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2006年10月18日 (水)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18

Tchaikovsky_rachmaninov_richter

スヴャトスラフ・リヒテル(p)

スタニスラフ・ヴィスロツキ指揮ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団 

〔1959年4月、ワルシャワ、ステレオ〕

11:07/11:52/11:35

(併録:チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 カラヤン/ヴィーン響)

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、古今のピアノ協奏曲の中でもトップクラスの人気曲だ。我が家でもいつの間にか音盤が増えてきた。あまり実演を聴く機会がないが、この曲には縁があり、これまでダン・タイ・ソン(Dang Thai Son *) と小林研一郎指揮モスクワフィルの演奏、それにグレゴリー・ソコロフのピアノで聴いたことがある。しかし、このリヒテルが西側に登場する前後の有名な録音をこれまで聴く機会がなかった。店頭ではよく見かけるのだが「今更こんな何枚もCDを持っている曲を買ってどうするんだ。それより聴いたことのない曲や演奏家のCDや新譜を買うべきではないか」と自問自答してしまったりしてこれまで入手することがなかった。

入手できたのはまたしてもブックオフのおかげだが、豪華なカップリングのこの少々古い盤が中古で陳列されており購入した。カラヤンとのチャイコフスキーは、LPでも古くから聴いたものだし、妻が独身時代に購入したCDもあるので、これで同じ音源の録音が3つも重複してしまったのだが、ラフマニノフを聞きたくて購入した次第。

さて、この曲には作曲者ラフマニノフ本人による自作自演という、普通で考えれば「規範的な」リファレンスが存在する。ただ、その録音時期は1920年代ととんでもなく古いため、資料的には非常に貴重だが、残念ながら常時鑑賞して楽しめるというものではない。それでも、針音がする貧しい録音ながら、ラフマニノフのすごさは十分わかる。豪快というよりも非常に繊細なのだ。ただ、そこにストコフスキーがせっかくの速いテンポを遅くしようとしているかのようにチェロのヌメヌメとしたレガートに象徴されるオーケストラ伴奏をつけるのが、様式的に合わないのが残念だ。

ラフマニノフは、中村紘子『ピアニストという蛮族がいた』にも書かれているが、巨大な手を持ったそれこそ巨人的なピアニストだったようで、それゆえ、自演用に作曲したピアノ曲も、その巨大な手で弾けるように作られているため、相当に幅広い和音などは普通の手の持ち主には弾きこなせず、音を抜かしたり、アルペジオで弾いたりとの苦労が多いのだという。有名な冒頭の鐘の和音でさえそうだという。細かい音はあまり聞き取れないが、この録音は恐らく楽譜に忠実な演奏なのだろうと想像する。ただ、そのような細かい部分よりも、とにかくこの録音ではテンポが速いのが特徴だ。これは、同じCDに併録されている第3番にも言えることなので、このような速いテンポがラフマニノフが想定していたテンポ感であることは間違いないだろう。それに比べると現代の代表的な演奏である今回のリヒテル、アシュケナージ、ツィメルマンのテンポはいずれも似たり寄ったりの遅さだ。

リヒテルの演奏は、聞く前にはもっと遅いのではないかと予想していたが、タイミングの数字だけを並べてみると他の録音とほとんど大差がないのには驚いた。下に挙げた音盤の中で最も感銘を受けたのは、ツィメルマンと小澤の録音だが、この録音は少々ピアノの音が明晰に収録されすぎていて不自然さを感じることがあるのが、ちょっとした難点だ。

リヒテルは、冒頭の和音を非常にかすかな音で始める。ものすごく雄弁だがメランコリックな音楽を聴かせてくれる。第1楽章の7分前後のクライマックなどは音楽に没入するリヒテルを感じることができるようだ。第2楽章の静謐なピアノによる弱音の歌。そして第3楽章の第2主題の名旋律の心を込めた歌い方。コーダの少し嵌めをはずしたかのような豪快な演奏。カラヤンとの共演のチャイコフスキーとこのラフマニノフは壮年期のリヒテルの記念碑なのかも知れない。

晩年、腕の故障で来日公演が中止になったのだが、そのときチケット予約が取れており残念ながら生演奏は聞けなかった。その頃のシューベルトの余計な力の抜けたソナタも美しいが、コンドラシンとのリストやこのような協奏曲の大曲、ロストロポーヴィチとの共演での迫力に満ちた明晰なピアノなど難曲を余裕を持って奏でる懐が深く細やかなヴィルトゥオーソとしてのリヒテルが、実のところ、気難しい繊細な天才肌の人物で、非常に教養もあったというけれども、好きだったりもする。

ヴィスロツキ/ワルシャワフィルの音は管楽器のソロが少々薄いのが残念だが、ところどころ、これまで聴いてきた音盤では耳にしなかったような楽器バランスの音が聞こえて結構面白い。ただ、もう少し一流のオケとこのリヒテルのピアノを共演させてやりたかった。

録音は、初期のステレオだけあり、少々プレゼンスに不自然な箇所があったりするが、ヘッドフォンで聴いても不満はない音になっている。

ところで、余談だが、この曲は、第1楽章、第2楽章は情緒的に憂愁の趣で間然とするところがない音楽なのだが、第3楽章の冒頭だけが、初めて聞いたときからどうも違和感がある。リズミカルなオケの掛け合いがどうも滑稽というか野暮ったく聞こえてしまうのだが。

Rachmaninov_plays_rachmaninov23 ◆セルゲイ・ラフマニノフ(p)

レオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団

〔1929年4月10日、13日、モノーラル〕

 9:46/10:49/11:00


Ashkenazy_previn_rachmaninov2 ◆ヴラジーミル・アシュケナージ(p)

アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団

〔1970年4月?、ロンドン、キングズウェイホール、ステレオ〕

11:09/11:57/11:43 (LPでも同じ音源所有、妻購入)


Kissin_gergiev_rachmaninov_2 ◆エフゲニー・キーシン(p)

ワレリー・ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団

〔1988年5月16日、17日、ワトフォードタウンホール、ディジタル〕

11:25/11:46/11:19 (妻、キーシンリサイタルで購入)


Zimerman_ozawa_rachmaninov_12 ◆クリスティアン・ツィメルマン(p)

小澤征爾指揮ボストン交響楽団

〔2000年12月、ボストン、シンフォニーホール、ディジタル〕

 11:46/12:15/11:34


P.S. 月曜日にテレビで放送された『のだめカンタービレ』の原作第5巻では、千秋真一が、ピアニストとしてこの曲をフォン・シュトレーゼマン(ミルヒー)に与えられ、自分を解放しないピアノを散々にけなされるが、本番ではSオケと名演を繰り広げるのが、前半のクライマックス。それを聴いた"のだめ"が刺激を受け、幼稚園の先生の夢を捨て、プロピアニストを目指し始める。千秋がオケパートをピアノで伴奏を受け持って"のだめ"がソロを弾いた共演は猛烈な速さだったというが、ラフマニノフなみだったのだろうか?

* ダン・タイ・ソン という名前は どこが姓(family name)で、どこが名(given name)なのかと調べてみたところ、wikipedia と そこからのリンク で大体分かった。間に挟まれるのは middle nameなのだそうだ。Dang というfamily nameは頻繁に見かけるものの一つのようなので、Dang が姓、Thai がベトナム独特のmiddle name、Sonが名前となるようだ(このサイトでは、父君の名前がDang で始まっているので Dangが姓のようだ。なお、母君の姓が違うのは、中国、韓国にの儒教文化圏にみられる夫婦別姓のためだろう)。また、中国文化の影響で、該当する漢字が存在するらしい(ホー・チ・ミン Ho Chi Minh は胡 志明)。ただし、HMVサイトなどでは、Dang-thai Sonなどと表記しているのだが、これは疑問だ。

中国系ピアニストの フー・ツォン(Fou Leiという学者の息子ということで、フーが姓だとわかった)や 韓国系のヴァイオリニスト チョン・キョンファ(鄭 京和)、弟のチョン・ミョンフン(鄭 明勲)も、当初どちらが姓か名か分からなかった。というのも、東洋系も欧米人にならって、名姓の順に表記することがあるからだ。ヨーヨー・マあたりも分かりにくい。馬 友友 というのが中国式の表記になるらしい。彼の場合は、中国系というだけで、欧米で生まれ育ったのだから、ヨーヨー・マでいいのだろうが、アイデンティティ的にはどうなのだろうか。洋の東西の文化の問題はややこしい。

  

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コメント

リヒテル讃。私は12年ほど前にSDR放送交響楽団とのサンサーンスの協奏曲を小さな古いロココ劇場で聞きました。調べれば判りますが指揮者は誰か忘れてしまいました。それほど印象に残っています。上に書かれているような稀有な音楽的な資質に更にタッチの、音楽の軽やかさ-これは、ひょっとすると大劇場では伝わらないかもしれません-が驚きでした。なぜならばメディアは、鋼のような重厚な打鍵をキャッチフレーズにしていましたから。

ライヴを逃されたのは残念ですが、録音も真剣に聞き出すとその芸術が蘇るのは素晴らしい。

pfaelzerweinさん、いつもコメントありがとうございます。

リヒテルは、相当ムラがあったようですね。ムラというよりもそのようなテンペラメントの持ち主だったのではないでしょうか?美しく老いたといわれるルービンシュタインやケンプ、アラウ、R.ゼルキンなどが比較的安定した気質の持ち主だとしたら、朴訥で田舎のおじさん的に見えた彼の方がずっと繊細で起伏の激しい性格ではなかったかと思います。西側へのデビューがあの時代のソ連でどのような経緯でもたらされたかはあまりよく知りませんが、元々おそるべきヴィルトゥオジティと透明な音色を持った彼ですらそれを完璧に表現しえたの過度の緊張状態が続いていたがゆえかも知れないと思っています。相当疲れ果てて亡くなったようですが、巨大なプレッシャーに耐えてきた繊細な心の持ち主としては無理もないと想像します。

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