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2007年8月24日 (金)

ザンデルリング フィルハーモニア管のベートーヴェン 交響曲全集

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ベートーヴェン 交響曲全集
 クルト・ザンデルリング指揮 フィルハーモニア管弦楽団
  シーラ・アームストロング(S), リンダ・フィニー(A), ロバート・ティアー(T),
  ジョン・トムリンソン(B), フィルハーモニア合唱団(合唱指導:ハインツ・メンデ)
   No.1 9:51/8:54/3:43/6:02
    No.2 14:17/13:31/3:58/6:51
    No.3 18:32/17:27/6:29/13:21
    No.4 12:36/10:40/6:04/7:34
    No.5 8:04/10:38/6:05/10:23
    No.6 11:12/13:20/5:57/3:53/10:37
    No.7 14:09/10:03/9:41/7:15
    No.8 10:04/4:28/5:51/8:31
    No.9 17:21/10:32/17:18/26:12 

〔1980年?,1981年 ロンドン アビーロード 第1スタジオ〕

DISKY HR704632 (5枚組み)

オランダのバジェットのもう一つの雄Disky によるボックス5枚組み。

まず驚いたのは、CD1の交響曲第1番の第4楽章が欠落していると思って探してみたら、CD5の第1トラックに収録されており、その後に第9番全曲が収録されているという非常に不思議な編集になっている部分。収録時間の関係もあるのだろうが、少々第1交響曲にとっては残酷な扱いで驚いた。また、マルピーマーク(P)が、それぞれのCDについているが、すべて同じ指揮者とオーケストラによる全曲録音なのに、第1から第6は 1981 Bat Ltd. 、第7と第8は1981 Meregate Ltd. で、第9のみ 1981 EMI Records Ltd. となっていること。そして、Bat と EMI の表記のあるものは、Recorded January & February 1981, No.1 Studio, Abbey Road, London とあり、Meregate の表記のものは、Recorded in England としか記されていないこと。しかしこの全曲盤のCompilation が 1998 Disky Communications Europe B.V.によるものであること。(なお、長いこと謎だった○Pのマークだが、日本では通常マルピーマークと呼ぶようで、「○P 初回発売年号、原盤所有者名」で表記されるもののようだ。参考サイト1参考サイト2

現品にはDDDのマークなどはどこにもプリントされてはいなかったが、HMVの紹介によれば、 1980年と1981年にディジタル録音されたものだということだ。また別情報では、元々はEMIからLPで発売されたもののようだ。なお、ネット情報によるとこの古いバージョンでは、第4交響曲がエラーでブランクになっているという話しもあったが収録されていて一安心だ。

1980年、1981年というとフィルハーモニア管弦楽団は、ムーティの音楽監督の最後期にあたるらしい。Wikipediaの英語版 Kurt Sanderling によると、ちょうどその時期にベートーヴェンの交響曲全曲演奏会を振ったらしく、それによりこの全曲録音が生まれたようだ。また、その後、彼は名誉指揮者に選ばれている。クレンペラー時代から関係があったようだが、ムーティの辞任後、2年ほどしてシノーポリが音楽監督に就任しているので、ザンデルリングはその間のリリーフ的な役割を果たしたのかも知れない。(なお、sanderling で検索したところ、トップにきたのは、ミユビシギ(学名Crocethia alba)という鳥類の名前だったのは新発見だった。)

早速、第3『英雄』と第9を聴いてみたが、深くゆったりとしたテンポ、重心の低い安定した音響で、途中で止めることができなく、結局2曲の大曲を一挙に聴いてしまった。

◇第3番『英雄」では、現在、明快さと鋭さに加えて、ベルリンフィルの一糸乱れぬアンサンブルが魅力のクリュイタンスの録音をよく聞き返し、自分にとってこれまでにない『英雄』の魅力を味わっているのだが、それとはまた別の魅力のある演奏で、しっかりとした手応えがあるものだ。

◇『第九』は、第1楽章から終楽章まで一貫性があり、終楽章のバリトンに多少癖を感じはするが、オーケストラ、合唱、ソリストとも熱気がありながら、細部までゆるがせにしない重厚な演奏を堪能できるもので、録音も透明感はないが各パートの細かい音まで聞き取れるものになっている。細部まで明瞭で伴奏パートと言えども背景にマスクされることなく、フレーズが明確だというこの立体感がある演奏は、ブラームスの第1番でも感じたザンデルリングの特徴ではないかと思うが、ここでもその特徴を十分味わうことができる。

◇現在、第2を聴いているところだが、全曲の中でも比較的影の薄いこの曲も楽しんで聴くことができる。あいまいさがない明快な演奏なのだが、非常に豊かな音楽になっているのだ。といっても音響的に残響が豊富というわけではない。やはりザンデルリングのテンポや音楽の作り方が、そのような印象をもたらすのだろうと思う。

この全集については、これまでほとんど知らず、たまたまブックオフで廉価で購入できたので、今までの評判はどうだったのかとネットで検索してみても、記事はあまり見かけなかった。ブラームスの交響曲全集では、旧盤のSKD(ドレスデン・シュターツカペレ)盤も、ベルリン響盤も、どちらも高い評価を得ているのとは対照的で、少々不思議な感じがするほど、充実した演奏、録音だと思う。

このところ、クリュイタンスブロムシュテットに次いで、ザンデルリングと、ベト全を結構続けて入手して聞いているわけだが、どれも比較的地味な存在ながらどの録音を聞いても興味深く面白いのが、自分ながら驚いている。

P.S. 小澤征爾も若い頃、1974年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団を名乗っていたこの団体と第9を録音している(フィリップスレーベル)。また、内田光子は、ザンデルリングの指揮を高く評価し、引退前のザンデルリングに依頼して、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を録音しており、そのディスクは結構評価が高い。

◆追記:8/24(金)

◇第6番『田園』 mozart1889さんへの返事にも書いたが、ゆったりとしたテンポが特徴。嵐の迫力と、感謝の歌の盛り上がりは感動的。

◇第8番 一般的な小型交響曲ではなく、もっと雄渾な大交響曲として演奏されている。スケールが大きい。第2楽章はかわいらしく、メヌエットはゆったりとしており、第4楽章は、一転軽快でありながら緻密な演奏。

◇第5番 第1楽章の冒頭のモットーを二つで一組としてフレージングしている。要する一回目のフェルマータで切らずに続けて演奏しているように聞こえる。響きは、ほの暗いが底光りするような輝きもある。セル盤にあったコーダでのホルンによる音価拡大版の強調はなし。第2楽章は、落ち着いた丁寧な音楽。第3楽章のモットーを奏でるホルンの強奏は印象的。これも先へ先へと急かさない。トリオの「象のダンス」は、低弦を充分響かせ力強く明快。ピツィカートのスケルツォ主部の再現はひそやかさが際立つ。第4楽章の勝利の凱歌は、痙攣的な爆発ではいが、力感に満ちている。やはり落ち着いたテンポ。展開部では一歩一歩の歩みの確実さとクレッシェンドの効果がよく効いている。再現部の冒頭の立派さは何とも言えず素晴らしい。第2主題への経過部のピッコロのモチーフはよく聞き取れる。

◆追記:8/26(日)

◇第7番 昨日土曜日に第7番全曲を聞いた。軽快なテンポと弾むようなリズムという最近の演奏とは違い、非常に重々しい演奏だ。しかしこれが実に面白い。第1楽章の序奏からして物々しいほど遅いのだが、その中にモチーフの受け渡しの明確さという点がよく耳に入ってくる。主部もフルートの華やかさはないのだが、ホルン群が強力だ。第3楽章は遅くはない。第4楽章は切れ味鋭いというのではないが、グイグイ押してくる迫力と、やはり重要なモチーフの受け渡しの明確さと副次的なフレーズの処理など立体感があり、ザンデルリングらしいと感じた。ただ、残念なのは、コーダの低弦のオスティナートがそれほど明瞭ではないことくらいか。重厚なベト7だった。

◆追記:8/28(火)

◇第4番 日曜日には、第4番を聞いた。この曲の刷り込みは、LPのセル/クリーヴランド管のスリムで、その鋭利な感じの演奏により比較的大人しい表情の曲だというイメージのままで来たが、その後ようやくC.クライバー/バイエルン国立(州立)管のCDでこの曲の魅力に開眼したクチで、現在ではその熱狂的な4番がレファレンスになっている。ただ、そうは言っても、最近聞いたクリュイタンス、ブロムシュテットもそれぞれ面白かったが、このザンデルリングの4番は、雄渾、つまり雄大で勢いのよい筆勢の演奏だった。第1楽章の序奏部の重厚な響きからそれが感知できるほどだ。カルロス的な熱狂とは違うが、「ギリシアの乙女」という評語はもう過去のものなのだと思うし、逆に「ギリシアの乙女」的な均整の取れた初々しくたおやかな演奏のこの曲を聴いたことがないのだが・・・ 

なお、吉田秀和氏がザンデルリングについてどのような評価をしているか、『音楽-展望と批評-』(朝日文庫)の巻末の人名索引で、ザンデルリングを探してみたところ、第1巻にドレスデン・シュターツ・カペレとの1973年10月の来日についてのコメントがあり、オーケストラについては大絶賛(「すばらしいオケで、音色こそ地味ではあるが、柔らかくて無理のない、本当に音楽的な協和を感じさす。」)だったが、ザンデルリングについては酷評(「カザルスのような高さの欠けた、硬直した---つまり外面的なダイナミックの追求に躍起となっているところがあり、私は閉口した。」)だった。ただ、その後、1979年末の「この年のレコードから」では、ショスタコーヴィチの交響曲第15番についてザンデルリング指揮ベルリン交響楽団の演奏のものを取り上げていた(第3巻)。比較的最近のあのバルシャイのショスタコーヴィチ交響曲全集を取り上げた『音楽展望』でも、ザンデルリングの録音も併せて取り上げていたので、ショスタコーヴィチ指揮者としては相当評価されているようだ。

◇第1番 第1楽章序奏から主部に移行する下降音型がゆっくりなのがユニーク(と思っていたが、ブロムシュテット/SKDも同じだった。IMSLPでスコアを確認<pdfファイル>してみたら、序奏部最後のソファミレは主部のテンポではなく、序奏部のテンポで奏されるのが正しいようだった)。細かく対旋律の音量を調整し、聞こえにくいフレーズを聞こえるようにして、楽器間のモチーフの受け渡しがここでも精緻に行っているのがよく聞き取れる。ゆったりしたテンポでこのように精密だと動きがないように想像されようが、前進するエネルギーを失うことがないようだ。第2楽章Andante cantabile con moto のソナチネアルバムにも入っている素朴な対位法的な主題で始まるこの曲も、滋味溢れる音楽となっている。展開部の対位法的な各声部の入りが明確、丁寧で、細かい部分もゆるがせにしないこの指揮者の姿勢が垣間見られる。第3楽章のメヌエット(Allegro molto e vivace)、というよりも実質的にはスケルツォも、軽快ではないが力強さを感じさせる。(ここで、CD1をストップさせないと、次のトラックはエロイカの第1楽章になってしまう。CD5に交換!) 第4楽章は、短いAdagioの序奏がついた軽快なロンド風な主題によるソナタ形式の楽章。重い重いとは書いてきたが、この楽章などは楽想に応じて快活なロンド的終楽章の性格を損なってはいない。

これで一応全曲を聴いたことになるが、本当に楽しめた。

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コメント

おはようございます。
ザンデルリンク/フィルハーモニア管のベートーヴェン全集は、デジタル録音初の全集として、発売当時は話題になったと思います。国内では、「英雄」、「田園」がまず発売され、その後一気に全曲がリリースされいったと記憶しています。
僕も同じDiskyのCD全集で持っているんですが(ジャケットは違います)、1番の収め方は異常ですね。ビックリしました。
全体的には、どっしりとした伝統的な、そしていかにもザンデルリンクらしい重厚なベートーヴェンだと思います。「田園」第1楽章の遅さは、スゴイです。ゆったり感がたまりません。

mozart1889さん、こんばんは。コメントありがとうございます。

クルト・ザンデルリングはドイツ生まれとは言え、長くソ連で活躍したユダヤ系の指揮者にもかかわらず、本当に伝統的なドイツの響きとはこのようなものだろうという重厚さに緻密さを兼ね備えた指揮者ですね。フィルハーモニアでクレンペラーと一緒に仕事をした時期もあるというので、影響を受けたのかも知れないと想像しておりますが、クレンペラーよりもどこか暖かさを感じさせる気がします。

今夜は『田園』を聴いていますが、"ma non troppo" とは言え、本当に第1楽章のテンポは遅いですね。これまで聴いた中で最遅のテンポかも知れませんが、朴訥な表情ながら田舎に着いた喜びの感情が感じ取れました。第2楽章の「小川のほとりの風景」も丁寧な演奏でなかなかいいです。

この全集は、全体的に味わい深い演奏で、録音も魅力的とまでは行きませんが不満なく聴けるので、相当楽しめそうです。なかなかいい買い物をしました。

はじめまして。

ザンデルリングのベートーヴェンということで、
拝見させていただきました。

この録音はEMIスタッフによるもので間違いないのですが、
元々EMIが企画制作したものではなく、
ザンデルリングがベートーヴェン・チクルスを振るためフィルハーモニア管を客演した際、
その演奏に感激したとあるタバコ会社のオーナーが出資して急遽制作されたものではなかったかと思います。
そんな経緯もあって日本盤は出てなかったような気がするんですが…
LPは演奏会の2,3ヶ月後間髪を入れず7枚組全集ボックスがリリースされ、順次分売されたかと。
赤地に銀文字のシンプルなデザインでした。イギリス国外では発売されてないと思います。
バランス・エンジニアにはクレンペラーの録音を多く手がけたクリフトファー・パーカーが担当してます。

monostaticsさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

なるほど、そのようないきさつのあった録音だったのですね。おかげで詳しい背景が分かりました。

>バランス・エンジニアにはクレンペラーの録音を多く手がけたクリフトファー・パーカーが担当してます。

ザンデルリングのこの全集は全般的に音色的には暖色系だと思うのですが、クレンペラーの録音のように非常に精緻な音が聞こえるのも、なるほどそのような録音スタッフの働きがあったのかも知れないですね。

どうもありがとうございました。

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