『巨匠(マエストロ)神話 だれがカラヤンを帝王にしたのか』(ノーマン・レブレヒト、文藝春秋社)
1996年8月1日、第1刷。原著のCopyright記載は1991年となっている。確か、2000年か2001年に図書館で借りて読んだのが最初だったと思うが、ちょうどその前後、楽壇の裏話、スキャンダルのような本がいくつも出版されたようだった。ジョーン・パイザーの『レナード・バーンスタイン』も途中で読むのがつらくなるような内容だったし、小澤征爾とボストン響の対立・葛藤を描いた「コンサートは始まる―小澤征爾とボストン交響楽団」も1989年の日本発売で、トランペット奏者と小澤の対立・葛藤が理解不能ながらも生々しく、当時録音され発売されていたマーラーの交響曲を聴きながら複雑な思いに駆られたものだった。
さて、この『巨匠神話』の翻訳はあまりにも意味がとりにくい文が多い。検索してみたところ、このブログも指摘していたのを見つけた。私だけの感想ではないようだ。
この翻訳書は、老舗文藝春秋社の出版のものだが、高校生の出来の悪い英文和訳若しくはコンピュータの自動翻訳的な感触だ。原文にあたったわけではないが、自分の英文和訳の経験からそのように感じた。こういうのは、えてして原文の方が細部は別にして論理的な把握は可能なものだ。
出版社の社員である編集者という存在が、このような書籍では重要なようだが、果たしてこの本の担当編集者の人は、このような難解な日本語をスラスラと理解できたのだろうか?
原文は、内容的に刺激的な暴露、批判を含んでいるので、いわゆる「百科事典」的な平易でストレートな表現ではなく、反語や二重否定、暗喩、直喩などのレトリックを用いたものではないかと想像される。翻訳としては、そのようなレトリックまでも日本語で表現しようとしているのか、若しくはそこまで思いいたらず、直訳調で訳してしまったのか分からないが、なんとも意味がとりにくい訳文が頻繁に登場するので、恐らく後者であろう。
流石に音楽家の名前など固有名詞上の、日本での音楽書の通用的な表現からははずれてはいなかったが、それでも 恐らく ボストン響を ボストン管としていたところがあった。
2008年のカラヤンの生誕200年、2009年の没後20年が続いていることもあり、カラヤンを聴き直し、再評価し、または、新たな批判を加えるような書籍がいくつか出版されているようだが、この巨匠神話はハンス・フォン・ビューローあたりから始まる包括的な指揮者史の中で没後のカラヤンを位置づけており、なかなか読ませるものがあるように思った。ただ、他の指揮者についてもそうだが、個々の演奏や録音についての評価はこの著者独自のものがあまりないようで、伝聞的であり、相互矛盾があったりして少なからず混乱が見られる。
余談的には、中流の中年男性がクラシックの交響楽の支持者であり、米国では中上流婦人層が地域のフランチャイズ交響楽団のボランティアだという構図の指摘は面白かった。
Norman Lebrecht で google book 検索した結果
同じ著者のこのような本もあるようだ。
Maestros, Masterpieces and Madness: The Secret Life and Shameful Death of the Classical Record Industry
ただ、なんにしても内幕ものは面白いことは面白いが、後味がよくないことが多い。知らなくてもいい事実というのもあるものだ。それを暴き出して公衆の面前に備えるのがいいことかどうか。公的な人間にも私的な部分は当然ある。人それぞれだが。
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