル路線で、それがこれまですれっからしの日本人には受けなかったのだろうが、昨日のテレビで、独学とは言え、ラフマニノフの2番やチャイコフスキーの1番を御手の物という感じでサラっと披露したテクニックには驚いた。いわゆる弾けるピアニストだ。それゆえ、ピアノの音色も透明感があるのだろう。

音色と言えば、先ごろ物故した園田高弘氏の演奏を思い出の演奏会ということで昨夜の教育テレビが放送していた。ブラームスの1番のフィナーレ、ショパンの幻想ポロネーズ、バッハの半音階的幻想曲とフーガ、皇帝のサワリを放送した。園田氏はガッチリと弾いているのだが、残念ながらゴツゴツとした印象が強い。映像を見ずともそう感じる。タッチの問題だろうか、均等に鍵盤に力が加わっていないのか、ピアノが整然と鳴っていないようなのだ。あまりに整い管理された音色よりも逆に聞き応えを覚えることも時にはあるのだが。

真冬のズーラシア

年末年始に帰省しなかったので、実家の父母が孫の顔を見たさに日帰りで遊びに来てくれた。寒空のもと屋外で遊ぶのもどうかと思ったのだが、子ども達が以前から祖父母に自分たちの最寄の動物園であるズーラシアを案内したいという希望をもっていたので、家族全員で案内した。孫に案内され、父母はそれなりに楽しめたようだ。

寒中の寒空とは言え、関東南部のこと、晴れていれば最高気温は10度近くまであがるのだが、あいにくの曇りのち雨で10度を下回った。ただ風が弱かったのでそれほど寒くなかったのは幸いだった。これまであまり真冬に訪れたことがなく、熱帯の動物たちはどうしているだろうと心配していたら、結構姿を見せてくれるものが多く、まあまあの「出現率」だった。しかし、オランウータンは風邪ひきか公開中止、レッサーパンダは全く姿を見せずで、日本の動物たち(はくびしん、あなぐま、たぬき、きつね)は全部隠れていた。初めて来たらしい親子連れなどは、動物が少ない動物園だねと残念がっていた。確かに広大な敷地に比べると動物数は少なく、「出現率」が低いものはなかなか姿を見ることができないのが、この園の特徴になっている。

動物が見られないという評判が広まったためか、最近は、近くの道路(中原街道)が渋滞になることがほとんどないほど、来園者が減っているようだ。近年、旭川市の旭山動物園が、園長の主導で、動物の見せ方を改善することにより、爆発的に来園者が増えたという事例がよく報道されている。実際、全国の動物園からも視察が多いらしい。よこはま動物園ズーラシアは、飼育する動物の生活環境を重視した飼育に特徴があるのだが、やはり来園者あっての動物園であることを考えると、展示の方法を改善すべき時期に来ているものと思われる。公立で、税金も相当使われているはずなので、是非早急に対策を打ってもらいたいものだ。

また、観覧ルートが一方向で、入り口から出口が非常に遠いので、途中でバテてしまうほどの距離だ。これも幼児やお年よりにはつらい。歩きやすく、植物や建築物、彫刻なども凝っており、楽しいのだが、いつもオセアニアエリア頃になると疲れてしまう。その改善としてお目当てのゾーンにショートカットできるように近道を作ることも望みたい。

2005年1月28日 (金)

ココログ カウンターとサブタイトル

昨日、ふとココログにもカウンターを入れてみようと思った。これは昨年6月に開始した当初にも試行していたのだが、どうもうまく行かなかった。BLOGのことはBLOGに聞けと、ココログ、カウンターでググったら、簡単にヒットしてすぐに登録できた。ただし、これはひそやかに開設しているHOME PAGEのカウンターと共有なので、どっちがどっちだか分からなくなってしまうという欠点もある。

ところで、その際に、以前から気になっていた ココログのサブタイトルが タイトルとくっついて表示されるという欠点について、簡単な解決法を見つけた。もともとタグで書かれているのだから、サブタイトルに、改行のタグを記入してやればいいだけだった。ここに改行タグを書くとコントロールされてしまうので、そのまま書けないが、
  < b r >
を続けて書くだけ。

1/27 は モーツァルトの249回目の誕生日だった

1756年1月27日に生まれた、我らがヴォルフガングス・テオフィールス・モーツァルト。昨日で249回目の誕生日を迎えた。

まだ学生の頃、あの著名なモーツァルト学者の海老澤敏教授が、文学部の特別講座ということで、2週間ほど、講義に来仙したことがあり、その際、他の学部生も聴講できるということで、その謦咳に接したことがあった。教授の著作は、その後社会人になってから大部のモーツァルト伝からその他いろいろなエッセイを少なからず読んだので、そのときの講義内容はその中にほぼ網羅されていたことを知ったが、気さくに雑談された中で、当時はモーツァルトの生きていた時代からちょうど200年後にあたっていたため、伝記を紐解けば、200年前のその日そのとき(頃)に、彼がどのような作品を生み出し、演奏していたかが毎日追体験できるのだと話されていたのが、印象に残っている。ただ、井上太郎氏のように全曲をくまなく聴くほどの根気も時間もなかったので、結局没後1991年までその伝記的な作品に触れる機会はあまりなかった。

その後、例の小学館のモーツァルト全集が刊行され、全巻を揃えてしまった。

そういえば、昨日からか、同じ小学館がディアゴスティーニ張りに、CD付きのクラシック入門週刊誌を発刊した。第一巻はモーツァルトのピアノ協奏曲20,26とトルコ行進曲付き。

2005年1月27日 (木)

楡家の人々 北杜夫著

中高生の頃の愛読作家だった、北杜夫氏の代表作「楡家の人々」(新潮文庫、上下)を、風邪休みに読み返した。北とは全く正反対のようだが、戦前のエスタブリッシュ出身ということで共通性のある、かの三島由紀夫が大絶賛した大河小説である。 

北杜夫(斎藤宗吉)は、よく知られているように、大歌人にして精神医学者だった斎藤茂吉の次男として生まれ育った。楡家の人々は、彼の育った斎藤家をモデルにして、明治大正昭和(終戦)の三代を描いた「市民小説」だという。北は、またもや「かの」トーマス・マン(「ベニスに死す」や「魔の山」などで知られる)の「トニオ・クレーゲル」を愛読していた。この楡家の人々は、彼の「ブッテンブローク家の人々」にヒントを得たものだといわれている。

ところで、NHK問題は、とうとう海老沢会長の辞任(顧問には就任で院政めいている)にまで至ったが、NHKと朝日の泥仕合はまだ続いている。

今回、その論点の一つである、従軍慰安婦問題について、トラックバックをもらった。

楡家の人々は、関東大震災、楡病院の火災などと並び、太平洋戦争の凄惨な事実を家族や縁者の巻き込まれた大きな「時」の流れとして、当時の関係者の手記などを資料として相当の紙幅を費やしているが、この中で、三代目の長男と、その友人で長女の恋人である軍医が参加していた南洋諸島進駐の日本軍の「慰安所」に、兵士たちが列を作って並んでいる情景を何気なくさらっと記している。

北杜夫自身は、「夜と霧の隅で」(フランクルの「夜と霧」、これはナチスが夜と霧に紛れてユダヤ人を強制連行した作戦名に基づくのだが、その隅で、精神薄弱者や障害者が、断種されたり、ユダヤ人と同様ガス室に送られたことを表している)で芥川賞を受賞したように、リベラルな思想を持った作家であるが、どちらかといえば、ナイーブな品のいい、保守であろう。その彼が至極当たり前の(かどうかは確信が持てないが)記述として「慰安所」に触れている。また、海軍軍人の寄港時の芸者遊びについても触れている。

現在の従軍慰安婦問題は、当の慰安婦について強制連行があったのか、自由意志(これには肉親による人身売買も含まれるだろうが)なのかということが重要な論点であろう。この小説が当時の通念として書いているのか暴露的に書いているのか分からないが、日本軍のいわゆる最前線基地に「慰安所」があったということは、慰安婦が強制連行という暴力的な形は取られていなくても(日本軍の兵士の徴兵自体、国家権力による有無を言わさぬ強制なのだから)、最前線の慰安所で働いていたということで、彼女らについても、少なくとも徴兵同様の強制があったのではないかと想像される。同じ人間の欲望でも食についての資料は残されることが、性については秘すべきものとされ公式な資料も残されず、またそのことを語ろうとする関係者も少ないだろう。それゆえ、議論が難しい。資料や証言は、歴史の事実の一部を語るが、決して全貌を語らないからである。

仮に、自分史(自伝)を執筆する場合でも、多くの記憶し、記録された事実の中から、取捨選択が行なわれるのだが、その場合、過度に露悪的にならない限り、性に関する重要な事柄は、秘められてしまうのが普通だ。だから残された記録がないということが、そのことがなかったという証明にならないということに留意する必要があるだろう。

風邪で寝ていると

37度以上の熱が数日下がらず月曜日から水曜日まで病欠した。身体はだるく頭もボーッとしていた。ただ、寝ているだけでは暇なので内容の易しい本を読んだ。

子ども向けの「西遊記」「長靴下のピッピ」「くまの子ウーフ」などを読み返したり、ダニエル・キースの「アルジャーノンに花束を」(長編版)、同「心の鏡」(中篇版のアルジャーノンを収録している)を読んだり。

司馬遼太郎の「アメリカ散歩」も面白かった。これは、読売新聞からの提案でアメリカのカリフォルニアと東部諸州を訪れたときの新聞連載エッセーをまとめたものだが、普通なら当然、街道をゆくシーリズに含められるべきものだったろう。「街道をゆく」の歴史的な視点とは異なるものの、ファンには外せないものだ。ただ、この本で不満だったのは、黒人については章を割いているのにも関わらず、ほとんどネイティブ・アメリカン(いわゆるインディアン)に触れることがないことだ。普通にアメリカを旅して、インディアンに触れることはないのだろうが、ピルグリム・ファーザーズたちに触れたときに、当然現地住民であったモンゴロイドの血縁のネイティブ・アメリカンに触れてもよかったのではないのだろうか?新大陸の開拓は、確かに旧世界にとっては、大きな風穴だったのかも知れないが、北米ならずとも中南米でも、多くのネイティブな人々が虐殺され、その文化・文明が滅ぼされたのだから。司馬遼太郎の史観は、簡単には彼一流の独特な英雄史観だと評され、いわゆる民衆や敗者の側の視点が欠けているということが、かつて、マルキシズムの側からはよく言われたと記憶しているが、そのようなイデオロギー的な視点を外してみても、このインディアン問題は後のアメリカによる他民族の蹂躙、大量虐殺(太平洋戦争での原爆、諸都市への無差別空爆、ベトナム戦争など)とは切り離せないものだと思うので、その点が残念だった。なお、エスキモーの人々とは会って話をしたいようなことを書いていた。

泣ける本も読んだ。コロボックルシリーズで有名な童話作家 佐藤さとるが 4部作の発表の後、シリーズの結末をつけるために書いた 「ちいさな国のつづきの話」だ。小学生時代に両親からプレゼントでもらった「誰も知らない小さな国」でこの不思議な世界に触れ、あれこれ空想するもとになったものだが、つい数年前、ふとこの最終話が発売されていることを知り、既にペーパーバックでしか入手できなかったが、買って読んだものだ。買った時には、あっさりしていて締めくくりの話としては寂しいと思ったのだが、今回病床(というほど大げさではないが)で読み返してみると、ところどころでなぜか涙が出て仕方がなかった。いったいこのファンタジーの最終編のどこがこの中年のデブのおっさんの琴線に触れたのか。年齢的にははるか昔に過ぎ去った自分の少年時代への愛惜感を、回想的な作りのこの物語が上手く引き出したのかも知れない。

「赤毛のアン」でも涙が出た。マシュー・カスバートが急死し、アンがその葬儀の日の真夜中になり急に悲しみが込み上げ号泣するところ。新潮文庫の村岡花子訳が通常入手できる訳本だが、作家の松本侑子が、かつて、「赤毛のアン」の翻訳を依頼された際、そこに隠された多くの英米文学の引用に気が付き、細かい注釈を施して、花岡訳が省略した部分(いったいどこだろう)も省かずに新訳したもので、数年前、文庫本で入手した。今回注釈をいちいち読みながら読み返してみた。マシューの特徴的な「そうさな」という宮崎アニメでも使われた名口調は、花岡訳へのオマージュだろうか、そのまま踏襲されていた。20代の頃、アニメに再刺激され、シリーズを読み、この本の英語のペーパーバックを買い、英語の勉強のために翻訳してみようと思ったことがあったが、文章や単語からみてもとうていこちらの低い英語力では歯がたたなかったのを覚えている。今回の松本訳の解説にあるように、これは日本では児童文学に分類されているが、本国カナダや英語国では大人向けに書かれたものなのだという。(内容的には、この小説の前半部の勢いと密度に比べて、後半部は感慨深いとはいえ少々大雑把でそれこそ散文的になっているように思うが)。松本訳は結構読みやすいが、特徴である注釈があまり親切ではなく、一箇所など注釈番号が重複していて注釈本文がないものがあった。原文にあたっていないものとしては、本文の訳文と引用元の訳文を指して、この部分が、引用だと言われても、双方の訳文が異なるので、本当?こじつけではないのか?と疑問を呈したくなることもままあった。また、この部分こそ注釈、解説がほしいという部分に、それらが欠けていることもあった。正統的な研究書ではないので欲を言えば切りがないが、版を重ねるにつれてさらに改善されることを望みたい。

本文では、ホワイトサンズのホテルでのアンの朗読の場面の前後で、隣席の白いドレスの少女だとか金持ちの婦人だとかのエピソードがどうもつじつまがあっていないのではないかと以前から感じていたのだが、松本訳でもその疑問は解消されなかった。

スコットランドからの新大陸移民の2世、3世の物語である。信仰ではスコットランドの長老派教会、政治的にはイギリスのビクトリア女王(1837-1901在位)を君主に戴くコモンウェルスの一員。フランス系移民は、イギリス系よりも劣った存在として軽蔑の対象となっている。町では電気が通じ、鉄道も田舎まで開通している。美しい自然と豊かな農業。勉学の才能。料理、菓子作り。松本侑子ホームページから読書好きの男性のページを見つけた。同じ読書でもここまで網羅的にまとめられるのはすごい。コメントも気取っていないし率直だ。

2005年1月21日 (金)

朝日とNHKの泥仕合

政治家による事前検閲があったかどうかが問題になっている、NHKの番組改変問題だが、先行した朝日新聞によるNHK幹部談の報道に対して、NHKは虚偽の報道という文句を使ってニュースで対抗したらしい。

事実を整理する必要があるが、肝心なのは、担当プロデューサーが、実際に上司から番組内容の改変を命じられ実行したことを、記者会見で述べていることだ。事前か事後かは、「事前検閲」にあたるか否かでは重要だが、仮に背政治家からの働きかけが事後であったとしても、そのNHK幹部が、ある主義主張を持った政治家の意向を忖度して、報道機関としての自主性を放棄したことは、非常に重要なことではないのか。

政治家、朝日、NHKともに枝葉末節の事実確認に目を向けさせて、本質論から目を遠ざけようとする意図が感じられる。

この問題こそ、朝日とNHKの報道に頼ることなく判断すべきことだが、さて、どうすればいいか?

読売社説では、マスコミ内部での事前検閲は当たり前という主張をしているようだ。非常に粗雑でいかにも読売らしい。
1月15日付・読売社説(2)から引用
 

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[NHK番組問題]「不可解な『制作現場の自由』論」
 公正な放送のために、NHKの上層部が番組の内容を事前にチェックするのは、当然のことではないか。
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 (すぐにリンクが切れると思うので冒頭のみ引用)

その反面、毎日は、リベラルな主張だ。
1/21づけ
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社説:
NHK特集番組 問題点を整理する必要がある

 だが、放送直前、NHKの番組編集や報道を統括する放送総局長が安倍氏と会い、番組内容を説明した点は争いがない。NHK側が「当時、自民党議員の間で番組が話題になっていた」と認めるように、「慰安婦制度は昭和天皇に責任がある」と結論づけた市民団体の模擬裁判をNHKが扱うのは大問題だという声が自民党内の一部にあったのも事実だ。

 ところが、19日のNHKの説明によれば、国会議員に予算、事業計画などを説明する際、担当役員を同行させ、今後の番組の説明をするのは通常業務の範囲なのだという。もし、それが日常的に行われているのだとすれば、NHK幹部の感覚は、報道機関としての一般常識と大きくズレていると言うべきだろう。
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2005年1月18日 (火)

義理の叔父が逝去

1月17日の夕方、母方の叔母の夫君である義理の叔父が逝去した。1月19日に告別式と初七日法要が営まれた。

昨年秋から体調を崩され、入院し、手術を受けたが、還暦を少し過ぎたまだまだ若い年齢で亡くなられた。

1月17日の夜は、フォーレとモーツァルトのレクイエムを聞き、亡き叔父を偲んだ。

数年前、私が転勤で同じ関東圏に引っ越してきたということで、何度も遊びに来るように誘われていたのだが、とうとう行かず仕舞いになってしまった。不義理というべきだ。その意味で、残された叔母や従姉妹たちに申し訳ない気持ちを感じた。

そういう引け目をすぐに覚える性質なので、告別式にも顔を出すのに非常に気が重かったのだが、葬儀、初七日繰り上げ法要、荼毘、骨拾いの儀式に参列したことで、遺族の悲しみをともにしたということはあるのだが、不義理を少しは解消できたということで、心理的な負担は少しは軽くなった。

宗教心が失われた現代においては、葬儀は、故人のために行なうのではなく、残された遺族や関係者の気持ちの整理のために大きな意味があると言われるようだ。一つのけじめであり、故人の遺徳を偲び、思い出話をして、故人の死をお互いに確認し、けじめをつけるということだ。

数年前、かつて職場を同じくしていた比較的親しい人が自殺したが、転勤したばかりだったり、元の職場からの案内もなかったりで、告別式に出ることができず、その罪悪感が気分的に澱のように溜まっているということもあった。

交際上は少し疎遠になってはいたが、姻戚関係や子どもの頃に世話になった思い出という気持ちの上では親しい人の告別式に出るのは、実のところ非常に恐れがあったことも確かだ。遺族に通り一遍の慰めやお悔やみを言うのは逆に不誠実なような気がするし、遺族の悲しみに向き合うのも非常につらいものがある。

それにしても、葬儀、告別式というものは、一番悲しみが深い、喪主が様々なことを取り仕切らなければならないということで、非常に酷なものだが、それが看病から逝去、通夜、告別式まで故人のため、精一杯準備対応することで、喪失のショックを和らげるという効果もあるのだそうだ。

骨拾い後、自宅に戻り、祭壇の前でお別れのご焼香をしたのだが、叔母は悲しみを新たにしたようで、非常に哀切だった。

2005年1月17日 (月)

推理犯罪探偵小説を読む

いろいろ心配事やわずらわしいことがあり、気を紛らわすためいわゆる探偵ものを読みつづけた。アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」。真犯人の動機が少し弱いというか理解できない部分がある。

天藤真「大誘拐」。殺人もなく非常に爽快なエンターテインメントピカレスクだが、やはりその動機には心服し得ない。ネタバレをおそれずに言えば、巨大山林地主対国家。爽快とは言え、振り回された警察その他多くの関係者が可哀想ではないか。

それに探偵ものではないが、刑務所を4度にもわたって脱獄した囚人を題材にした吉村昭「破獄」。土曜日、日曜日が氷雨模様だったため、家に篭もって読んだ。実話に基づく小説だけあって、作り物にはない納得力があった。

続けて、宮部みゆき「理由」を読み返した。非常によくできたものだが、これも真犯人の動機が少し弱いように思った。ネタバレになるので、あまり書かないが、ルポルタージュという形式のため、死んでしまった真犯人にインタビューするわけには行かないという制約があり、殺人をするまでに追い詰められる真犯人の感情的、心理的な状況の描写がまったくない。おそらく「理由」というタイトルは、「動機」と読み替えてもいいのだろうが、死人に口なしの状態ではどうしようもない。各自解釈せよということか。真犯人は、殺人までやらなくても、そこから逃げるだけでもよかったのではないのか?逃げて、生活を立て直し、新たな家族を作ることもできたのではないのだろうかと思うので、少々説得力不足だと感じたわけだ。

大河ドラマ 「義経」を見始める

先週から「義経」が始まり、見始めた。

視聴率の記事にも書いたが、少年時代、まだほとんどのテレビが白黒だったころ、同じ「義経」が放映された。祖父は、信州の農家の出だが、歌舞伎のファンで、勧進帳の安宅の関の下りなどを我が家に遊びに来た折などにうなっていたこともあり、義経は子ども心にも、悲劇の英雄として親しい存在だった。

ところで、保元の乱の一方の主役である、崇徳上皇(*)の皇子に、重仁親王という方がいて、その方が、乱の後、信州は佐久の川上村に逃れられ、住まわれた場所が、御所平といい、皇子を祀る神社もあるという記事を2003年の夏に、ネットで読んだことがあり、このウェブログにも残してある南北朝の頃の皇子の残した伝承とは違い、あまり史跡や伝承が残されていないようだが。

*崇徳天皇
第七五代の天皇。鳥羽天皇の第一皇子。母は中宮藤原璋子。名は顕仁。永治元年、父上皇の寵妃美福門院の子近衛天皇への譲位をしいられて退位。のち保元の乱を起こしたが、敗れて讃岐国(香川県)に配流。讚岐院。(一一一九~六四) Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

さて、今回のドラマ義経だが、初回と第二回をみる限りまあまあ面白そうだ。原作が、宮尾登美子ということで、司馬遼太郎の「義経」のような斬新な義経観(生涯の途中で筆を止めているのは残念)は見られないが、いわゆる伝説、伝承を忠実に辿っている感じだ。

ドラマとしては親子関係、女性の子育てをCLOSE-UPしている。清盛の正妻、時子が、長男重盛の実母でないというのは、新説であろうか。 清盛も頼朝助命に力のあった池禅尼は継母で、頼朝助命は、生さぬ仲の継母からの圧力という設定はなるほどと思った。(この池の禅尼が、保元の乱の重仁親王の乳母であった!)

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「義経」ブームにあやかって書店には、保元・平治の乱から鎌倉幕府成立の時期の各種の書籍が集められている。「平家物語」「義経記」の現代語訳も文庫で出ているし、一般向けの歴史書もある。それらを立ち読みして、池の禅尼と重仁親王のことを索引などで調べると、多くのことが掲載されていた。その点、ネットは便利ではあるが、やはり信頼の置ける多くの書籍情報に比べると少し落ちるかも知れない。その中で、池の禅尼が 藤原摂関家の出身であり、清盛の父、忠盛にとっては、むしろ家柄上、正妻と呼べる夫人であったこと。池の禅尼が乳母(めのと)ということは、その夫忠盛は重仁親王にとって守役(傅)であったことが容易に分かった。また、重仁親王に触れた記述では、乱の後、仁和寺に入れられ、若くして逝去したと明瞭に記してあった。(崇徳天皇の呪いは、明治まで恐れられたことも記されていた)。歴史通説上、重仁親王の生涯がこのように記されているということは、川上村の伝承、伝説の「御霊社」(一般に高貴な人や功績のあった人で生前恨みをのんでなくなった人をたたりを恐れて祀る社)が重仁親王のものだということを否定することになるのだろうが、それでは、その伝承、伝説はどこから来たものかということだ。1156年の保元の乱の項を読むと、乱の後の混乱は非常に大きいもので、有力貴族、武将たちも少なからぬ人々が京から地方に逃げたようだ。前にも書いたがその辺が手がかりになろう。親王に縁の人が祀られているのかも知れない。御霊社の創立年代や伝承の始まりの年代の手がかりを調べることは、現地調査によって可能だろう(小学校時代の友人の家の墓地がこの社の近くにあり、カブトムシ取りに行ったときに案内されたことを思い出した。また、親戚が持っている畑がやはり比較的近くにある。それらの伝を面倒がらずに頼れば何かはわかるだろう。オオゲエトオ(大海道)と呼ばれる地籍だ)が、それなりに知られている伝承なので、かつてそのような試みは行なわれたことだろう。しかし、そこから明確になったことが少ないのではないかと想像する。ただ、御霊社という山奥の村には似つかわしくない社の存在、御所平という地名、藤原を名乗る一族の存在など、はるか彼方の過去にそれを後世まで伝えるだけの何かがあったことは確かだろう。なお、4月15日が祭日(縁日)になっている。

なお、ところどころ校正されていないが、結構面白いページを見つけた。保元・平治の乱のあたりを読んだが、面白くかけている。

なお、歴史データーベース参照のこと。
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義経の母常盤御前は、義朝の寵愛を得ていたがその敗死後、清盛に見初められ義経は助命され、その後大蔵卿に嫁ぐ。(大蔵卿からは義経の鞍馬山入山に援助があったようだ。)絶世の美女だったようだが、本当の所どういう女性だったのか。幼子三人を連れての平治の乱の後の雪の山中の逃亡は迫真的で哀れを催した。

牛若は、後に戦うことになる平家の若き公達たちと仲良く遊ぶ。これは、前回非常に不評だった、新撰組の初回の、近藤勇、土方歳三と坂本竜馬、佐久間象山が黒船来襲時からの知己であるという不自然な設定よりも、寵愛を得た母の連れた幼子が、パトロンの多くの子ども達と接触があった(むしろいじめられたかも知れない)のは考えられることだ。なお、清盛と常盤の間に生まれた女児はその後どう成長したのだろうか?(歴史書にある)

配役では、稲森いずみの常盤は適役だ。彼女は、キムタクと山口智子と松たか子が絡んだドラマの脇役で不思議な雰囲気の女性として知ったが、その後あまり活躍に触れることはなかった。しかし、京美人の誉れ高く、楚々として薄幸そうだが、したたかな常盤にピッタリの容姿と演技だと感じた。牛若は、最近話題作の「ハウルの動く城」で名子役声優ぶりを発揮して、その後最年少芥川賞作家の処女作「インストール」を原作として映画でも、すごい小学生として出演している、神木隆之介(?)が、なかなかの名演だ。

平安時代の京都のCGやセットの京都市街はまあまあだが、屋敷内は狭苦しく少々残念だ。特に清盛の屋敷などはもっと広かったのではなかろうか?(つい、京都御所の広広とした内裏を想像してしまうからだが)

合戦場面での馬は、やはり現代のアラブ、サラブレッド系の馬を使用していた。平安時代の騎馬武者の合戦は絵になるが、その当時の馬は、木曾馬のように短足で小型の丈夫な馬種だったらしいと家族と話して面白かった。子どもたちは、まだそこまで理解していないので、へーそんなものという感じだったけど。

平治の乱では、義朝の長子 悪源太義平も奮戦したはずだが、彼は登場しなかったようだ。ところで、頼朝は尾張の熱田神宮の神官藤原氏の娘が母というが、頼朝が総領と定められたのは、それが原因なのだろうか?(正妻:身分の高い母親の子が総領となることが多かった。)

なお、毎回のドラマのあらすじをシナリオ風にうまくまとめてあるサイトを見つけた。うまいものだ。

2005年1月13日 (木)

レッドドラゴン トム・ハリス著

余勢を駆って「レッドドラゴン」を購入し読み始めた。(文庫本も高価になった。上下2分冊で、各800円ほどの値段だ。それに比べるのもおかしいが、子ども向けの図鑑類の安いこと。2000円ほどで非常に精細で美しいイラスト、写真入りの図鑑が入手できる)

これが、例のハンニバル・レクター博士シリーズの第一作になるらしい。このようなカニバリズムものが流行し、映画化され、崇拝者までいるというのだから、末法の世ということになるのだろう。

レッドドラゴン、つまり赤い龍だが、神秘主義的で幻想的な絵と詩を残したイギリス人 ウィリアム・ブレーク の残した作品名に基づくようだ。赤い龍という題名は、東洋では、中国物のイメージが強いので、題名で損をしていると思う。(ブレークについては、ノーベル賞作家の大江健三郎が折りに触れて言及していたように記憶するが、decentな日本人の倫理的な高尚さを追い求める作家としては少々変わった indecentな趣味だと思う。)

(William Blake ウィリアム―)イギリスの詩人、画家。「旧約聖書」などに、独特な装飾性と幻想性に満ちた挿絵の版画を残した。著に詩集「無垢の歌」「経験の歌」など。(1757-1827)
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

さて、この小説も異常な連続大量殺人犯を扱っている。次作「羊たちの沈黙」の連続殺人犯も、父親不在で、母親の愛や家庭環境に恵まれず、それが犯罪の要因になったということを匂わせていたが、この作品でも、身体障害と悲惨な生育環境がその要因だったという背景説明を行なっている。レクター博士にしても、ラトビアだかリトアニアだかの貴族の生まれだが、ソ連に攻め入ったナチスドイツ軍が撤退する際に、生き延びた幼いレクター博士以外の両親、幼い妹を殺害するという強烈な幼児体験が、その異常性の苗床になっているかのようだ。そういえば、奈良の事件でも、容疑者の育ちには相当に恵まれないものがあったとの週刊誌の事後プロファイリングがあった。これを神戸の事件との関連性で論じているものもあった。

トム・ハリスの設定は、通俗的だとは言えるが、育成環境というものが性格形成に多大な影響を与えるということは否定しがたいところだろう。

そのような典型的な異常者はなぜ犯罪に手を染め(犯罪に手を染めるから異常者なのだろうが)、同様な環境下に育っても異常者にならない人物は、何が抑止させているのか。

2005年1月11日 (火)

偽札が方々で見つかっているが

私の古い知識では、偽札を届け出ると、警察に没収され、正直に届け出したものが損をすると聞いたことがあった。しかし、昨今の偽札発見のニュースで、もし自分が偽札を手にしてしまったらと思い調べてみたら、下記のような制度ができているという。

昭和52年に『偽造通貨発見届け出者に対する協力謝金制度』
しかし、このリンクにあるように、この制度にも落とし穴があるようで、必ずしも被害金額が全額救済されるわけではなく、運が悪ければ、没収されるだけのようだ。おつりなどを受け取るときには透かしなどをチェックして十分に気をつけたいものだ。

「羊たちの沈黙」の訳文

アクセス数でこの記事が上位に来ているので、調べてみたら、故・菊池光訳の文庫本http://amzn.to/y6Wz0s に代わって、2012年1月に高見浩訳の新訳文庫(上下二分冊)http://amzn.to/xquZSx が発売されたとのことだ。店頭でパラパラ見てみたが、読みやすくなっているようだ。

--以下原文-------

年末年始に時間つぶし気味にあまり正月に似つかわしくない「ハンニバル」を読んだ余勢を駆って、タイトルの文庫本も本棚にあったので読み返してみた。内容は、ハンニバルの前編だけあって、ハンニバルを読んでいたとき記憶があいまいになっていた諸設定、諸事件が明確になった。

ただ、残念なのはその訳文の不自然さだった。大手の出版社の文庫本で、世界的ベストセラーなのに、これほどよみにくい訳文も珍しい。第一原因は菊池光という訳者であろうが、編集者もその責めを負うべきだろう。

学生が試験で意味がよく取れないときにやむを得ず書き付けるようなおかしな直訳が方々に現れるし、いわゆる日本語となった外来語のカタカナ表記があまりにも不自然だ。

バッハの「GOLDBERG変奏曲」を「ゴールドベルク変奏曲」と英独混在表記にするのはまあ許せるとして、サラバンドという舞曲名がなぜ不自然なサラブランドなどという表記になるのか。

そういう変な表記がある一方原語的な発音のこだわりがあるようで、FBI行動科学課の課長の Crawford も クロフォードという日本での一般的な表記ではなく、英語のアクセントに忠実にクローフォドという表記になっている。ハンニバル Hannibal も 英語風では ハナバルとなるが、これをハニバルと表し、あのカルタゴの将軍ハンニバルと同じ綴りの名前だということがすぐにはピンと来なくなっている。

どうも出版期日に追われてのやっつけ仕事ではないか、と憶測したくなってしまう。もしくは、ざらざらした訳文の不快さも、原文(読んだことはないが)の味を表しているのかという深読みもある。

ただ、この菊池光氏、ディック・フランシスシリーズの翻訳を多く手がけている売れっ子ではあるらしい。

なお、前作の「レッドドラゴン」(ハヤカワ文庫)は、小倉多加志、 次作の「ハンニバル」は高見浩が担当しているが、菊池光の翻訳に比べて日本語として読みにくくはない。

視聴率とNHK

NHKも視聴率調査会社に金を払っているのだろうか?もしくは、調査を依頼しているのだろうか?それとも勝手にこの調査会社が調査結果を公表しているのだろうか?

株主としては、NHKの名前はあがっていないが、株主の会社には、手心を加えたりしないのだろうか?まあ、公正な調査がこの会社の存在意義だろうが、視聴率がここまで一人歩きして、1%が大きな価値をもつようになれば、それをめぐって様々な模様が描かれるのは理の当然だと思う。

以前、テレビ局のプロデューサが、この調査会社が契約している家庭を探し出して、視聴率を操作しようとしたことが
あった。

まずは、そこまでこの視聴率が信頼性のある数字なのかが問われなければならないのだが、紅白歌合戦の関東地区の視聴率が40%を割った、割らないと大騒ぎするほどのものではないのではないか?1/12の朝日の朝刊に、仙台地区の視聴率が20%台だったことが記事になっていたが、これは昨日上記のリンクを見たときにあれっと思ったところだ。記事ではいろいろ憶測を述べているが、要は差がそれほど出ないと想定される調査において、それほどの差が出てくるということは、視聴率調査の信頼性が低いことを物語っているということではないのだろうか?

視聴率の調査の装置が設置されている契約家庭は、意外なほど少ないと何かで読んだか聞いたかしたことがある。それでも「統計学的には正しい」結果が得られるそうなのだが、本当にそうなのか?

つまるところ、視聴率はことほどさようにあてにならないということだ。


ところで、大河ドラマも出ていた。
大河ドラマは少年時代からじっくり見ていたような記憶があったが、1966年度の「義経」が辛うじて記憶の断片があり、「天と地と」には小学生ながら熱心に見始め、「花神」と「黄金の日々」に熱中した。「黄金の日々」は、最終回のちょうどその日に実家のテレビが故障したため見られなかった。最終回が年末押し詰まってから放映されたため、総集編も放送されなかったように思う。呂宋(るそん)助佐衛門が主人公で、当時の市川染五郎が演じていた。

2005年1月 7日 (金)

NHK不祥事

今朝の朝刊に海老沢会長が辞任する意向を漏らしたと出ていた。受信料を私的に流用した職員の犯罪を知りながら放置していたというのだから、管理体制がお粗末だ。

しかし、それを批判する他のマスコミ各社も、目糞鼻糞を笑うたぐいでまったく迫力がない。新聞各社は、談合的な記者クラブにあぐらをかき、新聞販売・配達の現場は、おまけや料金値引きがまかり通り、あまつさえ、新聞販売店員の犯罪は、先日の奈良の事件にもあるように、比較的多いような感じがする。社会の木鐸といえば格好がいいが、下衆な特種屋根性がマスコミの本質だ。絵にならなければ、金にならなければ、つまり、大衆の興味をひかなければマスコミの作品は売れないのだから、迎合的、享楽的、刺激的な報道に傾きがちである。

先日、大学の運動部員の性犯罪は3件連続で報道されたが、これなどは、マスコミや警察のとどめ置いたニュースの人為的なリークではなかろうか?大衆心理を操ろうとする意図が透けて見えるようだ。

その点、BBCを模範に設立されたNHKは、そのような迎合路線に走らない矜持を持っており、国営放送と揶揄されながらも、レベルの高い放送作品を制作すること、公平で正確なニュース報道、地方局を多く抱え公平なローカルニュースに発する全国ネットワークの強さという利点を持っていたはずだった。しかし、それが、次第にコマーシャリズムに毒され、視聴率主義、迎合主義の悪弊に染まっていった。それが、今回の不祥事で吹き出た格好だ。

外務省を初め一応エリートとされ、金銭的な待遇も十分なはずの役人の汚職は、中国史上の官僚の腐敗に例をみるように、善し悪しは別にして、歴史的には当然と言えるのだが、第四だったか、第五の権力に位するマスコミも同じように腐敗するものだ。しかし、今回の辞任が、不祥事の責任をとるという潔いものではなく、受信料の不払い問題という経済的なことに起因するとしても、一応民主的な自浄作用が働いたとはいえるだろう。マスコミの責任は重いのだ。知らしむべからず、依らしむべし の政治では困るのだから、

 

電車男 ようやく職場で話題に

書店で平積みになるほどのベストセラーになったためか、職場でも 電車男って面白いというような話題が出てきた。なんだかうれしい。

昨日1/10(日)書店でパラパラと立ち読みしてみた。活字が見慣れたフォントでないため、顔文字がなんだかおかしい。また、ログの順番も、つじつまが合うように前後を編集してあるのは、何だかな。また、予定調和的な結末が編集されて載せられているのも、商品としての「電車男」だと感じた。

印税が新潟の中越地震への寄付に使われているというのは、美談だが、今度はスマトラ沖地震へ振り替えたらどうなのだろうか?

モーツァルト1790年の肖像画?

モーツァルト1790年の肖像画?が発見されたという。どうだろう?少々むくみ気味だ。腎臓を悪くしており、死の年には相当の浮腫があったというからその前兆だろうか?

1790年のモーツァルトというと、死の前年にあたるわけだが、懸命の努力にも関わらず経済的にますます苦境に陥り、健康も害していく。すでに1789年から作品数は激減していくが、1788年までの豊穣な作品群に比べるとなんと寂しい目録になってしまっていることか。

ところで、ASPARAという朝日新聞の読者サイト(AICが気軽に見れなくなって不満が大きい)では、既に来年の生誕250年の行事が始まっていることが報じられ、チケットプレゼントが行なわれている。1756年生まれだから、そうなるのか!1991年の没後200年もすごいフィーバーだったものだが。

最近、モーツァルトの曲が精神緊張を癒すという日本人の医師の触れ込みで大量のコンピレーションCDが発売されている。以前の頭の良くなるモーツァルトと同様、なぜ彼の曲なのかという根拠が乏しい。よく高周波成分が他の作曲家より多く含まれているとか、素人を煙に巻くような理由が述べられているが、高周波ならチェンバロとかの方が沢山含んでいるんではなかろうか?また同時期に活動した有名ではない多くの古典派の作曲家の作品も現在では入手できるが、そういうのと比べてどうなのか? 科学の基本である「対照実験」の結果を明らかにせず、「天才」のネームバリューに頼る人が医師を名乗っていいのか!

新聞広告で発売されていたコンピレーションは、ドイツグラモフォンの原盤の録音の有名な器楽曲のある楽章を取り出したもので、それも相当な値段で売っている。以前トマティス博士とかいう耳鼻咽喉科の医師のお奨めなどというものもあったが、こういうまやかしがまかり通るのは嘆かわしい。


(1/19に pfaelzerwein さんからTRACK BACKを張っていただきましたので、こちらからも張らせてもらいました)

2005年 ヴィーンフィル 新年コンサート 

1/1(土)の晩は、すっかり恒例となったいわゆる ウィーンフィルのニューイヤーコンサート が生中継された。今年はロリン・マゼールが指揮者として登場。バルコニー上の立ち席、舞台脇のイス席、そして会場入り口扉を開けての立ち席と、め一杯聴衆を入場させたという感じ。日本なら消防法違反になるのではないかといらぬ心配をした。

むっつり顔の天才マゼールだが、結構にこやかに指揮していた。恒例のラストのラデツキー行進曲が演奏されなかったのは、スマトラ地震への追悼のためらしい。

演奏は取り立てて感心しなかったが(とは言え真剣に聴く態度ではなかったのだが)、ボスコフスキーの伝統を継ぐヴァイオリンを演奏しながらの弾き振りは、現代の指揮者ではマゼールだけだろう。弦楽四重奏団を組織していた時代もあったということで、本当に玄人はだしの演奏だった。

日本人には小澤の登場が有名だが、あのカルロス・クライバーの2回の登場、カラヤンの唯一の登場は、テレビで見たのか見なかったのか、今となってはあまり記憶がない。CDは近所の中古ショップに大量に置かれているけれど。

スマトラ沖の大地震

12/26(日)に発生したインドネシアスマトラ島沖の地震は、日が経つにつれて被害状況が判明しつつあるが、残念ながら次第にその人的、物的被害の規模が拡大している。この衛星写真をみても津波の破壊力がすさまじいものであり、海水の塩分のため、津波に襲われた土地の植生が枯死しているのがよく分かる。

ここからは、対岸の火事的な見方。年末年始に見た地球の歴史や生命の歴史などを扱ったテレビ番組を見ての感想なのだが、いわゆる地球規模の地質年代的な歴史で言えば、我々ホモサピエンスが誕生したのは、その歴史を1年に換算すると12月31日の午後12時50数分なのだという。

このような地質的な見方をすると、今回のマグニチュード9を越えるという大規模地震とインド洋諸国の沿岸を襲った大津波も、地球のちょっとした痙攣のようなものに過ぎない。そのような不安定な大地、自然の上に暮らしているということを人間は自覚しなくてはならない。「人間はか弱い葦にしか過ぎないが、考える葦である」と喝破したのは、物理学者であり哲学者のパスカルだが、現代人は自分がか弱い葦という自覚を失いつつあるのではないか?

このような地質変動は、何万年、何百万年というスパンのものであろうが、いつどこで起きても不思議ではないのだ。

インド亜大陸は今でもヒマラヤの山々を高く押し上げているし、マレー半島からスマトラ島、バリ島などなどの東南アジアの多島海も、地質活動が盛んゆえにあのような不可思議な形状をしているのだろう。

ただ、このような醒めた見方は反面冒涜に近いものがある。今回の大災害は死者だけで15万人、被災者はその何倍にもなるというもので、同時代に生きている我々としては、政府やNGOを通じての支援だけでなく、一人一人の支援、義捐金が求められることを自覚しなくてはならない。

ネットセキュリティ

一般利用者のネットでの取り引きが多くなっている昨今、各自注意しなくてはならない。

1.柔らかいデジタル 第26回~フィッシング詐欺を誘発するオンラインバンキング
これは、身近な問題だ。利用している銀行の名前でよくキャンペーンメールが来るが、うっかりひっかかる恐れがある。


2.一般ユーザーのためのセキュリティ12カ条
これはアメリカのセキュリティ技術者の12ヶ条なので、意味不明な点や実行不能な点も多いが、心しておきたいものだ。

3.特集 いま、ウイルス対策を再考する:運用編 実録? セキュリティ管理者の嘆き
これは会社の管理者に是非読んでほしい。

4.スパイウェアについて
 SPYBOTというフリーソフトが幅を効かせている現状で、アンチウィルスソフトメーカーなどは手をこまねいているが、看過できないものだ。特にアダルトサイトをよく見る人は注意が必要とのこと。とうとうマイクロソフトがアンチスパイウェアのベータ版をリリースしたという。 http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NT/NEWS/20050106/3/


5.スマトラ地震への義捐金を騙るスパム http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0501/07/news010.html

2005年1月 6日 (木)

冬ソナを見終わる

NHK BS2 が昨年末に放映した 「冬のソナタ」完全版が12/30に最終回を迎えた。ところどころ部分的に見逃したが、日本語字幕つきの韓国語版をほぼ見通すことができた。おかげでほぼ1週間毎晩10時から12時過ぎまでテレビにかじりつきだった。今から3年ほど前の作品だという。その頃の現代韓国の人々の暮らしの一端を垣間見ることができる。日本では30代以上の女性に特に人気を得たということだが、このドラム自体日本の古きよき少女漫画的な登場人物とストーリー構成、展開とそっくりだと感じたので、むべなるかな、という思いだ。名古屋のテレビ局の「昼メロ、昼ドラ」が同様な運命、血縁ドラマの本家だと言っているらしいが、少女漫画がそのまた元祖であろう。俳優たちの演技の質、ロケの多用など、そこそこ質は高かった。ただ、ソウルでも地方都市でも韓国の町並み自体はあまり美しくなく、豊かそうではなかった。

それにしても韓国語は難しい。かつてNHKラジオのハングル講座を少々かじったり、「10日で覚えるハングル」などという文庫本を買ってみたりしたが、同種の記号を記憶するのは非常に困難で投げ出している。日本語に一番近い外国語と言われている(そのまま読み下せば意味が通る)が、漢語由来の単語以外にはほとんど共通性がなく、欧州諸国の言語のように共通の語幹のようなものもないようだ。また、現代の韓国では、特に80年代頃から日本による植民地支配の反発による日本文化の流入禁止が理由なのか、漢字使用が制限され、ほとんどがハングルで表記されているので、今回のドラマでも「約束」とか「記憶」など日本語とほとんど同じ発音の単語が使われていてもハングル表記では分からない。ちなみに、ソウル市のソウルは、漢字表記はできず(日本の純粋のヤマト言葉と同じだ)、古語で「都」という意味なのだという。

このドラマは、日本だけでブームになったわけではなく、アジア諸国でも放映され、多くのファンを獲得したのだという。昨年末のスマトラ沖の大地震と大津波による被害に対して、このドラマの主役のペ・ヨンジュン(日本ではヨン様と呼ばれる)が3000万円を寄付したのもその背景があったとのことだ。

なお、先日、ヒロインの チェ・ジウが別のドラマでもヒロインを演じていたのを見たが、不思議な気持ちがした。それほどまでに 私の脳内では ユジン=チェ・ジウ という刷り込みが完成してしまったようだ。

韓国人の容貌も結構多様であることが面白かった。韓国人というと、日本人よりも頬骨が高く、釣り目というイメージがあるが、出演者全員を日本人だと言っても通用する。ユジンにしても、チンスクにしても、チェリンにしても、彼女らが日本の街角を歩いていたり、テレビに出演していても全然違和感がない。男性陣は、概して西洋的な彫りの深い顔立ちよりも、東洋的な顔立ちが多い。目が細く、顔の形も四角い。

ドラマの中で見られた習慣で面白かったものがいくつかある。自動車を運転しながら携帯電話で会話するシーン。電話ホルダーをダッシュボードに取り付け、受話音はイヤホンで聞きながらしゃべるもの。韓国の方が交通法の改正が先行していたのだろうか?また、登場人物たちが、帰宅後、着衣のままでベッドで眠るシーン。着替えのシーンを省いたためかも知れないし、疲れきったことを表す演出だったかも知れないが、韓国の人たちは寝巻きを着ないのだろうかと不審に感じた。玄関で靴を脱いだように思う(サンヒョクの実家など)が、これは、日本と同じ習慣だろうか?

韓国(朝鮮)と日本との人の交流はそれこそ、原始時代以前からあったのだと思う。日本列島への多くの文物の伝来主要ルートだった。古代でも仏教の伝来、任那の日本府(韓国史学では否定?*1)、白村江の戦(たたか)い(*2)という占領、戦争という関係があったのだし、韓国から来日した多くの技術者集団が大和朝廷に雇われ土着した。高麗(こま)という地名も全国各地にあるようだ。豊臣秀吉の朝鮮出兵とそれによる陶工の来日もあった。近代史では先に近代化した日本が朝鮮半島を植民地化し皇民化教育を行い、多くの在日朝鮮人が生まれた。イギリスとアイルランドとの歴史と同様、日本と朝鮮半島も不幸な時代を経てきている。

しかし、今回の冬ソナブームをきっかけとした 韓流(韓国ブーム)で、日本人に親韓感情が高まっている。朝鮮との間の新しい段階を開くのかも知れない。ただ、それには、北朝鮮の問題が大きな障害として横たわっている。 

(*1)三世紀から六世紀にかけて、大和朝廷が植民地的に経営した朝鮮半島南部の地域および国家。高句麗の広開土王碑文に初見。古くから日本と楽浪・帯方両郡との交通の重要な中継地であったので、四世紀中ごろ、大和朝廷は大軍を送り、旧弁韓地域を占領の軍事的拠点として日本府を置いたが、五世紀以後国内の動揺と高句麗・百済・新羅の圧迫とにより、五六二年新羅に滅ばされた。日本府のことは「日本書紀」の所伝であるが、実在しなかったとする説もある。

(*2)天智天皇二年(六六三)、白村江で行われた、日本・百済と唐・新羅の水軍同士の会戦。唐・新羅連合軍に侵略された百済の救援に向かった日本軍はこの戦いに大敗し、その結果、百済王は高句麗にのがれ、王族、貴族の大部分は日本に亡命し、百済は亡びた。日本も多年にわたった半島経営を断念。

くだら(1) 朝鮮の三国時代、半島西南部にあった国。四世紀初の馬韓から起こるが、伝説ではその前身済国の始祖温祚(おんそ)王は高句麗から移った扶余の系統と伝えられる。首都は漢山、のち熊津。任那(みまな)の滅亡後、新羅、高句麗と抗争。日本、中国南朝とは友好関係を保ち、わが国に仏教その他の大陸文化を伝える。六六〇年、新羅・唐連合軍に滅ぼされた。
(2) (古代、百済などからの帰化人が多く居住したために名づけられた地名)摂津国東南部の古郡名。現在の大阪市東部、生野区の一帯と思われる。また、奈良県北西部、広陵町の地名。百済寺があった。

百済の王族、貴族の大部分が日本に亡命したというのだから、その影響力は多くの分野にわたっただろうことは想像するに難くない。それ以前の日本語とそれ以降の日本語はどのように変わったのだろうか?

 

2005年1月 5日 (水)

Close-up magic

クローズアップではなく クロウスアップと発音するのが正しいようだ。closeは動詞ではなく、副詞だから。

さて、昨夜のNHKの深夜番組に そのクロウスアップマジックの第一人者 前田知洋が出演し、司会者の三宅祐司と南野陽子の前で、なんとも摩訶不思議なわざを披露していた。

出演者の手の中でカードの模様がすりかわるものとか、同じく破れたカードがつながって出てくるとか、当然出演者もグルということもあり得るのだが、なんとも不思議だ。

ところで、この冬のクリスマスに、次男はサンタさんから マジックパーティー100という子ども向けのマジックセットをもらった。マジック用具一式のほかに、解説本とビデオがついている。もちろん全てにトリックがある。視線をどこにひきつけ、その裏で何をやるのかがポイントのようで、昨夜の番組では、かのヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテも子息の情操教育のため、マジック道具をパリから取り寄せプレゼントしたのだという。情操教育?つまり、世の中は、表の動きの裏側の動きがあることを体感させるという意味だという。驚いた。いわゆる情操教育とは違う!

中毒と依存

職場で、ニコチンには中毒性はないが依存性はあるという話題が出ていた。え、どういうことだ?と思い、ネットや辞典で検索してみた。

どうやら明確に違うようだ。中毒は、毒物による身体的な反応。依存症は、毒物とは限らない「もの」や「行為」から得られる欲求充足を追い求める心理的な反応。よくアル中というが、実際はアルコール依存症がほとんど。一般的な用語としては、中毒はのめりこむという意味で使われているので、日常会話で区別するのは衒学的でしかないようだ。

アルコール中毒 alcoholism

ちゅうどく【中毒】
1 生体が薬物、毒物、毒素により好ましくない反応を呈すること。経過によって急性中毒と慢性中毒に区別する。外部から与えられた物質による場合を外生中毒といい、体内で生じた毒素、たとえば尿毒症や伝染病などの場合を内生中毒という。「ガス中毒」

Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

アルコール依存症 alcohol dependency

Progressive Japanese-English Dictionary, Second edition ゥ Shogakukan 1986,1993/プログレッシブ和英中辞典  第2版  ゥ小学館 1986,1993

依存症
科学・医学/1998年
心は人と人との間で発達するが、かぎを握るのは「依存」である。人は人に依存し、その依存をきちんと受け止めてもらったときに喜びを感じ、その喜びを与えた人を信じるようになる。人と人はこうしておたがいを信じ合うようになり、人間関係を広げていく。この人に対する依存がきちんと受け止めてもらえないと、人はものに依存するようになり、依存したものからうける喜びにひたりきる。生理的な喜びを与えるアルコールや薬物に依存する「アルコール依存症」「薬物依存症」、心理的喜びを与えるギャンブルやパチンコにひたりきる「ギャンブル依存症」、またその中間に位置する「タバコ依存」などが成立するのは、人への依存が十分に満たされなかったことに起因することが多い。

DataPal (electric version)91-96 ゥ Shogakukan 1996電子ブック版・データパル  総合版  91-96 ゥ小学館 1996
DataPal 97-98 ゥ Shogakukan 1997/データパル  97-98 ゥ小学館 1997
DataPal 98-99 ゥ Shogakukan 1998/データパル  98-99 ゥ小学館 1998

 

2005年1月 4日 (火)

新年が始まる 

西暦2005(平成17)年が始まった。最近のカレンダーは、平成表記のものがほとんどない。運転免許や車検証などの公文書は平成と西暦が併記されていない例が多いので、さて、今年は平成何年だろうと思い悩むことがときどきある。昭和時代は西暦の下二桁から昭和の年号を引くと25だったので分かりやすかったのだが、平成では、西暦が2000年代になったこともあり、その差 2005-17=1988となってしまい、換算がやりにくくなった。

閑話休題。

疲れがたまっており、寝正月を送ってしまった。

昨年は初めて帰省せずに、年末年始を自宅で過ごしたのだが、それなりの気持ちの張りがあり、鎌倉の鶴ヶ丘八幡宮に初詣に出かけたり、南足柄の道了尊までやはり初詣に出かけて楽しんだが、今年は仕事疲れ等や子どもが軽い熱の出る風邪をひいたこともあり、ごろごろしてしまった。それでも元旦にはと、近所の神社に初詣には出かけたのが、せめてもの外出だった。

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