"I Should certainly do it," said Sherlock Holmes.
「僕ならきっとそうするはずだ。」とシャーロック・ホームズは言った。
I started at the interruption, for my companion had been eating his breakfast with his attention entirely centered upon the paper which was propped up by the coffee pot.
急に声を掛けられて私はドキッとした。
私の相棒は朝食を食べながら、
コーヒーポットに立て掛けた新聞にすっかり神経を集中していたのだから。
Now I looked across at him to find his eyes fastened upon me with the half-amused, half-questioning expression which he usually assumed when he felt he had made an intellectual point.
食卓の向かい側から彼の視線は私をしっかりと捉えており、
半ば楽しみ、
半ば問いかけるような表情を浮かべているのが見えた。
それは彼が知的な興味が湧いたときにいつも浮かべるものだった。
"Do what?" I asked.
「君なら何をするんだって?」私は尋ねた。
He smiled as he took his slipper from the mantelpiece and drew from it enough shag tobacco to fill the old clay pipe with which he invariably rounded off his breakfast.
彼は
マントルピースからスリッパを取り、そこからタップリと刻み煙草を取り出して古い陶製のパイプに詰め
込んで微笑んだ。彼は毎回それで朝食を締めくくるのだった。
"A most characteristic question of yours, Watson," said he.
「一番君らしい質問だね。ワトソン君」と彼が言った。
"You will not, I am sure, be offended if I say that any reputation for sharpness which I may possess has been entirely gained by the admirable foil which you have made for me. Have I not heard of debutantes who have insisted upon plainness in their chaperones? There is a certain analogy."
「こう言っても君はきっと気分を悪くはしないと思うんだが、
ぼくが鋭敏だとの評判は、
ひとえに君が僕のために演じてくれる賞賛すべき引き立て役のおか
げだね。
社交界にデビューする淑女がその介添えの女性に一番求めるのは不
器量さだと言われているようだね。まったくよく似ているよ。」
Our long companionship in the Baker Street rooms had left us on those easy terms of intimacy when much may be said without offence. And yet I acknowledged that I was nettled at his remark.
このベーカー街の部屋での長い付き合いのおかげで、
悪気なしで多くのことを言い合える親密で気安い間柄にはなってい
た。そうはいっても、彼の寸評にはイライラさせられたことを認めざるを得ない。
"I may be very obtuse," said I, "but I confess that I am unable to see how you have managed to know that I was... I was..."
「私はとても鈍いかもしれない」と私は言った。「だが、
白状するが君がどうやって知ったのか分からないんだよ。私が・・
・。私が・・・。」
"Asked to help in the Edinburgh University Bazaar..."
「エディンバラ大学のバザーへの協力を依頼されたことをね」
"Precisely. The letter has only just come to hand, and I have not spoken to you since."
「まさにその通りだよ。その手紙はたった今手にしたもので、
まだ君に話した覚えはないのだが。」
"In spite of that," said Holmes, leaning back in his chair and putting his finger tips together, "I would even venture to suggest that the object of the bazaar is to enlarge the University cricket field."
「それにも関わらず」椅子にもたれ、
指先を合わせながらホームズは言った。「
僕は敢えて思いつきを口に出してもいいよ。バザーの目的は大学のクリケット競技場の拡張だね。」
I looked at him in such bewilderment that he vibrated with silent laughter.
私がひどくびっくりしてホームズを見たので、
彼は静かに笑って身体を振るわせた。
"The fact is, my dear Watson, that you are an excellent subject," said he. "You are never blase. You respond instantly to any external stimulus. Your mental processes may be slow but they are never obscure, and I found during breakfast that you were easier reading than the leader in the Times in front of me."
「実はね、ワトソン君。君はこれ以上ない観察対象なんだよ。」
とホームズ。「君は決して無感覚な人間ではない。
君は外からの刺激に対して即座に反応する。君の知的な処理スピードは遅いかも知れないが、
決して不明瞭ではない。そこで朝食の間、
僕の前にあるタイムズ紙の社説よりも君の方が分かりやすい読み物だということが分かったのさ。」
"I should be glad to know how your arrived at your conclusions," said I.
「
君がどうやって結論に達したかを知ることができればうれしいね。
」と私。
"I fear that my good nature in giving explanations has seriously compromised my reputation," said Holmes.
「僕は人がいいから種明かしをしてしまうのだが、
それが僕の名声をひどく傷付けているんじゃないかと思うよ」
とホームズ。
"But in this case the train of reasoning is based upon such obvious facts that no credit can be claimed for it. You entered the room with a thoughtful expression, the expression of a man who is debating some point in his mind. In your hand you held a solitary letter. Now last night you retired in the best of spirits, so it was clear that it was this letter in your hand which had caused the change in you."
「だが、この場合、推理の過程は明白な事実に基づいているので、
信用されないなんてことはないだろう。
君は何か考え事をしている様子で部屋に入ってきた。その表情は心の中である物事を熟慮している人が示すものだった。
君は一通の手紙を持って来たね。さて、
昨晩君はご機嫌な気分で床についたので、手にしていた手紙が君の気分を変えた原因だということは明白だった。」
"This is obvious."
「誰でも分かっただろうね。」
"It is all obvious when it is explained to you. I naturally asked myself what the letter could contain which might have this affect upon you. As you walked you held the flap side of the envelope towards me, and I saw upon it the same shield-shaped device which I have observed upon your old college cricket cap. It was clear, then, that the request came from Edinburgh University - or from some club connected with the University. When you reached the table you laid down the letter beside your plate with the address uppermost, and you walked over to look at the framed photograph upon the left of the mantelpiece."
「種明かししてもらえれば何だって分かるものだよ。
僕はその手紙のどんな内容が君をそんな気持ちにさせたのだろうか
と知らず知らずのうちに自問自答したのさ。君が歩いてくるときに、
君は封筒の裏面をこちらに向けていたので、
そこに君の大学時代の古いクリケット帽についているのと同じ盾形
の紋章があるのが見えたんだ。そこで、
その依頼がエディンバラ大学か大学に関係のあるクラブかのどちら
からか届いたのは明らかだった。食卓に着くと、
君は封書の宛名面を上にして君の皿の隣に置いたんだよ。
それから君はマントルピースの左にある枠に入った写真を見るため
に歩いて行ったんだ。」
It amazed me to see the accuracy with which he had observed my movements. "What next?" I asked.
彼が一瞬の内に正確に私を観察したことを知り驚いた。「
それで次は?」私は尋ねた。
"I began by glancing at the address, and I could tell, even at the distance of six feet, that it was an unofficial communication. This I gathered from the use of the word 'Doctor' upon the address, to which, as a Bachelor of Medicine, you have no legal claim. I knew that University officials are pedantic in their correct use of titles, and I was thus enabled to say with certainty that your letter was unofficial. When on your return to the table you turned over your letter and allowed me to perceive that the enclosure was a printed one, the idea of a bazaar first occurred to me. I had already weighed the possibility of its being a political communication, but this seemed improbable in the present stagnant conditions of politics.
「僕はまずその宛名をチラッと見た。すると2メートルほど離れていても、
それが非公式の手紙だということが分かった。これは宛名に『
博士』という肩書きが使われていることから僕が推測したのだよ。
君は医学士だから法的に『博士』
を使うように要求する権利はないからね。
僕は大学の事務局というものが厳格に正確な肩書きを使用するものだということを知っている。
だから確信をもって君の手紙は私的なものだと言えるんだ。
君が食卓に戻ったとき君は手紙をひっくり返した。
そのことで封筒の中身が印刷されたものだということが分かった。
バザーだという考えが最初に浮かんだ。
僕はその前には政治的な通信だという可能性を検討していたのだが、
現在の不活発な政治状況ではそれはありえないように思ったのさ。
」
"When you returned to the table your face still retained its expression and it was evident that your examination of the photograph had not changed the current of your thoughts. In that case it must itself bear upon the subject in question. I turned my attention to the photograph, therefore, and saw at once that it consisted of yourself as a member of the Edinburgh University Eleven, with the pavillion and cricket field in the background. My small experience of cricket clubs has taught me that next to churches and cavalry ensigns they are the most debt-laden things upon earth.
「君が食卓にもどった時、
君はまだ考え事をしている表情のままだったので、
君が写真をじっくり見ても君の思考の流れが変っていないのは明ら
かだった。こういう場合、
それ自体が現下の問題に関係があるに違いない。
僕はその写真に注意を向けた。それで、
すぐにその写真にエディンバラ大学のクリケットチームのメンバーである君自身が写っているのが分かった。
それに、観客席とクリケット場が背景にあった。
クリケットクラブについての少ない経験によれば、世間では教会と騎兵隊旗手の次にカネに困った団体ということだ。
(訳注:calvalry ensignsがカネに困っているという表現は、
当時の英国人にとっては常識的なことだったのだろうか?
http://www.amk.ca/quotations/sherlock-holmes/page-11)
When upon your return to the table I saw you take out your pencil and draw lines upon the envelope, I was convinced that your were endeavoring to realise some projected improvement which was to be brought about by a bazaar. Your face still showed some indecision, so that I was able to break in upon you with my advice that you should assist in so good an object."
食卓に戻った君が鉛筆を取り出して封筒に線を引いたのを見たとき
には、
僕は君がバザーによって達成されるはずの改善案を実現しようとして
いるのを確信したんだ。君の表情にはまだいくらか決めかねているのがうかがわれた。
だからこそ、
そんなに結構な目的には君は援助すべきだという僕の助言が君の沈
思黙考を破れたというわけさ。」
I could not help smiling at the extreme simplicity of his explanation.
私は彼の種明かしがこれ以上なく単純なのを聞き、
微笑まざるを得なかった。
"Of course, it was as easy as possible," said I.
「もちろん、そんなことは誰でもできるほど簡単なことだね」
と私。
My remark appeared to nettle him.
この私の寸評は彼をいらだたせたようだった。
"I may add," said he, "that the particular help which you have been asked to give was that you should write in their album, and that you have already made up your mind that the present incident will be the subject of your article."
「ついでに言うと」と彼は言った。「
君が求められた特別な援助というのは、
君にクリケットチームのアルバムに何か寄稿してほしいということ
だろう。それに、
君はたった今ここで起きている出来事を記事のテーマにしようと決
めているだろう。」
"But how - - !" I cried.
「でも、どうやって・・・!」と私は叫んだ。
"It is as easy as possible," said he, "and I leave its solution to your own ingenuity. In the meantime," he added, rasing his paper, "you will excuse me if I return to this very interesting article upon the trees of Cremona, and the exact reasons for the pre-eminence in the manufacture of violins. It is one of those small outlying problems to which I am sometimes tempted to direct my attention."
「誰でもできる簡単なことさ」と彼。「
その解明は君自身の巧妙さに委ねるよ。ところで」と、
新聞を取り上げながら彼は付け加えた。「君のお許しを得て、
僕はクレモナの木(**)とヴァイオリン製作における卓越性の正確な理由
に関するとても興味深いこの記事に戻ることにするよ。これは、
僕がときどき注意を払うことのある小さな範囲外の問題の一つさ。」
(**訳注:the trees of Cremona 「クレモナの家系」---- family trees ストラディヴァリ、アマティ、グァルネリなど---- と訳す場合もあるようだが、ここではクレモナのヴァイオリンの名器の秘密が木にあるのではないかという推測をしている記事だと思われる。ニスにその秘密があるという説もあるが、現代の分析でもまだその秘密は確定されていない。)
ちなみに、His Last Bow 最後の挨拶 所収の「ボール箱」にホームズが500
ギニー相当のストラディヴァリウスを55シリングで入手したことが書かれている。
仮に貨幣価値の換算を
この表に基づいてみると、
500ギニー*1.05ポンド/ギニー*24000円/ポンド=12,600,000円 の価値のものを55シリング*1200円/シリング=66,000円で買った!ということになる。19世紀末で千二百六十万円である!当時からストラディヴァリは高価で取引されていたようだ。
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