バレンボイムの弾くベートーヴェン『月光』『熱情』『ヴァルトシュタイン』
ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2『月光』
6:38/2:13/7:42
ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57『熱情』
10:36/7:37/8:13
ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53『ヴァルトシュタイン』 11:31/4:40/11:22
ダニエル・バレンボイム(ピアノ)
〔1981年5月:作品53,57 1983年12月:作品27の2、パリ、ミュテュアリテ Mutulalité : メゾン・ドラ・ミュテュアリテ というホールらしい〕
その昔愛読していた『レコード芸術』の評論家陣には概ね評判がよくなく、その影響もあり、敢てこれまで聞きたいとも思わなかったバレンボイムのソロ・ピアノだが、ブックオフで非常に安く入手できたので、聴く機会を得た。
悪いどころか、どちらかと言えば、私のピアノ演奏の好みに近い方の演奏だった。
1981年と1983年にディジタル録音されたもの。
バレンボイムと言えば、アルゼンチン生まれながら、幼くしてザルツブルクのモーツァルテウムに学び、古くはモーツァルトの協奏曲の弾き振りを始め、天才ピアニストとして知られた人物だった。それが次第に指揮にも手を広げていき、最近では指揮者としての名前の方が高い。若い頃は、あのジャクリーヌ・デュプレを伴侶として、共演も多く、デュプレの信奉者からは、バレンボイムは蛇蝎の如く嫌われているようだが、『風のジャクリーヌ』を読んでからはバレンボイムへの偏見は相当薄くなった。そんなこともあり、無意識にバレンボイムのソロピアノに手が伸びたのかも知れない。
『月光』にしても、『熱情』にしても『ヴァルトシュタイン』にしても、透き通るようなクリアな音色ではなく、少し丸みを帯びた安定したタッチで、(自分にとっては)意外にも着実な音楽を奏でている。アゴーギクのタイミングも結構伝統に即しているようで、安心して聞ける。現代ピアノを十分に鳴らして衒いのない音楽を聴かせてくれるものだと言える。
メカニックの弱さが指摘されることがあり、さすがに熱情のフィナーレになるとそれまでの充実した音楽に少々瑕瑾が生ずるような部分もあるが、それほど危なっかしくはない。全体的に新たな発見があるかと言うと、少々否定的になるのだが、それでもヴァルトシュタインのフィナーレでは、少々テンポを遅めにとり、非常に叙情的な穏やかさを保ちながら、デュナーミクの幅も広くとり効果的にクレッシェンドが使われているのが、新鮮だ。ただ、このテンポだと、展開部のあたりの緊張感が薄れ、もたれ気味になるのはちょっといただけない。コーダでのテンポアップも少々効果不発になってしまう。モーツァルトの第21番の『短かくも美しく燃え』のテーマに使われたAndanteもAdagioにして弾いているので、テンポの取りかたに結構個性というか癖があるのかもしれない。ただ、全体的には非常に面白く聞くことができた。(指揮はマルケヴィッチ、作曲はナディア・ブーランジェに師事しているが、ピアノの大家では誰に師事したのだったろう?)
アラウ、アルゲリッチ、ゲルバー、そしてバレンボイムと、南米出身でヨーロッパで修行をしたピアニストの弾くベートーヴェンには、勿論それぞれの特徴はあるにしても、生粋の欧米系が失った音楽への率直な本能的なアプローチがあるのかも知れないなどとも思った。そういう点からすると、昨日のブレンデルやグルダなど、ヨーロッパの伝統のど真ん中で生まれ育った音楽家がむしろ意識的過ぎたり、斜に構えがちなのとは対照を見せているのかも知れない。南米系が楽天的と言ってしまうのは乱暴だが、音楽の力への信仰が残っているとでも言えばいいのだろうか。
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