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2008年10月 3日 (金)

開き直って苦手な曲に挑戦 シベリウス 交響曲第5番 

Sibelius_symphonies_berglundシベリウス
 交響曲第5番 変ホ長調 作品82 
  パーヴォ・ベルグルンド指揮
  ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団
   〔1986年12月18&19日、ヘルシンキ文化ホール〕

 Ⅰ Tempo molto Moderato-Allegro molto 13:40
  Ⅱ   Andante mosso-quasi allegretto   8:00
 Ⅲ  Allegro molto       8:43

ここ何日間は記事を書かなかったが、閲覧をしたり、音楽を聴いていた。

少し吹っ切れた感じで、この際開き直ってこれまで「まともに」聴いていなかったシベリウスの第4番から第7番の交響曲を続けて聴いてみた。特に理解をしようとか、感想を持とうとかの意識を捨てて、とにかく聴いてみようと思って聴いてみた。

いわゆる理解の枠組みというか、ソナタ形式のような形式感というか、メロディーだとか、展開技法だとか、楽譜や解説書のようなとっかかりを梃子にして、「理解」をしてきたクラシック音楽だが、どうもそのようなやり方では、シベリウスには歯が立たないというか、その魅力を味わえないようだ、ということがうすうす予感(先入観)としてあったのが、今になってみれば分かるように思う。

特にまだ第4番は難曲で、理解ははるか、楽しめるところまで行っていない。ところが、続けて第5番を聴いてみたところ、こちらは、メロディーらしいメロディーがない4番とは違って、情景が浮かぶような比較的親しみやすいはっきりした楽想が聞こえてきて、意外といってはなんだが、結構楽しめる曲だった。形式感に戻ってしまうが、これなどは楽想の性格がはっきりしていることもあっていわゆるドイツ風を感じさせるものだった。しかし、演奏は清涼感・透明感のある響きで満たされ、非常に爽快な音響を聞かせてくれた。

第6番もそういう意味では比較的聞きやすかったが、第7番はまだまだという感じだった。

確か、パノラマシリーズにもカラヤン/BPOの第5番があったはずだと思い探してみたところ、収録されていた。

Sibelius シベリウス
 交響曲第5番 変ホ長調 作品82 
  ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
   〔1965年2月、イエス・キリスト教会、ベルリン〕

 Ⅰ Tempo molto Moderato-Allegro molto 9:32+4:41
  Ⅱ   Andante mosso-quasi allegretto   8:22
 Ⅲ  Allegro molto       8:58

余勢を駆ってこちらも聴いてみた。しかし、録音が比較的古いこともあるのだろうし、シベリウス解釈、シベリウス演奏史の問題もあるのだろうが、よりドイツ的に聞こえそうな録音という先入観は裏切られ、それほど形式感のある音楽には聞こえなかったの意外だった。

比較の対象にはなるまいが、初めて聴いた少年の頃、まったく理解も楽しめもしなかった『春の祭典』が今では楽しめる曲になっているということもあるのだから、シベリウスの第4番、第6番、第7番も気楽に聴きなおしてみようと思っている。

さて、今日は、仕事上でお世話になった方の御母堂が逝去されたという連絡を受けた。帰宅後、ずっと聴いていなかったフォーレの『レクィエム』(コルボ指揮ベルン交響楽団)のCDを静かに聴いている。ご冥福を祈りたい。

追記:2011/9/18(日)

「電網郊外散歩道 シベリウス「交響曲第5番」を聴く 2011年09月15日」 でカラヤン/BPOのEMI録音(1976年)を取り上げられていたのを拝見して、トラックバックを送らせてもらった。

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ディスク音楽01 オーケストラ」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。

シベリウスの交響曲、私も苦手です。
例えば4番に関して
「なぜ、こんな交響曲を書いたのだろう、霊感の乏しさは時おり耳をおおいたくなるほど」
作曲家の西村朗氏は否定的な見解を述べています。
「苦悩の中で書き上げた畢生の名作」
評論家の諸石幸生氏は絶賛しています。

余計な猥雑物をそぎ落とした神秘的な音楽
好きな人にはそう聞こえてくるそうですが
修行が足りない私にはそう訴えてはきません
ただ寂しい音楽に聞こえてしまいます。
いつの日か開眼する日があるかもしれませんが・・・

天ぬきさん、いつもコメントをいただきありがとうございます。

シベリウスの交響曲については、せっかくベルグルンド指揮のヘルシンキ・フィルという全集を結構早くから入手していながら、このブログで「告白」していますが、ようやく昨年ごろ3番に少し馴染み、今回5番が少し耳に入って来ました。

第4交響曲についての専門家の短評のご紹介ありがとうございます。正反対の評価ですね。「霊感の乏しさ」と「畢生の名曲」。第4番は、今回聴いてもどこにもつかみ所がなく、本文では『春の祭典』のことを書きましたが、とりつくしまのなさを感じさせるという点では、ブルックナーの交響曲の方が適例だったかも知れません。またバルトークの弦楽四重奏曲も同じでした。ブルックナーもバルトークにも次第に馴染みになりましたが、シベリウスの第4番、第7番は相変わらず「晦渋」ですね。

とは、言え、私が高校生の頃は、ブラームスの交響曲でも(クラシック音楽ファンではなく一般の聴衆にとっては)「晦渋」と言われていたほどですので、いつかはシベリウスの音楽が私に訴えかけて来てくれる日や、私がとり付く島をみつける日もあるかも知れないなどと思い、また時間をおいて聴いてみようと思います。

コメントとTBをありがとうございます。シベリウスの交響曲第五番は、その前の第四番とは対照的に、明るく祝祭的な面があり、わりに好んで聴いております。カラヤンの録音は多数あるようですが、シベリウスが好きだったのでしょうね。どこらへんが相通じるところなのか不明ですが、カーステレオで、自宅のステレオ装置で、はたまたCDをリッピングしてPCオーディオで、ベルリンフィルの豪華な響きを堪能しております。

narkejpさん、こちらにもトラックバック、コメントいただきありがとうございます。

シベリウスの交響曲の中では、親しんできた第2番や第1番を除いて、第5番は祝祭的な明るさがあり、私にとっても比較的親しみやすい曲でした。また聴きなおしてみようと思っております。

そして、第4番、第6番、第7番の個人的な未踏峰にもいつかは登ってみたいものです。

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最近の通勤の音楽は、シベリウスの「交響曲第5番」です。カラヤン指揮ベルリンフィルの演奏で、第4番とのカップリングです。カラヤンは、シベリウスを何度も録音しているようですが、このCDに収録されているのは、1976年9月のEMI録音(CD:CE28-5186)です。 添付のリーフレ...... [続きを読む]

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