スティーグ・ラーソン『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
梅雨の日曜日一気に読み終えた。
1、2に比べると登場人物が増え、スウェーデンの行政、司法体制など堅苦しい部分に関する説明などが加わり、スラスラとは読めない部分もあった。また、大団円直前の筋書はほとんど勧善懲悪的、予定調和的ではあったし、どんでん返し的な趣向は最小限だったが、それでも読み応えは十分にあった。この続編も読んでみたいと思わせるものだった。
冷戦時代の旧ソ連とスウェーデンとの間の破壊工作的な諜報戦の余波への反応としてのスウェーデン王国内での公安警察の暴走が、第2部後半で瀕死の重傷を負ったヒロインの復活とともに活写されていた。
公共の安寧秩序を守るための公安警察という組織(これの対語として私安警察という言葉があるらしい。)が、過剰な免疫反応的な動きによって、立憲君主制民主主義憲法体制内の獅子身中の虫として憲法を蔑ろにするような分派活動を行い、憲法体制を食い荒らす様が描かれ、それに対して良識派が反撃に転じて対抗する過程も描写され、体制内での権力闘争の政治過程のテキストとしても興味深い題材ではないかとも感じた。(逆に日本の公安警察が防諜活動を行っていることを紹介した小説としては、高村薫の『リヴィエラを撃て』を思い出す。)
3の後半では、ヒロインをめぐる刑事法廷小説としての側面も強くなる。
現実世界感の非常に濃厚な小説ではあるが、一方では「ファンタジー」的な魔法の要素として、このシリーズの忘れがたいほど印象的なヒロインが持つ驚異的な能力が魔法の杖的な働きを示すことが、ストーリー展開上必須なものとなっている。ネットワーク上のバーチャルな世界では、彼女はハッカーとしてはおそらく世界最強で無敵な存在ではなかろうか?その設定は彼女の生まれつきの映像記憶(写真記憶)とハイレベルな数学的能力の描写によって裏書されているので、付け焼刃的な印象には陥らないのだが、この小説にリアリティを求める場合にはオールマイティ性が痛快である反面キズにもなりうる。
同じスカンジナビアでは、昨年7月のノルウェーでの爆弾・銃乱射事件が記憶に新しいが、先のマルメ首相暗殺事件など、この本を読むにつれ、北方ゲルマン人の子孫(ヴァイキングのノルウェー、チュートンのスウェーデン?)たちの荒々しさが段々と感じられるようになってきた。グローバル化に伴う移民や異人種排斥の問題は、洋の東西を問わず現代社会の宿命なのだろうし、その宿命を先天的に持つアメリカは当然のこととして、先進国であるスカンジナビア、UK、ドイツ、フランスおよび日本の政治を見てもそれを解決しないことにはどうしようもないところまで来ているだろう。
なお、この続きを読みたいという希望は、不可能に近いようだ。著者のスティーブ・ラーソンはスウェーデンのジャーナリストで、この3部作を完成させ、出版契約を取り付けた後、出版を目前に急死してしまったのだという。少々できすぎた話のようだが、特に事件性は無いようで、著者の急逝後、内縁の妻と、著者の肉親との間で、遺産相続(特に膨大な著作権料=印税)をめぐって争いがあったらしい。このこともスウェーデンに関しての意外な点だった。どうやら事実婚では相続権が認められないようなのだ。それも、内縁の妻はこの小説執筆の協力者だったらしいのだ。事実関係がはっきりしないので、ことの当否は判断できないが、日本でも民法上は内縁の妻に相続権は無いことになっている(相続権者が存在しなければ別だが)ので、今のところ男女関係において「先進的」なスカンジナビアでも、同じことらしい。
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