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2008年5月31日 (土)

ブレンデルのベートーヴェン『月光・悲愴・熱情』(1970年代録音)

雨の土曜日。先日までの初夏の気温から一挙に春先の気温に下がってしまった。

今年でブレンデルは現役引退すると表明したとのことで、手持ちのハイドンやシューベルト、シューマン、ブラームスなどを聴いているが、最近ユニバーサル系のシリーズものJupiterというシリーズで、1970年代フィリプス録音の「三大ソナタ」が入手できたので、気軽な気持ちで聴き始めてみた。

ベートーヴェン 

ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2『月光』
 6:04/2:25/7:34

ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13『悲愴』
 9:42/5:19/4:32

ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57『熱情』
  9:55/6:40/8:11

ウームとうなってしまった。ブレンデルのベートーヴェンをこれまでほとんど聴いてこなかったのを後悔している。生演奏の『ディアベリ変奏曲』を聴いたり、『エロイカ変奏曲』をCDで聴いた程度で、協奏曲やソナタも始終FM放送を聴いていた頃には耳にしたのだろうが、エアチェックでもLP,CDでも何故か購入する機会がなかったのだ。

ピアノの音色の滲みのなさ、音色・表情の切り替えの的確さ・素早さ、指回り、構成力、緻密さ、そしてフィリップス録音だけあって録音に気になる癖が少ないなど、私にとって十二分に満足できるものだった。

一般には、三回目の全曲録音の90年代のものの評価が高いようでそれも聴いてみたいし、古いVox時代のものにも興味があるが、今から約30年前の壮年期の70年代のブレンデルだから余計に今の自分にピッタリするのかも知れない。90年代の来日時にテレビ放送で視聴した後期の三大ソナタは、演奏の完成度の点で少々不満が残るものだったので。

曲順にちょっと印象をメモしておこう。

『月光』は、第1楽章は遅くもなく速くもないテンポで粘らずに奏されるが、ペダルの使い方が巧いのだろう和音も濁らず、オルガン的な低音もしっかり持続され、継続する八分音符三つのリズムもゴツゴツせずに滑らかで付点音符も嫌味がない。中間部のクレッシェンドの盛り上がりもまことに自然だ(それだけ精密ということだが)。第2楽章は、主部も比較的重いテンポでダイナミックの幅も大きく取っており、音色的にも曇り気味なので、「二つの深淵の間の花」のような愛らしい音楽にはなっていない。第3楽章のクライマックスに向けての助走というイメージだ。第3楽章は、激しい情緒ながら厳格で細部まで繊細な神経が感じられる演奏だ。この楽章はピアノソナタにおける『エロイカ』的な飛躍のような音楽で、濃厚な情緒を幅広いピアノフォルテの能力によってまさに鍵盤狭しと荒れ狂うように表現するが、ブレンデルはそれを崩すことなく、音色や和声的な濁りも感じさせず大きなスケールとダイナミックによって描ききっている。

『悲愴』は、初期作であることを感じさせる比較的ノンレガート的な弾き方で、小気味よい音楽になっている。第1楽章のグラーヴェも鈍重な響きになることなく、主部の低音のオクターブによる持続もゴツゴツせずに、若々しいセンチメントに溢れた主題を疾走させている。(なお、この楽章はR.ゼルキンのようにグラーヴェ冒頭からリピートする例があるが、ブレンデルのリピートは、主部から。)展開部のグラーヴェはためらいがちで少々遅い。コーダの和音は決然と終わる。第2楽章の美しいメロディーもロマンティックに崩すことなく、品格が感じられる。第3楽章のロンドはこの音楽そのものが本来的に持っている少々感傷的な甘さも湛えつつ、駆け抜ける。

『熱情』は、第1楽章の冴えた高音の音色が目覚しい。非常に技巧的な音の細かい部分では少し指回りが苦しいところもあるように聴こえるが情緒の真正さが感じられる。第2楽章の変奏曲は、多くの演奏で比較的空虚さを感じてきたが主題の柔らかい音色と和声の流れが分かるような演奏が素晴らしく、その後の変奏の描き分けも統一感があるにも関らず多彩な音楽を聞かせてくれる。ディアベリ変奏曲でもそうだったが、変奏曲が巧いように思う。第3楽章も意識や情緒の気まぐれな中断がなく、音楽としての内容の維持が提示部なら提示部で持続するような音楽作りが感じられる。その意味で非常に安定して信頼性の高い音楽だということが言えるのかも知れないと思った。展開部になるとその一貫した情緒やアーティキュレーションに微妙に変化がもたらされる。この辺りが構成感がよくつかめる要因なのだろうと思う。プレストでは、主部よりテンポアップされている。新主題と第1主題によるコーダは、精密さと熱狂の絶妙な結合が聴かれ、崩れがまったくない。ここで、第1主題の対旋律を抽出して提示するのはこれまであまり耳にしなかったので新鮮だった。

ブレンデルは、上で挙げた作曲家のほかモーツァルト、リストなど自らレパートリーとなる作曲家を絞り、深めていったという意味でオールラウンダーが多い現代ではユニークな方のピアニストだと言えるだろう。バッハも得意としていたが『平均律』は録音されていないのだろうか、という思いがある。バッハのフーガを、現代ピアノの機能を十分に発揮させたブレンデルの明晰なピアノで聴いてみたい。

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