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2013年10月 3日 (木)

堀越二郎著「零戦 その誕生と栄光の記録」(角川文庫)

半藤一利氏とのテレビの対談を見たが、そこで宮崎駿氏は「堀越二郎の『零戦』は本音を隠した本だ」と評していたように記憶している。どこを指してそのように言っているのかと思いつつ、この文庫を購入して読んだ。 

宮崎氏の映画「風立ちぬ」の台本では、主人公堀越二郎のエンジニアとしての描写やセリフは、この本の前半の記述を相当参考にしているように思った。それほど、この本を読みながら、映画を見て以来記憶の奥にしまい込まれたものが、不思議と蘇ってくるほどだった。

映画の「美しい飛行機」とは意味合いは違うかも知れないが、「美しい」というキーワードも零戦の初飛行の時に堀越氏の述懐として登場した。(なお、細かい部分だが吉村昭の「零式戦闘機」で描かれた部分と相当重複するのだが、この回顧録では、堀越氏は「肋膜炎」といった記述はしていなかった。吉村氏の独自調査なのだろう。)

いわゆるイデオロギー的な見方(好戦、反戦、右左のような結論ありきの見方)ではなく読む分には、堀越二郎技師の回顧録的なこの「零戦」は、資料的な価値の高いものではなかろうか?

人殺しの道具としての兵器を作ったということで、後世の我々は結果論的に安易に神の視点さながらで非難する向きもあるようだが、それならば当時の敵側である連合国側のエンジニア、軍事産業についても同様に非難すべきであるし、さらに踏み込んで米国では英雄として祭り上げられているが、東京大空襲という「人類に対する犯罪」を犯したカーチス・ルメイのような軍人は同様に非難されるべきだ。もっと徹底的にすれば、現在の多くの国の軍事技術者、軍事産業従事者、銃器産業の従事者も同様だろう。優れた戦闘機である零戦を開発・設計したことのみで、堀越氏をはじめとする軍事エンジニアが非難を浴びるのは不当ではあるまいか。(科学者やエンジニアの倫理にも関わる難しい問題ではあるが。)

また、現代人が堀越氏を非難するのなら、日露戦争の海戦の重要な勝因を作った下瀬火薬の発明者下瀬技師も当然非難すべきことになる。一応、自分は好戦主義者ではないことは断るまでもないのだが、日露戦争に日本が負けた方がよかったとはとても考えられないのも確かだ。朝鮮半島の権益をめぐっての対立であり、朝鮮半島には多大な迷惑をかけたことは事実ではあるが、他の方法でロシアの横暴な南進政策をどのようにして止めることができたのかとも思う。

この本は、敗戦後、相当経った1970年に書かれたものではあるが、好戦派でも反戦派でもなく、エンジニアとして事実を冷静に書き残したという意味で、ニュートラルな感触を得た。

宮崎駿氏は、映画公開後、「ゼロ戦神話」の復活のような復古的な風潮を嫌っているという談話を出したようだ。自分の映画をきっかけにしたり、ちょうど同じ時期に小説『永遠の0』が映画化されたりで、ゼロ戦への関心がこのように高まることは、初めから分かっていたことだろうに、もしそれをだまらせたければ、ゼロ戦技術者を主人公にした映画を作ったのは、ひどい矛盾と言えるだろう。宮崎氏が騒げば余計混乱が深まるように思える。

そういう意味でも、娯楽・芸術作品が、歴史や政治にコミットするのは、両刃の剣なのかも知れない。

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