名曲探偵アマデウス 事件ファイル#10 シューマン『子どもの情景』
事件ファイル #10 シューマン「こどもの情景」 ~ピアニスト刑事(デカ)、危機一髪~ 依頼人橘(たちばな)明日香 (斉藤由貴) 職業 女優
今週初めの日曜日6月22日のBS2(アナログと表示されるようになってしまった)を録画していたものを、次男の授業参観日が午前中に終り、午後の寛ぎの時間に見始めたのだが、今度は前回の『月光』と違って冒頭部分が録画されていなかった。それで、この「事件」のプロローグが分からないまま、番組を見ることになった。
今回の演奏者も仲道郁代さん。解説も玉川大学の野本准教授の出演。
斉藤由貴と言えば、私自身はそのドラマを見ることはなかったが、確か「スケバンデカ」シリーズに出演していたのではなかっただろうか。それで、ピアニストデカというのだろうが、何しろイントロ部分を見ていないのでなんとも言いようがない。彼女は、先々週まで放映していたNHKの木曜日ドラマの『バッテリー』(原作 あさのあつこ)という少年野球ものの主人公の口うるさい母親役を演じており、その素のままで演じているような口うるさいオバサンぶりには、若かりしアイドル女優を知っているものにとっては結構驚きだった。閑話休題。
ところで、この『子どもの情景』というピアノ曲集については、このブログでもケンプ、ホロヴィッツ(新 旧)、アルゲリッチ、アシュケナージ、ブレンデルなどで直接間接に取り上げたことがあったり、あの有名な『トロイメライ』が収録されており、ピアノ演奏技術的にもそれほど高度ではない曲もあり、つまみ弾きするのに一応楽譜も持っていたりして、古くからのなじみの曲集だ。オムニバスLPの『トロイメライ』は確かケンプのものだったと思う。
さて、番組だが、この女性刑事を演じる女優が、舞台でピアノを弾くことになったが、子どもの頃のトラウマなどが原因でピアノを弾けなくなり、天出探偵と、カノン助手の事務所に相談にやってきたということらしい。その謎を解くのは探偵の任務というよりも心理カウンセラーが適任ではないかと茶々を入れたくなったが、仲道郁代さんの模範演奏は、端正で細やかなものでなかなか素晴らしいものだった。先週の『月光』もそうだが、いわゆる「弾けている」ピアニストだと思った。
この番組の特徴であるアナリーゼ的な部分では、第1曲のシソファミレの動機(音型)が、全曲に統一感を与えているというのが第1ポイントだったようだ。演奏としては、第1曲『見知らぬ国々と人々』、第3曲『鬼ごっこ』、第4曲『おねだり』、第9曲『木馬の騎士』、第10曲『むきになって』とドラマ仕立ての中で演奏され、その後国立音大の藤本一子さんがシューマンにおけける文学と音楽の結びつき、暗示的な題名というようなことを話していた。
曲中の白眉であり、シューマンの最も知られたメロディーとされる『トロイメライ』(白昼夢と訳された:いわゆる Daydream believer に通じる)の分析が番組的な主眼で、これにより女優のトラウマが解消されたようだが、その辺が筋書き的に飛躍があったのか、よく理解できなかった。この曲は、諸井誠『名曲の条件』(中公新書)でも取り上げられていたが、その解説よりもこちらのテレビ解説の方が分かりやすく、メロディー冒頭のドの音(途中で転調するが)の長さが初めは四分音符、次が八分音符、最後が前打音(装飾音符)というように短くなっていく不規則性によりファンタジーを生んでいる巧妙な技といような解説だった(ような気がする)。
最後に、仲道郁代氏の演奏が流され、テロップで、第1曲(6度の音程 シとソ が全曲を結びつけ)、第7曲トロイメライ(白昼夢)ではヘ長調が主調だが、途中に重要なハ長調の和音が重要で印象的であること、第12曲『子どもは寝入る』、第13曲『詩人は語る』で途中カデンツァレチタティーヴォが出るが、このカデンツァレチタティーヴォで引用される音楽のことについては触れらていなかったのは、少し手抜きだろうか?それとも見落としか?(幻想小曲集の第2曲「飛翔」の引用:1830年代後半のシューマンの人生と創作(1836年~1839年)の項)
このようなミニチュアールの曲集においても仲道郁代氏の演奏が聴き応えがあったのが、収穫だった。
追記:2008/06/29
最近、シプリアン・カツァリス(Cyprien Katsaris)のTeldec レーベル録音で、この曲集が収録されたCDを入手した。このほかにOp.82『森の情景』, Op.124『アルバムの綴り』 (Albumblatter)[全20曲]が収録されているもの。輸入盤で、録音日時、ロケーションが記されていないが、マルP, マルCが1986年とあるので、その頃の録音だと思われる。ヴィルトゥオーゾで知られるカツァリスの演奏なので少し構えた気分で聴き始めたが、技術の余裕のためもあるのだろうが、大変叙情的で透明感のある仕上がりに聴こえる部分と、ヴィルトゥオーゾの血が騒ぐのか第9曲など少々煩いほどの音響の部分が交じり合う。ただ、本来聞き逃すような声部を独自の解釈で拾い上げるようなこともしているのがちょっと面白い。
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私もこの番組を興味深く見ました。シューマンの音楽は、中心となるモティーフから全体が作られていくという作曲技法を取っています。それは、個々の小品との関連性を強め、作品全体の統一性を高め、一つの世界を形成しています。
仲道郁代さんは、今、円熟期にさしかかっていますね。そうした意味でも、今後の活躍ぶりには一目おくべきでしょう。もっとも、シューマンといえば、伊藤恵さんがもっとよかったかもしれません。
最近、小林五月さんもシューマンのピアノ作品全集に取り組んでいるそうですので、注目すべきでしょう。
投稿: 畑山千恵子 | 2008年7月12日 (土) 19:33
畑山千恵子さん、専門家の方に何度もコメンントをいただき光栄です。
シューマンのピアノ作品の多くは、まったく個性的な小品の集合体かと思えば、実は背後に変奏曲の主題のようには目立たないけれど、基本動機がじっと目を光らせて統一性を維持しているというような作曲法をとっているものが多いのですね。比較的素朴な曲集である「子ども情景」でも、その要素があるというのは、つとに指摘されてはいたのでしょうが、私達音楽愛好家向けの番組としてはっきり解説してくれたのは面白かったです。
私がシューマンのピアノ作品に興味関心が生まれるのは、美しいメロディーや和声、激情的や陶酔的な表現の魅力もそうですが、同時代のロマン派の作曲家よりも情に流され過ぎることなく、知的な把握の要素があり、ソナタ形式に寄らずとも、ドイツ音楽的な動機操作、展開の手法を演繹しているようなところにもあるのかな、とコメントを拝読して思いました。
特に、日本の女流ピアニスト達の活躍は目覚しいですね。この番組も長寿を保って、多くの演奏家の演奏が聴けるとうれしいですね。
投稿: 望 岳人 | 2008年7月13日 (日) 11:26