バルトークとiPodとSACD
吉田秀和著「私の好きな曲」のバルトーク「夜の音楽」に引用されているバルトークの猫のエピソードは面白い。飼い猫が森に迷い込み、それを妻と探しに行くのだが、バルトークの耳に聞こえる猫の鳴き声が妻には聞こえないというものだったと記憶する。
一般に人間の聴覚では、20kHz以上の音は知覚できないとされており、その可聴域の研究結果がCDの音域設定の基礎になっているらしい。(低域は20Hzといわれている。)
ビートルズの「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ」に収録されているある曲の最後に人間の可聴範囲を越えた犬にしか聞こえない周波数の音が収録されていると書かれている曲がある。CDのスペック上は、そのような高周波音は収録できないはずだが、その部分を聴くと何だかキーンという高周波音が聞こえるように作られているようだ。それなら可聴域を越える高周波という謳い文句はまやかしではないか? LP時代のその部分はどうだったのだろうか?スクラッチノイズの彼方に隠れていたのかも知れないが。
アナログ愛好家からは、LPの方が音楽の雰囲気が出ていたという意見が出ることがある。また、いわくCDは冷たい。固い。ぬくもりがない。ざらつく。余韻がない。などなど。
私も実家に帰省するたびに、とてもハイフィデリティと言えない古いオーディオセットでLPを楽しむが、聴きなれている自宅のセットの音よりも、満足感を得ることが多い。まあ、その音で育ち耳が作られたという記憶の作用が大きいとは感じるけれど。
最近では以下のような可聴域を超える高周波成分を豊富に含む音を聴くことによるハイパーソニック効果というものが確認されているらしい。
可聴域を超える高周波成分を豊富に含む音を聞いているときには、それを含まない音を聞いている時に比較して、視床および脳幹の血流が有意に増加し、またその活性と有意に相関して脳波後頭部優位律動のパワーが増大することを発見しました。
さらにこの現象の時間特性を考慮して音質評価実験をおこなうと、高い有意性と再現性をもって音質差が知覚されうることが証明されました。
こうした一連の現象はハイパーソニック・エフェクトと名づけられ、音響工学分野で現在世界的なトピックスになっているSACDおよびDVDオーディオの市場化をはじめとするハイデフィニッション・オーディオ規格開発の導火線となりました。
また可聴域上限を超える高周波音成分は、熱帯雨林をはじめとする自然環境音に豊富に含まれるのに対して、人工的な都市環境音にはほとんど含まれないこと、さらに可聴域上限を超える成分によって神経活性の変化が観察された部位は、モノアミン系投射神経が集中しており様々な精神疾患との関連性が示唆されることなどから、環境予防医学の面からも注目されています。
そうなると、ここで、iPodが俎上に上ることになる。MP3ファイルが、20khz上限のCDのデータを圧縮して保存するものである限り、上記のようなハイパーソニック効果は得ようがない。いまや圧倒的にCDによる音楽が普及し、今後はネットによるダウンロードで、MP3化したディジタルデータをダウンロードして聞くという音楽ライフスタイルが普及すると思われる。
これが過渡的な状態であり、データ量の多いSACD,DVDオーディオ並みのデータがダウンロードできるようになるまでは、ハイパーソニック・エフェクトを得られない音を聞くしかない状態が当分続くのだろう。
今の時代に、超絶的な耳を持っていたバルトークが生きていたら、なんと言うことだろうか?
P.S.
従って、以前にモーツァルトの1790年の肖像画?の記事で触れたが、モーツァルトの曲が高周波成分を多く含むか含まないかは別にして、もしハイパーソニックエフェクトが脳のα波を発生させて安らぎ、癒し効果をもたらすという仮説が正しいとすると、CDのモーツァルトを聴いても無駄だということになってしまう。(トマティス博士系の癒し効果説は、3kHzから4kHzの高周波により得られるというものらしい)。また音楽療法については、このサイトがよくまとまっている。
2/25追記: ハイパーソニックエフェクトで検索したところ、その元論文に行き当たった。
リンクを辿っていくと、なんと、あの「芸能山城組」の主催者の研究だという。一時期、ノンベルカントのブルガリアンコーラスを芸能山城組が歌った「地の響き」の魅力に取り付かれて、毎日聞いていた時期があったことを思い出した。なるほど。
3/24 追記 少々古い本記事だが、"Wein, Weib und Gesang" の「影に潜む複製芸術のオーラ」を読ませてもらい、少し関係があると思いTBを送った。艶や伸びやかさ、雰囲気という数値化が難しいものを感じるのはLP再生の方が多いと思う。もちろんCDの方がSN比がいいので精緻な音の動きなどがよく聞き取れるという利点はあるけれど。
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望 岳人さま
私は作編曲家/ピアニストのshezooと申します。
突然メールを差し上げる失礼をお許しください。
「バルトークとiPodとSACD」を糸口として、望 岳人さまの文章を読みあさっている者です。
あまりにも理解のできることが大変わかりやすい文章で表現されていることで、たちまちファンになってしまいました。
自分自身が音楽に携わっていることから、望 岳人さまに作品を聴いて頂きたいと思ったのですが、
あまりにも突然で、不躾なお願いであると感じていますので、私自身の情報や試聴できるサイトをお伝えすることをお許しください。
http://trinite.me/
http://shezoo.cocolog-nifty.com/blog/
http://youtu.be/T8DV_h9BlVc
よろしくお願いします。
投稿: shezoo | 2012年9月22日 (土) 01:15
shezooさん、初めまして。拙文を読んでくださった上、コメントとご自分のサイトのご紹介をいただき、ありがとうございます。
私など、素人の音楽好きですので、様々な音楽を聴き漁り、音楽関係の本を読み漁っていて、心に浮かぶよしなしごとを書きつけているだけですので、ファンなど書いていただき大変恐縮です。
ご紹介いただいたサイトを拝見し、拝聴させていただきました。
"for us, for japan " 初めて聴く曲ですが、とても美しい曲で、懐かしい感じがしました。と言っても、どこかで聴いた曲というわけではなく、オリジナリティが感じられました。詳しいことは分かりませんが、長調と短調の間で揺れ動く美しいメロディーを支える繊細な和音の動きが効いているように思います。
Trinite の"Dies Irae for God's Bones 怒りの日「神々の骨」より "
http://youtu.be/xZDGEQiwaos
も拝聴させていただきました。
ピアノ、クラリネット、ヴァイオリン、パーカッションの響きは、パーカッション以外のトリオならば、バルトークの「コントラスツ」の編成ですね。微かなパーカッションが印象的でした。
投稿: 望 岳人(Mochi Takehito) | 2012年9月24日 (月) 00:24