ヤナーチェク 歌劇『利口な女狐の物語』マッケラス/VPO、ルチア・ポップ、他
歌劇『利口な女狐の物語』(Prihody Lisky Bystrousky : The Cunning Little Vixen)
チャールズ・マッケラス指揮ヴィーンフィルハーモニー管弦楽団
ヴィーン国立歌劇場合唱団、ブラチスラヴァ少年合唱団
ビストロウシカ(女狐):ルチア・ポップ(S)、猟場番:ダリボル・イェドリチカ(Br)、男狐:エヴァ・ランドヴァー(Ms)、穴熊/神父:リハルト・ノヴァーク(B)、その他(校長、蚊、ハラシタ、猟場番の女房、ふくろう、犬、きつつき、めんどり、おんどり、かけす、かえる、きりぎりす、など) 〔1981年録音〕
併録:『利口な女狐の物語』管弦楽組曲(ヴァーツラフ・ターリヒ編)
ようやく立春。吉田秀和『私の好きな曲』(新潮文庫)は大学図書館の白水社の全集でも何度か読んでいたのだが、昭和60年4月25日の発行(一応初版だ)の頃文庫本で入手してからいったい何度読んだことか分からない。全部で26曲の好きな曲がリストアップされているのだが、恐らくこの本での紹介を読まなければ聴かなかった曲の筆頭がこのヤナーチェクの『利口な女狐の物語』だったことは確かだろう。それほど、吉田秀和のこの曲の紹介は魅力的なものだ。オペラで、チェコ語で、近代作品で、となれば、いくら魅力的な題材でも二の足を踏んでしまう私が、どうしても聴きたいと思ったのだから。
このCDを入手したのは、もうそうとう以前になるが、確か「レコード芸術」のレコードアカデミー賞を獲得した名盤ということで、地方都市のCD屋でも陳列していたのかも知れない。当時指揮者のマッケラスのことはあまり知らなかったが、VPOと組んで次々にヤナーチェクの作品を録音していたということを後で知った。ただ、この名盤がしばらくの間は、廃盤として入手できない時期もあったということを別の機会で知り驚いたことも覚えている。
ヤナーチェク入門の『シンフォニエッタ』、『タラス・ブーリバ』、『内緒の手紙』『クロイツェルソナタを読んで』の弦楽四重奏曲程度しか聴いたことがなく、この『女狐』のほかにもサイトウキネンフェスティバルなどでも取り上げられたような多くのオペラが近年では注目されており、ヤナーチェクはすっかりビッグネームの仲間入りになっているのかも知れない。
そんな中で、寓話的な筋というよりも、女狐や穴熊、ふくろう、かえる、きりぎりすなど、まるで鳥獣戯画の世界のように、人も動物も区別、差別なく同じ世界に生きる、生きとし生けるものとして描いたこの脚本とヤナーチェクのつけた音楽は、西洋文化の中でも非常にまれなのではあるまいかと最近思う。以前、ドイツの子どもは「虫取り」を遊びだと考えていないというエッセイを読んで驚いたことがあるが、モラビア(モラバ)の人々は、昆虫やかえる、鳥なども親しいものとして共生する伝統があるのだろうか?
まあ、そんな小難しい文化、伝統のことを考えずとも、特に自然との一体感に強い共感を持つ日本人は、このオペラに魅力を感じることは不思議ではないと思う。ヤナーチェクという不思議な音楽を作るのが得意だった作曲家が、本当に魔法のような音楽を書いたものだと思う。
歌手は有名どころでは、若くして亡くなったスロヴァキア生まれの名ソプラノ、ルチア・ポップが、母国語に近いチェコ語(モラヴィア方言)により本当に魅力的なビストロウシカを歌い演じている。
草いきれがするような音楽という意味では早春から一気に盛夏へと飛ぶようだが、生き物がざわめく自然の世界へトリップである。
なお、チェコの名指揮者ヴァーツラフ・ターリヒの編曲した組曲もとても楽しい。
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