図書館で借りて『1Q84』(村上春樹)を読んだ
たまたま図書館で話題の小説を1,2と借りることが出来て読んでみた。
読み物としては、一息に読める流れのあるストーリーで2日も掛からずに読み終えた。ストーリー的には波乱万丈ではあるが、比較的単純だ。
自分もブログで取り上げたが、ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』のラジオ放送が、この物語の世界の支点になっているようだが、これはよく言われるように、チェコの作家カフカへのオマージュなのだろうか?ヤナーチェクはチェコでもモラヴィアだが。
リトル・ピープルは、『精霊の王』の日本古層の神、ミシャクジやもう少しポピュラーなスクナヒコナ、コロボックルを想起させるようなものがあったが、1、2巻(4月から6月、7月か9月)では十分にイメージが膨らまずに、消化不良のまま提示されたような感覚を持った。
小説「空気さなぎ」は、劇中劇ならぬ小説中小説として興味深いものだが、この不可解さ自体そのまま、本編である『1Q84』の分かりにくさにつながっている。
現実に社会との軋轢の大きい三種類ほどの新興宗教や極左団体がモデルになっていた。これは、それら新興宗教がいまだに強固な信仰者を集め、また、社会問題としていまだに未解決なものであることから、結構小説家的には勇気のあるモデル設定だったとは思う。
3巻10月から12月、4巻1月から3月は果たして書かれるのか?
物語的には、余韻というか不満足さというかカタルシスが得られないまま、ここで終了しても、それなりのまとまりは感じられるのだが、その後を書いてもらいたいという希望もある。
オチというか影響というか、殺しのテクニックは、池波正太郎の「梅安」シリーズを思わせた。また、これは必ずしもあたっているとは限らないが、物語世界の現実世界への侵食は、ファンタジーではよくある手法だが、ふとミヒャエル・エンデの『はてしない物語』をふと想像させるものがあった。
音楽としては、ジャズの薀蓄はよく分からないが、バッハの平均律と「マタイ受難曲」のアリアが登場したのには驚いた。
ただ、全体的には暴力と性が主題の一つでもあるので、中高生にはお薦めしたくないというのが本音だ。
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