カテゴリー「シャーロック・ホームズ」の13件の記事

2012年8月17日 (金)

シャーロック BBCドラマ シーズン2 その3  The Reichenbach Fall

原作の「最後の事件」(The Final Problem)の現場であるスイスのライヘンバッハの滝が題名なので、この現代版ではスイスのその場所がどう描かれるのか注目していたが、いい意味で予想を裏切られた。

ネタバレにもつながるが、前回の「バスカービル」に比べてこちらは換骨奪胎に見事に成功していたと言いたい。当然このドラマの視聴者や、ドラマ内の人々がホームズやワトソンに対して思ったり抱いたりする思いをストレートに表現しているからだ。あちらのタブロイド紙は、えげつないことで知られるが、日本ならB級週刊誌だろうし、さらにはSNS, Twitter, BBSが放ってはおかないだろう。

(子どもがホームズシリーズを読み始めた。新潮文庫版の英語名が The Hound of  the Baskervilles ではなく、 of Baskervilles で theが付いていないことに気が付いた!これはミスプリではなかろうか。原作初版には、the が付いてるダートムーアについて調べた。コーンウォール半島のデヴォン州!UKの地理に不案内だが、地理や風土に詳しければ、日本で北海道のサロベツとか、茨城の水郷とか、山口の秋吉台などという舞台設定と同様の楽しみもあるのだろう。)

言葉遊びも面白かった。

クライマックスのスリル感、サスペンス感は、得難いものだった。まさに息を飲んだ。ただ、ドラマとしてのその成功は、残念ながら、二度見にはあまり適さない、ことにもつながるのだが。

前回どのように人物造形されるのか期待したいと書いたモリアーティは、まさに悪の天才として描かれていた。そして、スコットランドヤードのドノバン巡査長(女性)が第1シーズンの第1エピソードから指摘し続けていたホームズの「変人」(正確な表現ではいわゆる自分から犯罪を作り出すような「変質者」)性が、モリアーティによって残酷なまでに利用されてしまった。「ジキルとハイド」ではないが、シャーロックとモリアーティがコインの裏表のような関係にあることが仄めかされ、その考えを本人たちも認めていた。

イギリスの陪審制、証人制の描写も面白かった。客観的な有罪の証拠があれほどあっても、あれほどの悪人の手にかかれば無罪になってしまうのだ!

モリーという女性解剖医が第1シーズンの初回から今シーズンも登場し続けている。この回でも重要な鍵を握っていた。原作にはそれらしい人物は出てこないように思うのだが、この登場人物はどこからインスパイアされたのだろう?

当然、これは第3シーズンに続くのだろう。これこそ、原作『最後の事件』後の復活につながるものだろう。白昼に繰り広げられたあの惨劇に関して、どうやってそのケリを付け、合理的、現代的な謎解きをしてくれるのだろうか?

2012年7月31日 (火)

シャーロック BBCドラマ シーズン2 その2  The Hounds Of Baskerville

7月29日(日)に放送されたが、録画しておいたものを7月30日の夜鑑賞した。

今回は、「バスカービル家の猟犬」を現代を舞台に翻案したものだった。

これまでのこのドラマシリーズがオリジナルの短編を巧みに組み合わせたものだったこともあり、今回の長編作品への挑戦が注目されたが、換骨奪胎は成功だったとは思えなかった。

普段なら面白い導入部のハチャメチャ振りも、この長編のイントロとしては無用だっただろうし、トリックや設定、犯人像もあまりスマートではなく、まず「バスカービルの猟犬」ありきのご都合主義的なものに感じられてしまった。原作からインスパイアされた独立性が感じられるこれまでのドラマではそのようなご都合主義があったとしても無視できるようなものだったが、今回は原作に引っ張られ過ぎだったのではなかろうか?

次回は、ライヘンバッハの名が付く回となる。モリアーティのイメージがこのドラマシリーズではそれほど明瞭に提示されていないが、最後にその姿がはっきりと表れるのだろうか?元々原作でも、悪の組織や黒幕という設定は、市井のやむにやまれぬ犯罪ものとは違って、少々陳腐なものだと感じていたのだが、このシリーズがそれをどう現代化して料理したのかが、明らかになるように思う。

2012年7月25日 (水)

BBCドラマ シャーロック シーズン2 その1 A Scandal In Belgravia

7月22日(日)にようやくシーズン2の第1回がNHK BSで放送された。

タイトルから「ボヘミアのスキャンダル(醜聞)」を下敷きにしたものだろうとは予想がついたが、最初から最後までこのドラマ特有の目まぐるしい展開に引っ張られっぱなしだった。いったい事件はいくつ発生したのだろうか?

アイリーン・アドラーは、映画版の「ホームズ」に影響を受けたのか、原作とは違い、相当の悪女に描かれ、ホームズもワトソンも魅了され、翻弄され尽くされていた。そこに、兄マクロフトとモリアーティが複雑に絡み、現代のテロリストとの戦いや公安警察的な要素も絡んでいた。

第1シーズンは、家族はあまり興味を示さなかったが、火曜日の夜、録画しておいたのを見始めたら、一緒に嘆声をあげながら見ていた。

刺激が強いので、家族向きとはいかないが、このテンポ感と密度の濃さは、なかなか見られないものだ。第2作はバスカービルものらしい。期待したい。

2012年4月12日 (木)

映画『シャーロック・ホームズ』

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最近の映画は、シリーズ化されることが多いのか、近日公開の前景気をあおるために、まだ公開されてそれほど時間の経っていない新作がテレビ放映されることが増えているように思うが、論議と話題を呼んだ『シャーロック・ホームズ』が先日放映され、3月の末に家族で楽しんだ。

http://www.cinematoday.jp/page/A0002531

映画の概要は、このリンクにある通りだが、昨年放送されて話題を呼んだBBC制作のテレビドラマシリーズ『シャーロック』とは違って、舞台設定はそのまま光と陰のコントラストが強いヴィクトリア女王治世のロンドンで、ちょうどタワーブリッジが建設中という場面が、時代設定的になるほどと思わせるものがあった。

屋上屋を架すような平凡な感想ではあるが、ホームズ役の容貌、体型や性格設定、演技は相当違和感のあるものだった。ストーリーは原作の登場人物を寄せ集めたパスティーシュもので、アクションシーンも一つの解釈としてはそれなりに面白かったが、知的で静謐なイメージはほとんどなかった。もっとも、原作も作品によっては、猥雑さや俗っぽさも感じられるものがあるので、そのような面を強調したのかも知れないが。グラナダのジェレミー・ブレットのホームズとは対照的だった。

音楽は、『シャーロック』の方がこの後で制作されたのだから、こちらがオリジナルなのだろうが、ジプシー(ロマ)風のツィンバロン風の音色が妙に扇情的なもので、とても印象的だった。

第2作を見たいかと聞かれれば、テレビで放送してくれれば、というところだろうか。

2011年9月 8日 (木)

BBCドラマ "SHERLOCK" Episode 3 The Great Game

9/5の晩に見終えた。スリルに次ぐスリルで面白かった。3本ともジェットコースタームービー的な作りか。その意味では、原作の雰囲気を忠実に再現したとされるグラナダテレビシリーズとの違いは大きい。

さて、作品中にそのまま登場するので明確に分かるCanon(正典)といわれる原作(ブルースパーディントン設計書と海軍条約文書事件)のミックスした引用は少々あからさま過ぎて少々木に竹を接ぐという感じであまりフィットしていなかったように思えて残念だったが、さりげなく使われた「唇の捩れた男」(レンタカーの中で見つかった大量の血糊)はなかなかよかったように思えた。

また、冒頭のベラルーシのミンスクの事件は、原作ではただ事件名だけがほのめかされる「ウクライナのオデッサでのトレポフ殺人事件」のパスティーシュなのかとも思わされた。ただ、東欧つながりというだけなのだが。

五つの爆弾は、「オレンジの種五つ」だったのか!下記にあるように、"based on works of Sir Arthur Conan Doyle" とあり、さりげなくさまざまな原作を用いているようで、そのようななぞ探しも面白い。

フェルメールの絵画の贋作騒動についての設定には無理があるのではないかと感じた。贋作者は、わざわざそのような年代が後世であることを特定できるようなものを書き込む必要がなかっただろうし、ホームズがたったあれだけの証拠からそのものを特定できるというのも「論理の」飛躍のように思え、少々不自然だったように思えた。

今回は、第1期(Series 1)ということらしい。Episode 3の最後は、「主人公絶体絶命の窮地!次回を待て」(トーキー映画風の古い作劇技法で、クリフハンガーというようだ)で終わっている。

ウェブ情報では、すでに第2期の撮影は進んでいて、当初BBCでは2011年中の公開予定だったらしいが、残念なことに2012年に持ち越しという。ただし、日本語版の作成は、画面に浮かぶ文字などの翻訳も必要なので、結構時間がかかるらしい(NHK)ので、本国で公開されてから1年後くらいだろうか?

http://cultfix.co.uk/sherlock-series-2-filming-begins-13018.htm によると、第2期のタイトルは決定しており、

1. A Scandal In Belgravia

2. The Hounds Of Baskerville

3. The Reichenbach Fall

とのこと。1は、ボヘミアのスキャンダル のパロディだろう。Belgravia は地名のようで、Wikipedia ではいつくか候補がある。3はThe Final Problemでのモリアーティとの対決場所の地名なので、「いったん」ここでシリーズは終結するということなのだろう。

問題は、2で、原作では "The Hound of the Baskervilles" であり、「バスカービルという一族の(所有する一頭の)猟犬」の物語だが、ドラマでは微妙にひねって The Hounds Of Baskerville (正確なニュアンスではないかも知れないが)「バスカービル(という土地)生まれの(複数の)猟犬 」ということなのだろうか?

第一期のちょっとした復習。

Sherlock [Episode 1] : A Study in Pink / directed by Paul McGulgan, written by Steven Moffat, based on works of Sir Arthur Conan Doyle.

題 名は、A Study in Scarlet(緋色の研究)のパロディ。Pinkは、以前「なでしこ」の記事で書いたことがあるが、なでしこ属の植物の総称でもあり、「桃色,ピンク。 日本語の「ピンク映画」などにみられるような'erotic'という意味はない」(プログレッシブ英和中辞典  第3版  小学館 1980,1987,1998)ようだ。実際にドラマの内容的にもそのような雰囲気は無かった。昨日から2回目の観賞に入っているが、じっくり見ると日本語でも会話についていけないときがあるのに気付く。頭の回転が悪いようだ。

Sherlock [Episode 2] : The Blind Banker / directed by Euros Lyn, written by Steve Thompson, based on works of Sir Arthur Conan Doyle.

タ イトルは、パロディではないようだが、日本語直訳では「目の不自由な銀行家」となるが、NHK版は「死を呼ぶ暗号」としていた。これは、暗号モノだったの で、The Adventure of the Dancing Men (踊る人形)を連想したが、The Adventure of the Creeping Man(這う男)の要素もあったかも知れない。中国の幇(結社)が関係する事件で、イギリスと中国の過去の歴史を思うと少々複雑な感じも覚える回だった。それと、ホームズか誰かが言っていた「中国人は、簡単に出国できない」という指摘は、2010年現在でも通用するものだったろうか?イギリス側が入国ビザを簡単に発行しないのでは?

Sherlock [Episode 3] : The Great Game / directed by Paul McGulgan, written by Mark Gatiss, based on works of Sir Arthur Conan Doyle.

参考: シャーロック・ホームズの世界 というサイトを見つけた。日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)が運営しているものらしい。

また、Episode 1の「緑のはしご」を検索していたところ、今回のドラマに関する 「21世紀探偵」というブログも見つけた。「現代版シャーロック・ホームズのドラマ「SHERLOCK」と原作の比較」という副題が付けられていて、内容もディープだ。

2011年9月 5日 (月)

BBCドラマ "SHERLOCK" 3回シリーズの1~2を見終えたが面白かった

NHK BSプレミアムで8/22から8/24に連続放映されたBBCドラマ "SHERLOCK" 1~3 のうち、1と2を見終えたが、面白かった。リアルタイム視聴ではなく、昨日まで連日放送された世界陸上2011韓国テグの競技の合間、録画しておいたものをそれほど期待せずに見たのだが、よい方向に予想を裏切られた。

イギリスのホームズのテレビシリーズと言えば、グラナダテレビのジェレミー・ブレット主演のものがあまりに有名で廉価なDVDでも入手できるようになっている(ただしドイルの原作に完璧に忠実ではない)が、今回のBBCドラマは、現代ロンドンを舞台として現代人として活躍するホームズとワトソンという趣向。

そういえば昨年だったか、映画版のホームズが公開され、設定的にホームズとワトソンが同性愛的な関係であることがほのめかされ議論になったそうだが、今回のテレビシリーズは、それをあてこするかのように、周囲からそのような傾向についての疑念が彼らに表明され、ホームズからもワトソンからもそれがそれぞれ明瞭に否定されていたのも面白かった。ワトソンは、早速パートナーを見つけたようだし。

たった3回シリーズでは失敗作では?という疑念も、各回が90分という映画にも比すべき長さなので、凝ったストーリーが十分に堪能できることで解消される。脚本は、原作の非常に巧妙なパロディ&スティーシュのようで、主要登場人物も現代化された形で登場したり、その存在が台詞として明らかにされたりする。

現代生活に不可欠なさまざまな道具を自然に使い、彼らの職業もまったく現代に溶け込んでいるし、映画「マトリックス」を彷彿とさせる映像効果(頭脳の働きの可視化)も面白い。また現代では犯罪となるようなホームズの例の悪癖も巧みに現代化されている。

ただ、不満な点はある。初回放映は、いつものNHKBS契約拡大戦略のためだろう(きっと)、BSのみだった。これは地上波でも是非再放送をすべきであろう。有料のNHKオンデマンドで見ることもできるが、BSで放送して好評ならば、すぐに地上波でも放映しなければならないはずだ。それが恐らくBBCから、「契約者の皆さんの受信料」を資金として大枚をはたいて買った公共放送NHKの受信契約者への責務だと思うがゆえに。

さて、これから3を見ることにしよう。

なお、1から3は2010年シリーズであり、現在2012年放送予定のシリーズが撮影中のようで、(Wikipedia 英語版)期待大だ。

2010年3月 7日 (日)

玉村豊男『ロンドン 旅の雑学ノート』の左側通行

別に、シャーロック・ホームズの新作映画が公開されるからというわけではなく、先月からホームズ熱がぶり返して、このブログにもいろいろ書き綴っている。昨夜の世界不思議発見でのホームズ特集で、子ども達が「映画公開があるからね」と言っていたので、ああ、そうかと思った次第。深層心理的に、映画の予告編が影響していたのかも知れない。

これまで未読だった「恐怖の谷」「事件簿」を含めて、一通り正典60篇を読み終え、英国関連について、本棚から以前読んだ本を探し出して読み直している。また、先日のダウランドもホームズ時代ではないが、イギリス関連。フランスの交響曲シリーズはまだ道遠しだ。

さて、玉村豊男は、現在は信州の東部町(現在の東御市)にワインヤードとレストランを経営しているそうだが、この本は1980年のコピーライトマークが付いているので、既に30年以上も前のロンドンということになり、情報的には古い。まだ、同時多発テロやそれに引き続く「文明の衝突」的な事件が無い頃だ。そういう意味では、まだ穏やかな時期のロンドンのような気もする。

ところで、この本を読み、以前書いた2007年6月29日 (金) UKとヨーロッパ大陸とのGAPはなぜ生じたのか?  の一つの答えがここに載っているのを読み、改めて自分の記憶の鈍さに驚いた。Ⅲのキングダムの構造に英国の左側通行と大陸の右側通行が、英国の二頭立て馬車と、フランスの4頭立て馬車の御者の乗る位置が異なるということから説き起こしている。概ね右利きの御者の場合、二頭立ての馬車で鞭を振るうためには、御者台の右に座り、すれ違う際には、左に寄りながらすれ違ったことから左側通行が次第に確立し、逆にフランスを初めとする大陸では、四頭立て馬車の後列の左側の馬に御者はまたがり、鞭を振るったということから左側に乗り、右に寄ってすれ違ったということから右側通行ということらしい。ただし、英国風を何でも嫌ったナポレオンが左側通行を嫌い、右側を大陸に広めたという説もあるらしい。慣習がどうして成立したかは、後追いは困難なので、多くの想像があるようだが、馬車の御者台の説には感心した。

2010年2月27日 (土)

シャーロック・ホームズ 外典2 The Field Bazaar

The Field Bazaar by Sir Arthur Conan Doyle (1896)

「競技場のバザー」

"I Should certainly do it," said Sherlock Holmes.
「僕ならきっとそうするはずだ。」とシャーロック・ホームズは言った。

I started at the interruption, for my companion had been eating his breakfast with his attention entirely centered upon the paper which was propped up by the coffee pot. 
急に声を掛けられて私はドキッとした。私の相棒は朝食を食べながら、コーヒーポットに立て掛けた新聞にすっかり神経を集中していたのだから。

Now I looked across at him to find his eyes fastened upon me with the half-amused, half-questioning expression which he usually assumed when he felt he had made an intellectual point.
食卓の向かい側から彼の視線は私をしっかりと捉えており、半ば楽しみ、半ば問いかけるような表情を浮かべているのが見えた。それは彼が知的な興味が湧いたときにいつも浮かべるものだった。

"Do what?" I asked.
   「君なら何をするんだって?」私は尋ねた。

He smiled as he took his slipper from the mantelpiece and drew from it enough shag tobacco to fill the old clay pipe with which he invariably rounded off his breakfast.
彼はマントルピースからスリッパを取り、そこからタップリと刻み煙草を取り出して古い陶製のパイプに詰め込んで微笑んだ。彼は毎回それで朝食を締めくくるのだった。

"A most characteristic question of yours, Watson," said he.
「一番君らしい質問だね。ワトソン君」と彼が言った。

  "You will not, I am sure, be offended if I say that any reputation for sharpness which I may possess has been entirely gained by the admirable foil which you have made for me.  Have I not heard of debutantes who have insisted upon plainness in their chaperones?  There is a certain analogy."
「こう言っても君はきっと気分を悪くはしないと思うんだが、ぼくが鋭敏だとの評判は、ひとえに君が僕のために演じてくれる賞賛すべき引き立て役のおかげだね。社交界にデビューする淑女がその介添えの女性に一番求めるのは不器量さだと言われているようだね。まったくよく似ているよ。」

Our long companionship in the Baker Street rooms had left us on those easy terms of intimacy when much may be said without offence. And yet I acknowledged that I was nettled at his remark.
このベーカー街の部屋での長い付き合いのおかげで、悪気なしで多くのことを言い合える親密で気安い間柄にはなっていた。そうはいっても、彼の寸評にはイライラさせられたことを認めざるを得ない。

"I may be very obtuse," said I, "but I confess that I am unable to see how you have managed to know that I was... I was..."
「私はとても鈍いかもしれない」と私は言った。「だが、白状するが君がどうやって知ったのか分からないんだよ。私が・・・。私が・・・。」

"Asked to help in the Edinburgh University Bazaar..."
「エディンバラ大学のバザーへの協力を依頼されたことをね」

"Precisely.  The letter has only just come to hand, and I have not spoken to you since."
「まさにその通りだよ。その手紙はたった今手にしたもので、まだ君に話した覚えはないのだが。」

"In spite of that," said Holmes, leaning back in his chair and putting his finger tips together, "I would even venture to suggest that the object of the bazaar is to enlarge the University cricket field."
「それにも関わらず」椅子にもたれ、指先を合わせながらホームズは言った。「僕は敢えて思いつきを口に出してもいいよ。バザーの目的は大学のクリケット競技場の拡張だね。」

I looked at him in such bewilderment that he vibrated with silent laughter.
私がひどくびっくりしてホームズを見たので、彼は静かに笑って身体を振るわせた。

"The fact is, my dear Watson, that you are an excellent subject," said he.  "You are never blase.  You respond instantly to any external stimulus.  Your mental processes may be slow but they are never obscure, and I found during breakfast that you were easier reading than the leader in the Times in front of me."
「実はね、ワトソン君。君はこれ以上ない観察対象なんだよ。」とホームズ。「君は決して無感覚な人間ではない。君は外からの刺激に対して即座に反応する。君の知的な処理スピードは遅いかも知れないが、決して不明瞭ではない。そこで朝食の間、僕の前にあるタイムズ紙の社説よりも君の方が分かりやすい読み物だということが分かったのさ。」

"I should be glad to know how your arrived at your conclusions," said I.
君がどうやって結論に達したかを知ることができればうれしいね。」と私。

"I fear that my good nature in giving explanations has seriously compromised my reputation," said Holmes. 
「僕は人がいいから種明かしをしてしまうのだが、それが僕の名声をひどく傷付けているんじゃないかと思うよ」とホームズ。

"But in this case the train of reasoning is based upon such obvious facts that no credit can be claimed for it.  You entered the room with a thoughtful expression, the expression of a man who is debating some point in his mind.  In your hand you held a solitary letter.  Now last night you retired in the best of spirits, so it was clear that it was this letter in your hand which had caused the change in you."
「だが、この場合、推理の過程は明白な事実に基づいているので、信用されないなんてことはないだろう。君は何か考え事をしている様子で部屋に入ってきた。その表情は心の中である物事を熟慮している人が示すものだった。君は一通の手紙を持って来たね。さて、昨晩君はご機嫌な気分で床についたので、手にしていた手紙が君の気分を変えた原因だということは明白だった。」

"This is obvious."
「誰でも分かっただろうね。」

"It is all obvious when it is explained to you.  I naturally asked myself what the letter could contain which might have this affect upon you.  As you walked you held the flap side of the envelope towards me, and I saw upon it the same shield-shaped device which I have observed upon your old college cricket cap.  It was clear, then, that the request came from Edinburgh University - or from some club connected with the University.  When you reached the table you laid down the letter beside your plate with the address uppermost, and you walked over to look at the framed photograph upon the left of the mantelpiece."
「種明かししてもらえれば何だって分かるものだよ。僕はその手紙のどんな内容が君をそんな気持ちにさせたのだろうかと知らず知らずのうちに自問自答したのさ。君が歩いてくるときに、君は封筒の裏面をこちらに向けていたので、そこに君の大学時代の古いクリケット帽についているのと同じ盾形の紋章があるのが見えたんだ。そこで、その依頼がエディンバラ大学か大学に関係のあるクラブかのどちらからか届いたのは明らかだった。食卓に着くと、君は封書の宛名面を上にして君の皿の隣に置いたんだよ。それから君はマントルピースの左にある枠に入った写真を見るために歩いて行ったんだ。」

It amazed me to see the accuracy with which he had observed my movements. "What next?" I asked.
彼が一瞬の内に正確に私を観察したことを知り驚いた。「それで次は?」私は尋ねた。

"I began by glancing at the address, and I could tell, even at the distance of six feet, that it was an unofficial communication.  This I gathered from the use of the word 'Doctor' upon the address, to which, as a Bachelor of Medicine, you have no legal claim.  I knew that University officials are pedantic in their correct use of titles, and I was thus enabled to say with certainty that your letter was unofficial.  When on your return to the table you turned over your letter and allowed me to perceive that the enclosure was a printed one, the idea of a bazaar first occurred to me.  I had already weighed the possibility of its being a political communication, but this seemed improbable in the present stagnant conditions of politics.
「僕はまずその宛名をチラッと見た。すると2メートルほど離れていても、それが非公式の手紙だということが分かった。これは宛名に『博士』という肩書きが使われていることから僕が推測したのだよ。君は医学士だから法的に『博士』を使うように要求する権利はないからね。僕は大学の事務局というものが厳格に正確な肩書きを使用するものだということを知っている。だから確信をもって君の手紙は私的なものだと言えるんだ。君が食卓に戻ったとき君は手紙をひっくり返した。そのことで封筒の中身が印刷されたものだということが分かった。バザーだという考えが最初に浮かんだ。僕はその前には政治的な通信だという可能性を検討していたのだが、現在の不活発な政治状況ではそれはありえないように思ったのさ。

"When you returned to the table your face still retained its expression and it was evident that your examination of the photograph had not changed the current of your thoughts.  In that case it must itself bear upon the subject in question.  I turned my attention to the photograph, therefore, and saw at once that it consisted of yourself as a member of the Edinburgh University Eleven, with the pavillion and cricket field in the background.  My small experience of cricket clubs has taught me that next to churches and cavalry ensigns they are the most debt-laden things upon earth. 
「君が食卓にもどった時、君はまだ考え事をしている表情のままだったので、君が写真をじっくり見ても君の思考の流れが変っていないのは明らかだった。こういう場合、それ自体が現下の問題に関係があるに違いない。僕はその写真に注意を向けた。それで、すぐにその写真にエディンバラ大学のクリケットチームのメンバーである君自身が写っているのが分かった。それに、観客席とクリケット場が背景にあった。クリケットクラブについての少ない経験によれば、世間では教会と騎兵隊旗手の次にカネに困った団体ということだ。

(訳注:calvalry ensignsがカネに困っているという表現は、当時の英国人にとっては常識的なことだったのだろうか?http://www.amk.ca/quotations/sherlock-holmes/page-11

When upon your return to the table I saw you take out your pencil and draw lines upon the envelope, I was convinced that your were endeavoring to realise some projected improvement which was to be brought about by a bazaar.  Your face still showed some indecision, so that I was able to break in upon you with my advice that you should assist in so good an object."
食卓に戻った君が鉛筆を取り出して封筒に線を引いたのを見たときには、僕は君がバザーによって達成されるはずの改善案を実現しようとしているのを確信したんだ。君の表情にはまだいくらか決めかねているのがうかがわれた。だからこそ、そんなに結構な目的には君は援助すべきだという僕の助言が君の沈思黙考を破れたというわけさ。」

I could not help smiling at the extreme simplicity of his explanation.
私は彼の種明かしがこれ以上なく単純なのを聞き、微笑まざるを得なかった。

"Of course, it was as easy as possible," said I.
「もちろん、そんなことは誰でもできるほど簡単なことだね」と私。

My remark appeared to nettle him.
この私の寸評は彼をいらだたせたようだった。

"I may add," said he, "that the particular help which you have been asked to give was that you should write in their album, and that you have already made up your mind that the present incident will be the subject of your article."
「ついでに言うと」と彼は言った。「君が求められた特別な援助というのは、君にクリケットチームのアルバムに何か寄稿してほしいということだろう。それに、君はたった今ここで起きている出来事を記事のテーマにしようと決めているだろう。」

"But how - - !" I cried.
「でも、どうやって・・・!」と私は叫んだ。

"It is as easy as possible," said he, "and I leave its solution to your own ingenuity.  In the meantime," he added, rasing his paper, "you will excuse me if I return to this very interesting article upon the trees of Cremona, and the exact reasons for the pre-eminence in the manufacture of violins.  It is one of those small outlying problems to which I am sometimes tempted to direct my attention."
「誰でもできる簡単なことさ」と彼。「その解明は君自身の巧妙さに委ねるよ。ところで」と、新聞を取り上げながら彼は付け加えた。「君のお許しを得て、僕はクレモナの木(**)とヴァイオリン製作における卓越性の正確な理由に関するとても興味深いこの記事に戻ることにするよ。これは、僕がときどき注意を払うことのある小さな範囲外の問題の一つさ。」

(**訳注:the trees of Cremona 「クレモナの家系」---- family trees ストラディヴァリ、アマティ、グァルネリなど---- と訳す場合もあるようだが、ここではクレモナのヴァイオリンの名器の秘密が木にあるのではないかという推測をしている記事だと思われる。ニスにその秘密があるという説もあるが、現代の分析でもまだその秘密は確定されていない。)

ちなみに、His Last Bow 最後の挨拶 所収の「ボール箱」にホームズが500ギニー相当のストラディヴァリウスを55シリングで入手したことが書かれている。

仮に貨幣価値の換算をこの表に基づいてみると、 

500ギニー*1.05ポンド/ギニー*24000円/ポンド=12,600,000円 の価値のものを55シリング*1200円/シリング=66,000円で買った!ということになる。19世紀末で千二百六十万円である!当時からストラディヴァリは高価で取引されていたようだ。
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追記: 本記事をご紹介いただいたサイトの皆様へ。
著作権フリーのテキストに基づき、独自翻訳したものですが、可能であれば、トラックバックやコメントを残していただければ幸いです。

2010年2月22日 (月)

「6つのナポレオン」の‘idée fixe’

『シャーロックホームズの帰還』を、少し原文テキストを参照しながら読んでいたところ、少年時代から馴染みのあった『6つのナポレオン像』の中に興味深い表現を見つけた。

ベルリオーズ作曲の『幻想交響曲』の独創的な技法、『固定楽想』という言葉 idée fixe が、何とこの短編の中に下記のように登場するのだ。

“There is the condition which the modern French psychologists have called the ‘idée fixe,’ which may be trifling in character, and accompanied by complete sanity in every other way. "THE SIX NAPOLEONS" from "The Return of Sherlock Holmes"

「現代フランスの心理学者が『固定観念』と呼ぶような状態があります。それは性質としては取るに足らないものですが、その他のあらゆる点では完全な正常さが伴っているのです。」というような風ワトソン博士の台詞として、一種の偏執の説明の中に登場する。

よくできたフリーの全訳サイト 「コンプリート・シャーロック・ホームズ」を発見。その中の該当箇所の原文は姉妹サイト「原文で読むシャーロック・ホームズ」のここ。なるほど、conditionは、症状か。だが、idée fixe をそのまま「脅迫症」と訳すのはどうだろうか?)

1904年に発表されたこの『6つのナポレオン』の当時、ドイルが書くようにその頃以前のフランスの心理学者が唱えていたのだろうか。

ベルリオーズの幻想交響曲1830年作曲なので、心理学用語としてそれ以前から用いられていたのか、それともベルリオーズがidée fixe という技法を使った際は一般的な日常語だったのか、もしくは、ベルリオーズのこのidée fixeによって、その後の心理学者たちが一種の偏執、妄想、固執をこの用語で表したのか、その辺の順序や真偽は分からないが、もしかしたら、フランス皇帝「ナポレオン」の胸像を扱ったこの短編で、ドイル得意の音楽知識を披露したのかも知れないなどとも思った。

Pretre_symphonie_fantastique_velrkl 音楽は、ジョルジュ・プレートル指揮ヴィーン交響楽団(Wiener Sinfoniker, Vienna Symphony Orchestra 1985年録音) の幻想交響曲

2010年2月21日 (日)

『恐怖の谷』Sir Arthur Conan Doyle "The Valley of Fear" を読む

一通り、新潮文庫(延原謙全訳)10冊を揃え、第40作『恐怖の谷』を読んだ。恐らくこの長編を読むのは初めてだ。ホームズシリーズは、イギリスグラナダテレビのテレビドラマシリーズをほぼ全編見たし、講談社の大全も読んだのだが、以前にも書いたように『事件簿』と『恐怖の谷』が落ちていたようだ。

どうもサー・アーサーは、アメリカには偏見を持っていたようで、この長編でもアメリカ人が読めば少し不愉快になるような設定になっているのが、興味深かった。

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