5月20日 『平清盛』 平忠正の離反
2012年5月14日 (月) 5月13日の大河ドラマ『平清盛』はよく分からなかったと書いた翌週の『平清盛』だが、今度は保元の乱の前夜。
私が以前読んだ本では、源氏側は、当時の棟梁である源為義とその息子たちのグループと、為義の後継者とされていた源義朝のグループが大きく分裂して戦い、勝者の義朝が乱の後に父や兄弟の助命を願ったが許されなかったことで知られるが、一方平氏側でも、清盛の叔父(忠盛の弟)の忠正が、崇徳上皇・悪左府藤原頼長側について、清盛側とは離反して戦い、清盛は仲の良くなかった叔父の助命を行わなかったと書かれていた。
源氏にしても平氏にしても、その内紛・対立には単に人間関係がよい悪いとかの理由ではなく、領地や相続権、朝廷からの任官問題など現代にも通じる政治・経済の問題での対立がその背景にあって、後白河天皇、崇徳上皇の対立にそれぞれに与したということなのだが、ドラマではそのあたりをどのように描くかを注目していた。
前回の清盛の後白河上皇側への味方の経緯の描き方はあまりにもご都合主義的だと批判的に書いたが、今回の忠正の離反・裏切り(清盛側から言えば)も相当苦しい展開だったように感じた。
ドラマでは忠盛と池禅尼の息子の平頼盛が、天皇側につくと宣言した棟梁清盛に離反の意思を示し、それを諌めた池禅尼の意を察した(?)叔父忠正が、(心ならずも)頼盛の代わりに上皇側に付くことにし、それをひそかに清盛もやむを得ないものとして了解していた、というようなものだった。ドラマの最初の頃から、(ドラマでは白河法皇の息子である)清盛を平氏の一族だとは認めない意思表示をしていた忠正なので、忠盛亡き後に、離反させた方が自然だったのではあるまいか?
さらに史実にあるように、忠正が初めから兄忠盛、甥清盛等と、政治的な立場を異にしていて、不和だったとすればよかったのだろう。しかし、おそらく現代の家族、一族ドラマにするために、忠正を平氏を支える人物であるように描いたがための苦衷のシナリオだったのだろうが、やはり不完全燃焼の感があった。
保元、平治の乱は、本当に人間関係がややこしく、また平氏には「盛」の付く人物が山ほどいるために、今風の言葉で言えば脇役までもが「キャラの立つ」俳優でなければ区別が付かないほどだと思うので、先の清盛、義朝をライバル関係とした特別番組よりも、人間関係をもっと整理する方がよかったのではあるまいか?
なお、先の回で、義朝の弟で木曽義仲の父である源義賢が、義朝の長男でたった15歳の悪源太の異名を持つ義平に攻め滅ぼされた大蔵合戦の回が出たが、義賢が義仲の父であることをちらっとでも入れておくべきではなかったろうか?
ケチは付けつつも、いかにもリアルな風のさまざまな縅の色の大鎧の装束の着崩れた感じやなど、以前の芝居的な大河ドラマよりも臨場感は感じられたり、義朝の母(由良御前)と常盤御前の対面など興味深い場面などがあり、昨年のドラマよりはまだましなので興味深く見続けたい。
« 2012-05-21Twitterまとめ | トップページ | 池田清彦『新しい生物学の教科書』(新潮文庫)と福岡伸一『生物と無生物の間』(講談社現代新書) »
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- ケルビーノの palpitar は palpitation のことだった!(2014.09.23)
- 肉、油(揚げ物)を好きなだけという、糖質制限食の「モットー」は(2014.09.03)
- 二つのニュース(2014.08.05)
- ジブリ映画『思い出のマーニー』鑑賞(2014.08.03)
- 明日公開のジブリ映画「思い出のマーニー」の原作(新訳版)(2014.07.18)
「歴史」カテゴリの記事
- ジョージ・R・R・マーティン「氷と炎の歌」シリーズ(2015.09.25)
- Rafael Kubelik The Symphony Edtion 23CDs(2014.07.27)
- テレビドラマ「みをつくし料理帖」と原作(2014.07.21)
- 堀越二郎著「零戦 その誕生と栄光の記録」(角川文庫)(2013.10.03)
« 2012-05-21Twitterまとめ | トップページ | 池田清彦『新しい生物学の教科書』(新潮文庫)と福岡伸一『生物と無生物の間』(講談社現代新書) »
コメント