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2008年5月 3日 (土)

『物理が苦手になる前に』(竹内淳 岩波ジュニア新書)

高校になって習った物理の授業は、非常に無味乾燥だった。中学までは理科少年でもあり、また伝記が好きで科学者の伝記などをよく読んでおり、原子物理学などにも興味を持っていたのだが、そのような想像をしていた物理と高校物理はまったく違っており、むしろ化学の方が周期表などで元素を扱っており面白かった。『相対性理論』の一般向けの解説書などは、それなりの興味を持ってその後も読んだりはしたが、いわゆる「物理」からはすっかり離れてしまっていた。

これもたまたまブックオフで見つけたのだが、カバーの裏側に「物理という科目や数式へのアレルギーをとりのぞき、教科書だけでは絶対に味わえない物理学の魅力的な世界に誘います」とあり、この本の出版時は早稲田大学の理工学部の応用物理学科の助教授の著者が前書きで「高校二年でこの科目に出会ったときに大嫌いになりかけた。責任転嫁をするつもりではないが、ある程度努力しても分からないというのならそれは教科書や教育方法などのどこかにも相応の責任があるはずだ」と共感を覚える本音が書かれていて、読んでみようと思った。

力 F , 質量m, 加速度 a とすると F=ma の式が成り立つ などと言われてもチンプンカンプンで、複雑な現象をなぜそんな単純な式で一律に表現ができるのかという疑問が湧いてしまうのだが、それを超短詩型の俳句の背後に広がる深遠広大な世界や、野球のピッチャーの投げるボールのスピード、F1カーのスピードなどから速度、加速度と説明していき、微分、積分までうまく説明している。私には慣性の法則(惰性)は、躓きの石ではなかったが、加速度がなぜ重要視されるのかが、高校時代にはよく理解できていなかったようだ。自然落下運動の重力加速度 g についても 9.8m/秒の2乗 という数値について記憶が戻ってきた。 

ただ、慣性の法則が理解されるようになったのは、6世紀の疑問の提示から17世紀のガリレオまで約1000年かかったという記述は、科学史の結果だけを教育しようとしている現代の教育の欠陥をあぶりだしているように思えた。

同じことがp.81には、「慣性の法則、力=質量×加速度、作用反作用」をニュートンの運動の第一法則、第ニ法則、第三法則と言い、ニュートン力学の真髄はこれで終りだが、これを高校では2、3時間で学んでしまう。しかし、人類が最初に手がかりをつかんでからこの法則性を浮かび上がらせるまで優に十世紀以上を要したとされているのも面白い。

ただ、 F=ma については、力(物理力とされる)が、質量と加速度との両方に比例関係にあることはなんとなく分かるが、なぜその二つの要素を掛け合わせる式になるのかはよく分からない。どうもこの辺がごまかされたような気になってしまうのだ。そして、それらの数式を数学的に組み合わせて式を整理して結論を導き出すやり方には、さらに論理の飛躍があるような気がしてごまかされているような感覚がさらにする。

作用、反作用については、実感からは分かる。衝突の物理も、自動車事故から野球のボールをバットで打つときの衝突、ラグビーやサッカーのフィジカルコンタクトなど興味深い題材を使っている。

8のコペルニクス的転回については、以前小学生が地動説を理解していないということが大々的に報じられたときに自分でも記事にしたのとほぼ同じ趣旨のことがより分かりやすく整理された形で書かれており我が意を得たりという感じだった。

9ニュートンのりんご 10神のジグソーパズル についても要領よくまとめられており、この辺の宗教史、科学史の部分がより面白い部分だ。運動方程式を使えばあらゆる力学的な運動が予見できるという信念がその後の技術発展を支え、そして、電磁気学、相対性理論、量子力学についても触れられている。

私自身も、責任転嫁になってしまうが、先日の三角関数の余弦定理にしても、これらのニュートン力学の三つの法則にしても、文系的な人間には背景にある数学史、科学史の説明が授業のリードなどにあればもっと興味を持てただろうと思う。ともあれ、面白い本だった。三日坊主ではないが、すぐに忘れてしまってあいまいになってしまうのだが。

p.s. この本の著者は、現在早稲田大学の教授であり、講談社ブルーバックスの『高校数学で分かる』シリーズで評価の高い教育者でもあるようだ。教育者と言えば、哲学者ヴィトゲンシュタイン(ウィトゲンシュタイン)の小学校教師時代のエピソードは非常に示唆的だ。また、物理学、数学と言えば、半可通的な言い訳になるが、カール・ポパーの反証可能性のことを思い出してしまう。大学時代の友人がポパーを信奉していたのを思い出す。彼は数学教師の息子だった。


 

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コメント

高2の物理はまるでちんぷんかんぷんでしたが、3年になって担当の先生が代わり、理科センターから来た先生で、教え方がすばらしくよくわかるものでした。おかげで、理系に進学することができました。その先生には、今も感謝しています。
F=ma ですが、これを a=F×1/m とすると、F が増えると a が大きくなる、つまり「加力すれば加速する」となります。その際は、m が大きいほど加速しにくいことになります。当方は、そんな理解のしかたをしていました。

narkejpさん、このような初歩的な内容にコメントいただき恐縮です。narkejpさんの経験からも物理は教え方によって分かりやすさがやはり違うものなのですね。

物事を本質的に考えるということには非常に興味があるのですが、力学の場合、いわゆる言葉による概念ではなく、数式という極端に抽象化された言語で様々な物理現象を示すことができるというのが、非常にチンプンカンプンな部分でして、

>F=ma ですが、これを a=F×1/m とすると、F が増えると a が大きくなる、つまり「加力すれば加速する」となります。その際は、m が大きいほど加速しにくいことになります。

というご説明は分かりやすいのですが、この単純な式でニュートン的な「力学現象」が表されることを「信じる」ことに非常に懐疑的だというように言い換えればいいでしょうか。勿論、その後のこのニュートン力学などを元にした科学の発展に伴って実際に大きな成果が出ているようなのを否定するにはやぶさかではないですが・・・。

 私は、放射線物理を専門としております。
 先ず、私たち(一部の物理屋は)F=ma これは、『Fイコールma』と読まず、『Fは、とにかくma』と考えております。イコール(同じ)な訳はなく、とにかく(結果そうなる)だから仕方がない。と、理解するべきである。(しかし、計算すればそうなるし、複雑な物理の計算も。困ったときはF=maに持ち込むことで解決できるので、とても便利な『道具』と考えております。)
 そもそも、重力が何なのかさえ解明されていない世の中です。そんなもんです(笑)。

コメントありがとうございます。

物理学の専門家の方が「イコール(同じ)な訳はなく、とにかく(結果そうなる)だから仕方がない。」と、実は考えているというコメントに驚き、返事が遅くなりました。

例の「CP対称性の破れ」の理論が実験で確認されたと言っても、その数少ない実験結果によって本当に「確認」と言ってしまうことが可能なのかは、素人にはわかりません。

人類万能主義がますますエスカレートしている昨今ですが、本当に肝心なことはまだまだ分かっていないし、もしかしたら人智の及ぶことではないのかも知れないですね。別に神秘主義的な意味で言っているのではありませんが、いうなれば不可知論なのかも知れません。


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