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2007年7月13日 (金)

アルゲリッチのシューマン『幻想曲、幻想小曲集』 リコルディ録音

Schumann_argerich

シューマン

幻想曲 ハ長調 作品17
 11:17/6:52/9:30

  1. 幻想小曲集 作品12
    夕べに 3:25
    飛翔 2:57
    なぜに 2:04
    気まぐれ 2:56
    夜に 3:23
    寓話 2:31
    夢のもつれ 2:14
    歌の終り 4:44

    マルタ・アルゲリッチ 1976年録音 Dischi Ricordi による録音 (BVCC-3511)

自分のディスコグラフィーにない『幻想小曲集』を聴きたいと思い続けてきたが、大都市郊外のベッドタウンの中小のディスク店の品揃えでは、大作曲家とは言え、比較的人口に膾炙したもの以外は店頭には陳列されておらず、またネット通販では当然入手可能だが、際限もないディスク購入に陥りそうで自制しているため、これまで入手できなかった。 それが、7/11久しぶりで何か新品のCDを買おうと入った職場最寄のディスク店で、このCDを見つけて、少々迷いながら購入した。

アルゲリッチがRCAレーベルに入れた録音?という疑問もあったし、これまで聴いてきたアルゲリッチの演奏が猛烈すぎて、あまり好みではないということも迷った理由だ。

帰宅して解説を読むと、この録音当時はイタリアのRICORDI社がDGと併行してアルゲリッチと契約していたらしく、 その際に録音されたが、RICORDI社が様々な会社と販売契約を結んだため、これまで日本でもCBSソニーや学研、EMIなどから発売されたものだという。今回RICORDIがBMGに買収されて伊BMGとなったようで、晴れてまとめてRCAレーベルでの登場となったらしい。解説の最後には、エアチェックして何度も聴いた懐かしいイヴリー・ギトリスとのフランクのソナタ(とドビュッシーのソナタ)も掲載されていた。また、以前デンオンレーベルで入手できたハイドンとベートーヴェンのピアノ協奏曲もリコルディのために録音されたもので、手元のCD(COCO-6117)を見ると Licensed by DISCHI RICORDI S.p.Aと記されていた。

さて、このCDを早速聴いてみた。

『幻想曲』ハ長調は、これまでにケンプとキーシンの録音で比較的耳に馴染んでいる曲だ。

第1楽章冒頭の「魚が泳ぎまわるような」(以前参加していたFCLAでそのように形容した人がいた)楽想のピチピチした魅力や、第2楽章のあまり幻想曲的ではない、元気な行進曲風の主題などは、シューマンの魅力に溢れ、アルゲリッチも切れ味のよい音楽を奏でる。第3楽章は、夢幻的な分散和音の上に半音階的なメロディが奏でられるあたりなど、音色をぐっと曇らせてヴェールのかなたの夢の世界を歌うかのようだ。なるほど、確かに楽想による音色の使い分けは天才的だ。

『幻想小曲集』。

『夕べに』は、これも弱音主体の柔らかな音で微妙な心象風景を描いている。

『飛翔』は有名曲だけあって、何度も聴いた記憶がある。ただ、いつも思うのだが、なぜこの曲の題名が『飛翔』なのだろうか。「焦燥」感を非常に強く感じる曲ゆえに、軽やかで伸びやかなイメージのある『飛翔』という言葉とはあまり合わないように思うのだが。アルゲリッチの演奏は、荒々しいほどの音色で短調から長調へのめまぐるしい移り変わりを描く。解説によればこの形式は、古典的なロンド形式なのだという!

『なぜに』 前の曲とはまた対照的に「ゆっくりと繊細」な曲。

『気まぐれ』 スケルツォ的な雰囲気の作品だが、長調と短調の移り変わりがその気まぐれを示すかのよう。

『夜に』 『クライスレリアーナ』のクライスラーのモデルE.T.A ホフマンの恋愛ものに由来するという。これまた感情の起伏が激しく、焦りと安らかさが交錯するかのようだ。最後は劇的に終わる。

『寓話』 とは、「動物などの話にかこつけて、教訓的な内容をあらわした物語」の意であるが、『子どもの情景』につながる内容を持つ。ゆっくりした部分は、『詩人は語る』ではないが、物語の読み聞かせのようなモノローグ調。一方それにはさまれる急速な部分は、いたずらっ子が落ち着き無く動き回る様。

『夢のもつれ』 不思議な言葉だ。いかにも文学青年シューマンらしい。もつれ合う夢想は、ゆっくりしたテンポではなく、トリルを交えた急速なフレーズからなる。中間部には主要部がからみつき、その後主要部が再現される。

『歌の終り』 終曲。輝かしく堂々たる讃歌で始まる。このあたりの分厚い響きではさすがのアルゲリッチの音も少々濁り気味なのが残念だが、曲そのものがそうなのだろうから仕方が無い。このような音楽を聴くとアルゲリッチのブラームスというのも聴いてみたくなるが、彼女はあまり弾かなかったように記憶する。コーダは低音がかすかに響きながら静かに終わる。

アルゲリッチのこの1970年代の演奏は、集中力といい、テクニックといい間然とするところのないもので、このCDを一息に聞かせる力をもっている。音色も透明感があり美しい。ディジタルリマスターの成功も一因だろう。

以前電脳郊外散歩道さんの『ルービンシュタインのシューマン「幻想小曲集」を聞く』を読ませてもらって、それまで馴染みのなかったルービンシュタインのシューマン(『カルナヴァル』と『クライスレリアーナ』)を聴く機会を得たが、今度はピアニストは違うとはいえ、『幻想小曲集』もいつでも聴けるようになったのはうれしい。また、『幻想曲』もケンプやキーシンとは違う魅力が溢れている。

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コメント

こんにちは。ご紹介ありがとうございます。シューマンの「幻想小曲集」はお気に入りの音楽ですが、アルゲリッチの演奏は興味深いですね。偶然に出会ったCDは印象深く、録音がいいと楽しみもまた格別でしょう(^_^)/

narkejpさん、こちらにもコメントをいただきありがとうございます。『幻想小曲集』は、これまでディスクでは持っていなかったので、ようやくこれでじっくり楽しめるようになりました。(なお、今回のRCA盤も最新盤というわけではなく、2001年に発売されたものでした。会社が変わるたびに再発されるというのも、結構人気のあるディスクなのでしょうか?)

さて、アルゲリッチの演奏は、いつも集中力が凄くて、楽しみのために聴くには少々息苦しいことが多いように思うのですが、この『幻想小曲集』はその点『クライスレリアーナ』に比べて、独立しても聞ける曲なので、結構楽しめております。

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