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2008年6月の32件の記事

2008年6月30日 (月)

DHM-6,7 J.S.バッハ ロ短調ミサ曲 

Bach_mass_bminor_hengelbrock_dhm6 トーマス・ヘンゲルブロック  Thomas Hengelbrock 指揮
 フライブルク・バロック管弦楽団 Freiburger Barockorchester
  バルタザール・ノイマン合唱団 Balthasar -Neumann-Chor
   HMVの紹介ページによれば、〔1996年10月録音〕 原盤:05472773802


6月の最終日、これまで何度も寝入りばなには聴いていてその美しさに陶然としながら寝入った(寝付きだけはいいのだが、3時から4時に目覚めてしまうのが悩みのタネ)この録音にしっかり向き合って聴いてみることにした。(「6月の6番は」)

もちろん比較の対象は、相当以前確か1990年代に購入して、何度も聴いた2006年10月 6日 (金) J.S.バッハ ミサ曲 ロ短調 ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラによる演奏。

このヘンゲルブロックという指揮者やフライブルク・バロック管弦楽団、バルタザール・ノイマン合唱団という名前は、Wein, Weib und Gesang(pfaelzerweinさん)の2006年のモーツァルトとヘンデルの記事で見かけ、ドイツの比較的ローカルな演奏団体なのかな、などと井の中の蛙式の不遜なことを思っていたのが恥ずかしくなるような優れた演奏団体のようだ。

ブリュッヘンのバッハも非常に真摯なものであり、18世紀オーケストラの技量やソリストたち(アルトのカウンターテナーが少し異質だが)は優れた演奏なのだが、このヘンゲルブロックたちの演奏の醸し出す音響の柔和さ、品格の高さ、そして全曲にわたるまとまりのよさは、またブリュッヘンたちの演奏にない多くの魅力を教えてくれるものだと感じた。

このDHM50には、ヘンゲルブロックとバルタザール・ノイマン合唱団は、このロ短調ミサと、DISC1のドゥランテ、アストルガ、ペルゴレージの宗教曲だけの収録(フライブルク・バロック・オーケストラは他にも数枚の録音が収められているが)のようだが、十分その真価を顕してしいるように思う。

コーラス、オーケストラにしてもいわゆる巧さをヘンゲルブロック盤には強く感じないのだが、響きが非常に心地よく、聴きながら集中力が高まっていくような錯覚に襲われるような気もしないではない。

ちなみに、エクセル表でブリュッヘン盤とヘンゲルブロック盤のパンフレット表示のタイミングを並べてみた。全体的に大きな差はないと言えるが、一貫して躍動的な要素が感じられるブリュッヘンに比べて、ヘンゲルブロックは柔と剛の切り替えが鮮やかで、遅い部分はいわゆる「ロマンティック」なほどであるが、速い部分は新古典主義的なキビキビとした引き締まった音楽になっているように聴こえる。これで全体の統一感がそがれないというのも不思議ではある。

  ブリュッヘン ヘンゲルブロック
Kyrie
Kyrie eleison 8:53 11:32
Christe eleison 5:08 4:46
Kyrie eleison 3:50 4:17
  17:51 20:35
Gloria
Gloria in excelsis Deo 1:40 1:37
Et in terra pax 4:56 4:38
Laudamus te 4:23 4:13
Gratias agimus tibi 1:40 3:11
Domine Deus 5:44 5:24
Qui tollis peccata mundi 2:59 3:12
Qui sedes ad dexteram Patris 4:32 5:11
Quoniam tu solus sanctus 4:13 4:37
Cum Sancto Spiritu 3:51 3:36
  33:58 35:39
Credo
Credo in unum Deum 2:00 1:45
Patrem omnipotentem 1:44 1:48
Et in unum Dominum 4:28 4:29
Et incarnatus est 3:05 3:04
Crucifixus 2:58 3:48
Et resurrexit 3:41 3:34
Et in Spiritum Sanctum 5:06 5:02
Confiteor unum baptisma 3:02 3:42
Et expecto resurrectionem 3:36 1:58
  29:40 29:10
Sanctus
Sanctus 4:11 5:17
Osanna in excelsis 2:23 2:20
Benedictus 3:59 4:28
Osanna in excelsis 2:20 2:22
  12:53 14:27
Agnus Dei
Agnus Dei 5:06 5:41
Dona nobis pacem 2:57 3:30
  8:03 9:11
  1:42:25 1:49:02

追記:2008/07/01 現在、FireFox3でこのブログを作成し、表示を確認しているのだが、Internet Explorer 6.0で昨日作ったこの記事を確認したところ、テキストの部分と表の部分の間が非常に大きく開いてしまっていた。そこで、一端IE6.0を立ち上げて、そこでエクセル表の貼り付けを行ったところ、表の体裁(文字の中央揃えなど)は少し崩れたが、Firefox3でみてもIE6.0で見ても同じように見えるようになった。やはり、エクセルとIE, Firefoxでは少し相性の違いがあるようだ。

2008年6月29日 (日)

アシュケナージ 1960年代のピアノ協奏曲録音(マゼール、ジンマンとの共演)

Ashkenazy_tchaikovsky_chopin チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調

   指揮 ロリン・マゼール ロンドン交響楽団 〔1963年4月、ウォルサムストウ・アセンブリー・ホール〕 20:55/6:45/6:36

ショパン ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調

   指揮 デイヴィッド・ジンマン ロンドン交響楽団〔1965年1月、キングズウェイ・ホール〕 13:38/9:09/8:21

   ピアノ ヴラジーミル・アシュケナージ

DECCA ADRM OVATION シリーズ 417 750-2(輸入盤)

今や巨匠のマゼール、そして現在CDのリリースが最も注目されている指揮者の一人ジンマンがオーケストラの指揮を務めた若き日のアシュケナージ(1937年生まれなので、当時20代後半)の協奏曲録音がブックオフで廉価で入手できたので聴いてみた。

1955年のショパンコンクールの2位で物議を醸し、1962年にはチャイコフスキーコンクールでオールソンと同位の1位となった直後の録音が、チャイコフスキーの録音。有名な曲だけあり、これまでもいろいろな録音を耳にしてきたが、この若き26歳のアシュケナージの録音はなかなか魅力的に感じた。

比較的近年の録音のチャイコフスキーの『四季』でも音楽との相性という点で(しつこいようだが)アシュケナージのピアノと音楽との齟齬のようなものを感じることがなかったのだが、このチャイコフスキーも結構抵抗なく聴きとおすことができた。ヴィルトゥオーゾというからこそ、細かい瑕釁が耳につくことがあるのだが、さすがにこれだけの演奏をしてくれれば文句のつけようがない感じだ。音質的にも古い録音なのだが、生理的に合わないと感じさせる滲みのあるピアノの音色ではなく、「標準的」だといわれるたびに疑問に思うリズムの重さや溜めは聞かれない。

マゼール(1930年生まれで、当時33歳の若手指揮者)のオーケストラの方も、当時バイロイトやザルツブルクに登場するなど多彩な挑戦を開始した新進指揮者のものだけに、リヒテルとカラヤンの名盤で聴きなれた耳には結構新鮮に聴こえる。特に終楽章のストレッタ気味に煽り立てるところなどは、スリリングだ。

参考タイミング
 ホロヴィッツ、トスカニーニ/NBC響 19:18/5:44/6:23〔1943年5月〕
 アシュケナージ、マゼール/LSO  20:55/6:45/6:36 〔1963年4月〕
 リヒテル、カラヤン/VSO  22:07/6:55/7:09 〔1962年9月〕
  ガブリーロフ、ムーティ/PO 22:25/8:05/6:39 〔1979年7月〕

一方、例のデヴィッド・ジンマン(1936年生まれ)は、当時29歳のやはり若手指揮者。近年のチューリヒ・トーンハレ・オーケストラとのユニークで清新な解釈で一躍有名指揮者の仲間入りをしている人だが、このショパンの2番というオーケストラ指揮的にはそれほど面白みがないだろうと思われる音楽でも、相当念の入った指揮ぶりをしているように聴こえる。単に全曲切れ目なく引き続けるピアニストを立てるだけでなく、オーケストラによるオブリガート旋律などもさりげなく目立たせたり、第2楽章の激情的なクライマックス部分ではピアノのレチタティーヴォ的な叫びを上手く支えたりと、結果論的な評価になるが「なかなかいい仕事」を当時からしていたようで驚いた。第3楽章では、コルレーニョ?的な弦の木の部分で弓をたたくような面白い音色も聞こえてくる。ショパンのピアノ協奏曲のオーケストラ部の重要性の見直しは、ショパンイヤー1999年にツィメルマン(ジメルマン、ツィマーマン)が自分のオケを組織して弾き振りにより、その雄弁さを明らかにしてくれたということはあったが、このジンマンの指揮するロンドン響もその意味で結構面白い。そして、ここでもアシュケナージのピアノは、美しく外連みのないピアノでショパンの若き日の慕情を切々と歌っている。

ショパンの協奏曲の場合、つい1番の方を聴いてしまうのだが、この録音により2番の魅力も以前より感じられるようになった。

参考タイミング
  アシュケナージ、ジンマン/LSO〔1965年1月〕 13:38/9:09/8:21
  キーシン(当時12歳)、キタエンコ/モスクワ・フィル〔1984年3月ライブ〕 13:03/7:40/7:53
 ツィメルマン, ポーランド祝祭管〔1999年8月〕 15:36/11:06/9:06

2008年6月28日 (土)

生活防衛術的なディジタルテレビ放送受信

このニュースがきっかけになって、ディジタルテレビチューナーへの関心が高まっているようだ。

地上デジタル放送:支援、経済的弱者に配慮 「ばらまき」の批判も

情報通信審議会(総務相の諮問機関)の部会が11年7月の地上デジタル放送への移行をにらみ、生活保護世帯への地デジ対応チューナー給付を求める答申をまとめたのは、国主導で地デジ移行を進める以上、経済的弱者への政府の支援策も不可欠との声が高まったためだ。

 地上テレビ放送のデジタル化は、高画質・高音質の番組やデータ放送などを視聴できるようにすることや、情報を圧縮して送り、電波の利用枠に余裕を もたせるのが狙い。デジタル化で生まれた枠は、需要が急増している携帯電話や「高度道路交通システム(ITS)」などに充てられるという。

 問題はアナログ放送しか受信できないテレビを持っている人に経済的負担を強いることだ。

 総務省によると、海外ではオランダ、スウェーデン、フィンランドなどが既にアナログ放送を終了。08年から地デジ移行が進むフランス、英国では政 府が基金を創設して低所得世帯などにデジタル受信機の購入を補助する。米国はすべての地上波受信世帯に受信機購入のクーポンを支給する。

 無料配布には「デジタル受信機は本来、それぞれで用意するのが原則。予算のばらまきにつながる」との批判もあるが、総務省の部会は地デジを「国全 体の利便性向上につながる国策プロジェクト」と位置付け、生活保護世帯に限れば、異例の現物給付にも理解が得られると判断した。【川口雅浩、前川雅俊】

毎日新聞 2008年6月24日 東京朝刊

地上デジタル放送:生活保護世帯にチューナー給付 アンテナ改修も--総務省部会答申

総務省の情報通信審議会の情報通信政策部会は23日、2011年7月24日に地上アナログテレビ放送 が終了し地上デジタル放送に移行することに伴い、生活保護世帯(06年度末で約107万世帯)に地デジ対応の専用チューナー(約5000円)を現物給付す る答申をまとめた。必要があれば屋外アンテナの改修(約3万5000円)などを無償で行う。「貧困世帯でも災害情報などテレビの情報伝達機能を維持するた めには支援が必要」と判断した。総務省は09年度から3年間で対象世帯への配布や工事を行う方針だ。

 地上デジタル放送移行後は、専用チューナーがなければ現行のアナログテレビでは番組を見られない。家庭によってはアンテナの改修も必要になる。対 象となるのは、生活保護世帯のうちアナログ放送を視聴している世帯で、申請に応じて現物給付する。総務省が世帯数や必要額を精査する。予算は3年間で約 50億円から最大で約375億円となる見通し。【川口雅浩】

毎日新聞 2008年6月24日 東京朝刊

大メーカーも大手量販店ももちろん大々的な宣伝はしていないが、この記事がきっかけになって、今のアナログテレビを買い換えなくてもデジタル放送が「見られる」のだという認識が結構広まったらしい。知人の話では、近所の電気店にもそういうチューナーが普通に入手できるのかという問い合わせが増えたのだという。

そこで、大手の量販店のテレビ機器売り場をのぞいてみたところ、薄型大型画面テレビ、ブルーレイディスクレコーダーなどの最新鋭機器の華やかなディスプレーの片隅に、マスプロ、YAGI、AVOXなどのメーカーがチューナーを展示していたが、特に小売店としてもポップなどで積極的な宣伝もしておらず、マスプロのものなどカタログも置いてなかったほどだった。そこで各社のホームページを調べてみた。

専業的なメーカー
八木アンテナのチューナーのページ

マスプロのチューナーのページ

AVOX(C-MEX)のページ(チューナーはメンテ中)

しかし、価格com を見れば、多くの大手メーカーも専用チューナー(ディスクレコーダーに比べれば相当廉価)を何種類も市場に出しているようだ。

なお、パソコン用のディジタル放送チューナーも発売され始めたが、パソコン本体に相当の処理能力がないと使い物にならないらしい。これには要注意だ。

我が家ではアナログテレビの音声が接触不良か何かでテレビ本体から出なくなってしまったこともあり、この際薄型テレビに買い替えを検討しているが、実家などではまだ十分きれいに見られるブラウン管型テレビを買い換えるのももったいないので、このようなチューナーを奨めようかと考えている。(UHF放送が始まったときにもコンバーターというのがセットトップボックスとして各家庭に導入されたが、それと同じ感覚だろうか)。

名曲探偵アマデウス 事件ファイル#10 シューマン『子どもの情景』

事件ファイル #10 シューマン「こどもの情景」 ~ピアニスト刑事(デカ)、危機一髪~ 依頼人橘(たちばな)明日香 (斉藤由貴)  職業 女優

今週初めの日曜日6月22日のBS2(アナログと表示されるようになってしまった)を録画していたものを、次男の授業参観日が午前中に終り、午後の寛ぎの時間に見始めたのだが、今度は前回の『月光』と違って冒頭部分が録画されていなかった。それで、この「事件」のプロローグが分からないまま、番組を見ることになった。

今回の演奏者も仲道郁代さん。解説も玉川大学の野本准教授の出演。

斉藤由貴と言えば、私自身はそのドラマを見ることはなかったが、確か「スケバンデカ」シリーズに出演していたのではなかっただろうか。それで、ピアニストデカというのだろうが、何しろイントロ部分を見ていないのでなんとも言いようがない。彼女は、先々週まで放映していたNHKの木曜日ドラマの『バッテリー』(原作 あさのあつこ)という少年野球ものの主人公の口うるさい母親役を演じており、その素のままで演じているような口うるさいオバサンぶりには、若かりしアイドル女優を知っているものにとっては結構驚きだった。閑話休題。

ところで、この『子どもの情景』というピアノ曲集については、このブログでもケンプ、ホロヴィッツ( )、アルゲリッチアシュケナージブレンデルなどで直接間接に取り上げたことがあったり、あの有名な『トロイメライ』が収録されており、ピアノ演奏技術的にもそれほど高度ではない曲もあり、つまみ弾きするのに一応楽譜も持っていたりして、古くからのなじみの曲集だ。オムニバスLPの『トロイメライ』は確かケンプのものだったと思う。

さて、番組だが、この女性刑事を演じる女優が、舞台でピアノを弾くことになったが、子どもの頃のトラウマなどが原因でピアノを弾けなくなり、天出探偵と、カノン助手の事務所に相談にやってきたということらしい。その謎を解くのは探偵の任務というよりも心理カウンセラーが適任ではないかと茶々を入れたくなったが、仲道郁代さんの模範演奏は、端正で細やかなものでなかなか素晴らしいものだった。先週の『月光』もそうだが、いわゆる「弾けている」ピアニストだと思った。

この番組の特徴であるアナリーゼ的な部分では、第1曲のシソファミレの動機(音型)が、全曲に統一感を与えているというのが第1ポイントだったようだ。演奏としては、第1曲『見知らぬ国々と人々』、第3曲『鬼ごっこ』、第4曲『おねだり』、第9曲『木馬の騎士』、第10曲『むきになって』とドラマ仕立ての中で演奏され、その後国立音大の藤本一子さんがシューマンにおけける文学と音楽の結びつき、暗示的な題名というようなことを話していた。

曲中の白眉であり、シューマンの最も知られたメロディーとされる『トロイメライ』(白昼夢と訳された:いわゆる Daydream believer に通じる)の分析が番組的な主眼で、これにより女優のトラウマが解消されたようだが、その辺が筋書き的に飛躍があったのか、よく理解できなかった。この曲は、諸井誠『名曲の条件』(中公新書)でも取り上げられていたが、その解説よりもこちらのテレビ解説の方が分かりやすく、メロディー冒頭のドの音(途中で転調するが)の長さが初めは四分音符、次が八分音符、最後が前打音(装飾音符)というように短くなっていく不規則性によりファンタジーを生んでいる巧妙な技といような解説だった(ような気がする)。

最後に、仲道郁代氏の演奏が流され、テロップで、第1曲(6度の音程 シとソ が全曲を結びつけ)、第7曲トロイメライ(白昼夢)ではヘ長調が主調だが、途中に重要なハ長調の和音が重要で印象的であること、第12曲『子どもは寝入る』、第13曲『詩人は語る』で途中カデンツァレチタティーヴォが出るが、このカデンツァレチタティーヴォで引用される音楽のことについては触れらていなかったのは、少し手抜きだろうか?それとも見落としか?(幻想小曲集の第2曲「飛翔」の引用:1830年代後半のシューマンの人生と創作(1836年~1839年)の項)

このようなミニチュアールの曲集においても仲道郁代氏の演奏が聴き応えがあったのが、収穫だった。

追記:2008/06/29

最近、シプリアン・カツァリス(Cyprien Katsaris)のTeldec レーベル録音で、この曲集が収録されたCDを入手した。このほかにOp.82『森の情景』, Op.124『アルバムの綴り』 (Albumblatter)[全20曲]が収録されているもの。輸入盤で、録音日時、ロケーションが記されていないが、マルP, マルCが1986年とあるので、その頃の録音だと思われる。ヴィルトゥオーゾで知られるカツァリスの演奏なので少し構えた気分で聴き始めたが、技術の余裕のためもあるのだろうが、大変叙情的で透明感のある仕上がりに聴こえる部分と、ヴィルトゥオーゾの血が騒ぐのか第9曲など少々煩いほどの音響の部分が交じり合う。ただ、本来聞き逃すような声部を独自の解釈で拾い上げるようなこともしているのがちょっと面白い。

2008年6月26日 (木)

今日6月26日が誕生日なのは

今日は長男の誕生日で、先ほど誕生祝いの夕食を食べたところだ。私達両親や祖父母、叔父たちから誕生日、クリスマスといろいろなプレゼントをもらってきた彼だが、その多くが玩具類だった。狭い家の上、男の子二人の玩具が溢れかえってしまい、まさに身の置き所がない状態。最近のプレゼントは、本にしているが、その本も新刊書だけでなく、ブックオフが身近にあるため、つい簡単に買い与えてしまいこれも本棚から溢れかえっている。わが身を振り返っても、CDと本の山がいくつも出来てしまい、辰巳渚さんのような『捨てる技術』が身に付かず、捨てたりブックオフで売ったりすることに逆に罪悪感があり、溜まる一方になっている。

今年の誕生日は、鉄道研究会に所属したのを記念して、鉄道関係の書籍を数冊プレゼントした。今はひそかな?鉄道ブームらしく、マニアでない一般人が読んでも楽しそうな本も出ており、わたし自身も楽しめそうだ。

さて、これまで知らなかったが、指揮者のクラウディオ・アバドが1933年6月26日生まれで、今日が誕生日なのだという。既に75歳になったわけだ。私が20代の頃は、マゼール、メータ、ムーティ、オザワなどと並んで、次世代のホープだったアバドだったが、ミラノ、ヴィーン、ベルリンと主要ポストを歴任しながらも、やはり先にあげた同世代の指揮者たちと同じく、かつての巨匠たちのような成熟感が感じられないままの印象を持ち続けている。ベルリン後は、大病を克服し、ルツェルンなどでも活躍するなど決して深化していないわけではないのに、こちらの音楽の受容スタイルというか固定観念がそういう枠組みを作り出しているのかも知れないが、いつまでも颯爽としたアバドのイメージがぬぐえないでいる。

アバドの音盤はあまり縁がなく、帰宅するときにそのことを考えながら頭の抽斗を探ってみたのだが、一番初めに思い出したのはあまり印象がよくなかったモーツァルトの交響曲第40番と41番(ロンドン響)だった。そのほか、何があっただろうかと、CDの山を探ってみると意外にいくつか見つかった。古い順では、ロンドン響とのペルゴレージ『スターバト・マーテル』。ハイドンの交響曲第95、101番(ヨーロッパ室内管)。トランペット協奏曲(ハーセス、CSO)。モーツァルトのピアノ協奏曲第20、21、25、27(グルダ、VPO)。 9、17番(R.ゼルキン、ロンドン響)。先に挙げたロンドン響との交響曲40、41番。Live Classic の35番(ヨーロッパ室内管)、38番(トリノRAI管)ブラームスのピアノ協奏曲第1番(ヴェーバー コンツェルトシュトックも ブレンデル, BPO, ロンドン響)チャイコフスキーとショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲(五嶋みどり、BPO)マーラーの交響曲第4番(VPO)ヤナーチェク『シンフォニエッタ』(ロンドン響)。『アダージョ・ヴェルディ』から『行け、わが思いよ、金色の翼に』など。プロコフィエフの古典交響曲(ヨーロッパ室内管)とピアノ協奏曲第3番(アルゲリッチ、BPOとの名盤)。ヴァイオリン協奏曲第1番(ミンツ、CSO)。バルトークのピアノ協奏曲第1、2番(ポリーニ、CSOとの名盤)。先日購入したストラヴィンスキーの『プルチネルラ』と『火の鳥』(ロンドン響)、と結構な枚数があり自分でも驚いた。(7/5追記 アバド/VPOによるブラームスのハンガリー舞曲全曲のCDもあった。7/18追記 アバド/ヨーロッパ室内管によるシューベルトの交響曲第5番&第6番のCDもあったし、ポリーニとのブラームスピアノ協奏曲第2番もあった。)

LP時代は、上記のグルダとのピアノ協奏曲と、マーラーの5番の交響曲(CSO)とリュッケルトの詩による歌曲のカップリングがあった程度だ。この"5 Lieder nach Ruckert" は、交響曲の少々生硬な感じよりもゆとりがあって本当に美しい演奏で音楽だと感心した記憶が今でも強く残っている。

その活躍の多彩さに比べて、どちらかと言えば関心の薄い方の音楽家ではあるが、どうも理由は分からない。メータもムーティもマゼールも同じ程度なので、どうしてもその前までの世代の音楽家の方に関心があるからというのが最も素直な理由だろうとは思う。

今晩は、久しぶりにモーツァルトの『ジュノム』協奏曲を取り出して聴いている。

晩年のルドルフ・ゼルキンは、モーツァルトをアバド/LSOと、ベートーヴェンを小澤/BSOと録音してくれて、どれも味わい深い演奏を聴くことができる。アバドがオーケストラと作る音楽が、ゼルキンの音楽の万全なサポートであるかは分からないが、この若書きとはとても思えない『ジュノム』(昔は「わこうど」と訳されたこともあるのだそうだ)の深い音楽世界を味あわせてくれるものであることは確かだ。こうしてみると、結構協奏曲の指揮が多いのは、彼に対する自分の関心を象徴しているのかもしれない。

2008年6月25日 (水)

ココログのデザインを変更

これまでのデザインが少々目に辛くなってきたので、思い切って横幅を「可変」というモードに変えて、フォントも小主体から中主体に変更してみた。

まだ慣れないので読みづらいような気もするが、しばらくこれで続けてみたい。

自分が中学生の頃、本好きの両親が文庫本の活字が読めなくなってしまったと嘆いていたが、自分もその年代になってしまったのだと思うと、なかなか感慨深いものがある。それでも現代は、熟年層を対象に文庫本の活字が大きくなった新装版も出ているし、このようなディジタルメディアではフォントの変更はお手の物で、例の任天堂DSのDS文学全集もフォントの調整は可能になっている。そういう意味では、技術の進歩がユニバーサルデザイン的なものを助長しているとは言えるのだろうか?

2008年6月24日 (火)

ケンペ/SKD の『ティル・オイレンシュピーゲル』

Kempe_skd_alpine_symphony ルドルフ・ケンペという指揮者は、結構聴いているような気がしていたが、音盤的にはほとんど持っていないことに改めて気がついた。チョン・キョンファのブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番のオケの指揮がこのケンペでオーケストラは、ロイヤル・フィルハーモニーというのが唯一の音盤だったようだ。(併録は、プレヴィン指揮のロンドン響とのシベリウスのヴァイオリン協奏曲)

またしても、ブックオフでの購入だが、一時期リマスタリング(チャイコフスキーの弦楽四重奏曲)に不平を言ったことがあるEMICLASSICS 決定盤1300シリーズの R.シュトラウス『アルプス交響曲』のフィルアップに、『ティル・オイゲンシュピーゲルの愉快な悪戯』が収録されており、聴いてみたところ、まさに魅了されてしまった。

主にケンペの活躍は、ミュンヘン・フィルとのものだったように記憶していたが、そういえばこの時期、シュターツカペレ・ドレスデンとこのリヒャルト・シュトラウスのオーケストラ曲集をまとめて録音していたのだった。この『アルプス交響曲』などは、人気ランクで上位によく入るものだったと思うが、曲自体にあまり魅力を感じなかったので、手持ちのアシュケナージ/CLOのものがあればいいと思っていたところがある。

例のブックオフの廉価価格なので、ケンペを一度聴いてみたいものだとつい購入してしまったが、1970年のアナログ期の東独でのEMI録音にしては、結構マルチマイクなのか、楽器の分離もよく、音色もくすみがなく、明快で歪のない音響を聴くことができる。SKDは、主にブロムシュテットの指揮のものをこれまでよく聴いてきたが、指揮者に対する反応も鋭敏なようで、他のケンペの指揮のものを残念ながらほとんど知らないが、細部までゆるがせすることなく、明快に演奏しつくしている。そこに、これはケンペの指示による表情付け、音色指示なのだろうか、なんとも多彩な表情が聞き取れる面白い聴きものになっている。

以前、セル、ベーム、カラヤン、アシュケナージの指揮でこの曲を聴き比べをしたことがあったが、中ではセルによる場面転換の鮮やかさに相通ずるものがあるように思った。SDKもリヒャルト・シュトラウスが指揮台に立ったことのある関係深いオーケストラであり、シュトラウスの演奏の伝統とそれへの矜持のようなものを持っているようにも思える。

本当に生彩に富んだ愉快なティルだった。ケンペのイメージは、実直なドイツのカペルマイスターで地味なイメージをこれまで持って来たが、この生気溢れる音楽は今更ながら驚かされた。

EMI CLASSICS TOCE-13060  14:36  1970年6月 (あのドレスデンのルカ教会での録音とのこと)

なお、アルプス交響曲は、1971年9月録音で、トラックナンバーが1から22まで切ってあり、場面場面の描写の確認にも便利だ。

P.S. 久しぶりにチョン・キョンファによるブルッフの協奏曲を聴いている。先日感心したハイフエッツの録音や、聴きなれたコーガンのものに比べるとソロは少し没我的で自己陶酔しているかのようだが、第2楽章、ケンペの指揮するロイヤルフィルによるちょうど『アルプス交響曲』の主題によく似た部分など、これまでオケに注目することはあまりなかったが、なかなか素晴らしい音楽になっていると感じた。

2008年6月22日 (日)

Firefox3に続いてFFP3 が公開されていたので使ってみた

2008年2月24日 (日)  新聞記事「持ち運べるブラウザー」を実験 で、USBメモリにインストールできて外出先のPCや知人等のPCからでも、そのPCの足跡を残すことなく利用できるポータブルブラウザ Firefox Portable 2 の日本語化を試してみた。これ自体上手くいったのだが、実際に出張先にUSBを持っていくこともなく(というのもUSBなどの外部記録媒体の業務使用が非常に厳しく管理されているため)、机上に眠っているのが実情ではある。

Firefox3が公開され、早速そのポータブルの後継、「USBメモリで持ち運べる「Mozilla Firefox, Portable Edition」v3.0が公開」 6月20日14時32分配信 Impress Watch  という記事を YahooのMozilla関連の記事  から見つけた。

「ダウンロードページの“Languages”リンクから日本語版をダウンロード可能。なお、解凍したファイルの合計サイズは約34MB。」とのことで、以前の新聞記事のような操作をしなくても大丈夫らしい。

Impress の元記事、窓の杜のサイトを探すとそこに、同じ記事の内容とリンク先が既に掲載されていた。

ここから http://portableapps.com/apps/internet/firefox_portable に行き、
英語版の Launguages リンクから 日本語のダウンロードを選んでインストーラーをデスクトップにダウンロードしてみた。なお、英文で各国語のインストールの方法が2種類出ているが、完全にはそれに従わずに下記のようにやってみてうまく行った。

1.日本語のインストーラーをデスクトップなどにダウンロード

2.USBに以前のFFP2などが入っていれば削除。

3.USBに適当なフォルダ FirefoxPortable3 などを作成

4. 1でダウンロードしたインストーラーの展開(解凍)先を3のフォルダにして展開してやると、1分程度でインストールが完了。

5. もし現在HDDにインストールしているブックマークなどがあれば、ブックマークの管理からHTMLとしてエクスポートしてやり、それをポータブル版の方でインポートしてやることで、ブックマークの同期化が図れる。

簡単にできたが、元のポータブル独自のブックマークのバックアップなど自己責任でトライしていただきたい。

2008年6月21日 (土)

コリン・デイヴィス/BSOの『夏の夜の夢』の音楽

今日は、天文学上の夏至の日 Midsummerではあるが、キリスト教の聖ヨハネの日Midsummer Day は、毎年6月24日なのだそうだ。そして、そのEve が6月23日とされているとのこと。

ただ、それでも、輸出関係の仕事で調べてみると、フィンランドあたりは、6/21の夏至(今回は土曜日だが)とその前日の6/20は休日になるようでもある。北欧諸国は特に夏至を大切にするとのことで、ノルウェーやスウェーデンでも同様に夏至を祭るらしい。IKEAの広告は見かけなかったが、今年も夏至祭をやったのだろうか? 日本では、ちょうど梅雨の真っ最中でもあり、夏至祭りというのは古来から盛んではなかったのではないかと思う。冬至の南瓜やコンニャク、柚子湯に類するような民俗行事があるのかよく知らない。

さて、以前、セル/CLOのCDで感激を新たにして、最近プレヴィン/VPOの有名なCDのことも書いたが、結婚披露宴のBGMに使ったなどとおりに触れて書いているコリン・デイヴィス指揮BSOの思い出深いCDを久しぶりに聴いてみたところ、これはこれでみずみずしい音楽が聴けて驚いた。

PHILIPS 420 653-2  メンデルスゾン=バルトルディ (1809-1847)
交響曲第4番 イ長調 作品90『イタリア』 10:55/6:46/6:47/5:45
『夏の夜の夢』 序曲作品21 11:22, スケルツォ作品61-1 4:44, ノットルノ作品61-7 6:00, 結婚行進曲作品61-9 5:15  

サー・コリン・デイヴィス指揮ボストン交響楽団 〔1976年1月、ボストンでの録音〕

序曲は、こんなに表情豊かだっただろうか?低音も録音の関係かボストンのシンフォニーホールの特徴か少しもやついてはいるが、音楽は聴いていてウキウキしてくるようなごキゲンな演奏で驚いた。メインプロの『イタリア』交響曲の録音がどうも低音抜けのようなバランスのため、『夏の夜の夢』も同じようだと思っていたようで、思い込みというのも怖いものだ。スケルツォも、夏の短夜に飛び回るケルトの妖精たちの姿を思わせる軽やかでひそやかなものだし、ノットルノ(夜想曲)はBSOのホルンも好調で豊かでメローな音楽を味わえた。結婚行進曲は、戯曲の中では滑稽な場面で使われるものなのだが、ここでの演奏はまことに正々堂々とした格調の高いもので、生真面目に演奏されている。

このCDも、初代のヤマハCDプレーヤーの時代に購入したもので、『イタリア』の低音には不満を持ちながらもそれは何度も何度も聴いたものだった。

サー・コリンは、一時期は小澤のボストン響の音楽監督の対立候補だったということで、これらの録音のほかに、シベリウスの交響曲全集を録音しており、その評価も一時期は大変高いものだったように記憶している。

外は梅雨の雨で、室内はひどく蒸し暑い。こんな時期には爽快なヨーロッパの6月の短夜を感覚的に思い起こすよすがはこの音楽くらいだろうか。

参考:
◎セル/CLO  序曲 11:29, スケルツォ 4:14, 夜想曲(ノットルノ)6:13, 間奏曲 3:22, 結婚行進曲 4:51
◎プレヴィン/VPO 序曲 12:04、スケルツォ 4:41、情景と妖精の行進曲 1:52、『まだら模様のお蛇さん』(2Sp, 女声合唱) 4:15、間奏曲 3:24、夜想曲 6:39、結婚行進曲 5:14、 プロローグ~葬送行進曲 0:24+1:03、道化師たちの踊り 1:39、情景と終曲 5:46

P.S. なおアメリカ映画『夏の夜の夢』で使われている序曲は、小澤/BSOの録音(DG盤)のものだ。

2008年6月19日 (木)

録画に失敗 名曲探偵アマデウス 事件ファイル#9 ベートーヴェン『月光』ソナタ

事件ファイル #9 ベートーベン 「ピアノ・ソナタ“月光”」 ~狙われた花嫁 ~ 依頼人 曽名田 ひかる(西尾まり) 職業 OL 6月15日(日)11時過ぎに放送されたのをビデオ録画しておいて、昨日水曜日の夕食の時に見たのだが、番組のちょうど中間あたりで、なぜか録画が終了してしまっており、いつものように探偵の推理の結論までを楽しむことが叶わなかった。

ピアニストのゲストは、仲道郁代さん。最近、ベートーヴェンの演奏にも力を入れているとのことで、解説の玉川大の野本准教授がレクチャーしながら弾いてくれた演奏とはやはり格段の差があるなと、野本氏には失礼ながら思った。

この仲道氏、妻が一緒に聴きに行ったことがあるというので、思い出してみると、ピアノのソロではなく、あのフルートの工藤重典氏、チェロの林峰男氏とのトリオで当時住んでいた長野の田舎に来演して、ハイドンやヴェーバーのトリオなど珍しい曲目や、フォーレの『夢のあとに』、サン・サーンスの『白鳥』などポピュラー名曲をやってくれたのだった。仲道氏のソロの演奏を聴けたわけではなく、ピアノとしての印象があまりなかったのですっかり忘れていたのだった。

ところで、今回のピアノソナタ 第14番 嬰ハ短調『月光』のアナリーゼで、興味深かったのは、冒頭楽章の分散和音が、終楽章のやはり分散和音に使われているということ、また冒頭楽章の低音部の最初の三つの音が、第二楽章の主題にも使われているということで、素材の統一が図られているという点の指摘だった。また、第1楽章と第3楽章にナポリ和音が使われており、それが非常に効果的だということだった。

ちょうど、仲道氏が、第3楽章の猛烈なピアノでの上昇主題とスフォルツァンドでの2回の和音の実演をしてくれているところで、録画が切れてしまったので、このミステリーの結末がどうなったのかは分からず、残念だったが、これまでオーケストラ曲に興味を持っていた長男が聴いてみたいというので、先日感心したブレンデルの『月光』をステレオ装置でスピーカーから流してみたところ、「へー、すごい曲だねー」と素直に感心していたので、今後の楽しみが増えた。

今晩は、いつものステレオイアフォンで、シュナーベルの全集から『月光』を聴いているが、第1楽章のサーフェースノイズが盛大なのには改めて驚いた。それに比べて、第2楽章、第3楽章はまあ聴ける音になっている。第3楽章は、シュナーベルらしい挑戦的なテンポで、非常に迫力のある音楽になっている。フレーズの長さと推進力が素晴らしい高揚感を生み出してくれる。天邪鬼のようだが、このような演奏のどこが(いい意味でもそうではない意味でも)「精神的な」演奏なのだろうか?確かに精神の高揚を伴い、高尚で真摯な姿勢の音楽だということは感じられるが、それよりももっとダイナミックで生気に溢れた音楽という趣の方が強いように思うのだが。

追記:6/21(土)夏至の日 早朝3:40

「録画に失敗」と書いたが、同じ放送を録画した方のブログ(★My Tiny Little Piano World★ 征爾とユンディの再放送)によると、当日の放送時間の変更で最後の15分間が収録できなかったらしい。BShiでは再放送(BShi 6月21日(土) 午後0:45~)があるようなのだが、BS2でも再放送を望みたいものだ。

このところずっと寝つきはよいのだが、大体4時ごろに目が覚めてしまい、その後うとうとするような睡眠が続いている。今晩は、土日が休みなので、パソコンに向かい雑文を書き付けているが、夏至祭の夜(聖ヨハネの日)というのに、梅雨の本格的な雨が降り始めた。先日入手したストコフスキーの編曲集(Transcriptions for Orchestra by Leopld Stokowski カンゼル指揮シンシナティ・ポップスによるTELARC盤)を聴いている。この中に、何とベートーヴェンの『月光』の第一楽章がオーケストレーションされたものが収録されているのだ。原曲のピアノ演奏ほど印象に残るものではないが、それなりに工夫されている。この中では、ディズニーの初代『ファンタジア』本編に未収録となったドビュッシーの『月の光』が美しい音で聴くことができ、ぼんやりとした頭に心地よい。こちらの編曲もピアノ原曲に比べるとムード音楽的になっており、冴え渡った秋の月光というよりも、朧に霞んだ月の光の風情で、これはこれで面白い。前の記事ではドビュッシー的なオーケストレーションと書いたが、豪勢な鳴り方はストコ節だろうか。なお、このCDの最後には、ストコフスキー編曲版の『禿山の一夜』も収録されている。

ちょうど今晩は夏至のイブで、『夏の夜の夢』もこの『禿山の一夜』もこのイブ(正確には、6月24日が聖ヨハネ祭で、その前夜が聖ヨハネ祭のイブということらしい)が舞台になっているらしい。

2008年6月18日 (水)

Firefox 3 が正式ダウンロード開始

Download Day 2008

追記: 2008/6/21 7:40AM

どうやらギネス記録認定作業中とのこと。24時間で800万件。開始からは1400万件。それにしても、アメリカのダウンロード数は群を抜いている。日本時間6/21現在ではアメリカ412万、ドイツ119万、日本77万の順のようだが、イラクが48万とヨーロッパ諸国に伍して上位なのは駐留軍のためだろうか? 

なお、日本版のFirefox 3の灯という統計データとグローバル版では、ダウンロード数に大きな誤差があるようで、灯版は46万件となっている。ただ、このサイトも面白くて都道府県別の件数も分かるようになっており、東京約15.9万、神奈川5.7万、大阪3.6万、千葉2.1万、愛知2.1万、埼玉1.8万、兵庫1.6万、北海道1.3万、福岡1.1万などの順のようだ。宮城が5千件程度というのは、意外だ。

Firefox 3 の 製品情報の説明 は、こちら http://mozilla.jp/firefox/ 
いろいろ機能がついたようだが、安定性、安全性、高速性が優れていることが肝心なので、そんなにカスタマイズ機能が必要とは思えない。

なお、Internet Explorer も 8が 登場するらしいが、どうなることだろうか? XP SP2 でも何故か上手く動かなかった IE7については文句たらたらで、これが Firefoxへの乗り換えのきっかけだったので。

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http://www.spreadfirefox.com/ja/worldrecord/

ついに Download Day が来ました!
ギネス世界記録への挑戦
より良い Web 体験を楽しもう                   

24 時間最多ダウンロードソフトとしての世界記録挑戦に、あなたも参加しませんか? その方法は、とっても簡単。Firefox 3 を今すぐダウンロードするだけです。剣を飲み込めとか、顔に 30 本スプーンを乗せてバランスを取れとか、そんな無茶なお願いはしていませんよ。            

UTC 時間 2008 年 6 月 18 日 17 時 までに Firefox 3 をダウンロードしてください。この時間は、アメリカのマウンテンビューでは午前 10 時、カナダのトロントでは午後 1 時、ブラジルのリオデジャネイロでは午後 2 時、ヨーロッパのパリ、マドリード、ローマ、ベルリン、ワルシャワでは午後 7 時、ロシアのモスクワでは午後 9 時、中国の北京では翌 19 日の午前 1 時、日本の東京では同午前 2 時にあたります。

本日、Firefox3が正式リリースされて、ダウンロードできるようになった。ギネス世界記録にどのような意味がるのか分からないが、早速、Firefox2に上書きインストール(といっても、3のsetup.exeをダウンロードしてインストールするだけ)してみたが、少し動作が素早くなったように感じる。インターフェースは、アイコンの色や形が少し変わった程度で、使い勝手は"2"と大差はないようだ。

知らなかったが、このFirefoxは、一時期はIEと覇を争ったNetscapeをベースにしているのだという。MSにしても、Googleにしても、一企業、一国家が独占、独裁的な地位を占めるのは好ましくないという意味からも、Firefoxのキャンペーンには意味があるのだろう。

P.S. 2008/06/21 追記

電網郊外散歩道のnarkejpさんもダウンロードされ使い始められたとのことで、コメント、トラックバックをいただいた。記事にTBさせていただいた

 

2008年6月17日 (火)

6月の6番は

1月から、その月の数字に関係する曲の聴き比べなどをやっている。

6番で一番初めに思い浮かぶのは、やはりベートーヴェンの交響曲第6番『田園』だろうか。チャイコフスキーの『悲愴交響曲』も6番だし、マーラーの『悲劇的』と呼ばれる交響曲も6番。また、相変わらず、バッハの器楽曲集では、ブランデンブルク、ソロ・ヴァイオリン、ソロ・チェロ、パルティータ、フランス組曲、イギリス組曲など6曲セットのものが多いので6番はいくつもあるようだし。6曲は、どういう歴史的な経緯があるのかセットと考えられていて、ハイドンもモーツァルトもベートーヴェンも6曲を1セットとして出版したり献呈したりしたことがあったようだ。

マジカルナンバー7というが、ヨーロッパでは12をダースとして一単位にし、その半分6もひとくくりにするための有用な数だったのだろうか。時計の文字盤は12と6が天辺と一番下に記されているし。

それほど親しい曲ではないが、シューベルトにも、ブルックナーにもドヴォルザークにもシベリウスにもショスタコーヴィチにも第6交響曲がある。バルトークの弦楽四重奏曲は、第6番が最後の作品だ。

ここでは、まったく想定外だったが、DHM50枚組みのDISC6 が バッハのロ短調ミサ曲の1枚目にあたるので、このトーマス・ヘンゲルブロック指揮フライブルク・バロック・オーケストラ、バルタザール=ノイマン合唱団による録音と、以前ここでも取り上げたブリュッヘン指揮の18世紀オーケストラの録音の聴き比べを楽しんでみようかと思っている。

ヘンゲルブロック、フライブルクのバロックオーケストラという名前はほとんど親しくないが、以前、"Wein, Weib und Gesang" ブログの記事で目にしたのを思い出した。生演奏で、モーツァルトの『レクィエム』とヘンデルの『メサイア』を聴かれた記事だが、このロ短調ミサの美しい演奏から想像して素晴らしい聞き物だったことだろうと思う。 

聴き比べは別記事で。

朝日新聞でも取り上げられた多摩動物公園のベビーブーム

チーター、キリン…赤ちゃん続々 東京・多摩動物公園  2008年6月17日19時3分 (田内康介) firefox2のブックマークツールフォルダを見ていたら、この記事が目に留まった。いろんなブログやYoutubeなどの動画投稿でも注目されているようだ。

今日は、赤ちゃん動物ではないが(昨日のウォンバットは高齢記録らしい)、我が家のお気に入り、サーバル(キャット)。NHKの『ダーウィンが来た』のサーバル特集で一躍注目されたが、この日はチーターが注目を浴びているのに拗ねてか?結構草むらでふて寝?をしていた。しかし、時にはムックリと起き上がり、優美な雄姿を見せてくれたのだった。

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次は、チンパンジーによる蟻塚で道具を使って餌を取るの図。

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ここでも、幼いチンパンジーたちが見られた。母チンパンジーにおんぶされて行く、子チンパンジーの図。

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追記:そう言ういえば、ちょうど、2年前の6月は、私の多摩動物公園デビューだった。2006年6月 4日 (日) 多摩動物公園を見学 このときに比べると、インドサイの飼育場、マレーバクのそれ、ウォークインバードケージ、もぐらの家などが新設、改築されていた。今回は、オオカミより奥の方のオランウータンや、ユキヒョウなどは回らずに、前回見逃した昆虫生態館やアフリカゾーンをゆっくりと見たのだった。

2008年6月16日 (月)

多摩動物公園 ウォンバットのチューバッカ君 20数歳

次男は、以前 横浜の金沢動物園で見たウォンバットが気に入ったとのことで、この動物園のウォンバットも見に行った。ちょうどオオカミ舎の裏側がオセアニアエリアで、人気者のチューバッカ(映画『スターウォーズ』の宇宙船の操縦士の名前)君を見ることができた。なかなか顔をこちらに向けてくれずにいい写真が取れなかった。

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多摩動物公園 オオカミ王ロボとイヌガミのモロ一家

モスクワ動物園から来園したロボ(雄)とモロ(雌)の家族。成獣だけで10頭も見られた。8頭の成獣は息子、娘なわけで、少し手狭な感じだ。ここに新たに4頭ほどの子オオカミが誕生した。

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モロと今年の春生まれた幼獣が寄り添っていたが、兄弟姉妹が忙しく駆け回り落ち着かない様子。

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部分的にトリミングして拡大してみた。

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モロが離れてチビスケが一頭になった。

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真ん中の枯れ木の根元にもチビスケが一頭。

この成獣は、飼育場の一番下部の堀の間際まで降りてきたもの。電気柵をくぐって出たものらしい。苦労してまた登っていったところ、ロボかモロか兄弟姉妹かにひどく叱られて、尻尾を巻いて逃げ回っていたのが哀れだった。

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総合系BLOGにリンクを貼らせてもらっている Wolf Wolf Wolf (koutaさん)の記事 2008年 06月 19日 今年も多摩動物公園で赤ちゃん生まれるにトラックバックさせてもらった。長男がオオカミに興味を持つようになって、こちらのブログで多摩のオオカミの赤ちゃんのことを知ることができたのだった。特にこの記事 2005年 04月 30日 多摩動物公園のヨーロッパオオカミの赤ちゃんその後の写真に魅了されたのが、多摩に行ってみるきっかけだった。

多摩動物公園 チーターの幼子たち

ユキヒョウの赤ちゃんも生まれたということだったが、そこは場所が遠いので、昆虫館の後は、すぐ隣にあるチーターの赤ちゃんを見に行った。人気があるため、一応一列で立ち止まらないように見学くださいという係員の声掛けがあったが、余りの愛らしさに皆立ち止まってしまっていた。カメラを構えている人も多かった。それでも長蛇の列ではなく、一回見て、また列の最後尾に並べば何度でもゆっくり見ることができるほどだった。

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多摩動物公園 昆虫館の美しき蝶たち

6月15日(日)に、今度はクルマで出かけてみた。前回は電車とモノレールを乗り継いで行ったが、カーナビに頼って行くと案外すんなりと到着できた。片道30km弱で、一時間程度。駐車場は公営のものは臨時駐車場以外はないが、私営のものが周辺で客寄せしており、安いところは600円、高いところは1200円程度だった。800円のところが空いており停められたのは幸運だった。

前回2006年に訪れたときには、開園時間の関係で見られなかった昆虫生態館に初めて入ってみたが、大変広大なドーム状の飼育施設で、多くの蝶がまさに乱舞しており、圧巻だった。

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2008年6月15日 (日)

名曲探偵アマデウス 事件ファイル#8『フィンランディア』

2008年5月25日 (日) 小復活 名曲探偵 7 モーツァルト ピアノ協奏曲第20番ニ短調 に続いて、6/8(日)夜、NHK BS11(BS2アナログ)放映の事件ファイル#8 シベリウス「フィンランディア」 ~美酒は謎の味わい~  依頼人 小樽もろみ (須藤理彩) 職業 酒蔵の若女将 をようやく昨日 6/14(土)にビデオ録画を見ることができた。

BS Hivision では、既に#9「ベートーヴェンの月光」(6/15今夜BS2で放送されるが)が放映されており、#10「子どもの情景」、#11「幻想交響曲」、#12「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番」の放映予定が出ている。NHKが現在のBSアナログを導入したときと同様、早く新しい方式で見なさいとでも言うような強引な視聴者誘導が垣間見られて少々鼻白んでしまう。

さて、シベリウスの『フィンランディア』。オーケストラリスニングの入門曲でもあり、コンサートのアンコールなどの定番でもあり、また合唱曲としても知られ、これまでほとんど分析的な聴き方をして来なかった。おぼろげに、帝政ロシアの圧迫への反抗を音楽で描き、フィンランド独立への気運を高めた曲だという程度の知識しかなかった。

この番組では、その辺りのことも要領よく解説してくれていて、今回も結構ためになった。フィンランドに当たるのが、老舗酒造。近所に大規模醸造工場を建てた大手酒造メーカーが帝政ロシアという図式らしい。若くして蔵元を次いだ女将が、生き残りのため伝統的な手造りを廃止し、合理化・効率化を図ろうとしたところ、古くから酒蔵を支えてきた杜氏の「ゲン」さんが、「フィンランディアを聞いてほしい」とのメッセージを残して失踪したというのが、相談内容だった。

フィンランドは、隣国スウェーデンとロシアの両方から圧迫され、何とスウェーデンからは1155-1809年まで支配を受け、1809-1915までをロシアに支配され、ようやく1917年に独立したのだという。(なお、ベルグルンド盤の交響曲全集のパンフレット(菅野浩和氏)によるとシベリウス一家も、第一言語はスウェーデン語で、シベリウス自身教育はスウェーデン語で受けたのだという。)

『フィンランディア』は、まさにフィンランドという祖国への讃歌であるが、主部のフィンランド民謡風のメロディーに至るまでの激しい序奏的な部分のモチーフは、いくつかに分析されているのだという。これがこの番組の主眼だった。解説は、シベリウスの専門家である指揮者新田ユリ氏。

冒頭の低音域(ホルン、トロンボーン、チューバ)での下降音型が「苦難のモチーフ」と呼ばれ、その強弱法に特徴があるのだという。音程が下の方の音を強調することにより、逆のデクレッシェンドよりも「苦難」の意味が強まるということらしい。(日本フィルの団員が分奏実験をしてくれていた。)。それに続く「闘争の呼びかけのモチーフ」は、トランペットにより吹かれるが、その最初に休符を入れることによりエネルギーを蓄えているという感じが出るのだという。なるほど、この辺りの特徴的な部分にはそういう意味があったのかと得心。

そして、曲調が明るくなり、4拍子の楽譜の上で、5拍子のモチーフが繰り返されるのが「勝利に向かうモチーフ」。5拍子を入れることでズレを生じさせながら、最小公倍数で拍の頭があった瞬間に聞くものの気持ちをいやが上にも高揚させるという仕掛が見えるとのこと。これもなるほどだ。

また、主要メロディーが木管で歌われるが、それを弦楽器のトレモロが取り囲む。このトレモロのあるなしをまた、日本フィルの分奏で実験。若い女性オーボエ奏者だった。トレモロは、どうやらシベリウスの愛する自然を連想させる音であり、響きの奥行きを広げる手法でもあるのだという。風が吹く、風がやむ。自然の息吹の質感の違いなどが表現されているようだという。「作曲に必要なのは、ピアノではなく、しずけさと自然」。

探偵は、ここに「ゲン」さんのメッセージを読み取る。個性的な手造りの酒は、自然によってゆっくる醸し出される。シベリウスのオーケストレーションも楽器群が金管、木管、弦というように音楽をりれーしながら最後にまとまる。

「ゲンさん」がむっつり、さっぱりした人柄から、この有名なメロディーが、フィンランド語の促音便(「っ」で詰まる音)の多さを意識したものだということが語られる。有名な人名でも「ライッコネン、ハッキネン」など。樹の会という男声アマチュア合唱団により、フィンランド語の歌詞の付けられたこのメロディーが無伴奏合唱で歌われるが、リズム的に促音的になる休符の部分などなるほどという感じだった。

「祖国フィンランドへの徹底的な拘りがかえって普遍性をもたらした」というのがゲンさんの最終的なメッセージということで、個性の強い手造りの日本酒は、フィンランド人杜氏である「ゲン・ハッキネン」の手でこれからも作り続けられることになったとさ。

演奏は、デュトア指揮のNHK交響楽団。どのようなコンサートのプログラムの一部として演奏されたのか分からなかったが、手抜きなしに相当気合の入った演奏だった。

放送後、長男とカラヤン/BPO、ベルグルンド/ヘルシンキフィルのCDを聴き比べた。豪華なカラヤン、細身だが清涼感があり慎ましやかなベルグルンドという感じだった。

BS2での放送は、今晩『月光』がテーマ。また楽しみだ。


2008年6月14日 (土)

ドイツ・ハルモニア・ムンディ50周年記念 50枚セットを買ってしまった

DHM と略すらしいが、SONY/BMG傘下に入ったこともあるのか、50周年記念で膨大な録音が超廉価で発売された。

初回があっと言う間に完売したという話題をいくつかのブログ記事で拝見していて残念に思っていたが、再発売が決定したという話を聞き、またもや久々に禁を破って6/10の早朝HMVに注文を入れたところ、6/13の午後には佐川急便で38*38*22という巨大なダンボールに入って届けられた。中にはクッション類はまったくなく、同時注文の2枚のCDと一緒にラップでくるまれて、それがその大きなダンボール箱の底面に軽く接着された状態で届いた。環境への負荷低減のため発泡スチロールのクッション材の使用を減らすためかと想像したが、底面の補強という点では心配の残る梱包形態だった。ただ、中のCDにはまったく異状なく、傷や凹みもなかった。英語版の表記を写すと "Deutsche Harmonia Mundi 50th Anniversary Edition"  50CDs FROM THE LEGENDARY BAROQUE AND ANCIENT MUSC LABEL とある。HMVの紹介ページはこれ

これまで ハルモニア・ムンディの名前は知ってはいたが、音盤としてはLPもCDも一枚ももっていなかった。これまで聴きたいと思っても聞けずにいたマショーやビーバー、フレスコバルディなどの作品も聞けるし、バッハの曲でもソロ・チェロ組曲やロ短調ミサ、モンテヴェルディの『ヴェスペレ』などの手持ちの音盤の同曲異演盤も聞けるのでと思い、購入に踏みきった。

何から聞いてみようか迷ったが、 31-32【モンテヴェルディ:『聖母マリアの夕べの祈り』(全曲) コンラート・ユングヘーネル(指揮&リュート) カントゥス・ケルン コンチェルト・パラティーノ】は、ガーディナーの録音で何度も聞いている曲なので、聴き比べてみようと聴き始めたところ、ガーディナーの録音が華麗で少し饒舌過ぎると聴こえるほど、まろやかで滑らかな美しさの演奏が聴けて驚いた。DHM自体、その筋では十分有名なレーベルで、私が知らないだけなのだが、このような演奏、録音を聴いてみると、「(当然のことながら)まだまだ世の中は広いものだ」と、陳腐な感想が生まれてきた。

膨大な音盤を蒐集して、未聴状態で放置することをチョモランマにひっかけてミチョランマと言うらしい(座布団数枚もの!)が、この50枚組みのCDは、多彩なラインナップということもあり、多分ミチョランマ登録されることはない!と、自分で決意する次第だ。

2008年6月13日 (金)

セル/CLO の ブラームス 交響曲第4番 

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Szell_brahms_s4 ブラームス (1833-1897)

 交響曲第4番 ホ短調 作品98

 ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

13:22/12:54/6:41/10:36 (録音年は、このCDには記載がない)
  併録:『大学祝典序曲』『悲劇的序曲』

(CD SONY SBK46330 Essential Classics シリーズ)

〔交響曲第4番:1966/4/8-9, 大学祝典序曲と悲劇的序曲:1966/10/28 出典:橋本健二さんのMusic Szellar

(この左のジャケット写真は、LP時代 セル・クリーヴランド管弦楽団の芸術1300シリーズ)

LP時代から長年聴いてきて、私の音楽鑑賞のベースの一つになってしまっているジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団のブラームスの交響曲第4番のCDをようやく入手できた。

4月の4番ということで、手持ちのブラームスの4番を下記のように何種類か聴いてきたが、今改めてこのセル盤を聴いてみて、「この演奏は尋常ではない」という感想が沸き起こっている。ちょうどルガーノライヴと呼ばれるシューマンの交響曲第2番の演奏を聴いたり、オルフェオのザルツブルクライヴでのベートーヴェンの交響曲第5番を聴いたりしたときのような熱気と興奮がこの演奏にはある。

ブラームスの後期の作品(1885)で、通常は、古い形式を用いて、その人生への諦念を表現したような、少し枯れたイメージのある曲で、後ろ髪をひかれるようだとか、晩秋だとか、どちらかと言えば寂寥的な音楽として語られることが多いように感じているが、このセルの指揮による音楽は、特にダイナミックの幅が大きく、フォルテ、フォルテシモでは鳴りのよいクリーヴランド管弦楽団を全開にしてオーケストラを力強く響かせているかのようだ。そのため、非常に陽性の音楽に変貌しているように聴こえる。

この演奏をそれこそ、何度も聴いて刷り込みになっていたので、これまで少々柔和な演奏では満足できなかったのも無理はないと改めて感じた。ヴァイオリンは、ポルタメントに近いほどの音のずりあげをしているし、ホルンは音を割るほど強奏するし、ティンパニの強打、木管群の叫びもすさまじい。全体的にいわゆるいい意味で決然とした男性的な音楽になっている。陰翳や哀愁という要素は非常に少ないように思う。ただ、意外だったのが、フィナーレのパッサカリアのテンポ。もっとがっちりして緊張感が高く速いと記憶していたが、比較的遅めのテンポを取り、穏やかな変奏などは慈しむように演奏していた。しかし、対照的なテンポの速く強奏の多い変奏では、強烈なたたきつけるような音楽での盛り上がりはまた無類の凄さを示す。非常にきっぱりして精密・明晰でエネルギッシュな音楽なのだ。

セル/クリーヴランド管弦楽団の数多い録音の中でも、取り立てて言及されることの多い録音ではないとは思うが、私にとっては、ブラームスの4番はこれを措いては十分満足できる演奏がそうはないことが改めて分かった。

併録の『大学祝典序曲』は、セルの演奏では初めて聴くが、これまたエネルギッシュな演奏になっている。元々陽気な音楽だが、上機嫌の部類の演奏だ。コーダでの『ドイツ学生歌』の再現は、ちょうど『ハイドンバリエーション』でのテーマの再現を思わせるように、非常に感動的な再現になっている。このような曲で思わず胸が熱くなるとは・・・

『悲劇的序曲』は、LPでもカップリングされていたもの。こちらは、トラジックな情緒だが、女々しくなくやはり男性的悲劇を示すかのような演奏になっている。

高校生時代からだからもう30年にもなるが、私がセルの音楽を好きになったのは、まさにこの交響曲の第4番と『悲劇的序曲』のカップリングだったことが今晩改めて確かめられてなんだかうれしい気分だ。

タイミング比較:

セル/CLO〔1966〕  13:22/12:54/6:41/10:36 

小澤征爾/斎藤記念オーケストラ〔1989年〕  12:03/11:05/6:18/9:45
ベーム/VPO〔1975〕13:18/12:06/6:42/10:23
カラヤン/BPO 〔1977〕12:48/11:05/6:04/9:57

C.クライバー/VPO〔1980〕12:45/11:49/6:04/9:12
ヴァント/NDR〔1985〕11:51/10:46/6:24/9:28

 


2008年6月12日 (木)

モーツァルト クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581 を聴く

◎レオポルト・ウラッハ Leopold Wlach と ヴィーン・コンツェルトハウス四重奏団(カンパー、ティッツェ、ヴァイス、クヴァルダ)  9:41/8:32/8:02/10:16  〔1951年録音、ヴィーン、コンツェルトハウス、モーツァルトザール〕 MVCW-19020 ウェストミンスター復刻第1期CD

◎アルフレート・プリンツ Alfred Prinz と ヴィーン室内合奏団 (ヘッツェル、メッツル、シュトレンク、スコチッチ) 9:31/6:30/7:34/9:39 〔1979/9/23-25, ヴィーン・ポリフムニア・スタジオ〕DENON 20CO-2841 (Ariola-Eurodisc原盤)

朝方は風を伴う強い雨で、出勤時に相当濡れてしまった。我が家の雨漏りは結構大きい工事をしてもらったのだが、昨夜来の雨で、また始まってしまった。まだ家の中が片付かない。

このところベートーヴェンのピアノ・ソナタを集中して聴いていたが、急にモーツァルトのクラリネットと弦楽四重奏のための五重奏曲を聴きたくなった。

このところずっと聴いていなかった曲だ。

LP時代は、DGのカール・ライスターのクラリネットとベルリンフィルのメンバーによるベルリン・ゾリステンによる演奏をスコアを眺めながら幾度となく聴いたものだった。このクラリネット五重奏曲は、クラリネットの音の魅力もあり、普通の弦楽四重奏曲や弦楽五重奏曲よりも、「入り」易いようだ。(フルート四重奏曲、オーボエ四重奏曲も同様)、木管楽器がメロディーを担うことにより、色彩的な多様さが生まれて、それが比較的初心者にも分かりやすいのかも知れない。私の知り合いのクラシックをその頃聴き始めたという人も、この曲が大好きだと言っていた。

モーツァルト1789年(フランス革命の年)の『コシ・ファン・トゥッテ』の年に作曲された曲で、既に晩年様式である透明な感覚をまとい始めてはいるが、彼岸的な親しみにくさはなく、むしろモーツァルトの室内楽の中では最も聞きやすいものではないかと思う。

最初に音盤で聞いたのは、上記LPだが、その後、プリンツによるCDを入手し、これまた長く聴いた。ウラッハによる名盤は、ウェストミンスター原盤が見つかったとかで、それまでとは格段に音質が向上したという謳い文句で発売されたもの。確かにウラッハのクラリネットのキーを開け閉めするカチカチという音まではっきり聞き取れる。1950年代のヴィーンは、バリリやこのコンツェルトハウスなど、戦後すぐとは言え、充実した音楽活動が始まっていたようだ。そこに目をつけたウェストミンスターレーベルも大したものだとと思う。

ウラッハ、コンツェルトハウスの演奏は、少し表情過多かと思うし、モノーラルということで、楽器の分離が少し苦しいが、少々退廃的な感じさえうかがわせ、今では得られないヴィーン情緒・スタイル一杯の演奏で、アンサンブルとしての一体感や様式感の見事さは素晴らしく、やはり一度は聴いておくべきなのかも知れない。ただ、(私としての現代である1970年代の演奏の)プリンツたちのよりくどさがない演奏に共感を覚える。セルではないが、「新鮮なアスパラガスをチョコレートで味付けする必要はない」からだ。

その点で言えば、ベルリン・ゾリステンの演奏は、巧いが少しドライだったと記憶する。

2008年6月11日 (水)

先日の『題名のない音楽会』と『名曲探偵』が書けないのは

帰路によく立ち寄るスーパーマーケットに、埼玉県羽生市(はにゅうし)の東亜酒造製のウィスキー『ゴールデンホース 武州』というのが置いてあり、地ウィスキーというのも面白そうだと思って購入して、夕食後飲み始めたところ、口当たりと喉越しがよく、このところアルコール飲料と言えばビールか発泡酒だけだったので、つい気分よく飲んでしまっている。

そこで、ソロモンのベートーヴェン 後期ピアノソナタ集について雑文をものそうと思ったが、順延。

日曜日朝の『題名のない』は、『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯』特集。『佐渡裕の題名日記』という番組連動ブログが立ち上がっており、そこでおよそのことはわかってしまうのだが、結構面白かった。やはり指揮者にとっても、オケにとっても難曲であるということが確認できてほっとした。

『名曲探偵』は、『フィンランディア』が題材だったようだが、ビデオ録画をまだ見られずにいる。見たら少し感想を書き付けてみたい。

今、ワルター(ヴァルター)指揮コロンビア交響楽団によるブラームスの交響曲第1番を聴いている。ファーストチョイスにはふさわしくないが、この曲を結構聴いて来た耳には、演奏のできのよしあしは別にして、さすが大巨匠の指揮だという部分が聞かれて面白かった。パンフレットの解説は、門馬直美氏で「ワルターの音楽の世界~常に微笑を忘れず』というもの。

また、読んでいる本は、あの青柳いづみこさんの文春新書『ボクたちクラシックつながり ピアニストが読む音楽マンガ』というもの。『のだめ』、『神童』、『ピアノの森』を題材に、ピアニスト論が多岐に渡り面白い。

2008年6月10日 (火)

グルダのベートーヴェン ピアノソナタ全集

Beethoven_piano_sonatas_gulda グルダのこのベートーヴェンのピアノソナタ全集(9枚組み amadeo アマデオ盤、まるP 1968年)は、新潮文庫の吉田秀和『世界のピアニスト』でのグルダの項で絶賛されていたのを読み、どうしても聴きたくなり、長野市のクラシックレコード専門店ディスク・アカデミーに注文して入手したものだった。注文から半年以上経って予約していたこともほとんど忘れていた頃、当時住んでいた独身寮に電話連絡が届き、ようやく手に入ったのだった。このような全集ものCDを購入したのはこれが初めてだったのでずっしりとした重さに感激した。

ベートーヴェンのピアノソナタには、結構ユニークな入門の仕方をした。ドイツ正統派のバックハウスやケンプがかろうじて現役だった1960年代に聴き始めた(といっても小学生だった)のだが、チャイコフスキーコンクール第1回に優勝したアメリカ人ヴァン・クライバーンが、優勝後の凱旋公演でのチャイコフスキーとラフマニノフの協奏曲だけのスペシャリストではなく、「本格派」ピアニストとして活動し始めた頃に録音されたRCAのベートーヴェン三大ソナタが田舎のレコード屋に入荷し、そのLPを父が買ってきたのを、まだ電機蓄音機で掛けてもらい聞いたのが初聞きだったと記憶する。今でもそのLPはスクラッチノイズが結構多いがそれなりに聞ける状態で実家にある。ただ、その頃は漫然と聴いていたようで、ようやくこれらの曲がそれなりに耳に入り始めたのは、中学生になってからだったと思う。ある日突然、いくつかのメロディーが耳にしみこみ始めたのだった。それでも、まだ鑑賞しているというのには程遠い状態だったと思う。

その後は、FM放送で聴ける音楽は、実家にあった音楽之友社の名曲解説全集や、弟のソナタ・アルバムの楽譜を参照しながら、本当に片っ端から聴いたが、やはり放送される曲は有名曲が多く、全集踏破は夢のまた夢だった。

学生時代には、『悲愴』『月光』『熱情』と『告別』『ヴァルトシュタイン』『テンペスト』の六大?ソナタを、バックハウスのステレオ録音LPの再発もので入手し、夏休みなどに帰省するたびによく聴いたが、刷り込みのクライバーンがスタンダードになっていた頃だったので、バックハウスの演奏は少々リズムが固いようにも聴こえた。

ようやく社会人になって入手できたのが、このグルダの全集。勿論、古くはシュナーベル、ケンプやバックハウス、当時の現役パリパリのブレンデル、アシュケナージなどの選択肢はあったのだが、『世界のピアニスト』でのグルダのこの全集の賛辞は最大級であり、ほとんど脇目も振らずに入手という感じだった。

この録音で使われたピアノは、パッケージにしっかりFluegel : Steinway と書かれているが、一部ではベーゼンドルファーではないかというようなことを読んだことがある。録音的には結構独特な音色がするのでそのような噂が生じたものか。録音は、オーストリア放送のStudio Klagenfurt という場所で行われたらしい。日本語解説パンフレットは、門馬直美氏によるもの。

追記:2008/12/7 この録音で聴かれるピアノの音はとても独特で、よく私が使う「滲み」のある音色、透明感よりも少し雑音的な響きが聞かれる音色だ。上記のように、解説書には スタインウェイの名が明記されているのだが、録音で多く聴かれるスタインウェイとは相当性格が違うこともあり、グルダが愛用したベーゼンドルファーという説とスタインウェイであるという説が混乱しているようだ。

参考: ベーゼンドルファーやぁ~い(巣窟日誌) で『グルダの真実』からの引用を読むとスタインウェイという可能性も捨てきれないし、グルダのベートーヴェン・使用楽器について分かったこと(DRACの末裔による徒然の日々) のピアノの専門家の「耳」による情報の集成を読むと、ベーゼンドルファーという可能性も捨てきれないように思われる。

なお、その後改善されたらしいが、このCDのトラック番号は、何と今は廃れてしまったindex番号であり、indexの頭だしができないCDプレーヤーでは、楽章をつまみ聞きすることはできず、1曲ごとにまるごと聴く(という正しい)聴き方を強いられることになっているのが面倒であり、また面白い。

大手レコード会社の統合で、このアマデオ原盤もユニバーサル傘下に入ったらしく、今では超廉価で、あのデッカのシュタイン/VPOがオケを務める協奏曲全集と一緒にこの名全集が一挙に入手できるのだというから驚いてしまう。

周辺的なことばかり書いてきたが、この全集で、初めて初期のソナタや、ソナチネ・アルバムにも入っている小曲作品49の1と2、そして後期の深遠なソナタ群も親しいものになった。そして、のりに乗った天才グルダの一筆書き的な録音により、中期のエネルギッシュな革新的な作品群はまったくものすごい様相を呈してくれている。前進するエネルギーがこれほどありながら、細部まで緻密に弾けている演奏は、そうはないと思う。

今晩は、昨晩アラウで聴いた作品27の1をグルダで聴いてみようと思う。騒がしいほどの音楽だが、質実剛健で地味なアラウもこのような陽気で豪快なグルダもやはりベートーヴェンだ。

2008年6月 9日 (月)

アラウのベートーヴェンピアノソナタNo.13, No.14『月光』, No.15『田園』

Arrau_beethoven_13_14_15

ベートーヴェン
 ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 作品27の1
  6:00/2:15/3:28/5:40
 ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27の2『月光』 
  6:45/2:25/7:40
  ピアノ・ソナタ第15番 ニ長調 作品28『田園』
  9:28/7:50/2:00/4:53

  クラウディオ・アラウ(ピアノ) 

〔1962年6月12日-18日、アムステルダム、コンセルトヘボウ〕
 PHILIPS PHCP-3534

今日も、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ。今度はクラウディオ・アラウ(1903/2/6-1991/6/9)の1962年のときの録音。59歳と言えば、日本のサラリーマンでは(65歳定年制のところは別にして)既に定年を一年前に控えて身辺整理をし始めている頃で、会社生活的には枯れたイメージが強いが、ピアニストとしては壮年期の真っ只中であり、長命であったアラウの場合、この後30年近く現役を続け、ベートーヴェンのソナタも1980年代に再録音している。

アラウの録音は、ジュリーニとのブラームスの第2ピアノ協奏曲(1962年録音、EMI)とベートーヴェンの『ディアベリ変奏曲』(1985年4月録音, Philips) 程度しか音盤はなく、比較的聴いたことのないピアニストの内の一人だ。

チリ生まれだが、わずか8歳の時にベルリンに留学し、あのフランツ・リストの弟子のマルティン・クラウゼに師事したということで、リスト直系の弟子にあたる。わずか11歳!でベルリンでデビューしたというので、両親がイタリア系かスペイン系かは分からないが、氏より育ちという点では、ドイツのピアニストと言うべきなのではなかろうか。

ピアノ・ソナタ第13番は、双子の幻想曲風ソナタの『月光』の陰に隠れてはいるが、たまにグルダの全集で『月光』を聴く際に耳にするときなど、結構魅了される曲だ。明朗活発で、『月光』とは対照的なところも面白い。上記の『ディアベリ』の頃には指捌きなどが苦しくなっていたが、1960年代のこの頃は、高速なパッセージもものともせずに爽快に弾き切っている。

『月光』は、前半は目覚しい特徴の見えない演奏のように聴こえた。第1楽章も淡々と弾かれ、第2楽章も少し重めの三拍子。第3楽章は、少々重いイメージのあるアラウにしては意外と言っていいほど直線的な演奏になっている。タッチのせいか音色は比較的丸く、和音は分析的に鳴るというよりも少々団子気味でそれが野暮っぽさにも通じるが、重量感のある迫力にも通じる。ヘッドフォンで聴いているのだが、ところどころアラウの「ブレス」のような呼吸のような音が交じるのも興味深い。なお、低音(左手)のバランスだが、いわゆるドイツ的な演奏ではバスの強調が目立つようなイメージがあるが、それほど低音を響かせることはない。コーダのめまぐるしいパッセージの迫力は見事だった。それでも全体から受けるイメージは、洗練よりも朴訥だった。

『田園』は、誰が名づけたニックネームかは知らないが、のどかな気分を感じさせる曲調であることは確かだ。この曲でのアラウも、洗練や外連を狙うことなく、無骨で飾り気がない演奏スタイルを貫いている。その意味では、似たスタイルのイメージが強いルドルフ・ゼルキンよりも、飾り気というか色気というか、場面や局面での表現の転換というか、そのようなものが少なく、さらに地に足が着いた演奏という感じだ。研ぎ澄まされたり、挑発的であったり、華麗であったり、繊細巧緻であったりという要素はほとんどないように聴こえる。かと言ってものすごく乱暴でエネルギッシュとも違う。第2楽章の音楽自体がそれこそ朴訥な歌の楽章は、アラウの演奏でさらに黙々と歩むベートーヴェンの姿を想像させたりもする。第3楽章のスケルツォと第4楽章は、重々しくピアノを鳴らすが、音楽的な明るさ、軽みは面白く表現されている。

一聴して面白い演奏ではないが、そのうちまた聴きたくなるような演奏というのはこういうものを言うのかも知れない。


2008年6月 8日 (日)

相模川ふれあい科学館バックヤード見学

最近、家の小水槽(フィルター付き)で、近所の小川で採集してきたハゼの仲間ヨシノボリを飼っている次男が、淡水魚の水族館として充実している相模川のふれあい科学館に行ってみたいというので、昼過ぎに出かけてみた。もう何度も訪れており、これで4、5回目だと思う。

ちょうど2時頃に到着して受付で入場券を購入(大人300円、小中生100円)すると、館内放送で、2時半から裏側探検ツアーを募集します。先着順と聴こえてきたので、早速並ぶと、4番目から6番目の券をゲットできた。 飼育員(学芸員)の若い女性がツアコンで、案内してくれた。注意は、三つ。1.勝手に器具や機械に触らない。2.大人でも迷子にならない。3.フラッシュ撮影は厳禁(これはこのバックヤード見学だけではなく、世界のどこの水族館の水槽撮影でも同じく厳禁。魚の目はフラッシュのような強い光にさらされるようには作られていないため失明やパニックになる危険があるため。以下の写真はASA500に調整してノーフラッシュで何とか撮影したもの。)

これがまず水族館の裏側の一つで、療養中のものや展示待ちのものが飼育されている部屋。

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次に、この水族館名物の相模川の上流域から河口までを40mの長い水槽で展示した巨大展示の裏側に案内されて、水槽越しに普通のお客さんお姿を見、また餌やりも体験させてもらった。(いい写真がないので写真は割愛。)その後、その地下にあるろ過装置がずらりと並んでいる壮観。内部には砂が入っており、バクテリアが水の汚れを分解するのだという。ただし、定期的な掃除は必要とのこと。どこの水族館でもこれが命綱のようだ。

なお、魚への餌やりは一日一回でよいそうだ。あまり与えすぎるのはよくないらしい。

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バックステージ見物は、30分ほどで終り。こういう企画には初めて参加したが、結構面白いものだった。

さて、下の写真は、一般展示のカミツキガメが背伸びをしているポーズ。まるでガメラのようだった。

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(追記:ガメラ医師様にこのガメラ写真を紹介いただいたので、もう一枚追加)

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下の写真は、川崎市で捕獲されたオオサンショウウオで、正式にこの水族館の所属となったのだという。

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下の写真は、水族館から出て散策した水郷田名の烏山用水に咲いていたアヤメ。水路には大きな鯉が活発に泳いでいた。

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バレンボイムのベートーヴェン ピアノソナタ集(EMI)

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ベートーヴェン 

ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13『悲愴』
 9:35/5:51/4:48  〔1966年9月19日、アビーロード・スタジオ〕

ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2『月光』
 7:05/2:25/7:40 〔1966年9月19日,28日、同上〕

ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57『熱情』
10:36/8:04/5:25〔1966年9月28日、29日、同上〕

昨日は、梅雨入り後とは言え、久々の初夏の晴れ間に恵まれ、子ども達の小学校の春季運動会が無事挙行された。学校2学期制の余波が次第に学校行事の時期に及ぶようで、昨年は校舎の耐震工事のために5月開催とのことだったが、今年も夏休み明けではなく、この時期の開催になった。

北緯35度のこの付近では、夏至の南中高度は78.4度にもなるため日差しが非常に強く、おかげで腕時計の後がくっきり白く模様になるほど日焼けしてしまったが、子どもは、熱中病になることもなく、踊りに駆けっこに、騎馬戦に、児童会の役割にと大忙しだった。

さて、梅雨時になると、何故かベートーヴェンのピアノソナタが聴きたくなるのだが、どうしてだろう。

2007年6月 1日 (金)バレンボイムの弾くベートーヴェン『月光』『熱情』『ヴァルトシュタイン』は、1980年代のDG録音で、タインミングは、『月光』 6:38/2:13/7:42 と『熱情』10:36/7:37/8:13。

このEMI録音は、それより前のまだ若かりし頃(1942年生まれのバレンボイムなので、20代前半)の録音。EMI「新・名曲の世界73」として分売されており、目に留まったので、比較の興味から購入して聴いてみた。

三大ソナタだけがベートーヴェンのソナタのすべてではないことは十分承知だが、やはりこの三曲は、その形式の多彩さ、内容の深さ、ピアニステイックな魅力等で、何度聴いても飽きない作品だと思う。

さて、先日、ブレンデルの1970年代の録音で、この三曲を聴き、それ以前にもゲルバー、R.ゼルキン、ホロヴィッツ、グールド、アシュケナージの「三大ソナタ集」やシュナーベル、グルダの全集でも聴き比べを楽しんできたが、若きバレンボイムのこの録音も十分楽しめるものだった。

下記が新旧の所要時間の比較。

月光の旧盤の7分台は相当遅い部類。また、熱情の第2楽章は、旧盤も新盤も非常に遅い部類。バレンボイムのandante は、通常のadagio的なテンポ感覚なのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番の第2楽章でも感じたことを以前にも書いたが、顕著な特徴のように思う。『熱情』の終楽章は、破綻を恐れず突き進み、大変な迫力で弾き切っており爽快でもある。

『悲愴』は、若きロマンティスト、バレンボイムの面目躍如の演奏で、愛すべきものだと思う。

 ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2『月光』
  旧 7:05/2:25/7:40〔1966〕
  新 6:38/2:13/7:42〔1983〕

 ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57『熱情』
  旧 10:36/8:04/5:25〔1966〕
   新 10:36/7:37/8:13(展開部と再現部のリピートあり)〔1981〕

p.s. 同じ頃(1966、1967年)のグールドの録音は、まさに破天荒のテンポ設定。

ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13『悲愴』
 6:04/4:43/3:45  (バレンボイム旧盤 9:35/5:51/4:48)

ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2『月光』
 4:10/1:40/4:59 (同上 7:05/2:25/7:40)

ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57『熱情』
  15:01/11:08/5:24  (同上 10:36/8:04/5:25)

2008年6月 6日 (金)

プレヴィン/VPOの『夏の夜の夢』の音楽

Previn_midsummer_nights

フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ(1809-1847)

劇音楽『真夏の夜の夢』
 序曲 作品21
 劇音楽 作品61
  第1番 スケルツォ
  第2番 情景と妖精の行進曲
  第3番 『まだら模様のお蛇さん』(2Sp, 女声合唱)
  第5番 間奏曲
  第7番 夜想曲
  第9番 結婚行進曲
第10番 プロローグ~葬送行進曲
第11番 道化師たちの踊り
第12番 情景と終曲 (合計時間 47:01)

アンドレ・プレヴィン指揮 ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団
エヴァ・リンド(S), クリスティーン・ケアーンズ(Ms)、ヴィーン・ジュネス合唱団

〔1986年2月24-25日、ムジークフェラインザール、ヴィーン(日本版のパンフレットには1985年となっているが誤植だろう)〕 Philips 28CD-580 420 161-2

このCD, 昨年の9月に入手したのだが、ようやく半年以上経過して夏至の季節になり、久しぶりに取り出して聴いてみた。つい最近のCDのような気がしていたが、既に23年も前の録音になるのだと思うと、自分もいつの間に年をとってしまっただろうという感に襲われる。というのも、まだ社会人に成り立ての頃、この録音が発売されたが、そのうち聴くだろうと思いつつ結局これまで聴かなかったのだった。

メンデルスゾーンのこの曲は、同じフィリップス録音だが、コリン・デイヴィスとボストン響の録音(イタリア交響曲とのカップリング)で結構早い頃から馴染んでおり、その結婚行進曲を自分の結婚披露宴に使わせてもらったほどだった(ただ、その演奏は別にして、録音には完全に満足していたわけではなかったが)。それでも、メタルテープにダビングして、会場の大きなスピーカーから流してもらったら、ちょっと金属的な音だったが、エネルギッシュでいかにも有名なウェディングマーチが流れ、会場からオーという声が挙がったほどだったのを覚えている。

さて、この頃のアンドレ・プレヴィンは、ヴィーンフィルの寵児的な地位にあったようで、数多くの録音を残していたようだ。この録音のほかにモーツァルトのピアノ協奏曲の弾き振り、「シェエラザード」、「展覧会の絵」などもある。なぜか、プレヴィンが指揮して出来上がる音楽からは、穏やかな喜びの感情、充足感のようなものが伝わってくる。この妖精物語でもある『夏至の夜の夢』も、特に序曲や夜想曲などを聴いていると夢幻的な世界に引き込まれるような雰囲気になってくる。ヴィーンフィルもリラックスして魅力全開という様子だ。

ただ、メンデルスゾーンと言えば、ライプツィヒ・ゲヴァント・ハウスの方に縁があり、プロデューサー的には、スター指揮者に、作曲家に縁のあるオケで録音させるのも面白いように思うが、ここでは、珍しくヴィーンフィルがメンデルスゾーンを演奏している。この序曲と劇音楽を用いた『A Midsummer night's dream』の本公演の舞台か映像を見て見たいものだと思うが、これまでその機会はない。音楽的には、まったくおかしなものを使っているが、著名な女優のミシェル・ファイファー、キャリスタ・フロックハート、ソフィー・マルソーらが登場するアメリカ映画はそれなりの出来だ。

今年の夏至は、6月21日(土)。ゆっくりと夏至の夜、蛍狩りでもしてみたいものだ。

そういえば、来年、2009年がメンデルスゾーン生誕200年になる。誕生日は2月3日。

2008年6月 5日 (木)

斎藤雅広のピアノによる小曲集『The Romantic my favorite』

元々は非売品(ヤマハピアノのデモンストレーション用らしい)のようだが、ブックオフで購入。

よくあるピアノ小曲集だが、軽井沢の大賀ホールで、2005年7月28日-30日に、YAMAHAの NEW CFⅢSというモデルを使って録音したものだという。

演奏者の斎藤雅広は、以前NHKの教育テレビで、キー坊主という登場人物に扮して音楽番組に出演していたときに知ったピアニスト。大変優れた技術を持ったピアニストで、芸大時代は、「芸大のホロヴィッツ」というニックネームを奉られたほどだったらしい。日本音楽コンクールでは優勝したが、海外コンクールではあまり成績を残さなかったのだろうか。そのため、いまいちネームバリューが低い感じだが、相当の実力者だとは思う。

この小曲集でも、達者な技術と豊かな音を聞かせてくれて楽しい。

曲目は、ショパンの夜想曲嬰ハ短調、『雨だれ』、幻想即興曲、夜想曲変ホ長調作品9-2、子守歌。ドヴォルザークの『ユーモレスク』(これは、別マイクによるテイクも収録されているが、後の収録の方が丸みを帯びた音に聞こえる)。ルービンシュタイン『ヘ調のメロディ』。ベートーヴェン『エリーゼのために』。グリーグ(斎藤編曲)『君を愛す』。J.S.バッハ(ヘス編曲)『主よ、人の望みの喜びよ』。サティ グノシエンヌ第1番、ジムノペディ第1番。ドビュッシー『月の光』『夢』。シューマン『トロイメライ』。ハーライン(斎藤編曲)『星に願いを』。

ショパンは、癖がない演奏だった。ドビュッシー『月の光』は少々鋭角的な演奏で驚いたが、『夢』は明晰ながら繊細な演奏。なお、ヘス編曲の『主よ・・・』は、ケンプ編曲よりも音の数が多い編曲だ。この演奏は、少々も大げさな感じで、好みは分かれるかも知れない。もっと慎ましやかで敬虔さを感じさせる解釈の方が自分としては好みだ。

録音もよく、このCDが非売品というのは、もったいない話だ。

2008年6月 4日 (水)

小澤/BSO の ラヴェル オーケストラ曲集

Ozawa_bso_ravel 小澤征爾のラヴェルのオーケストラ曲集は、確か米国籍の日本文学研究者ドナルド・キーン氏がその当時絶賛していたような記憶がある。

ドナルド・キーン氏と言えば、大学に入学直後、仙台市内の歯科医師会館?とかいうホールで講演会があり、級友と聴きに行った記憶が今蘇ってきた。確か三島由紀夫との交友や現代日本文学の話題が主で、当然クラシック音楽のことは講演の話題には出なかったような気がする。

キーン氏が、小澤/BSOの録音では確か『シェエラザード』も誉めていた。当時の『レコード芸術』誌に、「風姿花伝」のようなタイトルで、エッセイを連載していたのだった。そこで題材になっていたのだと思う。

さて、この小澤/ボストンのラヴェルだが、曲目は 『ボレロ』『スペイン狂詩曲』『ラ・ヴァルス』『亡き王女のためのパヴァーヌ』『クープランの墓』が収録されている。就任当初の小澤の初期のプロジェクトは、ラヴェルとベルリオーズだったと思うが、ラヴェルはこのほかにも数曲録音されており、立派な選集でLP発売されていた。(ところで、ほとんどドビュッシーの録音がないように思うのだが、どうしてだろう。)

FM放送で、この『ボレロ』は聴いたことがあったが、他の曲は今回が初めて聴いた。全体として、1974,5年の録音にしては、くっきりした明瞭な録音で、小澤の録音にしては比較的近接マイクで取られているように思う。そのためか楽器の存在感が明確で、ラヴェルの精密なオーケストレーションの妙技が、小澤/ボストンの明快な演奏によってたっぷりと味わうことができた。音色も精彩があり、なかなか優れものの演奏・録音だと感じた。

クリュイタンス/パリ音楽院管によるラヴェルはオーセンティックな名演として知られ、以前からCDでよく聴いてきたが、むしろその演奏・録音よりも、この小澤盤は、私にとっては面白いかも知れない。

2008年6月 3日 (火)

泣けた映画『蝉しぐれ』『ALWAYS 続・三丁目の夕日』

『蝉しぐれ』は、テレビ放映。雨の土曜日、正午ごろにテレビをつけたら始まっており、食事をしながら見て、とうとう最後まで見入ってしまった。原作もテレビドラマも楽しませてもらったが、映画は話題作だとは知っていながら見る機会がなかった。印象に残ったのは、主人公の子ども時代がテレビドラマと同じ役者(青年役者)だったようだったのと、欅御殿での刃傷沙汰の血飛沫のすさまじさ。最後の場面で、泣けた。

『続・三丁目の夕日』は、DVDを借りてきてみた。配役は第1作とまったく同じ。新たな登場人物は、鈴木オートの一平のハトコのミカという女の子ぐらいか。昭和30年代の風景や乗り物が綿密に再現されており、特に今は高速道路の高架道路で覆われてしまった日本橋の当時の風景が映し出されたのには驚いた。茶川先生とヒロミ、そして淳之介の三人のハッピーエンドに泣けた。

2008年6月 2日 (月)

Sony ステレオイヤーレシーバー MDR-E10LP

○P 2005 SONY CORPORATION 780円の特価品。昨年来、使ってきたフィリップス製のステレオイヤーフォンがそろそろくたびれてきたので、またフィリップスがないかと探した見つからず、ソニーの廉価品の特価品が目についたので購入。特性は18-22kHz となっている。フィリップスよりも元気がいい印象。高音は少しざらつきがあるが、ドンシャリではなく、分解能もそれなりで中音域もマスクされずそれなりに聞きやすい。またフィリップスに比べるとホールに広がるような広がり感もある。結構満足して聴けている。

CBS/SONY FDCA306のバーンスタイン/NYPのビゼーの『カルメン』『アルルの女』の組曲を聴いているが、カラヤン/BPOのものよりも面白く聴けている。表情が少々くどいのは、御愛敬だろう。大変丁寧に音楽を作っている。クリュイタンス的な華麗さや粋な雰囲気は少ないが、音楽が多弁になっている。

ところで、今日2日午後、気象庁は「近畿、東海、関東甲信地方が梅雨入りしたとみられる」と発表した。例年より早い梅雨入りだという。

今日の新横浜は、サッカーのワールドカップアジア3次予選で電車がひどい混雑だった。3-0でホームゲームを快勝したが、次はアウェーのオマーンで40℃の猛暑の中の戦いがあるのだという。結構険しい。

六大学の早稲田は、斎藤投手が前のシーズン、4年間すべて優勝だという大言壮語が自信過剰で苦々しく思っていたが、今シーズンはそのしっぺ返しか振るわず、明治に数シーズンぶりの優勝をさらわれた。「奢れるもの久しからず。勝って兜の緒を締めよ」だったのではあるまいか。いい薬だった。

2008年6月 1日 (日)

題名のない音楽会 第3回 指揮者に挑戦大会その2

先日、2008年5月25日 (日) 指揮者のテンポ保持の難しさという記事を書いたが、今週はその続きが放映された。日曜日朝9時は、子どもが楽しみにしている『ゲゲゲの鬼太郎』の時間なので、『題名のない音楽会』はこのところずっと見ていなかったのだが、『徹子の部屋』に佐渡裕が登場してその番組の司会を引き受けたと言っていたので、一度見てみるかとビデオ録画をしてみたところ面白い番組だった。そして今週もビデオ録画したのを鬼太郎終了後すぐに見てみた。

先週見て巧いと思ったのは、伊福部昭のオーケストラ曲(変拍子だったと思う)を指揮したオペラもやっているという30-40代の男性の指揮だった。小学生はなかなかだったが、サッカーとピアノ、作曲をやっている万能中学生のは少し身体が動きすぎて分かりにくい指揮だった。白衣の薬品研究者の女性の指揮は『禿山の一夜』でユニークなものだったが、結構音楽を知っている人ではないかと思った。ブラームスの第2番のフィナーレを熱狂的に終わらせたのは気持ちがいいだろうと思った。

今週は、ルー大柴のゲスト出演も面白かった。オーケストラが素人指揮によくついて行っているのには感心する。ルーのゆっくりおとなしい『新世界』フィナーレの冒頭を指揮にきちんと反応して演奏していた。こういうのがすごく面白い。グランプリをとった75歳後期高齢者を自称する音楽歴の長い愛好家の老人による『田園』の嵐から感謝の歌へのつなぎとフィナーレは、8分の6拍子の弾むようなリズムには欠けていたが、不思議な感動を誘うものだった。ゲストの青島氏が「オケは指揮者の辿ってきた歴史に反応して音楽を作る」というような感想を述べ(隣の席の岩村氏という若い指揮者が少々「オイオイ」という顔をしていたのが面白かった)ていたが、まさに人間性を感じさせるものだった。中学生女子のベト7の第1楽章主部も躍動感よりも第1主題冒頭の初めは処女のごとく淑やかな表現と確保(繰り返し)での脱兎のごとし(飛翔感)の対比は面白く、高校ブラバンのトロンボーン兼指揮者のブラームスの第4番フィナーレは、こういう音を目前で響かせられたら何ともいえない感激だろうと思わせてくれた。宇宙開発事業団の人のチャイコフスキーの4番の第1楽章の終結部も、場面展開の部分で思わぬパートの強調などがありユニークで面白かった(ゲストの宮本氏が難しい部分でしたがよくこなしましたねと言っていた。番組後、手持ちのムラヴィンスキー/レニングラードpo、セル/LSO、カラヤン/BPO、小澤/BPOで聴いてみたが、こういう劇的な場面転換とクライマックスへ緊張感の高め方、クライマックスでの解放はカラヤンの指揮はさすがに巧みだった。)

素人によるこういう個性的な指揮(たった一分だが)を目にし耳にすると、普通のプロフェッショナルな人たち(上記の大指揮者たちでも)の作り出す音楽が楽譜と伝統と権威の縛りに囚われ過ぎているのではないかという危惧が頭をかすめる。個性的でありさえすればいいというのではなく、作曲者の意思の尊重、楽譜の尊重など基本的に誠実な姿勢がプロの解釈者、演奏家として必須条件だとは思いつつも、標準的な音楽解釈が録音などにより流布し、指揮者もオケもそれをなぞるかのような演奏が現代では比較的多いように思う。また、原典尊重主義がピリオドアプローチの基本理念だろうが、その時代時代の標準的な演奏解釈での演奏は、よほどの機会に恵まれないと感動には結びつかない。とはいえ、これもまた音楽=感動というのは、音楽史的には比較的短い期間の流行なのかも知れないのだが。

逆にプロオケの表現力、追随力がこれほどあるというのは、新たな発見で大変面白かった。

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