アラウのベートーヴェンピアノソナタNo.13, No.14『月光』, No.15『田園』
ベートーヴェン
ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 作品27の1
6:00/2:15/3:28/5:40
ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27の2『月光』
6:45/2:25/7:40
ピアノ・ソナタ第15番 ニ長調 作品28『田園』
9:28/7:50/2:00/4:53
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
〔1962年6月12日-18日、アムステルダム、コンセルトヘボウ〕
PHILIPS PHCP-3534
今日も、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ。今度はクラウディオ・アラウ(1903/2/6-1991/6/9)の1962年のときの録音。59歳と言えば、日本のサラリーマンでは(65歳定年制のところは別にして)既に定年を一年前に控えて身辺整理をし始めている頃で、会社生活的には枯れたイメージが強いが、ピアニストとしては壮年期の真っ只中であり、長命であったアラウの場合、この後30年近く現役を続け、ベートーヴェンのソナタも1980年代に再録音している。
アラウの録音は、ジュリーニとのブラームスの第2ピアノ協奏曲(1962年録音、EMI)とベートーヴェンの『ディアベリ変奏曲』(1985年4月録音, Philips) 程度しか音盤はなく、比較的聴いたことのないピアニストの内の一人だ。
チリ生まれだが、わずか8歳の時にベルリンに留学し、あのフランツ・リストの弟子のマルティン・クラウゼに師事したということで、リスト直系の弟子にあたる。わずか11歳!でベルリンでデビューしたというので、両親がイタリア系かスペイン系かは分からないが、氏より育ちという点では、ドイツのピアニストと言うべきなのではなかろうか。
ピアノ・ソナタ第13番は、双子の幻想曲風ソナタの『月光』の陰に隠れてはいるが、たまにグルダの全集で『月光』を聴く際に耳にするときなど、結構魅了される曲だ。明朗活発で、『月光』とは対照的なところも面白い。上記の『ディアベリ』の頃には指捌きなどが苦しくなっていたが、1960年代のこの頃は、高速なパッセージもものともせずに爽快に弾き切っている。
『月光』は、前半は目覚しい特徴の見えない演奏のように聴こえた。第1楽章も淡々と弾かれ、第2楽章も少し重めの三拍子。第3楽章は、少々重いイメージのあるアラウにしては意外と言っていいほど直線的な演奏になっている。タッチのせいか音色は比較的丸く、和音は分析的に鳴るというよりも少々団子気味でそれが野暮っぽさにも通じるが、重量感のある迫力にも通じる。ヘッドフォンで聴いているのだが、ところどころアラウの「ブレス」のような呼吸のような音が交じるのも興味深い。なお、低音(左手)のバランスだが、いわゆるドイツ的な演奏ではバスの強調が目立つようなイメージがあるが、それほど低音を響かせることはない。コーダのめまぐるしいパッセージの迫力は見事だった。それでも全体から受けるイメージは、洗練よりも朴訥だった。
『田園』は、誰が名づけたニックネームかは知らないが、のどかな気分を感じさせる曲調であることは確かだ。この曲でのアラウも、洗練や外連を狙うことなく、無骨で飾り気がない演奏スタイルを貫いている。その意味では、似たスタイルのイメージが強いルドルフ・ゼルキンよりも、飾り気というか色気というか、場面や局面での表現の転換というか、そのようなものが少なく、さらに地に足が着いた演奏という感じだ。研ぎ澄まされたり、挑発的であったり、華麗であったり、繊細巧緻であったりという要素はほとんどないように聴こえる。かと言ってものすごく乱暴でエネルギッシュとも違う。第2楽章の音楽自体がそれこそ朴訥な歌の楽章は、アラウの演奏でさらに黙々と歩むベートーヴェンの姿を想像させたりもする。第3楽章のスケルツォと第4楽章は、重々しくピアノを鳴らすが、音楽的な明るさ、軽みは面白く表現されている。
一聴して面白い演奏ではないが、そのうちまた聴きたくなるような演奏というのはこういうものを言うのかも知れない。
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おはようございます。
アラウのベートーヴェン、協奏曲はよく聴くんですが、ソナタは殆ど持っていないんです。(アラウではショパンもよく聴きます)
今日のエントリーは、1960年代のものですね。アラウには晩年のフィリップス録音もありました。是非聴いてみたいです。
投稿: mozart1889 | 2008年6月10日 (火) 07:58
こんにちは。
アラウは好きなピアニストの一人です。
といってもモーツァルトとベートーヴェンの27番以降のソナタを聴くのがほとんどなのですが・・・
骨太でゆったりした大人(たいじん)の音楽。聴くほどに味わい深く語りかけてくれます。
投稿: 天ぬき | 2008年6月10日 (火) 12:35
mozart1889さん、コメントありがとうございます。手持ちのアラウの録音はこの記事で挙げたものとモーツァルトの「トルコ行進曲」付きソナタしかなく、あまり聴いたことがないのですが、これまで聴いてきたピアニストの中でも結構ユニークな存在かなと感じました。
投稿: 望 岳人 | 2008年6月10日 (火) 21:01
天ぬきさん、コメントありがとうございます。
お好きなピアニストにもかかわらず、私の記事の内容はネガティブ気味のニュアンスもあり、ご不快に感じたらお許しください。手持ちの音盤の気に入ったところだけではなく、気に入らない部分も記録しようというスタンスで書いているものですから。
ブラームスの協奏曲には大人の風格に感心しました。晩年の録音のモーツァルトをこれから聴いてみようと思うのですが、少々ドキドキします。
投稿: 望 岳人 | 2008年6月10日 (火) 21:05
望 丘人様
自分が好きなものを他人が認めないからといって
不快になることなど全くありません
私のような単なる愛好家は自分の価値観でものを言っているにすぎません。
どうぞ気になさらずにこれからも楽しませて下さい。
貴殿の理路整然としたコメントのファンなのですから
投稿: 天ぬき | 2008年6月10日 (火) 22:06
天ぬきさん、再びコメントありがとうございました。私の御返事で逆にお気を遣わせてしまったようで恐縮です。励ましのお言葉ありがとうございます。
自分自身を振り返っても、ネガティブな感想はあまり歓迎されないのだろうとは認識しているのですが、愛好曲や愛好盤のポジティブな感想だけではつまらないと思っており、定評のある名盤でもたまたま入手した音盤でも、いい意味でも悪い意味でも興味や関心を持った音盤、音楽について書くようにしておりますのでので、辛口というほどではないですが、否定的なことを感じたときにも敢えて書くようにしています。ただ、鬱憤晴らしにならないようには気をつけたいと思っております。
投稿: 望 岳人 | 2008年6月10日 (火) 23:55
こんにちは。アラウのベートーヴェン、学生時代から聴いてますが、おっしゃるとおり朴訥というか、あまり変哲がないですね~。
今風のベートーヴェンというと、細部まで精緻で色彩感のある演奏や、スピードとディナーミクを駆使したダイナミックなものが多いので、それと比べると地味だと思います。
これは旧録音の演奏なので、新録音の方が音が綺麗です。第13~15番はちょっと地味な感じに聴こえますが、アラウのベートーヴェンで面白いのは、テンペストの第3楽章とワルトシュタインの第1楽章。両方ともスローテンポですが、速いテンポの演奏とはちょっと違う表現で表情豊かです。後期ソナタも良いと思います。
投稿: yoshimi | 2010年6月26日 (土) 11:18
yoshimiさん、コメントありがとうございます。
相当以前にアップした記事でしたので、おかげさまで改めてアラウの演奏を楽しむことができました。
投稿: 望 岳人 | 2010年6月27日 (日) 22:23