内田光子のモーツァルト ピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488
ピアノ(クラヴィア)協奏曲第23番イ長調K.488
内田光子(ピアノ)
ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団
(1986年7月、ロンドンでの録音)
この曲は、Köchel 第6版によれば、1786年モーツァルト満30歳の多産な年、いわゆるフィガロイヤーに完成された。
この年には、『フィガロの結婚』を初め、劇場作品ではサリエリ等との競作の『劇場支配人』、ニ短調協奏曲と並ぶ短調の傑作ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491や珍しい編成(ピアノ、クラリネット、ヴィオラ)のケーゲルシュタット・トリオK.498、やはり珍しい楽章編成で後期3部作に勝るとも劣らないプラハ交響曲K.504, 晴れやかな傑作ピアノ協奏曲第25番K.503ハ長調、ピアノ四重奏曲K.493,ピアノ三重奏曲K.496&502,ホルン協奏曲第4番K.495,ソナチネにも収録されている明朗なニ長調のピアノのためのロンドK.485などが完成され、それらに関係する草稿的なフラグメントも相当カタログに含まれているうようだ。
大傑作の大作『フィガロ』の年の作品ではあるが、このイ長調もハ短調も非常に完成度の高いピアノ協奏曲で、モーツァルトの一連のピアノ協奏曲の中であり、冒頭が行進曲風ではなく始まり、またカデンツァまで完全な形で書かれた曲は、このイ長調の曲くらいではなかろうか?(ハ短調の曲も木管楽器の扱いが極度に効果的に使用されていてピアノと木管のための協奏交響曲のような味わいがある)
このイ長調協奏曲は、いつもの軽快で少し軽薄な軍隊ラッパ的なリズムではなく、後年のクラリネット五重奏曲やクラリネット協奏曲を想起させる優美な第一主題で始まる。自身による初演のために急いで完成させたようなところはなく、非常に緻密に書かれており、特にカデンツァが完全に楽譜に書き起こされている。また、第2楽章嬰ヘ短調(イ長調の平行短調)は、モーツァルトの緩徐楽章の中でも珍しいアダージョの短調の音楽で、第9番や第18番、第22番などと同じく社交的な音楽である協奏曲の中で、物静かに短調で真情を吐露しているかのようだ。そして第3楽章は、軽快なロンドによるフィナーレだが、これも非常に緻密に書かれており、ピアニストにとってはモーツァルト的名人芸を会得する必要があるらしい。
この曲は、学生時代、ようやくモーツァルトの魅力に開眼し始めた頃、今は亡きヴァルター・クリーンが、同じく今は亡きロヴロ・フォン・マタチッチ指揮するNHK交響楽団と共演したときの演奏が、小ト短調交響曲と一緒にFM放送され、エアチェックが巧くいったので、スコアを買って幾度となく聞き入った思い出深い曲だ。諸井誠氏が司会をしていたNHKFMのリクエスト番組にこの曲をリクエストしたところイングリッド・ヘブラーによるイ長調のトルコ行進曲付きのソナタに同じイ長調だからということで変更されてしまい残念だった苦い思い出もある。
さて、この曲は、そんなわけでLP時代にはポリーニとベーム/VPOによる19番と23番のカップリング、CDになってからはブレンデル、マリナーのピアノ協奏曲全集(その後小学館版が同じ演奏だったので、単独の全集は友人に廉価でゆずった)、単売ではハイドシェックとヴァンデルノート、ペライアのECO弾き振り(1984年録音)、カサドシュとセル、グルダとアーノンクールなどいろいろ聞き比べて楽しんでいる。
内田盤は、フィリップスレーベルのブレンデル盤に続く新しいモーツァルトピアノ協奏曲全集(ピアノソナタは立派な全集になっている)の一環として録音されたもので、指揮者には当時のイギリスの若手のジェフリー・テイトが起用されて話題になった。
百花繚乱のこの曲の競演の中で、内田盤は、非常に安定しており、グルダ盤やハイドシェック盤のような目だった特長が感じられる演奏ではないが、デリケートでしっとりした美しさでは1,2を争うものだと思う。テイトの指揮も内田の解釈(テンポや表情付け)によく合わせている。
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