ドヴォルザーク スラヴ舞曲作品46の2 ホ短調
先日、西崎崇子とイェネ・ヤンドーのデュオCDで、ドヴォルザークのスラヴ舞曲をクライスラーが編曲したものを聴いたが、曲目リストをよく見ると「スラヴ舞曲第1番ト短調」と書かれていた。何かの間違いではないかと、クーベリック指揮バイエルン放送響のオーケストラ版の全曲のCDと、ベロフ&コラールによるオリジナルの連弾用の全曲CDを取り出して来て確認したら、くだんの曲は両方とも 「作品46の2 ホ短調 アレグレット・スケルツァンド」となっていた。
こういうときは、頼りになるクラシック・データ資料館の作品表にあたってみると、クライスラーはドヴォルザークのスラヴ舞曲から3曲編曲しており、また演奏のしやすさのためか、移調も行っているようだ。それについては、西崎・ヤンドーの元記事にも訂正を入れておいたが、簡単にまとめると次の通り。
原曲 クライスラー編曲
スラヴ舞曲第2番ホ短調 Op.46-2 スラヴ舞曲第1番ト短調(移調)
スラヴ舞曲第10番ホ短調Op.72-2 スラヴ舞曲第2番ホ短調
スラヴ舞曲第16番変イ長調Op.72-8 スラヴ舞曲第3番ト長調(移調)
同じOp.46-2 でも、ベロフとコラールの連弾は、ナマの素材という感じで少々粗っぽい音楽に聞こえる。彼らのデュオだけでなく、どうも連弾のピアノというのは、ソロピアノに比べて響きの透明性やアンサンブルの精緻さのようなものはあまり聴けないように感じるのだがどういうものだろうか。それでも耳が慣れてくると音楽の骨格がよく見えるようでそれなりに楽しめる。ただ、実際にはこの程度の連弾を弾きこなせるチカラがあれば、アンサンブルをするのが楽しいだろうとは思う。(所要時間 3:53)
一方、ドヴォルザークがオーケストラ用に編曲した方は、クーベリックとバイエルン放送響の黄金コンビのもので、非常に丁寧な(少々丁寧すぎる)演奏が特徴のもので、同じ曲でも流麗さや繊細さが際立ち、中間部のリズミカルな部分でも別の曲を聴いているような感じがするほどだ。華麗なオーケストレーションというわけではないが、オーケストラの表現能力の幅広さというものを感じさせてくれる。また、こういう演奏を聴くとドヴォルザークのオリジナルの作品(ピアノ連弾)の音型(トリルの多用など)も必ずしもピアノの演奏だけを前提にしたものではなく、オーケストレーションを前提にしたものだと想像されてくる。(所要時間 4:42)
最後に、改めてクライスラー編曲でOp46-2を聴いた。こちらは、ホ短調から3度上に移調しているのはそれほど気にならないが、アレグレット・スケルツァンドというよりもずっとノスタルジックで優雅な演奏になっているのは、演奏者の解釈なのか編曲者の指定なのだろうか?また中間部で、転調が微妙な部分が現れるが、これも編曲者の指定なのか、演奏者の音程的なミスのようなものなのか。また時間的にも相当原曲を縮めている。結構いろいろ考えさせられる録音ではある。(2:43)
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