ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第31番作品110を聴く
◎シュナーベル〔1932年1月21日、ロンドン、EMIアビーロード第3スタジオ、モノ〕6:33/1:55/9:51
◎ソロモン〔1956年8月20日、ロンドン、EMIアビーロード第3スタジオ、モノ〕 7:08/1:57/10:48
◎グールド〔1958年、ストックホルム、ライヴ、モノ〕 8:42/2:16/12:54
◎ケンプ〔1964年1月、ハノーファー、ベートーヴェン・ザール〕 6:18/2:16/9:44
◎グルダ〔1967年7-8月、ヴィーン〕 6:05/1:48/8:58
◎ヴェデルニコフ〔1969年、モスクワ〕 6:00/2:05/10:12
先日発売の『のだめカンタービレ#20』で、取り上げられていたこのピアノ・ソナタの名曲を、手持ちのCDを取り出してきて改めて聴き比べ、感激もし、また大変面白かった。手元にあるピアノ譜は、音楽之友社版(ペータース版?)だが、参照しながら聴いてみた。
この楽譜には、実演を大学の文学部の教室で招聘教授の奥様がジュリアード出身ということで何かの講義の折に聴いたことや、1985年にピーター・ゼルキンが来日?したときに後期3大ソナタを弾いたFM放送のこと(1月9日と日付がある)や、上記の録音のうち簡単なコメントが書き付けてあった。すっかり忘れていたが、以前からお気に入りで、聴き比べをしたらしい。
ソロモン:硬質な音、品格の高さ。
ケンプ:第2楽章のテンポが遅い。美しい響き。終楽章の盛り上がり。フーガの巧さ。
グルダ:テクニック的に安心感。先を急ぎすぎる、アリオーソの部分など。
ヴェデルニコフ:最も真摯な演奏、感動的。
ポリーニ(FM放送85/1/18):すごい。テクニック、形式感。
今回聴き直してもこれらの印象はあまり変わらなかったが、それ以降新たに入手したグールドとシュナーベルについて簡単なコメントを書きとどめておきたい。
シュナーベルは、先日全集を買ったときにも聴いたのだが、細部にこだわらずに大局的に音楽を把握しているという印象を強くもたされる演奏が多いように思う。それに加えて、シューベルトの古い録音でも感じたが、ムジチーレンする喜びが率直に伝わってくるように思う。スケルツォ(2拍子)のトリオ(中間部)などは指捌きという点では苦しいものがあるが、上記のリストでもヴェデルニコフやグルダといった指捌き的な技術では並ぶもののないようなメカニックを持った人たちとほぼ同じテンポで弾き切っているのがすごいと思う。あるべきテンポを追求した結果だろう(同様に、ハンマークラフィーアでも、冒頭から信じられないようなテンポを設定している)。その結果として、前に述べたような音楽を大づかみにして聴き手に届けるということに成功しているのではないかと思われる。
1930年代の歴史的録音などというと、以前ブルーノ・ヴァルターのザルツブルクライヴの『フィガロ』を聴いたときにも驚いたのだが、普通は古色蒼然としたおどろおどろしいような演奏が聴かれると思うとまったくさにあらず。ヴァルターのはアセテート盤起こしでもあり、音質的にはどのような音楽が演奏されているのかが分かる程度だったが、このシュナーベルの録音は、楽章によってヒスノイズの量が違ったり、帯域は狭いものの、シュナーベルの清々とした音色が十分聞き取ることができ、また演奏解釈上も、新即物主義的といっても機械的なザッハリヒなものではなく、感情が十分含まれており、否むしろベートーヴェン的な勢いのある迫力を伝える演奏としてはこれに勝るものはそうなないのではないかというものだ。録音でまとまって聴くことができる最も古い全集のはずだが、本当にこれは聴く価値のあるものだと思う。
一方、グールドの演奏は、このようないわゆるドイツの伝統的な演奏に比べると、本当にユニークな演奏だと思う。グールドがヨーロッパでも高く評価されるようになった欧州ツアーのうち、ストックホルムでのライヴ録音。同じようにユニークなスタジオ録音の方はまだ聴いていないのだが、リサイタルでこのような演奏を聴いた聴衆は相当面くらい驚かされただろうと思う。各楽章とも2割程度遅いテンポを取っている。ノンレガートがグールドのトレードマークだが、ベートーヴェンではバッハのような演奏ではなく、美しい歌をレガートで聴くことができる。とにかくゆっくりしたベートーヴェンだが、これはこれで楽しめるので、その意味でもベートーヴェンの懐の深さが感じられる。
なお、これら6種類を聴き比べると、改めてヴェデルニコフの録音の過不足のない技術による透徹した演奏の凄さが感じられる。特にフィナーレのフーガの入り組んだ部分などの捌きは関心する。閉塞されたソ連の中でラジオ放送のためにこのような録音を残したというので、その意味でも凄いことだと思う。
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コメント
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こんにちは。
グールドというとバッハなのですが、それ以外ではベートーヴェンが一番成功しているのではないかと個人的に思っています。なかでも後期のソナタ集は愛聴盤でよく聴いてきました。ライブ盤は未聴なのですがテンポが大分違うようです。
手持ちのLPをCDに焼いたもので確かめたところ6:57 2:06 10:52 となっていてソロモン(未聴)のテンポに近いようです
グールドは同じ曲について何通りかのテンポ設定を持っていたと何かの本で読んだ記憶があります。このスタジオ録音では普通の?テンポを選んだのでしょうか?
投稿: 天ぬき | 2008年3月24日 (月) 10:54
天ぬきさん、コメントありがとうございます。
グールドのベートーヴェンのソナタは、いわゆる三大ソナタの『悲愴』『月光』『熱情』のCDを聴いていますが、後期三大ソナタのスタジオ録音はこれまで聴いたことがないので、ご紹介のタイミング、大変驚きました。ソロモンに近いというとでは、いわゆるスタンダードなテンポですね。是非聴いてみたいですね。グールドは、モーツァルトのソナタで何通りかのテンポのテイクを録音して取捨選択したということを私も読んだことがありますが、ベートーヴェンでもやっていたんですね。
投稿: 望 岳人 | 2008年3月24日 (月) 18:22