『裸のサル』と『サル学の現在』
学生時代に最も影響を受けた本の一つとして、デズモンド・モリス『裸のサル』がリストアップされる。角川文庫本で、何気なく購入したものだった。
ユダヤ教・キリスト教的世界観からすると、人類は他の動物達とは違い、その姿は神に似せて作られ、動物達の中では特別の存在であるとされる。そのような信仰に対して、キリスト教国である、ダーウィンやウォーレスなどの進化論、そしてこのモリスのような『人間なんて所詮毛皮を着ていないサル』だという喝破は、その世界内では今なお多くの反発を生んでいることだろう。
しかし、八百万の神々がおわし、万物流転・輪廻思想の影響にある日本では、人間と動植物との境が結構あいまいな部分があるように思われる。
学生時代のゼミは、政治思想史に所属し、その指導教官が、著名なプロテスタントで、ドイツのナチズムを研究していた方だったここともあり、いわゆる人間の精神的な存在としての特別さを深く尊重されていたのだったが、不肖の私などは、動物行動学的な影響を『裸のサル』などから受けていて、人間というものはそれほど大したものではないのではないかという不遜なことを、勉強しながらも考えていたことがあった。
最近、文庫本で立花隆がまとめた『サル学の現在』を購入し、読み始めた。日本でサル学が盛んになったのも、非キリスト教的な文化であったことも重要な背景らしい。
最近、都市部にも出没するようになったニホンザル、動物園の類人猿たち。最先端の「現在」という位置からは少し古くはなったようだが、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ(ピグミーチンパンジー)、オランウータンなどなど、複雑な人間社会に現れる様々な「不自然な」事象がサルの社会でも見られるのが衝撃的だ。また、サル学の知見が短期間で大きく変貌して学説が大きくブレながら変貌していくのもこれまたショッキングだった。
「裸のサル」である人間に属する私。私の家族、親戚、友人、同僚・・・。
平凡な結論ではあるが、いかに大脳皮質が巨大化しようとも、サルの一種であることを忘れずにいることが、今後の地球と人類の共棲の復活への道を開く鍵であるのかも知れないなどと、考えた。
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