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2006年9月25日 (月)

臥せりながらの読書

9/9には親戚の婚礼で強行軍の帰省、9/16には子どもの小学校の運動会で一日立ち詰めで応援するなど夏の暑さ疲れとこれらの疲労が蓄積したためか、先週の敬老の日に外出中に突如ものすごいダルさに襲われ、帰宅後体温を測ったところ38度C近くあり、すぐに風邪薬を飲み横になった。いつもの夏風邪なら翌朝には熱も下がり、一日休めば大丈夫なはずが、夜中に腹痛に襲われ一時間おきにトイレに30分ずつすごすというようなひどい目にあった。食中毒かと心配になったが、家族には症状は出ず、自分も吐き気はなかったので大丈夫そうだった。そこでこの下痢は多分夏風邪の症状なのだろうと思いながら、それ以前から服用していた乳酸菌の胃腸薬で治そうと考えて服用を続けたが、2、3日下痢が続いた。熱は3日目くらいから下がったのだが、下痢が治まらないため出勤することもできず、また食欲もまったくなく(空腹感がおきない)食事もおじやや素うどん、ヴィターインゼリーなどの胃腸に負担のかからない食事しかとらなかったため、体重が数キロ減るほどで体力もガタ落ちになり、とうとう先週一週間仕事を休む羽目になってしまった。(稼働日4日を休んだのだが、前後の土日、祝日を含めると何と9連休!)

熱が下がってからは、とにかく胃腸を治そうとしたのだが、なかなか効果が表れず、臥せっていた。そこでその間退屈しのぎに、買いためてあった文庫本を何冊か読んだ。

◆先に亡くなった吉村昭の『白い航跡』。東京慈恵会医科大学を創立した高木兼寛という医学者の生涯を吉村昭らしく綿密に淡々とたどったもの。確かこの小説により、森鴎外の『脚気細菌説』の誤謬が有名になったのではなかったか。医学においても経験主義のイギリスと、観念主義のドイツの違いがこの事例ほど明らかになったことはあまりないのではなかろうか?文明開化から日露戦争にいたる日本の医学史としても大変面白かった。また、今は根絶した脚気が、江戸時代から明治、大正期まで日本では難病として恐れられていたということ、それが精白米によるビタミンB1の欠乏に起因するということは知っていたが、その根絶に力を尽くした高木という軍医のことはこの小説で初めて知った。大変ためになった。

◆続けて以前読んだことがある同じ著者の『戦艦武蔵』を再読。『男達の大和』などの映画でヤマトブームだが、その兄弟艦武蔵は、三菱重工長崎造船所で建造された。大艦巨砲主義の極致である大和と武蔵(信濃は急遽航空母艦に改造され、4番艦は建造中止)だが、一方は呉の海軍工廠で、他方は産軍複合体とは言え民間企業で建造された。長崎での武蔵は、市民にとってはオバケであり、最終的には軍にとってもオバケだった。レイテ沖で「不沈戦艦」武蔵は撃沈され、助かった乗組員の多くは武蔵の撃沈の証拠隠しのためにむごい扱いを受けその多くが戦死した。徹底的な秘密主義の下計画され、建造段階からの詐欺的な国家予算流用を行い、当時の最先端技術により作られた鋼鉄のオバケ。その計画から建造までの過程は非常に長く、昭和12年頃から計画されようやく完成したのが昭和17年とすでに太平洋戦争が開戦し、戦況が不利になっていた時期だった。世界に冠たる大戦艦ではあるが愚挙でもあった。徹底的な秘密主義、全貌が分からないがままに遮二無二困難をものともせずに完成に突き進む人々、場当たり的な愚かしさ、市民生活との隣り合わせ、まさに戦艦武蔵は巨大な近代戦を象徴するものだった。

◆山本周五郎『樅ノ木は残った』。仙台で学生生活を送りながら、伊達騒動についてはほとんど知らず、おそらくこの小説を実際に読むのは初めてだと思う。読んだような気がするが、ほとんど覚えていなかった。初読の面白さがあったので、多分初めてだろう。子どもの頃、NHKの大河ドラマでこの小説がドラマ化されたのを見たことがある。冒頭のテーマ音楽が流れる部分の、能面が次々に現れる映像はこのドラマのものだと記憶するが、子供心に非常に恐ろしかったものだ。歌舞伎の先代萩などにより悪役とされる伊達家の宿老原田甲斐を再評価したことで知られる歴史小説というが、私などはどのように悪役視されていたのかを知らず先入観がないので、山本周五郎の原田甲斐像がそのままストレートに伝わってくる。この後読んだ『青べか物語』でもそうだったが、山本周五郎は比較的男女のことについて筆が進むようで、この『樅ノ木』にしても、結末の描写がやや官能的過ぎるように感じられた。何かでこの描写のことで論争があったようなことを読んだ記憶があるのだが、何だったろうか?

◆池波正太郎の『鬼平犯科帳』シリーズ(文庫本で24冊)も読んだ。まだ第11巻が未入手だが、臥せっている間に、それまで未読だった第20巻あたりから第24巻(絶筆)まで読み終え、また第1巻から再読を始めた。短かいインターバルで再読してもまた面白く読める。筋や描写が単純な小説はなかなか再読して楽しめるまでには時間を要する(『ハリー・ポッター』など)のだが、短編連作(一部長編も含むが)全24巻という大長編ということもあり、またこちらの短期記憶の衰えもあるのだろうか、とにかく『鬼平』は読ませる。震災と戦災とその後の開発で昔の面影などはないだろうが、墨田区方面の下町を訪れたいという気分が高まってきた。

◆結局この間、音楽はほとんど聴かなかった。土曜日の夜にモーツァルトの第40交響曲の第一楽章は数種類聴き比べした程度だった。古い録音のトスカニーニ/NBC響、ワルター/VPOライヴ、ベーム/BPO、セル/クリーヴランド管ライヴ、アバド/LSO、ホグウッド/AAMと録音年代順に聞いてみた。やはりというか、セルは凄かったが、録音の加減か、オケの編成が大きいのか、このように聞き比べてみると音響的に少々うるさく感じられたのは意外だった。それだけ弦楽器群の鳴りがよいのかも知れない。

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コメント

たいへんでしたね。どうも、普通の夏風邪やウィルス性の大腸炎とは思えず、一度お医者さんに診ていただいたほうがいいように思います(^_^)/

ところで、吉村昭『白い航跡』は、インパクトがありますね。我が家には文庫本の上下巻のほかに、単行本の上巻だけがあるのですが、下巻はついに発行されなかったのではないかと思います。当時の版元(講談社)が、森家の人々に遠慮して、出版を取りやめたのではなかったかと記憶しています。

narkejpさん、ご心配いただきありがとうございます。

夏以来乳酸菌を主成分とする胃腸薬を常用していて調子がよかったのですが、それを飲みすぎたのかなとも考えております。そのことに思い至り服用をやめたところ(自然治癒のタイミングもあったのでしょうが)穏やかに治癒しました。本当は医師にきちんと診てもらうべきなのですが・・・。

さて、『白い航跡』は本当にインパクトのある伝記小説でした。単行本ではそのようなことがあったのですか。そのことも肯けるほどで、森、石黒の陸軍側の頑なな態度とそれによってもたらされた日露戦争での陸軍の脚気による病死の莫大さには衝撃を受けました。『坂の上の雲』にはこれについてはあまり言及がなかったように思いますので、余計衝撃的でした。森鴎外が同様な地位にいた石黒などが爵位を得たにも拘わらず結局爵位を得られなかったことにこの小説(解説?)で触れられていましたが、この点が大きかったのかも知れません。イギリスとドイツ、帰納と演繹、島と大陸の違いというものが、遠く日本においてこのようにはっきりと表れたことは特筆すべきことだと思いました。

じゃじゃ馬倶楽部 「ご意見番の部屋」http://www.tctv.ne.jp/kappa/jyajya/goi/goi-f.htm
では、鴎外を主題に脚気論争について詳しく記述されていました。特に
http://www.tctv.ne.jp/kappa/jyajya/goi/ougai-16.htm
での 土岐という鴎外の同僚の軍医による鴎外への非常に手厳しい人物批判が印象的です。

現在ネットで情報を渉猟すると、鴎外を「藪医者」「悪人」という手厳しい批判が結構目につきます。判官贔屓ではありませんが、『白い航跡』で吉村昭は、パスツール、コッホと相次いだ病原菌の発見の潮流(病因の確定と対因療法)があったこと及びそのコッホに直接師事した鴎外たち東大、陸軍側の脚気病原菌説にも一定の理解を示しているように感じられました。後世の我々が結果論で過去を裁くのは容易過ぎることですので、やはり吉村昭氏の筆は素晴らしいと改めて思いました。

ただ、上記「ご意見番の部屋」で知った鴎外の白米食への執拗な拘りと当時の陸軍内部での鴎外への人物批判の内容は作家鴎外を考える上で非常に大きな要素にはなると思います。

なお、この小説は1989年から1990年に産経新聞に連載されたものだとのことを知り当時の反響はどうだったのか少しあたってみましたが、ネット上には見つかりませんでした。

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