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2008年1月25日 (金)

ホッターの「冬の旅」

Hotter_winterreise  

シューベルト 歌曲集『冬の旅』(ヴィルヘルム・ミュラー詩)

ハンス・ホッター(バス・バリトン)、ハンス・ドコウピル(ピアノ)<1969年東京ライヴ>

参考:
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)とイェルク・デムス(ピアノ)<1965年 ベルリン>
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)とアルフレート・ブレンデル(ピアノ)<1985年 ベルリン>

1/23には関東でも2年ぶりの積雪、その後低気圧が西から東に発達して移動し、強い冬型の気圧配置になり、東北日本では暴風雪警報が出るほどで、ここ南関東でも帰路の暗い道を辿ると北風が身に沁みる。大寒も過ぎたが今が寒さの底で、光の春ではないが、12月20日ごろの冬至から数えると既に1ヶ月を過ぎすこしずつ日が延び、春が遠くないことを感じさせてくれる瞬間もある。

このような寒い日にまったく「ベタ」な選択ではあるが、三種類の『冬の旅』を聴きなおしたり、過去の感想を思い出したりして鑑賞してみた。180年前1828年の1月10日、作曲家の死の年にこの『冬の旅』の第一部が初演されたのだというのでそれにもちなんではいるのだが。

フィッシャー=ディースカウとブレンデルのコンビのものは、このCDが発売されてすぐに求めたものだと思う。それ以来何度となく聴いたが、最近しばらく遠ざかっていた。以前にも書いたが、ディースカウの美声に陰りが出始め、ブレンデルとのアンサンブルもあまりしっくり行っていないように感じてきた。

ディースカウがデムスと組んだ1965年盤は最近入手したもので、簡単なコメントを書いたが、心を鷲掴みとまでは行かなかった。

テナーの歌唱が耳をよぎるのは、少年の頃からユリウス・パツァークとイェルク・デムスのLPをそれこそ擦り切れるほど聴いたためだろうし、高校の音楽の授業の教材で冒頭の"Gute Nacht"をテナーの声域で歌ったことも影響しているだろう。これについては、もう何度も繰り返していて、自分には一種の固定観念になっているようだ。今では、ボストリッジだとか(参考:ボストリッジの興味深いビデオ作品の記事)、ブレカルディエン、もう少し前ではシュライアー、ヘフリガーなどのテノール歌手もこの曲を取り上げていた。シューベルトのオリジナルがテナー用だったということもあるのだろうし、やはりミューラーの詩が、最後には霜置く髪のように老年を想起させるとは言え、本質的にさすらう若者の歌なので、テナーの歌唱が絶望した若者のイメージには合うように思う。

数年前に入手してたホッターの東京ライヴは、CBSソニーのカタログには以前から載っていたもので、あのヴァーグナー歌手のホッターの貴重なライヴ録音として有名なもので、コレクションシリーズの分売で買ったもので、子ども達には「格好のいい声」と受けたのだが、バス・バリトンの声質が自分のこの曲の経験上異質なものを感じたこともあり、あまり馴染めないものだったが、今回腰を据えて聴いてみている。

暗く深く重い声質の、ヴァーグナーの神々の長、ヴォータンを得意とした歌手なので、ヴィーダーマイヤー的な軽さはまったく望むべくもなく、最も有名な「菩提樹」でも、夏の日の憩いも寒風吹きすさぶ目前の景色の方に重点が置かれる。第10曲の「憩い(休息)」では、非常に大きなダイナミックの幅で、若者の旅というよりも、別のより巨大な風景が眼に浮かぶ。第11曲の『春の夢』の甘い夢想にも留まることは決して出来ない。しかし、第1部終曲の第12曲「孤独」は、バスの声質によく合い、心に沁みる。第13曲は、郵便馬車、先日のN響アワーのベートーヴェンの不滅の恋人でも第8交響曲のメヌエットのトリオのホルンがポストホルンを模したものだという話が出たが、当時のヨーロッパの交通機関で、郵便馬車は非常に重要だったのだろう(モーツァルトのポストホルンセレナードもいい曲だし)。

第14曲の「霜置く髪」と第15曲の「からす」、第20曲「道しるべ」、第21曲「宿屋」が個人的には好きな曲だ。このあたりまで聴き進むと、バス・バリトンの声質の世界に引き込まれているかのようだ。もう若者の恋愛と失恋と夢想の世界から、別世界へやってきてしまったのだから。

最終曲の「ライエル回し」(辻音楽師)は、やはり高校の時に、教育実習生の高校の先輩が実習授業でピアノ伴奏して歌ったものだが、当時若かりし頃の淡い憧れのようなものが今でも残っていて、この曲自体の底知れぬ虚無感と齟齬を来たすようなところがある。個人的な思い出も曲の鑑賞にはいろいろあるものだ。決して妨げになっているわけではないのだが・・・。

録音(自分の再生装置)は、ホッターのエネルギーの大きい声には少し非力だったようで、音量ピークの部分で少し音割れがするが、それほど聞き苦しくない。ドコウピルのピアノは明瞭に録音されている。

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