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2009年2月の30件の記事

2009年2月28日 (土)

2月27日の初雪と寒さと燗酒と

2月中旬には春一番が吹き、夏日を記録するほどだったが、この一週間の天気は雨模様の日が続き、昨日は南関東でも10時ごろから雨が雪に変わるほどの気温の低さとなった。横浜では、最高気温は、明け方の5度Cで、日中は気温が低下して4度Cが最高だったようだ。ようやくこの冬(といっても暦の上では立春も過ぎて春なのだが)の初雪だ。ただ、その初雪もお昼ごろにはまた氷雨に変わってしまった。

さすがに日中の最高気温が5度Cを下回るほどだと寒さが身に沁みる。既に身体が寒さにはある程度適応しているので、秋口の急激な寒さの訪れほどは身に応えることはないが、通勤の最寄の駅との往復時など、冷たい横殴りの風が頬に当たって痛さを覚えるほどだった。

このような日は、燗酒が旨い。持病もありビールを控えていることもあるが、ここ数年、冬にはよく燗をした日本酒を嗜むことが多い。この冬は、これまで日本酒を敬遠してきた妻も付き合うようになって来た。

やはり寒い日に身体を冷やすビールはあまり体調によくないようだ。また、この冬は暖冬気味だったこともあり、我が家の暖房はもっぱら電気炬燵のみで、エアコンによる暖房はほとんど使わないこともあるかも知れない。ストーブやファンヒーターの熱源で温まって汗ばむほどの部屋で飲むビールはやはり旨いと感じるから、周囲の温度の影響も多分にあることは否定できないが。

それと、中年になると次第に思想も保守的になるというが、身体の方も知らず知らずの内に日本回帰のようなことがあるのかも知れないなどとも思う。

日本酒は、二級、一級、特級といった級別制度が廃止されて既に20年ほどになり、一時期コミック『夏子の酒』などの影響で盛り上がった地酒、吟醸酒ブームも下火になり、現在ではさらに需要が落ち込んでいるというが、その『夏子の酒』の作者、尾瀬あきら氏が台湾を訪問したところ、台湾の日本酒ブームで歓待を受けたことが新聞記事で掲載されていた。

ブームの頃は、吟醸酒、純米酒だの、有名地酒だのといろいろ飲んでみたことはあるが、今はもっぱら大メーカーの紙パックをスーパーマーケットで買ってくる程度だが、燗を付けるとこれが意外に飲めるので驚いてもいる。大メーカーによる中小酒蔵の桶買いなどという悲しい話も耳にして複雑な思いもあるのだが、暖かい酒は心を少し温めてくれる。

2009年2月27日 (金)

ココログニュースに取り上げられた

ココログニュース "中川報道"で露呈したマスコミのお粗末 という記事に、このブログの最近の投稿「マスコミの制度疲労?」が引用され、そのおかげで短時間に多くのアクセスをいただいた。

言葉足らずの記事で恥ずかしい限りだが、マスコミ、マスメディアという「第三の権力」がその影響力維持、既得権益維持のためもあり、情報操作、恣意的な情報の取捨選択をしているということが、このネット社会になってから広く認識されてきたように感じるのは確かだ。外国語が読めれば、他国の「マスメディア」情報も入手できるし、また多くのブロガーの意見を読むこともできる。「マスコミ」の相対的な価値低下は紛れも無いことだと思う。それゆえ、「ネットは新聞を廃刊に追い込むか」というような議論もあるのだろう。実際に、ネットを通じての情報発信で、ユニークな分析を行っているサイトもある。

それでも社会の多くの局面に、大量の人的、物的な手当てを行って情報収集、取捨選択、発表という活動を毎日続けられるのは、新聞社を初めとするマスメディアのような機構があって初めて可能なことであり、リテラシー、読み解く力とも言うが、このようなネット時代には、今回の私の記事のように単に素人的な警鐘を鳴らすだけではなく、複眼的な情報の真偽の見極めということが素人でもできるようになってきている。それを生かすも殺すも個人の意識次第ではあるのだが・・・




2009年2月26日 (木)

iTunes取り込み時間の多い順(途中経過)

現在手元にあるCDの取り込みはようやく道半ばというところ。19.1日という表示になっているから458.4時間で、27,504分という計算になる。

スマートプレイリスト機能で、作曲家、演奏家別のプレイリストが自動的に作られるように設定しているが、作曲家別で1日以上の収録時間になったのは、 ベートーヴェン 4.8日、J.S.バッハ 1.7日、モーツァルト 1.7日。まだ取り込みに偏りがあるため、これからハイドン、モーツァルト、バッハ、ブラームス、マーラーが伸びる予定。

また、演奏家別で10時間を越えているのは、グルダ 21.3時間、セル 16.8時間、アルバン・ベルクQ 15.1時間、カラヤン 14.2時間、ビルスマ13.9時間、アバド 13.7時間、ケンプ 11.5時間、シュナーベル 10.0時間。

意外なのがカラヤンとアバドだった。カラヤンは、パノラマシリーズの多くに収録されていること、アバドは昨年6月26日の彼の誕生日の時にも書いたが、とにかく協奏曲のオーケストラ指揮が多い。R.ゼルキン、グルダ、ポリーニ、アルゲリッチ、ブレンデル、ミドリなど。

大曲の録音は自然に演奏時間が掛かるので、これからテンシュテットや、アダム・フィッシャーなどが増えるだろうと思う。ちなみにリヒテル9.6時間、グールドは8.3時間で10時間突破目前。

現在の上位は確かに自分の好きな演奏家のものが多くなっている。

2009年2月25日 (水)

長野県川上村から宇宙飛行士誕生

帰宅後、NHKのテレビニュースを見ていたら、JAXAの新宇宙飛行士が公募約900名の中から二人決まり、内一人は自衛隊の現役ジェット機パイロットで、出身が何と長野県南佐久郡の川上村だと放送された。油井亀美也(ゆいきみや)さん(39)という男性で、出身の小学校の授業風景が映され、男性の先生が生徒達に、「君たちの先輩が宇宙飛行士に選ばれました」と語りかけて、児童たちが目を輝かせていた。

このブログでも書いたかも知れないが、私の母の生まれ故郷であり、私も母の里帰り出産でこの村で生まれた。先日は、従姉の子がインターハイ、国体に出場して優勝したり、数年前のトリノ五輪には中島選手が多分村初のオリンピック選手として出場したりで、島崎藤村の『千曲川のスケッチ』では甲州街道から秩父方面に千曲川を遡った僻遠の村と紹介され、戦後は落葉松の苗木栽培、その後レタスなどの夏場の野菜栽培で名を知られるようになった村だが、スポーツ、科学技術の面でも芽が出てきたようで、少なからぬ関係のあるものとしては大変誇らしい気持ちだ。

2009年2月24日 (火)

カーニヴァル最終日(マルディ・グラ)に『ヴィーンの謝肉祭』を聴く

アリシア・デ・ラローチャのシューマン『謝肉祭 Carnaval』は、ずい分以前に書いたことがあったが、そのCDに併録されている "Faschingsschwank aus Wien" ( Phantasiebilder) Op.26 を今晩聴いてみた。

たまたま、昨日からシューマンのピアノ曲のiTunesへの取り込みをしていて、ルービンシュタインの『カルナヴァル』の後に、ラローチャの『カルナヴァル』のCDを取り込んだのだが、そういえば、この『ヴィーンの謝肉祭』は真剣に聴いたことがなかったなと思いつき、聴き始めた。

その内、そういえば、謝肉祭(カーニバル)は、ちょうど今頃ではなかったかと思いつき、調べてみたところ、明日が「灰の水曜日」で四旬節というちょうどラマダーンのような謹慎・節制の40日間に入るので、今日が謝肉祭の最終日で、フランス語では「太った火曜日」(マルディ・グラMardi Gras)になるようだ。

そこで、ラローチャの弾く『ヴィーンの謝肉祭』だが、全部で5つの部分から成っている。作品26ということで、一つのジャンルを集中的に作曲したシューマンの場合、既に作品1からほぼ連続で、このOp.26の次のOp.28の3つのロマンスまでほとんどがピアノ曲になっている。その後は、それほど著名なピアノ独奏曲がないほど、この時期に集中的に書かれたことが分かる。

その中でこの作品26はそれほど有名ではない方だろう。何種類からあるシューマンの独奏ピアノ曲を収めたCDでも、この曲が収録されているのは、このラローチャ盤のみだ。

第1曲 Allegroが一番長く約9分。途中でフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』の変容がちらっと姿を現すのが面白い。 第2曲は、ロマンス。大変ゆっくりした曲想。第3曲はスケルツォだが、Scherzino という珍しい名前が付いている。ノリノリの感じの軽いスケルツォ。第4曲間奏曲は、幻想小曲集を想像させるような抑えられた情熱が感じられる曲想。右手の走句が素早く軽く流れ、そこでメロディーを紡ぎだすような作りで、演奏は非常に難しそうだ。第5曲が終曲(フィナーレ)。最高度に生き生きとして というようなドイツ語の表情記号が添えられている。古典派の「それでは皆様ごきげんよう」というような軽い挨拶のような音楽だが、きっちりとしたソナタ形式で書かれているらしい。

名作 "Carnaval" Op.9ほど魅力的な曲想が頻繁に登場するわけでもなく、また標題音楽的な個性もなく、それほど面白さを感じさせる曲集ではないようだし、『ヴィーン情緒』を感じさせてくれるものではないが、ラローチャの安定して外連みのないピアノ演奏により、なかなか聴き応えのある録音になっている。

2009年2月23日 (月)

マスメディアも制度疲労?

ここにきて、中川前財務大臣の辞任の原因となったローマでのG7での記者会見での意識朦朧状態について、当初新聞各社が質問もせず、しっかりと記事にしなかったことに対して批判が次々にあがっている。最初は、朝日新聞の投稿欄の一般読者の投稿だったが、「あらたにす」という朝日、日経、読売三紙共同サイトでも東大の准教授が同様の趣旨で、また、朝日新聞のマスコミ批評コーナーでもジャーナリストが同じことを指摘している(この人はNHKの週刊こどもニュースのお父さん役をかつて務めた人)。

記者クラブなどのマスメディアによる仲間内では、どうも今回の中川前大臣の酒癖とヨレヨレ状態は日常茶飯事として特に取り上げるほどのことではなかったが、外国での記者会見でその体たらくが全世界の目にさらされたことにより、マスメディアと政治家、官僚の持ちつ持たれつの閉鎖的な関係が、まさに公衆の面前にさらされたということらしい。

新聞記者だけでなく、テレビも、雑誌もその意味では同じアナのムジナだろう。

大本営発表を流し続けた戦前の日本のマスコミの轍をまたもや踏み始めているということなのだろうか?既に、警察、省庁の記者クラブではそのような状況にあるということがつとに指摘されていたが(田中前長野県知事の記者クラブ廃止など)、今回の「事件」で、日本のマスコミのだらけきった状況が全世界に暴露されてしまった。

これによって、少しは反省が見られるだろうか。注目したい。

2009年2月22日 (日)

世界ジュニアスケート選手権 続報

現地では、競技3日目が始ったところだが、男子総合、女子総合の結果が出たようだ。

男子では、私が応援していた山中選手は、5000mを7:10.31 で21位、同僚選手の渡辺24位、新山27位と苦戦したようだ。

その結果、5000mを終えての最終結果(pdfファイルへのリンクです)は、3人とも上位16位までには入れず(なぜ5000mの結果が加味されないのか分からないが、全日本ジュニアの順位表もそうだった)、このResult表によると、18位渡辺、25位山中、31位新山という順位だった。

[*しかし、山中選手のポイントを計算すると、162.506となりリンクの総合順位表では、15位、16位よりも上位になるはず。特に16位の選手は176点台なので、まだ最終結果が出ていないと観た方がよいようだ。]と書いたが、どうもこの Allround という種目は、最後の5000mの上位16位までの選手を総合得点計算の順位対象としているらしい。全日本ジュニアの得点表もそうなっている。そうだとするとなかなか厳しいというか不合理な規則だ。それで、16位の選手などは短・中距離では順位が悪いが、最後の5000mで踏ん張ってランク入りしたもののようだ。ただ、そうなると、総合8位のカナダのBlais-Dufour選手など確かに500mでは1位だが、5000mの順位が16位(順位対象者の中で)で7:19.95と山中選手のタイムよりも遅いのに、なぜランクに入れるのか疑問になる。距離別の順位では26位なのだ。また、3種目めまで15位の渡辺選手は、5000mを終えても16位の選手よりも得点はよいはずなのに、上位16位の計算対象にならないのも疑問だ。 *少し調べてみたところ、ISUのホームページの Special Regulations and Technical Rules Speed Skating and Short Track Speed Skating 2008 (PDF) という規則集のp.46-47 あたりに、Allround のDraw(くじびき)や、Qualification (予選通過)についての規定が書かれていた。どうも上記の少し納得が行かない順位付けもこのあたりが根拠になっているようだ。それでも、今回の大会のRegulation は、Time and Award で after 4 distances (4つの距離の後)に評価されるとなっているので、どうも分かりにくい。矛盾があるのではなかろうかとかんぐりたくなってしまう。 女子は、最後の3000mの上位15位までが順位対象となっているようだ。最初からこのようなルールということなら仕方がないが、フィギュアスケートの採点制度の問題といい、ショートトラックの判定の問題といい、結構スケート競技も複雑なルール問題を抱えているようにも感じられる。

(追記: ジュニアがこれに準じて開催されているで世界オールラウンドスピードスケート選手権大会を WIKIPEDIA で調べたところ、最初の3種目が一種の予選となり上位12位までが最終種目に進めるとなっていた。今回は男子は16位、女子は15位までのようで、それに及ばなかった選手たちは、距離別の選手としての出場だったようだ。ただ、そうなると、記録で1500mまで15位とされていた渡部選手の扱いに疑問が残る。)

各選手とも、1日目に比べて2日目が少し不調だったようだが、それでも層が厚い中長距離の世界の中でよく健闘してくれたと思う。お疲れ様でした。

なお、この三選手は、3日目のTeampursuit 3200mにも出場するとエントリーリストに発表されていた。健闘を祈りたい。

優勝は、オランダのVerweij で得点は154.642(すべての距離を500mでの所要タイムに換算して加算するようだ)。2位 アメリカの Jonathan, 3位 アメリカの Brian 各選手だった。

なお、女子では1994年生まれの中学3年生の高木選手が総合で4位に入賞するという画期的な健闘を見せてくれた。高山12位、木山15位という成績だった。

22:40現在、女子追い抜き予選で、日本が全体の2位となっている。決勝が楽しみだ。

22:50現在、男子追い抜き予選で、日本が全体の10位。決勝進出はどうだろうか?しかし、ここまで Allrounder は3日間とも連続での競技。過酷だ。

  追記:どうも公式記録のpdfは間違いが訂正されないままのようだ。女子のteam pursuitの結果は、日本がオランダに続いて2位に入ったことがわかっているが、韓国が1位のような表示になっている。それゆえ、男子の総合の最終結果にしても、どうも納得が行かない。なぜ、3種目目までで35位のチェコのKulma選手(Bib21)が、非常に悪い記録なのに最終種目に進めて16位という順位がついているのだろうか?今日の日本のスポーツ紙の報道でも、日本男子では18位の渡部選手が最上位ということになっているが、やはり何か釈然としない。

2009年2月21日 (土)

国際スケート連盟主催 2009世界ジュニア・スピード・スケート選手権での山中大地選手

現在、ポーランドのザコパネで開催中のこの競技会に出場している山中大地選手の様子をオフィシャルサイトのISU World Junior Speed Skating Championships® Zakopane 2009で見ているところ。

Bib(ゼッケン)58の山中選手は、オールラウンドの出場 (Men, allround combination: 500, 3000, 1500 and 5000 meters)なので、スケジュールは、現地時間(日本時間より8時間時計を遅らせる)ベースで、以下の通り。

◇2/19(木)開会式

◇2/20(金)競技開始10:00 (日本時間18:00) 男子500mの一回目(allraoud種目出場者はこの回のみ)、男子3000m(終了)

◇2/21(土)競技開始10:00(同上)1500m男子、5000m男子ということで、これからの開始となる。 1500mは第13組で、インスタート。

◇2/22(日)競技開始10:00(同上) (チーム追い抜き種目など) 19:00閉会式(Social ceremony, 日本時間 2/23の午前3時から)

現在、3000mのレース後の暫定順位が出ているが、山中選手は、39人のAllrouderの中で、15位。 (500mは、37.73秒で順位全体18 8位、3000mは、4:08.25で同23位で、ポイント79.105で全体の15位ということになる)。

日本選手では、渡辺選手が14位 79.085。新山選手が80.870で27位の途中順位。

全日本ジュニアの時の成績はこれで、このときの上位3選手が出場しているわけだ。山中選手は、このときは、500m 37.70, 3000m 4:08.97 なので、今回の方が上回っていることになる。1500m, 5000mも強いのでさらに上位の可能性はある!

現在首位は、アメリカのKuck選手76.026。2位オランダのVerweij選手、3位アメリカのハンセン選手。

女子は、高木選手が現在4位に付けている。高山選手11位。木山選手16位(1000、3000mがこの後に控えている)。

18時から2日目の競技が開始になる。頑張れ、大地!

p.s. ちなみに写真ページには、日本の男子選手の勇姿が何枚か写っている。サングラスを掛けていてBibナンバーも分からないないので誰か分からないのが残念だが。

日本時間22:23現在、女子は3種目目の1000mを終わって、高木選手4位、高山選手11位、木山選手16位となっている。

日本時間23:55現在、男子の1500mの結果が出た。山中選手は、1500mでは自己ベスト1:54.80に大きく及ばない記録となり、オールラウンダー中33位の成績で、ここまでで総合23位と後退。残念。 他の日本選手では、渡辺選手が15位、新山選手は30位。最後の5000mでは自己ベスト更新を狙って頑張ってほしい。


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2009年2月20日 (金)

Doblog 2008年8月4日までのデータ閲覧可能まで復旧

先ほど自分のDoblogを見に行ったところ、下記のお知らせが出ており、閲覧が出来るようになっていた。たまたま昨年5月に新規記事の投稿を中断したのでそれほど実害はないが、是非バックアップ機能を付けて欲しいものだ。

Doblogは現在 2008年8月4日未明のデータで運用中です。(2008年8月4日以降のデータに関しましては、現在復旧作業中です。)
大変申し訳ございませんが、ログイン、記事投稿、コメント、トラックバック等の機能はご利用いただけません。

2009年2月19日 (木)

『天地人』下巻をようやく読了

上・中巻は、結構楽しんで読めたのだが、その後しばらくして下巻を妻が図書館から借りて来てくれて、読み始めたところ、読書のペースが上がらずに、むしろ結構苦労しながら最後までたどり着いた。史料的には、直江兼続の活動が確認できるのは、謙信の後継者争いである御館の乱の前後かららしい。つまりそれまでの兼続は、後世のフィクションとしては何とか確認できるが、父親の樋口某が薪炭役人だったのか、それとも家宰(家老)的な存在だったのかもはっきりしていないようだし、またその妻で兼続の母親の出自も(この原作とドラマでは、直江家の生まれとなっているが)はっきりはしていなようなのだ。そんなわけで、フィクションの部分や、関ヶ原の戦いまでの昇り龍の如き兼続の活躍は痛快なのだが、関ヶ原以後の、家康の風下に立つようになった上杉家と兼続が描かれた下巻は、著者のこの時期の兼続と景勝に対する評価も少し及び腰的になっていて、どうも弁護的な色合いが感じられ、すっきりしなかった。これが最も下巻の読了に時間がかかった理由のように思える。その意味で、兼続の伝記小説としては、尻すぼみだった。人物像も明確な像を結ばず、散漫な印象を受けた。

これに比べると、童門冬二の『北の王国』は、文章力や小説としての品格はあまり感じられないのだが、関ヶ原後の兼続の米沢での活躍、及び、兼続没後のお船の活躍にも触れられていて、それなりに納得ができた。『天地人』の方は、下巻は急に淡々とした筆運びになってしまい、小説のあらすじを読んでいるような起伏のなさになってしまっている印象を持った。藤沢周平の『密謀』でも、会津、庄内、佐渡の120万石の領地が、米沢30万石に石高を削られて移封されたことの事態の重大さ、そしてそのような苦境に負けずに上杉の家を残した兼続の努力が感じられたのだが、火坂の『天地人』は淡々とした運命論者になってしまったかのようで、違和感を感じてしまった。

ところで、話は小説、ドラマから離れるが、一挙に「愛」の前立てが有名になった兼続の兜だが、確か以前所用で何度か銀座に行ったときに見かけて2度ほど入ったことがあるのだが、米沢ラーメンを食べさせる「愛」という名前の店が歌舞伎座の近くにあった。米沢という東北地方の質朴なイメージと、強烈な情緒を発する「愛」という名称のギャップに戸惑ったのだが、米沢の人にとっては、兼続の「愛」という旗印(にもしたらしい)が、敢えて店名にするほど、誇りに感じているのだなと、今更ながら思い出した。

2009年2月18日 (水)

中川財務大臣の辞任とクリントンUSA国務長官の来日

「なぜ、就任初の外国歴訪の最初の訪問国に日本を選んだのか?」 「日本は(USAにとって)世界で最も重要な国の一つだから」 という問答が、ヒラリー・クリントン国務長官の来日ではあったらしい。確かに、経済面では、有り余っていた外貨を米国投資に向け、米国のバブリーな繁栄を支えていたのは日本だったし、極東アジアという国際政治上不安定要因を重ね持つ国々の中では唯一「比較的」安定しており、強大な在日米軍の駐留を「国民の多く」ではなく、政府が歓迎しているのは日本だけだからだろう。

ちょうどそんなおり、日本の財務大臣が、ローマで行われた財務大臣会議で、リスク管理という意識がまったく欠けた言動をはしなくも全世界向けのテレビの前でさらしてしまい、とうとう辞任に追い込まれた。これによって、クリントン長官の上記のような意気込みに満ちた来日もすっかりかすんでしまい、米国政府筋は麻生政権の今後に見切りを付けたかのように、日本国民向けのメッセージを発するパフォーマンスに切り替えたようだという。

中川前大臣のかつての酒癖はともかく、幕末の幕府使節の欧州諸国訪問ではあるまいし、あのような失態を、外国とはいえ多くの情報が世界中をあっという間に駆け巡る現代において開陳してしまうというというのは、陰謀説好きの人が一種の陰謀ではないかと憶測を立ててまで庇おうとするのも無理からぬほどの醜態だった。政治家にとっての健康への疑念が、政治生命に関るものであることは否定できないが、実際に服薬の影響で体調が悪いのなら、まず最初に一言断りを入れるべきではなかったのではなかろうか?お付の財務省のお役人のマネージメント能力も非常にお寒いもので、これでは日本には期待できないというムードが全世界に広まってしまった。単なる政治家個人の問題ではなく、このマイナスイメージのばら撒きは影響が根深く残るのではあるまいか?

2009年2月17日 (火)

グールドのモーツァルト ピアノ・ソナタ集

グールドのバッハ演奏は、現代では一種の権威と完全に認められているが、彼のベートーヴェンやモーツァルトについては、未だにプロとコンの両方の評価が拮抗しているように感じる。

今日も、iTunesでの音盤整理をしていて、モーツァルトのCDを何枚か読み込ませたが、その内の一枚にグールドのピアノ・ソナタ集(旧全集番号 No.8, 10~13, 15)があり、久しぶりにこの演奏を聴いた。

私のグールド入門は、中学生の時、LP時代に少し収録曲目は違うが、モーツァルトのピアノ・ソナタ数曲と幻想曲ニ短調が含まれたものだった。バッハを聴いたのは結構時間が経ってからだ。

なぜこのLPが我が家にあったかだが、父が当時ピアノを習っていた小学生の私の弟に参考になればと買ってやったように思う。父もグールドのバッハの評判は聴いていただろうが、まさかモーツァルトがこのような演奏だとは想像していなかったに違いない。LPでは、確か「トルコ行進曲」が第3楽章に配置されたK.331の第11番がA面の最初に入っていた。あの有名な優美な民謡風主題が、グールドの演奏ではポツリポツリというノンレガート、ノンスラーのアダージョよりも遅いくらいのテンポで、タドタドしく弾かれ始める。

ある日家に遊びに来た従妹(小学生で当時ピアノを習っていた)は、これを聴いて率直に「何て下手なピアノ!子どもが弾いているの?」と言ったものだったが、私達兄弟は、この演奏が刷り込みだったので、この曲はこのようなものだと思い込んでいた。その意味で、当時はこれが偶像破壊的な演奏だとも知らずに、この非常にユニークな演奏(と解釈)を純粋に楽しんでいたのだった。

自分でもこの曲の第一楽章のテーマ部やトルコ行進曲を弾けるようになってから、改めて聴きなおすと、とても同じ楽譜から生まれた音楽だとは思えないほどの「凄い」演奏だと感じる。グールドは、特にK.331の第一楽章では、このような変な演奏をしているにも関らず、例の歌声はしっかり記録され、相当「乗って」いる演奏には聴こえる。「ラララティララ」とか歌っているのだから、まったく参って?しまう。しかし、このたどたどしくゆっくりと始った変奏曲が、次第に滑らかなテンポに変じ、特に右手と左手の独立性が高いというのか、和声音楽を対位法的に再構成しているといのか、普通の演奏では聴きもらすようなフレーズが歌っているのが聴こえてくるなど、とても「面白い」ことは確かなのだ。そして最後は、第3楽章を先取りするかのような「トルコ風」の速いテンポで駆け抜ける。周到に計算された上での即興的な演奏になっている。メヌエットもノン・レガートを多用したあまり和声音楽的に聴こえない演奏。普通なら単なる伴奏の左手が、メロディアスに動く。あまりにも有名な第3楽章は、アレグレットではなく、モデラートかアンダンテのテンポで、alla Turka ではあるが、alla Marcia として、「トルコ行進曲」と通称されながら、まったく行進曲的でない演奏ばかりであることにアンチテーゼをぶつけたような「おもちゃの行進」のようなマーチのテンポでの演奏になっている。

シュタイアーが来日したときのピアノフォルテ演奏は、スタジオ収録のCDでも同じような「即興的?」な演奏が聴けるそうだが、異形のモーツァルトという感が強かったが、このグールドのは、同じく異形であり、ピアノの先生から即座にだめだしを食らう演奏と解釈であることは今でも変わりないが、それでも面白さはピカイチかも知れないと思う。

なお、第8番は猛烈な速さが特徴。第10番、12番、13番、15番は、特異なアーティキュレーション、左手のフレーズの強調、などはあるが、テンポ面ではこの8番や11番のようなユニークさは少ない。今から思えば、フォルテピアノ的な演奏イメージを目指していたようにも聴こえる。(12番の第三楽章Allegro assaiや13番の第一楽章などは息も継がさない猛烈なテンポで、ゲオン的な tristesse allante をグールドとモーツァルトとが二人で体現しているかのような演奏。初心者のための15番も速い。AndanteはAllegrettoほど。意外にロンドは猛スピードではない。)

バッハの演奏でも、独創的過ぎるほどで、それを人前で弾くのは相当勇気が必要だったことと思うが、このモーツァルトにしても、このような解釈、スタイルで録音に残すのも同じように非常に勇気がいることだったろうと思う。

なお、CDには録音日が詳細に書かれているが、一日で録音したものもあるにはあるが、第11番などは、1965年と1970年の録音日付になっている。細部の修正を施したものか、それとも伝えられるようにいくつものテンポのテイクから、つぎはぎをして再構成したものなのか。1964年にコンサート(ステージ)・ドロップアウトをした後の、孤独なスタジオ録音作業に入ってからの録音なので、コミュニケートというよりも、独り言、モノローグとしての性格が強いが、それでも演奏者は、作曲者とのコミュニケートに没頭しているようにも聴こえるのが不思議だ。

2009年2月16日 (月)

ベルグルンドのシベリウス交響曲全集(ヘルシンキフィル)を番号順に

今日も夕食後、iTunesへのリッピング。表題の交響曲全集&管弦楽曲集を、作品番号順に取り込み。iTunesで作品番号をキーにすれば簡単に並べ替えができるのだが、面倒ながら取り込み順を作品番号順に合わせてリッピングしてみた。

これまで、漫然と聴いていた、「悲しきワルツ」や「トゥオネラの白鳥」、「フィンランディア」などの有名曲を、大曲の交響曲の間奏曲として作品番号順に聞くことで、少し苦手なシベリウスへのとりかかりができそうだ。

久しぶりに、「クレルヴォ」(交響曲)も聴いてみたが、初期作だけあり、素朴で率直なシベリウスを聴くことができた。今度は、晦渋な、第4交響曲、第6、第7も聴きとおすことができるだろうか?

2009年2月15日 (日)

スノーヴァ新横浜と三ツ池公園

今週、長男が学校のスキー合宿に初めて参加するので、その予行演習として、鶴見区にあるスノーヴァ新横浜という屋内スキー場に行ってきた。2階の見学スペースから観たゲレンデの眺め。画面中央上方に、スノーボーダーがジャンプしているように、現在はスキーよりも90%以上の入場者はスノーボーダーだった。
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フルレンタル(スキー、ストック、ブーツ、ウェア上下、グローブ)だと平日大人4,500円、18歳以下3,500円で、土日には5,000円、4,000円という比較的高額になる。これで2時間ほどの滑走が可能。ただし初回利用時に年間会費として大人も18歳以下も一人1,000円の会員登録料が必要となる。ということで、今日はスキーのヴェテランの妻が長男をコーチし、私と次男はこの室内ゲレンデの近くにある桜の名所として知られる三ツ池公園を散策した。

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 三ツ池公園は、2、3年前に花見に訪れたことがあり、それ以来の散策だった。昨日の夏日に近いような2月としては記録的な24度Cという高温のためか、上の池周辺に数本ある寒桜が満開になっていて驚いた。ちょうど、今朝のテレビ番組で、昨日の高温の特集の一例として千葉の勝浦の河津桜が一ヶ月も早く開花したというのをやっていたので、ここもそうかと思ったのだが、木に掛けられた札によると「カンヒザクラ群 寒桜」という種類とのことだった。

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入り口に近い下の池では、キンクロハジロが沢山羽を休めており、ホシハジロ(頭が茶色の鳥)が数羽物怖じせずに交じっていた。

島田雅彦の新聞連載小説『徒然王子』完

この作家は、現代日本の天皇家への関心が強く、またタブーを敢えて意識しないのか、現実の天皇家の人々をモデルにした小説をこれまでにも発表してきた。(無限カノン三部作)

女性天皇など、天皇家の将来のお世継ぎ問題がマスコミ、世間をにぎわし、秋篠宮家に待望の男宮の誕生があって、それらの問題もいつの間にか先送りされたかのような時期に、『徒然王子』の新聞連載はスタートしたように自分の記憶としてはある。

「王室」のお世継ぎであるテツヒト王子が、「徒然王子」の主人公。コレミツが従者だが、これは源氏物語の光の君の従者、惟光(これみつ)から取ったことは明らか。第一部は、この王子の現世での妃探しの遍歴と、過去(あの世)への旅立ちを描いていた。

今日少しフィナーレの重みが物足りない感じで完結した第二部は、テツヒト王子の前世、つまり輪廻転生を辿る旅であり、それがそのままニホンの歴史を順にたどっていく旅という構成になっていた。印象に残っているのが、始皇帝の不老長寿の妙薬探しを命ぜられた徐福の蓬莱への旅に同行した中国人としての前世であり、彼がニホンにたどり着き、ニホンの弥生時代人?の娘と愛し合うという章、また那須与一の弟として九州に逃れた平家の落人を追跡し平家の姫君と結ばれる章。最後の江戸時代の大阪からの東海道道中は少し冗長だったが、この章の最後の吉原の花魁とのエピソードはなかなか読ませるものがあった。

そして、現世に戻ろうとしたところ、実は・・・という設定が、少し場当たり的であり、意外でもあった。全体としては、コメディータッチだったが、内容的には至極シリアスな内容だったと思い、毎朝楽しみにしていたが、最後は少々しりすぼみだったかも知れない。

2009年2月14日 (土)

ジョン・フィールドの「ノクターン」を聴く Benjamin Frith: Piano

ショパンの「ノクターン(夜想曲)」についての解説を読むと大概登場するのが、この「ノクターン」というジャンルは、アイルランド生まれの作曲家ジョン・フィールドが創始したという記述だ。音楽之友社の古い名曲解説全集でも、野村光一氏が確かそのように書いていた。

ところが、当のフィールドの「夜想曲」については、いわゆる名曲解説全集の類には登場せず、演奏を耳にする機会はもとより、音盤についても非常に数少ない。その数少ないディスクの内の一つがNAXOS が2000年に発売した ベンジャミン・フリース(フリト?)による、「ノクターン集」と作品1のピアノソナタ3曲の2枚だ。

どこで入手したのか忘れたが、当時書いていたホームページにもこの盤の感想を書いたことがある。

夜来の風雨の後、一挙に春が到来したように気温が急上昇した日だったが、今日もCDをiTunesへ取り込んだり、読書をしたりして過ごした。まだまだディスクは減らないのだが、ここまでの取り込み時間累計は、16.8日となった。

フィールドの2枚のディスクもここ数年聴いていなかったもので、とにかく今手持ちのディスクは全部HDDに入れてしまおうという計画なので、特に選ばず(それでも楽曲情報などは wikipedia などで確認して訂正しながら)、取り込みをした。取り込み後、ホームページに書き付けた「すっきりと健康的な音楽」という印象が、今聴いてみるとどうだろうと思いつつ聴いてみたところ、このピアノの音の非常に美しい録音とともに、穏やかな気分を醸しだしてくれる音楽で、すっかり堪能しているところだ。Healing music という点では、非常に優れた音楽であり、音盤ではないかと思う。

ところで、英語版のWikipedia の作品の記載では、H 25 のような作品番号が付けられている。モーツァルトのケッヘル、ハイドンのホーボーケン、シューベルトのドイチュ番号のようなものだとは思うが、この H で始るイニシャルの人物のことはよく分からない(iTunesのダウンロードした曲目リストにも一部このHがついていて、あれ?と思ったのだが)。

2009年2月13日 (金)

"Finding Neverland" ジョニー・デップ、ケイト・ウィンスレット

多少ネタバレ記事です。

「ピーター・パン」の原作を書いたSir James Matthew Barrie を描いた映画。ジョニー・デップがバリーを演じ、映画ではピーター・パンの戯曲のインスピレーションを与えてくれた家族の未亡人をウィンスレットが演じている。その息子、ピーターという名前の少年は、デップが奇妙キテレツなウィリー・ウォンカを演じた「チャーリーとチョコレート工場」でチャーリー役を演じた印象的な子役の少年だった。

映画の中で、演劇「ピーター・パン」の初演が演じられたり、20世紀初頭のロンドンやその郊外の様子がとても興味深かった。思わずもらい泣きをしてしまうような映画なので、ハンカチが必要かもしれない。

ただ、エンディングは少し疑問が付く。

2009年2月12日 (木)

建国記念の日はのんびり過ごした

昨日の建国記念の日の祝日は、比較的平穏に過ぎたように感じた。

公益法人として相応しくない多額利益を上げているという問題でゆれている財団法人日本漢字能力検定協会だが、今週長男が級を一つ進めてのチャレンジをするので、1月末に購入してあった検定協会の問題集をやったり、書き取り練習したりするのにつきあった。

夜は、サッカーワールドカップのアジア地区予選が横浜国際競技場であったが、どうも息苦しいゲームになりそうなのと、子ども達があまり興味がないのでテレビ観戦はパスして、裏番組の日テレの日本史サスペンス劇場  で、萩原流行が夏目漱石を演じた鏡子(国生さゆり)良妻説や、戦国時代末期に大友氏の支配する豊後の国で薩摩軍相手に戦ったという尼武将、妙林尼(妙林尼役:国分佐智子、 野村備中守役:今村雅之)という二つの再現ドラマを見たが、結構面白かった。

夏目鏡子良妻説は、一昨年漱石展の後に購入した『漱石の思い出』にここで紹介された多くのエピソードが載っていたので、それほど意外ではなかったが、結構「いい話」になっていた。

また、妙林尼(みょうりんに)という人物については、地方史に僅かに記録が残っているだけで、本名、生没年もわかっていないといい、相当の部分は再現ドラマの想像、創造的な脚色が多いとは思うが、大変興味深い女性だった。これをテレビ局が発掘したのだとすればすごいが、後のフォローがないダビンチもののニッテレではあるし、少し眉唾ものかも知れないとは思いつつ、国分佐智子演じる妙林尼は凛とした美しさだったのが印象的だった。

2009年2月11日 (水)

フランスのクラリネット奏者 ジャック・ランスロ氏 88歳で逝去

いくつかのブログで、フランスのクラリネット奏者 ジャック・ランスロ氏が88歳で逝去されたことを知った。

ジャック・ランスロと言えば、ERATOレーベルでLP時代から名盤として有名なフルートのランパルとハープのラスキーヌがソリストを務めたモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲(パイヤール指揮のパイヤール室内管弦楽団)のB面に収録された同じモーツァルトの晩年のクラリネット協奏曲のソリストとして親しい奏者だった。確か高校時代にモーツァルトへの興味関心が次第に高まっていた頃、決定盤と評されたこのLPを親に買ってもらって幾度となく聴いたのだった。最初は、華麗で親しみやすいフルートとハープにハマったのだが、次第にモーツァルト晩年の傑作である唯一のクラリネット協奏曲の魅力を教えられたのが、このランスロによる演奏だった

今晩は、CD化された同じ盤のクラリネット協奏曲を聴いて、ランスロ氏を哀悼したいと思う。

フラッシュメモリメーカーの倒産

先日、XPでもキャッシュメモリを増やせるという記事で使った4GBもの容量のフラッシュメモリがほんの3000円程度で買えてしまったのだが、そのような極度の価格暴落にもよるのだろうか、フラシュメモリー大手のスパンシオン(Spansion Inc.)の日本法人が倒産(会社更生法適用申請)となってしまった。

メモリやハードディスクなどの記憶素子、装置の容量の増加と容量あたりの価格の低下は幾何級数の逆数のような割合で低下しているような感覚で、つい一年半前に、KnoppixのUSBメモリからのブートを試していたときに買ったUSBメモリが1GBで3000円程度の値段だったので、(メモリの動作スピードなどの性能にもよるが)廉価なものでは、個人の大雑把なサンプリングでもたった1年半で4分の1に値段が下がったことになる。

ところで、毎日のiTunesだが、とうとう以前購入した40GBの外付け携帯HDDの容量では足りないことがはっきりしてきたので、少し大きめの携帯HDDの値段を調べようと昨日帰宅時に量販店を覗いてみたところ、何と250GBや300GBなどという携帯HDDが1万円以下の値段で売られているではないか!数年前、40GBのHDDは、当時使っていた2000年以前に買った古いノートPCのHDD容量がたった「1.3GB」だったので、それでも夢のような大容量だったのだが、確か一万円以上のそれなりの値段がしたように記憶している。それが、携帯HDDでもこの程度、据え置き型のHDDならば、1TB=1000GBで、1万数千円の特価品が山積になっていた。

据え置き型は、上記の40GBの携帯型よりも以前に購入した150GBのものがあるが、これなど外部電源供給が当然必要で、サイズも結構大きく、動作音もそれなりにするものだ。ことほどさように、記録媒体の高性能化大容量化、それに伴う低価格化が進んでいるのが、身近でも確かめられる。

今回の急激な景気減速に伴う売れ行き不振もあるのだろうが、業界トップグループの企業でさえ立ち行かなくなりつつあるディジタル機器の加速度的な進化というものは、いったいどういうものなのだろうか? かつて外国人による日本人論で『誰も幸せにしない日本的なシステム』というような題名の評論があったが、現代の企業競争というのは、どうもこれと軌を一にしているような様相だ。激烈な消耗戦的な生存競争そのものだ。

p.s. なお、スパンションが製造していたのは、USBメモリやデジカメに使われるようなフラッシュメモリ(NAND型)とは少しタイプが違うNOR型というもので、ファームウェアなどに使われるのだということが「先っちょマンブログ」というブログに書かれていた。

 

2009年2月10日 (火)

Doblog HDD障害により一時停止中だが

このcocologのベーシックは、一応廉いながらも毎月料金を支払っているものだが、多くのblogサービスは無料だ。cocologも遅ればせながら free という無料サービスを始め、私も利用しているし、他に特別に限られた記事を書くブログも無料のものを使わせてもらっている。

なぜ、このように無料運営が可能なのか? cocolog freeの場合には、必ず記事の下に関連するSponsored link という欄が付いて商業広告のリンクが入るようになっているので、それで支えられているのだろう。また、他の無料ブログでは、RSSリーダーに大量に[PR]と称するエントリーが送られてくるものがあったりして、こちらは結構迷惑だ。しかし、同じく利用している excite には、まったくそのような広告が入らない。現在ハードウェア障害ということで停止中の Doblog も完全な無料サービスだ。いったいどのようなビジネスモデルを採用して無料化が実現されているものだろうか?

現在の世界的な景気低迷によって、次第にこのような無料サービスに影響が出てくるのではないかと懸念される。 Doblogの障害も、フリーブログゆえに、ミラーリングなどの措置が講じられていなかったことが予想される。(有料ブログサービスがどうなのかは知らないが。)

次第に景気が悪くなり、スポンサーがつかなくなってくると、cocolog フリーのようなビジネスモデルは、当然のように無料運営が立ち行かなくなってくると思われる。楽天やyahoo, googleなどのように、ネットをビジネスの舞台としているところでは、むしろ無料ブロガーを増やして、ネット上での取引を活発化させるということも考えられるかも知れないが、Doblogの場合、NTT DATA という、ソフトウェア会社が運営しているのだが、NTT DATA自体が上記のネット企業のようにこれによって恩恵を受けているようにも見えない。

これから次第にネット上の無料サービスの淘汰が進行するように思われるので、自分にとって大切な記事の場合なるべくバックアップをとっておこうなどとも考えている。

2009年2月 9日 (月)

日経PC21 3月号 USBメモリーを挿すだけで高速化 XPでも・・・

DVD&CDへの記録・コピーについては、結構あいまいな知識でおこなっているので、今回この雑誌の特集「撮る、観る、残す、DVDのすべてを理解」が目に留まり、久しぶりに購入した。

ネットでPC関係の大概の情報は入手できるが、紙の雑誌のようにパラパラと browsing して、興味を持ちそうな記事を読むというのは、ウェブやPCが相当高性能化しても、なかなかできない。新聞でもそうだが、紙媒体の一覧性やざっと見当を付けるような見方、読み方というのはなかなか捨てられない利点だと思う。

今回も、まったく予想していなかった記事がこの雑誌から二件見つかった。一つは、デジカメに挿入する記録用のSDカードに予め無線LAN機能を内蔵させておき、いちいちUSBコードでつないだり、カードを取り出してリーダーに挿入したりの手間が省けるというもの。すでに米国では普及が始っているという。Wi-Fi ならぬ Eye-Fi という名称だという。まだ少し高価だが、いずれは普及するような気がする。ただ、セキュリティ面が少し心配ではあるが。

もう一つは、Windows Vista の Ready-boost 機能を XPでも使えるようにしたソフト(フリーだが、起動から4時間限定。有料版はその制限を外せる)が入手できるようになったという記事。ebooster という名前のソフトだが、先日廉価で買った4GBのUSBメモリが手元にあるので、早速試してみた。既に購入から3年半も立ち、RAMも増設が必要な動作スピードになりつつあり、どうしようかと迷っていた矢先だったので、この記事に従ってインストールしてみた。(日経PC21 3月号 p.104-107)。要するにキャッシュメモリを増量して速度を稼ごうというもの。簡単にセットできたので、付属の速度計算ツールで測ってみたら、雑誌の例では、約1.66倍の向上だったのが、私のPCでは、約3倍の向上という劇的な効果が見られるようだ。興味のある方は、eBoostr で検索をかけると関連サイトが表示されるので、自己責任で試行していただきた。確かに4時間経つと、自動終了して「購入」を奨められるが、結構すぐれものかも知れない。

2009年2月 8日 (日)

"Alban Berg Quartett" という表記

毎日のように iTunesへの取り込みの記事が続いていて、この人はいったい何をやっているんだろうと思われてしまうほどだが、昨日から今日にかけてはベートーヴェンの弦楽四重奏曲を取り込んだ。一部バリリ四重奏団で、全曲は新旧取り混ぜのアルバン・ベルク四重奏団のもの。

その過程で、面白いことに気が付いた。私にとっても同時代のスーパー四重奏団であり、実演をたった一度だが聞く機会に恵まれたこともあり非常に愛好していて、近年とうとう引退してしまったアルバン・ベルク・カルテットなのだが、CDの表記をよくよく見ると、通常の Quartet 四重奏曲、四重奏団 という綴りではなく、最後に t が重複する、Quartett というものなのだ。 ただし、iTunes の アーティスト入力欄はすべて Quartet となっていた。

日本語版Wikipediaを見ると、さすがにその点をフォローしてあり、t 一つが英語表記、t 二つが ドイツ語表記ということらしい。英語版Wikipdediaでは、見出しは Alban Berg Quartet で本文は、Alban Berg Quartett。ドイツ語版では、Alban Berg Quartett となっていた。

iTunesの曲目情報はも、Gracenote という会社の曲目データベースを使っているらしい。カーナビのCDプレーヤーのmp3録音機能もここを使っているところが多いようだ。入力している人の癖もあるのか、イタリア語の Allegro con brio など 発想記号(用語)が、Allegro Con Brio などと単語ごとに大文字で表示されているのが多くて気になる。iTunesには、CDトラック名を取得と並んで、CDトラック名を送信という機能もあり、まったく間違っているようなものは訂正して送るようにしているが、どの程度反映されるものか? 編集者の善意に頼るWikipedia のような仕組みだが、大丈夫なのだろうか?

2009年2月 7日 (土)

iTunes で取り込めないCD 1985年製 RCA トスカニーニ/NBC響の第九

これまでもトラックの一部でPCが読み取りに苦労してダンマリ状態になることはあったが、このCDは冒頭からまったく読み取りができなかった。また、改めてCDの盤面をクリーニングしてiTunesで通常のCDとして聴こうとしても駄目だった。これまでも比較的古いCDの一部で取り込み不能が発生していたので、それと関係があるのかも知れない。それと同時期に買ったメンゲルベルク/ACOによる第九(Philips)はきちんと取り込めたのだが。なんらかの方法を考えてみたい。

浅田真央選手は、カナダ、バンクーバーのオリンピック本番で使われるリンクでの四大陸選手権で、最終的にFSではトップの得点をマークしたが、総合では3位だったようだ。1位はキム・ヨナ選手、2位がロシェット選手。本番で使われるとは言え、現在はアイスホッケー用で、フィギュアスケートの国際規格よりも縦の長さが短いというのだからカナダのスケート連盟もお粗末な運営だと思う。リンクの隅々まで使う選手が不利になるのが見え見えだったので、今回日本選手は怪我をしなかっただけ儲けものと思った方がよいかも知れない。明日の男子も気をつけてもらいたい。この後は、いよいよアメリカでの世界選手権だ。

2009年2月 6日 (金)

iTunes での取り込み 途中経過 と ヴァイオリニストの勢力図の変化?

このところ、毎日、夕食後PCに向かい、机に積み上げているCDをiTunesで読み込ませることを楽しんでいる。コレクションが整理されるていくというのが面白いというのもあるし、自動的にダウンロードされるCDのトラック名の情報をチェックして誤りを正して、送り返すというのも面白い。今晩現在での累積リッピングのデータは、「3657曲、13.1日」と表示された。曲というのは要するにCDのトラック数なので、多くのトラックが切ってある楽曲、たとえば、「ゴルトベルク変奏曲」などはこれ一曲だけで、冒頭とダカーポアリアと30の変奏で32曲ということになってしまう(グールドの初期盤のゴルトベルクは、全体が1トラックで、細かくindexが挿入されているのだが)し、交響曲、ソナタなどの多楽章曲は、1曲で数トラックとなり、オペラでは二桁のトラック数になってしまうので、曲数というのはまったくあてにならない。

単純に1CD 1時間の収録時間とした場合には、13.1日は314.4時間になるので、ようやく300枚強を読み込んだことになる。

昨晩は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲などをまとめてハードディスクに記録したのだが、今晩はブラームスのヴァイオリン協奏曲を取り込んだ。

今はあまり名前を聞く事が少なくなったアイザック・スターンのCD(ソニーのThe Great Collection収録)も、バレンボイムとのベートーヴェン、メータとのブラームスを取り込んだのだが、ブラームスの方はHMVでも録音年データが見つからず、ネット情報で1978年録音らしいとあったので、とりあえずそのようにデータ入力しておいた。大御所としてよきにつけ悪しきにつけ絶大な権力を奮ったヴァイオリニストだったようで、録音はほとんどがソニー (CBS)に膨大に残されているが、今改めて聴いてみると、音色にも技術にもそれほど陶酔的な魅力を持って迫っては来ない。現代のヴァイオリニストは、五嶋みどり、ヒラリー・ハーン、アンネ・ゾフィー・ムターなど総じて技術も高いのは当たり前で、音も研ぎ澄まされたように美しくなっているように感じるが、一方では主流のガラミアン、ドロシー・ディレイ門下は似たような音色、解釈、テクニックと言われて没個性的だとも言う人もいる。ヴァイオリンというクラシック音楽では常に主役を演じる楽器だが、かつて大御所だったスターンやパールマン、ズーカーマンなどの影が薄いのは、どのような変化なのか、興味がある。

2009年2月 5日 (木)

ベートーヴェン ヴァイオリン、チェロ、ピアノと管弦楽のための協奏曲 ハ長調 作品56

このどちらかと言えばあまり高く評価されていない通称三重協奏曲だが、通例に漏れず、ヘルベルト・フォン・カラヤンが、当時のソ連の誇るダヴィッド・オイストラフ、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、スヴャトスラフ・リヒテルをベルリンに迎えて1969年5月にベルリン・フィルと録音した究極・至高の豪華録音によって入門した口だ。

LP時代は、日本ではヴィクターレーベルでこの録音のみで発売されていたように記憶するが、手元のEMIの輸入盤は、同じ1969年5月にオイストラフとロストロポーヴィチがUSAのオハイオ州クリーヴランドで、ジョージ・セル指揮のクリーヴランド管弦楽団と録音したブラームスのヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲 イ短調 作品102とカップリングされている。

確かにここで演奏している音楽家たちは、オーケストラを含めて当時の世界のトップクラスの人たちだったわけで、特に前者の「英雄」交響曲作品55に続く作品番号を持つ曲ながら、ベートーヴェンにしては平凡な作品とされていたものが、彼らの演奏によって一段も二段も上の曲に聞こえると評する人もいるようだ。

ところが、天邪鬼というのか、この二曲とも、私の場合あまり楽しめなかった、つまり愛好するまでにはいたらなかった。

三重協奏曲のほうは、最近入手したDecca Piano Masterworks所収の シェリング、シュタルケル、アラウのソロにインバル指揮のニューフィルハーモニア管のバックによる演奏の方が面白く聴けたので、かえって驚いた。

また、二重協奏曲のほうは、以前にも書いたことがあるが、セル、オイストラフという私が特に好きな演奏家の演奏なのだが、録音の強奏でのビリつきのせいもあるのか、やはりあまり楽しめず、同じオイストラフが、チェロにフルニエを迎え、ガリエラ指揮のフィルハーモニア管とステレオ初期の1956年に録音したEMI録音の方を聴いたときに、初めてこの曲に魅了されたようなことがあった。(オイストラフは、セルとの共演でブラームスのヴァイオリン協奏曲も録音している。こちらもその前にクレンペラーとの共演の方が好みだ。)

決定的な名演と誉れの高い演奏・録音であっても、リスナーとの相性のようなものがあるという一例なのかも知れない。

2009年2月 4日 (水)

アルベニスとヴィラ・ロボスのギター曲

今日は、二十四節季の一つ立春。先日のCalend Mateをいじってみると、365日を24分割する二十四節季暦というのがあり、今年の1月1日は、冬至12日。1月5日が小寒1日、20日が大寒1日、昨日2月3日は節分で大寒15日。そして今日が立春1日という風になるようだ。そして、本来節分というのは、季節の変わり目である、立春(2009/2/4)、立夏(5/5)、立秋(8/7)、立冬(11/7)のことを指すが、現代では立春の前日が節分と呼ばれるようになってしまっているとのことだ。

仮名日記の先達、紀貫之の名歌「袖漬じて掬びし水の凍れるを春立つ今日の風や溶くらむ」(あえて漢字表記を多くした)は、「春立ちける日に詠める」とあり、立春の日に読まれた歌だとされているが、実のところリンクの解説にあるように一年の時の移り変わりをこのみそひともじに読み込んでいるのだという。「冬枯れの野に出て、流れから水を掬ったところ直ぐに凍ってしまう。しかし、立春の今日は、そのような氷をも溶かすような暖かい風が吹き始める」というような意味だと思っていたのだが、少し勘違いだったようだ。

さて、帰宅時にふとギター音楽を聴きたくなり、たまたま The Great Collection of Classical Music に 「ギター名曲のすべて」というCDがあり、それを手にとったところ、今年が記念年にあたる、アルベニス(没後100年)、ヴィラ・ロボス(没後50年)の曲が収録されたものがあり、購入して聴いてみた。アルベニスは元々ピアノ曲として作曲されたもので、それをギター編曲してあるのだが、まったく違和感がない。ジョン・ウィリアムズのギターで、グラナダ、アストゥーリアス、朱色の塔、有名な「タンゴ」などを聴いた。また、ヴィラ・ロボスは、12曲のギター練習曲を作曲しているようで、その内の第8番嬰ハ短調が同じくジョン・ウィリアムズの演奏で収録されていた。

通常ラテン系と言われる(フランスはあまりラテン系とはされないが)、スペイン・ポルトガルと中南米諸国だが、特にスペインは、ギター音楽の伝統が長いようだ。これには、どのような背景があるのだろうか?

なお、このCDには、ギター編曲されたバッハの「シャコンヌ」(ソロ・ヴァイオリン・パルティータ第2番の終曲)も収録されていた。これはギタリストの重要なレパートリーになっているが、ヴァイオリンと違う面白さが確かに感じられる。

2009年2月 3日 (火)

今日は節分

恒例の豆まきをしたけれど、今年の鬼の面は、妻の弟が職場からもらってきたという加藤茶のちょびひげ小父さんを鬼にしたユーモラスなもので、子ども達がかぶりたがり、私と妻が鬼は外、福は内を「小声で」叫んで、鬼は外に出てもらい、福を内に呼び込んだ。食事は、コンビニを中心にいつの間にか東日本にも広まった恵方巻きという太巻きを食べたり、ヒイラギの葉はないが、鰯の目刺しを焼いて頭を玄関先に出して、追儺、鬼やらいの真似事をした。

朝の通勤時にふと見ると、天神社の白梅が既にほころんでおり、明日はさすがに春立つ日となるわけで、寒さは一番厳しい折だが、春はすぐそこまで来ているようだ。ヴィヴァルディの有名な『四季』の冬の第三楽章は氷の上を滑らないように歩くさまを描写する音楽だが、その後半で一瞬、春風の予感を象徴するかのように、『春』の第一楽章の変奏されたモチーフがかすかに表れるところがあるが、その後激しい吹雪が襲来して厳しい冬が続くことを暗示する。3月下旬の彼岸の中日、春分の日の頃まで寒さが続く。

1809年の今日は、メンデルスゾーンが生まれた日で、満で数えるとちょうど200歳、生誕200年の記念日にもあたる。Decca Piano Masterworks に入っているメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番ト短調Op.25(1831年), 第2番ニ短調Op.40(1837年)(シフとデュトワ指揮のバイエルン放送響という珍しい組み合わせ)を初めて通してきいてみた。メンデルスゾーンらしく軽快で妖精的な魅力のある曲だが、少し散漫な印象だ。

そう言えば、昨日未明に長野、群馬県境の浅間山が久しぶりに噴火したという。実家からの電話では、長野県側は平穏だったようだが、今思えば昨朝出勤するときにそれほど気温が低くなく霜のような輝きがないのに景色がやけに白っぽかった。昨日帰宅後、家族と話すと、外の駐車場にとめてある車にも火山灰がかかっていたというし、子どもも登校時に道が白く不思議に思っていたら、友達から浅間山の火山灰のようだと教わったという話が出た。私が中学校時代には、浅間山の活動が久しぶりに活発になり中規模の噴火が何度か繰り返され、授業中にズシンという音がして、クラス中(学校中)が一斉に北側の窓を見て、噴煙があがる様を見たのを思い出す。こちらに転勤してからも数度噴火があり、一度、集合住宅のベランダの手すりに薄く火山灰がついていたことがあった。正月に帰省したときには、いつもより噴煙の量が多いようだと思っていた。しかし、冬なので水蒸気が大量に見えるのかも知れないとそのときは思ったが、少し活動が活発化してきていたのかも知れない。

2009年2月 2日 (月)

ブログの想定読者と身内について

先日の親戚のスケート選手のことを記事にしたところ、今日実家の母から「野菜を送るよ」という電話が掛かって来て、そのついでに「スケート選手の家族がインターネットで検索したところ、ブログとかの記事が出てきて、それを読んでみると、これを書いたのはどうやら親戚の誰からしい。前後の記事を読んでみるとどうやらお前らしいと見当がついたようで、お礼の電話がかかって来たよ。」と言われて、どぎまぎしてしまった。

古代日本からの日記文学の伝統ではないが、日本人は世界的にみてもブログが大層好きらしく、ある調査結果では、世界中の文字を対象にした記録の中で(といってもアルファベットと漢字かなではバイト数が倍違うはずだが、そこはきちんと押さえられているのだろうか?)、日本語のデータが一番多いというものがあったほどで、その背景として、後世の誰かに読んでもらう、(勿論現世の誰かでもいいのだが)という意図で日記を書くという民族的な伝統の一つが表われているのかも知れないと思ったこともあった。

さて、私のブログで読者として想定しているのは、そのような不特定多数の顔も知らない「誰か」で、クラシック音楽関係の記事が多いので、そのような同好の士を無意識のうちに対象としていることが多い。また、自分用の備忘録として、後世の自分宛に書いているという傾向もある。そういうわけで、家族は「父ちゃんは、今日もパソコンに向かって何か書いているようだ」と見てはいるのだが、このブログの存在自体をはっきりとは知らせていない。また、友人・知人にもまったく宣伝はしていない。

今回も、親戚のことを書くと、もしかしたらその親戚の家族からコメントなどの反応があるかも知れないなとは脳裏に浮かんだが、まさか自分の親からそれについて連絡があるとは思いも寄らず驚いてしまった。

とりわけ低俗なことは書いてはいないつもりだが、自分のマニアックな趣味のことや、普段言葉に出さずに考えていることなど、やはり身内に知られるというのは、何とも言えず落ち着かないものだ。

まあ、明治時代の私小説の作家など、自然主義の極致として、自分をモデルに赤裸々にその生活を描写し露悪的とも言われ、それゆえ周囲や家族とはトラブルを数多く起こしていたらしいが、それに比べたらまだまだ罪は軽いのだが、勝手気ままに匿名であまり個人情報を出さないように注意しながら書いてはいても、取り上げる題材からして思想信条の類がにじみ出てしまってはいるので、それらが身内に読まれるというのは、なかなか気恥ずかしいものだと思う。

2009年2月 1日 (日)

今日のリッピングは主にバルトーク

iTunes 8 の スマートプレイリストは大変便利で、自分が以前から実現したかった作曲家、ジャンル、演奏者、録音年などの情報を検索キーにして、自動的にリストを作成してくれるので、大変面白くてはまってしまっている。

今日は、金曜日から土曜日の朝に掛けての暴風雨もおさまり、朝から雲ひとつない天気だった。南の窓を開けると、今日から2月で立春も2月4日と間近なこともあり、春風のような暖かさだったが、北の窓を開けると一転して身を切るような強風が吹いており、同じ建物の南北で季節の差ができているようで驚いた。

長男のスキー合宿に備えて、先日の帰省の折に、雪国ならではの量販店の品揃えに助けられて非常にリーズナブルなスキーウェア一式を購入できたので、市内にある人工スキー場に出かけようかという話も出ていたが、朝からどうものんびりしてしまい、結局室内で一日過ごしてしまった。そんなわけで、私はリッピングに勤しんだ。

バルトークでは、ミシェル・ベロフの1970年代のEMIへの録音のピアノ曲集。バルトーク自作自演のコントラスツやラプソディ1番、ヴァイオリンソナタ2番。委嘱者クーセヴィツキーの指揮によるオケコン。ジュリアード四重奏団の2回目の録音(初のステレオ)で、4番が1枚目と2枚目のCDに分けて収録されたCDを巧くつながるように、番号順にリッピングしたりして過ごした。久々に4番の弦楽四重奏曲を通して聴いたが、すごい緊張感と解放感(カタルシス)のある曲だと思った。また、アルゲリッチとコワセヴィッチによる2台のピアノと打楽器のソナタもリッピングして聴いたが、こちらもすごい。ライナーの『弦チェレ』も恐るべき演奏だということを再認識した。ブロンフマンとサロネンのピアノ協奏曲も改めて聴きなおしている。

他に、パレストリーナのミサ曲集(プロ・カンティオーネ・アンティクア)や、アダム・フィッシャーのハイドン交響曲全集の取り込みも開始したが、まったく眠らせておいた音盤の多いのには我ながら呆れるし、こうして整理しておくと、つまみ聴きは多くなるが、私のスタイルのようなリスナーには相当利便性が高まるようだ。

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