村上春樹『意味がなければスイングはない』(文春文庫)
2006年3月11日 (土) 村上春樹「海辺のカフカ」とシューベルトのニ長調ソナタ という記事を書いたことがあったが、そのときのコメントで シューベルトのピアノソナタ第17番ニ長調について触れた筆者による音楽論集が出版されていることを知り、いつかは読みたいものだと思っていたようなことを書いたが、単行本はなかなか見つからなかった。ところが最近、書店にどうやらそれらしい文庫本が平積みになっていて、中をパラパラ捲ってみたところ、「シューベルト『ピアノソナタ第17番ニ長調』D850 ソフトな混沌の今日性」という章があり、これだと思って購入して読み始めた。
まずは、この注目の章。それから村上春樹がこれほどピアニストに詳しいとは意外だった 『ゼルキンとルービンシュタイン 二人のピアニスト』 と 『日曜日の朝のフランシス・プーランク』という クラシック関係のエッセイを読んでみた。
さすがに作家というものは文章が巧いと思いつつ、シューベルトを読み終えた。『ゼルキンとルービンシュタイン』では、二人の伝記を素材にして、東欧生まれのユダヤ系で壮年期以降はアメリカで活躍したこの対照的な二人のピアニストについて、実に面白いエッセイを書いている。ジョージ・セルがゼルキンのヴィーンでの少年時代の兄弟子だったとか(著者の作り話は少し下品)、ゼルキンが最も影響を受けたのがアルノルト・シェーンベルクだったとか、アドルフ・ブッシュ(ブッシュ・クァルテットのヴァイオリニスト)が渡米後にはあまり売れずにゼルキンがその女婿として彼ら一家を相当支援したとかのエピソードが興味深かった。
プーランクについては、なるほどという感じで、あまり聞いたことのない作曲家だが、小澤征爾のプーランクへの傾倒についても的確な印象が述べられており、参考になった。
ところで、このエッセイは、ポップスやジャズのミュージシャンについても多く書かれており、あまり馴染みのない音楽家が多いのだが、それでもと思いはじめから読み始めた。
第2章は、ブライアン・ウィルソンという名前が挙げられており、副題で 「南カリフォルニア神話の喪失と再生」 というものだった。誰だろうと思いつつ読み始めたら一応名前は知っている「ビーチ・ボーイズ」のリーダーだった人だった。この辺の音楽にはまったく疎い。彼らが一躍人気者になり次々にヒットを飛ばすが、その音楽的な深まりとは反比例して聴衆が彼らから離れてしまう様子を、著者はシューベルトと比較をしていたが、私には、モーツァルトの急激な人気の凋落を連想させるエピソードとして非常に印象に残った。
ビーチ・ボーイズ、ブライアン・ウィルソンの音楽についてはほとんど知らないので、自分自身の判断ではないが、このような急激な人気の凋落というのは、洋の東西、時代を問わずに似た現象が起こるものなのかも知れない。
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